むかしむかしとある世界で、魔界の王は例のごとく世界征服を企んでいました。
魔王はその、例のごとく絶大な魔力を使って、例のごとく着々と世界を恐怖で支配していきました。
ところがある日、魔王の元に例のごとく悪い知らせが舞い込みます。魔王の部下が、次々殺られていくというのです。
それはもちろん、例のごとく現れた勇者の仕業でした。
と、そんな時代のオハナシ。
魔王には、仲睦まじい妃がおりました。
魔王は妃を心の底より愛しておりました。また妃も、魔王を心の底より愛しておりました。
魔王の魔力には、未来を予知する力がありました。それは、いつも夢という形で現れました。彼は毎朝、予知夢に限らずその夜見た夢を、真っ先に妃に話すのでした。
二人は、毎朝のその時間をとても大切にしておりました。妃は魔王が真っ先に自分に夢を教えてくれるというそのことを、魔王の愛の証しのように感じておりましたし、魔王もそれをよくわかっていたからです。
魔王はどんなことも妃と相談してやってきました。勇者から城を守り、またこうして世界征服を進めることが出来たのは、偏に二人の絆の力なのでした。
ところがある日のこと、魔王は信じられない夢を見ました。愛する妃が勇者と共に、自分を殺そうとする夢でした。
目覚めた魔王は愕然としました。
魔王は妃を信じています。愛する妃が自分を裏切るだなんて、そんなことするはずがありません。
しかし、だったら何故こんな夢を見たのでしょう。
もしもこれが予知夢ではないとしたら、魔王の妃を疑う気持ちが表れたのかもしれません。
魔王は、一体何を信じればいいかわからなくなりました。
だから魔王は、
「なああんた、今日はどんな夢を見たんだい?」
という妃の問い掛けに、
「いや、今日は何も見なかった。見たとしても忘れちまったよ」
と、嘘を吐いてしまったのです。
「へえ、あんたにもそんな日があるんだねえ」
魔王が自分に嘘を吐くなんて思いも寄らない妃は、少し驚いたようにして、ククと笑いました。
夢のことは自分の心にしまっておこうか、と魔王は考えました。しかしやはり不安は拭いきれず、彼は執事のタゴローに夢の内容を話してしまったのでした。
思えばこの時傷ついた二人の絆が、世界の運命を変えたのでした。
タゴローは、主人に言いました。
「お妃様が魔王様を裏切るだなんて、そんなことは万に一つもありゃしませんよ。お妃様は魔王様を深く愛しておいでです」
タゴローは長い年月魔王に遣え、二人の絆をよく知っていたのでした。
「ああ、そうだ。もちろんそうだ」
魔王は信頼している執事の言葉に、安心して頷きました。
その通りだと、心配することなどないのだと、改めて妃の愛の深さを自分に言い聞かせたのでした。
ところがそれから一月半、とうとう勇者が魔王の元まで辿り着きました。それは妃の裏切りによるものでした。
「何故だ?」
と、魔王は零れそうになる涙を必死に堪えて、妃に問いました。魔王が涙など流すわけにはいかないのです。
「先に裏切ったのはあんたじゃないか」
妃は憎しみに満ちた目で、魔王を睨みました。
二人の絆が傷ついたあの日から、妃は魔王の裏切りに対する復讐を、着々と進めていたのです。
妃は魔王の嘘を知ってしまいました。執事のタゴローがつい、
「魔王様も、馬鹿馬鹿しい夢を見られましたな」
などと、口を滑らせてしまったのです。
タゴローは長い年月魔王に遣え、魔王と妃の愛の深さをそれはよく知っていましたから、魔王の夢の話を妃が聞いていないなんてこれっぽちも考えなかったのです。タゴローの言葉に妃は、話を合せながら曖昧に頷くことしかできませんでした。
裏切られた、と妃は思いました。
だって、魔王が真っ先に自分に夢を教えてくれるというそのことは、魔王の愛の証しだったのです。そして魔王も、それをよくわかっていたはずなのです。
愛する人に裏切られた妃は、愛する人を裏切り返さなければなりませんでした。幼い頃からずっと、やられたらやり返せと教えられて育ちましたから。
妃は、愛を憎しみに変える術しか知らない、哀れな魔族の女なのでした。その愛が深く大きかったが為に、その憎しみはより強く悲しいものになったのでした。
裏切られたことを知った魔王は、縋るような憎しみを妃にぶつけながら、勇者の剣に倒れました。魔王もまた、愛を憎しみに変える他に術を知りませんでしたから、それはそれは深く妃を憎み、憎しみの瞳にしっかりと妃の憎しみを焼き付けて死んで逝きました。
そして魔王を深く深く愛していた妃は、魔王の死を見届けた後、自らその命を絶ったのでした。
むかしむかし、とある世界で魔王を倒し、世界を破滅から救ったのは、二人の深すぎる愛だったのです。
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むかしむかしとある世界で、魔界の王は例のごとく世界征服を企んでいました――。
サイトにて、リクエストをいただきました。お題は、「お前が先に裏切ったんだ」
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