No.314275

真・恋姫無双~君を忘れない~ 五十七話

マスターさん

第五十七話の投稿です。
覚悟を定めた冥琳はある秘策を胸に抱いて戦場に舞い降りた。彼女の信じる仲間と共に、稀代の軍師、風を欺くことが出来るのだろうか。
今回は簡単な部隊配置図を書いてみました。それから、この話は前回の話と同一時間で進んでいます。それではどうぞ。

コメントしてくれた方、支援してくれた方、ありがとうございます!

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2011-10-07 18:53:59 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:8688   閲覧ユーザー数:6428

雪蓮視点

 

「孫策隊、敵の主力部隊に吶喊を仕掛けるっ! 私についてきなさいっ!」

 

 三千の部隊を率いて夏侯惇の部隊に横から突っ込んだわ。

 

 こんな小勢では、勿論大した損害を与えることは出来なかったけれど、それでも敵を乱すことは出来たわ。それを機に、先鋒同士が距離を置いて、小康状態になった。

 

 どうやら、戦場を見るに、顔良と文醜が騎馬隊で旧劉琮軍に化けた偽装兵を、ある程度蹴散らしたようで、今は敵の先鋒と合流しているようだ。そのおかげで、挟撃は避けられたようだが、それでも敵の先鋒が大きくなってしまったことには変わりはないわね。

 

 さらにその後方に夏侯惇の率いる主力部隊が詰めてあるから、ここは容易に決着がつきそうにないわ。両陣営とも相当の犠牲が出てしまってもおかしくないものね。

 

「総大将自ら来たのかよ? そいつはご苦労なこったな」

 

 茴香が肩で息をしながらも、憎まれ口を叩いた。さすがにこれだけの兵力差の戦いの中、犠牲を最低限に抑えているには、相当な無理が必要だったみたいね。

 

「私も暴れたかったからね。それに私たちには冥琳がついているもの、何の問題もないわ」

 

「はっ。違いねぇや。んで、どうすんよ?」

 

「文醜、顔良、あなたたちも協力してくれるわよね?」

 

「はい。私たちも早く麗羽様をお救いしなくてはいけないので、全面的に孫策軍に協力します」

 

「ぱっぱとあいつら蹴散らさねぇと、こっちも困るんだよ」

 

 益州軍の騎馬隊と、私たちの軍勢を合わせて四万くらいかしら? それに対して、曹操軍は、先鋒に偽装兵と主力が合わさって、六万くらいね。

 

 これで敵の本陣にはまだ二万五千の予備兵がいるのだから厄介よね。でも、おそらくあれは本当に旧劉琮軍でしょうね。あれも偽装兵だったら、一気に投入して勝負を決めようとするはずだもの。

 

「一番手っ取り早いのは総大将の夏侯惇を討ち取ることよね」

 

「そう思ったからよぉ、あたしもあいつを釣り出そうとしてんだけど、あの野郎、なかなか誘いに応じやがらねぇのさ」

 

「そう……。あの夏侯惇がねぇ」

 

 冥琳の言う通り、夏侯惇も反董卓連合であったときの猪武者ではないみたいね。そうなると、この戦いは非常に私たちに不利に働くことになるわ。相手が精兵揃いってことが分かっているのだから、兵力差は確実に効いてくる。

 

「後は許緒っつぅ子供(ガキ)が意外に戦上手だな。まだまだ粗は見えるが、おそらく夏侯惇の戦をよく見てやがる。要所でこちらを確実に乱してくるわ、しかも力だけは馬鹿強ぇから、並みの兵士じゃ太刀打ち出来やしねぇよ」

 

 曹操軍を率いている将は夏侯惇と許緒の二人だけとは聞いていたけど、その二人だけでも充分だってことね。

 

「これ以上舐められるわけにはいかないわ。文醜、顔良、あなたたちの力を最大限に活用させてもらうわよ」

 

「分かりました! 頑張ります!」

 

「ふん、使えるもんなら使ってみろよ」

 

 とりあえずは夏侯惇を戦場に引き摺りださない限り、私たちに勝利はないわ。

 

 そうなると、まずはあの許緒を何とかしないといけないのだけれど、それに関しては茴香と文醜を使いましょう。二人とも似たような性格をしているから、この役目には適しているでしょうね。

 

「茴香と文醜の二人で、まずは先鋒に突撃して、許緒を叩いてちょうだい」

 

「分かったぜ。おい、文の字、あたしの足を引っ張んなよ?」

 

「あん? 誰に言ってんだよ? お前こそアタイの足を引っ張んじゃねぇぞ?」

 

 ……仲良くしてくれというのは我儘かしらね?

 

 まぁそれでも二人とも喧嘩なんかして、戦場で醜態を晒すなんて馬鹿な真似をしないでしょうから、許緒は二人に任せることにしましょう。

 

「顔良は騎馬隊で敵の先鋒を切り裂いてちょうだい」

 

「分かりました!」

 

 これならおそらく夏侯惇も動かざるを得ないでしょうね。

 

 後は冥琳がどんな策を練っているかなんだけど、それはきっと戦い始めれば分かるわ。

 

 この戦、もう間もなく勝敗が決するのは間違いないわ。それには冥琳が何を考えているのか――それがおそらく鍵を握っているはずよ。

 

 さぁ、雪蓮、あなたがどれだけ冥琳のことを信じているのか――いいえ、どれだけ心を通わせているのか、それが試されるときよ。

 

「じゃあ、みんな行くわよっ! この戦、必ず私たちが勝利するのよっ!」

 

「応っ!」

 

 そして再び私たちは戦い始めた。

 

 見てなさい、孫呉の強さは尋常じゃないわよ。

 

春蘭視点

 

 どうやら敵は私を釣り出そうとしているようだ。敵将の太史慈の戦い方を見ていれば、それはよく分かった。

 

 しかし、私も単純に釣り出されるわけにはいかないのだ。

 

 今回の戦は私が総指揮を執っているのだから、もし私の身に何かあれば――そんな可能性があるなどと、微塵も思ってないが、自軍はすぐにでも潰走してしまい、戦闘不能状態に陥ってしまう。

 

 勿論、私の中にも暴れたいという衝動がないわけではない。

 

 本音を漏らすならば、今すぐにでもあの馬鹿者をこの七星餓狼の錆にしてやりたい。

 

 その戦いたいという戦闘意欲を抑え込むだけでも大変なのだ。とりあえず戦場の空気を満喫することが出来たのは嬉しいが、暴れられないというのは何とも不憫なものなのだな。

 

 それでも、総大将の役目を果たさなければ、西涼で頑張っている秋蘭に申し訳が立たない。それにこの戦を制すれば、きっと華琳様からもご褒美を頂けるはずだ。

 

 秋蘭の頑張る姿と、華琳様から頂戴出来るご褒美のことを思い、何とか自分の気を静めた。

 

「夏侯惇将軍、敵軍に動きがあります。どうやら、総大将の孫策自らが戦場に姿を現した模様です。それに、太史慈、文醜の両名が猛烈な勢いで許緒様の部隊に襲いかかっています。速やかに援護に向かった方が――」

 

「不要だ」

 

「はっ?」

 

「聞こえなかったのか? 不要だと言ったのだ」

 

「で、ですが、このままでは許緒様が……」

 

「季衣は私が見込んだ、一廉の武人だ。あやつなら自分で窮地を脱することが出来るだろう」

 

 それよりも問題なのは孫策自身が来たということだ。

 

 あやつがこちらへ来たということは、いよいよ益州と孫呉の同盟軍が勝負を決めに来たということだろう。

 

 孫策の武は私も認めるところだ。間違いなく、大陸でも指折りの武人だろう。あやつが戦場に立つだけで、その場を雰囲気が変わってしまう程――兵士たちも間違いなくあやつの空気に呑まれてしまうだろう。

 

 だが、その目的は紛れもなく私であろう。この戦を決定づけるのならば、私の首級を上げるのが最も効率的なものだろう。だからこそ、私も今まで自重してきたのだ。

 

 季衣の危機に私が駆けつけることを見込んで、短期決戦を仕掛けてきたと考えて間違えはないだろう。だが、そんな見え透いたことに、私が容易に引っ掛かるとでも思っているのか。

 

「季衣に伝令を送れ。先陣はお前の戦場だ。何が何でも守り抜くようにと」

 

「はっ。それから程昱様より伝令が参りました」

 

「申せ」

 

「はっ。総大将の首に拘ることなく、しかし敵の首級を上げ、速やかに勝利を掴み取るように、とのことでございます」

 

 ふむ、総大将の首に拘ることはない、か。それは一体どのような意味なのだ?

 

「分かった。下がっていいぞ」

 

「はっ」

 

 全く、風はいちいち難しい言葉を使うから、訳が分からん。もっと単純な言い方は出来ないものか。あいつを斬れ、とか、あいつは斬るな、とか――そんな風に言ってくれれば、私だって理解は出来るのだがな。

 

 風との戦略において、もっとも重きを置いたのが、敵の総大将である孫策と天の御遣いの首級を上げることであったはずだ。それにも関わらず、敵の首に拘ることはないということは、つまり戦略的に大きく変わるという意味なのか?

 

 いやしかし、敵将の首を上げろと言っているのだから、誰かを斬らねばならないのだろうが、一体全体誰を斬って良いのだ? 太史慈や文醜の首を上げるのは容易だが、そのような者をいくら斬っても、孫策と天の御遣いが存命であれば戦は終わらぬではないか。

 

 ええい! じゃあ、どういう意味なのだ!

 

「夏侯惇将軍!」

 

「どうした! 私は今、考え事をしているのだ! 気を散らせるんじゃない!」

 

「え、あ、いや、それは大変申し訳ありません。ですが……」

 

「何だ! 手短に言え!」

 

「はっ! 敵の本陣に大きな動きがありました。敵将周瑜が部隊を率いて、先鋒の左方に移動中であります」

 

 敵の本陣が動いただと?

 

 孫策と連携した動きに違いないだろうが、一体何を狙っているのだ?

 

 ええい、もう考えるのは止めだ。風が総大将の首に拘るな、と言うのならば、私はその言葉に従うまでだ。孫策の首は捨て置き、その代わりに周瑜を血祭りにしてやろうじゃないか。そっちの方がきっと良い気がする。

 

「我らも動くぞっ! 目標、周瑜部隊! 速やかに殲滅するっ!」

 

風視点

 

 どうやら敵に動きがあるみたいですねー。

 

 霞ちゃんの奇襲――その初撃を何とか凌いで、どうやら袁紹さんがその迎撃に向かったみたいですが、多少の時間稼ぎにしかならないでしょうねー。霞ちゃんの強さは、正直なところ、本当に化物地味たところがありますからねー。

 

 問題なのは孫策さんが三千を率いて先鋒に合流したことですか。

 

 特に三千という小勢なのが気になりますねー。風として、本陣の半分を割いて寄こすと思っていて――そうなれば風たちにとっては願ってもない状態なのですが、何やら周瑜さんの思惑の匂いがぷんぷんするのですよー。

 

 風が敵方の軍師だとして、この戦況を打破するもっとも効率の良い戦術は、孫策さんと春蘭ちゃんをぶつけて、春蘭ちゃんを討ち取ることにあるでしょうねー。

 

 兵力差を考えれば、正攻法ではもう引っ繰り返すことは、相当困難なはずですからねー。敵を撤退させるのならば、それを狙うのが常識的だと思うのですよー。

 

 ――だからこそ、敢えて周瑜さんは春蘭ちゃんを狙わないでしょうねー。

 

 おそらく、孫策さんに小勢を率いさせたのは罠でしょうねー。

 

 こちらが孫策さんの首を狙えば、周瑜さんが別動隊を率いて春蘭ちゃんを欠いた主力を一気に殲滅して、動かずに現状維持をすれば、今度は孫策さんが三千で捨て身の特攻を仕掛けるはずなのですよ。

 

 三千で何が出来るのか、と思うのかもしれませんが、相手はあの小覇王と謳われる存在ですからねー。季衣ちゃんでも到底対応できませんし、結果的に春蘭ちゃんの許に辿りついてしまうでしょうねー。

 

 どっちを選んだとしても、敵の掌で踊らされるような見事な戦術なのですよー。霞ちゃんの奇襲があった、あの瞬間にこれだけの戦略を組み上げることを思えば、本当に周瑜さんは風たちにとっては厄介な相手なのです。

 

 ――ですので、まずは周瑜さんに消えてもらいましょうねー。

 

「春蘭ちゃんに伝令を送ってくださーい。総大将の首に拘ることなく、しかし敵の首級を上げ、速やかに勝利を掴み取るようにって伝えて下さいねー」

 

「はっ」

 

 きっと春蘭ちゃんのことですから、風の言葉の真意を汲み取ることなんて出来ないのですよー。こんな風に紛らわしく言っておけば、春蘭ちゃんの思考回路は爆発してしまって、もっとも単純な手を選ぶはずです。

 

 まぁ、単純にあの人を斬ってくださいねーって言っても良いんですけど、そうなるとこちらの動きが相手に悟られてしまいますからねー。そこは上手く隠してもらわないと困るのですよー。

 

 今回、風は初めて春蘭ちゃんとこうして戦の指揮を執っていますが、存外、相性は良いのかもしれませんねー。

 

 春蘭ちゃんの手綱を引けるのは、妹の秋蘭ちゃんか華琳様だけかと思っていましたが、風だってやれば出来る娘だったってことですねー。これは稟ちゃんに自慢しなきゃなのです。

 

 それで華琳様からお誉めの言葉でも頂戴出来たら、今度は桂花ちゃんの嫉妬心も煽ることが出来ますからねー。当分の間は楽しみが尽きることはないのですよー。

 

「程昱様、敵陣に動きがありました。敵本陣から周瑜が部隊を率いて、先鋒を牽制する動きを見せています」

 

 やはり、周瑜さんは動きましたねー。

 

「報告ご苦労様なのですよー。それは春蘭ちゃんの部隊も分かっていますねー」

 

「はっ。問題ないと思われます」

 

「じゃあ、このまま春蘭ちゃんの動きを見守ってあげるのですよ」

 

「承知いたしました。このまま本陣は待機させます」

 

 どうやら風の考えは当たっていたようですねー。

 

 季衣ちゃんの方がむしろ心配ですねー。確かに最近、めきめきと将としての実力を上げているみたいですけど、それでもまだ発展途上ですからねー。太史慈さんに文醜ちゃんが相手では少々荷が重いのかもしれませんねー。

 

 ですが、ここまで来たら、季衣ちゃんの実力を信じるしかないのですよー。

 

 風は武人ではありませんから、よく理解出来ないことなのですが、春蘭ちゃんが言うには、季衣は若手の将の中では実力が段違いだと言っていましたー。

 

 流琉ちゃんも、風にとっては実力伯仲だと思っていたのですが、春蘭ちゃんは、流琉ちゃんはまた別の部分で季衣ちゃんより優れているそうなのです。

 

 まぁ季衣ちゃんが春蘭ちゃんを、流琉ちゃんが秋蘭ちゃんを慕っていると言う時点で、自ずとその役割は決まっているのでしょうねー。

 

 季衣ちゃんが戦場で暴れ、その援護を流琉ちゃんがする――流琉ちゃんは、確かに季衣ちゃんとは違って、器用に何でもこなすことが出来るでしょうしねー。

 

 さてさて、季衣ちゃんが先陣を保つことさえ出来れば、おそらく風たちの勝利は不動のものになるでしょうねー。

 

 まずは周瑜さんに退場して頂いて、それから孫策さんと天の御遣いさんにも消えてもらいましょうねー。

 

 風が支えるべき日輪である華琳様の覇道は、決して誰にも邪魔はさせないのですよー。

 

冥琳視点

 

 おそらく程昱は私を狙ってくるであろう。

 

 並みの軍師であれば、ここで打つべき手は、総大将である夏侯惇の首を落とすことに焦点を当てたものになるのだが、程昱は私がさらにそれを上回る手を講じると考えるに違いない。

 

 雪蓮に三千という小勢を率いさせたのも、それを裏付けるものになっている。

 

 夏侯惇が雪蓮に向かえばそれで良し――私が敵の主力を叩けば済む話で、動かなければ雪蓮が戦場で暴れるだけだ。雪蓮の実力を鑑みても、三千あればそれ相応の働きを見せてくれるはずだ。

 

 だからこそ、程昱は私を標的にするはずだ。

 

 私たちが敵は雪蓮の首を狙っていると思いこんでいるから――それは外れてはいないが、最優先事項でもない。結果的に雪蓮を亡き者にすれば、あやつらにとっては何の不都合もないのだ。

 

「周瑜様! 夏侯惇の部隊がこちらに向かってきます! 如何致しますか!?」

 

「取り乱すなっ! 部隊を鶴翼に展開させよっ!」

 

「で、ですが、そうすると、敵はおそらく周瑜様に向かって来ると思われます」

 

「それで構わん。お前たちは、夏侯惇が私を目掛けて突っ込んできたら、速やかに翼を閉じて包囲するのだ」

 

「し、しかし――」

 

「命令は以上だ。すぐに手配しろ」

 

「はっ!」

 

 私の狙いは誰にも話していない。これが私に打てる最後の一手なのだ。それを成功させるためには、敵には一切悟られてはいけない。だからこそ、味方にさえ真の思惑を隠さなくてはいけないのだ。

 

 雪蓮、お前なら気付いてくれると信じているぞ。

 

 私とお前は、心の底から信頼し合った間柄なのだから。

 

 さぁ、夏侯惇に我らの信頼の力を見せてやるのだ。

 

「全軍、包囲体勢っ! 夏侯惇隊を締め上げるぞっ!」

 

 轟然とこちらに駆けてくる夏侯惇隊が目視出来た。こちらが鶴翼の陣を布いていることに気付くと、何の迷いも見せることなく、中央にいる私目掛けて突撃を開始した。

 

「周公謹、その首もらったぁぁぁぁぁっ!」

 

 隻眼の将――夏侯惇は私に向かって、その大剣を振り下ろしてきた。

 

「舐めるなっ!」

 

 馬上からの一撃を寸でのところで避けることが出来た。私の黒髪の一部が刃に触れ、それが空に舞うが、私自身は傷を負うことはなかった。

 

「何っ!」

 

 夏侯惇は攻撃を避けられたことが意外なことだった。しかし、私とて今は軍師として頭脳を武器に戦っているが、若い頃は雪蓮と共に武を競い合ったこともあるのだ。

 

 既に雪蓮には遠く及ばないが、夏侯惇が私の首のみを狙っていることが分かっている以上、攻撃を避けることだけに集中すれば、一度くらいは見切ることくらいは出来る。

 

「無駄な足掻きをっ! これで終わりだぁぁぁっ!」

 

 振り返りざまの一閃――さすがに私でもそれを避けることは出来ないだろう。

 

 ――だがしかし。

 

「……終わりなのは貴様の方だ」

 

「はぁぁぁぁぁっ!」

 

「何……っ!」

 

 夏侯惇の大剣を弾き返したのは――

 

「孫策っ!? どうして貴様がここにいるっ!」

 

「あら? 親友の窮地に駆けつけない程、私は冷たい女ではないわ」

 

「ちぃっ! だが、こちらにとっても貴様の首を頂戴出来るのだから、好都合というものだっ!」

 

 好都合だと?

 

 貴様こそ雪蓮の実力を侮ってはいけないぞ。

 

 これで私たちの目論見通り、夏侯惇を一騎打ちの舞台に引き摺りだすことに成功した。

 

 私自身を囮にすることで、夏侯惇をここまで誘き出した。

 

 雪蓮ならば、仮に離れていたとしても、私が何を考えているのかを、きっと察してくれると信じていた。どこにいようが、我らの信頼という絆は決してなくなることはない。

 

 相手も雪蓮が先陣に赴いたことにより、先鋒に加勢すると思い込んでいたようだが、雪蓮が定石通りの動きをするわけがあるまい。こやつは自身の感じるものに任せて、勝手気ままに行動するのだぞ。

 

 さぁ、これで戦を振り出しまで戻すことが出来たぞ。

 

 私たちはまだ負けたわけではない。

 

風視点

 

 むむむ……、どうやら周瑜さんの行動予測を誤ってしまったようですねー。

 

 まさか、軍師の立場にあるものが、自分だけを囮にして春蘭ちゃんを釣り出すなんて考えもしませんでしたよー。そんな乱暴な一手を打つなんて、周瑜さんも、あの冷静そうな眼差しの奥には、立派に獣を飼っているのかもしれませんねー。

 

 戦場から届けられた一報に目を通しながら、さすがの風も呆れ果てて、溜息を吐くのです。

 

 これは策なんて呼べるほどのものではないのですよー。

 

 あそこで春蘭ちゃんの一撃を避けられたから良かったというものの、あれで命を落としていれば、戦は決定したも同然でしたからねー。賭けと言ったほうが良いのですよー。

 

 それにしても、周瑜さんが元々武官としての才能も秀でていたことは知っていましたが、それも大都督に就任する以前の話でしたから、周瑜さん個人の武は意識の外に置いていました。今回ばかりはそれが裏目に出たようですねー。

 

 それに、どうやら悪い知らせが連続して舞い込んできたようですねー。

 

「程昱様! 益州から敵増援部隊が現れました。その数は三千。ですが、さらに張遼将軍が敵将の呂布との一騎打ちのため、部隊から離脱しました!」

 

「分かったのですよー」

 

 焦りながら飛び込んできた兵士の顔色から、それが悪い知らせであることを悟りながらも、それを表に出すことはしないのです。

 

 これで霞ちゃんも当分の間は動けないでしょうねー。

 

 さらに先鋒も主力部隊も孫策軍と拮抗してしまっているようですから、速戦で敵を打ち破ることは難しくなってしまうのですよー。

 

 確かに戦は振り出しに戻ってしまいましたが、何もそれが風たちの敗北に繋がるわけではないのです。軍師とは最悪の事態を想定して、苦肉の策は考えているのですよー。

 

「益州軍の動きはありますかー?」

 

「いいえ、本陣から動いたという知らせはありません。また、敵総大将、天の御遣いの姿も確認しております」

 

 益州軍は動くつもりはないみたいですねー。天の御遣いさんは、将としての才に恵まれていないみたいですから、彼の護衛を最優先事項にしているのでしょうか。

 

 まぁ、報告通り、あんな白くてピカピカ光る服なんて着ていたら、自分の位置を敵に知らせるようなものですからねー。前線に立たせたくないということも理解できるのですよー。

 

 ですけど、益州軍が動き出していないのなら、風も苦肉の一手を出すことが出来るのですよー。

 

「旧劉琮軍を前進させますよー。季衣ちゃんの部隊の後方から、敵を包み込むように展開させて下さい」

 

「はっ!」

 

 益州軍が先陣に加勢するならともかく、こちらの本陣に向かって突撃でもしてきたら、さすがの風たちも困ってしまいますからねー。

 

 騎馬隊は袁紹さんたちが全て率いていますから、相手には機動力はありません。

 

 旧劉琮軍を展開させて、風たちの本陣が薄くなってから動きだしたところで、ここまで辿りつくまでにはそれなりの時間はかかりますから、その間にその対応策くらいは講じることは出来るのですよー。

 

 旧劉琮軍は、調練も行き届いてない雑兵しかいないのですが、こうなってしまったら、致し方ありませんねー。数の武力に頼ることは、軍師としてあまり誉められることではないのですが、場合が場合ですからねー。

 

 彼らでも、相手を威嚇することくらいは出来るのですよー。既に孫策軍も疲労が溜まっている頃合いですし、ここに来て、さらに前線に兵士を――しかも、二万五千という大軍を送り込められたら、精神的に相当な苦痛を与えられるはずなのですよ。

 

 正直なところ、このような泥沼な戦い方は、兵力を損耗してしまいますから、避けたかったのですが、このまま撤退するわけにもいきませんからねー。

 

 多少の無理をしてでも、江陵は風たちが手中に納めさせて頂くのですよー。

 

「季衣ちゃんと春蘭ちゃんたちの様子はどうですかー?」

 

「はっ。許緒将軍は苦戦しながらも、固く部隊を守りに徹することで、敵の猛攻を凌いでおります。夏侯惇将軍も、敵将孫策と互角の勝負を繰り広げているようです」

 

「そうですかー」

 

 春蘭ちゃんに関しては、彼女の実力を信じるしかありませんねー。

 

 ですけど、季衣ちゃんがまだ部隊を保っているのは吉報なのですよー。風が放った旧劉琮軍が前線に到着すれば、季衣ちゃんの持つ突破力を充分に活かすことが出来ますからねー。

 

 軍師の本来の仕事は、戦を始める前にどれだけ自軍に有利な状況を作っておけるかということなのですよー。

 

 その点は、風たちの軍は最初から数の利を有していましたし、偽装兵と霞ちゃんの投入で、相手の士気を挫くことに成功しているのですよー。

 

 敵の騎馬隊の投入は、確かにこちらの予想外のことではありましたが、飽く迄もそれは守りの一手に過ぎないのですよ。そして、もうそちらには攻めの一手はありません。

 

 従って、地力での勝負になってしまったら、風たちの勝ちはあっても、負けることはないのですよ。

 

 

 

 

 さて、これまで長い間戦い続けていますが、戦場のイメージを湧きやすくするために、今回は簡単ではありますが、部隊の配置図を作成してみました。

 

 見て分かる通り、ものすごく雑な感じがありますが、こんな形で両軍は対峙しています。

 

 作者はパソコンに強いわけではないので、これを作るだけでも相当な労力がかかってしまいましたが、これが皆様がこの作品を楽しむ手助けをしてくれることを心から願っております。

 

 今回の戦の流れに沿って部隊が動いています。

 

 冥琳の部隊が敵の左方向に進み、それに対応して春蘭の部隊が動き、最後に曹操陣の本陣に待機していた旧劉軍の部隊が前進をしました。

 

 こんなもので申し訳ないです。

 

 

あとがき

 

 第五十七話の投稿です。

 言い訳のコーナーです。

 

 まずは投降が遅れてしまい申し訳ありませんでした。

さて、前回は白蓮さんのまさかの登場で大きく話を盛り上げることが出来ましたが、作者はそれを後悔しております。

 

 何故かと言えば、それによって今回の話のハードルが上がってしまい、前回以上の盛り上げをしなくてはならなかったからです。

 

 さすがに白蓮さん登場以上に、話が盛り上がる内容なんて、作者の頭の中にあるはずもなく、結果的に今回のような形に落ち着くことになりました。

 

 完全に前話と今話の順番を逆にするべきであったと思います。

 

 さてさて、今回は若干、前回の流れを汲んで、前回が麗羽様と白蓮さんの友情の話ならば、今回は雪蓮と冥琳の信頼に焦点を当てて物語を進めました。

 

 既に益州・孫呉軍は相当な窮地に追い込まれている以上、普通の手ではどうしても戦況を打破することは出来ません。

 

 そこで冥琳は自身を囮にすることで、春蘭を釣り出し、雪蓮が自分の狙いに気付いてくれることを信じて、賭けの一手に出ることにしたのです。

 

 原作で、冥琳がどれだけの武を有しているのかは描かれていないように思われましたが――飽く迄も作者の記憶の中での話ですが、周瑜は文武に秀でているイメージを持っているので、一度だけ春蘭の攻撃を避けることが出来るということにしました。

 

 それによって、春蘭の部隊を本陣が迎え撃つことになり、戦況は振り出しに戻すことに成功しました。

 

 まだ振り出しですが、これまでの危地を考えれば、それを脱することが出来ただけでも、彼女らにとっては大きなことではないかと思います。

 

 さてさてさて、ついに荊州での攻防も佳境になって参りました。

 

 長く続いた今回の話もそろそろ終止符が打たれようとしていますが、どのような結末になるのか、皆様に妄想して楽しんで頂ければ僥倖です。

 

 相も変わらず駄作ですが、楽しんでくれた方は支援、あるいはコメントをして下さると幸いです。

 

 誰か一人でも面白いと思ってくれたら嬉しいです。

 


 
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