「かんぱーい!」
「かんぱーい」
「……かんぱーい」
今日はわたしの家で、なぎさ先輩とさゆりちゃんと三人で飲み会。机いっぱいに広げられたおつまみの前で、わたし達はそれぞれ手に持った缶を重ね合わせる。
わたしとなぎさ先輩は缶ビール、さゆりちゃんはオレンジジュースなんだけど……。
「どうした堺さーん! せっかくの飲み会なのにテンション低いぞー! もー、とにかく飲め飲め!」
と言いながら、さゆりちゃんにビールを勧めるなぎさ先輩。わたしはその様子を苦笑いしながら見つめている。
「ちょ、ちょっと! わたしお酒はダメなんですけど!」
「細かいことはいーじゃない! ていうか、あたしの酒が飲めないってのかー!」
……すっかりなぎさ先輩酔っ払っちゃってるな。まだ一缶も開けてないのに。
「ちょっと、かおりさん、そんな所で笑ってないで助けてくださいってば! あなたの先輩でしょ!」
「あはは……」
困ったことに、そうなっちゃったなぎさ先輩は止められないんだよね……そのまま酔いつぶれるまで付き合うか、それともどうにかして酔いを覚まさせるか。
「えへへー、よく見ると堺さん可愛いねえ……どう? かおりじゃなくて、あたしと付き合わない?」
「きゃあっ、た、たすけてかおりさん!」
と言いながら、さゆりちゃんを押し倒そうとするなぎさ先輩。ちょ、ちょっとそれはいくらなぎさ先輩でも許せないぞ。
「な、なぎさ先輩。それ以上はダメです!」
「あらー? じゃあ、かおりが代わりにあたしを慰めてくれるのかにゃー?」
「……え?」
そう言いながら、なぎさ先輩は目を光らせ、手をわきわきと動かしながらわたしに迫ってくる! ちょ、ちょっとなぎさ先輩――
「えーい!」
「ほひゃあぁぁぁ!」
わたしを押し倒し、そのままのしかかって来るなぎさ先輩。
「か、かおりさん!? こ、この、変態看護師! かおりさんから離れなさい!」
さゆりちゃんが必死に剥がそうとしてくれているけれど、なぎさ先輩が全然離れる様子はない。
「だーめ。ああ、やっぱりかおりはいい香りがするわぁ……なんちゃって」
そんなことを言いながら、わたしの胸元に顔を突っ込んでくるなぎさ先輩。……や、やだそこは、ダメですよう、なぎさ先ぱあい!
☆ ☆ ☆
「……ふぅ」
わたしがお手洗いから戻ると、居間には片付けをするさゆりちゃん一人だけで、さっきまでいたなぎさ先輩の姿が見当たらなくなっていた。
「ねえさゆりちゃん、なぎさ先輩は?」
「あ、先程自分の部屋で寝るって、帰られました」
「そうなんだ。何か一声かけてくれればよかったのに」
それにしてもさんざん楽しむだけ楽しんで、片付けもしないで帰っちゃうなんて……まあ、いつものことなんだけどね。
「あ、わたしも手伝うよ。片付け」
そう言いながら床や机の上に置かれた缶を、潰して袋の中に投げ込んでいくわたし。さゆりちゃんは机の上を拭いたり、ゴミをまとめたりしてくれている。
「……はぁ」
あれ、なんだかさゆりちゃん、元気がないみたい。……やっぱり、なぎさ先輩に色々とされたのがショックだったのかな――主にわたしが、だけど。
「あはは、ごめんね? なんだか変に騒がしくなっちゃって。普段はなぎさ先輩も、あそこまで絡む人じゃないんだけど……」
「あ、いえ、そんなことは。むしろ、わたしこういう飲み会って、したことなかったので新鮮でした」
と、首を振るさゆりちゃん。じゃあ、なんでそんな悲しそうな顔をしているの? わたしはそう、さゆりちゃんに目で問いかける。
すると、
さゆりちゃんは少し観念したように苦笑いを浮かべ、片付けの手を止めると話し始めた。
「……わたし、言われちゃいました」
「何を?」
「かおりさんを幸せにしなかったら、許さないって」
誰が言ったのかは聞かなくてもわかった、
「あ、あはは、なぎさ先輩ったら心配性なんだから。でも大丈夫だよ、わたし、さゆりちゃんといられてしあわ――」
わたしはさゆりちゃんの瞳を見て、思わず息を飲んだ。
「そうじゃない――いえ、今はいいんです。わたしもかおりさんも元気だから。……けど!」
さゆりちゃんの目に溜まった涙が、ポロリと零れ落ちる。
「わたし、不安なんです。またいつか病気が再発してしまうんじゃないかって。そしたらもう、あなたとは一緒にいられなくなってしまうんじゃないかって――昔はもう、一人でも平気だって思っていたのに――ただそれが、今は怖いんです……」
白く柔らかそうな頬を伝う涙……それを見ていたわたしの胸の奥から、じわりと暖かいものが溢れてくる。わたしはその気持ちのままに、さゆりちゃんをそっと抱き寄せた。
「大丈夫だよ、さゆりちゃん」
わたしはさゆりちゃんの耳元で囁きながら、サラサラの髪の毛をそっと撫でてあげる。
「根拠なんてないけれど、さゆりちゃんはもう元気になったんだから大丈夫。……それに、もし再発したとしても、何度だってわたしがドナーになるから」
「かおりさん……」
わたしは不安そうにさゆりちゃんの額に、そっとキスをする。
「だからほら、笑って? わたし、さゆりちゃんの泣き顔も好きだけど――笑った顔の方が、もっと好きだから」
「……ぷっ、なにそれ」
今のどこが面白かったのかわからないけれど……あはは、でもさゆりちゃん、笑ってくれた。
「そう言って、わたしをいじめようって魂胆ですか?」
「ちがうよー。だって、やっぱり好きな人が嬉しそうにしてくれていた方が、楽しいもの」
「……かおりさん」
「さゆりちゃんも、そうだったら嬉しいんだけどな、わたし」
「そ、それは……」
頬を染めながらもゆっくりと頷いてくれるさゆりちゃん。それが微笑ましくて、わたしはにこりと笑った。
「……あ、これまだ少し残ってるね。ねえ、さゆりちゃん、ちょっと飲んでみる?」
開いたままの缶ビールを手に、わたしはさゆりちゃんに問いかける。
「え? でも、わたし、本当に弱くて……」
「大丈夫、ちょっとだけだから。ね?」
「わかりました、かおりさんがそう言うなら……えっ」
わたしはビールを口に含むと、驚くさゆりちゃんの唇に口づけた。口に含んだ液体を流し込みながら、そのまま舌を絡ませる。最初は驚いていたさゆりちゃんも、少しずつわたしを受け入れてくれた。
……そして長い長いキスの後、わたし達はゆっくりと唇を離した。さゆりちゃんは少し怒った様子だったけど、わたしはそれを見てにこりと笑う。
「も、もう、かおりさんたら!」
「あはは、ごめんね。……でも、どうだった?」
わたしがわざと尋ねると、さゆりちゃんはぷいと顔をそらし、けれど首筋まで真っ赤にして、
「……くらくらしてます。幸せすぎて」
辛うじて聞こえるぐらいの声で呟き、そして嬉しそうに顔を綻ばせた。
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白衣性恋愛症候群、堺さゆりのTrueEnd後をベースにしたSS。(ネタバレ有り)
ある日、かおりとさゆりとなぎさの三人は、かおりの部屋で飲み会をすることになったのだけど……?