No.313998

少女の航跡 第3章「ルナシメント」 8節「ステンドグラスの舞」

月夜の館に潜入したブラダマンテ達。そこで包帯男たちの襲撃を受け、ステンドグラスで覆われた迷路で戦いが行われます。

2011-10-07 02:58:50 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:1010   閲覧ユーザー数:304

 

 私達が館の中へと侵入すると、そこはステンドグラスに四方を覆われた奇妙な部屋になっていた。

 四方だけではない、天井と床さえも色とりどりのステンドグラスになっていて、さながら奇妙な部屋と化している。その部屋の先にはさらに通路が広がっていたが、ロベルトはそのステンドグラスの部屋で足を止めた。

「この部屋。嫌な気配がする…」

 ロベルトはそのように言って、その部屋の手前で足を止めた。銃を構え、油断のない様子を見せる。

「ええ、見通しが良すぎて隙があり過ぎだもの、この部屋は…!」

 ルージェラもそのように言って斧を握りしめた。

「隙があり過ぎって?私達が侵入した事は、バレてしまっている?」

 そう尋ねる私。私自身もすでに剣を引き抜いていて油断のない様子を見せていた。

「後ろから何か来ますぞ!得体の知れない気配が一つ!」

 一番背後にいたシルアがそのように言った。

「おい、武器を返せよ!多分追ってきているのはさっきの包帯男だぜ!」

 カイロスが叫ぶ。

「何言ってんのよ!包帯男はとっくに倒したのよ!」

 と、ルージェラが叫んだ。

「いいや、倒しちゃあいない。あいつらは…!」

 ロベルトがそう言いかけた時、私達が侵入してきた通路から突然、大きな何かが覆いかぶさるように襲いかかって来た。

 ロベルトは即座に背後に向かって銃を発砲したが、それが相手を捕らえたような気配はない。

 粉々になって何かが砕け散っただけにすぎなかったのだ。

 次いでフレアーが杖をかざし、何か意味不明な言葉を叫ぶ。すると彼女の杖からは炎が吐き出され、それが背後から襲いかかってくる何者か命中した。

 背後から襲いかかって来る何物かは、その炎に怯み、身を縮める。巨大な質量を持った何者かだったが、途端に人ほどの姿になった。

 そこに現れたのはさっきの包帯男だった。包帯男はナジェーニカの大きな槍の一撃を受けたはずだったが、今見る彼の姿は、傷一つ受けた様子はない。

「いかんな。この部屋の中に踏み込むしかない!」

 ロベルトはそう言って、ステンドグラスで全面が覆われた部屋へと脚を踏み入れた。

 ロベルトが足を踏み入れた直後、ロベルトの踏み込んだステンドグラスの部屋の反対側のステンドグラスが砕け、そこに突然砂が流れ込んできた。

 砂はある量まで達すると、そこから人型となって姿形が見えてくる。

 そこに姿を現したのは、さっきの包帯姿の男だった。

 包帯姿の男は、私達の姿を見つけると、突然、覆いかぶさるかのような姿勢を見せ、一気に襲いかかって来た。

 ロベルトの銃弾が炸裂する。しかり、包帯男の体は、砂がはじけ飛んだかのようになるだけで、全くダメージが無いようだった。

「ど、どうするの!」

 フレアーが叫んだ。彼女の方にも、砂から包帯姿の男が姿を現し、襲いかかってこようとしていたのだ。

「戦うしかあるまい!こいつらを退けるぞ!」

 ロベルトのその合図と共に、私達は、狭い通路から、ステンドグラスで覆われた部屋へと飛び出した。

 ステンドグラスの部屋に飛び込んだ直後、包帯姿の男達が、そのナイフを手にゆっくりと迫ってきた。

 ロベルトは銃を発砲し、包帯男を撃つが、彼の肉体は全くその攻撃を受け付けることなく、ただ、砂がはじけ飛ぶだけだ。

 しかも砂でできているような体はすぐに修復してしまうらしく、彼の肉体は全くダメージを受けていない。ステンドグラスで覆われている部屋のステンドグラスが、ロベルトの銃弾で割れ、ステンドグラスが粉々になって部屋に散った。

 その包帯男に、今度はルージェラが斧を手に飛びかかっていった。彼女の斧は確実に男の首を捕らえていたはずだったが、こちらも砂が飛び散っただけで、その男に対しては全くダメージが無かった。

 ルージェラの斧は包帯男を捕らえたものの、その肉体を通過し、更に先にあったステンドグラスを粉々にするだけだった。

 包帯男は素早くルージェラの背後に回り、彼女の首元にナイフを突き出してくる。だが、そのナイフを持つ腕はナジェーニカが槍を振り下ろすことで防がれた。

 ナイフは床のステンドグラスに転がり、同時に、包帯男の体は、彼女の槍によって再び粉々にされてしまう。

 包帯男の肉体は、再び元の体に戻っていこうとした。

 ロベルトは包帯男の砂の状態から元へと戻ろうとする肉体へと銃を向ける。だが、その銃を下げさせ、包帯男へと銃を向ける者の姿があった。

「やめておきな、あんたじゃ無理っぽいぜ」

 それはカイロスだった。彼は手にした小型の銃を包帯男の方へと向ける。するとその銃からは炎が吐き出された。

 炎は一気に包帯男を焼きつくしていく。悲鳴だったのかどうかは分からないが、ステンドグラスの部屋に響き渡った音は恐らく、包帯男の悲鳴だったのだろう。

 その音が止むと、カイロスも銃から放出させた炎を止めた。

「あんた!いつの間にあたしから自分の武器を奪ったのよ!」

 とルージェラが叫んだ。カイロスの武器はルージェラが奪い取っていたのだ。

「さあな?だが、敵から奪った武器は、きちんと管理してなきゃ駄目だぜ…」

 と言ってカイロスはルージェラの方を向いた。ルージェラの方は警戒心もむき出しだった。

「でも、火に弱いんだって事は分かったから、ね!」

 フレアーの声が響いた。彼女はロベルト達ではなく私達の方に迫ってきていた、包帯男に向かって杖をかざす。杖からは一気に炎が吐き出され、それが包帯男の体を焼きつくそうと迫った。

 炎は包帯男の体に纏っている包帯をも焼いたばかりか、その体である砂さえも焼きつくそうとした。

 包帯男はすぐに自分の体を焼く火から逃れようとするが、フレアーの炎の威力はすさまじく、あっという間に彼の体を焼いてしまう。カイロスが打ち倒した男と同じような奇声を上げながら、その体を崩れさせていってしまった。

「ふう、恐ろしい奴だったけれども、何とかなってくれたねぇ」

 とルージェラは言うのだったが、ロベルト達は全く警戒心を解いていなかった。

「ここはハデスの館の中だ。油断するな。もっと来るぞ。早く、館の奥に入ろう」

 とロベルトは言い、私達はすぐにも行動する事にした。案の定、私達が侵入してきた館の入り口の方から、更に包帯男達が迫ってきていたのだ。

 それだけではない、突然、ステンドグラスでできている天井が割れたかと思うと、そこから砂がどっさりと落ちてきた。

 ひと固まりほど集まると、その砂からは徐々に人の形が出来上がってきて、やがてそれは人の形を成す。人の形になった包帯男達は、その包帯の隙間から目を光らせるのだった。

「やれやれ、ハデスの奴め、厄介な存在を味方につけているものだ!」

 とロベルトは言い、皆を先導して、ステンドグラスで覆われた通路を走り始めた。

 私達が彼の後をついて行くと、次々と天井や壁のステンドグラスを突き破って、包帯姿の男達の体なのであろう、砂が溢れだしてくる。

 中には私達の行く手を阻むかのように姿を現した包帯男さえいた。

 ロベルトは銃を発砲し、自分の前に出現した包帯男を撃つが、その肉体は砂になって粉々に吹き飛ぶだけで、倒した事にはならないようだ。

 ルージェラが天井から降り注いできた砂に向かって斧を振り上げるが、砂のようになっている包帯男の体にはまったく効果が無いようだった。

 更に他のステンドグラスの部分からそこを突き破って砂が流れ込んでくる。気が付くと私達の周りには、砂が取り囲んで、右にも左にも行けない状態になってしまった。

 カイロスは火を噴く事ができる銃を片手に毒づいて言った。

「やれやれ、このステンドグラスの通路は、さながら鳥かごだぜ。ハデスの奴め。余計な趣味を持っていやがるな…!」

 彼は銃から火を噴きださせ、包帯男の体である砂を焼きつくそうとするものの、彼が出すことができる火は、大量にやってきている砂の前ではほんのわずかな効力しか示さないようだった。

 私達がそうしている間にも次々と砂は迫ってきて、私達を追い詰めようとする。

 やがて、砂から包帯男達十人ほどの姿が出来上がって、私達の周りをぐるりと取り囲んだ。そこには一切の隙もなく、私達6人は完全に取り囲まれてしまっていた。

「ど、どうするんですか?」

 私は周囲を取り囲み、一斉にナイフを光らせている包帯男達を見やっていった。私はすっかりと怯えきってしまっている。剣を持つ手が震えていた。

「何…。案ずることなど無いさ…」

 ロベルトがそう答えた。

「包帯で脅しているから何だって言うのよ…!こんな奴ら…!」

 とルージェラは意気込んでいるが、私達が不利である事に変わりは無かった。

 包帯男達はじりじりと私達の方へと距離を縮めてこようとしている。彼らはまるで誰かの指示を待ち、それを合図に飛びかかってこようとしているようにも見えた。

「ハデス!これを見ているんだろう!」

 緊張感を切り裂いて、突然ロベルトが声を上げた。

「こんな茶番はやめにして、姿を見せろ。話し合いをしようじゃあないか!」

 とロベルトは更に言い放つ。彼の声はステンドグラスで覆われた通路の中に響き渡り、どこかへと届いたらしい。

 彼の声が響き渡って少しの時間が流れた。その間、私達はじっと構える包帯男達に周囲を固められ、全く落ち着くこともできない。

 だがやがて、私達の行く手を阻んでいた包帯男達が道を開けた。彼らは誰かに何を言われたわけでもないのに、私達の先の道をあける。彼らはナイフを構えたままだったが、とにかく道は開いた。

 ロベルトが最も先に、開かれた道へと歩みを進める。

「来いって事さ。自分から奴は降りてくるつもりなどない。私達が行かなきゃあな」

 とロベルトは言って、銃を担いで先に進みだした。

「大丈夫なの?あんた?」

 ロベルトが周囲の包帯男達に敵意も見せずに先に進んでいくので、ルージェラは不審に思い、ロベルトにそう言った。

 だが、彼は、

「ああ、向こうに敵意があったら、多分とっくにやられている」

 ロベルトが身震いもしてきそうな言葉を言った後に続き、私達はステンドグラスで覆われた通路を進んでいく事にした。

 ステンドグラスで周囲を覆われた通路は迷路のようにずっと伸びていった。ただ一本道で蛇のようにうねっているだけだったから、迷いはしなかったけれども、右に行ったり左に行ったりととても迷ってしまいそうだ。

 やがて私達は、とある場所に辿り着いた。そこも、ステンドグラスで上下左右を覆われた部屋になっており、部屋の大きさからして通路ではなく広間であるかのようだった。

 広間には私達がやってきた通路以外にも何ヵ所かの道があり、そこからも誰かが現れやしまいかと私達は警戒した。

 案の定、広間に通じている通路から二人の男女が姿を現した。

 そこに現れたのは私達も知っている男達、ハデスと、その妻だとか言うアフロディーテだった。

 二人はゆっくりと私達の元へと迫ってくる。

「やあ、ようこそおいでなすった。この私の館へ」

 とハデスは悠々とした口調で言い、私達の元へと歩いてくる。相変わらず艶のある異国の服を着て、それには染みや汚れ一つさえも見る事は出来なかった。

「だが、少しも歓迎してくれないとはどういう事だ?オレ達は同志だったはずだろう?」

 カイロスが攻撃的な口調で言った。だが、それをハデスは悠々とした口調で受け流してしまう。

「かつて、同志だったに過ぎない。今は、私もあの方に従う事にしている。そちらの方が、私にとっても利益になるのでね」

 ハデスはそのように言った。一方のアフロディーテは微笑を浮かべているだけで何も言おうとはしない。

 まるで彼らは見えない強大な力によって、私達をさらに上から見下ろしているかのようだった。

 弄ばれている事にだんだんと頭に血が上ってきてしまったか、ルージェラは斧を振りかざして言い放った。

「そんな事よりもね、あんた達! あたし達はカテリーナを捜しに来たのよ。嫌でもあの子の居所を話してもらうわよ、あんたには!」

 と言い放ってもルージェラはまだ飛びかからない。今にも飛びかかって行きそうなルージェラだったけれども、まだ飛びかかろうとはしない。

「カテリーナの居所?それは簡単だ。彼女はここにいる」

 ハデスは当然の事を答えるかのようにそう答えた。

 あまりにあっけなく答えられた答え。

 私達が1年間もの間、探し求めたカテリーナがこの場所にいるというのだ。

「だが、カテリーナがこの場所にいたとしても、問題なのは私達の行動次第だ。いくら彼女がこの場所にいたとしても、彼女を渡すか、渡さないかに関しては、全て我々が決定する事なのだ」

 ハデスは悠々とそう言った。

「ふざけないでよ!カテリーナがここにいるって事が嘘じゃあ無かったら、力づくでも渡してもらうわ!」

 ルージェラは今度こそは飛びかかって行こうとした。

 だが、ハデスの元に3歩も踏み込んだ時だろうか、彼女の体は思い切り背後へと吹き飛ばされ、床へと転がった。

「魔法障壁。彼らの所には近付く事も出来なくなっている…!」

 フレアーがすぐに状況を理解してそう答えた。彼女はルージェラの倒れた体を起こしながらそう言った。

「そう慌てるな。客人として失礼だぞ…。それとも、君の国では礼儀などと言ったものは存在しないのかな…?」

 とハデスは言ってくる。

「やれやれ、取引なんぞもする気はなしか。来ても無駄だったみたいだぜ…」

 半ばあきらめてしまったかのようにカイロスが言った。彼はやる気をなくしたかのような表情をハデスへと向ける。

 そんな表情と風貌を、私はハデスという男と比べてしまう。この二人も元は仲間だったようだが、方や紳士のような風貌をし、悠々とした態度を取り、方やいつもだらしのない姿を見せているごろつきのような男。

 似ても似つかない。あまりに不釣り合いな二人だった。

「もともと取引などする気など無い。お前達は、このまま回れ右をして帰れ。私の屋敷に侵入して、命があっただけでもありがたいと思え」

 と、ハデスは言い放った。

「元々仲間だった同志としては、失礼に当たる態度だな?」

 だが、ロベルトは魔法の見えない壁があると言うぎりぎりの場所まで足を踏み入れ、一言言い放った。

「お前達はあの方を裏切った。もはや仲間などではない」

 あの方。あの方って何だろう。私の手の届かない世界で話しているかのような二人の会話。私は頭を巡らせる。

 だがその時、突然頭の中に響き渡って来る声があった。

(皆さま。良くお聞きになってください。この魔法障壁は、私とフレアー様の力で、ほんの1秒ほど穴を作ることができます。その隙を付いて、中に飛び込んでください。そうすれば、目の前の男に刃を向けられます)

 聞いた事のある声だった。私が足元を見下ろすと、そこにはシルアがいて、彼は黙ってうなずいた。

 どうやら、フレアーの使い魔である彼は、心の中に話しかける事ができるらしい。今まで私達の前では見せなかった力だ。

 しかもシルアは、私達全員にだけ話しかけたようだ。ハデスは気づいていない。

「さあ、どうする。あの方の命令によれば、お前達と出会ったら始末しろと言われているんだ。だが、ここはお前たちを見逃してやると言っているんだぞ」

 自分を守る壁があると言う事で、ハデスは油断しているのか。だから悠々とした口調を私達に向ける事が出来ているのか。

 私はハデスに向かって一歩踏み出そうとしていた。

(ほんの一秒。ルージェラ様。あなたなら素早く飛び込めるでしょう…)

 シルアからルージェラに指名が上がった。だが、果たしてルージェラだけでハデスを取り押さえる事なんてできるだろうか。

 一人では無理だ。

(今です…!)

 シルアの合図があった。その直後、ハデス達を取り囲んでいた壁に異変が起こる。まるで、見えないガラスが粉々に砕けてしまったかのような衝撃が走り、どうやらフレアーの力によって魔法障壁と言う存在がかき消されたようだった。

 見えない壁が消えている時間はほんのわずか。一秒しか無い。

 そのほんのわずかな一秒ほどの隙をついて飛び出したのは、ルージェラだけではない。私もだった。

 私とルージェラは同時に飛び出していた。ハデスが手をかざし、ルージェラの体を再び跳ね飛ばした瞬間、私は更に深くハデスの近くに接近していた。

 ハデスが私に向かっても手をかざしてくる。

 だが、私には、ハデスが飛ばしてきた何かが見えた。その何かは、私の頭上をかすめて消えていった。

 ハデスは、彼の飛ばしてきた何かをかわした私に、思わず戸惑ったようだった。その隙を付いた私は彼の首筋に剣を付きつけることができた。

 私はそこまでで、彼の命を奪う事はしない。

 カテリーナが無事に私達にの元に戻ってこれるかは、彼自身にかかっているのだから。

「オルランドの娘か…。お前もカテリーナを必要としているのか…?」

 ハデスは私の事をまるで知っているかのようにそう言った。何故私の事を知っているんだろう。一連の事件にかかわってきたから、私の事を調べ上げたのだろうか?

「必要…?カテリーナは私の大切な友人であり仲間…。あなた達が何をしようとしているかは分からないけれども、彼女を返して欲しいの!」

 と、私は言い放った。

 私にしては攻撃的な口調だった。今までに私が発した事が無いほど攻撃的な言葉。それを、私達にとっては手の届かないような場所にいる存在へと投げかけている。

「おおっと、これはこれは…」

 と、ハデスは、私の刃など恐れる事もないかのように言ってのける。首元に刃を向けられても動じる事は無い。

「お前には人を殺す事は出来ないだろう。ブラダマンテ…。お前もこの場は見逃してやるから、さっさと帰った方が身のためだ。

 何故、そんなにカテリーナに執着する?所詮は、数年前に出会っただけの友人だろう?生存を確認できただけでも良いと思え」

 ハデスの言う言葉が、私にとっては何だかとても身勝手な言葉のように感じられた。一体、この男に私の何が分かると言うのだろう?だが、ハデスは悠々と言ってのけたのだ。

「あなたになんか、私とカテリーナの事は分からない」

 と言って、私は刃を彼の首に走らせてしまおうかとも思った。

 だが、彼の言う通り、私には彼を殺す事などとてもできそうになかった。

 その時、

「やめておきなさいあなた。今、この子は混乱しているの」

 と、ハデスの妻だとか言うアフロディーテが、今までの沈黙を破って言って来た。

「何だと…。どうせ、この娘には何も出来んさ。何しろ、何も我々の事を知らないのだからな」

 私に刃を向けられていても、ハデスは言葉を発した。

「いいえ、何も知らないから逆に危ないんじゃあない。この子は、あなたや、カテリーナの重要性を知らない。だから、平気で殺そうと思えば殺せる」

 と、アフロディーテは言いつつ、私の元へと近付いてきた。

「ちょっと、あんた。ブラダマンテにあと一歩でも近寄ってみなさい…!」

 と、ルージェラは言ったが、アフロディーテは彼女の方へと手を向けて言った。

「何も、お嬢ちゃん達を取って食おうなんてしているわけじゃあないわ。ただ、あなた達にも分かって欲しいのよ」

「何を?」

 ルージェラが斧を振りながら、アフロディーテに言った。

「何がこの世界で大切な事なのかをね。もし、あなた達が、カテリーナを取り戻すような事があれば、あなた達の国は滅びる。あの方の軍勢が一斉にあなた達の国に向かい、あなた達の国を跡形もなく滅ぼすでしょう。

 そう。ちょうど、『ベスティア』のようにね。計画は着々と進んでいるの。次の狙いはあなた達の国に違いないわ」

 アフロディーテは、まるで高らかに宣言するかのような口調でそう言った。彼女の声はステンドグラスで覆われた広間に響き渡り、大きな説得力を持ってして私達に降り注いでくる。

「あなた。何を言ってんのよ…!」

 ルージェラは、その声に動揺しつつも強気に言い放った。

「だから、カテリーナを返してなんて言わないで」

 と、アフロディーテはまるで私達を説得するかのような声で言ってくる。その声には奇妙な説得力さえ感じられた。

 もしかしたら、カテリーナを私達が取り戻したら、とんでもないことが起こるのではないのか?そうとさえ思えてしまう。

「駄目だ。カテリーナは返してもらおう。そして、あの方に対しての最後の手段として使う」

 そう言ってロベルトは、突然懐から何かを取り出した。私はその正体を知っていた。だから、次に何をすべきかも分かっていた。

 私は目をつぶった。次の瞬間。眩しい光が広間に炸裂し、皆が目をつぶる。

ロベルトは何の合図も無しに、その光を放つ玉を破裂させたものだから、私とロベルト以外は皆、眼を眩まされてしまうのだった。

 私の腕を掴む者があった。皆が彼が炸裂させた光に目をくらまされている中、私は腕を引っ張る者によって体を引っ張られてしまう。

「何を…!」

 無理矢理ロベルトによって連れていかれようとする私。私はすかさず声を上げていた。

「カテリーナに会いたいのだろう?彼女はこっちにいる。ついてきなさい」

 私はロベルトに言われ、ほんの一瞬だけ迷ったが、彼について行く事にするのだった。


 
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