私達は、怪物に襲われた村から多くの人々を救いだした。
怪物の被害に遭い、多くの命が失われていたが、それでもまだ生き残った民は大勢いた。私達は最寄りの砦にその人々を皆避難させなければならなかった。
それだけでも一苦労な事だった。大けがをした人々の手当てや、まだ混乱してしまっている人の気を静めるだけでも大変だ。
中には、大切な人を失ってしまったと言う人もいる。
そんな悪夢のような出来事が、今や西域大陸の全土で起こっていた。次々と町や村が壊滅し、謎の怪物たちが世界に溢れてきているのだ。
急速に、そして確実に、何かが始まろうとしている。それだけの実感がある。
だが私達は、耐えがたい恐怖と絶望を味わいながらも、救いたい。そういう気持ちだけは確かにまだ残っていた。
「ねえ~。お姉ちゃん。この子も助けてあげてよ。困っているみたいだよ~」
人々の救出と手当てで疲労困憊してしまった私。砦の中庭にある空き地で、大勢の避難民の中で木箱の上に座っていた。私も見た目だけは避難民と同じようにさえ見える。
また新たな声。子供の声だ。私のそばに二人の女の子が近づいてくる。
一人の女の子は、さっき軽い怪我をしていたのを手当てしてあげた子だった。
「ねえ、お姉ちゃん」
私の腰ほどの身の丈しかないその女の子は、再び私に言ってきた。だが、今の私は声も出したくないくらいに疲労しているのだ。
「その子が、一体どうしたの…?あら、その子?」
私が良く見ると、さっき手当てをしてあげた女の子が連れている娘は、どうも私達とは顔立ちが異なっている事が分かった。
黒い目と黒い髪をしており、顔彫りが浅い。一重の瞼も印象的で、どことなく周囲で起こっている状況が理解できていないようだった。
「言葉が通じないの。お姉ちゃんは、北の方の言葉が分かるんでしょ?聞いてあげて、多分、お父さんやお母さんとはぐれちゃったんだよ~」
と女の子は私に言ってくる。だが、異国の娘はどう見ても私の故郷の方の出身ではなかった。そう、確か『東域大陸』という別の大陸の民だ。
言葉だって通じるかどうか分からない。
異国の娘は私に向かって口を開き、言葉を並べるのだが、何を言っているのかさっぱり分からなかった。
『西域大陸』内では、国の言語は違いはあるものの、単語が共通していたり、発音の仕方が異なるだけで、すぐに理解し意思相通を図る事もできる。しかし、大陸さえも違うとなると、言葉での意思相通は難しい。
私は身ぶり手ぶりを交えてその異国の女の子と話をしようとした。
「あなたは、お父さんと、お母さんと、はぐれちゃった、の?」
周りからみるとさぞかし滑稽にも見えたかもしれない。だが、私は大きく手や体を使ってその女の子と会話をしようとする。
すると、私の方をじっと見つめながら、その女の子は、再び何かを言ってきたが、私には何も話からなった。
聞いた事もないような単語が並べられてしまい、少しの意味も読み取ることができない。
「だ…、駄目…。さっぱり分からない…」
いくら何でも『東域大陸』の人々と意思相通を図るのには無理があった。
「ほーら。あんたじゃダメでしょ。あたしに任せなさい」
と言って、私の背後から肩を叩いてくる誰か。その元気な声はフレアーだった。
「任せなさいって、言葉が分かるの?」
私は疑問を持ってフレアーの方を見返す。彼女は得意気な顔をしてみせるが、
「ううん。言葉は全然分からない。でもね」
そう言うなり、フレアーは東方の女の子の傍まで行くと、彼女より若干小さな彼女の目線の高さまで自分の目線を持っていく。そして、
「あなたはどこから来たの?何をしにここまで来たの?」
と、私達にも分かる声で話し始めた。すると、女の子は再び何やら東方の言葉で言ってくる。フレアーは彼女の言葉を理解したかのようにうなづく頷くと、私達の方を振り向いて言ってきた。
「この子。お父さんとお母さんとこの『西域大陸』に逃げて来たらしいの。どうやら『東域大陸』でも似たような怪物が暴れまわっているらしいよ」
私は思わずきょとんとしてフレアーの姿を見ていた。どうして言葉が理解できたのだろう?しかも相手の女の子にも、フレアーの言った言葉は通じていたようである。
「どうして、言葉が?」
「あらあ?言わなかったっけ?あたし、言葉だけじゃあなくって心で会話をする事もできるんだよ?それって難しい事でも何でもないんだけどねぇ…」
まるで当然のことを言ってくるかのように口を開くフレアー。そう言えば彼女は以前、私の愛馬とも会話した事があった。そう言えば、彼女ら魔法使い族は、動物と会話をする事もできるらしい。
異国の民と会話する事なんて、造作もない事なのだろう。
「『東域大陸』でも怪物が現れたですって…?そりゃあ、とんだ一大事になって来たわね…」
いつの間に私のそばにやって来ていたのか?ルージェラが口を挟んできた。
「この『西域大陸』にある文明と、『東域大陸』にある文明…。世界は二つの大きな文明圏に分かれている。そのうちの両方で同時に危機が訪れるなんて言う事は未だかつてない事よ。そんな事が、たった今起こっている…、か」
ルージェラは考え込むかのように言ってみせた。
彼女の言っている言葉も、私には大体の想像がつく。何しろ『東域大陸』で起こっている出来事なんて、私達は知りもしない。言葉を知らないようにその文化もほとんど知らなかった。
そんな私達が知らない世界でも同じ事が起こっている。
そこまで規模が広がってしまっていると言う事の恐ろしさは、容易に理解できた。
もしこの異国の娘がここに、安全を求めてやって来たのなら、それは間違いだ。この『西域大陸』にも、同じように怪物が襲いかかって来ているのだから。
世界中どこに逃げても、怪物に襲われてしまう。そういう事だ。
「ねえ!あんたは何か知らないの?」
と言って、ルージェラは傍に座っていたナジェーニカの方を振り向いた。
だがナジェーニカは知らん顔で、自分の身につけていた甲冑を脱ぎ、その手入れを始めていた。
彼女が脱ぎ去った甲冑は、赤い金属の輝きを放っていて眩しい。甲冑を脱いでいる彼女は、黒い光沢を持つ服を着ているだけの姿になっていた。
「ほら、知らん顔してないで答えなさい!」
ルージェラは、自分を無視しているようなナジェーニカに苛立ったかのように言い放っていた。
「知らんな」
ナジェーニカはただそう答えるだけだった。周りで起こっている事など、まるでどうでもよいかのようである。
「あんたねえ…!元々、あたしたちと敵対していたんだから、何か知っているでしょ!あの怪物達についてよ!」
だがナジェーニカは、
「知らん。それにお前達とは今も敵対している。私の興味は、カテリーナ・フォルトゥーナだけさ。他の奴らなど知らん」
「何をぉ!!」
ルージェラがそのように言った時だった。彼女は何かが目に留まったらしく、ナジェーニカに向かって振り上げた拳を制止させていた。
「ど、どうしたの?ルージェラ?」
と、フレアーが尋ねる。
「あそこの連中…!何をあたしの方を向いているの…!」
ルージェラは、拳を引っこめるとそのように呟いていた。
「あそこの連中って?どこの連中?」
「目線を合わせるんじゃあないわよ…」
と言われ、私もルージェラの言うように目線を合わせる事ができなかった。私の背後にいると思われる何者か。ルージェラはその方向に注意を払っている。
「あいつら、どこかで会った事があるような…」
ルージェラは呟いた。拳を下ろし、ルージェラは何気ないそぶりを見せようとするが、
「あ!逃げた!」
フレアーが叫ぶ。私は背後を振り向いて、砦の門の方を見やった。すると開け放たれた砦の門から2人の何者かが逃げていく姿が見えた。
「追うわよ!」
言い放つなり、ルージェラは素早く傍にいた誰かの馬に飛び乗った。自分の馬ではないのにも関わらず、ルージェラは素早く馬を操り、砦の門の方へと駆けていく。避難してきた住民たちの隙間を走りながらも、ルージェラは馬を最速で飛ばしていた。
この中ですぐに馬に跨って後を追えるのは私しかいない。もしルージェラが追いかけていった者達が、彼女を罠にはめようとしていたら…?ルージェラは仲間の援護なんて、まるで必要も無いかのようだが、それが危なっかしい。一人で突っ走ってしまうところが彼女の大きな欠点だ。2年も共にいて、私には彼女の事がよく分かっていた。
いても立ってもいられない。私はすぐ近くにいた、私の愛馬であるメリッサに跨ると素早く馬の手綱を引いた。
ルージェラの方がかなり馬が速い。私達の方を探り、逃げていこうとする者達にも、あっという間に近づいていった。
砦を飛び出し、平原を疾走する私達。どうやら砦からそれほど離れていない場所で彼らを捕らえる事ができそうだった。
だが、逃げていく者達の内一人が、走りながら懐から何かを取り出してこちらに向けてきた。金属の光が輝く。それはどうやら銃であるようだった。
逃げる者達は、こちらに向かって銃弾を放ってきた。2発。銃声が響いて、ルージェラの馬が大きくそのバランスを崩した。
どうやら馬の脚が撃たれたらしい。バランスを崩した馬からルージェラが落馬する。彼女の体は地面に転がってしまった。
私は馬を急いでは走らせ、ルージェラに近づこうとする。
「あたしは大丈夫だから、さっさとあいつらを追って!」
「はい!」
私とメリッサはルージェラの落馬した地点を通過し、更に疾走していく。私の馬でも逃げていく者達よりは明らかに早かったから、すぐにも追いつけてしまいそうだった。
しかし逃げていく者達は、私の方に向かって銃弾を放ってきた。
彼らは相当に慌てているらしく、銃口が震え、私に銃弾が命中するような事はない。だが銃声が響いた事によって、メリッサが怯んでいる。
もともとは軍用の馬ではないためか、銃声のような激しい物音には弱いのだ。
だが、そんな私達の背後から、風を斬るかのようにして何かが飛んできた。それは眼にもとまらないスピードで私とメリッサの横を通過していき、逃げていた者達の一人へと命中した。
どうやらそれは、片手でも投げることができる小型の斧だったらしい。ルージェラが背後から投げてくれたのだ。
「全く。世話を焼かせてくれて…!」
私とメリッサの背後からルージェラが言ってきた。彼女が投げた斧に当たった何者かは、そのまま転び、這ってでも逃げようとしていたが、それをルージェラは取り押さえた。
そしてその者に向かって言い放つ。
「あんたは何者?一体、どうしてあたし達を見ていたの?馬まで怪我させてくれて…!」
と言いつつルージェラはその男の身を起させた。うつぶせに倒れていたのを仰向けにひっくり返した時、ルージェラはある事に気が付いたように目を見開いた。
「あんた…!」
思わず声を上げたルージェラの方へと、私は自分の馬に乗ったまま身を寄せていく。
「お、おれは何もしていない…。本当だ…」
大分髪の毛も髭も伸びた男は、怯えたかのようにルージェラを見上げて言い放っていた。
「あんた。ディオクレアヌ!こんな所で会うなんて!髪を伸ばしているから分からないとでも思った?って、これはかつらか!」
ルージェラはその男の長くて荒れ放題の、かつららしい髪を掴み、言い放つ。どうやら本当にあのディオクレアヌらしい。
1年前までは巨大な亜人種のみで構成された軍勢を率い、『リキテインブルグ』や周辺諸国の国々と戦乱を開いていたあの男。
そのディオクレアヌが、今では何ともみずぼらしい姿でそこにいたのだ。
「ルージェラさん。その人って…」
私はルージェラに尋ねると、彼女は足を怪我しているその男のかつらの髪を引っ張り、引きずって来た。ルージェラが引っ張っても、かつらであるという彼の髪が抜けなかった。ディオクレアヌは中肉で体がルージェラよりも大柄だったけれども、ルージェラは片腕だけでこちらへと引っ張って来る。
ディオクレアヌは、ルージェラから逃れようと必死に抵抗しているが、かつらの毛を全部抜かない限りは無理そうだった。
彼が持っていた銃身の短い銃もルージェラに奪われている。
「こいつはどうも怪しいわね。こんな武器を持っていてさ。じっくりと締め上げてやろうかしら。せっかく、国家反逆の大罪を働いた奴を捕まえたんだからね。」
と、まるでこれからうっぷんを晴らそうとしているかのような声で、ルージェラは言うのだった。
「さあ、どうしてあなたがあたし達を見張っていたのか?言いなさい」
ルージェラはディオクレアヌを狭い部屋に押し込め、木のテーブルの上には、彼が持っていた望遠鏡と銃を載せていた。さらに彼はかつらの髪も剥がされて、禿げ上がった頭に戻っていた。
どれも、『リキテインブルグ』でも高価でなかなか手に入れる事が出来ないものだ。彼が率いていた革命軍で使われていたものだろうか。
「そ、それは、貰ったものだ」
ディオクレアヌは椅子に座らされ、ルージェラとは完全に目線を外して答えていた。
「へええ?どちらも面白い銘柄が入ったものじゃあないの?『ディオクレアヌ革命軍』だなんて?相当な高級品を持っているんじゃあないの?」
ルージェラはまるで相手を皮肉るかのように言う。
「そ、それは…」
ディオクレアヌは、無理な言い訳を考えようとしている。だがどうせ無駄だろう。もう私達には、彼が誰の命令で見張っていたのかはっきりと分かっているのだ。
「革命軍の印が入ったものを手に入れているって言う事は、あなたはまだ、革命軍を気取って、『ディオクレアヌ革命軍』を活動させているんじゃあないの?」
「違う…」
ディオクレアヌはルージェラとは完全に目線を外したまま呟く。自分の言葉に自身が持てないからこそ、そのような喋り方をするのだ。
だから彼が嘘を付いているのは明らかだった。
「あらそう?でも、あなたがあたし達を探っていたのも事実だし、私達の国に戦争を仕掛けてきたのも事実よ。きちんと、事情を説明して貰わないと困るわね。さもないと…」
と言って、ルージェラは、テーブルの上に置かれていた銃を握った。
銃の握りは、ルージェラの手にもすっぽりと収まり、きちんと弾も入っている。弾は、ディオクレアヌという男から押収したのだ。
だから、ルージェラが引き金を引けば弾は発射される。
「お、おれは元は『フェティーネ騎士団』だ。そんな脅しに乗るものか!大体、おれは何も知らないんだ!」
だがルージェラは引き金を引いた。弾はディオクレアヌの顔をすれすれで掠めて背後の壁に命中する。
銃声が部屋の中に響き渡って、思わず耳を塞いでしまう私。
「ほうら?今のは良かったけれども、銃なんて撃った事はないからね。次は少しずれて当たっちゃうかも…?」
とルージェラは言って、煙が立ち上る銃を再びディオクレアヌの方へと向けた。
「わ、分かった。分かったから、銃を下ろしてくれ!」
ルージェラに向かって慌てた様子でフィンチは言った。
「銃は下ろさないわ。あなたが全部話し終えるまではこうしておく」
とルージェラは言って、銃を向けたままの姿勢を維持する。
ディオクレアヌは銃を向けられたまま、とても落ち着かないかのようだったが、やがて私達の前で話を始めるのだった。
「分かった。分かったから、その銃を撃たないでくれ…。いいか…?
まずおれは、騎士団にいた時、ちょうど10年くらい前から、ある人物に会っていたんだ。その人物は、おれと、もう一人、さっき一緒にいたドルチェという仲間に、騎士団にいながら、情報を提供するように言って来たんだ」
「騎士団から情報を?」
ルージェラが聞き返した。
しかし、ディオクレアヌが情報を提供していたのは、10年も昔にさかのぼる、私がルージェラと出会うよりも前、しかも私がまだ『ハイデベルグ』の平和な土地で両親と共に暮らしていた頃にも遡るのだ。
それは遠い昔の事のように思えた。
「ああ…。騎士団から、任務の内容から、団員まで全ての情報を提供しろと言われたんだ…」
「ちょっと!あんた、それは重大な裏切りよ!あたし達の国を裏切ったのよ!あなたは!『革命軍』を作る前から、そんな卑怯な事をしていたわけなの!」
ルージェラがテーブルに両手を叩きつけて言い放つ。
目の前にいるディオクレアヌだけではなく、私達も驚いた。
「お、おれだってやりたかったわけじゃあない。だが、そうすれば、おれ達を生き残らせてくれると言ったんだ。そして、後には、王国の王にしてくれるとまで言った!だから、革命軍を結成しろと!」
「はあ?何から?」
ルージェラは、テーブルに乗り出したような状態のまま言い放つ。
「来たるべき、滅びの時代からだよ。その時代では、人間も亜人種も、動物も国も全て滅びると言っていた。何もかもが、この世界からは消え失せて、この世界は浄化されると言っていた!」
ディオクレアヌはそう言いながら、突然顔の血相を変える。
「どこかで聞いたような話ね。そう言えば、アンジェロ族を名乗っていたあいつが似たような事を言っていたっけ。あんた、そんな話に騙されたの?」
目を見開いたディオクレアヌは、目の前にいるルージェラではなく、別の誰かに向かって叫んでいるかのようだった。
「騙されたんじゃあない。本当なんだ!おれたちは見せられた!滅んでしまった時代を。おれたちの文明は、そんな滅んだ時代の上に築きあげられたと言っていた!」
「何言っているんだか、さっぱり分からないよ、あんたの話はね。でも、名前は聞かせてもらいたいわね。今まであなたは、誰の命令で動き、あなたが、だあれにそんな話を聞いたのかって事をね」
ルージェラはディオクレアヌの言葉を遮るようにして言い放った。
「ハデスって奴さ…」
ディオクレアヌはまるで絞り出すかのような声と共にその名を言った。
「ハデス…、ですって…」
ルージェラが反復して言う。私もその名前には聞き覚えがあった。《シレーナ・フォート》郊外にある斜陽の館に住んでいた謎の男。
そして、ロベルトと共にカテリーナを連れ去ったあの男だ。
あの男が、全ての黒幕だとでも言うのだろうか。
「ああ、そうだ。ハデスって奴がおれ達に言って来たんだ。来たる滅びの時代を生き残るためには、自分達に付いてくるしか無いって事をな…。そうしなければ、皆、死んでしまう。絶滅が起こるんだ!」
ディオクレアヌはそこまで言うと、自分の頭を両手で抱えてしまった。彼自身、心から絶望してしまっている。
「な、何を言っているの…!そんな絶滅なんて起こるわけないじゃない。少なくとも、あたし達の生きている間は…」
とルージェラは言うのだが、
「現に起こっているじゃあないか!『ベスティア』は壊滅したも同然だ!《ミスティルテイン》が陥落した時におれは思った!いよいよ、絶望の時代がやって来るんだ。と言う事を!そして、それが正に今起ころうとしているんだって事をな!」
と、ディオクレアヌは声を上げて言った。
彼の言う絶望の時代とはとても恐ろしいものだ。だが、私達にはまだ今一つ実感として湧いてこない。
話が突然過ぎて、しかも突飛すぎるせいだろう。
そんな時代なんてやって来るはずがない。そう思えてしまう。
いくら『ベスティア』の《ミスティルテイン》が陥落したとはいえ、全世界の全ての生命が滅ぶには小さな規模過ぎる。
だが、ディオクレアヌはそれを完全に信じてしまっているようだ。
本当に世界が滅んでしまうと絶望しなければ、頭を抱えて声を上げる事なんてできない。
「…、あんたの言っている事が、本当なのかどうかって事を確かめる手段なんて無いわよ。でもね。ハデスって言う男の居場所は知らないの?あなた?」
ルージェラが、頭を抱えているディオクレアヌの顔を覗き込みながら尋ねた。
「知っているんだったら、答えなさい!」
絶望しているフィンチを立ち直らせるような声でルージェラは言い放つ。しかし彼は、
「知らない!向こうから突然会いに来るんだ!どこに住んでいるのか?どこの国の出身なのかと言う事も知らない!」
ディオクレアヌは大きな声を上げて、その場から立ち上がろうとした。だが、ルージェラはテーブルをディオクレアヌの方へと蹴り飛ばして、そのテーブルで彼の体を押し倒してしまう。
「誰が立っていいっていったのよ。座ってなさい。どっちみちあんたは檻の中に送られるのは変わらないんだから。さっさと、ハデスとか言う奴の居場所をいいなさい!カテリーナの居所も知っているんじゃあないの?あんた!?」
と言い放ち、ルージェラはさらにディオクレアヌに迫る。しかし、彼は怯えたように言うだけだった。
「だから、知らないって言っているだろう?おれはもう何も知らないんだ!」
彼は床にうずくまって頭を抱えてしまうだけだった。
「ねえ、ルージェラ。もういいんじゃあないの?何だか、その人を見ていると、かわいそうになってくるよ…」
私と同じように、ルージェラが取り調べている様子を見ていたフレアーが言った。
彼女のように、これから先、ルージェラがディオクレアヌを拷問でもし出すのかと思うと、私だって見ていられなくなってしまう。
「何言ってんのよ?こいつはこの国の裏切り者よ。もっと徹底的にとっちめてやんなきゃいけないのよ、本当は」
ルージェラはそのように言って、ディオクレアヌの胸倉を掴んで体を起こさせようとした。しかしその時、
「ルージェラ様!」
と大きな声で呼ぶ声があった。私達の背後から砦の兵士が駆けてきて、取り調べを行っている部屋を覗きこむ。
「何よ。いきなり!」
ルージェラはぶっきらぼうな声で答える。どうやら取り調べを邪魔されたことで不快に思ったようだ。
「砦の外で、生き倒れと思われる人物を発見しました。いかがなさいますか?」
「何で、いちいちそんな事をあたしに言いに来るのよ?あなた達でどうにかできるんでしょ?」
ディオクレアヌの胸倉を掴んだままの姿勢でルージェラは言い放つ。
「それが…。倒れていた人物は、カテリーナ・フォルトゥーナ様誘拐の最重要指名手配犯、ロベルトとかいう男でして…」
その兵士が言った突然の言葉に、私は思わず驚いた。
「な…、何ですって…?」
「何?顔はよく確認したの…?」
ルージェラは私ほど驚いていない様子だったが、兵士の方を向いてしっかりと答えた。
「間違いありません。異国の武器だとかいう銃も持っていましたし、ここに押収してあります!」
兵士はそう言って、長い筒状の武器、銃を見せた。それは間違いなくロベルトが持っていた銃だ。
最後に見た時よりも大分使い込んであるらしく、所々傷んでさえいる。
「どうやら、話はそっちの男に聞いた方が良いみたいね…」
そう言ってルージェラはようやくディオクレアヌの胸倉から手を離すのだった。
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カテリーナがいなくなって一年の間に、西域大陸は次々と謎の軍勢に襲われており、ブラダマンテ達は危機的状況にありました。そんな中、彼女はよく知る顔を出会う事になるのです。