No.313244

two in one ハンターズムーン16「鬼の結界」

泡蔵さん

修行に励んだ翌日、学校は鬼の支配下に落ちていた。罠と知りながら結界の中に足を踏み入れる月の使者達……その運命は  
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2011-10-05 21:38:01 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:367   閲覧ユーザー数:365

   16 鬼の結界

 

 月曜日──

 一葉は、疲れが残る体を引きずりながら学校へ向かっていた。

 土日は、月神神社での修行に励んだ。双葉は八尺瓊勾玉を操る修行を一葉は高彦に剣術の稽古をつけてもらっていた。しかし、修行を重ねて行けば行くほど自分にどれほどのことができるのか不安になってしまう。それでも落ち込みそうになる気持ちを抑え、できることを一生懸命頑張った。

 肉体的疲れは自分のせいにあると感じている一葉が、登校のホストはかって出ていたのだが、疲れを隠しきれなかったらしく双葉が心配そうに話しかけてきた。

《ゴメンね。一葉ちゃん。一葉ちゃんの方が、疲れているのに……》

「そんなことないよ。ボクの方が双葉より体力があるから全然疲れていない。それよりも、まだ寝ててもいいからね。授業中は替わって貰うんだから」

 そんな会話をしている一葉の後ろから近寄る影があった。

「本城さん」

 物静かな可愛らしい声に呼び止められ、振り返るとそこには咲耶と知流の姿があった。

「おはよう。咲耶、知流」

「おはようございます。双葉さん……一葉さん……ごめんなさい」

 一応回りを見てから、一葉にも挨拶をする。そんな行動をしたので一葉に悪いと思ったのか咲耶達は直ぐに謝った。

「いいよ。そんなに気にしなくても。それに、二人に挨拶する必要ないよ。ボクも、双葉であることは間違いないんだから。それより大丈夫?」

 昨日も散々高彦に痛めつけられていた。一葉に稽古を付けてくれている時よりも、かなり手加減しているのはわかるのだが、使っているのは木刀だ。ただで済むわけがない。瑞葉が〈月の守人〉の力を使って治療してくれなければ、傷が残ってしまうところだ。

「はい、大丈夫です。私達鈍くて……一葉さんにも迷惑かけちゃって」

「そんなことないよ。でも、お兄さん強いんだね。〈狩人〉の力を使わなくても全然かなわないもん。本当の剣術家なんだね。少し見直した」

「兄様は、優しい方なんですよ。いつも私達のことを気にしてくれています」

 そう言われても、その態度が見えてこないので納得はできない。咲耶と知流は少しブラザーコンプレックス気味なのだろうと考えないと理解できないほどだ。

「そうかなぁ、ボクにはわからないや。それよりも早く行こう。間に合わなくなっちゃう」

「はい」

 双子の全く同じ動作を見ていると凄く可愛らしく思う。一葉達も「一つの体ではなく双子で産まれてくれば良かったのに」と二人を見ていると少し羨ましくなった。

──でも、ボクと双葉は性格が違いすぎるから、こんなに可愛く見えないだろうな。

 そんなことを考えていると胸の辺りがモヤモヤしてきた。なんだか変な気分……その違和感は、双葉も感じ取っているようだった。いや、双葉だけではない。咲耶と知流も感じているらしく顔を見合わせている。

「知流。この感じ、もしかして」

「うん。間違いない。一葉さん。近くに鬼がいます」

 二人は、一葉達よりもハッキリと感覚を捉えていた。この感覚は、前に感じたことがある。邪鬼だ。

 三人(四人)は、邪鬼の発する気を感じ取っていた。しかも悪いことに、気を感じる方向には学校がある。

 一葉はなにも言わず走り出していた。その後を咲耶と知流も追う。そして、学校に着いた時、校門の前に立つ高彦を見つけたのだった。

「兄様。鬼が、邪鬼が」

「わかっている。中を見てみろ」

「そんな……」

 高彦に言われ中を見るとそこには目を疑うような光景が広がっていた。そこには校舎はなく、竹が鬱蒼と茂っているのだった。そして、奥へと通ずる道が、校門から続いている。

 しかし、どうも様子がおかしい。この竹林は、高彦達にしか見えていない様子だった。登校してきた生徒達は、いつもと変わらず校門を潜ると竹林に入っていく。いや、入っていくという言い方はおかしい、校門を潜った途端姿が消えてしまうのだ。

「なにこれ……」

「慌てるな。邪鬼の作った別空間に我等は既に捕らえられている。生徒達には、竹林どころか我等の姿も見えていない。現実と隣り合わせの空間に我等はいるだけだ」

 隣り合わせの世界。パラレルワールドに高彦達は捕らえられてしまっていた。これは完全に罠。高彦達の正体を知って邪鬼が罠を仕掛けて待っているのだ。だからといってこのままジッとしているわけにも行かない。

 すると道の奥に、3つの人影が突然現れた。それは、双葉達のよく知る顔、茉莉絵、千奈都、富貴江の三人であった。

「茉莉絵……あれも、別の空間に立っているの……」

「違う。邪鬼に捕らわれたな」

 茉莉絵達三人は、虚ろな瞳をこちらに向けていたかと思うと輪郭が薄れ消えてしまった。

「消えちゃった」

「邪鬼がこちらへ来いと言っているんだ。行くぞ」

 そう宣言すると高彦はなんの躊躇もせず校門を潜り、竹林でできた道を進んでいった。咲耶と知流も、お互いに頷き合うと高彦の後を追う。

「双葉、ボク達も行くよ」

《うん。でも、大丈夫かな……》

「大丈夫もなにも、ボク達も行かないとダメなんだよ。茉莉絵達を助けなくちゃ……双葉、勇気を出して」

 一葉は、自分がこのためにいるのかも知れないと思った。気の弱い優しい双葉を戦いの場へ向かわせる死神の役として……しかし、それでも良かった。存在価値があるのであればどんな形でも。

《うん……》

「よし、行くよ」

 少し遅れて一葉も校門を潜り高彦達を追う。

 校門を潜った途端、空気が一変した。空間が張りつめており、竹が音を吸い込んでしまっているのか、耳が痛くなるほどの静寂が一葉に襲ってきた。

 静けさがこれ程恐ろしいと感じたことなど一度もない。この世界では、玉砂利を踏みつける足音以外なにも聞こえてこないのだ。

「凄く嫌な感じがする。こんな変な竹林なんて見たことない」

「臆するな。これは現実の竹林ではない。怖れるな、恐怖は判断を鈍らせるぞ」

 高彦の鋭い声が飛んできた。珍しいことであったが、高彦の力強い言葉に誰しもが力づけられる思いだった。

 その後、数十メートル何事もないまま進むと道は途切れ、直系50メートルほどの丸い広場が突然現れた。ここが、邪鬼の用意したバトルフィールドなのだろう。

 回りは、今まで歩いてきた道と同じように背の高い竹がびっしりと立っており、高彦達がその広場に出ると今来た道までも竹に覆われていき道を埋めてしまった。

「なんで……道がなくなっちゃったよ」

「完全に捕らわれたと言うことらしい。こざかしいマネを……この程度で、捕らえられるとでも思っているのか」

 その言葉が心強かった。どうやって抜け出せるのかは知らないが、脱出する手段が高彦にはあるのだろう。

 高彦は全体を見回し、このフィールドへ導いた主を捜すのだが、そこに邪鬼の姿はなく。四人の学生服を着た生徒が並んでいるだけだった。

「茉莉絵、千奈都、富貴江!」

「落ち着け! お前の友達は、奴の手に落ちている」

 駈け寄ろうとした一葉を高彦が止めた。下手に動けば皆を危険にさらしてしまう。

「奴って。まさか、悠木……くん……」

 三人の虚ろな表情とは裏腹に、剛はいやらしい笑みを浮かべていた。その狡猾的な態度からは、弱々しい雰囲気などどこにも見あたらない。

「やぁ、良く来たね。月の子等よ。本当に良く来てくれた。随分待ったよ」

「茉莉絵達になにをした。返せ!」

 鋭い一葉の声が飛ぶが、剛は冷静に答える。その冷静さが一葉を苛立たせるのを承知しているようだ。

「そんな大声出さなくても聞こえているよ。こいつ等には、まだなにもしてないから安心しな。それに、いつでも返してあげるさ。三種の神器さえ渡してくれたらね」

「貴様などに、神器は渡せんな」

 一葉よりも先に、高彦が口を開いた。その言葉に、一葉は動揺する。

「なに言ってるんだ。茉莉絵達が捕まってるのに、なんでそんなことを言うんだ。三人の命が危ないんだぞ」

「誰の命が危なかろうと神器を渡すわけにはいかない。それは、お前もわかっているはずだ」

 一葉を見ようともせずきっぱりと宣言した。確かに一葉にもそんなことはわかっている。三種の神器を渡すと言うことは、世界が滅ぶと言うことなのだから……しかし、そうだとわかっていても、目の前に友達が捕らわれているのに、黙ってみている訳にはいかないし、ここで剛を挑発するのは間違っている気がしてならなかった。

 しかし、剛にはその答も想定していたかのように微笑んだ。

「やっぱりね。〈狩人〉はそう言うだろうと思っていたよ。でも、本城双葉くん。君はどうなのかな? 大切な友達を見捨てることなんてできるのかい」

「…………」

 見捨てるなんてできるわけがない。茉莉絵達は大事な友達なのだから……

「そんなことは、ここにいる全員が承知の上だ。それよりその体はどうした。まさか、入学した時から私達のことを監視していたわけでもあるまい。いい加減に正体を現したらどうなんだ」

 一葉に選択をさせぬよう高彦が話を進めた。高彦も剛の顔に見覚えがある。邪鬼が入学当初から、月神神社を観察しているわけなどない。となれば悠木剛は殺されたことになるのに、高彦は眉一つ動かさなかった。

「本当に冷たいなぁ。悠木剛の記憶にもあったよ。『神無月高彦は、凄く優秀で憧れているけど、どこか冷たくて怖いところがある』ってな。同じ学校の生徒がこの怨様に喰われたってのに、そんな言い方されちゃ、悠木剛が可愛そうになってくるぜ」

 心にもないことを口走ると剛の体が変化を開始した。瞳が金色に輝き肌がどす黒く変色していく。そして、体を膨張させ人間の殻を突き破ると邪鬼の姿が現れた。しかし、その姿を見ても、高彦、咲耶、知流は動じることなくその変貌ぶりを見つめている。一葉だけがひるんでいたが、茉莉絵達を救えるのは自分達しかいないという気持ちが恐怖を抑えつけていた。

「三種の神器が、手に入らないのなら人質を取っていても仕方がない。喰うことにするか」

 変貌を遂げた邪鬼の身の丈は3メートルを超えているだろう。人間など一飲みで喰ってしまう。三人などあっと言う間に食い尽くされてしまうのは明らかだ。

「やめろ。神器はここにない。持ち歩いてなんかいるはずないじゃないか」

 危機を悟った一葉が怒鳴る。なんとしてでも止めなくてはいけない。

「そんなのは知っているよ。持って来てくれればいいだけだ。今すぐ持ってくると約束すれば、ここにいるお友達を喰うのは止めてやろう」

 怨は、攻撃目標を始めから双葉に絞っていた。双葉の心の揺れを利用しているのだ。月神神社に攻め込めないのなら、三種の神器を外に出して貰うしかない。それを実現させる駒が双葉なのだ。

「そんな……ボクにはどうすることもできないよ。ねぇ、なんとかならないの……茉莉絵達はボクの……双葉の大切な友達なんだ」

 もう頼るのは高彦しかいない。一葉は高彦にすがりついた。そんなやり取りを怨は楽しそうに見つめている。やはり、双葉がアキレス腱になっている。月神神社に生まれ出なかったことで精神的にかなり弱い。

──クックックックッ、やはり本城双葉を責めることで、三種の神器は簡単に手に入るかもしれんな。

「諦めろ、神器が邪鬼の手に渡った時には、遅かれ早かれ喰われてしまう。人間に対抗する手段はない」

「そんなのわかってる。でも、少しは助けようとしろよ。諦めるなんてこと、できるわけないじゃないか!」

 三人の命と人類の存亡を天秤にかけられないのはわかっているが、少しくらい助けようとする態度を見せて欲しかった。それなのに高彦は、眉一つ動かさずに平然と佇んでいる。この態度が許せない。

 しかし、高彦に食ってかかる一葉を意外にも咲耶が止めに入った。

「一葉さん。止めて下さい。もう少──」

「いらんことは言うな」

 咲耶は今なにかを言おうとした。それがなんなのかわからないが、やはり咲耶も月神神社の人間なのだと思い知らされた。

「咲耶、君まで……もういい。ボク一人でも茉莉絵達を助ける」

「いけません。一葉さん。行かないで下さい」

 今度は知流が、身をていして一葉の動きを止めた。

「知流まで……離して、茉莉絵達が鬼に食べられちゃうんだぞ」

 あらがう一葉を咲耶と知流は、抱きつくようにして必死で押さえつけた。そして、抱きついた時、邪鬼の目を盗み耳元で囁いたのだった。

「大丈夫です。宮上さん達は助かります。落ち着いて下さい」

「えっ……」

 咲耶が一葉に囁いた瞬間、その声を隠すかのように、高彦が手にしていた学生鞄を放り投げた。

「仕方がない。持って行け」

 足下に放り投げられた学生鞄を見つめ、怨は内心首を傾げ高彦の行動を計りかねていた。

「なんのつもりだ〈月の狩人〉よ」

「貴様にはそれで充分だと言うことだ。遠慮なく持って行け」

 この期に及んで、怨を挑発するかのような言いぐさだ。しかし、少し苛つかせたものの、怨の冷静さを削ぐことはできなかった。

「俺様を挑発しているつもりか。まだ立場がわかっていないようだな、主導権を握っているのは俺様なんだよ」

 余裕の表情で、怨は虚ろな瞳をして立っている富貴江を鷲掴みにして頭を食いちぎろうとした。

「まぁ、待て邪鬼よ」

 高彦の声が怨の動きを止める。

「どうした〈月の狩人〉よ。やはり、目の前で人が喰いちぎられるのを見るのは嫌になったか」

「そうではないが、貴様が私の言っている言葉を理解していないようだから呆れているのだ」

「なにぃ。どういうことだ」

 これではどちらが主導権を握っているのかわからない。それ程、高彦は冷静だった。邪鬼を誘導するような態度、なんらかの作戦があることに一葉はやっと気付くことができた。しかし、いったいこの状況からどうやって茉莉絵達を助け出そうと言うのだろうか。その方法を咲耶達も知っている様子だ。

「鞄をやると言っているのだ。私がなにもない物を貴様などに渡すと思っているのか? その鞄には、月神神社と繋がる物が入っている。三種の神器の祭られている神殿とな。ここまで言えばわかるだろう」

「…………」

 繋がっていると言うことは、結界を破らずに月神神社の内部に入ることができると言うことだ。しかし、怨は学生鞄を取ることをためらっている。

──奴らの罠か、それとも……

 怨が真意を測りかねているところへ、高彦が追い打ちをかけた。

「なぜ、我等が神器を手にしていないかわからないのか。月神神社の外で貴様のような鬼と遭遇した時、どのようにして神器を取り出すか考えたことはなかったのか。答えはその中に入っている。その中にある物を通して神器を取り出しているんだよ。その扉を使って貴様自身が取りに行ってくれば良かろう」

 そんなことは一葉も知らなかった。月神神社と繋がる物があるなどと考えたことなど一度もない。だが、言われてみれば確かにその通りだ。なんらかの手段を使って神器を手にすることができなければ、外で鬼と戦うことなどできない。しかし、あんな普通の学生鞄のどこに、そんな仕掛けを入れておけるのだろう。一葉には想像もつかなかった。

──本当に、あの鞄が月神神社と繋がってるの? それとも、邪鬼を騙すための嘘……

 怨も同じことを考えていた。月神神社と繋がる扉が入っていたとしても、それ自体が罠だとしたらどうしようもない。しかし、ここは怨の作り出した世界、力を強めてくれる空間の中だ。少しくらいのトラップなら、受けたとしても大丈夫だろう。これだけ小さな鞄なのだから、大がかりなトラップが仕掛けられるわけがない。

「もしなにかあったら、まずこいつから喰ってやるから覚悟しておけ」

 怨は、富貴江を離すと学生鞄を拾い上げ、ゆっくりと鞄を開いた。しかし、なにも起こらない。そんな怨の姿を一葉も一緒に固唾を呑んで見守っている。

──なにがあるの……

 鞄を逆さまにすると、中に入れられている物が地面に散らばる。しかし、鞄からは教科書や筆箱などが落ちてくるだけで、それらしき物は出てこない。だが、最後に一枚の青銅でできた丸い鏡が、玉砂利にぶつかり小気味いい音を響かせながら落ちたのだった。

 この中で、明らかに青銅鏡だけが浮いている。これが扉に違いない。

「その鏡がそうだ。鏡を手にして見ろ」

「……?」

 言われたとおり鏡を手に取ると鏡面がおかしい。映るはずの怨の顔が映っていないのだ。

 鏡面は、真っ白に塗り潰されたようになにも映し出さない。そんな不思議な鏡を見ていると、鏡から白い世界が溢れ出し眩い光が怨を襲った。

 鏡から溢れる光はどんどん大きくなり、光の中から八咫鏡を手にした瑞葉が現れたのだった。


 
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