No.313125

開封~アヤカシが世に出づる時~

nazoinekoさん

トーキョーN◎VA小説。
革命後~グランド×クロス前夜の物語。

2011-10-05 17:58:19 投稿 / 全24ページ    総閲覧数:432   閲覧ユーザー数:428

 
 

トーキョーN◎VA小説 since GX

 

開封~アヤカシが夜に出ずる時~

 

【序章】

 

 千早俊之記念美術館に展示されている22枚の大アルカナ・カード。K◎JI作のこのカードは、トーキョーN◎VAに棲む、様々な種類の人間を表しているという。

 近年になって新しいタロット―――俗にマイナスナンバーと呼ばれる―――が発見されて大騒ぎになったが、中でもバサラのマイナスナンバーであるヒルコの存在は各方面に大きな波紋を呼んだ。そのカードには人間ではなく、ミュータントの姿が描かれていたからである。

 N◎VAに棲むのは人間だけではないのか?

 現在のN◎VAではヒルコに人権を認めてはいないが、ヒルコに人権を認めるかどうかという論争は、今も世界中でなされている。

 

 そして現在――

 新たなタロットがまた1枚世に出ようとしている。

 ヒルコなどとは比べ物にならないほど危険な存在。

 人外の獣、伝説の闇の住人、マヤカシのマイナスナンバー――

 その名はアヤカシ。

 今では都市伝説でしかないはずの、人間の世界とは決して相容れることのなかった魔物達が、ついに人間の世界に侵攻をはじめる……

 

 

 

 

【第1章】

 

 

“より良い未来(あした)を科学する”元部 敦盛 Motonobe-no-Atsumori

 タタラ◎●、カゼ、エグゼク

 

 トーキョーN◎VAのレッドエリアにジャンク屋を建て、その売上で個人の研究に没頭しているタタラ。が、ジャンクパーツの売上だけでは到底説明できないような大金を持っていたりするあたり、裏では何をやっているかわからない。

 好きな言葉は「(イカ)れてるくらいが素敵(イカ)してる」という、文字通りのマッドサイエンティストである。

 

 

“ツインテール”有坂 綾 Ryo Arisaka

 カゲ、ニューロ=ニューロ◎●

 

 N◎VAの街を騒がせている怪盗。大抵の電子セキュリティならものの2秒とかからずに無効化してしまう脅威の腕の持ち主。

 ツインテールのハンドルは、現実世界とウェブ世界の両方に、捕まえるべき尻尾を持っていることから来ている。

 現実世界の彼女は黒髪黒目の色白美人だが、金に執着する性格が災いしてか、その魅力の半分も出せてはいない。

 

 

 元部敦盛は、今日も今日とて高機動研究所の地下ラボで自分の研究に没頭していた。地上のジャンク屋は助手であるドロイドに任せてある。昔は作業中に客がきて、その応対に貴重な時間を削られてしまうということがあったが、今はそういったことはない。

 そのはずなのだが……

「所長、お客様です。」

 ドロイドがラボに入ってきた。はて?

「留守ということにしておけ、と命令したはずでしょう。」

 今度同じことをやったら分解してパーツごとに売り払うか、と言いかけたその時、

「わたしが命令系統を少しいじったのよ。」

 と言いながらドロイドの後ろから現れる人物が1人。黒髪黒目の色白美人、ツインテールその人である。どうやらドロイドが案内してきた客というのは彼女のことらしい。

「あなたですか。」

 元部とは顔見知りのようだ。

「ここに来るのはかまいませんが、勝手にドロイドをいじられては困りますね。素直に『わたしに会わせてくれ』と言えばいいのに。」

「言ったわよ。そしたら『所長はただいま留守にしております』だもの。あなたの所のドロイド、役に立ってないんじゃないの?」

「そういえばそんな命令をした覚えも。

 ふむ、もう少し改善の余地があるようですね。

 ところで、今日ここに来た理由はなんです?ただわたしの研究の邪魔をしに来たわけではないんでしょう?」

「その言い方、ちょっと気になるけどまぁそんなところね。

 実は近々大きな盗みを敢行しようと思ってるの。そのためにちょっとあなたの力を貸してくれないかなぁ?なんてね。もちろん報酬ははずむわよ。」

「………詳しい話を聞かせてもらいましょうか。」

 ツインテールの話はこうだった。

 最近またN◎VAの街を騒がせているK◎JIのタロットカード―――なんでもアヤカシという人外の化け物達を表したカードらしい。噂ではやれ贋作だとか、ついにこの世ならざるものがN◎VAに現れ始めたのだとか、K◎JIがお遊びで作ったタロットで、実際にはアヤカシなんてものはいないだとか、いや、実際にヒルコやアラシ、カゲムシャがいるところを考えるとやはり確かに存在するのだとか、この世の終わりだ、災厄が再びやってくることの暗示なのだとか、まあ無責任な噂ばかり溢れている。

 だが、実際タロットカードそのものを見たとか、どんな絵柄なのかといった情報は未だ入ってきていないのだと言う。そういったことから、これら一連の情報は、全てデマ――いわゆる都市伝説のたぐい――だと考えられていた。が、中にはこの都市伝説を真実だと疑わない人物たちも確かにいたのだ。

 彼らは血眼になってそれを探そうとした。が、結局現在までアヤカシのタロットカードは見つからないままだと言う。

「そのアヤカシのタロットカードの在り処が、ついに分かったんだとしたら?

 そう、見つけたのよ、それらしい場所を。まぁ、まだそこにあるのが確認されたわけじゃなくて、あくまでそれらしい、ってだけなんだけどね。でも、確かめるだけでも価値があると思わない?」

 ツインテールの表情は、ワクワクしていてもたってもいられない、といった風だった。もっとも彼女の場合、秘密を暴くことよりも、それがどれだけの金になるかといった方向に興味がいっているのだろうが。

 対する元部の表情はそのままだ。まるで興味がないといった顔で話を聞いている。このままでは元部は仕事を引き受けてくれないかもしれない。それは困る。今回の仕事に彼の力は必要不可欠なのだ。

 ツインテールは、とっておきの情報を付け加えることにした。

「そうそう、その場所っていうのが、とあるコレクターの所でね、その他にもいろいろ置いてあるみたいよ。災厄前のスポーツカーとか……」

「何!?それはランボルギーニか?F50か?」

「う~ん、詳しくはわからないけど赤い奴らしいわよ」

 赤いだけでは何の情報にもなっていないのだが。

「それはぜひ確かめに行かなければいけませんねぇ」

 ヴィークル関係に特に目がない元部には、こんな情報でも効果はあったようだ。彼はクククと笑いながら何やら思いを巡らせはじめたようである。

「じゃぁ、決行する日時が決まったらまた連絡するわ。じゃね。」

 あっちの世界に旅立ってしまった元部を尻目に足早に去ってゆくツインテール。

 

 このとき元部はまだ気付いていなかった。確かめたいという自分の希望が、ツインテールの手伝いをするということに摩り替えられていることに。

 

 

 

 

【第2章】

 

 

“フェンリル” Fenrir

 バサラ、カゲ、カタナ◎●

 

 またの名を“死国還り”。元M○●N傭兵部隊の傭兵。現在はフリーランスである。砕魔剣という名の恐ろしく巨大な剣を片手で振り回し、周囲の敵を全て薙ぎ倒す。

 一度踏み入れたらまともな状態では帰って来られないと言われている死国に行き、生きて帰って来た人物。

 冷気を操るとも言われており、自然現象を司るバサラではないかと噂されている。が、真偽の程は定かではない。

 

 

 バー『ヤロール』。トーキョーN◎VAのスラム街には、照明を一切使わない、風変わりな店がある。よほど目の利く者か、サイバーアイを埋め込んだ人間でもなければ、この暗闇に包まれた店内に入ってくる者はいない。逆にいえば、サイバーアイ――やその他のサイバーウェア――を埋め込んでいるような連中が集まってくるということだが。

 ここには特定の組織に属さないフリーランス達がよく集まってくる。フェンリル自身も、そんな人間の中の1人だ。

 カウンターで1人静かに飲んでいると、横に誰かが座ってきたのが気配でわかった。

「死国還りのフェンリルさん、よね?」

 その人物――声を聞くに、女性のようだ――はこちらに向かって話しかけてきた。

 何かあるな。

 フェンリルはそう思った。

 もちろん、何もないのに人の名前まで調べて話しかけてくる人間などいない。

「あなたにちょっと仕事の協力をしてもらいたいんだけど‥‥」

「‥‥別に聞く為の耳は持っている。喋りたければ勝手に喋ればいい。」

「そう。じゃ、勝手に喋るわね。

 K◎JI作の新たなタロットカードが見つかったって噂は聞いてると思うけど、それを盗み出そうって計画を練ってるところなの。そこのセキュリティを潜り抜けるのに、あなたのその大剣――今は持ってないみたいね――とにかくあなたの力が必要になるって訳。

 興味があったらまた後日わたしのところまで来てくれればいいから。」

 フェンリルは終始無言である。

 バーテンがフェンリルの目の前にカクテルを差し出した。

「それはわたしからのおごりよ。ちなみに、仕事の前金は3シルバー用意してあるわ。仕事が終わったら、タロットそのものが手に入らなくても1プラチナム。今回は真偽をこの目で確かめるっていう目的もあるから、ね。

 どう?悪い話じゃないと思うけど。」

 女が喋っている間、フェンリルは先ほど差し出されたカクテルに口をつけていた。コースターには折りたたまれた紙がはさまれていて、開いてみるとそこには

『明後日 正午にバー「マリア・ラグーン」へ byツインテール』

と書かれていた。

 ツインテールといえば、データ盗賊とも呼ばれるニューロの中では変わった存在として有名な名前である。

 通常ニューロというのはウェブを通しての活動が多いため、外界には一切姿を現さないことも多い。それはイントロンしている間は意識がウェブの上に存在しているからであり、その間は現実世界との接点がほぼ皆無になってしまうからである。イントロンする機会の多いニューロはそれだけ現実世界に干渉する機会も少なくなるということだ。

 ところがツインテールというニューロは、どういうわけかイントロンしたまま現実世界での意識を保つことが可能なのである。その能力を利用して、データを盗むのはもちろんのこと、実際に建物に侵入して現物を盗み出すこともする。つまり外界に姿を見せる珍しいタイプのニューロなのだ。ニューロというよりも盗賊といった方がいいだろうか。もっとも、行動時間が主に夜であるため、実際の姿を見た人間はごく限られた者達――警備会社の人間や警察関係者――だけなのだが。まぁ、犯罪者ではあるが一流のニューロであることは間違いないだろう。

 その彼女に実際にお目にかかれるとは。

「それじゃ、わたしはこれで失礼するわね。」

 ツインテールが席を立ち、店から去ろうとしたその時

「待て。」

 フェンリルが口を開いた。

 ツインテールの足が止まる。

「犬を飼うのは容易いが、氷狼を買うのは高くつくぞ。」

 つまり彼はこの依頼を受ける気になったということらしい。ツインテールは微笑んだ。

「あら、わたしにだって、聞く耳はちゃんとあるのよ?

 忠告ありがと。心には留めておくわ。

 それじゃ、今度は約束の場所で会いましょ?」

 それだけ言うと、ツインテールはバーを出て行った。

 

 

 

 

【第3章】

 

 

殺陣(たて)”チェン Chen

 カブト、チャクラ●、レッガ―◎

 

 フリーランスのカブト。盾も銃も、手持ち武器さえ持たず、その体に身につけた体術のみで人を守る。放たれた銃弾ですら、素手で掴んでのける驚異の能力の持ち主。しかし、武器を何一つ持たないことが不安要素なのだろう。彼を敬遠するクライアントは多い。

 そのためかどうかは知らないが、いつも貧乏に悩まされている。もっとも、普段はチンピラまがいのことをして生計を立てているらしいが。

 カブトとしての仕事があまりにも来ないため、最近ではそっちのほうを本業にしようかと本気で考えているらしい。

 

 

「つまらねぇ。」

 チェンは誰にも聞こえないほどの小さな声でつぶやいた。もっとも、声の大きさがどうであれ、そのつぶやきを聞くことの出来た人間は周囲に1人としていなかったが。

 チェンの足元には、彼自身に殴り倒された人間が何十人と横たわっていた。全員完全に気絶して伸びている。

 最近さっぱり面白いことがない。ちょっとした小遣い稼ぎに引き受けたケンカ屋も、相手が弱過ぎたため、まったく満足しなかった。そこで、向こうの用心棒を殴り倒すだけでは飽き足らず、その場にいた全員を相手にひと暴れしてやったのだ。もちろん、敵も味方も関係なしである。

 彼らの持っていたキャッシュを全て抜き取ってやったので、多少懐は暖かいが、欲求不満は全く解消されていなかった。

 そのまま現場からとんずらしようと考えていた時、チェンは1人の女に呼び止められた。

 

 ―――10分後。

 なぜかチェンは喫茶店で女と向かい合ってコーヒーを飲んでいた。

 女はツインテールと名乗った。立ち話もなんだから移動しましょ、と言う彼女の言葉にしたがってここまで来たのだが、どうも落ち着かない。女性向のおしゃれな喫茶店の雰囲気に、チェンの大きな体はまったく溶け込んでいなかった。

 そんなことなどまるで気にしていないといった風に、ツインテールは話し始めた。泥棒の片棒を担がないかと誘ってきたのである。

「ちょっと待てよ。犯罪だぞ、それは。」

「そんなことわかってるわよ。」

 こともなげに言い放った。ツインテールは話を続ける。

「あなただってさっき連中を殴り倒した上に強奪してたじゃない。あれだって立派な犯罪よ?」

「しかし……」

「それに」

 まだ渋っているチェンに、ツインテールは追い討ちをかけた。

「あなたがさっき奪ったお金程度では、先々月から滞納してるアパートの家賃を払うことすらできないんじゃなくって?」

 こいつ……俺の事をどこまで調べ上げているんだ?

「これはビジネスよ。お金を受け取って仕事をする。ただそれだけ。

 それに、あなたも退屈な生活にそろそろ飽きてきた頃じゃないのかしら?」

 チェンはなおもしばらく黙っていたが、やがて口を開くとこう言った。

「いいだろう。そのかわり」

 一旦言葉を切り、ニヤリと笑うとさらにこう付け加えた。

「つまらなかったら承知しねぇからな。」

「O.K.それじゃぁ決まりね。明日の正午にバー「マリア・ラグーン」で待ってるわ。大丈夫、つまらないなんて事は絶対にないから。」

 ツインテールと名乗ったその女は席を立つと、そのままストリートの雑踏の中へと消えていった。

 取り残されたチェンは

「おいおい、勘定は誰が払うんだよ。」

 1人困っていた。

 

 

 

 

【第4章】

 

 

「時間どおりですね。」

「遅かったな。」

 ツインテールが約束したその日その時間。12時00分きっかりに彼女が『マリア・ラグーン』にやってくると、すでに先客が2人いた。

 1人は元部。1人はフェンリルである。

「まだ全員は集まっていないみたいね。後もう1人来るハズなんだけど……」

 ツインテールが言いかけたまさにその時、店の前で急ブレーキを踏むキキィィィという音が響き渡った。ブレーキ音から遅れることしばし。店内に現れたのは、やはりチェンだった。

「悪ぃな、ちょいとばかし遅刻しちまった。」

 大して悪びれた風でもなく、チェンが言った。そのチェンに向かってフェンリルが言い放つ。

「遅い。戦場では2秒の遅れでさえ命取りになる。今後は気を付けることだ。」

「あぁん?そんなセリフは弱者の言い分だろうが?オレには関係のないこった。」

「1人で行動するのなら勝手にしていればいい。だが集団で行動するときには時間はきっちり守ってもらう。1人がそれを守れなかったことで、全員が危機にさらされるときだってある。」

「んだと!この……」

「まぁまぁ、2人とも落ち着いて。これから一緒に仕事をしようっていう仲なんだから。せっかくなら仲良くしましょ。ね?」

「………」

「…ちっ」

 ツインテールが間に割って入るのが、それこそ2秒でも遅かったら、何が起こっていたかわからない状況だった。未だに2人―――とは言っても、実際にキレているのはチェンだけだが―――の険悪な雰囲気は収まっていない。能力重視で人選したのだが、各々の性格を考えに入れていなかったのは失敗だったかもしれない。と、今さらながらに彼女は考えていた。

「ま、これで全員集合したわけだし、ひとまず移動しましょ?」

「なんだ、ここで話をするんじゃないのか?」

 チェンが尋ねる。

「こんな誰が聞いてるか分からないところで話をするわけないじゃない。

 集合する時は誰にでも分かる所で。話をする時は誰にも分からない所で。

 フフ……そうでしょ?」

「そうですね。それでは場所はわたしが提供しましょう。移動の方もわたしのヴィークルに全員乗れますからそうして下さい。」

 元部の提案に、全員が従う、と思いきや

「オレは嫌だね。コイツと同じヴィークルに乗るなんてまっぴらゴメンだ。

 オレはオレのヴィークルで行く。」

 と、フェンリルを指差してチェンが言った。2人の間に再び殺気のようなものが漂い始める。

 再び険悪になりかけたその流れを止めたのは元部だった。

「同乗しないのは構いませんが、ちゃんとついてきて下さいよ。」

 いつものマイペース口調でチェンに話しかける。チェンのほうもそれで気が殺がれたらしい。とりあえずフェンリルは置いておいて元部の方に向き直る。

「当たり前だ。それより行くならさっさと行こうぜ。こっちは退屈で仕方ないんだ。」

 どうやらチェンとフェンリルの相性の悪さを、元部のマイペースさが相殺もしくは中和しているようだ。今回の仕事、案外うまくいくかも知れない。

 3人のやり取りを見ながら、ツインテールはそう思った。

 

 

 

 

【第5章】

 

 

 ツインテールは頭を抱えていた。

 目の前には元部とチェン。それぞれ自分のヴィークルを前に立っている。

「これがわたしのヴィークルです。」

 元部のヴィークルは黒塗りの四輪車だ。

「オレはこれに乗っていくからな。」

 チェンのヴィークルは二輪のバイクである。

 作戦会議をするため、移動しようということになってバー『マリア・ラグーン』を出たまではいい。が、まさかこんなに早く――出発すらしていないうちに――問題が起こるとは思ってもみなかった。

 確かに元部のヴィークルはたくさんの人数が乗ることができる広いヴィークルである。問題はそれがクソ目立つジェネシス・リムジンだということ。それからチェンの乗るヴィークルが、バイクはバイクでもエンジンのついていないマウンテンバイクだということである。要するに自転車だ。

 なんで誰もまともなヴィークルを持ってないの?

 ツインテールは自問自答したが、この状況を見てしまうと、もはや「まともなヴィークル」というのが何なのか自分では判断できなくなってきて、すぐに考えるのをやめた。別の表現をすれば現実逃避をしたとも言う。

 フェンリルはというと、さっさと元部のリムジンに乗り込み、いつでも出発できるという格好である。さすがは“死国還り”。いくつもの修羅場を潜り抜けてきた彼は、何が起こっても動じないということか。少し違う気もするが。

「あー……」

 ツインテールが口を開いた。

「とりあえず行き先はあなたに任せればいいのかしら、ドクター元部?」

「ええ。自宅と店の他にも、いくつか部屋を持っていますので。そのうちの1つを使えばいいでしょう。

 ところでチェンさん、本当にあなたは一緒に乗らないんですか?その自転車なら一緒に乗せていっても十分いけますが。」

「大丈夫だって。チャクラの体力を舐めるなよ。」

「もう好きにして。

 じゃぁわたし達はドクターのヴィークルに乗ってくから、あなたはそれにちゃんとついてきてね。」

 どうやら立ち直ったらしいツインテールが答える。

 

 こうして、とにもかくにも一行は計画に向かって動き始めた。

 

 

 

 

【第6章】

 

 

「ところでドクター、行き先はどこなの?大体の場所くらいは教えてくれたっていいんじゃない?」

 走り始めてすぐ、ツインテールが口を開いて尋ねた。ある意味当然の疑問であろう。

「まずは隅田川を越えます。行き先はスラムです。電気もDAK回線も通っていないので、生活するには不便なところですが、こういった話をするにはいい場所ですよ。」

 運転しながら元部が答える。

 現在N◎VAという街は、隅田川の南と北で大きく治安に差のある街となっている。治安の良い方から順にホワイト、グリーン、イエロー、レッドと区分されているが、隅田川から北の地域は比較的治安のよい地域であり、特に中央オフィス街周辺は最高セキュリティランクのホワイトエリアである。一方南側は、市民IDすら持たない者達の棲むレッドエリアの無法地帯である。

 そして彼の運転するリムジンは、確かにそのレッドエリアに向かってまっしぐらに進んでいた。バックミラーを覗けば、チェンがマウンテンバイクを一生懸命漕いでいる姿が見える。

 と、行き先に検問が見えてきた。そう、南に棲む無法者が北に出て来るのを阻止するため、隅田川に架かる橋には全て検問が張られているのだ。川を渡りたかったら、当然この検問を通らなければならない。

 ツインテールが言った。

「わたし達は今ここで問題を起こすわけにはいかないの。怪しまれるとやりにくくなるからね。いい?普通に通るだけでいいのよ?」

「分かりました。いつも通りでいいんですね?」

 元部のメガネがきらりと光る。

 その視線にツインテールは何かを感じ取ったようだ。

「ちょっと‥‥検問はすぐそこよ?止まらないと‥‥もしもし?人の話を聞いてるの?ってアクセル踏んだって‥‥‥っ!!ぅきゃあぁぁぁぁ!?」

「リミット解除!ブースト・ON!!」

 元部が叫んだ。ニトロでも焚いたのか、リムジンの後ろから炎が吹き出し、ものすごい勢いで加速をはじめる。強烈なGがツインテール達を襲った。

 次の瞬間、元部達3人を乗せたロケットリムジンは隅田川の検問を強引に突破していた。遮断機の折れるバキバキッという音が辺りに響き渡る。と同時に、強い衝撃が車内を襲った。

「ハッハァ!イヌの諸君、任務ご苦労。だがこの元部の行く手を阻もうなどとは考えないことだなぁ!」

 背後に見えるかつて検問だったところに向かって元部が言い放つ。黄色と黒に色分けされたカラーコーンが辺りに飛び散り、横倒しになって壊れかけた3Dプロジェクタが大きな「検問」の文字を力なく明滅させている。

 物はかなりメチャメチャに壊れたようだが、幸い警官達に負傷者は出ていないようだ。

 元部改造の世界最速リムジンは、そのまま何事もなかったかのように現場を走り去っていった。

「ちょ‥‥ちょっと!こんな強引な突破をして、ただで済むとの思ってるの?」

 どこかで頭をぶつけたらしく、額を押さえながらのツインテールの抗議に

「そんなわけないじゃないですか。」

「!‥‥な!‥‥」

 いとも平然と答える元部。ツインテールはまた頭が痛くなってきた。この男、真面目にやる気があるのだろうか。今のところ追っ手は来ていないようだが‥‥

「大丈夫ですよ。後でちゃんと罰金は払っておきますから。」

「そういう問題じゃなくて!」

「何を言っているんです。いつも通りにしろと言ったのは有坂さんでしょう。だからわたしはいつも通りにやったまでです。この元部が検問ごときでヴィークルを止めるなど、それこそ怪しまれてしまいますよ?」

 どうやらこの元部敦盛という男、毎回のように隅田川の検問を破ってはその度に罰金を支払っているらしい。

「なんてもったいないお金の使い方なの?!そんなことに使うならわたしにちょうだい!わたしに!!」

「お金というものは自分のやりたいことを成し遂げるために使うものでしょう?」

「だからってこんなことに‥‥」

 元部はやれやれという溜息をついた。この女、何も分かっちゃいない。

「検問破りは漢[おとこ]のロマンです。夢を買うためには金に糸目はつけないでしょう?

 有坂さんだって100万プラチナムもの大金を集めて、いったい何に使うつもりなんですか?」

「ぐ‥‥うっさいわね。そんなことあなたに関係ないでしょ?」

 ちなみに、先ほどから話題に上っていないフェンリルはどうしているかというと、リムジンに乗った時からずっと、腕を組んで目をつむったまま微動だにしていない。おそらくは寝ているのだろう。この男、バーの時のように時間にうるさかったり、先ほどの検問破りにも動じず寝ていたりするあたり、神経質なのか図太いのか、いまいちよく分からない。

「そんなことより、アジトはまだ?」

 微妙に質問をはぐらかせつつ、ツインテールが尋ねる。

「もうすぐです。あ、ほら、ここですよ。」

 そういって元部が指さした先には、使われなくなってからずいぶんと経つであろう倉庫群――なかには不法滞在者の寝ぐらになっているところもずいぶんあるに違いない――が立ち並んでいた。もっとも、元部とてその不法に使用している者の1人なのだろうが。

 元部の操るリムジンは、その倉庫群の一角に消えていった。

 

 その頃、自転車で頑張っていたチェンはというと、

 

「おっと、そう何人もタダで渡らせてたまるか。ちゃんとIDを見せてから通れや。」

「バッカヤロウ!離せ!オレはあのリムジンに用があるんだ!!」

「それはいいから早く見せろって。」

「クソ!」

 

 しっかり検問で捕まっていた。

 

 

 

 

【第7章】

 

 

“ヒルコ刑事”焔 ケイジ keiji Homura

 ヒルコ●、チャクラ、イヌ◎

 

 紅蓮危機管理代行社所属のヒト型のヒルコ。外見はほとんど人間と変わらないが、唯一腰から伸びる爬虫類系の尻尾が、彼は人間でないことを知らせてくれる。

 もちろん、人間ではないため人権はない。そのため、労働基準法なども当然守られていない。警察犬などと同じで、24時間仕える主のために働くのだ。 もっとも、本人はそのことで不平をもらしているが、主である紅蓮がその要求に応えることはまずないであろう。

 

 

 N◎VAに住む誰もが忘れていると思うが、紅蓮危機管理代行社は警備会社である。よってブラックハウンドの下請けとして応援に駆けつけることもあるし、隅田川の検問を守る当番に回される事だって、たまにはあるのだ。

 犯罪組織の隠れ蓑になっている会社が検問なぞやっていていいのか?という疑問は、まぁあるにせよ、もしSSSだったら千早の工作員を素通しにするのだから気にしてはいけない。そういう時代なのだ。

 実際には数名のブラックハウンド隊員も一緒にいるので、そうそう不正行為などできるものではないのだが。

 

「平和だねぇ。」

 呟きつつも、焔ケイジは疲れていた。隅田川のお守をしてこいと言われたのが昨日の午後。それから今の今までずっと検問の番をしていたのだ。現在の時刻は12時過ぎ、といったところか。丸1日働き続けている計算になる。いくらヒルコに人権はないといっても、これは少し酷い気がする。

 そもそも隅田川というところは、Xランク市民の暴動をN◎VA軍が鎮圧したという、いわゆる「隅田川検問事件」が起きたところである。あまり治安のいいところとはいえない。できればこんな場所で勤務するのは遠慮しておきたいところだ。

 もっとも、それほど頻繁に問題が起こるわけではないし、命の危機に見舞われるようなことはもっと稀なのだが。

 が、どうやら今日は特別な日らしい。小一時間ほど前、あろうことかリムジンで強引に検問を突き破った人物がいたのだ。ケイジはそのリムジンを追跡しようとしたが、上の連中に止められた。追いかけるだけ無駄だというのだ。

 どうやらあのリムジン、その筋では割と有名らしい。いつも検問を強引に壊して通るが、検問の修理代と罰金諸々はちゃんと支払っているそうで、人的被害を被っているわけでもなく、放って置いても無害と判断されているらしい。ようするにただのキ○ガイタタラだということだ。

 本音を言えば、そのタタラはやたらとヴィークル操作の腕が立つらしく、捕まえるのが困難だということ。それから警察関係の上層部と裏で繋がっているから、である。たぶん罰金と修理費だけでなく、もっと別の形で大金を支払っているのだろう。もっとも、ケイジにとって大切なのは犯罪者を撲滅することでも任務を忠実に遂行することでもなく、自分の命を守ることだったので、その判断はむしろありがたかった。自分はイヌではあるが犬ではないし、ましてやクグツでもない。

 その壊された検問の復帰作業もようやく終わり、今は少し暇になったところだ。

 

 いつもの光景、いつもの風景。

 

 たしかに平和と言えばその通りかもしれなかった。

 警察組織なんてものは、暇なほうがいいものだ。もっとも、それでは商売にならないが。

 適当な場所に座りながら、ケイジはぼんやりとそんなことを考えていた。あるいは働き過ぎでテンパっていたのかもしれない。

 が、その平和も長くは続かなかった。

 周囲がざわつきはじめている。

 「何だ!?」

 立ち上がりながらあたりを見渡す。

 なんだか嫌な予感がする。こういう時の野生の勘は、よく当たるのだ。

「何が起こった!?」

「リ‥‥リムジンだ!奴がまた来た!!」

「何ぃ!?」

 ケイジが警官の指差す方向に視線を向けると、はたして1台のリムジンの姿を発見する。それは確かに例のタタラ――確か名前は元部といったか――のリムジンだった。その姿が次第にはっきり見えるようになる。どうやらどんどんこちらに近づいているようだ。

「オイオイ、ようやく復旧作業が終わったところだぞ。勘弁し‥‥」

 

 ィィィィヒュゴオオオオォォ!!!!

 

 言っている目の前で、轟音を立ててリムジン(?)が通り過ぎて行く。

 先ほど復旧したばかりの検問が、再び派手に吹き飛ばされた。

 頭の中が真っ白になる。

 

 プチッ

 

 ケイジの頭の中で、何かが切れた。

 ‥‥そう、状況が混乱し過ぎている時というのは、かえって冷静に物事を見つめられるものだ。

 現場は混乱の極みだった。どさくさに紛れてリムジンと一緒に検問突破を謀る自転車野郎。そのバカを捕まえる者。まだ状況を把握できずにオロオロしている者。すぐに検問を閉鎖して本日2回目の復旧作業にかかる者。ケイジはそのどれにも属さず、ただぼんやりとその光景を眺めていた。

 もうどうでもよくなった、とも言う。

 人的被害が出ないのは結構だが、その後の復旧作業にかかるこっちの苦労も分かって欲しいものだ。上の連中もあのタタラも。

 周囲の喧騒を遠巻きに見つめながら、ポケットの煙草に手を伸ばす。

 そう、気分を落ち着かせるにはこれが一番だ。

 目の前に広がる現実から目を逸らせながら、ケイジはまたひとこと呟いた。

「‥‥‥平和だねぇ‥‥‥」

 

 いつもの光景、いつもの風景。

 

 紫煙を吐き出しながら上を見上げると、灰色にくすんだN◎VAの青空が見えた。

 

 

 

 

【―Intermission―】

 

 

 どれだけ長い間、眠っていただろうか。

 何十年、何百年。

 ……いや、もっとか。

 かつて1人の絵師によって力を封じられ、絵の中に閉じ込められてから幾星霜。かつての力はもはやなく、あるのは現実世界に少々干渉する力のみ。それも姿見を外界に置くのが精一杯。酷い時には意識体としてしか姿を現せない。

 この屈辱に、どれだけ長い間、耐えてきただろうか。

 しかしそれもじきに終焉を迎える。

 人間の記憶というのは儚いものだ。彼らはすでに、あの絵の中に何が封じられているのか、否、あの絵にどんな意味があるのかさえ忘れてしまっている。

 考えてみれば皮肉なものだ。かつては人間の手によって力を封じられ、今また人間の手によって力を取り戻そうとしているとは。

 もうすぐ、もうすぐだ。

 万物の頂点に君臨するものが何であるのかを、愚かで低俗な人間どもに知らしめる日は近い。

 ‥‥‥

 だが、今はまだその時ではない。

 彼らが封印を解くその時が来るまで、今しばらくの休息を……

 

 

 

 

【第8章】

 

 

 N◎VAの街には、イワヤトビルを中心に蜘蛛の巣状に広がった地下鉄道が走っている。鉄道とはいっても、全てリニアで動いているのだが。

 ちなみにこのリニア――リニアコープという日系企業が運営している――は、かつては隅田川の向こう側まで稼動していた。が、N◎VA軍が進駐してきて検問が張られたのと同時期に、隅田川以南のリニアの駅は全て閉鎖されてしまった。現在それらの駅は完全に封鎖されており、ここを通っての検問破りも不可能となっている‥‥ハズである。

 もっとも、どんなものにも完全などはない。ここを通る方法も、実際にはいくつか存在する。その手段は、大抵どこかの犯罪結社が掌握しており、隅田川を渡るためには、いくらかの金――あるいはそれに相当する何か――を支払うのがストリートの常識となっている。今回ツインテールが使用したのもその中の1つだ。

 そう、彼女らは今レッドエリアのリニアのレール上を歩いている。もっとも、今回は隅田川を渡るために、ではない。用があるのは、その脇に続いている配管工事の作業用通路である。そこが今回のターゲットの建物――所有者の名前は忘れてしまった。どの道名前などに意味はない。目的はタロットカードだけだ――に続いているのだ。続いているとはいっても、道が直接通っているわけではない。ただ単に通路が建物の地下のすぐ側を通っている、というだけのことである。それでもこの方法が一番侵入に適している、とはツインテールの弁である。

 

 前回の打ち合わせから1週間。今日はタロットを盗み出す実行日だった。

 

「なぁ、まだ目的地には着かねぇのか?」

 チェンがぼやく。地下に潜って1時間。懐中電灯の灯りだけを頼りに、暗闇の中で変わり映えのしない景色を見続けてきたとなれば、ぼやきの1つも出るというものだ。

「あと少しよ。」

 が、ツインテールのほうはいたって平静にチェンのぼやきに応じている。こちらはこういうことには慣れっこのようだ。

 残りの2人はというと、フェンリルはツインテールと同じで、こういったことには慣れているらしい。いたって静かなものだ。元部のほうも静かなのだが、こちらは普段体を動かさないので、もう口を開く気力も残っていない、といった感じだ。

「さっきからあと少しあと少しとか言い続けてるじゃねえか。いったいいつになったらその場所に辿り着くんだよ。だいたい目的の場所は建物の中だろ?リニアの路線からどうやって侵入するってんだ?」

「建物の中といってもターゲットは地下の倉庫の中。それに、盗みに入るのに正面から突っ込むバカはいないわ。」

 実のところ、チェンは元部の隠れ家で行われた作戦会議に参加していない。正確に言えばその場にはいたのだが、説明を聞いていなかったのである。検問で一旦置いてけぼりを喰らったチェンは、その後驚異的なスピードでリムジンに追いつき、無事アジトに到着した。一応彼自身の面目を保ったことになるのだが、その後がいけなかった。アジトに着いた時、汗だくの体に肩で息をしながら「ハン、このくらい楽勝だぜ」などと強がりを言っていたのだが、その強がりも限界にきたらしく、侵入作戦の打ち合わせをしている間中ずっと、いびきをかいて寝ていたのである。

 もっとも、どうせ彼の役割は肉体労働なのだから放っておいても問題ない、と言って起こさなかったのはツインテールなのだが。

 

「なぁ、まだ着かねぇのか?」

 チェンがこれで十数度目の同じセリフを言う。

「だから、もう少しよ。あと10分ってトコ。」

「ホントかよ‥‥」

 チェンは盛大なため息をついた。先はまだ長い。

 

 

 

 

【第9章】

 

 

「732‥‥‥733‥‥‥734‥‥‥ストップ。ここよ。」

 地下を歩き始めて1時間強。永遠に続くかとも思われた道のりも、ここにきてようやく終わりを迎えたらしい。

「この先に目標の建物に侵入できる通路が存在するんだったな。」

 思えばフェンリルが口を開いたのはいつ以来だろうか。下手をすれば24時間以上経っているかもしれない。

「ここのどこにそんな通路があるってんだよ?」

 相変わらず喋りつづけているチェン。ツッコミだけは得意なようだ。

「もっと周りをよく見なさい。上よ。」

 ツインテールが天井―――4メートルほどの高さだろうか―――を指差す。こちらも相変わらず口調がキツい。

「なるほど、通気孔ですか。で?どうやって登るんです?」

 元部の問いに、ツインテールが答える。

「わたしがロープを掛けるから。後は各自でどうにかして頂戴。」

 そう言うと、彼女はすぐに動き出した。

 まず通気孔にはまっている格子にワイヤーを引っ掛け、それを伝って上まで登る。そのまま天井まで登りきると、適当な足場を見つけ、それを支えに体を安定させる。

 はた目には足場など全く見えないが、ツインテールは両足と左手を器用に使って見えない足場を捉え、しっかりと天井に張り付いていた。さすがはプロ、といったところか。

 そして残った右手で工具を取り出し、格子を外しにかかる。ここまでたったの十数秒。格子が完全に取り除かれるまで数えても、要した時間は3分もない。

「ほぅ、有坂さんの仕事ぶりを見るのはこれが初めてですが……やりますね。」

 元部が感心したような声をあげる。

「ま、このくらいは当然よ。

 ほら、あなた達もぽかんとしてないでさっさと登る!」

 登攀用のロープを下ろしながら、ツインテールが上から呼ぶ。

 一番手は元部だった。ヴィークルの操縦にかけては超絶技を披露する元部だったが、自分自身の身体の扱いはあまり得意ではないらしい。苦労しながらもなんとか登りきる。多少時間はかかったが、特に問題はない。

 問題が起こったのは2番手、チェンがロープを登っている時だった。

「おい、何か聞こえないか?」

 フェンリルが異変に気付いた。

 耳を澄ます一同。

 何も聞こえない。

「気のせいじゃねぇのか?」

 登攀を再開しようとするチェン。しかし次の瞬間、トンネルの向こうから2つの光が差し込んできた。光はだんだんこちらに近づいてくる。

 リニアのヘッドライトだ。

「な!?どういうこった?!」

「知らないわよ!とにかく急いで!!」

 珍しく慌てるツインテール。

 隅田川以南のリニアレールは、今は使われてないはずなのに!

 ツインテールは知らないことなのだが、駅自体は使われていないこの路線も、回送列車などが通るためのレールとしてごく稀に使われることがある。彼女らにとっての不幸は、情報を提供した組織ですらその事実を知らなかったことと、その稀なケースにちょうど出遭ってしまったこととの2点であろう。

「言われなくてもしてるっつーの!」

 急いで登ろうとするチェン。しかし元々そういったことに慣れていない者がどうやったところで大して速度が上がるわけでもない。ロープごと引き上げたとしても、その後に控えているフェンリルはまず確実に間に合わない。このままでは間違いなくリニアに跳ね飛ばされてさようなら、である。

「喋る暇があったらさっさと登って!」

「そっちが喋りかけるからだろうが!」

「だからいちいち返事しなくていいから!!」

「いいから黙ってろ!!」

「早く上に!!!」

「うっせえ!!!」

 ツインテールもチェンも半ばパニック状態である。

誰もがヤバイと思った瞬間――

動いたのは、今までずっと静観を決めこんでいたフェンリルだった。

 

 

 

 

【第10章】

 

 

 ダンッ!

 フェンリルが床を蹴った。その手にはロープの端が握られている。

(通風孔までは4メートル弱。穴の大きさは縦横1メートル弱といったところか。あの体力馬鹿の体重をおよそ80キロと考えれば……)

 フェンリルは普段から自分の背丈を越える大剣を振り回している。人1人の体重を抱えたまま通風孔まで跳ぶという行為は、彼にとっては簡単な部類に入るといえた。

 通風孔まで一足飛びにジャンプすると、続く動作でロープを一気に上まで引っぱり上げる。

「え?」

 チェンの体が宙に舞った。

 そのまま通風孔の中に放り投げられる。

 スタッ

「ぐぇ」

 前者はフェンリルがあざやかに着地した音。後者はチェンが頭から落ちた時に口から出た呻き声である。

 どうやら鼻を打ったらしく、暫く痛みにうずくまっていたチェンだったが、

「何しやがんだチクショウ!!痛ぇじゃねぇか!」

 フェンリルの胸倉を掴み、激しく抗議する。

「命を助けてやったんだ。文句はあるまい?」

 フェンリルはそれを冷静に受け流す。もっとも、頭から着地させたのはワザとなのかそうでないのか。彼以外に分かる者はいないが。

「くそっ!」

 掴んでいた胸倉を乱暴に離し、チェンはそっぽを向いた。

「気に入らねぇ。」

「気に入らなくて結構。私もお前のことが気に入らない。」

 ツインテールは盛大な溜息をついた。

「あなた達ねぇ。仲がいいのは分かったけど、ここから先は頼むから静かにしてくれないかしら?今日ここに何しにきたか覚えてる?盗みよ?侵入先でやかましくする泥棒なんて聞いたことないわ。」

(あ~あ。まるで子供のお守りね。)

 ツインテールはこめかみを押さえながら心の中で嘆いた。

「早く行きましょ。夜は短いわ。」

 

 ツインテール一行の冒険は続く。

 

 

 

 

【第11章】

 

 

「え?!何だって?」

『交代だ。お前には今から別の任務についてもらう。』

 毎度毎度ながら突然である。ケイジは電話に受け答えながら、内心疲れ果てていた。

 二度目のリムジン襲撃から1時間。またまたようやく復旧が終わった矢先の上司からのコールだったからだ。自分には疫病神でもついているのではないか?

 思わずそう考えてしまうケイジであった。

 命令されればそれに従わなければならない。そう分かってはいても、一応抵抗してみたくはなる。

「オレ、昨日から丸一日一睡もしてないんスけど?」

 一応ヒルコで、体力に自信はあるとはいえ、寝られるなら眠っておきたい。

 しかし、電話の向こうから返ってきた声は無情なものだった。

『Kill-Iでも飲んでいけばよかろう。あと24時間は眠らずにすむぞ?』

 あいかわらずウチの上司は無茶がお好きなようだ。

「へいへい、わかりましたよ。気張ればいいんでしょ気張れば。で?次の仕事は何ですか?」

『ビルの警備だ。詳しくは話せないが、そこにはクライアントの大事なコレクションが保管されている。お前の仕事はそれを盗み出すような輩からブツを守ることだ。場所は追って添付する。メールが届き次第そこに向かえ。』

「アイアイ、サー。」

 やる気のない敬礼を返したしたところで、一方的に電話は切れた。

 さて、と――

「おーい。」

 検問に当たっていた別の警備隊員に呼びかける。

「オレ、今から別の現場に行くことになったわ。」

「おやおや、相変わらず大変みたいだなぁお前は。」

「ま、ヒルコっすからね。労働基準法バンザイだよ。へっ。」

「現場に出てる人間は誰も気にしてないけどな。せいぜいトカゲの尻尾が生えてるくらいなもんだ。俺たちとお前の違いなんてものは。」

「それを分かってくれない人間もいるってことですよ。」

「で?今すぐ別の任務に?」

「いやー、それがまだ現場の場所が分からなくてな。追って連絡するってよ。だからそれまでは暇ってわけ。」

「じゃぁここはもういいから、少しでも休んどけよ。」

「お、ありがたい。持つべきものは良き同僚かな。」

「ハハハハ。じゃぁな、がんばれよー。」

 同僚の親切心をありがたく受け取り、ケイジはその場を立ち去った。とりあえずタバコを吸いに喫煙コーナーまで小走りに走っていく。

 その時。

 

 ピリリリリ ピリリリリ

 

 嫌な音がケイジのポケットの中から鳴り響く。

 げ、もう着やがった。

 仕事の速い上司に悪態をつきつつ、ケイジはポケットロンを取り出した。案の定、それは次の現場の地図が添付されたメールだった。

 やれやれ、仕事熱心な上司はオレにタバコ1本吸う暇もくれないってわけだ。有難いこったねぇ。

 さてさて、さすがにこのまま次の現場に行ったら死ねる。上司の提案っていうのが気に入らないが、Kill-Iでも買って飲んでいきますか。

 ケイジはそのまま自動販売機の前まで歩いていく。

 

 ビー!

『キャッシュの残高が足りません。』

 

 そういえば、今日タバコを買ったので切らしていたんだった。

 販売機の無機質な声に弾かれて、ケイジは思った。

 今日は絶対に厄日だ、と。

 

 

 

 

【第12章】

 

 

 タロットの保管してある建物の中。正確にはその壁一枚向こう側に、一行はいた。

「さて、後はこの壁をどうにかすれば、ついに建物に進入成功ってわけ。」

「で?どうにかってどうするんだ?」

 毎度のことになりつつある、ツインテールとチェンの掛け合いである。もはや誰も気にしない。

「ふふん、ちゃんと考えてありますってば。

 フェンリル?あなた例の大剣、持ってるわよね?」

「見ての通りだが?」

 ふむふむ、見ての通り――って、あれ?

 そういえばフェンリルはほとんど無手で、何の装備も持っていてはいない。

 ――そういえばバーで会った時も大剣なんて持ってなかったっけ……。

「ちょっとあなた!何で何の装備も持ってきてないの?!

 あれがないとこの壁を破壊してもらえないじゃないの!!」

「地下に潜ると聞いていたのでな。狭い場所で邪魔になるものは置いてきた。

 護衛役ならインストールしているサイバーウェアでどうとでもなる。」

「それじゃ困るのよ……。」

 ツインテールは必死で今後のプランの練り直しを始めた。ここでこの壁が壊せないとなると、別ルートで侵入するしかない。そしてそれは、このルートよりもより危険度の高いルートになるはずであった。

「なるほど、今回の奴の出番はそれだったってわけか。

 それで、肝心の道具は手元にない、と。ハッ、全くの役立たずじゃねぇか。」

 ざまあみろと、ここぞとばかりに口撃するチェン。途方に暮れるツインテール。そして相変わらず口数少なく、何を考えているか分からないフェンリル。

 そんな状況を打破したのは元部だった。

「まぁまぁ皆さん落ち着いて。斬った貼ったはカタナだけの仕事とは限りませんよ?」

 何時の間に準備したのか、元部の手にはレーザートーチが握られている。そしてその顔にはニヤニヤ笑いが張り付いていた。今まで暗い通路を歩いてばかりで、実はストレスが溜まっていたのかもしれない。先ほどと比べると、ずいぶんと生き生きしている。

「ちょっとそこ通りますよ、と。」

 壁の前で立ち尽くしているツインテールの脇をすり抜け、鮮やかな手つきで壁を切り裂きにかかる元部。

 

 数分後、そこには綺麗に切り抜かれた壁がぽっかりと穴を開けていた。

「さあ、急ぎましょう。口論している間に時間をロスしていますよ?」

「そ、そうね、急ぎましょう!ターゲットはまだ先よ!!」

 危うく主導権を握られかけたツインテールが、慌てて反応する。

「……まぁいいか。」

 しぶしぶチェンも頷き、それに従う。

 それにさらに遅れて、無言でついてくるフェンリル。

 この男、本当にあの死国還りなのかしら?いいえ、わたしは自分自身の情報収集能力を信じるわ。わたしが調べたんだもの。この男は死国還りのフェンリルに間違いない。問題は彼が実力でその称号を手に入れたのかどうかってことだけど……。

 

 先へと歩を進めながら、ツインテールは若干不安になっていた。

 

 

 

 

【第13章】

 

 

 ここまでくればほぼ安心。セキュリティはツインテール自身が押さえてあるし、後は目的地までピクニック気分で行けばいい。

 そう考えていたのが甘かった。不測の事態というのは常にあるものだ。

 それは、目的のアヤカシタロットが保管されている保管庫の手前、階段を上がり、通路の曲がり角を曲がった所で起こった。

 

「警備ドロイド?!聞いてないわそんなの!!」

「それはこっちの台詞だ!何が『セキュリティは押さえたから大丈夫』だ!嘘つきやがって!!」

「たぶん独立型のシステムがもう1つ用意してあったのよ!迂闊だったわ……」

 激しい銃撃から身を隠しながら、ツインテールとチェンが口論している。

 相手は3体の警備ドロイド。最新式の完全義体に、人工知能を搭載したタイプのようだ。武装の強力さからして、ほぼ間違いなく違法物品。このビルの管理者はまともではない。その証拠に、ツインテールの調べでは、このビルは警備を紅蓮危機管理会社に任せてあった。犯罪組織と関わりがあるのは明白である。だからこそ表立った警備はできないし、裏では人殺しをも辞さないような強力な装備で武装しているのだろう。

 逆に言えば。ツインテールたちが盗みに入ったところで、表立って捕まえられることはないということだ。捕まれば命の保障はないが、成功すればお咎めなし。ハイリスクハイリターンの、ツインテールにとってはおいしい仕事である。

「さて、この状況を何とかしないとね……」

「ここは私に任せろ。」

 前に出てきたのはフェンリルである。

「ちょっと貴方!そんな軽装で重機関銃を持った3体ものドロイド相手にどうしようって言うの?!やめなさい!」

 ツインテールの言葉には耳を貸さず、フェンリルは角を飛び出し、ドロイドのいる先へと走り出す!

「あのバカッ!」

 次の瞬間、ツインテールは信じられないものを目撃した。

「砕魔剣、武装解放!」

 疾走するフェンリルの右手が空中に何かの文字を書き上げると、空間に魔方陣のようなものが浮かび上がった。その中からゆらりと剣の柄のようなものが出現する。それを引き抜くと、フェンリルが数々の伝説を作り上げた大剣、砕魔剣が出現する!

「!!?!」

「ぉおおおおおああああ!!!」

 獣のような声を上げながらフェンリルは、そのまま壁面を駆け上がった。勢いは衰えないまま、天井にまで達した影は、銃撃を避けながら3体のドロイドに肉薄する。そして――

 

 パキィイ―――……ン

 

 フェンリルの振り降ろした砕魔剣は、狭い通路の壁を紙のように切り裂き、ついでにドロイド3体をまとめて薙ぎ払う。その瞬間、全てのドロイドが凍結し、砕け散った。後に残ったのは、悠然と立ち上がるフェンリルと、バラバラになったドロイドの残骸。そして空中にきらめく雪の結晶だけだった。

 さらに剣を振ると、雪が溶けるように砕魔剣は消えた。

「……なんなの、これ?」

 ツインテールの頭は混乱していた。

「魔法を使ったのさ。」

 平然と意味不明のことを答えるフェンリル。もはやどこに突っ込みを入れていいのか分からない。

「……な、何よ!武器を持ってるなら始めからそう言ってくれればよかったじゃない!」

「持っていないかと聞かれたから持っていないと答えただけだ。それに、置いてきたとは言ったが、持ってこれないと言った覚えはない。」

 なんてふざけた奴なの!

 ツインテールは怒っていいのか呆れていいのか分からなかった。ただ1つ言えることは、こいつはバサラで魔法使いで、間違いなくあの死国還りのフェンリルだということだけだ。

「まぁとにかく。この場は切り抜けたわけだからもういいわ。次に行くわよ、次。」

 

 やっぱり私の調査に狂いはなかった。それを再確認できただけでも今回のアクシデントには意味があった。

 ツインテールは、今回のミッションの成功を半ば確信していた。

 

 

 

 

【第14章】

 

 

 いよいよ最後の関門である。

 ツインテール一行は、地下の保管庫の前に来ていた。この扉の向こう側に、例のタロットが保管されているのだ。

 扉といっても、分厚くて厳重なそれは、金庫を思わせる大掛かりなものだ。

 鍵を開けるときにも、まず認証パターンを読み取り、権限を持った人間2人が扉の左右にある鍵穴に電子キーを差し込み、かつ同時にキーを回さなければ開かない仕組みになっている。

「だから、ドクターに来てもらったってわけ。準備はしてあるんでしょ?」

「もちろんですよ。貴女の調べたコードが完璧ならね。それを元にしっかりと作らせてもらいましたよ。」

「あら、わたしを誰だと思ってるの?天下の怪盗ツインテールよ?もちろん完璧に決まってるじゃない。」

 認証パターンの欺瞞はツインテールだけで何とかなった。だが、電子キーのほうは彼女1人の力ではどうにもならなかった。そのため、元部に頼んで電子キーを1組作ってきてもらったのだ。

「では早速行きますよ?3、2、1、回して!」

 

 ピー

 

 ガチャ

 

 機械が反応し、鍵が開いた。

 出来は上々。後は中に入るだけである。

 

 扉を開けると、そこはかなり広い空間だった。そしてその広い空間に所狭しと並べられた美術品の数々。どこから運んできたのか分からないが、中には10メートルはあろうかという石像まで置いてある。

「おお!あれは!ランボルギーニ・カウンタック!!」

 ツインテールの後ろで元部が奇声を上げている。

「これが噂のガルウイングですか…。有坂さん、ちょっとこの鍵開けてもらえませんか?」

「開けてもいいけど、貴重な車に傷をつけることになるかもよ?」

「む、そいつは少々困りましたね。乗ってみたいと思ったのですが仕方ない。今回は諦めることにしましょう。」

「そんなことよりタロットよ。タロットを探して。それが今回の目的なんだから。」

 隣で旧世界のスポーツカーとにらめっこをしながら話しかけてくる元部と、奥で高級ティーセットなどを漁っているフェンリルに、ツインテールは呆れていた。

 ダメねこいつら。泥棒としては全く素人だわ。分かってたことだけど。わたしがちゃんとしなきゃ。

「おい、アレじゃないのか?」

 しかし目的のタロットはあっさりとチェンによって発見されてしまった。

 倉庫の一番奥の真ん中あたり。腰ほどの高さの台座の上に乗せられ、ガラスケースにしまわれた状態で、果たしてそのタロットはあった。

「これが……噂のタロットなのね……」

「そこまでだ。」

「!!?」

 その時、高らかな声と共にやってきたのは、ケイジたち紅蓮の警備の人間だった。

「なんで?!モニターには異常なしって出てたはずよ!」

 ツインテールの二度目…いや、三度目か?の失敗である。

「保管庫の扉な。あれ、開いた時にはかならず警備室に知らされるように出来てるんだ。お前らがアホみたいにはしゃいでる間に、余裕でここまで来れたよ。

 やれやれ。今日はやっぱり厄日だぜ。」

「……もうこうなったら仕方ないわね。フェンリル!チェン!やっておしまいなさい!」

「どこの黄門様だよまったく……」

 ぼやきながらも戦闘態勢に入るチェン。フェンリルも再び砕魔剣を空間から取り出し、構えをとる。

「いいですねぇ。やはりそう来なくては。」

 元部もやけに嬉しそうだ。何かやるつもりなのだろうか?

「ほぅ、ヤル気か。ならこっちも本気出させてもらいましょうか!」

 ケイジが咆える。紅蓮側は総勢22名。対してあちらはたったの4名。数だけなら絶対に負けるわけがなかった。

 

 

 

 

【第15章】

 

 

「こんなこともあろうかと、戦闘用の準備をしておいてよかったですよ。」

 元部はそう言いながら、ポケットからリモコンのようなものを取り出した。

 ボタンを押す。

 すると直後に地響きが鳴り響いた。

「何だ!?何が起こってる?!」

 慌てる警備員たち。

 しかし慌てているのはツインテールたちも同じだった。

「ちょっとドクター!一体何したのよ!」

「見ていれば分かりますよ。何、貴女に危害は及びませんから安心していて下さい。」

 次の瞬間、地下保管庫の壁を突き破って現れたのは、全長十数メートルの鋼鉄の巨人。レイヴン・ウォーカーだ。

 どうやら外からこの保管庫まで、コンクリートを突き破ってやってきたらしい。

『なっ!!!』

 元部以外の全員の声がハモる。まったく、非常識にもほどがある。

 皆が一様に唖然としている中で、元部だけが平然とレイヴンに近づき、流れるような動作でそれに乗り込んだ。

「!!」

 ここにきてようやく自分を取り戻したケイジが命令を下す。

「撃て撃て!ぶち壊せ!!」

 しかし時すでに遅し。元部の操るレイヴンは起動を開始してしまっていた。龍王ハンドキャノンのフルオート射撃が警備員たちに襲い掛かる!

 そこは阿鼻叫喚の地獄絵図。元々対ウォーカー用の武装である。人間など、当たれば一発でミンチになってしまう。腹を撃ち抜かれて胴体がもげる者、頭蓋をかすめて頭を失う者、半身の骨がバラバラになる者。ついでに辺りの調度品などもメチャクチャに破壊されていく。

「ああ!バカ!もったいない!」

 ツインテールが嘆くが、もう遅い。カウンタックにもいくつも大穴が開けられ、もはや鉄屑同然である。

「!!わたしのランボルギーニ・カウンタックが!!おのれ赦すまじ!全員真っ二つにしてくれる!」

 突然キレだす元部。

「ちょっと待て、やったのはお前じゃ……」

「問答無用!!」

 怒りに我を忘れた元部には、ケイジの突っ込みも効かなかった。いや、聞く耳持たなかった。弾切れになったハンドキャノンを捨てると、アルゴンガス・レーザーブレードを抜き放つ。

 直後、元部の視界のモニターが突然砂嵐に変わった。

「!!カメラをやられたか!」

 どうやら紅蓮側にはかなり腕のいいカブトワリがいるようだ。動き回るウォーカーの頭部にある小さなカメラを、拳銃で狙って壊すのは至難の技である。あるいは何百万分の一という偶然だったのかもしれないが。どちらにせよ、こうなってしまってはもうレイヴンは使えない。興が殺がれた。

「まぁいいでしょう。有象無象はあらかた蹴散らしましたから、後のことは任せましたよチェンさん。」

 見れば紅蓮側にはもう数名ほどしか動ける人間は残っていないようだった。確かにこれなら何とかなるかもしれない。

「ようやく俺の出番かよ。」

 両手の指を鳴らしながら、チェンが前に出てくる。

 そのチェンに向かって、先ほどレイヴンを停めたカブトワリが銃を撃つ。

 しかしその弾丸をチェンは、あろうことか素手で受け止めた。

「一応カブトなんでね。銃弾を弾くのはお手の物さ。」

 確かにカブトの中には飛んでくる銃弾を弾き落とすことのできる者がいる。しかし、それを素手でやってのける者はN◎VA広しといえどもそうそういるものではない。

「なっ!」

 慌てて次の弾丸を放つも、銃弾は1発目と同じ運命を辿る。

「それじゃぁこっちから行くぜえ!!!」

 掴んだ銃弾を捨てると、チェンは駆け出した。カブトワリに向かって拳を振りかざす。

 しかしその拳はカブトワリに届く前にケイジによって受け止められていた。

「相手は1人だけじゃないんだぜ!」

「それはこちらも同じことだ。」

 いつの間に回りこんだのか、ケイジの背後からフェンリルの剣が襲い掛かる。

 それに触発されたかのように、残った警備員たちも行動を開始し始めた。

 

 かくて乱戦が始まった。

 

 

 

 

【第16章】

 

 

 ブォン!

 

 砕魔剣が宙を薙ぐ。

「おっと、危ねぇ。」

 フェンリルが挨拶替わりに振るった一撃を、軽口を叩きながら避けたケイジ。

 しかしそのケイジに、踏み込んできたチェンの一撃が入った。

「かはっ!」

 吹き飛ぶケイジ。そのまま1人を巻き込み、壁にめり込んだ。

「まず2人!」

 紅蓮側の残りは3人。

 散発的に拳銃を撃ってくる警備員たちに対して、チェンとフェンリルの2人は猛然と襲いかかった。

「ちぇすとぉおお!」

「がぁあああああ!」

 1人を吹き飛ばし、1人を薙ぎ払う。

 残り1人。

 そう思った瞬間、チェンの足元がすくわれた。

「!!」

 チェンの足を払ったのは、ケイジの振るったトカゲの尻尾だった。最初のチェンの一撃で肋骨の2、3本は折れていたが、ヒルコならではの再生能力で、今ではすっかり回復している。

「このままやられたんじゃぁ後で上司に怒られちまうんでな!

 撃て!」

 最後に残ったカブトワリがチェンに狙いをつける。チェンの体勢は完全に崩れていて、今さら避けることも受けることもできない死に体になっていた。

 

 ――まずい!!

 

 が、引き金を絞ろうとしたその瞬間、拳銃に違和感を感じたカブトワリは慌てて銃を離す。

 

 カシャーン

 

 カブトワリの手を離れた拳銃は、床に落ちるとガラスのように砕け散った。凍っていたのだ。

 銃を凍らせたものの正体は、フェンリルの術である。あのまま拳銃を握っていたら、手も一緒に凍り付いているところだった。

「勘がいいな。さすがだ。」

 敵ながらフェンリルは称賛を禁じえなかった。

 カブトワリは、落ち着いて予備の拳銃に手を延ばす。

「背後がガラ空きだぜ!」

 そこに体を反転して体勢を立て直したチェンが飛びかかる。いや、正確には飛びかかろうとした。

「お前の相手はオレだろう!」

 再び伸びたケイジの尻尾が、チェンの右足を絡め取る。

「くそっ!」

 そのまま尻尾の力で投げ飛ばされた。受け身を取ったためダメージは大した事はない。が、せっかくのチャンスが台無しだ。

 あのトカゲ野郎は邪魔だ。

 絶対、ぶっ飛ばす。

 

 

 

 

【第17章】

 

 

「ぉおおおおおおあああ!」

 フェンリルは再び咆えた。

 こちらの獲物は背丈ほどもある大剣とはいえ、拳銃ほどの射程はない。加えて相手カブトワリは凄腕だ。先刻ドロイドを相手にした時のように銃撃をかいくぐるのは難しいと言えた。

 しかし自分は死国還りだ。その難しいことをやってのけるだけの自信が、フェンリルにはあった。

 術式第五、第四開放、脚力強化――猿飛!!

「ぐぉぉおおおお!!!」

 あたかも空間を超越したかのような跳躍を見せ、死国還りがカブトワリに肉薄する。

 フェンリルの一撃は、カブトワリを、遮蔽に使っていたランボルギーニ(だったもの)ごと薙ぎ払った。氷狼の牙は全てを凍らせ、周囲に雪と鉄屑を舞い散らせる。

 だがその中に血飛沫はなかった。

 カブトワリは砕魔剣に向かって全弾丸を撃ち込み、その剣筋を変えていたのである。結果、砕魔剣はカブトワリの身体には触れず、直前の床面を削るに留まったのだ。

 攻撃も一流なら、防御も一流か。やるな。

 しかしフェンリルは慌てない。

 術式第三、第二開放、腕力強化――修羅!!

 鉄塊と呼んでもよいその巨大な剣を、無理矢理魔力で強化した腕で制御し、カブトワリに向かって叩き込む!

 対するカブトワリは、撃ち尽くした銃を捨て、予備の予備の拳銃を抜き出していた。

 相打ちか……!!

 2人の視線が交錯する――

 

 チェンとケイジ、2人は共に素手での戦闘を得意とするタイプだ。互いの技量はほぼ互角。技の完成度で言えばチェンのほうが上、しかし手足に加えて尻尾も使えるケイジは、それを補えるだけのアドバンテージを持っていた。先ほどから、チェンがケイジを追い詰めるも、ケイジの尻尾によって体勢を崩され、止めを刺すには至らない、という場面が何度も続いている。このままでは埒が明かない。チェンは最後の手段に出ることにした。

「さあ、仕切り直しと行きましょうや!!」

 ケイジの掛け声に、再び構えをとる2人。

「そろそろ本気を出すぜ。」

 チェンは丹田に力を込める。

 今までの雰囲気と違うことに気付き、ケイジが身構える。

「気功砲!!」

「!!」

 というのは口から出任せで、実際に放ったのはコショウ袋だった。

「なっ!!ゴホッ」

 喉はともかく、目をやられたのは痛い。とりあえず毎度のように尻尾で足払いをかけようとする。

 

 ブチィッ

 

 しかし、その尻尾はチェンの手刀で断ち切られてしまった。さすがに何度も同じ動作を繰り返していれば手の内もばれる。しかも気を溜めていたのは本当で、手刀は刃のように鋭かった。

「言ったろ!本気出すって!」

 そのまま最後の一撃を思い切り喰らわす。チェンの拳がケイジの顎にクリーンヒットする。ケイジはぶっ飛ばされた。

 勝負あり。

 

 そういえばもう片方の勝負は?

 そう思ってフェンリルの方に振り向くと、丁度カブトワリと相打ちになる場面だった――

 

 カブトワリを叩き切ったフェンリルは、自分が致命傷を負っていないことに驚いた。

 確かにカブトワリの銃はこちらを向いていた。あの凄腕がそこから狙いを外すとは考えにくいが…。

 そう思い、上半身と下半身に分かたれたカブトワリの死体に目をやる。

 果たしてカブトワリの握り締めていた銃には、ランボルギーニの破片が刺さっていた。それで引き金を引くことができずに死んだのか……。銃は最初の一撃の時どさくさで壊れていて、それを抜いた時点でカブトワリの負けだったのか。いや――

「俺がやった。」

 チェンがこちらに向かって歩いてくる。

 そう、相打ちの場面を目撃したチェンが、咄嗟に拾った破片を投げて銃に命中させたのだ。

「すまんな。恩に着る」

「借りを作っちまってたからな。借りっ放しは性に合わないんで、返しただけだ。」

「別に貸しを作ったとは思っていない。戦場で仲間を助けるのは当然の行為だ。」

「へっ、言うねぇ。」

 

 出会ってからずっといがみ合ってきた2人だが、ここに来てようやく互いを認め合ったのだった。

 

 

 

 

【第18章】

 

 

「さあさあ、仕事はまだ終わってないわ。」

 戦闘中ずっと隠れていたツインテールがようやく出てきた。パンパンと手を叩きながら。しかも偉そうだ。

「確かに。目的はタロットでしたね。」

 コクピットのハッチを開けながら、元部が言う。こちらも何か偉そうだ。

「あのなぁ、戦ってた2人にねぎらいの言葉とかはないのかよ?」

 チェンの言葉に、

「はいはいご苦労様。さぁて、わたしの愛しいタロットちゃんは?」

 ツインテールは聞く耳を持たなかった。

 一気に脱力する。

「あら、何この紙?……封印?」

 タロットの入れられたガラスケースには封がしてあった。何やら呪印のようなものと共に「封印」と書かれている。

「ただのシールね。関係ないわ。」

「待てツインテール、封印を不用意に開けると……」

 フェンリルの静止は間に合わなかった。

 ガラスケースが外され、封印は破られた。

 その瞬間、タロットを中心に黒い渦が巻き上がった!!

「何?!何なの?!!トラップ?!?」

 渦は周囲に広がり、もはや保管庫の中は黒い霧で覆われていた。周囲からはケタケタだのキキキ…だの奇怪な声も聞こえてくる。

「違うな。タロットに封印されていたアヤカシたちが開放されたんだ。」

 フェンリルが解説する。

「アヤカシが?あの人外の?」

「信じる信じないは自由だが、この状況を見たら信じざるを得ないと思うが。」

「ちょっと!そんなの聞いてないわよ!」

「聞かなかったのはお前自身だろう?それに、調査不足でもあったな。」

「そんなマヤカシ信じるほうがバカじゃないの?!知らないわよ!!」

「マヤカシではなくアヤカシだが。」

「どっちでもいいわよそんなの!」

 口論している間にも、アヤカシたちの奇声は徐々に大きく、近くなっていく。ざわざわぞろぞろひたひたと、何かが這いずり回る音も聞こえてくるようだ。

「ちょっとこれはヤバいわね……じゃ、後は任せたから!」

 影化の術で姿を眩ませると、捨て台詞を残してツインテールは逃げ出した。タロットだけはちゃっかり懐にしまっている。元部のレイヴンが開けた大穴から、光の速さで脱出する。さすがは怪盗。逃げ足だけは超一流だ。

「俺たちどうする?このままじゃヤバいような気がするんだが……」

 チェンがつぶやく。それは間違いない。

「では我々も逃げますか。」

 元部が提案する。

「しかしもう遅いようだぞ?すっかり囲まれている。ツインテールはギリギリで逃げ出したようだが……」

 フェンリルはこの状況下でもまだ冷静だ。

「そうですね、ここは強行突破と行きましょう。」

 元部は2人をウォーカーの両手でそれぞれ掴まえる。

「少々荒っぽくなりますがいいですね?」

「ちょっと待った!!」

 チェンの制止も聞かず、元部はウォーカーを反転させる。

「ニトロ準備完了!ブースト、オン!!!」

 

 ヒュゴォオオオオオ!!!

 

「嘘だろぉおおおお!!!!!」

 リムジンの時よりも遥かに強力なGがチェンたちを襲った。そもそもリムジンの暴走を経験していなかったチェンは、この瞬間、気を失った。

 

 

 

 

【第19章】

 

 

 夜よりもなお暗い街の中。ツインテールは走っていた。

 

 ハァ!…ハァ!…ハァ!…ハァ!…

 

 辺りにはネオンサインや街灯もなく、人通りも皆無である。

「ここまで来ればさすがにもう安心かしら?」

 ちらりと後ろを見やりながらつぶやく。

 他の3人には悪いけど、あれはわたしには手に負えない事態だったし、しょうがないわね。ご冥福をお祈りするわ。

 一瞬の黙祷を追え、前を向き直したその時。ズガガガガッという激しい着地音と共に降りてきたのは巨大な黒い影。

 アヤカシたちが追ってきた?!

 慌てるツインテール。彼女はフェンリルたちのような戦闘タイプの人間ではない。見つからないようにしたり、相手の邪魔をしたり、相手から逃げ出すことが得意なだけだ。アヤカシたちに追いつかれたら、その時点で彼女に勝ち目はない。

 しかしツインテールの予想に反して、それは元部のレイヴンだった。

 なんだ、よかったアヤカシじゃなかったのね……

 ほっと胸をなでおろす。

 しかしツインテールはまだ気付いていなかった。彼女の危機はまだ終わっていないことに。

「非道いじゃないですか有坂さん。私たちを放っておいて1人で逃げ出すなんて。」

 そう、ツインテールは彼らを裏切り、1人で逃げ出したのだ。今さら彼女を追いかけてきたということは、彼女のことを赦さない、ということに他ならない。

 元部のレイヴンがずずいと迫ってきた。右手にはチェン(伸びている)、左肩にはフェンリルを乗せている。

 ハッチを開けているため、元部の顔もよく見えた。元部とフェンリル。2人の顔は笑ってはいるものの、しかし目は全く笑っていない。こういう笑みを、鮫のような笑いとでも表現するのだろうか?

 嫌な汗がツインテールの背中を伝っていった。

 これはまずい。

「アハッ、アハハハハ……よかったわね、みんな無事で。わたしも心配だったのよ?」

 とりあえずこちらも笑って誤魔化してみる。

「言いたいことはそれだけですか?」

 全く効果なし。当然である。2人とも、あのような仕打ちにあって、笑って赦すような性格ではない。

「えーと……約束の報酬はちゃんと払うから、ね?……ダメ?」

 さらに1歩迫ってみる。

 ツインテールは苦々しい顔をしながら、断腸の思いでさらに提案する。

「……わかった!!報酬は2倍出すわ!1人2プラチナム!これでいいでしょ?ね?ね?」

 その場でトロンを操作し、指定の講座に振り込んでみせる。

 元部はふぅと溜め息をついた。守銭奴の有坂がここまで追い詰められるとは。少々いじめすぎましたか。まぁ実際3人に被害はなかったわけですし、仕返しも済んだ。ここいらで赦してあげましょうか。

「まぁいいでしょう。皆さんも、それでいいですよね?」

「私は構わん。」

 フェンリルが頷く。チェンは頷けない。

「というわけなので有坂さん。今日のところはこれで許してあげますが。」

 再び鮫のように笑う。

「次はないと思って下さいね?」

 元部は再びレイヴンを駆り、3人は夜の街に消えていった。

 

「助かったぁ……」

 ヘナヘナとその場に崩れ落ちるツインテール。危機は脱した。1人2プラチナム、合計6プラチナムの損失は大きな痛手だ。しかし、アヤカシのタロットを闇市場に流した場合の利益の大きさを考えれば、それは微々たるものになるはずだ。

「うふ……うふふふふ……」

 約束された未来に、ツインテールは笑いが止まらなかった。

 

 

 

 

【aftermission1】

 

 

 やあどうもこんばんは。先ほどはどうも。

 厭ですねぇ、別に戦いに来たわけじゃありませんよ。貴方がたを人類の敵と思っているわけでもないし、仮にそうだったとしても私がどうこうできる問題じゃあありませんから。

 じゃあ何の用かって?

 ふむ、そうですねぇ。1つ提案をしに来た、とでも言っておきましょうか。

 どうでしょう?貴方たちはまだ現世に返り咲いたばかりです。ニューロエイジに溶け込むには、それ相応の準備と協力者が必要なはずです。

 もちろんです。私はその力が十分にあると思っていますし、貴方たちにもメリットになると思いますよ。

 私?もちろん無償ではやりませんよ。報酬は頂きます。

 報酬というよりもギブアンドテイクですか。

 ちょっとした願い事があるだけです。

 貴方がたの封印が解かれたおかげで、この世界の物理法則も少し捻じ曲がってきたようですが。

 そう、境界線があいまいになってきているんですよ。

 だから貴方がたが存在できるし、今まで滅多に起こらなかった出来事も、これからは比較的頻繁に起こるようになるでしょう。

 その現象を解明、利用するのに一役買ってもらいたいというわけですよ。

 そうです。

 よろしければ……そうですか、それはよかった。

 ではお互いにギブアンドテイクということで。

 

 ……変わっている?私が?

 いいですねぇ、それは最高の褒め言葉ですよ。

 (イカ)れてるくらいが素敵(イカ)してるって、云うじゃありませんか。

 

 

 

 

【aftermission2】

 

 

「ぶはぁ!」

 全てが終わり、ビルが静かになったころ。ケイジはようやく瓦礫の中から起き上がった。

「全く、死んだフリも楽じゃないぜ……」

 そう、ケイジは死んではいなかった。ヒルコの生命力は伊達ではない。ちなみに、切られた尻尾も再生済みだ。

 ただ、チェンに殴られた後に一度仮死状態になっていたのも確かなのだが。

 その後目が覚めたのは、黒い渦が部屋中を渦巻いていた頃だった。

 保管庫には1人の人影がまだ残っており、黒い影たちと何やら会話をしているようだった。

 どう見てもこの世のものとは思えない影たちを相手にしているというのに、その人影は堂々としたたたずまいで、何やら交渉に成功したようだったが……。

 ケイジはその影たちが恐ろしくて日和見を決め込んでいたのだった。

 そしてやがて人影は去り、黒い影も徐々に散り散りになっていった。そこでようやく生きた心地がしてきたのである。

 

 ピルルルル ピルルルル

 

「もしもし、ボス?」

 上司からである。

「ああ、このビルはもうダメです。ウォーカーなんかに暴れられたら、そりゃ人間じゃ歯が立ちませんよ。

 ええ、失敗です。申し訳ありません。

 え?今度は暴動の鎮圧?

 ちょっと待って下さいよ。休暇を下さい。

 勘弁して下さいよボス……」

 

 ケイジの休みが来る日は遠い。

 

 

 

 

【終章】

 

 

 元部敦盛は、今日も今日とて高機動研究所の地下ラボで自分の研究に没頭していた。地上のジャンク屋は助手であるドロイドに任せてある。昔は作業中に客がきて、その応対に貴重な時間を削られてしまうということがあったが、今はそういったことはない。

 そのはずなのだが……

「所長~、お客様ですよ~。」

 ドロイドがラボに入ってきた。はて?

「ミディ、留守ということにしておけ、と云っておいたしたはずでしょう。」

「ぇー、でも、有坂さんが『大丈夫、所長には怒られないようにしてあげるから』って……」

「彼女ですか……やれやれ。」

「ハァイ、ドクター。元気してる?」

 手をひらひらさせながら降りてくる人物が1人。黒髪黒目の色白美人、ツインテールその人である。

「ちょっと、そのドロイド、随分と性能が上がってるじゃない。驚いたわ。

 ハッキングも無理だったみたいだし、おかげで説得するのに時間がかかっちゃったわー。」

 そう、前回と同じようにドロイドにハッキングを試みたツインテールだったが、トロンのシステム自体が異質のもので、ツインテールでも歯が立たなかった。こんなことは初めてである。

「そうでしょうそうでしょう。苦労しましたよ。とあるツテから技術を拝借しましてね。ミディ、彼女にお茶でもお出ししなさい。」

「は~い。」

 元部は、自慢のドロイドを褒められて少々ご機嫌のようだ。

 どうやらミディと名付けられたらしいドロイドは、パタパタと奥へと駆け出していく。

「本当に驚きだわ。超AIでも入ってるの?」

「まぁ、似た様なものですよ。それより有坂さん。あまりウチの子に余計な事を教えたりしないように。

 それと、今日は何の用ですか?」

「そうそう、またあなたに仕事の依頼をしようと思って。」

 また面倒を押し付けようとしているな、というような顔で、元部が答える。

「またですか。こないだの仕事で、随分と儲けたはずでしょう?」

「それがねぇ……マージンやら何やらで、結局そんなにお金にはなってないのよ。」

 これは嘘である。実際にはかなりの金額になっているはずだった。

「それにね、まだまだ全然わたしの目標金額には達してないの。言ってなかったっけ?100万プラチナム集めるのが夢だって。」

「はて、そんなことを云っていましたかね?」

「まぁいいわ。とにかく、今度狙うのはブックメーカーの金庫よ。前回の仕事の時に使った電子キー、あれがなかなか性能が良くてね。また作ってもらえないかしら?」

「嫌ですよ面倒臭い。それに、前回の仕打ちを忘れたわけではありませんよ?」

「何よぅ、あれはもう水に流してくれたんでしょ?

 あ、分かった。自信がないんでしょう?

 そうよねー、前回は個人所有のビルだったけど、今回はもっと大きな組織のものだもの。セキュリティも強固だわ。それを破るものの開発なんて、下町のジャンク屋であるあなたには無理だったかしら?」

「挑発には乗りませんが、無理とは云わせません。その気になれば600秒で作り上げてみせようじゃありませんか。」

 しっかり挑発に乗せられている元部である。

「アハハ、そんなに急がなくてもいいから。計画はまだ1月ほど先よ。ま、ゆっくり作って頂戴。」

 丁度その時、ミディが奥からお盆を持って戻ってきた。

「どうぞ~。粗茶ですが。」

「あら、ありがとう。いい子ね~。」

 ぐりぐりとミディの頭を撫で回すと、えへへとはにかみ笑いをした。そのしぐさは、思わず抱きしめたくなるほど可愛かった。

 肝心のお茶の味のほうは……まだまだのようだったが。

「じゃ、これが今回のキーの認証パターンよ。それで、この部分が……」

「なるほど、そうすると今回のシステムパターンは……」

 元部とツインテールの会話を横で聞きながら、ミディは2人ともすごいなぁと感心していた。その背中には、前回はなかったネコ尻尾がゆらゆらとゆれている。

 

 アヤカシの封印が解かれ、世界は変わった。しかし、変わらない日常もある。

 ポカポカと暖かい昼下がりの午後。高機動研究所は今日も平和だった。

 
 

 
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