No.313073

レッド・メモリアル Ep#.09「キル・ボマー」-2

キル・ボマーというテロリストがWNUA側の国に侵入。エンサイクロペディアという兵器を管理するチップを巡って、リー達とキル・ボマーの激しい抗争が展開します。

2011-10-05 14:35:18 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:973   閲覧ユーザー数:266

 

「チップはどうした?リーは?トルーマン少佐は無事なのか?」

 《プロタゴラス空軍基地》のテロ対策本部にゴードン将軍の声が響き渡った。本部の画面の中央部には、リーがテロリスト達の襲撃に遭ったと思われる現場の映像が流れてきていた。

 住宅地の真っただ中。所々に火の手が上がっており、何かの爆発が起こったようだ。乗用車の一台が住宅の中に突っ込んでおり、そこに次々と駆け付けている軍の応援。

 日ごろは閑静な住宅地である、オクタゴン住宅地も、たった今はさながら戦場のような様相を見せていた。

 《プロタゴラス空軍基地》に向けて、通信が放たれる。

(トルーマン少佐を発見しました!負傷している模様です!)

 と、応援の部隊員が言い、住宅の庭先で倒れているリーの体を起こしていた。リーはどうやら爆発か何かに巻き込まれたらしく、着ているスーツが焼け焦げて、頭髪も塵尻になってしまっている。

 部隊員の一人がリーの体を起こすと、彼はすぐに目を覚ました。

(奴らはどうした!チップは!)

 目を覚ましたばかりのリーは、意識がはっきりとしており、どうやら無事なようだった。とりあえずゴードン将軍は胸をなでおろす。

「リー。チップはどうした?」

 だが、安心するわけにはいかない。肝心のチップをリーが保護していなければならないのだ。

 リーは周囲を見回した。だがどうやら、チップは手元にないようである。部隊員がリーの手前まで通信用カメラを持っていき、彼の落胆したような表情が露わになった。

(ありません。チップはどうやら持ち去られたようです)

 リーのその言葉に、対策本部に失望の色が広まった。だが、ゴードン将軍はすぐに頭を切り替え指示を出した。

「付近に検問を張れ。テロリスト達はまだそれほど遠くへは行っていないはずだ。オクタゴン住宅地に出入りする、全ての車、交通機関を封鎖し、徹底的に洗うんだ!」

 ゴードン将軍のその言葉に、テロ対策本部にいる面々はすぐに行動を始めた。中央ディスプレイに集まっていた集中した視線が、再び慌ただしく動き出す。

「これで、4つの内、3つのチップがテロリストに?」

 ゴードン将軍の後ろから見守っていたセリアが言った。

「セリア。まだいたのか?そろそろ警備を呼んで、お前を連れ出してもらう事になるぞ」

 苛立った声でゴードン将軍が言った。

「トルーマン少佐に大切な話があるのよ」

 と、ゴードンの目をしっかりと見据え、セリアが言う。

「ああ、そうか。事件が解決したら、ゆっくりと話すといい。今はそれどころじゃあない」

 ゴードンはそう言うなり、再び中央ディスプレイに映っているリーの方へと注意を向けた。

「テロリスト共の正体は分かったか?」

 通信機越しにゴードン将軍は言う。リーは身を起こすとすぐに行動を始めた。だが体がふらついており、今にも倒れそうだ。

 しかしリーは部隊員に伴われ、すぐに次の行動に移ろうとしている。彼のチップを守り切れなかったという責任感が彼を動かしているのだろうか?

(テロリストの正体は不明ですが、『キル・ボマー』かと思われる人物が一緒にいました。行動を共にしているようです)

「『キル・ボマー』だと?」

 ゴードン将軍はリーに確認を取るかのように言った。

(ええ。奴は間違いなく『能力者』です。私に攻撃を仕掛け、チップの入ったスーツケースを奪っています。ただちに追跡を)

 と、言いつつ、リーは自分の頭に通信機を装着しようとしている。たった今、攻撃を受け、爆発に巻き込まれたばかりだと言うのに、まだ任務を続行しようと言うのか。

 ゴードン将軍は行動しようとするリーを制止するかのように言った。

「ああ、分かった。だが、そこは応援部隊に任せておけ。お前はすぐに戻ってこい。これは命令だ。今のお前が言ってもテロリスト達に立ち向かえるか分からんぞ」

 ゴードン将軍がそのように言うと、しばしの間、リーは考えたようだった。そしてゴードン将軍に言った。

(分かりました。すぐに戻ります)

 リーのその言葉は、感情が欠落したかのように無機質な響きを持っていた。

 リーはテロリスト達を追跡する部隊員達の乗る、軍用のトラックではなく、基地に戻ってくる方のトラックへと乗り込んだ。

 チップ回収に先走る彼を制止させたゴードン将軍、だが彼の元に、更に連絡が入り、息つく間を与えない。

「マクルエム捜査官が戻って来ました。チップと、マティソン将軍は無事に保護したようです」

 軍の上級職員がゴードン将軍に言ってくる。

「ああ、分かった。チップを直ちに分析にかけろ」

 ゴードン将軍がそう言った直後、向こう側からデールズがやってくる姿があった。彼は大事そうに一つのスーツケースを抱えてきている。

「ゴードン将軍」

 長身のデールズが抱えてきたスーツケースは、ゴードン将軍達が思っていたよりも、小さく見えた。

 そんなスーツケースが本当に国の安全に関わる機密を担うものなのか。と、ゴードン将軍は顔をしかめた。

 デールズはスーツケースを、ゴードン将軍に差し出した。

「それが例のチップか?マティソン将軍は無事なのか?」

 スーツケースを受け取ると同時にゴードン将軍は尋ねる。すると、デールズは横にどいて、テロ対策本部入り口付近にいる初老で小柄の男を指示した。

「ええ、あちらに」

 それこそ、マティソン将軍だった。彼はデールズによって所持していたチップと共に保護されこの場へとやってきた。数人の軍から派遣されたボディガードに囲まれた彼は、物々しい様相を見せている。

「マティソン将軍!」

 ゴードンはそのように言ってマティソン将軍の元へと近付いていく。

「ゴードン将軍。チップは受け取りましたかな?」

 と、マティソン将軍は何事も無かったかのようにゴードンに尋ねた。彼は着の身着のままこの場にやってきたようで、軍服を着ておらず、Yシャツとクローゼットの中に入れたままにしていたのか、簡素なスーツだけと言う姿をしていた。

「はい。こちらに」

 ゴードン将軍はデールズから受け取ったチップを見せつける。すると、テイラー将軍はそれを確認した。

 彼はどうやら、チップがゴードン将軍に渡った事で安心したようだった。だが、口調は素直に安心したわけではないようだった。

「それは、本来ならば外部に漏れるわけにはいかない機密情報なのですけれどもな。事が事だけに、こちらで管理をして欲しいと思います」

「え、ええ分かりました。マティソン将軍は引き続き、こちらにて保護を受けて頂きたい」

「ええ、保護して下さる事を感謝します」

 とマティソン将軍は、再びボディガード達に伴われ、テロ対策本部を後にするのだった。

 その時、マティソン将軍は自分の手にしていた携帯電話を操作していたが、皆の注意はデールズが持ってきたチップに向かっていたため、誰もそれには気が付いていなかった。

「デールズ。さっそくこのチップを分析にかけるぞ」

 ゴードン将軍はそう言って、デールズを伴って、チップの分析を始めるのだった。

 一方、軍事機密の入ったチップの4つの内、3つを手に入れた『キル・ボマー』は、車を乗り換えて、《プロタゴラス》市内のある場所へと向かっていた。

 そこは工業地帯の中にある目立たない倉庫の一つとなっており、『キル・ボマー』と、その仲間達が動く、アジトとなっていた。

 『キル・ボマー』達がトラックで乗り付けると、倉庫の扉は仲間達が開き、トラックは倉庫の中へと入っていく。倉庫の中はすでに多くの部下達がおり、『キル・ボマー』と彼が持ってこようとしていたチップの到着を待ちわびていた。

 チップは『キル・ボマー』の手に1つ。そしてアジトにすでに2つ用意されている。それらを用意された解読機で4つ同時にスロットに差し込むことでデータを読み取ることができるようになっていた。

 チップは1つでも欠けていると機能しない。4つ揃うことで初めて中のデータを見ることができるようになっている。

「チップは手に入ったか?」

 『キル・ボマー』がアジトの中に入って行くなり、仲間の一人が彼に言って来た。

「ああ、ここにある」

 車から降りていくなり『キル・ボマー』は仲間にチップの入ったスーツケースを見せつけて言うのだった。

 スーツケースはすぐに仲間の手に渡った。彼がその中からチップを取り出して分析にかけている。3つだけでは、中身を読み取ることはできないが、それでもチップの真偽を確かめることはできる。

 『キル・ボマー』は周囲を見回した。ここには、あの方が送り届けた強襲部隊と、『タレス公国』国内でひそかに結成された、『グリーン・カバー』の残党部隊が結束を組み、誰にも知られることなく軍隊を作り上げている。

 『タレス公国軍』にも、政府にも知られることなく結成された部隊は、国内国外から持ち運ばれた兵器を手に取り、あの方の為に国内で活動を続けるのだ。

 倉庫の中にはすでに無数のマシンガンを初めとする弾薬類、ロケット砲が備え付けてあった。中には、装甲車も2台置かれている。

 これだけあれば、次の作戦は成功するだろう。

 『キル・ボマー』は倉庫の中に続々と集まってくる、あの方の兵士を見まわしながら、チップの分析を担当している仲間の元へと向かった。

「どうだ?調子は?」

 と、『キル・ボマー』は尋ねる。すると、仲間は振り向いて言って来た。仲間の周りにはコンピュータデッキが置かれており、チップを分析することができる機器もある。スロットの中にチップを差し込めば、中のデータを読み取ることができるようになっているためだ。

「ああ、確かにこれは本物のチップだ。これで、残り一つになったな」

 『キル・ボマー』はほっと胸を撫で下ろした。あれだけ苦労して手に入れたチップが偽物だったら、あの方のお怒りを買ってしまう。だが、本物ならば何の問題も無い。

「残り一つはどうなっている?」

 『キル・ボマー』がチップの分析担当の仲間に尋ねた。

「もうすぐ届くころだ。そうしたら次の計画を実行することができる」

 分析担当の仲間も、何の問題も無いというように言ってくる。

「そうか、神の鉄槌が」

 『キル・ボマー』はそう呟いていた。

「マティソン将軍から、『エンサイクロペディア』関連資料の閲覧の許可が下りた」

 ゴードン将軍はそのように部下達に言い、一つのファイル片手にテロ対策本部の中央部へとやってきた。そこでは多くの局員達が忙しく動き回っている。

 その中で、依然としてコンピュータデッキの前で、前に進まない画面と睨めっこしている、一人だけ軍の服装をしていない女に、ゴードン将軍はファイルを差し出した。

「これが、アクセスコードだそうだ」

 ファイルを差し出され、フェイリンはそれを目をぱちぱちさせながら見た。

「そう。この計画のデータに入ることができたのは君だけだからな。早くアクセスコードを打ち込んでみろ」

 ゴードン将軍に言われるがままに、フェイリンは並んでいる枠の中にアクセスコードを入力していった。

 するとやがて、アクセス許可の表示が出て、

 フェイリンが何度試してみても開かれなかったトップページはアクセスでき、そこには様々なデータが表示される。

「これは」

 そこには様々な兵器の概要が載せられていた。細かいデータはチップの中身を見なければ分からないのだろうけれども、そこには、プロジェクトの途中経過の報告書や予算などの報告が掲載されている。

 中には写真もあり、そこには多くの兵器の写真が載せられていた。

「開けたのか?見せてみろ」

 フェイリンの閲覧している画面を見て、ゴードンは身を乗り出してくる。彼はフェイリンの閲覧している画面の端をつまみ、それを引き寄せることで、自分の手前の空間へと画面のコピーを持ってきた。光学画面の技術がなせる業だ。

「新型兵器か。なるほど。広範囲電磁パルス照射装置、生物化学兵器、こんなものまで、この基地で開発をしていたのか?私は何も聞かされておらんぞ。それに何だ?これは、核兵器に、中性子爆弾だと?」

 ゴードン将軍の顔に危機感が募る。

 こんな兵器をテロリスト達が求めていたとは。もしこの兵器類の一つでもテロリストに渡ってしまうような事があったら、大惨事を引き起こすだろう。

「マティソン将軍をすぐ会議室に。ファラデー将軍も一緒の場につけるか?」

 ゴードン将軍は上級職員にそのように言って、即座に会議室のセッティングをするようにした。

 

 ものの数分の後、会議室には、ゴードン将軍とテロ対策本部にいる上級職員達、更には『エンサイクロペディア計画』のページにアクセスしたフェイリン。今だこのテロ対策本部にいるセリアがやってきていた。

 会議室自体は無機質な部屋でしかなかったが、この部屋の前面には光学モニターを設置することができるようになっている。

 画面はさながらその更に向こう側にも空間を作り出せるかのようになっており、世界中のどの場でもアクセスする事ができる。

 現在、この会議室が繋がっている場所は、デールズによって保護された、マティソン将軍のオフィスと、ファラデー将軍を護送中の車の中だった。

(チップの回収に失敗。4枚中、3枚のチップが奪われただと)

 ファラデー将軍は自分の保持していたチップが奪われた事に、心底立腹しているようだった。

(これが、どれだけの軍の機密漏えいになっているか、分かっていますかね?)

 画面の向こう側からファラデー将軍が言ってくる。

 だが、軍で同階級にいるゴードン将軍は、そんなファラデー将軍をなだめようとする。

「現在、軍の総力を持って、チップの発見と回収に当たらせております。それは同時に、この一連の事件を引き起こしているテロリスト達の摘発。そして、目的も明らかにするものです」

「チップは4枚揃わなければ機能しません。問題ないのでは?」

 と、会議室の中にいたデールズが言った。

「チップは4枚中3枚だけでは機能しない。それは確かな事ですかな?マティソン将軍に、ファラデー将軍」

 と、ゴードンは画面越しに2人の将軍に尋ねる。

 すると答えてきたのはマティソン将軍の方だった。

(チップが3枚だけでは絶対に情報を読み取ることはできません。そちらの方で回収したチップ一枚が奪われるような事が無い限り、情報を読み取ることはできないでしょう)

「チップの中には具体的にはどのような情報があるのです?」

 ゴードン将軍が二人の将軍に尋ねた。

(そちらで確認なさった、『エンサイクロペディア計画』の概要よりも、遥かに詳細なデータが記されております。現在の兵器の所在地。設計図。更には、起爆コードなどもチップの中に記載されています)

 すかさずゴードン将軍は尋ねる。

「例えば、核兵器や、中性子爆弾のですか?」

(概要で読みましたか?ええ、中性子爆弾の起爆コードもその中に記されています。ですが、その爆弾があるのは、この基地の地下深くですよ?核シェルターの中に保存されており、テロリストなどに奪われるものではありません)

 と、マティソン将軍が言って来た。

「中性子爆弾が、この基地の中に実在するのですね?」

 ゴードン将軍は更に尋ねた。すると、マティソン将軍、ファラデー将軍共にその首を縦に頷かせる。

「直ちに、お二人には兵器開発部門の警備を強化していただきたい。テロリスト達がその場にある兵器を奪う事が万に一つの可能性しか無いにせよ。油断する事はできませんからね。私は奪われた3枚のチップの回収に全力を注ぎましょう」

(経過報告は随時)

 ファラデー将軍が護送中の車の中から言って来た。

「ええ、承知しております」

 ゴードン将軍がそう言った所で二人の将軍との通信は切れた。

「聞いた通りだ。我々はテロリストに奪われた3枚のチップの回収に全力を注ぐ」

 会議室にいるテロ対策本部の部下達を一瞥し、ゴードンははっきりとした口調で言った。だが、局員達はゴードンの言った言葉に頷くよりも、重い表情を浮かべている。

「何だ?一体どうした?」

 ゴードンがそう言うと、一人の上級局員が立ちあがり、言ってくる。

「中性子爆弾とおっしゃいましたが、そのようなものが?この地下に?」

 その局員は非常に陰鬱な表情を浮かべている。まるでその中性子爆弾がこの場で使われてしまったかのような面持ちだ。

「ああ、『エンサイクロペディア計画』の中にその兵器に記述があった。つまりこの基地の地下に実在する事になる。計画の概要によれば、計画段階や開発段階などではなく、兵器として機能する形で実在している。

 国に管理されている核兵器は、潜水艦や空母で常に動いているが、この爆弾だけは異動させずに置かれている。軍は国にも隠して兵器開発を行っていたようだ」

 ゴードンは言った。

「しかし中性子爆弾は、もう何十年も前に開発を停止した、旧時代の兵器なのでは?」

 上級局員の一人が、会議室に響き渡る声を上げて言った。

「ああ、その通り。だが、マティソン将軍がよこした記述によると、新型中性子爆弾と言う記述がある。おそらく前世代に開発されていたものよりも、より洗練されたものなのだろう。それでも、十分に古い兵器ではあるがな」

「まさか、それをテロリスト達が狙っている?」

 上級局員の一人が声を上げた。

「今のところは何とも言えん」

「チップは1枚こちらにあります。ですから、まったく持って問題はないでしょう。チップは4枚揃って初めて機能するんです」

 と、デールズが他の局員達を制止するかのように言った。

 すると、ゴードン将軍が彼の言葉に賛同するかのように言ってくる。

「ああ、そうだ。問題ない。しかし問題はテロリスト達がこのチップを入手して何をしようとしていたか、だな」

「現在極秘開発中の兵器を狙ってテロ攻撃を仕掛けようとしてきていたのでは?」

 セリアがゴードンの背後から言った。

「まだいたのか?セリア?お前はもう上がっていい。ご苦労だったな」

 門前払いをするかのようにゴードン将軍はセリアに言った。

「トルーマン少佐にもう一度話があるんです。それが終わるまでは帰りませんよ」

「だったら、大人しくしていろ」

 と、セリアはまるで相手にしたがらない様子で言うのだった。セリアはゴードンに言われ、少し引きさがる事にした。近くにあった会議室の椅子に座り、事の様子を見守る。

「現在開発中の兵器は、全てこの基地の奥深くで厳重に保管されているんでしょう?襲撃なんて不可能だ。ここはこの国で最も厳重な軍の基地なんですよ」

 今度はデールズが言った。

「ああ、だが、機密情報が漏洩したのは確かだ。テロリストが外国人で構成されている部隊だったとしたら、これは戦争沙汰になりかねん」

 と、ゴードンが言った時だった。突然、閉鎖された会議室の扉が開かれ、そこに一人の男が姿を現す。

 着ていたスーツは所々が裂け、ほこりだらけになってる。顔や体の所々に血が滲み、頭髪は一部が焦げてさえいた。

 そこに立っていたのはリーだった。

「『キル・ボマー』が関わってきているのならば、これはすでに『ジュール連邦』が関係してきているのは確かだ」

「リー。お前。大丈夫なのか?その傷は?医務室で見てもらえ」

 真っ先にリーを気遣うゴードン将軍。だが、リーは構わなかった。

「チップは回収できませんでした。申し訳ございません。即座に部隊を再結集して、チップ奪還に向かいます。私が奪われたチップだけじゃあない。残り2枚のチップもすべて回収し、事を終息へと向かわせます」

「ああ、部隊は再結集し、チップの回収にも向かわせるが、お前は休め。怪我をしているだろう?」

「そういうわけにも行きません。応急処置を済ませて、すぐに回収任務に当たらなければ」

 と、リーは断固として言いつつ、そのままの姿で会議に参加しようとする。

「これは命令だ。お前は…」

 と、ゴードン将軍が言いかけたその時、突然会議室に呼び出し音が響いた。十数人の局員が見ている中、ゴードンはすぐに通話ボタンをオンにして連絡を受ける。

(ゴードン将軍?)

 それは上級職員からの呼び出しだった。

「何だ?」

 半ば苛立った声でゴードンは尋ねる。

(カリスト大統領から連絡が入っています。火急の要件だと言う事で)

 その言葉でゴードンの表情が変わった。言葉も動作も一瞬停止する。少しの間をおいて、ゴードンは答える。

「あ、ああ分かった。会話はここでできるか?」

 呼び出されたくない人物に呼び出されたという表情をするゴードン。彼の心情は会議室にいる者達にも手に取るように分かった。

(はい、直ちに)

 電話連絡を入れた上級職員は、すぐに会議室にテレビ会議ができるようにスタンバイを始めたようだ。

「大統領から?」

 セリアがリーの姿をまじまじと見つめて言った。リーはひどい有様だ。一体どのような修羅場を抜けてきたのかとセリアは想像してしまう。

 だがリーは手近にあった会議室の椅子につき、そのままの姿でテレビ会議に参加しようとしている。彼は今の状況が、治療など受けている暇も無いと判断しているようだ。

 彼の受けた傷は、どうやら擦り傷程度のものでしかないようだったが。

「これはまずい事になったな」

 自分の傷の事など構わないかのようにリーは呟いた。リーがなぜそのように言ったのかは、他の職員達は、暗黙の了解で理解していた。

 即座にテロ対策本部の会議室に、大統領執務室と連絡が繋がる。会議室の壁一面を覆っているスクリーンに、立体映像として、大統領執務室とそこに映る大統領。そして、彼の補佐官や役人が映った。

 ゴードンもリーもそこに映る人物達は全て知っている。

 しかもそこに映る人物達が、どのような事態の時にその場に召集されるのかも知っていた。

「ゴードン将軍。たった今、ゆゆしき事態が発生したと連絡を受けたが?」

 画面に大統領が映るなり、彼はすぐに言って来た。『タレス公国』大統領、カリスト大統領とは、ゴードン将軍は数日前に話したばかりだ。前の時もこうして会議室で立体映像越しの連絡をしていた。

「ここに、こういった連絡が入ってきている。テロリストのバックにいるのは、『チェルノ財団』と呼ばれる慈善団体で、『ジュール連邦』の政府と密接な関係があると。

 『キル・ボマー』というテロリストと『チェルノ財団』、『ジュール連邦』側との関係は明白なのではないかね?これは君達の捜査が出した結論だぞ」

 まるで全てを決めつけるかのような口調で、カリスト大統領は言ってくる。

「そうは言っていません。『ジュール連邦』と『チェルノ財団』との間の関係を決めつけるのも時期尚早です」

 ゴードンはそんな大統領の先走りを、なだめるかのように言った。カリスト大統領は、テロ攻撃を初めとする国内外の事件には敏感だ。しかも強硬派として知られている。

「大統領。もしかしたら、これは陰謀かもしれません。我が国や『WNUA』と『ジュール連邦』との戦争を引き起こさせようという陰謀かもしれません。『チェルノ財団』がテロリストを使い、今回のチップを盗み出したのも、全ては戦争をさせる事が目的かもしれません」

 そう口に出した言葉こそ、ゴードンが危惧している事だった。

「チップ一つ…、四つだったか?ごときで世界戦争をしようとするほど、我が国の政府は愚かでは無い。だが、事はすでに臨界状態に達してきている。もし、これ以上『ジュール連邦』のテロリストからの攻撃が激化した場合、しかるべき報復に出る事は間違いないと思え。私とて世界戦争など望んではおらん。全力を持ってチップを取り戻し、テロリストの関係を洗え」

 大統領は言って来た。戦争、という言葉を突かれ、大統領は身を引いた。さすがに彼もすぐに東側の大国である『ジュール連邦』側との戦争に踏み切りたくは無いようだ。相手は当然の事ながら核保有国であり、味方をする国も多い。

『WNUA』に加盟する他の国との建前もあるため以上に、世界を二分する戦争となってしまう。

「ところで、テロリスト達の黒幕が明らかになったそうだな?何でも、『チェルノ財団』という慈善団体の代表だとか」

 大統領はさらに言ってくる。するとゴードン将軍は、部下の上級職員に目で合図をし、あるものを画面へと表示させた。

 それは一人の男の顔写真と経歴を示したもので、その男の顔写真の奥側に配置するように、あるビルが映っていた。

 ゴードン将軍はその男の写真を表示している画面の前に立つ。

「この男が、今回のテロ活動に加担している事は明白です。名前は、『ベロボグ・チェルノ』。『チェルノ財団』の代表です」

 ゴードン将軍が指し示したディスプレイに移された男は、スキンヘッドが特徴的で、顔は面長。そして、顔彫りが深く、慈善団体の代表という顔では無い。巨人の顔のような姿をしている。顔はしかと写真の先を見つめており、威厳さえ感じられる。

「何故、慈善団体の代表がテロ活動などをするのだ?」

 大統領の執務室にも、別モニターとして男の顔写真が行ったはずだ。大統領はその顔をまじまじと見つめて言って来た。

「動機は不明です。ただ、全ての証拠がその男の元へと向かっています。つまり、その男が、『グリーン・カバー』に援助を行って、テロ活動をさせたと言う事は、もはや明白な事実なのです」

 ゴードン将軍が言った。

「その男をさっさと拘束すれば良いだろう」

 まるで簡単な事でもあるかのように大統領は言ってくる。

「『ジュール連邦』側が、捜査を渋っています。現在、このベロボグという男は行方をくらましており、捜査が難航しているとの事で…」

 と、ゴードンは言うのだが、

「難航しているのではなく。捜査をさせない目的なのではないのかね?自国の関与を疑われる事を恐れているのではないのか?」

「それはどうでしょうか。もし、自国の関与を疑われたくないのなら、隠そうとはしないはずです。些細な情報でも我々に提供してくるかと」

「分かった。『ジュール連邦』の首相には私からも連絡を取るつもりだ。しかし今の国際情勢を考えて、満足な答えが得られるかどうかは分からんぞ」

 本当は自分はそんな事はしたくは無かったという口調で、大統領は言って来た。だが、今の国際情勢を考えれば、『ジュール連邦』側を説得するのは難しいだろう。

 何しろ、相手は『タレス公国』ら『WNUA』側にとってみれば敵だったし、向こう側も敵とみなしているのだ。

 素直に自国民を突きだしたりするだろうか。

「とにかく、君達は全力を持って事件を解決しろ。いいな、物事が今、臨界状態に達しようとしてきている。私とてこれ以上事を大事にしたくはない。何としてでもこのベロボグ・チェルノという男の居場所を突き止め、拘束するんだ。テロを止めさせろ」

「了解しました」

 と、ゴードン将軍が言って来た所で、大統領は向こう側から通信を切ってしまった。

 しばし、会議室の中に流れる沈黙。ゴードン将軍も大統領の言って来た言葉にどう反応したらよいのか分からない様子を見せた。

「相当、焦っているみたいね」

 と、会議室の後ろの方でセリアが言った。

「無理もない。我々の捜査次第では、戦争になるかもしれないんだ。それも、『ジュール連邦』との戦争だぞ。世界が二つに分かれてしまう」

 ゴードン将軍が言葉を絞り出すように言った。

「誰かが、例えば、そのベロボグという男が、自分の国と我々を戦争させる目的でテロを行っているとしたら?」

 会議室でも前の方に座っていたリーが言った。彼はタオルで頭から流れている血を抑えており、白いタオルがどんどん赤い色に染まっている。

 その様相だけでも痛々しいのに、リーはそんな事など構っていないようである。

「ああ、私もそう思えて仕方がない。だが、どちらにせよだ。我々の捜査は進む。何としてでも、このベロボグ・チェルノという男を発見して摘発しなければならない。そうしなければ国内でのテロ活動は止まず、戦争だ」

 ゴードン将軍は会議室にいる面々にそのように言うのだった。

 『キル・ボマー』は大型車の中に乗り込み、仲間たちと共にある場所へと向かっていた。大型車は何層にも外層がコーティングされており、非常に強固な作りになっていた。元々は大型のSUV車だったのだが、『グリーン・カバー』が軍用に作り直し、さながら戦車のような趣になっていた。

 SUV車の内部では、『キル・ボマー』が連れている仲間達は銃火器の手入れを行っていた。マシンガンはもちろんのことながら、ロケット砲なども用意してある。

 5人の部隊がSUV車に詰めており、いつでも飛び出して行けるような準備を整えていた。

 その中で『キル・ボマー』は一人武器を持たず、ただスーツケースの中に入れられたチップを確認していた。

 『キル・ボマー』がスーツケースを開くと、それは4つのチップを入れることができるようになっていた。

 精密機器を保管しておくことができるクッション材に収められたチップは、4つの空きの内3つが埋まっていた。

 チップはどれも同じに見えるが、全てが揃わなければ意味を成さない事を良く知っていた。

 『キル・ボマー』がスーツケースの中に揃えられたチップをチェックしていると、やがてSUV車は止まった。

 そして彼の仲間が車の扉を開くと、そこには別のSUV車がやってきていた。黒塗りのSUV車で『キル・ボマー』が乗っているSUV車と同じ型のものだ。

 その車と出会った事が何を意味しているか、『キル・ボマー』はよく知っていた。

 相手のSUV車から一人の男が現れ、彼は一つの銀色のスーツケースを持っていた。それは、『キル・ボマー』が持っているスーツケースとよく似ているものだった。

「これが、最後だ。我々も同行する」

「ああ、分かった」

 スーツケースを受け取り、『キル・ボマー』は答える。そして素早くSUV車の扉を閉めた。

 再発進するSUV車。その時、彼の胸ポケットの中で携帯電話が鳴った。

 『キル・ボマー』は座っている座席の横にスーツケースを置き、携帯電話に出た。

(最後のものは受け取ったか?)

 電話先からは初老の男の声が聞こえてくる。しわがれた声だが声ははっきりと通っており、威圧感さえ感じられる。

「ああ。受け取った。ここにある」

 『キル・ボマー』はそんな男の声を前にしても、いつもと変わらないような口調をして見せた。

 手を手に入れたばかりのスーツケースの上に置き、その中身を感じ取る。

(よし。ならば全て揃ったな?準備は万端か?)

 男は続けて尋ねてくる。

「ああ、準備は万端だ。今、向かっている。後1時間ほどで到着する予定だ」

 『キル・ボマー』は答えた。

(こちらの手筈は整えてある。だが、若干、面倒な連中が現れてきたようだ。しかし、問題は無い。お前達がそれよりも先に行動することができれば、だがな。こちらはこちらで、準備を進めている)

 しわがれた声で答える男。その口調ははっきりとした意志を持って答えていた。

 

 一方《プロタゴラス空軍基地》のオフィスに保護される形で戻ってきた、ファラデー将軍は、携帯電話に出ていた。

(《プロタゴラス空軍基地》襲撃計画は、万端だ。あとはこの最後のチップを読み込ませて、『鉄槌』のありかと解除コードを知るだけだ)

 電話先に出ている男は、別名『キル・ボマー』と呼ばれる男。

 この男とは、ファラデー将軍は何度も会話をしてきて、今日の為に動き続けてきていた。

「あのチップがコピーされたものだと分かるまでは、それほど時間がかからないだろう。それよりも前にお前達が行動するしかない」

 ファラデー将軍は誰も見ていない、誰にも聞かれていないオフィスで、はっきりとした口調で言っていた。

 『キル・ボマー』はいつもながらのやさぐれた声で答えてくる。最初は不快に感じていた『キル・ボマー』の口調だったが、今では慣れたものだ。

(ああ、そんな事を言わなくても分かっているぜ…。どうせ、あと数時間で終わるんだろう?オレ達の役目はよ)

 こんな男に本当に大役を任せてよいのか。ファラデー将軍は思っていた。だが、今となってはどんな部下よりもこの『キル・ボマー』なる男が役に立つ。それは身に染みて分かっていた。

「我々の役目は数時間で終わる。だが問題は最後の詰めの部分だ」

 ファラデー将軍は答える。

(言われなくても分かっているぜ。だがな、軍基地内に侵入するためには、あんたの手ほどきが無ければできない事だぜ…)

 それは言われなくても分かっていることだ。ファラデー将軍は思った。もちろん『キル・ボマー』を軍基地内に入れるための計画も用意していたし、それは進んでいた。

「お前は何も心配をするな。ただ、あの方に言われたとおりに事を進めていけばそれでいい」

 と、ファラデー将軍は答えた。

(ああ、分かっているぜ…。そっちの方はよろしくな)

 『キル・ボマー』がそのように言うと、電話は向こうの方から切られた。

 軍の将軍たる存在に、何とも不快な口調を取る男。だが、ファラデー将軍は彼こそが計画の為に必要な存在だと言う事は分かっていた。

 彼はしばしオフィスで考えた後、再び電話機を手に取る。

「ああ、私だ。ヘリの用意はできているか?できれば、私の関与が発覚するよりも前にここを脱出したい」

 『キル・ボマー』達を乗せたSUV車は、《プロタゴラス》市内を出ると、一直線にある場所へと向かっていた。

 市外へと出ていくと、家もまばらになっていき、やがて、荒涼とした荒野の中へと出ていく。地平線の彼方も見渡すことができるような大地には何もなく、高速道も何も走っていない、ただ一本の道路が延びているだけだ。

 『キル・ボマー』達は、その大地の中の一つの荒れ果てた建物へと入って行く。そこは鉄のフェンスによって覆われていたが、一か所だけが開け放たれており、そこから彼を乗せたSUV車だけでなく、後ろから5台の車が続いた。

 荒れ果てた建物には、立ち入り禁止、《プロタゴラス空軍基地》所有地と書かれた看板があったが、『キル・ボマー』達の車は構わずその中へと入って行く。

 建物の中は照明さえも備えられていない。中には幾つかの壊れた木箱が転がっているだけだ。打ち捨てられて相当の年月がたっている。だが、使われていたころは、そこが倉庫であったと言う事は分かる。

 だが、SUV車が5台も内部に停車していくと、そこが倉庫であると言う事が忘れ去られてしまうかのようだ。

 倉庫の中心には即席の柵が備えられていた。その柵の周りには2人の男がいる。二人とも軍服を着ていて、マシンガンを持って警戒に当たっていた。

 タレス公国空軍の軍服を身に付けた二人は、空軍基地の警戒に当たる役目を示しているはずだったが、SUV車が来るまで誰もいなかった倉庫で見張りに当たっていたようだ。

 何故この二人が無人の倉庫で見張りを務めていたのか、『キル・ボマー』にはよく分かっていた。

 『キル・ボマー』を先頭にして、SUV車から次々と武装した者達が姿を見せる。皆、何かしらの銃火器を持っており、中にはロケット砲を持っている者もいた。

 全員合わせて30人以上。軍の人間とは異なり、黒い武装をした者達はあまりにも威圧感があった。

 皆、殺気立っており、今にも戦争を始められようかと言う者達が、今まで無人だった倉庫に結集していた。

 『キル・ボマー』は倉庫の中で、今まで警戒に当たっていた軍服姿の者達の前に立つ。

「ファラデー将軍から、話は行っているよな?」

 『キル・ボマー』がいつもながらの口調で尋ねると、軍服姿の男の一人が言って来た。

「はい。存じております」

 彼の発した声は軍人の返答そのものだった。武装した集団を目の前にしても、まるでその存在に警戒を払う様子は無い。

「そこの穴の中から、基地まで行けるのか?」

 『キル・ボマー』は男達に更に尋ねた。

「はい」

 敬礼と共に軍服姿の男が言って来た。『キル・ボマー』を前にして、まるで上官の前で振る舞っているかのようである。

 『キル・ボマー』は一歩進み、即席の柵で覆われている穴を覗き見た。そこには、何かの掘削機で掘られた穴が口を広げており、そこに縄梯子が備え付けられている。まるで工事中に掘られた穴のような姿をしていた。

「穴は深さ10メートル。奥深い所で、かつて基地で使われていた排水管に繋がっています。排水管は2kmほど行ったところで現在も使われているメインパイプに繋がっており、そこから本部建物に潜入することができるようになっています。」

 軍服姿の男は案内をすると同時に、『キル・ボマー』には携帯端末を渡した。それには、排水管の見取り図が迷路のように表示されており、どの場所に自分達がいるか、手に取るように分かるようになっている。

 『キル・ボマー』は穴の淵に立ってしゃがみこんで、穴の中を覗き見た。だが、穴は深い深淵のようになっていて底を見ることができない。

 やがて『キル・ボマー』は穴の淵に立つと、自分が従えている30人の強襲部隊に向かって言い放った。

「よし、行くぞ。《プロタゴラス空軍基地》襲撃計画の開始だ」

《プロタゴラス空軍基地》

9:13 A.M.

 

 《プロゴラス空軍基地》では、リー・トルーマンが頭に負った怪我を医務室で縫合して貰った後、また新たな行動に出ようとしていた。再び部隊を結集し、再度、チップの回収任務に当たる。そのためにはぐずぐずなどしていられない。

が、そんな急ぎ足で次の行動に出ようとするリーを、セリアが背後から呼びとめた。

「あなたは、何だって、私に、この任務につくように言って来たの?」

 リーの背後から投げかけられた質問は、突然の言葉だった。リーが歩いていた廊下を振り返ると、そこに長身のセリアが立っていた。

 リーは背後から言葉を発せられた事に顔をしかめたようだったが、すぐに言葉を返してきた。

「今回の任務の最初の段階。ジョニー・ウォーデン達の組織に潜入するためには、君の協力が不可欠だった。そして、ジョニー達の捜査から、私達は、『グリーン・カバー』に繋がることができ、そして『チェルノ財団』にまで辿り着く事ができたのだぞ」

 と、リーはあくまで冷静に言ったが、セリアはぐっとリーとの距離を詰めて言ってくる。

「それは、どうかしらね?私はまだ、約束のものを手に入れていないわよ」

 セリアはリーの目の前に立ち、彼とはっきりと目線を合わせたまま言って来た。

「君の娘の所在を発見すべく、国防総省のデータベースは使わせてやったはずだ」

「でも、駄目だったのよ!私の娘の所在は分からない。ぷっつりと意図が切れたかのように、あのデータベースは先へと進まないのよ」

 リーの言葉を遮るかのようにセリアは言い放った。

「あのデータベースが先へと進まない理由は、誰かが意図的に所在を隠しているからという事が考えられる。国防総省にもバレない方法で所在を隠していれば、データベースは、0で数を割るようにエラーを起こす」

 リーは淡々とした口調でセリアに述べた。だがセリアは、まるで付きとおすかのような視線でリーを見つめる。

「その、意図的にデータを消しているのって、もしかしてあなたじゃあないの?それともどこかのお仲間さん?」

 セリアはリーの方に向かって一歩足を踏み込んだ。

「何を言っている?」

「あなたは、私にまだ目的があってここに引きとめているような気がして仕方ないのよね。あなたは、国防総省のデータベースを私に使わせて、娘の居所を検索させ、その検索が思うように行かない事を知っていた。

 そしてもしかしたら、あなたはこうして私が直接聞きに来ると言う事も予期していたんじゃあないのかしら?」

 リーは表情を変えない。セリアに取ってみれば、リーが何を考えているのかと言う事さえ、とても見当もつかなかった。

「それは考え過ぎだセリア。私を問い詰めても何も出ないぞ。もし、これ以上私をここに引きとめておくのなら、チップの回収任務に遅れが出る。そうすると、その責任は君へと降りかかる事になるんだぞ」

 だが、セリアは、

「急いでいるんだったら、さっさと答えなさい。あなたは私をここに引きとめていたいの?そうじゃあないの?」

 と言い放つ。だが、リーは何も答えない。ただ目線だけはしっかりとセリアの方を向いている。

 セリアは構わずリーに詰め寄った。

「そもそもあなたは最初からおかしかったわ。突然私の前に現れて。そしてあなたは一体何者なの?あなたの経歴も調べさせてもらったけれども、何も出てきやしない」

「私の経歴を調べたのか?」

「ええ。軍の記録から、国防省の記録まで調べさせてもらったわ」

 セリアの声が廊下に響き渡る。

「とすると、不思議なのよね。あんたの記録は全然出てこない。あなたが出たっていう大学にまで連絡した方が良いかしら?」

 リーは感情を消してしまったかのような顔でセリアの方を向いている。

「私の事は、この基地での問題だ。君はもう部外者だろう?いちいち干渉しても無駄だぞ」

 と、リーが言った時、セリアは拳を振り上げて、リーに向かって殴りかかろうとした。その時、背後から誰かがセリアの拳を抑え込み、止めさせる。

「何をやっているんですか、セリアさん!」

 その声はデールズのものだった。デールズは後ろからセリアの拳に掴みかかっている。彼が押さえてもセリアの拳は力強くリーに向けられており、デールズの腕でも押さえこめそうになかった。

 だが、セリアは自分から拳を引っこめ、デールズの方を振り向く。

「あなた。この男は経歴詐称をしているわよ。こんな男を軍の中に入れておいていいのかしら?こともあろうに、この男の階級は少佐で、対外諜報部門に所属している」

 セリアが突然デールズに言うと、彼は戸惑ったような表情をした。

「え、ええ?そんな事を突然言われても」

 デールズは目線を泳がせて戸惑った。

「デールズ。セリアを外に連れ出すように連絡しろ。私に殴りかかろうはな。君の能力を買ってこの基地の中に入れてやったが、どうやらそれもこれまでのようだ」

 リーは何事も無かったかのようにスーツを直しながら言った。

「一体、どうしたって言うんですか?」

 と、そこへ、何事かと様子でも見に来たのか、フェイリンもやってくる。彼女は本部のサーバーの目の前にいたはずだったが、トイレは今リー達がいる廊下にある。トイレにでもやってきていたのだろう。

「何でもない。君はセリアが呼んでここにきていたな?君もこの基地から出ていってもらおうか」

 リーがぼそりとフェイリンに言うと、フェイリンは自分が何を言われたのか、さっぱり分からないような表情をして見せた。

「は、はあ?今、この人と一体何を話していたの、セリア?」

 戸惑ったような様子でフェイリンは言って来た。だがセリアは変わらずリーの方を見つめて言う。

「自分の立場が危うくなったら、早速私達を放り出すって言うの?自分達が危険な時は呼び出しておいて、随分といい扱いをしてくれるじゃあない?」

 セリアはリーに向かって言い放つ。だがリーの方は変わらずセリアの方を冷静な目で見つめていた。そしてその場にいたデールズに向かって言う。

「セリアと、連れの方を外へとお連れしろ。もうこれ以上ここの基地に置いておく意味もないだろう。私はすぐにチップ回収の任務に当たらなければならないんでな」

 とリーがデールズへと命じた時だった。

 突然、廊下の天井に設置されている警報機がけたたましい音を立てつつ鳴り出した。そして非常の赤いランプが点滅し出す。

(非常事態発生!非常事態発生!B-25ブロックにて異常を探知。警備員は即座に現場に急行せよ!)

 セリア達は廊下の天井を見上げた。

「一体、何が起こったって言うの?」

 と、呟くセリア。

「火災、などではないな」

 リーもセリアに呼応するかのように呟いていた。

 『キル・ボマー』達は、長い水路を通って行き、やがてそこに、最近開けられたばかりの横穴を見つけた。

 横穴からは直接《プロタゴラス空軍基地》の地下倉庫に入ることができるようになっており、そこには、すでにファラデー将軍が配備していた兵士達が待ち構えていた。

 彼らは『キル・ボマー』達がやって来る事をすでに知っていた。30人以上もの武装メンバーを前にしてもまるで動じる事もない様子だったし、地下倉庫の中を案内さえしてくれていた。

「急げ。時間が押している」

 まるで司令官であるかのように『キル・ボマー』は自分の周りにいる武装メンバー達に告げた。彼らは黙々と進んでいく。

「オレ達の目標はあくまで、鉄槌だ。余計なものは排除して、まっすぐそこへと向かうんだ」

「この人数だけで、この基地全てを制圧することができると思うか?」

 武装メンバーの内、一人が言った。

「安心しろ。全ての手筈は整っている。ファラデー将軍が、全てを用意しておいてくれたんだぜ」

 と言って、『キル・ボマー』は自分が手にした携帯端末へと目を落とした。そこには、ある地点が表示され、そこにポイントが現れていた。

 

 ファラデー将軍は自ら動き、部下2人を引き連れて《プロタゴラス空軍基地》のある場所へと向かっていた。

 そこは兵器開発部門の兵器庫となっている場所で、同じ基地内に所属していても、部門が違えば将軍すら入ることが許されない場所だ。

 特に最先端の兵器開発を行っている場所が、ファラデー将軍が目指していた場所である。電子ロックが何重にも仕掛けられた扉が開かれていき、やがて、そこには薄暗い兵器庫が姿を見せた。

 それぞれ兵器ごとに分類が行われ、中には開発途中の兵器も保管されている。ここに保管されている兵器は開発途中のものであったが、すでにテスト運用は済んでいるはずだった。

 そして、ファラデー将軍が、ここ数年の開発の中で、最も優秀であると思っている兵器も保管されている。

 ファラデー将軍は部下を二人引き連れ、ある場所へとやってきた。そこは兵器のロックを解放する操作場となっており、幾つかのコンピュータが備えられている。

「『キル・ボマー』の奴から送られて来たチップの情報で、解除コードは分かるな?」

 部下一人を操作場につかせ、ファラデー将軍は尋ねた。

「はい、分かっております」

 部下の一人が、上官の命令に素早く反応し、全く迷いもない様子で答えてきた。

 そう、彼にはまったくの迷いも何もない。自分のしている行為は、軍を裏切る重大な行為であると言う事に気が付いているはずだが、直属の上官であるファラデー将軍の命令を優先しているのだ。

「認証システムはきちんと作動しているだろうな?もし、仲間を攻撃してきたら作戦が失敗する」

 ファラデー将軍ははっきりとした口調で確認を取る。何しろその点がこの作戦で、今、目の前にある兵器を使う、重要なポイントだからだ。

「認証システムの作動を確認しました。ファラデー将軍以下、我々、そして登録しておいた全ての武装メンバーを味方と判断して行動します。また、その他、全ての敵対的意志を持つと判断した対象に対して、攻撃を行います」

 部下はファラデー将軍にはっきりとした口調で答えた。彼が目の前にしている画面には、実行? はい いいえ

という表示が現れている。

 彼が一つキーを叩けば、今目の前にある兵器達は一斉に稼働する。

「よし、実行しろ。これで、私達も立派な犯罪者の仲間入りだ。だが、我々のする事は正しい。間違っているのはこの世界であり、人間達なのだ」

「了解」

 ファラデー将軍が言うと、彼の部下はキーの一つを叩いた。

 すると、薄暗かった兵器保管庫の電灯が一斉にして点いていき、暗がりに隠されていた兵器達の姿が姿を見せた。

 その兵器達は、自分のボディの上に備え付けられたヘッドと呼ばれる部分を回転させ、そこに備え付けられた視覚センサー、つまりは目を輝かせ始めた。そして、微細な方向転換も可能なキャタピラを動かし始め、ガトリング砲を備え付けたアームと呼ばれる腕を動かし始める。

 兵器達の内一つが、ファラデー将軍達のいる方を振り向いたが、瞬時に兵器達はファラデー将軍達を味方だと判断し、その顔をまっすぐと兵器保管庫の出口へと向けた。

 ファラデー将軍が作動させたのは、自立型の兵器ロボット達だった。彼らはプログラムされた行動通りに作戦を実行する。その中でも、特に敵の掃討作戦に適したロボット達が、経った今、ファラデー将軍達が稼働させたロボットだ。

 コンピュータを介し、主人の命令を受けた彼らは、作戦を実行すべく、整列しながら兵器保管庫の出口を目指していった。


 
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