寝取る
「ニンフ先輩、私、お利口さんキャラになりたいです」
ある秋の日の昼下がり、デルタは急に寝言をほざき出した。
「また知性の神でも憑依してもらったら? 絶対的な知性は手に入れられるでしょ?」
あの頭の悪いバカばかりに声を掛けて来る神様の力を借りれば、このバカでも多少は頭を使えるようになる。
代わりに性格は悪くなり、せこい計画ばかり立てるようになるので生きる上で得があるとは思えないけれど。
「そうじゃなくて、私は頭の良いもっと大人の女に見られたいんですよぉっ!」
「バカはデルタの専売特許、大事な属性じゃないの。何で今更大人っぽくなりたいなんて考えるのよ? アンタ、もう既にその生意気な胸を持っているじゃないのよぉ」
私が智樹好みの大きな胸になる為にどれだけの苦労をしていると思っているの?
「体の話じゃないんです。実は昨日、カオスと一緒に公園の砂場で遊んでいたのですけれど」
「その時点で色々アウトよ」
溜め息が出る。
「それで、幼稚園児の女の子が私たちの輪に加わったんですよ」
「ますますアウトよ、アンタ」
幼稚園児が輪に加わってくるって……。
「それでその女の子が言ったんですよ」
「何て?」
「カオスの方が私よりお姉さんだって」
一瞬の静寂。
そしてアタシは思い切り口から吹き出した。
「あっはっはっはっは。子供は正直よね。カオスの方があんたより大人だなんて」
「笑い事じゃありませんよ! 私、本気で衝撃受けたんですから!」
アストレアが両手を振り回しながら怒る。
「女の子に頭をナデナデされていい子いい子されちゃうぐらいにとっても傷ついたんですからっ!」
「あんた……幼稚園児よりも下に見られてるわよ」
バカだバカだと思ってはいたけれど、幼稚園児にまで子供扱いされているとは。
「はいはいは~い。というわけで私は今からお利口さんになりたいと思いま~す。ニンフ先輩、私を知性溢れる大人の女にしてください」
デルタは無茶言い出した。
「知性の神に頼ってアブストラクト・アストレアにならないとアンタ賢くなれないわよ」
「デッド・エンドしか迎えない気がするので嫌です」
デルタの癖に勘が良いわね。
生意気だわ。
「じゃあそのむだにいやらしい体を使って男を寝取って悪女を気取るしかないわね」
「寝取る? 悪女?」
デルタは首を傾げた。
「口で説明するよりも、このドラマを見てくれた方が早いわ」
私は映像再生機のスイッチを押した。
『明久くん……美波ちゃん……これは、一体どういうことなんですか? 何で2人とも裸でベッドに……』
『ひ、姫路さん! こ、これは……』
『年頃の男と女がベッドの上ですることなんて1つじゃないの♪ それとも、ウチとアキが愛し合っていた証拠を見せて欲しいのかしら? ふふふ』
『そ、そんなぁ……だって、明久くんは私と付き合っているのに……』
『あ、あの、だから、これはね……』
『アキは寝取らせてもらったから。アキはもうウチの体なしには生きられないわ。ふふふ。どう、アキ? もう1回愛し合う? さっきあれだけ愛し合ったのだからもう1回ぐらい全然平気でしょ?』
『わ、私は2人のこと大切な人だと思っていたのに……。明久くんの浮気者ぉっ! 美波ちゃんのドロボウ猫っ! このっ、悪女~っ!』
「これが悪女、これが寝取るということよ。男を寝取って悪女になれば、それまでと打って変わってアダルティー女として注目を浴びるわよ♪」
「おぉ~っ! それはすごいです!」
ほんと、バカは御し易くて助かるわ。
『ぐ、ぐぎゃぁああああああああああぁっ!』
『ウチだって……アキの恋人になりたかったのよぉおおおぉっ!』
『妊娠したなんてやっぱり嘘だったんじゃないですか? だって、胸に何もありませんよ?』
寝取り悪女の結末が今まさにデルタの後ろで流れているけれど教えない。
デルタにもアダルティーという一時の夢を見せてあげたいから♪
だって私、可愛い可愛いデルタの先輩なんだから♪
「それじゃあ私、早速桜井智樹をニンフ先輩とイカロス先輩から寝取って悪女になりますね♪」
背中を向けて智樹の部屋へ向かおうとするデルタ。
もちろん、そんな暴挙はアタシが許さない。
デルタの肩に手を置きながら耳打ちする。
「アンタ、智樹に手を出そうものなら本気で消すわよ」
「ひぃいいいいいぃっ!」
パラダイス・ソングをカラオケモードで使用した場合の威力はアポロンを軽く上回る。
この至近距離ならデルタを部品1つ残さずに消し去ることも可能だろう。
「…………マスターを狙うダウナーは排除。欠片1片残さず排除」
突然デルタの足下で爆発が起きる。
それと共に台所から低い呻き声が聞こえた。
アルファからの牽制攻撃に違いなかった。
「と、智樹じゃなくて他の男を寝取ることにします」
「そうね。それが良いわね♪」
ニッコリ笑いながらデルタの肩から手を離す。
「じゃあ、誰を寝取るの?」
「う~ん。私、知っている人間の男ってほとんどいないから、守形を寝取ることにしま~す」
「……そう。頑張ってね」
面白半分で後を尾いていこうかと思ったけれど思い留まる。
半端な距離しか取っていないと私まで巻き込まれかねない。
智樹の赤ちゃんも産んでないのに死ねるかっての。
「それじゃあニンフ先輩、守形を寝取って悪女になってアダルティーアストレアに生まれ変わることにしますねぇ♪」
「さようなら……デルタ」
裏庭で手を振りながら後輩を見送る。
もうこの後輩に生きて会うことはないのだと思うと涙が止まらない。
「さて、昼ドラの続き見なくちゃ♪」
デルタの為にいっぱい泣いたのでもう供養は十分だと思う。
居間に入り、右耳でテレビの音を拾いながら左耳でデルタの声を拾うことに。
「ねえねえ、守形」
「何だ、アストレア?」
デルタは守形と接触したらしい。
さて、どうなることやら?
「突然だけど守形。私は大人の女として認められたいから守形を寝取らせて欲しいの」
「NETOる? 何だ、それは? シナプスの特殊用語か?」
「う~ん。意味はよくわからないのだけど、とにかく守形を寝取ると私は大人の女として認められるのよ」
あのバカ、やっぱり意味わかっていなかったのね。
まあ、その方が面白い結果を生みそうだけど。
「フム。何だかよくわからないが、シナプス絡みとなれば俺も協力せねばなるまい。いや、是非俺を協力させてくれ」
「じゃあ守形を寝取って良いの?」
「ああ、幾らでもNETOってくれ。これで新大陸に俺は1歩近付く」
……守形もバカよね。デルタの話なんかまともに鵜呑みにしちゃって。
「あ~ら~英くんにアストレアちゃ~ん。2人揃って何をしているの~?」
あっ……美香子が来ちゃった。
さて、そろそろテレビに集中しようかしら。
「あっ! 師匠~♪ 私、守形を寝取ったんですよ~♪ 凄いでしょう~♪」
「えっ?」
「フム。俺はアストレアにNETOられた。これで新大陸に1歩近付いた」
「ええっ!?」
やっぱり、昼ドラは人間関係がドロドロしているから素敵だわね♪
現実でやられるとちょっと勘弁って感じだけど♪
「そう。そうなのね……私、アストレアちゃんのことも英くんのことも信じていたのに……」
「あれっ? どうしたんですか、師匠? 私が守形を寝取ったのがそんなにまずかったですか?」
「俺がアストレアにNETOられたのがそんなに不満なのか、美香子?」
「そう。それが私に対する2人の答えなのね……よく、わかったわぁああああぁっ!」
さて、おやつでももらいに台所に行こうかしらね。
左耳の通信を切ってゆっくりと歩き出す。
最後に聞こえた男女の悲鳴のような声がちょっとだけ耳に残るけど、お菓子を食べればきっと忘れられると思う。
だって、私はお菓子が大好きなんだもん♪
智樹の次に好き。
きゃっ♪ 言っちゃった♪
縁側から空を見上げる。
空美町の空にデルタと守形が笑顔でキメていた。
了
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水曜の定期更新。
テーマは『寝取る』。
誤字の指摘をして頂いたことよりこの作品を作りました。
昨今はネタ不足が深刻ですので、適当に感想など頂くと勝手にパクって次回作の構想にしますのでよろしくです。
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