No.312698 真説・恋姫†演義 北朝伝 終章・第二幕狭乃 狼さん 2011-10-04 20:48:58 投稿 / 全3ページ 総閲覧数:15853 閲覧ユーザー数:11512 |
所は益州、成都。
いわずと知れた、劉玄徳を主とする蜀の首府である。そして今現在、同地の城の玉座の間に、劉備をはじめとした蜀の主だった面々が集まり、とあることについて話し合いを行っていた。
「では桃香さま。勅命にはやはり応じる方針で宜しいのですね?」
「うん、その方向で準備を整えて、朱里ちゃん」
玉座に座る劉備の手に、現在握られている一つの竹簡。それは、荊州は江陵の地に現在その身を寄せている、漢の十四代皇帝、劉協から送られて来た勅書であった。それによれば、益州牧たる劉玄徳を漢中王に封じ、それと同時に益州の全戦力をもって劉備自ら江陵の地に赴くようにと、記されてあった。そして、皇帝劉協指揮下の下、同じく江陵に合流する予定の呉軍とともに、現在荊州へとその兵を進めて来ている、逆賊北郷一刀とその協力者達を討伐するように、とも。
「なー、朱里ー?鈴々たちって今どれぐらいの兵隊さんがいるのだー?」
「……お前も今は一軍を率いる将なのだから、その程度ぐらい把握しておけ、鈴々」
「まあまあ、愛紗ちゃん。……それで朱里ちゃん、実際の所はどうかな?」
「あ、はい。えっと、先の南蛮攻めではさほど消耗はありませんでしたし、美衣さんたちもこれからは手伝ってくれるそうなので、総兵力は十五万と言うところかと」
先に行われた南蛮軍撃退のための戦は、あちらの大将である孟獲を、捕らえては離し、捕らえては離しと言う、世に言う「七縦七禽」にその力を注いだため、兵の損耗と言う事態はほとんど起きなかった。
その時の事はまた、別の機会があれば語るとして。
ともかく、それによって南蛮王孟獲は劉備に降伏し、今後は蜀に協力することとなったため、蜀の全戦力は南蛮との戦の前よりも、一応増強はされてはいた。
「じゃが、美衣たちを含めたとしても、総勢十五万ではちと厳しいの」
と。『酔』と書かれたその肩当が異様に目立つ、水色の髪の妙齢の女性、厳顔が、蜀のその戦力の少なさに顔を思わずしかめる。
「桔梗さまのご不安も分かります。何しろ私達は、五胡の脅威をまだ背後に抱えたままです。美衣さんたち南蛮は私達についてはくれたものの、
氐も姜も、ともに蜀の西にその勢力を持つ異民族で、以前の牧である劉璋やその父の代から、益州にとって大きな脅威となって来ており、劉備が益州入りしてからも、度々戦火を交えている相手である。その彼らが背後にいる以上、益州を完全に空にするわけにはどうしても行かないのである。
「益州の守りに最低でも五万は残さんと、留守役の者たちとていざという時に対応出来んじゃろう」
「はい。ですので、私達が留守の間の守りは、美衣さんたち南蛮勢にお願いしようと思っています。あと、その彼女達のお守り……じゃなくて、統率役をどなたか……出来れば紫苑さんにお願いしたいのですが」
「そうだね。紫苑さんなら適任だと私も思う。紫苑さん、お願いできますか?」
「ええ、私は構いませんわ。どうか益州の事はご心配なく」
腰まで届くほどの紫色の髪をした、とても柔和そうな表情のその人物、黄忠、字を漢升が、優しい微笑みをその顔に浮かべ、留守居役を快く引き受ける。
「では、益州のことは紫苑さんに任せて、私達は残りの十万をもって、皇帝陛下の所に合流する、と。それでいいね、朱里ちゃん」
「はい。……ですが桃香さま。あちらと合流しても、どうかご油断だけは為されませぬよう、お願いします。なぜなら」
「……今の皇帝陛下は、目的の為ならどんな手段も問わないから、だね?」
「……はい」
劉備から発せられたその一言に、先ほどまでとはまた違った意味で、場は一気にその緊張度合いを高めていく。
「……朱里よ。“例の御仁”は今、如何されている?」
「は、はい。体の傷は既に癒え、自力で歩けるほどに回復はされています。精神的にも落ち着いた状態ですので、特別問題なく過ごされています」
「……正直言って、私はあまりあの者は好きになれません。自分そっくりの身代わりを密かに用意し、それをその手で殺して自らは姿を隠し、この地にこそこそ逃げ延びていた、そのような卑怯千万な者など」
過日。諸葛亮配下の草組の手によって、ここ、成都の地で発見され、そしてとある事情からその身柄を保護したその人物のことを、関羽はあからさまにその顔をしかめて非難する。そんな関羽に対し、蜀の筆頭軍師である諸葛亮は、彼女のそんな気持ちを十分に理解した上で、彼女を宥める言葉をかける。
「……愛紗さんのそのお気持ちは十分理解できます。とはいえ、もしあの人が生きておらず、直接その話を聞く事が出来ていなければ、私達は未だに皇帝陛下を疑うという考えすらせず、他の方々と同じように、ただただ利用されるがままになっていたかもしれません」
「……先の帝や、例の御仁。それから袁本初どのや曹孟徳どの。そして、今の袁公路どののように、か」
「はい」
「でも朱里ちゃん?それを言うんだったら、今の私達や呉の孫策さんも同じ状態じゃあないの?」
「桃香さま、先ほど愛紗さんがおっしゃった方々と、今の私達では決定的に違う所がありましゅ。あわわ、噛んじゃった」
「雛里ちゃんの言うとおりです、桃香さま。少なくとも今の私達は、陛下の真実の姿を知っています。ですので」
「……今回の一件が無事終った後、もし、私達が陛下を保護できた場合。これまでの事の真相を知っている私たちなら、めったな事では利用されて使い捨てにされるような、そんなことにはならないって事?」
「……はい」
劉備のその答えに揃って頷く、諸葛亮、そして蜀のもう一人の軍師である龐士元。だが、彼女達にはまだ、主やその他の同僚達に話していない、先の情報を利用しての、とある腹案があった。
それは、劉備を漢の正統に据える事。
つまり、先の劉協に関するその秘密を材料に、劉協から劉備へと、その至尊の位を譲位させ、漢の新たな皇帝に、彼女を即位させるというものである。そうした上で、漢の十五代皇帝となった劉備の名において、一刀や公孫賛、曹操、孫策、袁術らを、改めて王に封じ、それぞれにそれぞれの領地を治めさせれば、大陸は速やかに安定するはずだと、伏竜・鳳雛と呼ばれた二人の少女は考えたのである。
(桃香さまがこの事を受け入れてくれるかどうかは、現時点ではわからないけれど、その為の布石は打っておくに越した事は無いよね、雛里ちゃん)
(そうだね、朱里ちゃん。……皆さんに隠し事をしているのは、やっぱり気が引けるけど)
(……まだ必ず上手く行くとは決まっていない手だから、現時点で皆さんに教える事は出来ないからね……)
(……上手く行くかどうかは、今回の勅命を、蜀の主導でこなせるか否か、だね)
(うん。その為にも、私達は私達の出来ることを、しっかりやっていかないとね)
皇帝の勅命をきちんと達成する。それが大前提である事に違いは無いのだが、それをどの勢力主導で行ったかが、その後の各勢力間の力関係に大きな影響を及ぼす。劉備を漢の新帝として据え、その上で各諸侯を御するためにも、今回の事はあくまでも蜀の主導で成し遂げなければいけない。でなければ、先の策などは所詮、絵に描いた餅でしかない。諸葛亮と龐統の二人にとっては、それが現時点で一番の命題なのである。
そんな軍師二人の思惑はともかく。劉備は結局、劉協からのその勅命を受け入れることにした。むろん、諸葛亮と龐統の、その裏の考えまでは彼女も知る由もないが、彼女にその事を決めさせたその最大の理由を、劉備はその軍議の最後に、一同に対して静かにこう語った。
「……決めたその理由はいくつかあるけれど、一番の理由はやっぱり北郷さんのことかな。確かに、最初はただ、あの時の事だけを理由にして、あの人の事を嫌っていたけれど。……でも、こうして蜀っていう大きな国を持って、それに対する大きな責任を背負って、人の上に立つ事の重みを私は知った。それと同時に、あの頃の私は、本当に何も知らない甘ちゃんだったんだってことも、十分以上に思い知ったよ」
そう。今の彼女は心底から、そう思っている。嘗ての自分がいかにただの夢想家でしかなかったのかも、一刀のような深い覚悟が自分にはなかった事も、自分がどれだけ無力だったかも。その全てに気付かせてくれ、直接道を示してくれたのは、水鏡塾の水鏡先生こと司馬徽ではあるが、その彼女との出会いも、彼女に教えを請う事も、その全ては、一刀に出会っていなければありえなかったかもしれない、と。
「……だからこそ、もう一度、北郷さんと正面切って言葉を交わしてみたいの。そしてその上で、出来れば私と北郷さん、そして他の人たちと一緒に、みんなで共存できる道が無いかを、模索してみたい」
「桃香さま……」
「この期に及んで甘いことを、って言われるかもしれないけど、でも、やっぱりそれが私のやり方だし、それで結果的に戦が回避できれば、それが一番良い事だもの」
と。一点の曇りも無い、その、澄んだ瞳を輝かせて、その場の仲間達に微笑んで見せた劉備であった。
そしてそれから数日後、益州を発つための準備が整い、劉備らが出立前の最後の軍議を行っているその時、彼女達にとって思いもよらなかった事態が発生した。
……いや、発生したというより、訪れたと言うべき方が正解だろう。
「漢中からの使者……って、え?なんで?」
漢中。そこは益州にあって唯一、劉備たちの統治下に無い場所。張公祺という人物をその頭とし、これまでどの勢力にも属す事無く、医療をその中心とした彼ら独自の教えを基に、大陸各地で活動する医者達を何の垣根無く支援する、『
『我々は医を志すものとして、特定の勢力の影響を極力受けない事を、その信条としている』
たとえ百の言葉をもってしようが、たとえ万の戦力を前にしようが、その事は決して変わらないことだと、そう言って。その漢中から、この様な時期に使者が訪れたとなれば、それは尋常ならざる事が起こったと言うこと。劉備たちは慌てて出立を一時中断し、丁重にその使者を受け入れた。
「ご多忙な中、お目通りをお許し願い、感謝いたします。私は漢中太守にして五斗米道宗主、張公祺が臣、閻圃と申します」
「蜀郡太守にして、益州牧、劉玄徳です。遠路お役目ご苦労様です」
「は。労いのお言葉、感謝いたします。……では、早速用向きに入らせていただいて宜しいでしょうか?」
「あ、はい」
「では、張師君よりのお言葉をお伝えいたします。こほん。『……我らはこれまで、漢中をその拠点とし、大陸中にて病に苦しむ数多の民のため、粉骨砕身の心持で活動を行って来たが、最近はその活動に限界を感じており、進むべき道を見出せず苦慮していたのが、その実情である。それ故、これより我らは信条の一つをあえて曲げることにより、その活路を見出す決意を固めしものである。その手始めとして』」
「もしや、我らに協力を申し出てくれると?」
「あはっ。だったら私達は大歓迎ですよ!ね、みんな?!」
「……」
閻圃の口上を途中まで聞き、その意図する所を予測した関羽の一言で、劉備たちは一様にその表情を明るいものとする。……ただし、諸葛亮と龐統の二人を除いて、であるが。
「桃香さま。それにみなさん、閻圃さんのお話はまだ終ってませんよ?」
「あわわ。……お気持ちは分かりますけど、喜ぶのはお話を全部聞いてからの方が」
「あ。あ、あはは。ご、ごめんなさい。お話を遮ってしまって」
「……いえ、どうかお気になさらず。……では、師君よりのお言葉を続けさせていただきます」
そして、再び静まり返った一同の中、閻圃が続けた張魯の言葉に、劉備たちはその明るくなった表情を、一気に落胆のものへと変化させた。
「『……その手始めとして、われら漢中の者ことごとく、晋王・北郷一刀閣下の援助を受け、大陸の更なる医術の発展に寄与する事を、ここに宣言するものである。『……え゛?』……なお、その一環として、晋王閣下の配下であり、此度関中太守となられた董仲頴どのを現在漢中にお招きし、我等はその協力状態にあること、通達するものである』……以上、張師君よりのお言葉、確かにお伝えしました」
「……あわわ。しゅ、朱里ちゃん……」
「……(やられ……た……っ)」
思いもよらぬ、漢中のこの敵対宣言とも取れる通達により、蜀はその喉下に、突然槍を突きつけられたような、そんな状況となったのである。
~続く~
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どもども。
北朝伝の更新でございます。
さて、今回は、今外史において始めて、桃香たち蜀のお話をお届けです。なので、一刀たちは一切出てきません。
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