武都へ入城を済ませた馬良、厳顔、魏延の三人は速やかに場内を制圧
といっても人一人いない城内を制圧することは容易く、城の構造をよく知る馬良を劉備を迎え入れる準備に残し
厳顔と魏延は直ぐ様、兵士を纏め撤退した魏の兵。雲の兵と魏の警備兵を追撃すべく、騎兵四万を引き連れ魏興ヘと進軍
を開始する
一方、退却する魏の兵士達は、追撃に来る敵を引き離すべく速度を上げて進軍するはずであるのだが
意外な事に、その進軍速度は遅く、まるで敵を待っているかのような進みであった
「鳳さん、なぜこんなに遅く進むのですか?此れでは敵に追いつかれて攻撃を受けてしまいますよ」
「そうだぜ、コッチは歩兵も居るんだ、なるだけ敵を離したほうが良いんじゃねぇのか?」
此のままでは追いつかれてしまう。それどころか撤退はいくら逃げている方が有利だからとは言え、敵の数は此方の倍近い
追いつかれ、飲まれれば一瞬で踏み潰されてしまう。統亞率いる雲の兵達は死線を幾度と無く潜り抜けてきたからか
昭の言葉を信じ、軍師を信じているのか乱れることは無いが、警備兵達は一様に不安な表情を浮かべてしまう
そんな兵士の緊張を感じ取ったのか、李通は少しだけ兵の気持ちを軽くするために軍師、鳳ヘと真意を問う
なぜ此の様な動きを取るのかと。すると鳳は、相変わらず後方を向いたまま、李通の操る馬に逆乗りをして
衣嚢(ポケット)の小銭を鳴らしながら呟くように答えた
「敵を削る為には歩兵と騎馬の混じったコッチの利点を生かさなきゃ、進みを遅くしてるのは森に誘導する為
敵って騎馬中心だったでしょ?なら森の中にコッチの歩兵を伏兵として置いて機動力と騎射を封じる。ワザとコッチの騎馬
のお尻を見せながらね。釣り針は大きい方が良い、でも斥候に気付かれたらお終いだから、解るっしょ?」
「敵の斥候は任せておけ。統亞、俺の兵を使うぞ、俺の兵の方が索敵能力に優れている」
「ああ、それなら伏兵は俺の兵だ。逃げる次いでにテメェの兵で罠でも見舞ってやれよ梁」
「んあ、李典隊の工作技術をみせでやる」
軍師の考えは理解したとばかりに苑路は近くの兵へ指示を飛ばす。同じくして梁は一気に前へと走り出し
其れに送れず全速力で騎馬の前へ躍り出る工作兵
統亞は空を見上げ、空が白んできたのを見計らうと近くに居る兵士に二言三言、言葉を発して騎馬の一団から抜け
横道に、と言ってもそこは既に森の中。暗く、闇の支配する茂みへと進路を変えていく
「私達は此のまま速度を調節するよ。悪いけど、此方は正規兵じゃない。警備兵だから逃げるしかできない」
「解ってる。上手いこと逃げてくれよ」
後方の敵の位置を斥候からもたらされる情報で確認しながら李通と鳳は兵を引き連れ、敵と絶妙な位置を取りながら
魏興へと逃げをうつ。進軍速度も敵に此方の企みを気取られないギリギリの速度
不審に思われぬ速度を保ちつつ、敵に自分達をあと少しで追いつくと言う所で逃げ続ける
「お頭、いいもん見つけやしたぜ」
道を其れ、森の中へと入り、暫く進んで身を潜めた所で何かを見つけた部下の言葉に統亞はニヤリと顔を笑みに変え
ソレを手に取ると、統亞は自分の部下たちに一斉に命を飛ばす
「厳顔様、敵軍との距離は縮まって来ています。もう少しで敵の姿が眼で確認出来るかと」
先行させた数名の兵士からの情報を受けた副将が、自身の操る騎馬を厳顔に寄せ報告をすると
厳顔はご苦労と一言ねぎらうと、前方に見える騎馬の巻きあげる砂塵を凝視していた
「・・・森に逃げるか、騎馬相手ならば当然。此方が騎射を容易にしてくると考えての事であろう
西涼の騎馬隊を率いて居るのだから」
呟く厳顔は更に敵の進みに疑問を持つ。あの進軍速度は少々不自然だ、此方がいくら素早く兵を纏めて
城から追撃に出たとしても、追いつくのがほんの僅かだけ早い。だが此れはいくら夜が明けて、空が白んできたからと
言っても森を通っていることから考えれば、進軍速度が遅くなるのは当たり前
しかし幾度と無く死線を通ってきた厳顔の鼻には何か嫌な匂いが纏わり付く
すえた、ひりつき焦げ付いたような緊張を誘う匂いが
「気取られぬよう僅かに速度を緩めよ」
「はっ!」
何かを確かめるように厳顔は解らない程に、ほんの僅かだけ進軍速度を緩める
遠巻きに見ればようやく分かる程度の減速に、前方で砂塵を巻き上げる魏の騎馬は何も変わらず
そう、変わらないのだ。速度を落としているにも関わらず、巻き上がる砂塵、ようやく見えてきた敵の姿の位置が
全く変わらない。其の事実に厳顔の口は笑みを象る
「巧すぎる。だがソレが仇となったな、此方を誘っているというい事は、どこぞに伏兵が潜んで居ると言うことだ」
敵の伏兵の位置を確認しようと副将が動くが、厳顔は「既に此方の放った兵は殺されておる」と一言残し
馬の腹をけると、率いる兵の先頭に一気に突出する
「恐れずに着いて来い、敵の尻に喰らい付く」
そう言って、速度を上げて魏の警備兵めがけ、豪天砲の切っ先を構え、兵を引っ張り突撃を開始した
加速し、突撃を開始する厳顔を伏兵として、森に伏していた統亞は一人木の上から後方へとし視線を向け
迫る敵の姿に顔をこわばらせていた
めんどくせぇヤロウだ、此方の動きを穴が空くほど良く見ていやがる
しかも何だってんだ?進軍が早すぎるだろ!!此のままだったらいくら馬が違うたって
此方はノロマな警備兵だぜ、追いつかれちまえば人飲みにされちまう
「チッ!テメェらっ!!覚悟決めやがれ、突っ込むぞ!!」
重く、緊張のはしる声で叫ばず、声を響かせる統亞の号令に、兵達は一斉に頷き、
息を殺し迫る騎兵に音もなく突撃を開始しする
後方から見えた敵が、先程よりも速度を上げ、騎射する様子もなく武器を構えて突撃を開始する姿に
李通は驚き、背中合わせに座る鳳を見れば、鳳は唇を噛み締め、そこからは紅い血が一筋流れ落ちていた
「不味い、経験が多すぎるよ、あの厳顔って将。誘ってるのも伏兵もばれた」
「どうします。鳳さん?」
李通の問に、鳳は衣嚢の小銭をカチカチと鳴らして後方から迫る敵を睨み、頭の中を纏め、次の策を導き出す
鳳の頭の中にいくつもの策が浮かぶが、どれも鳳の納得の行くものではない
だが、敵は既に眼前に迫っているのだ、迷う暇などはない。此のままでは伏せた統亞の兵が殺されると
流れる血を其のままに、鳳は声を上げ、統亞を戻そうとした瞬間
一人突出し、兵を置き去りに此方に向かい進む厳顔に林道の脇から短剣を構え飛び出す統亞の姿
全身に泥を被り、身体を黒く染め暗闇から殺気を殺した必殺の一撃
逃げる鳳たちから遠く離れた場所、伏兵としてはあまりにも離れすぎ、明らかに逃げる警備兵を逃がすために
取った行動
同時に、まるで示し合わせたように他の場所へ散っていた苑路と梁が武器を振りかぶり馬上の厳顔へと襲いかかる
「ハァッ!!」
眼光鋭く、気合を一つ、馬上で豪天砲を振り回し、三尖刀と鉞を叩き、片手で統亞の短剣の腹を弾く
だが此のままでは終わらないと体制を崩し、地面に身体を叩きつけながら梁は大声で叫び声を上げる
「-------っ!!」
耳を劈く凄まじい怒鳴り声に厳顔はビクリと眼を丸くし、動きが止まる
一瞬の静寂、音が失せ、徐々に回復する耳に届くのは後方からの悲痛な叫び声と、騎馬の嘶き
異常な事態に後方へ振り向けば、自分が通り抜けた場所に、まるで振り子のように、森の暗闇から巨大な木の杭が
騎兵めがけ襲いかかり、ある者は落馬し、ある者は馬ごと身体を貫かれ、地面に紅い水たまりを創りだし
伏していた統亞達の兵士達が一斉に襲いかかった
そんな馬鹿なと驚くのは厳顔。自分は伏兵つぶしと、敵が仕掛けを作れぬように進軍を早めたはずだ
敵は強行軍で味方を救いに武都まで来たはずだ、逃げ道に罠をはる余裕など無かった
追い立てられるあの短い時間では伏兵ならまだしも、罠を作ることなど出来ぬはずだと驚愕するが、立ち上がり
武器を再度、厳顔へと向け振るう梁の姿に「そうかっ!!」と吐き捨てるように呟く
梁の武器は鉞。ソレも常人が使うような物ではない、巨大で豪天砲を逸らす程の威力がある
ならば木を切り倒し、紐で縛り付ける事など容易い、更に統亞の姿を見れば一目で解る
泥を纏、少数の兵で息を殺し伏していたのだ、此れではそうそう気がつくはずはない
馬上で武器を振るい、統亞達三人を地面に叩きつけ、衝撃で宙を舞わせ圧倒する厳顔は笑う
だがまだこの程度で自分の率いる兵の足は止められぬと
まるで厳顔の考えを肯定するかのように、直ぐに罠を押さえ、壊し、後続の騎馬が通り易いように道を開けると
速度を落とさず、後続の騎馬兵が駆け抜け、統亞達の攻撃で止まる厳顔の元へと迫る
「今だっ!梁おおおおぉぉぉっ!!!」
顔面に豪天砲の腹を受け、血で染め地面に転がりながら叫ぶ苑路に応え、梁は再度雷鳴のような声を上げる
二度は効かないとばかりに、豪天砲を梁めがけ振り下ろし、梁は鉞を盾のようにして抑えるが
地面に潰されるように身体を叩きつけられる
此れで後続の兵は敵に食らいつけると後方から来る兵に視線を向ける厳顔
「なっ!?止まれぇっ!!」
気づいた時には既に遅く、狭い林道を真っ直ぐ走る蜀の騎馬兵の足元から突如現れる太く、何重にも撚り合わされた
綱が左右から引っ張られ、馬の足元を掬うように張られる
「李典隊とぐせいの鉄線をより合わぜだ綱だっ!」
足元を掬われた馬たちは転倒し、次々に兵士が落馬
厳顔は戻り、罠である鉄線の混じった綱を切ろうと手綱を引こうとするが、その手は後方から来る
副将の姿に止まる。先ほどから厳顔の側に付いていた伏兵は、突出する厳顔に反するように少しだけ速度を落とし
前軍の中部にその身を置き、前方の変化に対応すべく注意深く観察していたのだった
「存分に武器を振るい下さいっ!兵30は我と共に下馬し、罠を破壊する。後方は速度を落とし、進軍をゆるやかに停止させよ」
冷静に、自分が厳顔であるならばするで有ろう指示を飛ばし、側につく兵士は次々に騎馬から降り、鉄線の混じった綱を
破壊するべく、森ヘと突撃を開始する
「ほぅ、やるではないか白眉の兵よ。此れなら儂も思う存分武が振るえるというもの」
動きの止まる厳顔に、何処を見ているとばかりに顔半分を赤く染めた苑路が地を蹴り、声を上げ飛びかかる
其の反対側では声を殺し、音を消し、気配を無くし、呼び名の如く飛燕のように厳顔の死角、背中から短剣を突き立てた
だが、厳顔は首に襲いかかる苑路の三尖刀を身体を反らして避ける
「なっ!?」
真上を向く厳顔の鼻先を三尖刀の切っ先が通り過ぎ、背後から襲いかかった統亞は急に厳顔の身体が自分に近くなり
間合いを潰され、背面のまま手を捕まれ空中で止まり、そのまま通りすぎる三尖刀の切っ先に身体を引き込まれる統亞
「がァっ!!」
三尖刀が腹に突き刺さる瞬間、統亞は歯の奥を噛み締め、脳内から何かを呼び起こす
眼は血走り、鋭く獣を連想させる眼光に変わり、噛み締める歯はギリギリと音を立てる
統亞の変化に気がついた厳顔の眼に映るのは、尋常では無い速さで腰の短剣を3つ指にはさみ、抜きとり
迫る三尖刀に盾のようにして身体と切っ先の間にはさみ込むと、引き込み身体の真上に浮く統亞から振り下ろされる
固く握りしめられた拳
ゴツッ!!
まともに入った拳は厳顔の身体を地面へと叩きつけ、統亞は空中で厳顔の乗る騎馬に足を掛け、真上から更に
短剣を胸へと突き下ろす
「ぬぅっ!」
瞬時に額では受けたものの、まるで岩をぶつけられたような感触に厳顔の視界は揺れ、辛うじて焦点の定まらぬ眼で
見える、己に襲いかかる刃に豪天砲を盾のように構え、統亞の短剣を防ぐと
統亞は剣を引き、思い切り全体重をかけて豪天砲を踏みつけ、凄まじい速さで武器を構える苑路と梁の元へと戻る
「ゲホッ、ゴホッゴホッ・・・何だというのだ?急に速度が上がりおった」
身体を起こし、豪天砲を支えに身体を起こす厳顔は短剣を構える統亞を見るが、そこに居るのは先程まで居た
殺気を殺し、音も無く襲いかかってきた男とは別人かのようんくぁ相反する姿
殺気を垂れ流し、眼は鋭く生きる意志が漲り、闘気の固まりのような姿
「統亞っ修羅の兵に自分で!」
「俺ァとっくに中毒者だ。呼び起こすなんてのは簡単だ」
「馬鹿が、戻れなくなるぞ」
武器を構える苑路の身体に緊張が走り、統亞の変化に唇を噛み締め思い出されるのは
風が言った言葉、あの戦神の舞いには中毒性がある。兵たち全ての者に聞かされてはいたが、まさか既に統亞が
それになっているとは思いもよらなかったと、二人は武器を握りしめ統亞の前に足を踏み出す
「戻れるのだろう?」
「大将の舞いが頭ん中で続いてるウチは無理だ、暫く続く」
「ならば逃げる。敵を馬から下ろした、十分だ。煙玉は後いくつ残ってる?」
「無理だろ、俺一人であのヤロウを抑える。テメェらはさっさと退け」
馬鹿を言うな、煙玉も此れが最後だ。全員で逃げるぞと梁は最後の煙玉を厳顔が完全に体制を整え直す前に地面へ
叩きつけ、苑路は振り向きざまに勝手に突っ込むのは解っていると統の身体を手で思い切り掴み
梁は二人を担ぎ、全速力で前方で逃げる鳳達に合流するため走りだす
「退却だーーーーーッ!!」
大声を上げ、逃げる梁。兵達は、充満する煙に身を隠し、森の中へと身を隠し、前方の本体へと退却を始める
厳顔の率いる兵達は、副将の号令により一塊になり、煙と退却に偽装して攻撃をするかもしれないと円陣を敷いて
煙が退き、厳顔が合流するのをを静かに待つだけになっていた
大量の煙が上がる後方を食い入るように見つめる鳳を、心配するように肩越しに見つめながら馬を操る李通
「追いついたか、それほど離れては居なかったな。今の内に距離を稼ぐぞ」
三尖刀を携える苑路がいつの間にか殿から押し上げるように走る李通の操る馬の側に並走し
更には兵を引き連れ、同じように梁も苑路の隣で並走し、鉞を担いだまま騎馬の速度に容易に走って追いついて居た
ほっとしたのもつかの間、背中から殴られたような闘気をぶつけられ、後方を振り向けば押しつぶすような殺気を放つ
統亞の姿に李通は一体なにがあったのかと慌てるが、鳳は察したのだろう、苦い顔をして統亞の姿を見ていた
「何時までもたせりゃ良い?」
鋭い目付きに獣の殺気を携える統亞は徐に口を開き、鳳に問いかける
鳳は、統亞の言葉に顔をうつむかせ、言葉を返せずに居ると、統亞は足を早め、少し飛んで
鳳の胸ぐらを掴み乱暴に引き寄せる
「もう嬢ちゃんの頭んなかにぁ策があんだろう?
「・・・」
「言えよ」
「・・・待って、他にも策が」
「俺は大将に恩を返さなきゃならねぇ。俺達の居場所作ってくれたんだ、それによ大将は何時でも、どんな時でも
俺に任せるって言ってくれんだ。賊に落ちた俺達をよ、きったねぇままの俺達を曹操様は・・・【華琳様】は
救ってくれたんだ」
引き寄せたまま、統亞は鋭い眼光で鳳を睨みつけ、鳳は掴む統亞の手に自分の手を置くが、力が入っておらず
まるで唯、添えるように統亞の手に己の手を置いていた
「テメェ軍師だろう。言えよ、俺達に死ねってよ。出来ねぇのか?テメェ何の為に魏に来たんだ?」
「守るためだよ。桂ちゃん守るため・・・」
「なら言えよ。策を、時間を稼いで、魏を、仲間を守るために」
其れでも、鳳は策を口にせず、必死に頭の中で抜け道を模索する
風からの伝令の兵が、統亞達が戦っている時に合流し、伝えられたのは昭が率いる雲の兵が間にあうまでに
三日の日数が必要であると。ならばそれまで敵を押さえ、時間を稼ぎ、全員で退却を可能にする策を考えだすのだと
だが、そんなものは幾ら考えた所で無いのだ。軍隊に必要なのは徹底的な現実主義
現実を見つめ無い者が勝つことなど、ましてや生き残る事など出来はしないのだから
「何で俺達がこんなに武に、生に拘ってんのか解んねぇなんて言わせねぇぞ。魏はよ、眼をそらさねぇで
見てきたはずだ。兵が生きている限り、貪欲に生に喰らい付き戦い続けんのは、後ろで見てる奴らに継承するためだ」
死した兵達の壮絶な戦いは、全てが後に続く者達への魂の継承
何故戦うのか?それは全て、舞王と呼ばれた男の行動に答えはある
誇り高き魏の生き様。生きるための武であり、生き抜くための武、そして何かを護る為の武。故に魏の王は武王なのだ
「軍師に時間稼ぐために死ねって言われた所で俺達は簡単に死にやしねぇっ!言いやがれっ人柱になれってよ!!」
怒気をはらんだ声を上げる統亞に鳳は顔を上げ、真っ直ぐに統亞の鋭い眼を見つめると
男性恐怖症で振るえる手をそのままに、思い切り統亞を抱きしめる
李通達はいきなりの出来事に呆気に取られるが、鳳は少しの間だけ強く抱きしめるとすぐに放し
身体を戻して衣嚢に手を突っ込む
「兵三百を率いて伏して急襲を行う事を命ずる。兵三万の内、二万を道に三百名単位で壁の様に配置
身体で敵の足を止めよ。先に言った兵三百は、敵の先行部隊を無視、後方の補給部隊を徹底的に潰す
雲の兵が到達するまで三日。その間、死してなお敵の足を止めよ」
「了解」
「戦うは我らが仕事、敵の進軍を止めてみせよう」
鳳の言葉に統亞は笑みを返し、苑路は冷静に兵に指示を飛ばし始める
「敵の補給線を断つ。経験が多いんだろう、いちいち相手にしてたら厳顔ってぇヤツに此方が殺される
ならアイツらの後方、騎馬の為の補給線を断つ為に俺達が体張る。良い判断だぜ軍師さんよ」
「駄目っ!ダメですっ!!そんなことをしたらっ!!」
鳳の策の意味に気がついた李通は声を上げて止めようとする、たった三百で繰り返し来るであろう敵の補給部隊に突撃を
繰り返すなど自殺行為だと。逃げるだけの警備兵は速度を上げれば敵に追いつかれる事は無いだろう
それどころか、大宛馬のお陰で敵に追いつくことすら許さず、魏興まで逃げることが出来るだろう
しかし、それでは時間を稼ぐことはできない。時間を稼ぐには統亞達を犠牲にするしか無い
自分が引き連れるのは、兵と言っても警備兵。戦に、後方から来る厳顔の兵にまともに対峙すれば容易く殺される
統亞達がしようとしていることは、後方に伏兵として残り、後から来るであろう補給線、輜重隊を潰すことにある
騎馬と兵が取る食事を積んだ部隊をこの場に残り、潰すというのだ。潰すことが出来れば敵の騎馬は著しく進軍速度が落ちる
腹がへったままの馬が、前方の城から補給のある此方に追いつくはずがない
つまり、統亞達に孤立し、この場にとどまって敵の補給線を断ち進軍速度を落とすため、人柱として残れと言っているのだ
李通が声を上げて止めるのは当然。死を賭して、自分達が逃げる時間を稼ぎだそうとしているのだから
「勘違いすんなよなぁ。俺ぁ死ぬつもりはねぇぜ?ウチの大将はそういうの許さねぇんだ」
「その通り、我ら魏の兵は王の許しなく死ぬことは出来ん。心配はいらん」
統亞と苑路の言葉に梁はぶんぶんと首を縦に振り「まがせておけ」と一言
だがしかしと李通は悲痛な顔で訴えるが、統亞は鼻で笑いさっさと行けと手をヒラヒラと振る
「さっさとしねぇと敵が追いついてくんぞ、俺達も直ぐに隠れにゃなんねぇ」
「解った」
言い放す様に言う統亞達に、鳳は衣嚢に手を突っ込んだまま、顔を上げて眼を細め
白い歯を見せて、輝くような笑顔を見せると
「死ぬんじゃねぇぞ、テメェら」
統亞の真似をして、前に向いて座りなおし、李通の腰に手を回すと全警備兵に号令をかける
敵を見ながら速度を合わせて此方からも、圧力をかけながら逃げると叫び、声を上げ
馬の腹を蹴って、加速させ、驚く李通を抱えるように前へと行ってしまう
「・・・ケッ、良い女じゃねぇか」
「だな、帰ったら皆で酒でも飲もうか」
「おお!飯のやぐそくもしてる」
男達はお互いの武器をぶつけ合うと、梁は兵に罠を張らせる為に先行させ、索敵能力の高い苑路の兵は少数で散らばり
将である三人は、伏兵として兵を引き連れ、森へ入り、身体に泥をかぶって身を隠し始める
「久しぶりに黒山賊の戦いを見せてやろうぜテメェら」
柴桑へと進軍を続けるは魏の本体。華琳の元、兵を指揮する稟によって既に眼で確認できる所で陣を張って待機していた
兵を二つに分けたとは言え、華琳率いる本体の総数は十万以上の兵がおり、その全てが今、呉の柴桑にある城を包囲しようと
していた
「昭が劉備を押さえに行ったとは言え、あまり時間は掛けられないわね」
「はい、此処は速やかに呉の孫策を捕え、新城へ戻るべきです」
「出来るかしら稟」
華琳の言葉に稟はお任せをと笑みで返し、まるで武都の様に半包囲させる
本陣がある場所は西、反対側の東の門はガラ空きの状態にあるということだ
だが、呉の兵達は東から出ることは出来無い、ガラ空きだからこそ、そこには何か罠が掛けられていると言うことだ
更に、遠巻きには紺碧の張旗がはためく。出れば、遊軍として騎馬兵を率いる張遼に食われる事だろう
柴桑の医師により眼を覚ました呂蒙は、体調を崩した周瑜の代わりに城壁で敵軍全体を把握するため、四方を周っていたが
敵兵の配置とその兵科に驚き、混乱する。何故かと言われれば、敵は何一つ攻城兵器を持たず
それどころか歩兵が横陣にて三列。此れは城門や城壁を破壊、または登る為に居るのはわかるが
其れ意外は全て騎馬兵で、横陣。騎馬兵の後ろには歩兵が一列、待機する
初めて見る陣形、というよりも此れは陣形なのだろうかと呂蒙は魏軍の意図が読めず、混乱するばかり
攻城戦で騎馬を使うなど聞いたことも無ければ、考えたこともない。だが相手は魏、自分の知では計り知れず
この防御戦、せめて陸遜が居ればと歯噛みしていた
「攻城戦に騎馬?しかも鎧も着てない、弩を持ってるだけ?兵を殺す気?」
同じくして、魏軍本陣では桂花が理解の出来ない布陣に首を捻り、兵を殺す気かと稟を睨んでいたが
稟は平然と受け流し指先で眼鏡を外し、息を吹きかけ埃を飛ばすとゆっくりかけ直す
「騎馬を攻城戦で使えないなどと誰が決めましたか?城の包囲、城への補給線を断つ、援軍を騎馬の遊軍にて撃破
偽装撤退、いくらでも攻城戦に使えます。それに全て騎馬が居れば有利に事を運べます」
「でも今からするのは城自体を攻める戦いでしょう。まさか城壁に騎馬を突撃させるつもりじゃないでしょうね」
「そんな事はしませんよ。まあ見ていて下さい」
蜀の追撃をしていた無徒の部隊が合流したことを確認すると、稟は北に流琉と季衣を向かわせ
南に無徒率いる聖女の兵を向かわせ、北と南も同じように騎馬と歩兵だけで編成すると稟の号令を静かに待つ
その様子に華琳は想像がついたのか、楽しそうに今から始まる戦いに視線を注いでいた
「では春蘭様、一番前へ。歩兵を率いて城門へと向かって下さい」
「解った」
「ちょ、ちょっと待ちなさい。将を、攻城戦で一番前に置いて突撃させるなんて」
信じられない事を平然と言う稟に、華琳の様子を見てもう何も言わずに見ていようと思っていたが
流石に声を出して止めてしまっていた。将を、敵の矢が降り注ぐ中、突っ込めと言っているのだから
「兵にも盾を、始めは必ず矢を放つのが基本ですから」
「足の早い兵を集めてくれたのだな。騎兵は鎧が無い分、歩兵は重装備か」
「ええ、なるべく減らさぬよう。空に煙矢が上がったら城門前に集結して下さい」
同じような指示を無徒にもしてあると言う稟。表情も変わらず、死んでこいと言える稟はやはり生粋の軍師なのだろう
だが、流琉と季衣にはその指示は出していないらしい、まだ若い将にこんな事はやらせられないと分別があるのだろう
その指示に春蘭は笑みを返し、華琳に礼を取ると身を翻して一番まえヘと身を躍らせる
「あんた、こんな指揮をして春蘭が死んだらどうするつもり」
「おや、春蘭さまが心配ですか?」
「はぁ?なんで私が春蘭の心配なんかしなくちゃならないの?私は華琳様がっ」
ブツブツと文句を言う桂花に稟は笑みをこぼすと、顔を冷淡なものに変え、華琳に目線を移す
華琳はゆっくり頷き、稟は一つ軽く息を吸い込み心を更に冷たいものへと変えていく
「では、攻撃開始」
静かに、呟くように号令をかけると鳴り響く銅鑼の音
大地を響かせ、城へと突撃を開始する魏の歩兵達。迫る歩兵に呂蒙は自軍の兵士に指示を飛ばし、一斉に矢を放つ
「盾構えっ!」
空に放たれた大量の弓矢に春蘭は腰の大剣、麟桜を抜き取り兵に号令をかけると
一斉に兵達は空に向かって鉄製の盾を隙間なく、屋根のように構えて防ぎ、その進軍速度を緩める事無く
城壁へと突撃していく。そんな中、春蘭は降り注ぐ矢を大剣でなぎ払い、砕き、一気に城門へと取り付く
兵達もまた、次々に矢の雨をくぐり抜け、城壁へと取り付くが、呉の兵も其れで攻撃を止めるはずもなく
城壁から石を落とし、矢を放ち、歩兵を削って行く
戦で一番死亡率が高いのは矢によって撃ち殺される事と投石等によって命を落とすことである
つまりは攻撃の手として城壁からの攻撃がいかに強いかと言うのが現れている
幾ら精強な魏の兵とはいえ、高い位置からの一方的な攻撃に成すすべなく、次々に命を落としていく
やはり騎兵などを置いて、歩兵を少なくした事が仇となったかと桂花は我慢できず、騎兵に馬から降りて
突撃を掛けさせようとした所で稟が動く
「騎兵、第一陣突撃」
稟の指示によって、六列の横陣を敷いていた騎馬隊の最前列が突撃を開始する
だが、其れに気がついた呂蒙が、騎馬など矢の格好の餌食だ、盾どころか鎧すら着けて居ないのだからと
矢を城壁に迫る騎馬隊に放つ指示を飛ばす
「銅鑼を鳴らせ、第一陣散開。同時に第二陣、突撃開始」
弓矢をそして弩を構え、矢を引き絞り、迫る魏の兵士へと矢を解き放つと、呉の兵士の眼に映るのは想像がつかない行動
鳴り響く銅鑼の音と共に、突撃をする第一陣の兵士達が左右に散開し、呉の兵が放つ矢をやり過ごす
「なっ!?ならば、次の陣にっ!?」
散会し、外れた矢が転がる場所に間髪入れずに第二陣が入り込み、呉の兵士が矢を装填する前に
装備を外し、身軽になった騎馬兵が一気に近づき、城壁の兵士に弩を放つ
真桜によって小型化、更には和弓の技術を生かして飛距離と威力を上げられた弩によって城壁の兵士は次々に射殺され
呂蒙は直ぐに盾を構えさせ、敵の矢をやり過ごす様に指示をとばす
敵の矢を止めれば今度は此方の番だと、矢を構えさせ、弩に矢を装填させ、城壁に取り付く兵、そして此方に
突撃をする騎馬兵に矢を返そうと盾から身体を覗かせれば、呂蒙の眼に映るのは列を作った騎馬兵が大量に
城壁に向かって突撃を開始する姿
列を作った騎馬兵は、手に持つ弩を城壁に近づき放ち、左右に散開、後方へと戻り
最後尾で一列の陣を作っていた歩兵から装填された弩を受け取り、再度城壁へと突撃を開始する
六列の騎馬兵は次々に弩を放ち、散会し、後方へと戻る。風の編み出した車撃ちを今度は稟が、騎馬を使って
実行し、矢の装填が難点である弩を最後尾に置いた歩兵に装填をさせて、矢を放った騎兵に装填された弩を手渡す
まるで移動する長篠の鉄砲隊の如き攻撃に呉の兵士は顔を出すことすら出来ずに身を屈めるのみ
何とか意を決して一人が構える遮蔽物や盾を構え、その下で敵の騎兵に矢を放とうとすれば
今度は真下に居る歩兵から矢が放たれ、撃ち殺される
ならば、城壁の少し下がった所で矢を敵へ矢を一斉に放とうとすれば
あらゆる情報から敵の軍師が呂蒙であることを割り出し、指揮のタイミングを見切ったのだろう
敵の矢が放たれる前に銅鑼を鳴らし、兵を散開させ避けてしまう
「陸遜は此方に、周瑜はあの時言葉を交わし追い詰めました。既に使い物にはならないでしょう。ならばのこされたのは
呂蒙のみ武官が文官に、軍師になったばかりの者が私に追いつくとでも思いましたか?」
反撃が出来ず、それどころか敵の攻撃を一時的に中断させることすら出来無い状況に呂蒙は青ざめるが
歯を噛み締め、武器を振るい、自分の周りの兵士だけでも降り注ぐ矢を取り除いて攻撃に転じさせようとするが
今度は横陣の騎兵が左右に別れ、右と左から交差するように通り過ぎ、矢を城壁へを放っていく
上からだけではなく、左右からも飛び交う矢に呂蒙は益々顔を青く、そして絶望の色が浮かぶ
その様子を遠方から確認した稟は冷たく、あざ笑う様に笑みを浮かべる
「ほらほら、上ばかり気にしていると足元がお留守になりますよ」
稟の言葉を証明するかのように、突撃する騎兵の中で、数名の者が騎馬に木材を引かせ、城門前へ次々と木材をほおり投げ
空に上がる煙矢に城門前へと集結した兵士達がその木材を手に何かを組み上げていく
「あっ!ああっ!!」
城門の下を覗けば見る見るうちに出来上がる攻城兵器、先を削り丸太を杭にした物を台車に乗せた撞車が
いくども城門を叩きつけ始める。何とか油や火矢を放ち、攻撃しようにも振り続ける矢の雨
そして、城門に取り付き、手のあいた兵士から放たれる矢に呉の兵士は唯、城門が破壊されるのを見ていることしか
出来なかった
「風の考えた戦術ね?車撃ちと言ったかしら」
「はい、途切れる事無く放ち続ける矢に城壁の兵士は成すすべなく、足元で破壊される門を指を咥えて見ているだけになる
わけです」
華琳と稟が言葉を交わす隣で桂花は実行されている戦術にただ言葉を無くしていた
城壁に居る兵士の有利である点は孫氏にもある通り、高い位置に居ると言う所
だが、逆に兵士はあの場から動くことができない、其れを利用し此方の騎馬と歩兵で
まるで貼り付けになったような城壁の兵士へ、上下左右から攻撃を仕掛ける
此方が有利な点は、縦横無尽に動けると言うこと。ならば、機動力を生かし、矢の的を絞らせず
弩の性能を十分に使い、反撃する間を与えず攻撃をし続ける
こんな攻撃方法など誰が思いつくであろうか、そもそも騎馬で城を攻めようなどと誰も考えるはずもない
「これは、此方の物資が豊富であることをが絶対条件の戦い方。燃費が悪すぎる」
「ええ、孫武も騎馬を重要視しては居ましたが、燃費が悪いと言っていました。ですが、今の魏は富国強兵がなされている
国が富んで居るのは昭殿が独自に流通を創り上げた事、そして強兵は華琳様がしてきた戦いの数々にて作り上げられた」
「大宛馬、赤壁に向けた大量の矢の調達。降り注ぐ矢を恐れぬ兵、其れを率いる魏武の大剣。どれか一つでも欠けていれば
こんな策、やろうとも思えない」
稟が考えだしたのは簡単にいえば物量作戦。遠方に軍を動かす為、大規模な攻城兵器は使えない投石機の岩など
一体何処から調達するのか。更に言えば、井闌車などを作ろうにも馬に引かせ、わざわざこの地まで
運び込むのに一体どれだけの金と人が必要か、ならば今ある手持ちの駒と物資だけで
そして軽く、持ち運びが可能で追撃の足かせとならないものを選び、手早く城を落とすにはと考えた結果が
この稟の考えた、騎馬を使った車撃ちと四方向からの攻撃である
桂花の言葉に稟はそのとおりですと頷く。全ては鳳が開いた西涼の流通、そして真桜の創りだした弩の技術
秋蘭の鍛えた騎射の能力、降り注ぐ矢を恐れぬ春蘭と無徒の胆力
あらゆる物を全て使って、一見無謀とも見える騎馬での攻城戦を可能とさせる稟に、桂花は華琳の方に礼を取り
稟へ自分は負けない、自分こそが華琳の軍師だと強い瞳を向けると、今は呉を討つ事が先決だと
足を北へ、流琉と季衣の居る方向へと向けた
「フフッさて、地獄へと突き落としてあげましょう。ゆっくりと、絶望の味を十分に味あわせてからね」
城壁へ絶え間なく降り注ぐ矢で赤く染まる城壁を見ながら、稟は口を釣り上げて大きく笑い声を上げるのだった
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どうも今晩は、大変遅くなりました(´;ω;`)
文字数が多いせいか、後は伏線とか確認しているせいか
進みが遅くなってしまって、本当に申し訳ないです><
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