004
「成る程、確かにそう聞くと、少なくともその時点では、特別戦場ヶ原さんに変わったところは無かったみたいね」
「ああ、そうなんだ」
あれから戦場ヶ原の家を追い出された僕は、真っ先に羽川に、戦場ヶ原の記憶が無くなってしまった事を伝える為電話をした。
僕の言葉を受けて、羽川は一度僕との電話を切り、戦場ヶ原にかけてみたそうだ。
「確かに、昔の戦場ヶ原さんみたいだった。
でも何だか怒っているみたいで、直ぐに電話を切られちゃったから、あんまりよくは判らなかったけれど」
というのが羽川の感想。
まあ、僕が怒らせた直後に電話をしているわけだから、当然といえば当然かもしれない。
その後羽川の方から折り返し電話が来たので、改めて今日戦場ヶ原の家であった事。
そして最近の戦場ヶ原の様子を思い出せる限り詳しく話した。
「強いて言うなら、その戦場ヶ原さんが公園で会った子供というのが、少し怪しいかもね」
「確かに、僕も薄々そんな気がしてた」
戦場ヶ原から話を聞いたときは軽く聞き流してはいたが、少し考えればそんな格好の子供はかなり珍しい。
もしかすると、怪異であった可能性がある。
「そういえば悪いな、授業サボらせちまって」
話し合った末、これから二人で一緒に図書館で、それらしい怪異について調べて見る事になったのだ。
「こういう時にまでそんな事言わないで、第一阿良々木君に謝られる筋合いなんて無よ。
あれ、でももしかしたら戦場ヶ原さん、学校に来るのかな?」
「そういう素振りは、無かったけれどな」
そもそも彼女はここ2日どこに行っていたのだろうか。
それすら聞けるような雰囲気では無かった。
何たってあそこまでの攻撃をしておいて、まるでそれまでのものは違ったかのように、これから初めて実力行使に訴える、みたいなニュアンスだったもんな、あの脅しは。
それがどんなものなのか、想像もしたくねえ。
「それにあんまり期待しないでね、私は忍野さんと違って専門家って訳じゃあ無いし、ちゃんと力になれるかはわからないよ。
そもそもの話をすれば、まだ怪異の仕業と決まったわけじゃあ無くて、何か別の要因で、戦場ヶ原さんの記憶が無くなってしまっているだけかもしれない訳でしょ」
「まあそうなんだけどな」
でも僕達の話、怪異がらみである事は、ほぼ確実な要な気がする。
忍野に、3歩歩いたら面倒ごとを巻き込んでくる羨ましい体質、とまで言わせた僕の周りで起こる奇妙な事が、怪異に関わっていると考えるのはごく自然のことだった。
「じゃあまた後でな」
「ええ、図書館で」
そして僕は電話を切った。
しかし、これから図書館に向かうわけだが、果たして成果はあるのだろうか。
忍野と違って僕達は専門家では無い。
たとえ運良くそれらしい怪異の資料に出会えたとしても、正しい対処が出来るかはまた別の問題である。
「ん?」
そんな風にどうしたものかと考えていた僕の視界の端を、てくてくと能天気に八九寺が歩いていた。
いや、流石に今日このタイミングで彼女と楽しいお喋りという訳にはいかない。
正直な所、彼女が居る事に違和感すらある。
八九寺はこういうシリアスな心境の場面では登場しないキャラだと思っていた。
まあでも彼女も僕の都合に合わせて行動しているわけじゃあ無いし、こういうミスというかバグみたいな事もあるだろう。
僕の視点からすると無視をするようで、感じが悪いかもしれないが、おそらく八九寺はまだこちらに気付いていなし、彼女を傷つけるような事にはならないだろう。
許せ八九寺。
僕は彼女に声をかけること無く、歩みを進めた。
……しかし外で長い間電話をしていたせいで体、主にむき出しになっていた手が冷えてしまった。
僕は右手をポケットに突っ込んで、冷えてしまった指先を暖める。
ホッカイロなんて気の利いた物は持っていない。
人肌に暖められた布の繊維越しに、体温を貰って指にカロリーを供給する。
指先を可能な限り深く潜らせて、太ももをこするようにして手を暖めた。
左側にはポケットが無いので、上着のボタンを一つ外して隙間をつくり、その中に手を入れて暖める。
するとそこで、脳天を打ち抜くような衝撃が走った。
「あれ?」
「さっきから私を無視して何をしてくれてるんですか阿良々木さん!」
気がつくと目の前に、瞳に涙さえたたえた八九寺の顔があった。
「一体どうしたんだ八九寺?」
「それはこっちの台詞です阿良々木さん!
いきなり私の体に抱きついてきたかと思ったら、スカートのポケットに手を突っ込んで、太ももをまさぐるわ、あまつさえ服の中にさえ手を入れてくるなんて、何を考えているんですか!」
「なんだって、僕はそんな事は……あれ?」
言われて見ると、確かに僕の手は八九寺の言うような状態になっていた。
右手は八九寺のスカートのポケットの中に入れられ、左手は彼女の服の中に。
「そんな馬鹿な、僕は手を温めようとしていただけなのに」
「阿良々木さんは無意識に道を歩いていると、道行く小学生に対して性犯罪を働くんですか!?」
心では八九寺を無視しようとしていても、体が勝手に八九寺を求めていた。
もう僕と八九寺の間に、ちゃちな言葉など不要なのかもしれない。
「なにいい台詞っぽく言ってるんですか、ただの痴漢ですよ!」
「確かに、無言でというのは紳士的でなかったかもしれないな」
僕は八九寺から体を離し、今日という日に因んで、礼儀正しくお願いをすることにする。
「よし八九寺、お菓子をあげるから悪戯させてくれ」
「火葬されてから出直してください」
なんて、結局何時もどおり八九寺に絡んでしまう僕であった。
二人並んで、再び歩き始める。
「そういえば、お前名前噛めよな」
「私がどんな反応をしても、阿良々木さんの方が私の事を無視し続けていたんじゃないですか」
うわ、マジで僕はそのレベル上の空だったのか。
「しかしそこまで上の空になるとは、何かありましたか? 私自身、結構激しく暴れていたつもりだったんですけど」
「いや、ちょっと戦場ヶ原がな」
「ああ、あのドロドロさんがどうかしましたか」
「今日突然ツンツンに戻っていたんだ」
「はい?」
きょとん、と八九寺。
「いきなり僕の事を忘れてしまったみたいに、僕に対して攻撃してきたんだ」
「何か失礼な事をしたんじゃないですか、もしくはそういうイメージプレイとか」
「イメージプレイとか、もうお前がわかんねえよ八九寺。いや、なんかそういうレベルじゃなくてだな、まるで記憶が無くなってしまったような……」
僕は簡単に経緯を八九寺に説明した。
「ははあ、記憶喪失ですか。それはまたなんというか、お約束ですね」
「お約束とか言うなよ」
「一度攻略が済んでしまったキャラクターの、後日談エピソードなんかで、よくある話ですよね。あの方のようなツンデレキャラクターにぴったりの展開だと思います。ファンディスクの目玉としても十分いけるんじゃないでしょうか」
「詳しく説明しろっていう意味じゃねえよ!
ていうかホントにお前はどういうキャラになりたいんだ!?」
僕の周りで誰よりも計り知れないのは、コイツなんじゃないだろうか。
「それで阿良々木さんはどうするんですか? 記憶喪失になってしまった彼女さんの乗換え時ですか?」
「お前実は敵キャラだろ」
下手するとコイツ、貝木の後継にみたいな言動をとるな。
「それじゃあアレですか? 一回デレしまったツンデレキャラを、使いまわす為の演出ですか?
ファンディスクの話に戻りますが、失われた彼女の記憶を戻す為に阿良々木さんが努力する過程で、記憶を失った彼女さんが、もう一度阿良々木さんに惹かれ始め、物語終盤に記憶が戻って二人の仲がより深まる。
そんなお話を展開するんですよね、大変勉強になります」
「もうお前が記憶喪失になれよ」
戦場ヶ原と反比例するようにして、こいつの性格が悪くなってないか?
というか前のほうが純粋だったような気がする。
あの無邪気だった頃の八九寺は何処に行ってしまったのだろうか。
「お前、自分から子供らしいキャラを演じているみたいな所があったけど、もうそれは止めたのか?」
「何を言ってるんですか阿良々木さん、こんなに可愛らしいではないですか」
「見た目だけじゃねーか」
「それが全てですよ」
「だから、お前のその可愛らしい見た目でそういう事を言うなよな」
「人間見た目じゃあ無くてやっぱり中身ですよね。ただしイケメンの方に限りますが」
「何言ってんだお前!? というかそれ、台詞内に矛盾がないか?」
「いやでも今の最初の一文って、見た目が残念な人が言っても、僻みにしかならないと思いませんか?」
「それはまあ、多少同意するところはあるけれど」
出た大学なんて関係ないと、東大出てから言ってみたい。
「人は見た目が9割とまでは言いませんが、最も大事なファクターである事は否定できないでしょう?
そうでなければ、あんなにキャラが豹変し、ツンからデレになってしまった戦場ヶ原さんを、どうして阿良々木さんは好きでい続けているんですか?」
「その理論はいささか乱暴すぎやしないか?
そういう場合の、性格と中身は完全にイコールじゃあ無いぞ」
「元から今のデレた性格だったら腑に落ちたんですがね、阿良々木さんがあんな性格の女性を好きになった経緯が未だに謎です」
「今更その話か」
「まあ、ああいったSっ気の強い方が好きというニーズもありますしね。
阿良々木さん達の業界ではご褒美なんでしょう?」
「僕はそんな特殊な性癖の持ち主の団体に入った覚えはねーよ」
「しかし阿良々木さん達のような、足フェチの方はMの方が多いとお聞きしますが」
「そんな怪しげな雑誌に載ってたような眉唾話を信じるな。
というか何時僕が足フェチになった」
「以前阿良々木さんが、羽川さんに、お願いだからお前の足の爪にペディキュアを塗らせてくれないかと、頭を深々と下げてお願いしている所を目撃したのですが」
「それは思春期の男の子が、友達の女の子にお願いする内容としては普通だろ?」
「そんな常識怪しげな雑誌でも読んだ事ありませんよ。
と、いうかそういう事こそ、彼女であるあのツンデレさんにお願いすればいいじゃないですか」
「戦場ヶ原にそんな事言っても、嫌がらずにやらせてくれるに決まってるだろう? それじゃあ面白くないじゃん」
「……戦場ヶ原さんは記憶喪失じゃなくて、ホントに愛想が尽きたんじゃ無いかと思うんですが。
ところでアザラシさん話は変わりますが」
「人を水族館のアイドルみたいに言うな、僕の名前は阿良々木だ」
「失礼、噛みました」
「違う、わざとだ」
「かみまみた」
「わざとじゃない!?」
「飽きました」
「僕との会話にかっ!?」
そんな、僕の方は一番人生で幸せを感じる時間だというのに。
「まあそれは冗談として、阿良々木さん。
そんな大変な事になっているのに、こんな所で何をしているんですか?」
「ああ、いやこれから羽川と図書館でそれらしい怪異について調べて見るつもりなんだ……と、言ってる間にそろそろ着くな」
「そうでしたか、それではお邪魔をしてはいけませんね。
無駄話に時間と頭を使わせてしまって申し訳ありませんでした」
そう言ってぺこりと頭を下げる八九寺。
「いや、確かに無駄話だったけれども、お前が謝る事じゃないだろ」
「しかし無駄話を馬鹿にしてはいけませんよ。
こういう何気ない会話にこそ、何か重要なヒントが隠されているものなのですから」
「お前前もそんな事言ってたけどさあ」
そんなもの、実際言った者勝ち、後から無理にこじつけてしまえば、どんな物でも伏線になりうるのだ。
「まあ阿良々木さんなら、きっと何ともなしに解決してしまいますよ。
それが、主人公補正というものです」
「ま、そうである事を祈るよ。
じゃあ八九寺、またな」
「ええ、無事解決できる事を祈っています」
僕達は手を振り合って、図書館の前で別れた。
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3の続き。
致命的な原作シリーズ本編(鬼物語)との設定矛盾がありますが、面白さを損なうものでもないかと。
察してください。