おとこの両脇には美しい女性がもたれかかっている。
左手には赤く、胸元の大きく開けたドレスに身を包んだ綺麗系の美人。右手には対照的に純白のドレスに身を包んだ癒し系美人。両側から伝わるシルクのような滑らかな肌触りと、男性を惑わせる香水の香りはおとこの心を沸き立たせる。まさに幸福。
二人の女性はせがむように男に擦り寄る。
男はまず白いドレスの女性の手を取り、その体を引き寄せた。薄暗い空間の中でほのかに輝く白い肌と紅いルージュが魅惑的に男を誘う。
まさに唇が触れ合う、その瞬間その世界は終わった。
「はっ!・・・夢か」
男は布団を跳ね上げ、周りを見渡す。そこに美女たちの姿は無く、ありふれた寝室の風景が目に入るだけだった。横にはとりたてて美人ではない妻の寝顔がある。
枕もとの時計はまもなく7時を指し示すところだ。目覚ましより早く起きるなんて珍しいこともあるものだ。もうちょっと夢を見れればと、後悔はありつつも男は現実を見つめた。
先ほどの夢ほどではないにしろ、男は不幸ではない。小さいながら一国一城の主。器量のいい妻とかわいい子供に恵まれた穏やかな日々。これ以上贅沢を言えばバチがあたる。たまには朝の気持ちいい空気を吸うのもいいものだ。
男はベットを起きだし窓を空けようとカーテンに手をかける。そのとき枕元におかれた目覚ましがけたたましい音を立てて響いた。
そうして男は夢から覚めた。
「はっ!・・・夢か」
起床のサイレンで男は目を覚ました。見渡すまでも無い。目の前に見える鉄格子が現実の世界を男に伝える。ふとした気まぐれで手を出したギャンブルにはまり、借金。その返済のため強盗殺人を犯してしまったおろかな自分。夢の世界ははるか昔のことのようだ。
幸せな家庭はもろくも崩れ去った。妻は子供を連れて里に帰った。家は差し押さえられ、男には無期懲役と言う罪だけが残った。
自ら布団をたたみ、点呼が回るまで正座してそのときを待つ。
カツカツカツ、
巡回の足音が響き、男の収監部屋の前に立ち止まり名前を呼んだ。
「・・・・」
そこで男は現実に引き戻された。
(はっ!夢か)
意識はあるが、言葉が出ない。今までのことは全て夢。これが現実だ。
男を呼ぶ声が聞こえる。妻と子供の声だ。しかし目は見えない。自分の意思でまぶたが上がらない。男はあせり自分の置かれた状況を思い出した。
(そうだ、たしかいつものように会社に向かい、工事現場の前を通ったとき上空から鉄骨が落ちてきて・・・)
「残念ですが意識がもどることは無いでしょう」
医師と思われる男性の重い言葉に、妻は声をあげて泣いた。
(おれは死ぬのか?いやだ、まだ生きているぞ!意識はあるんだ!助けてくれ!)
「ご臨終です・・・」
医師の言葉が響いたとき、男の意識は一瞬途切れ、またつながった。
「はっ!夢か」
男は確認するように言葉を発した。体には汗がびっしょりだ。
「どうしたのかなりうなされていたみたいだけど、、、えっなに、どうしたのよ急に」
男はこの現実を確かめるかのように妻を抱きしめた。
「ごめん、ちょっと悪い夢を見てさ、もう大丈夫だよ」
男はそういうと妻から離れ、いつものように傍らのテレビをつけ、朝のニュース番組に耳を傾けた。
画面の中はなぜだか混乱しているようだ、報道のあわただしい状態を背にアナウンサーが引きつった声で原稿を読み上げた。
『いっ今入った情報によりますと。某国の核ミサイルが東京に向けて発射さ、されたという情報が入りましたぁ。住民の皆さんはぁそれぞれの地域ごと誘導にしたがって非難くださいっ!』
アナウンサーの手に新たな情報と思われる紙が渡された。震える手で原稿を持ったままアナウンサーは言った。
『新たな情報によりますと、ミサイルの到着は・・・7時12分とのことです!』
それだけ言うと、アナウンサーは逃げるように画面から消えていった、すぐにテレビは「しばらくお待ちください」の表示に変わり、変化は無くなった。他のチャンネルも一様に放送を中断している。
時計に目をやるとミサイルの到着まであと3分を切っていた。到底逃げおうせる時間ではない。一緒に見ていた妻は震えたまま腰を抜かしていた。
男はやさしく妻の体を抱く。
明らかに現実離れしたこの状況。男には今が夢の延長だと分かっていた。なにも怖がることは無い。本当に目が覚めるのを待てばいいだけだ。
大きな音と衝撃が男の体に届き、時を同じくして、あふれんばかりの閃光に男は飲み込まれていった。
永遠の沈黙が訪れ、悪夢と言う名の現実の中。心穏やかなまま死を受け入れたのはその男だけだった。
END
Tweet |
|
|
0
|
0
|
追加するフォルダを選択
どこまでが夢?