No.309878

アルエリ「お墓参り」編

TOXアルエリ。今度行く時は手製の花輪をエリーゼが用意しそう。 ●アルエリ本「うそつきはどろぼうのはじまり(\100)」10/9「TALES LINK」F-15a「東方エデン」にて頒布予定。

2011-09-30 00:08:36 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1025   閲覧ユーザー数:1021

闘技大会を終え、街が普段の落ち着きを取り戻しつつあるシャン・ドゥの一角で、鈍い金髪の少女がとある民家の門を叩いた。

「こんにちは。お加減はいかがですか」

その家は、決して裕福とは呼べなかった。兎小屋のように狭苦しい家屋に、必要最低限の家具が所狭しと置かれている。それでも長い間人の手が入っていない箇所には薄く埃が溜まっており、それが尚一層、家の中を表の喧騒から隔離していた。

ただ唯一救いなのは、外の日差しが差し込む窓辺だけが明るく、仄かな希望に包まれていることだった。

「やあ、良く来てくれたね。君の家は見つかったのかい?」

寝台の脇に腰掛けていた男がエリーゼを認めて破顔した。朴訥としたユルゲンスの出迎えに、少女も釣られて微笑む。

「はい。イスラに、そのお礼を言いたくて」

事実を言えば、生家は見つからなかった。家主であった両親は野盗に殺され、幼い彼女が誘拐されてから十年もの歳月が流れている。その間に無人の家屋は朽ち果て、跡形もなく消失してしまっていた。

雪の吹きすさむモン高原の奥地に、人の営みの形跡はなかった。だが彼女は、自身の家が確かにここにあったのだという確信を得た。雪原に群生するプリンセシアが、まるで目印のように淡い花を綻ばせていたからである。

共に彼女の家を探してくれた旅仲間が不思議そうに言った。プリンセシアは温暖を好み、こんな極寒の地に咲くような花ではないと。別の仲間は精霊術を感知したらしく、人の手により丹精込めて植えられた、特別な花に違いないと指摘した。

エリーゼの花――彼女の両親はかつて、庭に咲くプリンセシアをそう呼び、娘同様に慈しんだ。暖かな暖炉の側、母の腕に抱かれ、父に頭を撫でてもらったその感触が、まるで昨日の事のように蘇ったのである。

思い出を追い求め、辿り着いた先には何もなかった。だがエリーゼにとって、雪原のプリンセシアが両親に愛されていた何よりの証となったのである。

「昔住んでいた家のこと、両親のこと。わたし、思い出すことが出来ました」

少女の言葉に、ユルゲンスはひどく安堵したようだった。

「そうか。それは良かった」

イスラがうわ言のように繰り返す言葉から、ユルゲンスは既に婚約者の過去を知ってしまっていた。だから被害者であるエリーゼの訪問と謝辞に、心から頭を下げていたのである。

当初、エリーゼはイスラを見舞うことを躊躇していた。そもそもエリーゼが社会から切り離され、成長を著しく阻害された原因は、彼女が金銭目的に幼い彼女を攫い、売り飛ばしたせいなのだ。己に孤独の道を歩ませた張本人に対し、憎悪をぶつけるならまだしも、礼を述べるなど聖人君子でも難しいだろう。

だが、それでもエリーゼは、彼女に感謝を示すべきだという結論に至った。

世界を旅して、多くを見てきた今なら何となく、彼女の心境も理解できる気がする。言葉には到底出来ないし同情する気もさらさらなかったが、彼女が自暴自棄に至った経緯について知るにつれ、客観的に見てもそうせざるを得ないだろうという判断に落ち着いていたのである。

エリーゼは思う。イスラは身寄りのない子供を見つけては研究所に売り、医者の地位と知識を悪用しアルヴィンの母の命を奪った。本当なら日のあたる場所を歩けないほどの悪事を働き続けてきた彼女だが、彼女なりに罪の意識に悩まされていたのだろう。そうでなければこんな風に自我を失い、先祖返りすることもなかったはずだ。

そこまで思いを巡らせて、少女は男を呼んだ。

「ユルゲンスさん」

完全に寝たきり状態のイスラを甲斐甲斐しく世話していた手を止め、ユルゲンスは顔を傾ける。

「なんだい?」

エリーゼは胸元で手を組み、少しつっかえながら言葉を紡いだ。

「あの、教えて貰いたいことがあるのですが」

 

 

 

伝統あるシャン・ドゥ闘技場では、一行の果敢な挑戦により団体戦上級までが申込み可能になっていた。話を聞きつけたレイアが、仲間の意見も碌に聞かず呼吸をするかの如く手続きを済ませ、武闘派の彼女の意気込みそのままに突貫したところ、何だか訳のわからないうちに彼らは華々しい戦績を上げてしまった。

「やったー! 優勝だよ優勝!!」

「まとまりがないって言われちゃったけどね……」

興奮冷めやらぬレイアに対し、ジュードは未だ司会に指摘されたことを気にしているようだった。だがそれでも、心なしか嬉しそうである。

共に闘技場の受付に続く階段を下りながら、エリーゼは隣の男に声を掛けた。

「アルヴィン。この後、時間ありますか?」

件のレイアは、次は専用武器を手に入れるのだと豪語していた。負けん気の強い彼女のことである。鼻息荒いまま、金貨を受付に叩きつけていたし、この先随分掛かることは間違いなさそうだった。

専用武器の入手できるという種目は個人戦上級で団体戦ではないため、全員が雁首揃えて居る必要はないだろう。勿論、観客席から仲間の戦い振りを観戦しても良いのだが、今の時間は日差しがきつい。

アルヴィンは階段を進む足を少しだけ緩める。

「何だお姫さん。この俺を誘ってんの?」

からかう様な言葉を、この時のエリーゼは完璧に受け流した。

「そうですよ」

「おいおい、どういう風の吹き回しだよ」

冗談をさも本気のように取られても、男は尚も笑い飛ばそうとした。そんなアルヴィンにエリーゼは、殊更さらりと告げる。

「お墓参りです」

「……誰の」

「アルヴィンの、お母さんの」

先日ユルゲンスに教えてもらった共同墓地は市街地の奥、王の狩場の近くにあった。

弱肉強食を掲げるア・ジュールは、敗者の人権は塵のように低い分、逆に歴戦の兵の扱いは丁重だ。その意味もあって、権威ある土地に近づくほど墓石には戦士の名が増え、そこから扇を描くようにぽつりぽつりと民間人の名が現れていた。

多くの部族や市民が眠る共同墓地は、その分整備されているが広い。この広大な敷地からたった一つの墓標を当てもなく探し出すのは困難に思え、エリーゼは花輪と水を求めるついでに墓守に訊ねた。

「最近、埋葬されたお墓はどの辺りですか」

「ここ最近、ねえ……」

顎を撫でる老人はしばし宙を見上げる。エリーゼは質問を変えた。

「イスラが手続きをした中で、いちばん新しいお墓は、どの辺ですか」

医師イスラの名を出すと、墓守の反応は俄かに敏感になった。すぐさま帳面をめくり、不案内な参拝者に配布しているらしい手書きの地図をくれた。

それを片手に、エリーゼは墓地を進む。アルヴィンが無言でついてきた。

「西に十、角を右に曲がって六つ目……。ここ……です」

立ち止まった場所には、確かに雨風に晒された形跡のない墓石があった。エリーゼはしゃがみ込み、落ち葉をそっと払う。

イスラの最後の良心という奴だろうか。打ち立てられた墓石は真新しいどころか、何の文字も彫られていなかった。代わりに木の板に名前と没した日、埋葬された日が記載され、碑文の如く立てかけられている。

少女は、買い求めてきた花輪を碑文にそっと乗せた。まるで少女のように息子のことを語っていた、在りし日のレティシャの頭上を飾るように。

共にしゃがみ込み、ひとしきり祈りを捧げた後、彼女は隣のアルヴィンをそっと伺った。男はこの共同墓地に入ってから一言も喋っていない。母の墓を目の前にして、何の感想もないのだ。

エリーゼは今になって気まずさを覚えた。

(わたし、レイアのお節介が、うつったのかな)

もしかしたら怒っているのかもしれないと、少女は項垂れ続けるアルヴィンの表情を盗み見ようとして、やめた。代わりに手桶を提げ持ち、いつも通りの声音で独り言のように告げていた。

「じゃあわたし、先に戻っていますね」

泣きたい時、落ち込んだ時、誰かが側にいると、余計に辛いことがある。意味もなく当り散らして、相手も自分も傷つけてしまうことがあることを、エリーゼは経験上知っている。

だから一人にしてあげようと思った。取り繕うような言動は全て、それ故の行動だった。

エリーゼは俯き加減に男の脇を通り過ぎる。すれ違う瞬間、男の外套が翻った。同時に他者の握力を感じた。腕を掴まれている。

「悪い」

男は短く詫びた。だが彼女には何に対しての謝罪なのかさっぱり分からない。引き止めたことに対するものかと思ったが、今尚腕は掴まれたままなのだ。

間があった。沈黙というより、それは会話の途切れと呼ばれるものに近かった。アルヴィンは何かを言おうとしている。言葉を発しようとしては躊躇い続けている。少女は辛抱強く次の言葉を待った。

搾り出すような低い声は、風に攫われるほどひどく掠れていた。

「……いてくれ」

金髪を揺らし、少女は踵を返す。手桶をその場に置き、空いた手で彼の腕にそっと触れた。

「わかりました」

短くそう答えてエリーゼは再び男の隣にしゃがんだ。ゆるゆると離れていった、今しがたまで自分を引き止めていた手を軽く握ってやる。そのまま触れ合っていると、やがて微かに握り返される感触が伝わってきた。

大きな手。世間の荒波を知り過ぎてしまった、強くて脆い嘘つきな人の手は、切ないほどに暖かかった。

この人も自分と同じように独りだったんだ、とエリーゼは改めて男の半生を思う。突然異郷に放り込まれて、右も左も分からないうちに父親は死に、母親は正気を失った。何の力も持たない少年が、それまでの常識が通じぬ世界で生き延びるには、ただ周囲に揉まれるままに戦いに身を投じるしかなかった。

ただ祖国に帰るため。全ては、生まれ故郷の地を再び踏むため。そのためなら何だってできる、裏切り者の謗りなどいくらでも受けて立つ。そんな風に強がっていても、彼はずっと一人だったのだ。未だ被保護下にあるべき歳に、親の庇護を失ってしまった時からずっと。

だからなのだろう。エリーゼは指先から伝わる男の体温を感じながら瞼を伏せる。だから時折、孤独を感じて心が折れそうになった時、誰かを必要とする。幼い自分でさえ必要としてくれる。

(ちゃんと一緒に、いてあげますから)

今はもう一人じゃないことを知って欲しくて、エリーゼは男の肩口にそっと頭を乗せた。


 
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