No.309515

真・恋姫無双~君を忘れない~ 五十五話

マスターさん

第五十五話の投稿です。
風の策は成った。絶体絶命の危機に瀕した孫策・一刀陣営。その状況を打破すべく二人の将が覚悟を決めて、道を切り開こうと動きだす。
遅々として物語が進みませんが、それではどうぞ。

コメントしてくれた方、支援してくれた方、ありがとうございます!

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2011-09-29 12:10:07 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:9491   閲覧ユーザー数:6755

一刀視点

 

「霞……様……」

 

 悲しみに満ちた声を上げたのは焔耶だった。

 

 俺も正直な気持ちを吐露すれば、胸中には複雑な感情があった。

 

 もうだいぶ前の話になるが、俺がまだこの世界に来てから間もない頃――俺が天の御遣いと自称すらしていないとき、桔梗さんと焔耶と共に各地を旅したことがあった。

 

 最初に向かったのが、当時まだ月が董卓として統治していた天水だった。そこで、月を始め、詠、ねね、恋さん、そして、張遼さんに出会ったのだ。

 

 張遼さんとはあまり話すことは出来なかったけど、とても親しみやすい人で、共に酒を交わしたこともあった。今でもあの人の人懐っこい笑顔は忘れていない。

 

 特に焔耶はかなり可愛がられていたようだから、まさかこうして敵対することになるとは――情報として張遼さんが曹操さんの許に降ったことは知っていたが、現実的に受け止めることは難しかったのだろう。

 

 この時代、味方に背いて敵方に寝返ることなど、乱世である以上、それほど珍しい話でもないだろうから、理性では理解することは出来ても、やはり感情では受け入れられない。

 

 だけど、今は感傷に浸っているばかりではいられない。これで程昱さんの狙いが明らかになった以上、俺たちもそれを打破すべく行動しなくてはいけないのだから。

 

「……私が行く」

 

「焔耶……?」

 

「私が霞様を止める……っ!」

 

「ダメだ! お前も張遼さんの強さはよく知っているだろう。焔耶一人じゃ止められない。それに張遼さんを止めるにしても、率いる騎馬隊ももう残っていない」

 

「だけど……っ!」

 

 焔耶は苦悶に満ちた表情を浮かべた。誰よりも張遼さんの強さを知っているからこそ、自分が決死の覚悟で相手をしようとしていたのだ。

 

「分かっているさ。このまま俺たちも負けるわけにはいかない。紫苑さん、お願いします」

 

「分かったわ」

 

 もっとも危惧すべきことが、本陣が騎馬隊に突入されてしまうことだ。孫策さんたちが密集隊形を布いてくれたとはいえ、張遼さんが相手では大した効力も見込めないだろう。

 

「弓兵、前に出なさい! 私と同方向に矢を射かけるのです!」

 

 紫苑さんは自ら先頭に立って、張遼さんが率いる騎馬隊に向かって矢を放った。

 

 大地を縦横無尽に駆ける騎馬隊に矢を放つことは、本来、相手を牽制するための手段に過ぎない。標的が素早く動く生き物なのだから、それに狙いを定めるのは非常に困難な所業だろう。

 

 しかし、紫苑さんは益州で――いや、大陸でも弓矢を扱わせれば右に出る者がいないほどの腕の持ち主だ。彼女の強さは桔梗さんや焔耶のように力で捻じ伏せるという純粋な武力にあるわけではない。

 

 彼女のもっとも優れている点は、一瞬にして周囲の状況を読み抜く洞察眼にある。地形を三次元的に捉え、彼我の位置を正確に測定する空間把握能力に秀でている。

 

 さらに、風向き、風力、そして標的が動く物体ならば、その速度まで正確に読み取り、どんなものでも彼女に射抜けないものなどないに等しい。

 

 彼女の矢が兵士たちの目印となり、矢は正確に張遼さんの部隊に吸い込まれていった。

 

 雨霰(あめあられ)と矢を射かけられて、さすがの張遼さんも部隊の進行方向を変える。

 

「よしっ。これで何とか凌ぐことが出来れば――」

 

 しかし甘かった。

 

 張遼さんは速度を落とすことなく、即座に部隊を何隊にも分けると、それを別々の方向から一斉にこちらに攻めさせた。

 

 そうなると、いくら紫苑さんが目にも映らぬ程の速射が出来たとしても、全ての部隊に狙いを定めることなんてが出来るはずもなく、部隊の進撃を完璧に防ぐことも不可能になってしまう。

 

「ダメ……抑え切れないわっ」

 

 次の瞬間、放たれる矢から逃れきった一つの部隊が弓兵に突っ込むと、それを引き金に次々に部隊が突入してきた。

 

「怯むなっ! 小さく纏まって凌ぎなさい!」

 

 孫策さんが声を嗄らして兵士を鼓舞する。

 

 さすがに孫策軍の兵士たちは精兵揃いで、何とか踏みとどまろうと必死に応戦するが、それでも張遼さんの部隊の力は凄まじく、大きく陣を崩されてしまった。

 

「冥琳っ!」

 

「分かっている。もうしばらく辛抱してくれ」

 

 周瑜さんは額から汗を流しながらも、冷静に戦場を見定めている。

 

 張遼さんの騎馬隊に完全に翻弄されているのだから、今は正直なところ為す術がない。いくら迎撃しようと、相手は騎馬隊なのだから、動き回られると捉えようがない。

 

 勝機を見出せるとしたら、騎馬隊が一度こちらから離れたときだろう。

 

 実際のところ、あれだけの力を発揮しても、部隊をいくつにも分けてしまったことで、衝撃の威力はいくらか緩和されていたのだ。正直、あの力が集約されていたら、崩されるだけでは済まなかったであろう。

 

 しばらく騎馬隊の猛攻を耐え凌ぐと、予想通り、張遼さんは一度本陣から部隊を下げて、再び纏まろうと動き出した。

 

 こちらが手を打つとしたら今しかないだろう。

 

 時間はほとんど残されていない。この瞬間にも張遼さんは部隊の再編成をしているし、敵の主力部隊もこちらの先鋒とぶつかるだろう。

 

麗羽視点

 

 周瑜さんから伝令が放たれて、敵の真意を教えてくれましたが、それを知った時点でもう敵の策は成功していると言って良いでしょう。

 

 敵は最初から一刀さんと孫策さんを狙っていましたのに、偽装兵に目を奪われてしまったことは、取り返しのつかない失態ですわね。

 

 そして、ここに来て神速を誇る張遼さんの投入――それは正に切り札と言えるでしょう。本陣にはまだ三万の軍勢が残っていますが、それも果たしてどこまで持ち堪えることが出来るのかは定かではありませんの。

 

 戦場の最中にありましたが、わたくしの思考はいつも通り、冷静に戦況を分析しましたわ。敵の先鋒、偽装兵、主力部隊、張遼さんの騎馬隊、その位置と数からこれからの展開を予想すると、それを覆すには少々の無理はしなくてはいけないでしょう。

 

 周瑜さんはどのようにこの場を凌ぐつもりなのでしょうか。

 

 残念ながら、わたくしでは現状を打破する手段は一つしか思い浮かぶことは出来ませんでしたわ。

 

 ですが、その手段は――

 

 いいえ、このような状況を招いてしまったのは、そもそもわたくしが敵の真意を見誤ったことに起因していますわ。その責任は自身で償わなければ参りませんわ。

 

 思えば華琳さんから命を救われ――あれは救われたのではなく、単にわたくしの命なんて奪うだけの価値があったわけではなかったのでしょうが、斗詩と猪々子で穏やかな日々を過ごしたときもありましたわ。

 

 世間知らずで、袁家から離れるとわたくしには何も出来ることがありませんでしたの。二人のために食事を作ることも、食材を得るために路銀を稼ぐことだって、わたくしには碌に出来ませんでしたの。

 

 いつになっても、わたくしは二人に迷惑ばかりかけていましたわ。

 

 それでも――

 

 あの日々はわたくしにとって掛け替えのない――わたくしには本来許されるべきではない大切な時間でしたわ。決して忘れることのできない宝物ですもの。

 

 益州で過ごした時間も、師匠から厳しくも、わたくしを個人として扱ってもらったことも、わたくしには過ぎたものだったのですわ。

 

 だから、わたくしは――

 

「……斗詩」

 

「はい」

 

「わたくしは五千を率いて、張遼さんの足止めをしますわ」

 

「え?」

 

「貴女は猪々子と合流して、偽装兵を殲滅したら、速やかに夏侯惇さんの部隊の撹乱に動きなさい」

 

「そ、そんな……。たった五千騎で足止めなんて無茶ですよ!」

 

「無茶は承知ですわ。ですが、それ以外に今の状況を脱することは出来ませんの」

 

「ですけどっ!」

 

 斗詩は馬を寄せて、哀願するようにわたくしを見つめましたわ。

 

 わたくしだって、あの張遼さんを相手にして、敵の半分の兵力で――同等の兵力だって大した差はないのでしょうけど、彼女の足止めをするなんて到底出来るとは思っていませんわ。

 

 それでも、わたくしはこの戦の全権を委任されている身ですわ。必ず勝利を一刀さんに捧げると誓いましたもの。決して負けること――況してや一刀さんの命を危険に晒すことなんて許されませんわ。

 

「ダメです、麗羽様! 危険過ぎます!」

 

「……わたくしは一人でも多くの民を救いたいのですわ。斗詩もそれをよく知っているでしょう?」

 

「……はい」

 

「そのためにはこんな戦争、一刻も早く終わらせてしまわなければなりませんの」

 

 漢室にはもはや大陸を支配できる程の力はありませんわ。だから、誰かが覇者となって、大陸に平和をもたらさなければいけないのは、わたくしにも分かりますわ。

 

 ですが、そのために多くの民の血が流れることを認めるなんてことは、例えそれが大陸を制する上で致し方のない犠牲だとしても、わたくしには出来ませんの。

 

 きっとこんなこと、華琳さんにでも言おうものなら、彼女に嘲笑されてしまうでしょうね。華琳さんは自分の覇道を実現するため――大陸全体の民を救うためには、目の前の民を見捨てることも肯じられる人ですもの。

 

 それは非情のように聞こえますが、それを呑みこむためには、自身にも大きな痛みを背負わなければいけないことですわ。単に、わたくしにはその覚悟がないだけですものね。

 

「ここでわたくしたちが勝利することは、多くの命が救われる大きな一歩になりますの」

 

「麗羽様ぁ……」

 

「ここは戦場ですわよ。涙は拭いなさい。……斗詩、この場を任せていいですわね?」

 

「…………」

 

「返事をなさい」

 

「……分かりました」

 

 瞳に涙を一杯に溜める斗詩の頭を撫でた後、わたくしは速やかに五千騎を集結させました。

 

 張遼さんが一度部隊を引いた瞬間を狙って、わたくしは一気に偽装兵の壁を破って、張遼さんの部隊に向かって馬を駆けらせましたわ。

 

 張遼さんを相手にする以上、わたくしは死を覚悟しなくてはいけないでしょう。

 

 美羽さん、一刀さん、約束は――必ず帰るという約束はまもれそうにありませんわ。

 

冥琳視点

 

 気付くのが遅かった――いや、気付いたときには手遅れだったのだ。開戦と同時に、敵の狙いを見誤ってしまった時点で、私たちは敵の術中に嵌まってしまったのだから。

 

 術中なんて言葉を使うと、まるで私たちは敵の仕掛けた策に上手いように転がらされたように思われるが、こんなものを策なんて言葉で飾るには少々乱暴過ぎる。

 

 最初から雪蓮と北郷の首を狙うのであれば、こんな大仰な仕掛けなどせずとも、夏侯惇の部隊で正面からぶつかっている間に、背後から張遼の部隊に襲わせればそれで事は済んだはずなのだ。

 

 どうしてわざわざこんなことをしたのかというと、答えは一つしかない。

 

 敵は私たちの心を壊しにきているのだ。

 

 私と雪蓮、そして、益州では英雄視されている北郷が、この戦で完膚無きにまで叩き伏せられたという事実は、両国内で大きな波紋を呼ぶだろう。

 

 私たちですら曹操軍には勝てない――勝敗は兵家の常というものの、それでも曹操軍には敵わないという固定概念を植え付けてしまうに違いない。

 

 最悪の場合を想定すれば――例え仮定の話であっても、こんなことは考えたくはないのだが、雪蓮と北郷が命すら落としてしまえば、曹操軍にこれ以上の抵抗をしようという意思すら奪ってしまうだろう。

 

 そこまで考えた上で、夏侯惇と張遼という曹操軍が誇る二将の武力を最大限に活用して、私たちの戦略を力で捻じ伏せることで、私たち軍師にもっとも精神的な苦痛を与えたのだ。

 

 ――だがな、私を舐めるなよ。

 

 どうやら私は袁術から領土を奪い取ってから、その後の豪族の制圧程度しか戦をしていなかったから、平和というぬるま湯にすっかり浸かってしまっていたようだな。

 

 常に頭のどこかで、兵力の損害を気にするあまり、守りに逃げるような戦略を練っていた。曹操に勝つ戦ではなく、曹操に負けない戦をしようとしていた。

 

 ――負けることを恐れていた。

 

 ――傷つくことを恐れていた。

 

 ――戦うことを恐れていた。

 

 だが、私とて孫呉の大都督として雪蓮の横に並び立つものなのだ。

 

 もう逃げることも、甘えることもしない。

 

 自らの全てを懸けて、程昱、お前の策を打ち破ってみせよう。小覇王と称される雪蓮の――そして、雪蓮の許に集った者たちの力を見せてやろう。

 

 そう己に覚悟を定めると、自然と焦りが消えていった。

 

 周囲の雑音が一切耳に入ることはなく、頭の中で次々と戦況の分析と、その打開案が浮かび、現状にもっとも有効な戦略が構築されていった。

 

 常識で測れば、今の状況を覆す可能性の高い策などあるはずがない。戦の流れは完全に曹操軍が握っているのだ。

 

 しかし、私たちはこの戦いに負けるわけにはいかない――否、必ず勝たなくてはいけないのだ。負けない戦ではなく、勝つ戦をしなくてはいけないのだ。

 

「……雪蓮、反撃に転じるぞ」

 

 張遼が一旦部隊を下げると同時に、雪蓮にそう告げると、何も言わずにただ頷いてくれた。

 

 それは私に全幅の信頼を寄せている証であり、詳細など訊かなくても、ただ私に従えば戦に勝てると信じてくれているのだ。

 

 思えば、まだ先代様――孫堅様がご存命の頃、雪蓮と私は孫堅様に戦に連れ出されては、先鋒を任されることがあった。

 

 その頃の私は、今のように立場や自信があったわけではない。初陣を迎えたばかりの私は、まだ戦の恐怖を克服することが出来ずに、むしろ、雪蓮のように堂々と戦えることが羨ましかった。

 

 しかし、雪蓮はいつもそんな私に戦を任せてくれた。今のように、何も訊かずにただ頷いてくれた。そして、どんな苦境にあっても勝利を掴み取っていたのだ。

 

 私としたことが、こんな場面にありながら若かりしときのことを思い出すなんて、今は

思い出を懐かしんでいる場合ではないのだが、何故か自然と頬が緩んでしまった。

 

「戦が楽しいと思うのはいつ以来だろう」

 

「え?」

 

「何でもないさ。雪蓮、お前は三千を率いて先鋒へ向かってくれ。夏侯惇をお前に任せる」

 

「了解よ」

 

 雪蓮は何も訊かない。たった三千でこの戦況をどう覆せるのか、普通であれば私に尋ねるのだろうが、即座に兵士を集めると、先鋒へ向かって駆けていった。

 

 ちょうどそのとき、袁紹が部隊を率いて囲いを突破して張遼の許へと向かっていた。

 

 その行動を予想していなかったわけではない――いや、袁紹であれば、それが危険だと承知した上でそうするだろうと思っていた。あやつは以前の袁紹ではない。今や私も認める程の人物になっているのだから。

 

 お前の行動は決して無駄にはしない。

 

「よし、我らも行動に移るぞ」

 

 曹操軍よ、待たせたな。これからが本当の孫策軍の戦だ。江東の虎と恐れられた孫堅様の意志を継ぎ、雪蓮という稀代の英雄――小覇王によって培われた我らの力を、お前たちに存分に見せてくれよう。

 

 もしこの場から生きて戻ることが出来たら、お前たちの主である曹孟徳に伝えるが良い。お前が争おうとしている相手は、どれだけ窮地にあろうが、その心は決して挫けることなく、最後の一兵まで戦う精兵揃いであるとな。

 

一刀視点

 

 張遼さんが部隊を下げると、先鋒で動きがあった。

 

 麗羽さんが部隊を率いて張遼さんに向かっていったのだ。先鋒同士のぶつかり合いに加え、麗羽さんの騎馬隊、さらには旧劉琮軍に偽装していた曹操軍の出現と、先陣は混乱を極めている以上、そこを放っておくことは出来ない。

 

 そうだとしたら、斗詩と猪々子のどちらか――いや、二人は共にいてこそ力を発揮する将なのだから、どちらも麗羽さんに付き従っていないということになる。

 

 つまり、彼女はたった一人で兵を率いて張遼さんと戦おうとしているのだ。

 

「そんな……危険過ぎる」

 

「だけど、それが最善ですよねー」

 

 俺の呟きに冷静な声で答えたのは七乃さんだった。

 

 七乃さんは孫策さんとの同盟に気遣って、戦場でも自己主張することなく、ねねを抱えながら隅の方にいたのだ。さすがにすぐに孫策軍と打ち解けるというわけにはいないのだから当然だった。

 

「張遼さんを止めない限り、私たちはこの窮地を脱することは出来ないですからねー。孫策さんたちも動き出したみたいですし、時期としては的確だと思いますよー」

 

 七乃さんの言う通りだった。

 

 さっきの攻撃は何とか凌ぐことが出来たが、次はおそらく無理であろう。張遼さんはそんなに甘い相手ではないことは、俺もよく知っている。次に攻められてしまえば、完全に潰走させられてしまう。

 

「でも、麗羽さん一人じゃ無理ですよっ」

 

「麗羽様もそれを承知して戦いに向かっているんですよー。例え命を落とそうとも、それくらいの覚悟を決めているんだと思います」

 

「まさか……。七乃さんだったら、何か他の手段を――」

 

 そう言いかける俺に、七乃さんは弱々しく首を横に振った。

 

「さっきも言いましたけど、麗羽様の行動が最善だと思います。私にもどうすることは出来ません」

 

 じゃあ、麗羽さんはここで死ぬつもりだって言うのか?

 

 戦況を覆すためには、それは止むを得ない行動なのかもしれない。だけど、麗羽さんが戦死するようなこと、到底俺には受け入れることなんて出来ない。

 

 それに斗詩や猪々子、美羽はどうなるんだ? あの娘たちには麗羽さんが必要なはずだ。この場にいない美羽に、俺はなんて伝えてあげれば良いんだろうか。

 

「……本当に麗羽様は勝手な人ですよ」

 

「七乃さん?」

 

「私とお嬢様を助けるために、敢えて孫策さんと戦をするなんて無茶をして、挙句の果てには自らの命を犠牲にしようとするなんて……本当に馬鹿ですよ」

 

 そう呟く七乃さんの表情は、いつものような笑顔はなかった。素直に自分の感情を表に出すことはないが、それでも悲しみを噛み殺していることは俺にも見て取れた。

 

 美羽と麗羽さんは同じ袁家の出身だった。

 

 確か、演義だと袁紹が妾の子供だとして、袁術は忌み嫌っていたようで、両者の関係はお世辞にも良好とは言えないはずであったが、この世界では違っていた。

 

 これまでお互いがどのように道を歩んでいたかは知らないが、二人が益州に来てからは、麗羽さんは美羽のことを可愛がっていたようで、その証拠に、戦が始まったらすぐに美羽を安全な場所に逃がしたそうだ。

 

 そして、麗羽さんはそんな美羽が孫策さんから恨まれていることを承知の上で、孫策軍との戦いを優位に進め、彼女を赦すという条件の許、同盟の締結を提案したのだ。それを実現するために、彼女はこれまで軍師としての腕を磨いてきたのだ。

 

「やっぱり、麗羽さんを見捨てることなんて出来ない……っ!」

 

 だけど、一体どうしたら麗羽さんを救うことが出来るんだ。相手は張遼さんだから、俺が助けに向かったところでどうすることも出来ない。

 

「…………一刀、恋に任せる」

 

「え?」

 

「…………麗羽は恋に食事をご馳走するって約束した。だから、恋が助ける」

 

「恋さんっ!」

 

 恋さんの言葉に俺は思わず涙ぐみそうになってしまった。

 

 彼女だったら――他人を守るためならどんな相手も叩き伏せることの出来る恋さんだったら、きっと何とかしてくれるはずだ。

 

「恋さん……麗羽様をお願いします。必ず助けて下さい」

 

 七乃さんが恋さんに頭を下げて懇願した。この人が誰かのために頭を下げるなんてところ、俺は初めて見たのだが、それくらい七乃さんも麗羽さんが心配なんだろう。

 

「…………ん。大丈夫。絶対助ける」

 

 恋さんはそう言うや否や、馬に飛び乗り麗羽さんの許へと駆けていった。

 

「七乃さん、麗羽さんは恋さんに任せましょう。俺たちは俺たちに出来ることをして、この戦に絶対に勝利するんです」

 

 俺の言葉に頷く七乃さん。

 

 先ほどまで見せていた、麗羽さんを純粋に想う姿はなく、そこにはいつものように不敵な微笑みを浮かべる七乃さんの姿があった。

 

「そうですねー。少しばかり曹操軍にはお仕置きが必要かもしれませんねー」

 

 そして、俺たちは恋さんが麗羽さんを救ってくれることを願いながら、曹操軍を打倒するために動き始めるのだった。

 

あとがき

 

 第五十五話の投稿です。

 言い訳のコーナーです。

 

 さて、今回は風の会心の一手を受けて、孫策陣営、一刀陣営のそれぞれの動きにスポットを当ててみました。

 

 時間軸で考えると、前話の最後の風の視点と同じ辺り、霞が本陣に突入するときから今回の話は始まりましたが、今回はちょっとそれぞれの視点で時間軸が被ってしまい、少し分かりづらかったかもしれません。

 

 まず動きだしたのは、やはり我らが麗羽様でした。

 

 麗羽様の性格として、既に原作の面影すらないのですが、彼女は登場時の番外編において、反董卓連合で多くの兵士を殺したことで、己を深く責めています。

 

 それが影響して非常に自虐的かつ卑屈的な性格になっており、霞の投入に関しても、自身の責任であると考えてしまった結果、その責任をとるために彼女は五千騎という小勢で、霞に向かいました。

 

 それから冥琳の覚悟。そろそろ冥琳にも活躍してもらわないと、このままじゃ孫呉が弱いと思われてしまうので、次回以降は孫呉にもスポットを当てながら、雪蓮と冥琳を描きたいなと思います。

 

 自身の危険を顧みずに霞へと向かった麗羽様を心配する一刀くんでしたが、彼女の救うために恋が動き出します。

 

 相手は神速を誇る霞こと張遼ですが、果たして恋は麗羽様を救うことが出来るのか。

 

 そして、冥琳たちは突破口を見つけることが出来るのか。

 

 次回をごゆるりとお待ちください。

 

 相も変わらず駄作ですが、楽しんでくれた方は支援、あるいはコメントをして下さると幸いです。

 

 誰か一人でも面白いと思ってくれたら嬉しいです。

 


 
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