第一章 【箱の中のパンドラ】
神谷 至18歳、なんの変哲もない青年。
その青年は今、自分だけの世界……部屋の片隅で鉄の箱と死闘を繰り広げている。
「ったく、なんだよこのクソPC、ってか誰がいじりやがった」
至が苛立ちを覚えているのは、パソコンに映し出された消せない文字画像。
『apoptosis』
「どこでこんなウイルス拾ったかなぁ……」
至はパソコンにそこそこ詳しい中級者で、パソコンの事を知らない相手になら基礎知識くらいは教えられる。
勿論ウイルスに関しても一般的な物に関してはある程度の知識はあるが、特に詳しい訳でもない。
「てか、なんでPCごと動かないわけよ、おかしくね? これじゃあ困るんだけどなぁ……」
パソコンの電源を付けたり消したりしてみるものの、一向に変化は見られない。
「くそっ! またPCごと『パソジイ』の所に持って行かなくちゃいけないじゃねえか」
『パソジイ』とは、至にパソコンを渡した張本人である。
丁度三年前、至が高校に入るということでプレゼントされたこのパソコン。
現在は至が引きこもりになる要素を作り出す根源となっている。
「至ー、早く朝ご飯食べなさい!」
締め切られた部屋に届く大きな声。
「分かったよ母さん、今下りるから」
至は髪も整えないままに二階から一階へ颯爽と下り、リビングの椅子に座った。
「アンタ、今日も学校に行かないの?」
「あー……うん、まあ今日もいいや」
至の声は今にも潰れそうな弱々しい声で、一人の時とは随分違う。
「アンタ、いじめられてない?」
「いじめられてねぇよ!」
(俺は……別に学校なんて行きたくないだけなんだよ……)
「だったら、少しは理由を話してくれない? お母さんね、心配なんだから」
「それは……悪かったよ」
「……はい、ご飯」
至の目の前に差し出された、栄養バランスが考えられた朝食。
「いただきます」
箸を合わせて、至は朝食に手を伸ばす。
「あのさ、今日パソジイどうしてるか知ってる?」
行儀など我知らず、といった顔で口に物を含みながら母親に語りかける。
「口の物飲み込んでから出直しなさい」
「別にそんなの気にしなくてもいいだろ? 俺もそんな子供じゃないし」
「出直しなさい」
「へいへい」
至は渋々口の中の物を胃に収めてから、改めて母親に質問をした。
「パソジイは今日暇かな?」
「さあ、どうだろうね。 自分で行ってみたらどうだい? 私は嫌いだから行かないけどね」
母親は、まるで煙が自分のところに舞ってきたかの様な顔をしたまま首を横に振った。
「はぁ……もうそろそろ仲直りしたらどうだよ」
「うるさい! あんな奴知ったことかー!」
叫び声と共に、一般的には『皿』と呼ばれるはずだった物を武器にして至に投げつける。
「ばっか! あぶねえ! 投げるなって!」
一枚二枚三枚……中には至の頬ぎりぎりを通っていく物すらあった。 床にはその残骸が散っている。
「はぁ……はぁ……後で片付けておくから早く行ってきなさい……」
どうやら我を取り戻したようで、肩で息をしていた。
「は……はい」
至は支度をしようと自室へ戻ってみると、パソコンに不可解な数字が並んでいた。
「なんだこれ……時間?」
横に並んでいる数字はそれぞれ『時間』『分』『秒』を表す配置になっていて、『秒』らしき部分が動いている。
(七十一時間……四十八分? さっき見た時に無かった事を考えると、七十二時間がスタートか)
一番右の数字が減っている事から、至はタイムリミットと考えた。
(でもなんで出てきたんだ?)
理由を考えるものの、この文字が出てきた事すら理解が出来ていないので、当然数字の事など理解出来る訳がなかった。
「ったく、この『クソアポトーシスウイルス』と、訳の分からない数字。 一体俺が何をしたんだよ!」
至は苛立ちに任せて電源スイッチを押してみるが、何故か電源が切れない。
「おいおいおいおい、動かない次は電源が切れないかよ。 もう最悪すぎるだろ……コンセント抜いてやる」
これなら動くわけがあるまい、と電源コードを一気に抜き取った。
すると、次第にモニターからは光が消えていき、パソコンを冷却していたファンも動きを止める。
「よし、流石のウイルスも電源がなくちゃ動けるわけもないからな」
パソコンが動くようになった訳でもなかったが、ウイルスに対する方法がある事に強気になっていた。
至はパソコン本体とコード類を軽く纏めて紙袋に入れると、足早に自室を出た。
「んじゃ行ってきまーす」
「はーい、気をつけて行きなさいよー」
山彦のように反って来た言葉を背中に受けて、自宅の玄関の扉を開く。
「うぅ……さむ……」
季節は十一月、寒さも本格的になってくる頃であり、至の誕生月でもある。
朝でも気温は三度程しかないので、寒いのも当然だった。
(さて、めんどくさいけど持ってくか)
自宅から十分程離れた路地裏に『パソコン工房Z(ズィー)』という店がある。
至はそこまでパソコンを持って行かなくてはいけない。
パソコン本体だけでも意外と重く、重量は7キロ程。
紙袋を破かないように、正確には破けてパソコンを落とし、破損させない為に慎重に運んでいく。
(ったく、PC抱えると箱がでかすぎて前があんまり見えねぇ)
真っ直ぐ歩く事がなかなかできず、右へ左へ少しずつだがふらつきながら歩いて行く事に不安を隠せない。
ドンッ
「アーッ!」
ギシャ、メキョ、ドコ……。
『何か』にぶつかった至はその拍子にパソコンを落としてしまった。 しかもただ落ちるのではなく一回転半の力を加えながら地面に叩きつけられていく。
「オウ……まじかよ、終わった。 終わったぜこれは」
既に転がりきった箱を見つめて一歩も動けなくなってしまう程の衝撃だった。
「……ごめんなさい」
至と衝突した『何か』は頭を下げるとそのまま立ち去ろうとする。
「ちょい! うぇいうぇいうぇい!」
突っ込むような日本語とぎこちない英語混じりの言葉が『何か』の動きを止めた。
「……はい?」
『何か』は、至の目を真っ直ぐに見つめて『何が悪いの? 謝ったでしょう?』と言わんばかりの視線を送りつける。
「いやいやいや……はい? じゃないよな。 今確実に俺とお前がぶつかって、それで俺のパソコンが吹っ飛んだ。 オーケー?」
「……何も問題ないわ、その通りよ」
「まじかよ……」
あまりの異常さに、至は下から上へと睨め回すように『何か』を見つめた。
「お前、一体なんなんだ……本当に血が通った人間なのか……?」
「私はお前じゃない、ちゃんと名前がある」
よく見てみると『何か』は少女の様なシルエットだった。
しかし体は一般的な女性らしくなく、胸は貧しい。
「…………」
そんな貧乳少女に怒り心頭の至は、無言で立ち尽くしていた。
同様に貧乳少女も立ち尽くしていたので、進展がないと思ったのか、至は怒り気味の声で話し始めた。
「まあいい、お前みたいな疫病神のような存在とはここでおさらばだ」
「お前じゃない、名前が――」
「名前があるのは分かった! ったく、これだから外は嫌なんだよ……」
貧乳少女の言葉を遮り、転がっていったパソコンをもう一度紙袋の中に戻す。
「…………」
その様子を貧乳少女は目でずっと追っている。
それに対して至は気づいていたようだったが、無視を決め込んでパソコンのパーツを拾いに行った。
(なんでアイツずっと俺を見てるんだよ……そんなにPCを拾う人間が滑稽か? 楽しいか? なんて残酷な悪魔だ……ってか手伝えよ)
部品を一つ一つ拾う度に至の中で不満が溜まっていく一方、貧乳少女は未だ一歩も動いていなかった。
そして、至が最後の部品を取った後振り向くと――
「……あれ? アイツどこ行きやがった?」
そこにいたはずの少女は、どこかへ行ってしまっていた。 周りを見渡してみる至だったが、気配が感じられる様子はなかった。
「俺ついてないっすな! あはは!」
「…………わらえねぇって」
怒りの拳を握りしめながら、もう一度紙袋を整えて持ち直す。
「さて、どうせあの衝撃で何もなかったなんて事はないはずだ、ついでにパソジイにそれも見てもらうか」
パソコン工房Zの点検は外部損傷から内部損傷まで一括の値段で行っているので、どうせ見てもらうなら両方壊れている方が得なような心境にはなれるというものだ。
真新しい外装に『パソコン工房Z』と吊された看板が見えてきた。
「ふぅ、やっとついた」
パソコン工房Zは普通の一軒家の一階を改造して作られたものであって、二階は住居となっている。
店主の単なる道楽の為に作られた一室と言っても過言ではない。
至は、一軒家には珍しい自動ドアを開いて中に入った。
「よーうパソジイ、いないのかー? いるんだよなー? 寝てるのかー? 遊びに行ってるのかー? サボってるのかー?」
質問に質問を重ねた呼び声が室内に響くと、二階から階段を軋ませて何かが下りてくる音が聞こえる。
「……いらっしゃいませ」
「お前っ! さっきの!」
至の予想した人物とはかけ離れて、目の前に現れた人物はさっき会ったばかりの貧乳少女だった。
外で見る時よりも室内の方が明かりも安定しており、少女のシルエットがより鮮明に見える。
(あ、あれ……こいつ……可愛い)
髪の毛は腰まで綺麗に伸びた金髪で目の色はブルー、典型的な外国人に見えた。
その物腰と容姿は思春期の至の目を釘付けにするには十分すぎる材料。
(なんでさっき気づかなかったんだろ、怒りに我を忘れていたのか……)
抱えているパソコンを隣に置き、身だしなみを気にしはじめる至は服を叩いて整えた後自己紹介をした。
「改めて自己紹介するよ、神谷 至だ。 カミのタニにイタル、で神谷 至」
「至君……?」
(あっ、今名前で呼ばれてちょっとドキッときた……)
少女は、名前をもう二三度口ずさむと今度は自分の自己紹介をはじめた。
「私は、神子」
「か、かんなぎ? どういう字を書くんだ?」
至は『自分の名前もそこそこ珍しい物』と自負しているつもりだったが、一瞬にして少女に負けた。
「かみのこって書いて……かんなぎ」
その素朴な仕草からは、まるで字の通り神子そのものを感じられる程だった。
「そっか、珍しい名字だな。 それで、名前は?」
「…………」
少女は打って変わって悲しそうな顔をしたまま至に告げる。
「名字じゃ……ないの……名前……なの」
少女の名は『かんなぎ』それ以上でも以下でもなかった、名字は存在しない。
それを聞いた至も、何かあるのは感じ取れたのかそれ以上は聞かなかった。
そんな気まずい雰囲気の中、階段から足音が聞こえてくる。 さっきよりもがさつに下りてくる音。
階段の陰から現れたのは身長が百八十五センチはある男性、中性的な顔立ちに中肉中背。
「ようパソジイ、起きてきたな」
「いいか坊主、俺はどこをどうみても『ジイ』じゃないだろ」
「今年で四十だろ? もうジジイだろどう考えても」
このやりとりを不思議そうに見つめる少女が一人。
「おっと、わりぃなバイト。 これはこの坊主との挨拶みたいなものなんだよ」
パソジイと呼ばれる男性が少女に謝ると、至に少女の話をし始めた。
「えー、坊主はまだ知らないかもしれないが、今日から神子はうちのバイトをする事になった」
「……は?」
あまりに衝撃的な事だったのか、それともあまりに馬鹿げた事だったのか、二つともが入り交じった感情の言葉なのか至自身も困惑している。
「もう一度聞きたいのか? そうか、神子はうちのバイトだ」
「……よろしく、至君」
さっきの神子とは違って微笑んで至に挨拶をする。
「よ、よろしく」
二人の様子を見て疑問に思ったのか、パソジイが間に入って話しを遮る。
「お前ら、知り合いだったのか?」
「えっと、知り合いというかなんというか。 俺もよくわかんないけど」
さっきぶつかったばかりの少女の素性を知るわけもなく、至は首を横に振った。
「ほお……まあいいか。 それで? お前が来たからにはなんか理由があるんだろう?」
それを聞いて思い出したように、至は紙袋からパソコンを取り出す。
「おい、ちょっと待て、なんでそんなにボコボコなんだ」
「色々あったんだよ」
至は神子を一瞥して、パソジイに視線を戻した。
「症状その他を全部調べる。 それまで神子とでも話してろ」
パソジイは端の作業台までパソコンを運び、黙々と調べはじめた。
「えっと、神子って呼べばいいか?」
至は神子を真っ直ぐに見つめることが出来ず、横目で判断を仰ぐ。
「……うん、神子でいいよ」
「で、でも、神子って言いづらいな。 ナギでもいいか?」
「…………ナギ?」
「そういうの嫌いな感じだったらごめん」
至が自分の名前を神子に伝えた時のように、神子は一人で何度もその名前を呟く。
「……ううん、ナギでいいよ」
頬を赤く染めて、うつむいて恥ずかしそうにする姿は、至の平常心を揺るがせた。
「じゃじゃじゃじゃあ……ナ……ナ……」
自分で付けたあだ名にも関わらず、至はその言葉を言えずたじろいでしまう。
「ナ――」
「なんじゃこりゃあああああああああああああああああ!!!!!!」
至の決意の言葉を遮るように、パソジイの言葉が店内に響き渡る。
至とナギもその声に驚き、声の主の方へ視線が向けられる。
「ど、どうしたんだ?!」
「いや……俺がお前にやってない部品があったから驚いてな」
「なんだよ! それだけかよ!」
自分の決意の言葉がそんな些細な事に邪魔されたのかと呆れて、苛立ちを隠せない至が地団駄を踏む。
「うーん、こんな部品は入れた覚えがないんだがな。 お前これどこで手に入れた? 俺も見たことがないんだが」
パソジイが紙袋から二センチ程の正方形の板を取り出して、至とナギに見せた。
「んー? こんなのは俺も見たことないぞ? ってかほんとなんだこれ? ゴミ?」
「――っ!」
至の反応は鈍かったものの、ナギの反応は顔にも出る程のものだった。
真摯な目をしたままのナギは、そのチップらしき物をパソジイから奪い取る。
「ちょっ! おまっバイト! なにしやがる!」
チップを取った後のナギは今までとは違い、至とパソジイから二歩程離れた場所で二人を目で威嚇している。
「ナギ? 一体どうしちゃったんだよ、何があったんだ?」
さっきまで言えなかったその言葉がすらりと出るタイミングが今だった事に少し悲しんだ至だったが、それを表情に出す事はなかった。
「これ……お母さんの形見……どうして……あなたは持ってるの?」
チップを抱きしめるような形で至に質問を投げかける。
「いや、俺はそのチップを持っていた覚えはない。 もしかするとさっきぶつかった時にナギが落としちゃったのを、俺が拾ったんじゃないか?」
ナギは何かを思い出したかのように自分のスカートのポケットを調べだした。
「…………入って、ない」
「それじゃあ、落としたって事で間違いないよな?」
「うん……」
申し訳なさそうにそのチップを自分のポケットに戻したナギは、二人に頭を下げた。
「ごめんない……」
「いや、いいんだよ。 な? パソジイ」
「別に俺は元々気にしとらん。 形見は大事にしておけよ、バイト」
「はい……」
揉め事が終わった事で、また二人と一人の作業に戻った。
至はパソジイの作業経過を横で覗きながら、ナギと話し始める。
「えっと、さっきなんの話してたっけ?」
一旦ナギも困ったような顔をしたあとに、思い出して恥ずかしそうに告げた。
「私の……あだ名」
「あっ……」
その言葉に触発されて、自分が掘り返してしまった内容に気づいてしまった至。
「ま、まあナギってことで」
「うん…………」
名前を言ってみて会話に発展があるかとも思ったようだが、悲しいかな、会話はそれで終わってしまった。
「なんか……なんかなぁ……」
いまいちな展開に納得がいかず、首を傾げる。
「よし、これで……」
パソジイの口元から、自身の言葉とは逆な言葉が発せられる。
「駄目だ……直らない」
歓喜と落胆を同時に見ていた至とナギは、何事かとパソコンのモニターの前に集まる。
「どうしたんだよ」
「………………」
(無視しやがったなパソジイ)
パソジイは至の質問を返さず、ナギの方を見つめた。
「バイト、お前のそのチップ貸してくれ」
「っ!?」
パソジイの言葉に反応して、ナギは一歩距離を置き例のチップを握りしめた。
「おいおい、さっきみんなで聞いてたろ、あれは形見だってさ」
「そんな事は分かった上で聞いてんだよ。 頼む、貸してくれないか」
パソジイはいつになく真剣な顔で、ナギにそう伝えた。
「………………」
勿論ナギは戸惑いを隠せず、スカートのポケットに入れた手を出そうとしたり出そうとしなかったりと続けている。
「理由を話せばナギだって貸してくれるんじゃないか?」
「う……うん……そしたら……考える」
至の意見に賛同するように、小さく首を縦に振った。
「そうか……分かった。 じゃあ話そう」
「先に言っておくが一切質問はするな。 ただ聞いていろ」
なんとも勝手な条件だったが、二人は黙って頷いた。
「さっきのチップは軽く見ただけだったが、CPUの上に貼り付ける形の物だった」
「CPUはその上にグリスを塗りつけたヒートシンクを付ける」
「因みに“そいつ”はさっきついていた状態だ」
「つまり、ヒートシンクの下にそのチップがあり、その下にCPUがあった」
「…………意味は分かるな?」
「簡単な話、サンドイッチの中の“具”なんだよこれは」
「しかも、その具を挟んだパンに隙間はない」
唐突に説明されて戸惑った至だったが、サンドイッチの例によって理解したらしく、目を大きく見開いていた。
「って……ことは……」
「バイト、それはお前の母親の形見じゃないな」
「違う……これは……私の……っ!」
先とのナギとは違い、瞳の奥から力を持って発せられる視線だった。
「でもさ、そういやさっき――」
至がそう言いかけた時――
「手をあげな」
何処からか出現した男が、三人にそう告げる。
「誰だお前は……」
その男は中性的な顔立ちでいて、体も華奢だった。
髪はショートで眼鏡をかけている。
そして、そんな事を“どうでもいい”と思わせる程の、黒い鉄の塊が三人の視線を奪う。
「みえねぇのか“コレ”が?」
三人ともゴクリと唾液を胃へ送り込む。
それは、一般人が持って歩いているような物ではない。
『拳銃』
一般的には持ち歩かず、目の前で見ることも滅多にないであろうその黒く光った拳銃は、今正に三人へ向けられている。
「みえねぇのかって言ってんだよ!」
「――っ?!」
華奢な体から発せられる大きな声に、ナギは怯えていた。
「仕方ねぇ一人殺してから話しはじめるか……」
「なっ!」
男は真っ先にナギの方へ拳銃を向けた。
「止めろ! ほら! 手なら上げてるだろ!」
至は必死に訴え、ナギをかばった。
「はっ! いいねぇいいねぇ、そういう熱いのは嫌いじゃない」
「お前らみたいなゴミが生きてるせいで……っう……」
突如男は胸を押さえて屈みかけた。
その異変を察知したパソジイは真っ先に男の手を殴り、拳銃と落としてから体を床に押しつけた。
「うぁあああっ! いてぇ! 止めろ!」
拳銃を無くした男は弱く、店長は力を出し尽くさずとも簡単に押さえ続けている。
「至、そこに長いコードが置いてある。 早く取れ……」
いつものパソジイとは違った冷徹なまでの目付きに至は怖じ気づいたものの、すぐに取りに行った。
「えっと……ええっと……っ!」
焦る手が、焦る脳が、単純な行動と視界の制御の邪魔をする。
「焦らなくて構わないから、取ってくれ」
パソジイから発せられた二言目には、さっきの冷徹さは感じられなかった。
それに安心した至は落ち着きを取り戻しコードを見つけ手渡した。
「はい! これ!」
片手で男を押さえ、片手でコードを受け取ったパソジイは慣れた手つきで手首と足首を縛っていく。
「やめろっつってんだろうが! ぶっ殺すぞ!」
今やその言葉には全く現実実がなく、ただの戯れ言と化していた。
「よし、これでいい」
「くそ……くそ!」
両手両足を縛られた男は、もがくもののコードは外れない。
「単刀直入に聞く。 お前は馬鹿だ」
「いや、パソジイそれ聞いてないんだけど」
普段の突っ込みが交わせる程度の空気にはなっていた。
「いやぁ悪い悪い。 さて、警察へ電話でもするか……」
「やめろ! やめてくれ!」
男は腕の血管が激しく浮き上がるほどに抵抗し、叫んでいた。
「うるさい、止めてくれはこっちの台詞だ。 拳銃持って店に突っ込んでくる奴に情けは無用だろうが」
そして携帯電話を手にしようとした時だった。
「あの“チップ”は俺が仕込んだんだ!! その理由も聞けなくなるぞ!!」
その言葉にが発せられた時、店長の手は男の襟を掴んでいた……。
第一章【箱の中のパンドラ】 完
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そんな彼が愛用しているパソコンに突如として現れた文字。
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