13 一葉
怨は、制服に身を包んで朝の通学路を歩いていた。少し時間が遅いのか、通学路には怨以外の生徒の姿はない。
「怨、朝から学校に行くなんてどういうことなんだよ」
トカゲに姿を変え胸ポケットに隠れている醜が、いつものごとく悪態をつく。
「貴様は、昨日の話を聞いていたのか」
怨もいつものように呆れた声を出す。
怨は、この体を手に入れて初めてまともに学校へ向かっていた。そのことが醜には理解できなかったのだ。
「聞いていたさ。でも、なんで学校へ行かなくちゃならねぇんだ。食事はこの町の外で喰うんだろ。行ったってしょうがねぇじゃねぇか」
「お前の頭は飾りみたいだな。昨日の女の横にいた双子。彼奴等は、この悠木剛の同級生なんだよ」
「そうなのか」
そのことに醜が気が付いていないのも仕方がないことだった。怨は剛の体を喰い、外見を頂くと同時に、記憶も一緒に吸収していたのだ。その記憶の中に、咲耶と知流の記憶が残っていた。しかし、転校して間もない双葉の記憶はなかったが、高彦と言い争っていた時に見かけているので、学校に行けば月に関わる人間を観察できると言うことだ。
「ああ、本当にこいつの体を頂いておいてよかったぜ、奴らの間近で堂々と観察できるんだからな」
土蜘蛛の時といい、剛の体といい、都合のいい方に流れている。
一週間ほど学校に出ていなかったが、元々剛は体が弱かったので、長く欠席をしていても怪しまれない。しかも、存在感も薄く学校内でも行動がしやすいだろう。
怨は校門の前に立ち剛が絶対にしない不敵な笑みを浮かべると一時間目の授業が始まっている校舎へ歩みを進めるのだった。
* * *
怨達が校門を潜る30分ほど前、双葉は寝不足で目の下を少し黒くしながら、玄関で靴を履いていた。昨日はあれから殆ど眠れず、結局二人でずっと話し込んでいたのだ。
いくら考えても、どのように父親に告げればいいのか、なにから話し出せばいいのかなどの答えは出ずに朝を迎えてしまった。
〈大丈夫、ボクが替わろうか、殆ど寝てないでしょ〉
「うん。でも一葉ちゃんだって同じじゃない」
学校へ行くのが辛かった。でも、このまま学校を休んでしまったら、否が応でも秀明と顔を合わさなくてはならなくなる。嫌なことを先延ばしにしているようだが、今は少しでも考える時間が欲しかった。
しかし、そんな二人の考えはもろくも崩れ去ってしまった。玄関を開けると夜勤を終え帰宅した秀明と鉢合わせしてしまったのだ。
「あっ……お帰りなさい。行ってくるね」
「ああ……」
秀明の元気がないのは、夜勤明けの疲れだけが原因でないことは双葉達にもわかっている。それがわかっているからこを笑顔を作ることができない。
それは秀明も同じだった。なにもできない自分を責め、双葉と距離を取ってしまっている。しかし、こんなことをしているのはいたたまれない。きちっと話をしなくてはいけないのはわかっているはずなのに、いざ双葉の顔を見てしまうと言葉が出てこなかった。
──ごめんな……
心の中で何度謝ったことだろう。しかし、すれ違いざま目にした双葉の顔は瞳が充血して、少し目の下が黒くなっている。見た目から寝不足なのがわかった。きっと双葉も辛い思いをして眠れなかったことは容易に想像が付いた。
「双葉……」
そんな双葉の顔を見ていたら、思わず呼び止めてしまった。双葉も少し驚いたように振り向くが、そんな双葉になんて声をかけていいのかわからず秀明は黙り込んでしまう。
「なに……」
呼び止められた双葉も困っていた。まだ、考えがまとまっていない。今はなにを言っていいのかわからないでいる。
「いや……なんでもない。行ってこい」
──スマン。双葉……
逃げてしまった。また、逃げ出してしまった。こんなことを繰り返しても仕方がないのはわかっているはずなのに……
「お、お父さん……」
玄関を閉めようとした秀明を、今度は双葉は呼び止めた。
「あ、あの……」
「……どうした」
呼び止めたはいいが、やはり双葉も言葉が出てこなかった。出がけに話すような話でないことはわかっている。今日帰ってから、ゆっくり話をしようと夕べの内に一葉と決めたのに、呼び止めるつもりなどなかったのに、父親の辛そうな顔を見てしまったら、いても立ってもいられなくなってしまった。しかし、なにを言っていいのか、どう切り出していいのかもわからない。
〈双葉、ボクが替わるよ〉
そんな双葉を見かねて、一葉がすかさずホストを変わった。
《ごめんね。私……私……》
〈わかってる。いくら考えてもきっといい答えなんて見つからないよ。勇気を持って話すしかないんだから、今はちゃんと話があることだけ伝えよう。学校から帰ってきてからちゃんと話をしたいって〉
《うん。そうだね》
どう話せばいいのかなど一葉にもわからなかったが、とにかく話し出さなければ始まらないことだけはわかる。それが、勇気を出すことで始められることも。
「お父さん……昨日、お母さんの実家に行ってきた」
「……そうか」
双葉の言葉に、なにか聞きたそうな顔をするのだが、次の言葉が出てこない。そんな秀明の苦しみを感じ取った一葉は、直ぐに言葉を続ける。
「色んな話を聞いてきた。きっとお父さんが、お母さんのお兄さんから聞いた話と同じだと思う……色んなことをいっぺんに聞いちゃって、私も訳がわからなくなっちゃってるけど話がしたい。話を聞いて欲しいの。こんな大変なこと私じゃ決められないから……お父さんに聞いて欲しいから……だから話がしたい。疲れてるのはわかってる。でも、お願い。話を聞いて」
訳もわからず一気に話していた。一葉の瞳には今にもこぼれ落ちそうなくらい涙が溜まっている。何故、涙が出てきたのかわからないが、とにかく今の気持ちを一葉は伝えることができた。
そんな双葉の姿を見て、秀明は愕然とした。自分は最愛の娘を見もせずに逃げていたことに、今やっと気が付いたのだ。茜が死んで、双子として産まれてくるはずの子供が一人で産まれ、そのことを秀明だけが覚えていたおかげで散々苦しんだ。そして、京滋の信じられない話。何故自分ばかりこんな目に遭うのか、何故こんなに苦しまなくてはならないのか、ここ数日そんなことばかり考えていた。そして、現実から逃げていた。最愛の娘を置き去りにしていることに気付きもしないで……ただ、なんて過酷な運命を背負わされたのかと自分だけが苦しんでいると思いこんでいた。神無月の血を背負った茜の方が、もっと過酷な運命を背負っていたというのに、その血を受け継いだ娘の方が、秀明よりも辛い運命を背負わされたというのに……そんな娘を秀明は見ていなかった。
こんな華奢な体で、双葉は運命に立ち向かおうとしているのに、自分はなにをしているのだ。娘を見捨てることはできない。茜の最後の言葉「娘をお願いします」と言う約束を今果たさなくてはいけないのだ。いや、父親として守らなくてはいけないのだ。
「ごめんなさい……お父さんに苦しい思いばかりさせちゃって……でも、どうしても話して──」
「双葉、わかってる……いや、今わかった。どうかしてたんだ。お前を守ってやれるのは、父さんしかいないのにな……母さんと約束したのを忘れていた。ちゃんと話を聞くよ」
「お父さん……」
いつもの穏やかな秀明の顔に戻っていた。夜勤の疲れは残っているものの双葉の大好きな父親の顔に。
「さぁ、話は帰ってきてからだ。早く行かないと遅刻だぞ」
「うん。わかった。今日は早く帰ってくる」
一葉は、笑顔を作って秀明に応える。その笑顔が、秀明の心を更に動かした。
「一葉!」
駆け出そうとする一葉を秀明が呼び止めた。「双葉」ではなく姉「一葉」の名前で……
「えっ……」
その言葉に気付いた一葉は、驚いて振り返った。始めは聞き間違いだと思ったが、秀明はもう一度、「一葉」の名前を呼んでいた。
「一葉……一葉なんだろう。君もいたんだね。今話してくれたのは『元気な双葉』……それが、一葉だったんだね」
「……お父さん……」
〈双心子〉であることを京滋から聞いても信じられなかった。一つの体で生まれ出てきたのを見ているというのに、どうしても信じられなかったのだ。でも、今は違う。素直に、娘の体には一葉と双葉の二人が宿っていることを信じられる。
「ごめんな。今まで気が付かなくて……いや、気付いていたんだと思う。きっと怖かったんだな……色々、僕のために気を遣わせていたんだね。16年もの長い間……一葉、双葉。本当にごめん」
秀明は、自分でもわからないうちに一葉の存在に気が付いていたのだと確信していた。だから「双葉」と「元気な双葉」にわけていたのだ。長い時間、表にいる少し引っ込み思案の双葉とたまに出てくる元気いっぱいの双葉。その「元気な双葉」が本当は一葉だったと今は素直に思える。そう思った途端、気持ちが溢れ出し呼び止めてしまったのだ。
呼び止められた一葉の瞳からは、止めどなく涙がこぼれ落ちていた。
初めて父親が名前を呼んでくれた。「一葉」と優しく呼んでくれたのだ。どんなに父親の前でホストになっていようが「双葉」としか呼ばれなかった。同じ体にいて双葉にはわからない悲しさ。いつも影の存在で一生名前など呼ばれることはないと思っていた。だから、昨日瑞葉に名前を呼ばれた時、どんなに嬉しかったことか、双葉以外の人に初めて名前を呼ばれたのだから……しかし、そんな喜びなど今の幸せに比べたら些細なことでしかない。大好きな父親に、初めて名前を呼んで貰ったのだから……
「お父さん……」
「一葉……」
一葉は父親の胸に飛び込み声を上げて泣いた。今まで、双葉としてしか抱きしめられなかったが、今は一葉として抱きしめられているのだ。
子供のように泣く一葉を双葉は黙って見守っていた。その瞳にも涙が溢れている。
「ごめんな一葉、君に気付いてあげられなくて……父さんを許してくれ」
「そんなことない。そんなことないよ。お父さんが……お父さんが、ボクの名前を呼んでくれた……一葉って……一葉って呼んでくれた」
「一葉、本当にゴメン」
秀明は一葉を思いっきり抱きしめた。それは、今まで抱きしめられなかった分を取り戻すかのようであった。その優しさに包まれながら、一葉はいつまでも泣き続けるのだった。
* * *
剛(怨)は、一時間目の授業中に教室のドアを開いた。
突然の侵入者に、一瞬クラス中の視線が集まるが、それが見慣れた悠木剛の姿と確認すると生徒達の視線は、直ぐに黒板に戻ってしまう。
「スミマセン。遅れました」
怨は剛の記憶をたどり、完璧に悠木剛を演じていた。気弱な剛を……
そんなこととは知らない担任の沖田が心配そうに声をかける。
「親御さんから連絡はあったが、大丈夫なのか?」
両親は、月神神社に見つからないように、時間を掛けて喰ってしまっている。電話を掛けたのは、母親の声色をまねた怨自信だと言うことに沖田は気付いていない。
「はい。大丈夫です」
「そうか、それは良かった。それじゃあ、席に着け」
沖田の声を聞き終わってから教室に入る。それが、いつもの剛の行動パターンだ。人になにかを言って貰わないと次の行動に移れない。しかし、そんな行動を気にしている生徒など一人もいなかった。元々存在の薄い剛なので、クラスメイトの視線は黒板を離れようとはしない。そんな中、いつも遅れがちな剛のために空けられた廊下側の一番後ろの席に腰をおろすと隣の席の茉莉絵が声をかけてきた。
「おはよう悠木君。本当に大丈夫なの? あんまり休んでると勉強遅れちゃうけど無理しない方がいいよ。はい、今までのノートのコピー」
茉莉絵は、休みがちな剛の為に、いつもノートのコピーを用意してくれていた。
「ありがとうございます。助かります」
剛は、授業中なのに茉莉絵の方を向いて何度も頭を下げた。
「いいよ。困った時はお互い様だもん。気にしないで」
誰にでも優しい茉莉絵であったが、特に剛のことを気にかけていた。それは体が弱いと言うこともあったが、茉莉絵は剛にほのかな恋心をいだいているらしい。確かに剛は、整った顔立ちをしている。しかし、その暗い性格のため存在感が薄い。何故そんな男に好意を寄せているのかは茉莉絵自身もわからなかった。きっとしっかりした性格が、弱々しい男を好きにさせてしまうのかも知れない。
その茉莉絵の恋心を剛は気付いていなかった。しかし、今の剛にこの優しさは危険だ。どんな些細なことであれ〈月の使者〉を倒すために使おうとしているのだから。
──こいつが、唯一話しかけてくるやっかいな女か……他の奴らは、剛に殆ど興味を持っていない。そう考えるとやっかいと言うより、こいつを利用して〈月の巫女〉と接触を図るってのも面白いかもしれんな。
「いつもありがとうございます」
もう一度、頭を下げて視線を黒板に移した。今はそんなに急ぐことはない、じっくりと考えればいい。月神神社に攻め込めない以上、なんらかの手段を講じなくてはならない。使えそうな人間をピックアップしておいて損はないだろう。
──キキキキッ、怨よぉ。美味そうな人間がいっぱいいるなぁ。特に、今お前に声をかけてきた女、凄ぇ美味そうじゃねぇか。
僅かに胸ポケットから顔を出した醜が、人間には聞こえない声で訴えてくる。まるで、醜の舌舐めずりをしている顔が目に浮かぶような卑猥さだ。その声を聞いた剛が、慌てて胸ポケットを抑えつけた。
──ヒギッ!
──静かにしろ、直ぐ側に〈月の巫女〉がいるんだぞ。人間には聞こえなくても奴らに気付かれたらどうするんだ。
顔を極力動かさず、視線だけを咲耶達に向ける。案の定、なにかを感じ取ったのか、少し怪訝そうな顔をして辺りを見回している。
しかし、勘違いだと思ったのか、不思議そうに首を傾げると授業に戻っていった。
「大丈夫。胸が痛いの? 保健室連れていってあげようか」
胸ポケットを抑えているのが、胸に痛みがあるのだろうと勘違いした茉莉絵が、心配して声をかけてきた。
「えっ、大丈夫です。本当にありがとうございます」
「そう……無理しないでね」
まだ不安そうだったが、茉莉絵は渋々視線を黒板に移した。
その後、怨はなにも言わず胸ポケットに入っている醜を抑えつけるのだった。
いつまでも父親の胸から離れず、すっかり遅くなってしまった双葉は、一時間目の授業が終わる頃、やっと学校にたどり着いた。
「一葉ちゃん落ち着いた」
〈グスン。大丈夫だけどまだダメ……涙止まらないもん〉
一緒の体に存在していたのに、一葉が自分の名前を呼ばれてこんなに喜ぶとは思ってもいなかった。一葉は常に双葉のマネをして16年間生きてきたのだ。自分を押し殺して、なるべく双葉になろうと思っていたのだろう。元来の性格の差から、あんまりうまくいっていなかったようだが、それでも、一葉は常に双葉として存在していたのだ。
一度も、自分の名前を呼ばれず。父親と話す時も、いつも茜と一緒に死んでしまった存在として扱われてきた。それがどんなに辛いことだったのかは、双葉がいくら想像をしても想像のつかない辛さだったに違いない。
あの時、双葉にできたことは黙って一葉を父親の胸で泣かせてあげることだけだった。
しかし、一葉の可愛らしい一面を初めて見られ少し嬉しかった。あんな盛大に泣いたのを見たのも初めてのことだ。こんな体に産まれてきたことで随分イジメられて来たが、それに耐えられず双葉が泣き出してしまうといつも一葉がホストを替わって、双葉を守ってくれた。「とても優しくて、頼りがいのあるお姉さん」それが一葉だったのに、その一葉が、今も涙ぐんでいる。
秀明に促され、学校へ向かおうとしても、ホストに立っていた一葉はその場を離れられず、双葉にホストを替わって貰わなくては歩くこともできないほどだった。
《ごめんね。一葉ちゃん……一葉ちゃんがこんなに辛い思いしていたなんて知らなかった。私がわかってあげなくちゃいけなかったのに……》
〈スンッ、そんなことない。双葉は全然悪くないんだよ……エヘヘッ、ゴメンね。いつまでも泣いてて……ボクらしくないよね。もう大丈夫! だってこれからは、ボクのことわかっててくれるんだもん。そんなことより、完全に遅刻だね〉
《うん。完全に遅刻だよ》
〈エヘヘッ、ゴメンね。でも今から行ってもしょうがないから、教室に入るのは一時間目の授業が終わってからにしようね〉
《うん。そうする》
そう言って双葉は、静まりかえった校舎へ向かった。
チャイムが鳴り、担任の沖田が教室を出て行ったのを確認して、双葉は教室の扉を開ける。静かに扉を開けたのだが、直ぐ茉莉絵に見つかってしまった。
「あっ、双葉ちゃんおはよ。今日は休みかと思ったよ」
そんな茉莉絵の声に、クラスメイトも気付き、千奈都や富貴江も近づいてきた。咲耶と知流も、双葉の姿を見てホッと胸を撫で下ろしている。昨日、あれだけのことがあったのだ。大丈夫そうに見えても、精神的にはかなりショックを受けていると心配していたのだ。しかし、意外にも元気そうな姿を見て、やっと安心することができたらしい。
「まるまる一時間遅刻とは、おぬしも中々やりますな。今度は、少しワルい面を見せて、男子生徒の目を釘付けにする計画ですか。って、どうしたの目赤くして、泣いてたの?」
富貴江がいつものように双葉をちゃかそうとするが、瞳を赤くしているのを見つけ、心配そうに訪ねる。
「えっ……あ、あのね……その、泣いてないよ。ただ、昨日色んなことがあって、寝不足なだけ」
長い時間、泣いていたのだから瞳が赤くなっているのも当然だ。一葉は心の中で双葉に謝っている。
「なにがあったの? 話せることなら私達に話してよ」
茉莉絵の力強い言葉が返ってくる。本当に、茉莉絵達はいい友達だ。転校してきて間もないが、こんなに心配してくれる友達がたくさんできた。いつもは中々話をすることもできない双葉だったが、茉莉絵達とは昔からの友達のような気がしてならなかった。
「ありがとう。でも大丈夫。お父さんの夜勤が多くて、まだ家が片づいてないから、昨日ちょっと遅くまで片付けをしてただけなの」
「もう、それで遅刻ですか、いけませんねぇ。でも、ここで泣いたと言っておけば、バカな男子生徒達をコロッと騙せたのに」
たいしたことではないと思ったのか、富貴江はいつもどおりのちゃかしを始める。幾ら慣れたとはいえ、富貴江の冗談にはちょっとついて行けない。いや、本当に冗談なのかも定かでなかった。本気で、双葉を使い男子生徒をオモチャにしようと考えているように見えるところが怖い。
「そうだ。まだ、双葉ちゃんが会ったことがないクラスメイトがいるんだ。紹介するよ」
鞄も机に置かせてもらえず、双葉は茉莉絵に手を引かれ剛の席へ連れて行かれた。
「悠木くん。転校生の本城双葉ちゃん。こっちは、悠木剛君。悠木君はちょっと体が弱くて学校休みがちなんだ」
「それと、この茉莉絵様のお気に入り、しっかりとして優しい茉莉絵様は、こういった病弱な男の子を見ると手を差し伸べてあげたくなるのですよ」
富貴江は茉莉絵の後に言葉を繋げ、終わると同時にその場を逃げ出した。
「ちょっと富貴江!」
このことはクラス中が、知っていることらしかった。当の本人、剛だけが知らなかったらしい。怨は剛の行動をまねて、恥ずかしそうに俯いていたが、それは好都合だった。もう、笑いが込み上げてきて仕方がない。まさか、〈月の繋人〉までがクラスメイトだと思っていなかったのだ。
昨日、制服を見て同じ学校であることはわかっている。捜さなくてはならないと思っていた矢先に、月神神社のアキレス腱が、向こうから飛び込んできてくれたのだ。これは笑わずにはいられない。
──クックックックッ、俺様はついている。まさか、この女も同じクラスにいたとはな。
騒いでいるクラスメイトを尻目に、剛(怨)は鋭い視線を双葉に向けた。しかし、そのただならぬ視線に気付く生徒は一人もいないのだった。
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自分の運命の過酷さに悩む双葉と一葉。しかし、秀明もまた苦しんでいた。父の苦悩を知っても話を聞いて欲しいと頼む娘……そんな苦しむ娘の顔を見たとき秀明は一葉の名を口にするのだった。
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