No.304837

two in one ハンターズムーン12「不安」

泡蔵さん

戦いを終え家に戻った双葉は、自分の運命に戸惑い不安を感じていた。そんな双葉の元に怨と醜の陰が近づく。
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2011-09-21 17:44:08 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:335   閲覧ユーザー数:335

   12 不安

 

「ただいま……」

 自宅に戻った双葉は、玄関を開けると誰もいない廊下に挨拶をした。

 今日は夜勤なので、秀明がいないことはわかっているがいつもの癖である。

 家に戻ってきた途端、どっと疲れが襲ってきた。理解しがたい話と訳もわからず戦いに臨んだのだ。心身共に疲れ果て立っているのも辛かった。

 少しふらつく足取りでリビングにたどり着き、鞄をテーブルの上に置くとそのままソファーに倒れ込む。

「いろいろあって、疲れちゃった」

〈大丈夫、双葉……ゴメンね。ボクが歩いてくれば良かったね〉

「ううん。大丈夫……一葉ちゃんいっぱい頑張ってくれたんだから、帰りくらい私が歩いてこなくちゃ、一葉ちゃんに悪いもん」

 なんだかんだと、月神神社にいた時はずっと一葉にホストを任せてしまった。そのことを気にして、双葉は帰りのホストを申し出た。あれだけ色々なことがあるとホストに立っている方の疲労は大きいのだから、少しでも一葉に休んで欲しかったのだ。

〈双葉も疲れているのに、ありがとうね。今度は、ボクがかわるよ。ご飯作ってあげる。それからお風呂に入って寝よ〉

「うん。お願いしちゃおうかな」

 二人は意識的に、月神神社での出来事を話さないようにしているらしい。本来であれば、話し合わなければならないことが山のようにあるのだが、お互いに考えがまとまっていないのと心身共に疲労困憊で、話をするのはもう少し後にした方がいいと思ったのだ。

 瞳を閉じてパーソンチェンジすると次に開かれた瞳の色は、ダークブルーに変わっていた。

 今まで、さほど瞳の色など気にしたことはなかったが、高彦と瑞葉は力を使っている時、綺麗なブルーとグリーンに変わっていた。もしかしたら、八尺瓊勾玉を使っている双葉も、同じように輝いていたのだろうか? もし輝いていたとしたら、二人のようにオッドアイになっていたのか、それともどちらか片方の色になっていたのか一葉にはわからない。

《一葉ちゃん、どうしたの?》

 冷蔵庫の前に立ち、ボンヤリとしている一葉に、双葉は心配そうに声をかけた。

「なんでもないよ。なにを作ろうかなって思っただけ、チャーハンでいいよね」

 一葉は、そう言って冷蔵庫を開けると食材を取り出し、手際よくチャーハンを作り始めるのだった。

 

   * * *

 

 一葉達が食事を終え、お風呂に入っている頃、本城家を見つめる怪しい瞳があった。

 その瞳は、隣の屋根の上からジッと本城家を見つめている。

「キキキキッ、あの女が〈月の繋人〉って訳か」

「ああ、間違いない。しかも、奴はたいした力を持っていない」

 怨と醜は、月神神社からずっと双葉の後をつけてきていた。高彦や瑞葉に比べ、双葉の疲労度を考えると〈月の繋人〉がさほど力を持っていないと言う推測にたどり着くのはたやすいことだった。

「それなら、さっさと彼奴を喰っちまおうぜ。そうすりゃ、奴らは神器を使えなくなるじゃねぇか」

「餓鬼とは本当になにも考えていないんだな。今ここであの女を殺してしまっては、お宝が手に入らなくなることをわかっているのか」

 なにもわかっていない醜に冷たい視線を送りながら、怨は醜にもわかるようにゆっくりと説明を始める。

 今ここで双葉を殺すのは簡単なことだが、得策ではないと怨は考えていた。ここで、再び〈月の繋人〉を失えば、確かに三種の神器本来の力は出せなくなる。と言うことは〈月の使者〉が神器を使う可能性が低くなると言うことだ。そうなればどうしても敵地に赴かなくてはならない。しかし、最強の結界に守られた月神神社からは、三種の神器を持ち出すことは不可能だ。

 結界の強さは、土蜘蛛の戦いを見ているので想像がついたのだが、きっと土蜘蛛が結界を破った訳じゃない。土蜘蛛の力が削がれたのを確認して結界自ら破れたのだ。そして、結界はこれだけではなかった。破れた結界の奥にもう一つ結界が重ねられていることに怨は気付いていた。もしかすると更に奥にも結界が張られているかも知れない。今わかっているだけでも三つの結界が重ねられているのだ。その先があると考えるのも当然だろう。

 第一の結界は敵を退けるためではなく、ただ単に鬼の姿を人間に見せないための物だ。そして、第二の結界は、魔物の力を奪う為の結界だろう。力の強い魔物を弱らせ、〈月の狩人〉が確実に勝てる状況を作っているに違いない。きっと、醜のような弱い鬼なら結界は反応せず直ぐに、第三の結界が発動すると怨は予想していた。しかし、第三の結界がどのような機能を果たしているのかは怨にもわからなかった。想像したところで、第二の結界であれだけ力を使い果たしてしまっては、その奥にどんな結界が張られていようと対処などできない。

 もし、今回のように他の魔物を利用して、結界を破らせたとしても、後を追って入ることはできないだろう。破られた結界は土蜘蛛が入ると直ぐに閉ざされてしまったのだから、第二の結界がなくなっているわけではないのだ。

 そう考えると今ここで双葉を殺すことは得策ではない。三種の神器が月神神社の中にあっては、手出しができないのは明らかだ。

 月神神社から奪うことができないのなら、〈月の狩人〉達の手で持ち出して貰うしかない。しかし、三種の神器を月神神社の外に持ち出して貰うにはどうしたらいいのかを怨は考えあぐねていた。

「どうするんだよ。人質でも取っておびき出すのか」

「それに乗るような奴らだとは思えんがな。人質交換に使うくらいなら、きっと見殺しにするだろう。人一人の命と世界を天秤にかけるほど奴らも愚かではない。しかし、この女が奴らのアキレス腱になるのは間違いないからな。まぁ、奴らには俺達の正体がばれていないんだ。もう少しじっくりと観察させて貰おうじゃないか」

 現状を考えれば直ぐに攻撃を仕掛けるような作戦もない。がむしゃらに突っ込んでいけば、土蜘蛛の二の舞になってしまう。怨達は誰が〈月の使者〉で、誰が〈月の巫女〉なのかわかっているので、アドバンテージは怨達にある。ここはじっくりと相手を観察し、一から作戦を組み立てていった方がいいだろう。

「なんだよ。それじゃあ、またあのチマチマした食事に逆戻りなのか」

「そうだな。それに、この町じゃもう食事を取るのは危険だろう。ちゃんとした力が出せないとしても、〈月の守人〉に察知される危険性があるからな。月詠がいなくなってあまり時間が経っていない、人間界に這い出てきた鬼はまだそれ程多くはないだろう。派手に食事を取って見つかりでもしたら、そこで終わりだ。今は、ゆっくりと作戦を練ってから動いた方がいい」

 鬼は少なからず〈月の狩人〉を怖れている。月詠のいぬまに人間界へ這い出て、戻ってきた者は殆どいない。醜のような力のない鬼は、邪鬼に連れてこられなければ人間界などに這い出るともできなかっただろう。

 とにかく今は怨の言うことに従うしかない。

「ケッ、インテリの鬼ってのは始末におえねぇ。強気なのか、臆病なのか。キキキキッ」

 醜の人間には聞こえない不気味な笑い声だけを残し、怨と醜は闇の中に姿を隠すのだった。

 

   * * *

 

 ベッドに入った双葉は、疲れているというのに、なかなか寝付くことができず、いつまでも寝返りをうっていた。

 お風呂に入ったせいで、筋肉が緩んでしまったのか、もう起きあがるのも辛い。あれだけのことが起こったのだ。肉体は疲れようとも頭が冴えてしまい、そう簡単に眠れるはずもなかった。

《一葉ちゃん……起きてる》

〈起きてるよ。どうした双葉。って、眠れるわけないよね。今日は色んなことがあったもん。大丈夫〉

 一葉も色々な考えが巡ってしまい眠れずにいた。瑞葉の話だけでも頭がパンクしてしまいそうなのに、なにもわからぬまま土蜘蛛との戦いに参加したのだ。いや、参加した実感はない。咲耶と知流に守られながら、八尺瓊勾玉を握っていることしかできなかったのだから、戦っていたと言う実感が湧くはずもなかった。

 しかし、八尺瓊勾玉を握っているだけで、体力が極限まで使われてしまったような気がする。瑞葉が八咫鏡で土蜘蛛の巨体をかき消し、咲耶達が結界を解いてくれた後、自分の足で立つこともできなくなっていた。

 高彦はそんな情けない一葉を見て「この位でへばるようでは、役に立たぬな」と言ってきたが、一葉はそれに反論する元気もなかったのだ。それとは対照的に、瑞葉は優しく声をかけてくれた。そして、咲耶と知流の肩を借りて祭壇のある部屋へ戻ったのだった。

 幸い体力は直ぐに回復したので、後日また来ると約束し家に帰ってくることができた。随分長いこと月神神社にいたような気がしたが、さほど遅い時間にはならずに家に戻ることができたのはありがたかった。

 しかし、今日一日の出来事をどう理解したらいいのだろう。〈双心子〉〈月の力〉〈三種の神器〉〈月の狩人〉〈月の守人〉……普通に考えれば到底信じられる話ではない。これで、双葉自身が〈双心子〉でなければ、狂人の戯言にしか聞こえない話ばかりだった。自分が〈双心子〉であっても、理解できないことが多すぎる。

 しかし、二人は時間が経つに連れ、瑞葉の話を理解していった。別に、頭で理解したわけではない。感覚、母・茜の神無月の血が理解させているようだった。

 だが、この話を茜の兄・京滋から聞かされた秀明はどう理解したのだろうか……先日の取り乱し方、常人に理解しろと言うのは無理な話しだ。

《お父さん。大丈夫かな……きっとショックだったよね》

〈うん。凄く取り乱してた。どこまで聞いたかわからないけど、自分の娘が化け物と戦う運命だなんて聞かされたら、普通じゃいられないよ〉

 こんな途方もないことを秀明はどう理解したのだろう。理解しないまでも、運命を受け入れている様子だった。こんな受け入れがたい運命だったというのに……

《もしかしてお父さん。始めから知ってたのかな。ううん。きっと知ってたんだよね。私達、二人いるってこと》

〈そうなのかな? でも、気付いていてもおかしくないか、一番近くにいたんだから。それに、今までお父さんなにも言わなかったけど、きっとボク達が産まれた時、大騒ぎになったと思うよ。始めは双子だって診断されてたはずだし〉

《そうだよね。双子って診断されたのに、いざ産まれてきたのは一人なんだもんね。きっとお父さん苦労したんだろうなぁ》

 茜が記憶を操作してくれたことなど知らない一葉と双葉は、父親の苦労など想像すらつかなかった。

〈でも、そんな中でボク達、良く変な組織の研究材料にならなかったよね。だって、産まれてくる時に一つになっちゃう子供なんて世界中どこを捜してもいないよ。どっかの国の秘密結社なんかが私達に目を付けてもおかしくないじゃない〉

《そうだよね。きっとお父さんお医者さんだから、隠してくれたんだよ》

〈うん。お父さん頑張ってくれたんだろうね。こんなボク達のために、いっぱい頑張ってくれたのに、こんなことになっちゃって〉

 秀明の口から苦労話など一度も聞いたことはなかった。いらぬ心配を掛けないようにしてくれていたのだろう。

 双葉が産まれた時、秀明は外科医としてではなく、医者としての信用を失っていた。失意のどん底に落とされたあげく、双子が一つの体で産まれてきたのだ。精神的に元に戻るまで随分時間がかかってしまった。こんな精神的に弱い医者を使ってくれる病院などあるはずがない。それからの秀明は、自分の名が知られていない病院を点々とするようになったのだ。

 父親を優秀な医者だとしか思っていない一葉と双葉は、優しい父親の愛情を受けて育っていった。いろいろ苦労をして、やっと今の幸せを手に入れたというのに、再び失意のどん底にたたき落とされてしまった。普通の人には理解しがたい神無月の血のせいで……

 しかし、秀明と話をしなくてはいけない。これ以上心配をかけたくないから。今まで散々苦労してくれたのに、今まで以上辛い思いをさせることになるのだとしても……

《一葉ちゃん。やっぱり、お父さんと話さなくちゃダメだよね》

〈……うん。話さなくちゃダメだね。ボク達のことも、どうやって鬼と戦うかもちゃんと説明して、少しでも安心して貰わなくちゃいけない。凄く心配するだろうけど黙っている方が、心配すると思うから〉

《でもどうやって》

 なにから話せばいいのかわからなかった。話さなくてはいけないことが沢山あり過ぎる。でも、自分から話し出すのが怖い。いっそのこと今ここに秀明が帰ってきて「どうだった」と聞かれた方が、どれだけ気が楽だろうか……「双葉」と優しく呼んでくれたら、なんでも話せるような気がした。

 そんなことを望んだところで、現実は甘くはない。そうわかっているからこそ、ちゃんと話さなくてはいけないのだ。

 これは、秀明にも関係のあることなのだから、二人は秀明の大切な娘なのだから……


 
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