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SILVER BEARING 追憶の疾走 第一章 銀の帰還 2

趣味全開で書き連ねている作品です ジャンルは現代ファンタジーになります

2011-09-19 23:02:05 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:285   閲覧ユーザー数:285

 

「貴様! どの面下げて戻ってきた!」

 部屋に入るなり煉也の耳に飛び込んできたのは罵声だった。

 罵声を上げている少女――美少女と言ってもいいだろう。

 年の頃は15歳くらいだが、秘術により不老を得ているので本当の年齢は誰も知らない。

 彼女の名前はエリシア。

 ゴシック・アンド・ロリータ―衣装、黒ロリを身に纏い。金細工のような長い金髪を両サイドで団子にして髪留めで纏めいる。きめ細やかな白い肌は怒りで赤く火照っている。

(昔は、この金と白が生み出す、うなじの色香にムラムラ、もとい、ドキドキしたな……。)

 煉也は思い出して懐かしんでいた。もちろん、続いている罵声は右から左へと聞き流していた。

「人の話を聞けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 エリシアは手近にあったペーパーナイフを投げつけていた。

 煉也の頬を掠め、後ろのドアに突き刺さる。意識を過去に向けていた煉也はムズ痒い痛みで、ようやく目の前のエリシアに意識を向ける。

 確認するまでもなく、不機嫌です。と顔に書いてある。

「で、人の話を聞かずに何を考えていた?」

「あああ、エロイこと……昔、エリシアのうなじを見てムラムラしたなと」

「なぁ……」

 さらに顔を赤くしたエリシアは、今度はコーヒーカップを投げつけてきた。

 避けてもよかったが、あのカップはエリシアのお気に入りだったはずと思い受け止めることにした。幸い中身は空だったので被害はなかった。

「故郷に帰ってきた人間に対する態度が、罵声とは……これが噂に名高いツンデレと言う奴か。海外でも聞き及んでいるぞ?」

「いや、明らかに違うんじゃねぇーか?」

「エリシア。そこでデレる」

 怒りなのか真っ赤になっているエリシアは幼いが意見とは裏腹に工房の責任者である。

 工房とは、本来職人の職場の意味だが、オカルトの世界では違う意味を持つ。

 魔術評議会と言う世界最大の魔術組織を頂点とし、様々な組織が存在する。工房は規模にもよるが中間地点に位置しており、主な活動は担当する地域でのオカルトに関わる出来事への対処と管理を任されている。

 工房も表向きは竹取工務店として主に金属の加工などをしている普通の工務店である。

 エリシアの外見年齢が幼いため、運営は戸籍上の両親がしており、押しかけ入社した社員を合せて従業員3名の小さな工務店である。

 もっとも裏では、魔導具の修理や制作費必要な部品の製造をしている。

 また、エリシアとかの上の部下である岩見姉弟の3人で、白宮市を中心とした地域のオカルト的な事件を担当している。とは言え、オカルトな事件が頻発するわけでもないので、普段は他の職業を持ち生活している。

 岩見姉弟は姉の羽美は大学生。弟の宗次は高校生と学生生活を送っている。

 責任者であるエリシアは、現場で働く者達よりも普段の仕事の方が多い。彼女は事件が発生した際に警察や消防、行政機関との連携や根回しなどオカルト事件が発生する前に、事前に隠蔽工作の準備をしておけば隠された真実を知られることが、ほぼなくなる。

 合間を縫っては、錬金術を用いた魔導具の作成や、怪奇な出来事の情報集めと多岐にわたる。

「黙れ、3人とも……で、帰ってきた早々にジャンボジェットを撃墜したことに対する言い訳があるなら聞こうか?」

 強引に話を戻そうと威圧感を込めて煉也を見据える。

 流石に、これ以上脱線していても意味はないので煉也は素直に一連の出来事を話し、何とか怒りを静めることが出来た。

「まったく、煉也。少しは自重することを覚えないのか? 我々のようなオカルトサイトに携わる者として秘匿することは常識ではないか」

「返す言葉もねぇな」

 何の後ろめたさもありませんとキッパリと言い放つ煉也を見て、エリシアはため息をついた。

 事件の真相は聞き流していたが、まさか犯人が煉也とは知らなかったので、寝耳に水状態のまま、エリシアは関係各所に連絡を入れ、受話器の前で頭を下げ続けることになった。

 あくまでも良心など、持ち合わせていない態度を取る煉也を変わったなと思う。日本を飛び出す前の煉也とくらべながら2年の月日の長さを感じる。

 煉也が、日本を離れる切欠になった事件を知るエリシアは、それ以上の追求することを止めた。

「本題に入ろう。2年も日本に帰らなかったオマエが、何故に戻ってきた?」

「ちょっとな、ヨーロッパ方面で取り逃がした獲物を追ってきたら日本にいることが判ったんでな。まぁ、そっちの仕事は邪魔しない」

「待ちやがれ! 思いっきり邪魔したじゃゲボォ!」

 後ろから掴まんばかりのツッコミを入れようとした宗次に見えているかのように煉也の裏拳がクリーンヒットする。

 前に前進する力と手加減のない後ろへ後退する力が、ぶつかり合った衝撃は宗次を転倒させるに十分な威力を持っていた。

 煉也は何事もなかったように話を進める。

「なんか苦戦してたみたいだから、手伝ったりしたのだが、いいか?」

「なるほど。そちらも協力するから、こちらも協力しろか……こちらにメリットは?」

「片翼の天使――」

 その言葉に、煉也をのぞいた全員が緊張した表情になる。床に倒れていた宗次ですら、先ほどの勢いはなりを潜め真剣な表情を浮かべている。

 無理もない。岩見姉弟にとって、その言葉は仇を意味するのだから。

 エンジェル・フェイクは天上位階論に記された天使階級で強さがランク付けされている。

先ほど岩見姉弟が戦っていたのはアンジェリと呼ばれる第9階級の一般的な天使を示す。トータル的な能力ではエンジェル・フェイクの中でも1番下に当たり、生物からエンジェル・フェイクになった存在が初めに分類される。

 時間がたつと霊子力の飽和量で一定の階級に安定する。

 大体は大天使(アルカンジェリ)か権天使(プリンキパトゥス)と低い階級になるが、まれに能天使(ポテスタテス)以上になる場合がある。

 ポテスタテスである能天使階級以上になると、人語を話し、外見も元となった人間の姿に戻すことが出来るようになる。

 片翼の天使は階級的には熾天使(セフィラム)級以上の力を持っているため畏怖の念を込めて、魔王級――ルシファーと呼ばれている。

 皆が、沈黙する中、最初に口を開いたのはエリシアだった。

「判った。協力しよう。正規の条件でいいな?」

「問題ないな。アルバイトとして竹取工務店で雇ってくれ」

「すぐに部屋を用意する。岩見姉弟もいいな?」

 二人も反対することなく了承した。彼らにとっても無関係でない故に。

「で、当面は暇なんだが、仕事はあるか?」

 煉也の台所事情は正直厳しかった。

 この2年間、各地を転々として、その日暮らしが長かった故に貯蓄する金は持ち合わせていなかったし、何よりも体に施した付与魔術(エンチャントマジック)に大金を注ぎ込んでしまっているので、今、彼の懐には3日ほどの生活資金しかなかったのである。

「今は麻薬事件の捜査だな」

「麻薬……合成麻薬の類か?」

 合成麻薬、エクスタシーと呼ばれる錠剤でる。

 食欲抑制剤として開発されたが製品化されず、70年代から80年代初頭までは精神科医の間で、心的外傷後ストレス障害治療などに頻用されていたが、米国司法省麻薬取締局が違法非合法とした。

 日本でも麻薬及び向精神薬取締法により違法とされている。

 煉也が麻薬と聞いて、思い当たったのはヨーロッパ方面で活動してるときに若者層を中心として合成麻薬に手を出している者が後を立たなかった社会事情を知っていたことと、オカルトサイトでも悪魔崇拝者のサバト絡みで使用されており、何度か関わっり解決してきた経験があったからである。

「ご明察だな。麻薬中毒者がエンジェル・フェイクになった事例が、今週だけで3件ある。確証としては合成麻薬にある物質が含まれていた。正式にオカルトサイトの事件として、岩見姉弟が調査に当たっている」

「現物はあるか?」

 エリシアは引き出しから、厳重に保管されていたケースに入った錠剤を無言で置く。

「一錠だけか? ずいぶん少ないな……」

 合成麻薬はコカイン、ヘロイン、大麻などに比べると価格が安く、そのため売人は薄利多売なことが多い。

 多く出回っているので、現物の入手が一錠だけというのは意外だった。

「売人が用心深いのか、他に理由があるのかは不明な点が多い。これは先ほど確保した物だ」

「問題は服用した場合だな……魔術的な効果は?」

「魔術儀式に麻薬使い、トランス状態で行う儀式があるが、合成麻薬では高位の魔術師でも効果は期待できないだろう。残された可能性は……」

「羽化」

 エリシアの言葉を引き継いで、羽美が淡々と答える。

 羽化とは生き物が体内に一定量の羽毛と呼ばれる生物の理を歪める毒素をため込むことで、エンゼル・フェイクに変化してしまう現象のことである。

 羽毛は、霊子力が自然に物質化した物と言われていたり、近年の科学での見解では、レトロウィルスの一種で塩基配列を書き換えてしまう説などが上げられているが、現状では仮説の域を出ていない。

 人間はもちろん、動物も例外ではない。

 羽毛がいつから存在し、何故、宿主を変質させるかはわかっていない。

 確認されている事例は神話の時代にもある。例えば、神話に登場するペガサスは馬が羽化しエンゼル・フェイクになった存在と言われている。

「現在までに、現在までに抹殺したエンゼル・フェイク。元は合成麻薬の中毒者。共通点は現状で14歳から18歳のみ」

「ああ、見つけたときは末期状態で、それを取り上げたとたん羽化しちまったぜ」

 先ほどの戦いも末期中毒者のなれの果てだったと続ける。

「なるほど、捜査の方は進展が無しで行き詰まり、お手上げでございます。と言ったところか」

「わるかったな!」

 痛いところを的確に言われて、叫ばずにはいられなかった。

「この状況で煉也は、どう動く」

 相変わらず感情の読めない羽美の言外に含まれた意味を察し、煉也は行動方針を決めた。

「まぁ、単独捜査だな。情報は共有するためにエリシアに報告。俺は馬に蹴られたくないんでね。仕事に支障のない上で、ラブホテルだろうが、深夜の公園だろうが励んでくれ。避妊だけはしておけよ」

「わかった。理解に感謝する」

「マテや!」

 宗次の貞操の危機は、放置するとして、羽美は自分たちの連携に影響を与えたくなかった。

 先ほどの戦闘だけからでも二人の連携は突発的な事態に対しても崩れることはなかった。

 実際に煉也が乱入しなくても十分に勝機を見いだしていたのだろう。二人とも物心ついたときからオカルトサイトの住人とし行き、戦い抜いてきた戦士なのだから。

 そこに戦力として未知数な煉也が加わることによるリスクを避けたいと言うのが本音であろう。

「さて、話がまとまったところで、出かけてくるわ」

 用が済んだと言う態度で、部屋を出て行こうとする煉也を宗次が呼び止める。

「待てよ。片翼の天使の情報を置いていけよ。オマエみたいな素人が勝手に行動されると、こっちが迷惑だ」

 明らかに見下した発言なのだが、宗次にしてみれば物心ついたときから非常識な世界(オカルトサイト)で戦ってきた自負がある。

 こちらの世界に2年そこら踏み込んだだけの煉也に勝手な行動はさせるつもりはなかった。

 ようやく手に入れた貴重な情報だけでも確保しておきたいのが本音なのである。

「霊子力もなければ、霊感の才能のないオマエが単独行動をした日には、数日のうちに死体に決まってるだろが!」

「そりゃ、大変だな。精々、俺より長生きして線香でも上げてくれや」

 やれやれと肩をすくませながら、挑発的で言外で格下を馬鹿にするニュアンスを含めた言葉を残し、煉也は部屋を出て行く。

 予想外の言葉に宗次は毒気を抜かれてしまったが、閉まったドアを見つめて沸々と怒りが込み上げてくる。

「なんだアイツ……2年前は素人同然どころか足手まといだったのに!」

「先入観はダメ」

 怒りで感情のボルテージが上昇している宗次をに冷や水を浴びせるような、冷ややかに羽美は言い放つ。

「アイツは、霊子力を持っていない。あるのは宝具と同調出来るだけじゃないか!」

 確かに煉也は霊子力がない。どんなに優れた宝具を持っていても宝の持ち腐れと認識される。

 同時に霊子力を含む霊的素質のないことは、異形の敵と戦うオカルトサイトでは致命的な欠点である。

 秘匿されている世界の真実を認識することが出来きないことは、すぐ隣に命を奪う敵がいても姿を視るどころか、気配すら感知できない。出来なければ戦うことすら出来ず、ただ、死んでいくだけ。

 それがオカルトサイトを認識できない者が関わる場合の末路である。

「宗次。煉也は日本を飛び出して2年間、フリー傭兵のとして民間魔術会社に所属し激戦区に投入されて生き残って来た」

「マジかよ……」

 小さな、それも無名な工房に所属して活動したり、傭兵を名乗り詐欺紛いの活動をするならともかく、民間魔術会社になると話は別になる。

 工房とは違い会社なのだ。

 働く人々は熟練度の高い経験豊富な人間ばかりである。殆どが雇用形態3ヶ月の契約社員になり、装備や怪我の治療などは自費になる。反面、報酬は格段に高いと言う利点がある。当然、採用のために適性試験が行われる。

 普通に考えれば、何の素質もない人間と契約を結ぶはずがない。会社は利潤を生み出すために存在する。

 そこで煉也は契約を結び、実際に仕事をしていたというのだ。

 ただ、宝具と同調出来るだけの人間が生き残れるほど、甘い仕事ではない。

 想像以上の激戦、死線をくぐり抜けて来たのだろう。

「変わったのだよ……あの悲劇を乗り越えるため、力の無かった自分を許せなかったがために……」

 エリシアは悲哀に満ちた表情で、誰となく呟いた。

「それに、初夏なのに着ているボロいコート。恐らく、魔術師のローブを加工した物。それも年代物の高級品」

 魔術師が代々身につけているローブはオカルトサイトでも最高級品とされる。長い年月魔術師の霊子力を浴び続けてきたローブはそれ自体が霊子力を帯び、魔術などの神秘に属する力から身を守る防具として愛用される。

「それ以外にも、体を随分と弄くっているようだ……」

 二人の説明で、宗次にもようやく理解できた。

 煉也は素質がないことを自身が一番理解している。

 生まれ持っての才能が一つあるだけ。

 霊感や魔術の素質を持たない彼は、装備や能力を後天的に身につけて補っているのだろう。

 唯一出来ることを効率よく研磨し、生き残るために文字通り身を削って力としてきたのだ。

 あの去り際の台詞は経験と実績から来る絶対の自信の表れなのだろう。

 2年前、それまで信じてきた世界の常識を覆され、非常識な世界に踏み込み逃げられなくなった哀れな少年は歴戦の戦士になっていた。

 

 

 
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