夏。私たちはもう2年生。少し、少しは大きくなったような気がする。相変わらず
体が弱くて特にこの時期は体育とか行動不可能で、そんな自分が嫌だった。
湿気もそろそろなくなってくる頃。ようやく不快指数の高い日々から解放されると
ホッとしていた私は久しぶりに晴れた太陽に少しでも当たりたくて外に飛び出していた。
飛び出したとは言ってもその実ゆっくりなのだが。つばの広い白いハットを被って
辺りを見回す。暑いけど、暑すぎるくらいなのだけど、それでも梅雨のジメジメ感よりも
まだ好きでいられた。2件ほど隣の家の扉が開いて急いで今度こそ飛び出すという
言葉が似合うように走る男の人が私の目に映った。すると、脇に抱えていた書類入れ
みたいなところから何枚か紙がひらりっと私の前に落ちる。男の人はそれに気づかない。
雪乃「あのっ…!」
急いでいるのに悪いけど、きっとこれがないと困るのではないか。と危機感を感じた
私は咄嗟に男の人に声をかけた。私の声が届いたのか男の人はくるりと私の方を
振り返った。
雪乃「これ、落としましたよ」
拾った紙がそよ風に煽られ何か書いてあるのが私の視界に映った。ああ、これ。
どこかで見たことあるような。と、思っているときにその紙を男の人が取り上げる。
男の人「あ、ありがとう」
そう言うと私が言いたいことを言う前に男の人は走っていってしまった。そのすぐ
後に、彩菜が私の元に駆け寄ってくる。今日は日差しが強い。少しぼんやりしてしまった。
私は冷房のかかった家に戻ることにした。和室でごろ寝できる程度の広さを持つ場所
で一番涼しいところを彩菜から提供された私は遠慮なくそこに座る。ああ、心地よい。
冷えすぎても体に障るから温度は高めに設定してある。私のすぐ隣でお母さんと
彩菜が仲良く週刊少年誌を読んでいる。前に一度奨められて読んでみたもののそれが
どうしても面白いと感じることができなかった。それよりも、字を読んでその場面を
想像する方が私としては面白かったのだ。始めから想像もできずに全てが紙に
書かれてることに興味を持つことはできなかったのだが。どうしても、あの人のマンガ
だけは頭から離れなかった。なんでだろう、他のとそんなに大差ないはずなのに。
私は悶々としながら、読んでいた途中の物語の本を開いて自分の世界に浸った。
住んでいる場所も判ったし、しばらくの間様子を見ていようかな。なんて、自分らしく
ない考えを抱き、毎日扉の前まで行って1時間くらいその家を眺めていた。
数日後。たまたま私があの人の家の少し離れた場所で見ていたら扉が開いて私の胸が
ドキッとなった。そこから出てくるのは私が見た男の人だと疑わなかったから。
ゆっくり開くその扉を見つめながら心臓の動きは早くなってくる。まるでスロー
モーションのようにゆっくりと出てきた人は。金髪のちょっと、危ないお兄さんだった。
いや、なんか私を見る目が少し厭らしいんですけど。背筋が寒くなった私に向かって
金髪の人は徐々に私に近づいてくる。
金髪「最近よく見かけるけど。なんか用かい?」
雪乃「い、いえ…」
金髪「ん、けっこう可愛いね。白髪なのが珍しいけど。俺の好みの子だな」
雪乃「ひっ…」
キモイし、危ないし。私の直感でヤバイと感じた直後。金髪の後頭部にチョップが
入っていた。金髪の人はいってぇ、と唸りながらその場でしゃがみこむとその先には
私の見たかった人が立っていた。
男の人「お前、犯罪者臭い台詞を吐くな…!」
私に気づいたアノ人は一瞬首を傾げてから、ああっと何かを思い出したかのように
手をポンッと叩いた。
男の人「この間は助かったよ。ありがとう」
雪乃「い、いえ…」
あの…と恐る恐る声をかけるとそのメガネの人は優しそうに微笑みを私に向ける。
男の人「ん?」
雪乃「あの…、この間のマンガの見ちゃって…その…また見たくて」
しどろもどろになってる私を見て、その人は笑った。そりゃそうだ。舌もよく回らず
私は変な子供にしか映ってないだろう。するとその人は少し悩むような表情を浮かべて
からこう言った。
男の人「それは構わないけど…」
雪乃「けど…?」
男の人「うん…そうだ。面識もそうないわけだし。俺たちは世間からは怪しい目で見られる人種なわけだから。しばらくこうやって会って手渡しする方法でもいいかい?」
言っている意味がよくわからなかったけれど。この人のマンガが見れればそれでいい
と今は思ったから私は思い切り頷いた。
雪乃「その…名前…」
男の人「ああっ、知り合うんだったらまず名乗らないとね。俺は田之上善光」
で、こっちの危ないのがと言ってきまずい表情を浮かべながら隣に並んだ金髪の人が。
金髪「金城、金城伸一郎。よろしくね、お嬢ちゃん」
まぁ、こっちの人とはよろしくはしないと思うけどと思ったが口には出さない。
田之上「俺と金城はそこで一緒に暮らしているんだ。まぁ、漫画家の真似事をしてるかな。普段は」
金城「そういえば、君はどこの誰だい?」
言われて私は自分のことを言うのを忘れたことに気づき自分の家に指を差して言った。
雪乃「そこの家に住んでいる。澤田…澤田雪乃です」
田之上「ああっ、近くに住んでいたのか…」
苦笑していた田之上さんは(よし、覚えたっ!)私が向けていた場所を見ていた。
一度家に戻った田之上さんは一冊の本を私に渡してくれた。お試しに一つどうぞ、
と言われて表情を上手く出せずに受け取った。私はこのとき、どんな顔をしていたの
だろう。
太陽に反射したメガネが物理的に眩しかった。
家に帰って冷房の効いた和室に入ってから、まず薄い本の後ろのおくづけと書かれて
いる所を見る。他の本と同じく出版された日付がそこに記されていた。今から2年前の
夏。コミックマーケッツと書かれていた。
雪乃「聞いたこともないな…。どこでやってるんだろう」
改めてその、初めての田之上さんの本を開いてみる。ドキドキしながら開いた先は…。
雪乃「まっしろ…」
隣を見たらそこから話しの始まりになっていた。緊張して開いて白いのだからびっくり
したけど。全てが白いなんてありえないんだから、隣にマンガがあるのは当たり前か。
雪乃「…」
オリジナル…なのだろうか。中身は現代とファンタジーを混ぜたような話で、恋愛中心
のような話が続いていく。私はどっちつかずの話は好きじゃないんだけど、これは所々、
ファンタジーをよく知らない人が見るとわからないような科学的といっちゃおかしいけど、
それっぽい魔法の仕組みとか発動条件みたいなものが描かれていた。
雪乃「ふ…ん…」
そっちの話ばかり読んでいる私にはとても興味深い内容で、メインの恋愛そっちのけ
で自分の知識と照らし合わせて読んでいった。薄い本だからすぐ終わってしまったが、
じっくり読んでいたせいか時計の針が思ったより進んでいて、和室の隅で口を尖らせて
拗ねていた彩菜を発見した。
雪乃「い、いつの間に…」
彩菜「何度も呼んだのに返事ないし。ずっと読んでるし…」
私の持っていた本を眺めて数分間考え込んで彩菜はピンッときたような顔をしていた。
彩菜「あっ、これコンビニのアレにそっくり!」
雪乃「なんで、覚えてるのよ…」
一年以上は経っているはずなのに…。暇なのか、暇なんだな?と攻めたかった。なんせ、
私のこととなると彩菜は取り乱すことはしょっちゅうで落ち着かせるこっちが大変
なんだから。
彩菜「この本がここにあるってことは…また会ったの!?」
黙っていても、誤魔化そうとしても、彩菜の自分を信じ込む精神には敵わない。
だから素直に頷く。
彩菜「ダメだよ!雪乃はすごく可愛いんだから、変な人になついたら食べられちゃうよ!」
雪乃「食べられない!」
いつもこうなるんだから。そして毎度ながらその後、必ず私にしがみつく。好かれる
ことはありがたいんだけど…あまり度を越してもね。彩菜を落ち着かせるのに頭を
ナデナデして、しばらくそうして時間を潰した。
最近彩菜が私に甘えてくる回数が増えてきている気がする。今はいいけど、この先
不安になる。彩菜は私ともし離れて暮らすときが来ても大丈夫なのか、ということ。
説得がてら、もらった本を見せてあげた。ねぇ、面白いでしょ?と聞くと。
彩菜はわからないと答えた。多分、彩菜は格闘みたいな動きまくるゲームとか
そういうのが好きなんだろうなぁ、とか思えた。
夕食の買出しに、お母さんを含めた3人で近くのスーパーで買い物をしていると。
どうやら向こうも買い物にきていたようだ。
雪乃「田之上さん」
田之上「あっ、えーと…雪乃…ちゃんだっけ?」
雪乃「はい、さっきは本。面白かったです」
田之上「ははっ、それはよかった」
話をしていると、私がいなくなったことに気づいたお母さんと彩菜が私の元に来る。
菜々子「もう、勝手に離れないでよ…と」
知らない人と話していることに少し警戒の色を出したお母さん。見られている田之上
さんは少し気まずそうに、知り合うまでの経緯を簡単に伝えると。お母さんは作った
笑顔で対応した。
菜々子「そうなんですか。じゃあ、せっかくだから雪乃の友達は私の友達ってことで、今度うちに遊びに来ませんか?」
田之上「はぁ…。そうですね…そうします」
そりゃ、田之上さんも納得し辛いし。なにをされるかわかったもんじゃないよ、
その誘い方。特に、ソッチ系の家系と知ってる私にとっては冷や冷やものだった。
言っちゃ悪いけどお母さんも私と彩菜を溺愛しているのだから。
===========田之上サイド=============
昔から、愛想のない俺は人に避け続けられていた。小さい頃から『気持ち悪い』と…。
無表情で、あまり話しもできなくて、友達ができなかった俺はマンガをずっと読んでいた。
その頃読んでいたのは、自分とは正反対の正義感振りかざしたヒーロー物で。
悪い敵を倒し、みんなに喜ばれ、仲間が多いそんな作品だった。そういう人に憧れて
いた。だけど、現実はそうそう上手くは運ばない。なんとかして話そうとしても上手く
話せず、相手に伝わらなくて。俺も中学生に上がったときにはもう諦めていた。
自分の世界に閉じこもっていた…そんなときにヤツと、金城と出会ったんだ。
徹夜しすぎてか朦朧としていた意識が徐々に回復してきた。随分昔のことを思い出して
いたものだ。いや…夢か?
日の光に当たるために外へ出ると金城が誰かと話しかけていた。一見あまり見たこと
ない女の子で、長い髪の毛は真っ白。純白のワンピースを纏って帽子を被っていた。
困っている表情を見かけて俺は金城の後頭部に軽く手刀をいれた。
田之上「…」
よく見ると、あまり表情に出さない少女を見て自分と重なるものを感じた。原稿に
忙しいこともあって、あまり周りの評判がよくないから関わりたくなかったけど。
気になっていた俺の本能が勝手に会話を続けていた。頭がぼんやりしているからそのせい
だろう。少女は表情こそ豊かではなかったが、俺と話しているその目はとても輝いていた。
だから、軽い気持ちで在庫が残っていた本を渡してあげたのだ。そうか、
よく考えたらあの瞳の輝きは初めてあったアイツとよく似ていたからかもしれない。
暑い中、俺はふと昔のことを思い出していた。
金城「なぁなぁ、そのマンガ面白い?」
田之上「ああ…ところで…あんたは」
金城「ん? 俺は金城。よろしくな」
俺に近づいてくる意味がわからない。俺は問いかけた。だが、アイツはただ一言。
おまえが気になっただけだと、告げただけ。それで、俺たちは一緒に行動するように
なった。当然、金城の周りからは徐々に人が少なくなり俺と金城は二人きりになって
しまう。だが、本人は全く気にしない。
田之上「なぁ、後悔してないか?」
金城「なにが?」
屋上で金城と二人で夏の暑い中、風で涼んでいるときに金城に聞いてみた。
後悔はしていないのか?俺といたことで今まで一緒だったクラスメイトから疎遠になって
いくことが怖くないのか。孤独が怖くないのか、色んなキモチを込めた言葉を吐き出すと。
金城は笑って応えた。
金城「おかしなヤツだな。後悔なんかするわけないじゃない」
田之上「どうして…」
金城「どうでもいい奴とより、好きなのと遊んでたほうが楽しいじゃん」
笑ってそんな少し恥ずかしいことを言う男。俺は恥ずかしくて、ただでさえ暑いのに
更に顔が熱くなっていた。ムネが苦しくて、でもとても嬉しかった。こんな気持ちに
なったのは初めてのことだ。この心を言葉にするとなんて言うのだろう…。
少女と別れて原稿を締め切りまでに終わらせると、原稿をチェックしていた金城が
寝ていることに気づくと俺は近くにあった毛布をかけてから掛け時計を見やると。
6時頃になっていた。1階に降りて冷蔵庫の中身を確認したがほとんど中身が入って
なかった。精魂尽き果てた俺としては買い物に行くのが億劫な状態なのだが何も
食べないわけにはいかないので、仕方なく一人で買い物に行くことにした。
行ったら今度は少女とその家族と出会い、なんだか怪しい目で見られたのだが
軽く説明をすると、今度は怖いくらい友好的になっていた。当の少女は呆れ顔を
していて同じくらいの子は俺のことを睨みつけ、母親らしき人はニコニコして
いる。なんだか傍からみたら変な光景だろう。でも目を見ているとその人は
決して悪意がないことだけは感じることができた。当たるかどうかは別として。
今度からお隣さんみたいな付き合いが始まることを約束して、今晩の夕食の
材料を買い込んでから家に戻った。
玄関からリビングへ入ると金城が寝ぼけた顔をして顎をテーブルに乗っけていた。
金城「今晩のご飯はな~に~?」
田之上「めんどくさいから、カレーにする」
金城「わ~い、カレー。ぐぅ…」
田之上「寝るな、手伝え」
じゃがいもの皮を剥きながら、俺は考えていた。このままでいいのか、と。
今、マンガばかり描いていて働いていない。というより、あいつが働かせて
くれないのだ。
寝ぼけながら近づいてくる金城の顔をみながら思った。以前、金銭的に厳しいから
働きに出たいと申し出ると金城は青ざめた顔して俺にすがりつき止めてくれと
頼んできたときがあった。金の問題は自分でなんとかするからと、金城が頑なに
なって言うからだ。
俺はマンガを描いてさえいてくれればいい、そう言うのだアイツは。
だが、現実そういうわけにもいくまい。近所の目もあるからだ。確かに俺はプロに
なりたいと思うが、技術的にも内容的にもまだまだで、現実になれる可能性は低い。
だからこそ、先のことを考えていたいのだが…。
淀みのない笑顔を向けて俺のとなりで人参の皮を剥く金城をみて、思わずため息が
出た。仕方ない、もう少ししたら考えることにしよう。せめて、金城のキモチが変わる
までは。そう思いながら俺は刻み終わった野菜を鍋に放り入れた。
――――――――――――――彩菜サイド ―――――――――――――――――
最近、雪乃は嬉しそうにしていることが多い気がする。それと、これは良いこと
だけど、体を動かすことも前よりは少し積極的になった気がする。それというのも。
雪乃「今日ももらってきちゃった」
彩菜「そう…」
あのメガネ野郎と会ってからだ。良いことなのに私の胸がなんだかもやもやして
気分が悪い。なんだろうか、色でいうと。そう、黒い。そんなイメージが私の中で
動き回っていた。しかも、なんだかオタクっぽい気がしてならないのに、ママも
割と喜んでメガネと近所付き合いなんかしていた。
菜々子「あら、話してたら以外と好青年じゃない。なにが嫌なの?」
とかいう始末。でもあれだ、何か悪いことをすると雪乃に完全に嫌われる予感が
プンプン感じる。それだけはよしておこう。そうだ、私が雪乃をメロメロにすること
を考えて行動すればいい。いつもよりも頭を回転させていると、夏休みも過ぎて
いつしか秋になりかかっていた。私は学校の廊下を歩いていると。
春花「彩菜」
彩菜「ん、何…ふわっ!?」
顔も見ないで返事すると急に後ろから春花が抱きついてきて、私は口から変な声を
上げていた。う~ん、色っぽい声っと春花。ふざけないでほしい。それと抱きつかれた
拍子に良い匂いがして少しドキドキしたけど。
彩菜「私は今大事なことを考えてるの」
春花「だから、あんまり悩むと熱が出るから。気晴らしに遊ぼうよ」
雪乃も誘ったからさ、という言葉が耳に入り。私はぐりんっ、と首を春花の方に
回し、厳しい表情から笑顔に早変わりした。雪乃がからむと何かと嬉しくなる私は
ちょっと単純だなと思った。
学校から出た私たちは公園へと向かい、ドッジボールでもやることになった。
雪乃はあまり激しいのができないから、みんなで軽くトスする形で渡して投げさせる
といった感じで遊んでいた。他には春花、大地くん、私と男子と女子一人ずつ
その場にいる。
雪乃「ふぅ、えいっ!」
ぽてぽてぽて…。
投げても相手に届く前に地面に転がる力のなさ。でも、手先が器用みたいで折り紙とか
綾取りとか。もしかしたらマンガも描けるのではないかと冷や冷やする。その不安が
アイツを呼んだのか。
雪乃「あ、田之上さん」
彩菜「んがっ」
田之上「ん、雪乃ちゃんか」
メガネで少し顔と体が整った空気がオタクっぽいアイツが雪乃の目の前に現れて雪乃は
真っ先に早足で近づいていった。どんだけ本描いてるんだよ、とか。色々溜まっている
ものが沸々と煮えたぎってくる。私のイライラが伝わってくるのか、大地くんと春花が
ドードーと私をなだめていた。
雪乃が話しかけていくんだ。まさか、褒める以外の言葉は言うまい。案の定、メガネは
少し嬉しそうに笑いかけて私達の方にも手を振って去っていった。
春花「ふぅん、なんだか爽やかな人ね」
大地「なんだ、良い人みたいじゃない」
彩菜「どこが…」
ため息をついていると、雪乃が戻ってきたが。私はなんだか疲れが出てきたのか
一旦休むことにした。だるい、なんだか頭も痛いし…。どのくらい時間が経ったんだろう。
雪乃が心配そうに私の顔を覗き込んだ。
雪乃「大丈夫?」
彩菜「ん、大丈夫…」
本当は大丈夫でもないんだけど、雪乃には心配させたくないから元気に振舞おうとした
のだけれど、体を勢いよく立たせた後、足がふらついて雪乃に向かって倒れこんで
しまった。雪乃の驚いたような小さくか細い声が聞こえたのと同時に私の意識が弱く
なっていた。
彩菜「んん」
目が覚めるとそこは見慣れた部屋だった。おでこには冷たい何かが貼りついている。
目の前には私が目覚めたことにより、喜ぶ二人の顔が見えていた。どうやら私は
自分のベッドで寝ていたようだ。
菜々子「お目覚め?」
雪乃「はぁ、よかった」
彩菜「あれ…どうして私…?」
起きて早々、ママから体温計を脇に差し込まれおでこに手を当てられた。
少し時間が経ったらピピッという音が鳴り、脇に差し込んだブツを眺めると。
菜々子「熱があるわね…」
風邪ではなさそう、とママが呟くと、思い出したように雪乃がママにひそひそ耳元
で話している。瞬間、二人に指をさされてこう言われた。
雪乃・菜々子『知恵熱だ!』
彩菜「ひどっ…!」
ケタケタと笑っているママに抗議しようとすると、雪乃に一言何かを告げてから部屋
から出て行った。ちえねつって何さ。私は何も考えていないおバカさんだっての?
…あえてひていはしないけど。
雪乃「ごめんね、悩ませちゃった?」
彩菜「…」
すぐ治る熱だとはいってもやはり、少し苦しい。普段からならないから、慣れていない
のだ。だんまりしている私に雪乃はそっと布団の中に手を入れて私の手を握ってくる。
雪乃の手は冷たかったのは私のが熱いせいだろうか。でも、心の中は暖かくなってくる。
雪乃「ごめんね…」
彩菜「いいよ、私のせいだもん」
勝手に悩んで勝手に熱だして。こうしてもらえるだけでもありがたいし、幸せだし。
でも、素直に顔を雪乃の方に向けられないから、そのまま目をつぶった。
疲れてるのか、少しずつ眠気がよみがえってきて体が浮くようなそんな感じがする。
ふわふわふわふわ…。その時に、雪乃が何か言っていたような気がした。
雪乃「まだ、彩菜と一緒にいるから。心配しないで…」
まだ…?少しひっかかったが、言葉の意味を考えることもなく私は眠りに就いてしまう。
夢を見ていた。もっと大きくなっていた私と雪乃がケンカをしている夢。私は悲しかった。
なぜ、私の気持ちをわかってくれないのか。いくら叫んでも雪乃は今までになかった
くらい怖い顔をしていて、そして目に涙がいっぱい溜まっていた。
悲しかった。私の気持ちを伝えられないもどかしさと、雪乃を泣かせた罪悪感で…。
彩菜「ふあっ…」
目が覚めると部屋はすっかり薄暗くなっていた。それでも、私の手には雪乃の手を
握っていて。顔は見えないけど、そこに雪乃が座りながら眠ってるのもわかった。
夢の中で泣いていたのか、目のまわりが濡れていたのでパジャマの袖で拭いた。
彩菜「何の夢を見ていたんだろう…」
まるでモザイクが入ったように思い出せない。すごく気分が昂っていたような気がした。
それでも夢は夢だ。と自分に言い聞かせ、今は確かに雪乃が私の傍にいることがわかった
から今はそれでも良いと。それとすごく雪乃がすきなんだって思えた。
次の日、昨日はなんだったんだってくらい元気になっていた。雪乃といつもと同じよう
に登校して、友達と会って、昨日のことを謝りながら歩いていた。そして再び二人に
なったときに、雪乃がいい辛そうに私に一言呟く。
雪乃「昨日、倒れたじゃない?」
彩菜「うん」
雪乃「あの後、慌てていて。運んでって頼んじゃったの」
彩菜「うん…?」
雪乃「その…田之上さんに…」
彩菜「んがっ…!?」
どうやらその時、慌てて帰ろうとしていたメガネに頼み込んで私を運んでくれたらしい。
あのキモメガネに運ばれたと思うだけでキモチ悪いんだけど。良いことをしたのだからと
今日は帰りにお礼に行かなければいかなくなってしまった。
ああ、どうやら今日はついてない日になりそうだった。私は気持ちとは逆の晴れ晴れと
している天気を見ながらがくっとうなだれた。
続
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過去の作品をそのままにしているので読みにくさがあるかもしれません。そろそろ気持ちにすれ違いが生じてきそうな双子ちゃんです。