No.302616

真・恋姫無双~君を忘れない~ 五十一話

マスターさん

第五十一話の投稿です。
荊州での孫策軍との戦も佳境に差し掛かり、麗羽はついに最後のカードを切った。その策とは果たしてどのようなものなのか、そして麗羽は思い描く勝利を手にすることが出来るのか。
いつも通りのクオリティーですので、期待はせずに。それではどうぞ。

コメントしてくれた方、支援してくれた方、ありがとうございます!

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2011-09-18 15:49:11 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:9859   閲覧ユーザー数:6491

七乃視点

 

 はぁー、全く麗羽様にも困りましたねー。お嬢様と離れないで済むって聞いていたから、私もここまで同行しましたのに、お嬢様はぱっぱと逃げてしまったじゃないですか。

 

 まぁ怯えるお嬢様の顔を見られないのは残念でしたけど、本当に命の危機に陥られても困るので、すぐに戦場から離脱してもらったのは有り難いですねー。私だけだったら、いくらでも逃げることは出来ますからねー。

 

 麗羽様が孫策さんと戦をするなんて言い出したときは、本当に頭がおかしくなったんじゃないかって思いました。あの人の恐ろしさを知らないわけでもないですし、何よりも私はよく知っていますからねー。

 

 小覇王なんて呼ばれていますけど、そんなもんじゃないですよ。もう二度と戦いたくなかったんですけどねー。麗羽様は本当に無茶苦茶なことを言いますよ。

 

 それにしても何が麗羽様をあそこまで変えてしまったんでしょうねー。麗羽様の生い立ちに関しては、かつて私も調べたことがあるんですけど、曹操さんに生かされてので、隠棲でもしているかと思っていました。

 

 人という生き物はとても脆いものですからねー。これまで自分が犯した罪を知ったとき――しかもそれが無自覚であったという事実は、特に麗羽様みたいな清廉な人には相当な苦痛を与えるものなんですけどねー。

 

 麗羽様はそれを呑みこんだ上で、再び壇上に上がろうとしているんですよねー。その境地に至るまでに、あの人はどれだけのことを想ったんでしょうねー。

 

 それにしても本当に袁家とは最悪な場所でしたからねー。糞の肥溜のような愚かな老人どもの悪臭が漂っていて、思い出すだけでも反吐が出ますねー。本当に袁家を滅ぼしてくれた曹操さんと孫策さんには感謝したいくらいですよー。

 

 お嬢様をお救いするためとはいえ、長い間あんな奴らの言うことを聞いていなくてはいけなかったんですから、孫策さんが反乱を起こして私たちが逃げられる算段をつけるまで大変でしたよ。

 

 老人たちがせこせこと私腹を肥やす手伝いをしていたんですから、私も連中の共犯として詰られてもおかしくはないんですけど、私にとってはお嬢様が一番優先すべきことですからねー。

 

 そうやってあの人たちのご機嫌を窺い続けたおかげで、袁術軍の実際的な権力はほとんど掌握することが出来ましたからね。政に軍事にやらなくてはいけないことが多くて、毎日死に物狂いでしたけどねー。

 

 本当は孫策さんが叛旗を翻すことも予想できていましたから、追い返すことも不可能ではありませんでしたけど、お嬢様を救う好機でしたから、故意に軍を小出しにすることで時間を稼いで、その間に念入りに脱出経路を選択できました。

 

「おい、もうそろそろ私たちも動き出さないと麗羽たちが本当に負けてしまうんじゃないか?」

 

 おっと、ついつい考え事をしていたら麗羽様の軍勢は結構押されていますねー。でも、恋さんもいるし、そこまで心配する必要もありませんね。

 

「それよりも、あなたの方は大丈夫なんですかー?」

 

「わ、私だったら大丈夫だ! いつでも出発できるぞ!」

 

 声が上擦っていますし、それなりに緊張しているんでしょうねー。今回の策にはこの人の力が不可欠ですからねー。相手もこの人が今さら出てくるなんて思ってもいないでしょうしねー。

 

 本当のところは、恋さんを隠れ蓑にして桃香さんたちの動きが本命っていうのが、麗羽様の策だったんですけど、それじゃ根本的なところで麗羽様の安全が約束できないので、ここは私が一肌脱ぐことにしました。

 

 一刀さんとの約束ですからねー。少しは協力してあげないと、それにこういうときに備えて、この人にも今まで成都の復興活動を指揮してもらっていたんですからねー。

 

 私は基本的に周瑜さんや朱里ちゃんみたいに頭が良いわけじゃないんですけど、人の嫌がることをするという点に関しては、自信がありますからねー。

 

「では、行きましょうか」

 

「あぁ!」

 

 そろそろ私たちも動きましょう。相手の情報は全て掴んでいますから、成功率はそこそこ高いんじゃないでしょうか。

 

「はい、皆さん、出発しますよー。あ、兵の指揮はお任せしますね、焔耶さん(・・・・)

 

雪蓮視点

 

「ハァ……ハァ……」

 

 肩で呼吸しながら何とか立ち上がった。だけど、そろそろ体力的に限界が近いことは自身がもっとも分かっているわ。

 

「大丈夫かよぉ?」

 

「当たり前でしょう。茴香のほうこそ、膝が震えているわよ」

 

「はっ、こいつは武者震いだぜ」

 

 戦闘が始まってから随分経つというのに、何が今さら武者震いよ。強がり言っているのが丸分かりじゃないの。

 

「…………まだやる?」

 

 本当に、この呂布はどういう構造しているのかしら。私たち二人を相手にして、未だに息一つ乱れていないなんて――化け物にも程があるわよ。

 

「ここで退くわけにはいかないのよ」

 

「分かってんよ。ここであたしたちが退いたら、すぐに前衛は壊滅しちまうぜ。せっかく、冥琳ちゃんが上手く部隊を動かしてくれてんのに、あたしたちだけがやられるわけにはいかねーんだよ」

 

 まずは茴香が呂布に向かって駆けた。こいつには正面からの攻撃は効かない。だから私も茴香の動きに合わせて、呂布に側面に回った。

 

「死ねやぁぁぁぁ!」

 

「…………無駄」

 

 茴香は怒号と共に上から鉄棒を振り下ろした。巨岩すら粉砕するその一撃を、呂布は事も無げに片手で受け止め、それを弾き返すと茴香に横薙ぎの一閃を放とうとした。

 

 ――その動きは読んでいるわよっ。

 

「はぁぁぁぁぁぁ!」

 

 振り抜こうとされた方天画戟を上から叩き、軌道を無理矢理歪め、体勢が崩れた呂布の銅を下から斬り上げようと、剣の向きを変えようとした刹那、私の脇腹に衝撃が走った。

 

「……っは!」

 

 肺の中の空気が瞬間にして外に放出され、咳き込みそうになるが、何とか後退して呂布から距離をとる。

 

 私の攻撃の衝撃を敢えて殺さずに、それを利用して空中で身体を反転させてから蹴りを放つなんて、人間の動きを超えているわよ。あれを無意識的にやっているのだから尚更性質が悪いわ。

 

 意識的にその行動を狙っているのならば、私にもその動きを予想することくらいは出来る。だけど、あいつはそれを瞬間的に行動に移しているに過ぎない――言わば、本能に身を委ねているのだ。

 

 私も同じように戦う身だから分かるのだけど、ある程度までしか行動を読むことは出来ないわね。そういう相手と対峙する場合――これまであまり経験はないけれど、特に相手が私より力量が上の場合、勝つことは非常に難しいわ。

 

 さっきの一撃が相当堪えているのか、立っているだけで既に身体は限界だった。あたしの状態を察したのか、茴香も無理に攻めずに一度後退した。

 

 そのときだった。敵の本陣の方から鐘が鳴らされると、呂布は肩から武器を降ろし、くるりとその場で身を翻した。

 

「んなっ! おい! 逃げんのかよ!」

 

「…………帰還の命令。だから恋は帰る」

 

 私たちに背を向けたまま悠然と本陣に戻ろうとする呂布を、私たちは追撃することもなくただ見送ることしか出来なかった。

 

 茴香はああ言っていたが、お互い既に身体は限界なのだ。これ以上戦おうものなら、おそらく返り討ちにあうわね。

 

「……くそったれがっ!」

 

 おそらくその茴香の言葉は呂布に向けてではなく、自身に向けてのものだろう。私と共闘しておきながら、呂布に一太刀も浴びせることだって出来なかったんだもの。

 

 それにしてもどうして今になって本陣から帰還命令なんて出たのかしら? あのまま戦っていれば、私たちだって無事では済まなかったはずよ。最悪、討ち取られていたって不思議ではなかった。

 

 何か目的があるのかしら? だったら、それって何なの? 私の首よりも重要なことなのかしら? 

 

 頭を捻ってみたけど私では何も思いつくことは出来なかった。

 

 胸に残るしこりのような嫌な予感は、未だに払拭することが出来ず、私もすぐに茴香を残して冥琳の許に駆けることにした。

 

麗羽視点

 

「あら、恋さん、おかえりなさい。早かったのですわね?」

 

「…………うん。ただいま」

 

 恋さんは孫策さんと太史慈さん――二人の猛将を相手にしてほとんど無傷だった。疲れも見えず、わたくしのところまで帰って来ると、すぐにねねさんを抱きかかえた。

 

「恋殿ぉ! 無事で何よりなのです!」

 

 ねねさんもその身体に身を甘えさせて、主の無事を喜んでいる。こう見ると、本当に姉妹のように見えて、何だか睦まじいものを感じますわね。

 

「恋さん、何度もお願いをしてしまって申し訳ないのですけれど、これからもう一仕事が待っているんですのよ」

 

「…………ん」

 

 こくりと頷く恋さん。

 

「姫ぇ、戻りましたよぉ」

 

「ただいま帰りました」

 

 猪々子と斗詩も退き鐘を聞いて戻ってきたようですけど、さすがに疲労の色が濃く見えますわね。全身を汗に塗れて、猪々子はわたくしの側で倒れるように座り込んでしまいましたわ。

 

「うがー、あの孫策軍のやつ、すげぇしつこくてさぁ、何度も振り切ろうとするのに、諦めてくれなかったんですよー」

 

「それは当たり前だよ、文ちゃん。だけど、敵の追撃を受けずに帰れたんだから良かったじゃない」

 

 わたくしたちは一旦部隊を後退させて一纏まりになりましたの。

 

 恋さんの登場で、孫策軍も少なくない被害を受けたようで、追撃することなく、一度部隊を再編成するために、小康状態になりましたわ。

 

「ほら、猪々子、斗詩、恋さんを見習いなさいな。孫策さんと太史慈さんを相手にして全くの疲れを見せていないのですわよ」

 

 ねぇ、恋さん――と恋さんの方に同意を求めようとすると、恋さんは既にねねさんを抱き枕にしてお休みになっていましたわ。この戦場でここまで安眠をすることが出来る恋さんに感心すらしましたが、まだすべきことがあるので、すぐに起こさせて頂きましたわ。

 

「では、皆さんも揃ったところですし、七乃さんの方も動き出した頃合いですわね」

 

「本当にあの腹黒女は成功するのですか?」

 

 ねねさんは不信そうな顔でそう尋ねました。

 

「大丈夫ですわ。あの人の有能さはわたくしもよく知っておりますもの」

 

「七乃さんは怖ぇからなー。アタイは絶対敵にしたくないな」

 

「ねねちゃんは七乃さんと知り合ってから間もないから分からないと思うけど、あの人は何でも出来る人なんだよ」

 

「何でもなのですか……?」

 

「そうですわね。政に軍事、調略に情報収集まで、全て一人でやっていたのですわ。かつて勢力を誇ったあの袁術軍という場所で」

 

「似たようなことは詠もしていたのですよ。ねねは常に恋殿の側におりましたから、実質上、詠が全てを仕切っていたのです」

 

「師匠には頼れる仲間がたくさんおりましたでしょう。ですけど、七乃さんは本当に一人だけ。周りは全て敵でしたわ」

 

「なん……ですと……」

 

 たった一人――誰かに指示するでもなく、誰かと協力するでもなく、膨大な量の仕事を全て一人でやるなんてこと、凡人が出来るはずがありませんわ。

 

 それをやろうとしていたのではなく、実際に行っていた――その事実にねねさんは声を失ってしまいましたわ。その人間離れした所業に驚かない人なんていませんものね。

 

 あの人の場合はある程度まで――いいえ、際限なく自分が悪に染まることを厭わず、全ては美羽さんのために動いていたのですが、それをいじらしいと受け取るかは人それぞれでしょうね。

 

「さぁ、無駄話もここまでにして、わたくしたちも参りましょう。恋さん、準備はよろしいですか?」

 

「…………お腹減った」

 

「ふふふ……戦が終わったら、好きなものをご馳走して差し上げますわ」

 

「えー! 姫、アタイは!? アタイも腹減ったよぉ!」

 

「文ちゃん、我がまま言わないの! 私が何か作ってあげるから」

 

「本当か、斗詩! 愛してるぜ! そのためなら、何でもやってやるさ!」

 

「それでは参りますわ」

 

冥琳視点

 

「雪蓮、無事だったのね!」

 

 雪蓮が前衛から帰還したことに素直に喜んだ。前衛から急に呂布が現れたという報告が上がったとき、身体が粟立つ心地がした。それが敵の切り札であることに気付けなかった自分を責めたが、まさか呂布が敵軍に紛れていたとは思わなかった。

 

 しかし、それでも雪蓮のおかげで危地を脱することが出来た。あのまま前衛を崩されていたら、本陣までその波が辿りついていたであろう。

 

「敵がいきなり後退したみたいだけど、どうしてか分かる?」

 

 私の側で一息ついた雪蓮がそう尋ねてきた。

 

「両翼から敵を包囲したから、一度建て直すためにしたのだろう。我が軍もその間に部隊を纏め上げているから、次のぶつかり合いでは勝つことが出来るわ」

 

 敵の切り札を防ぐことが出来たのだから、後は徐々に締め上げれば必ず勝利することが出来る。呂布さえ何とか出来れば、兵力の差は断然こちらが有利なのだから、勝利に焦るような真似さえしなければ問題ない。

 

「そう……かしら?」

 

「どうした? 何か気にかかることがあるのか?」

 

「うん……」

 

 雪蓮の勘には助けてもらうことも多い。呂布の出現の際にも、雪蓮が一歩でも遅れたら取り返しがつかない状態になっていたのかもしれないのだ。

 

「呂布がね、私を討ち取ることが出来たはずなのに、早々に退いたのよ。撤退の命令があったにしろ、あれを逃す手はないと思うんだけど」

 

「ふむ……」

 

 雪蓮の言葉に頭を巡らせたが、確かにそれは奇妙だった。総大将を討ち取ってしまえば、一気に戦況を袂に引き寄せることが出来るのだが――と、そのときであった。先鋒から再び伝令が放たれると、敵軍がこちらに向かって進軍してくると報告だった。

 

 しかも騎馬隊のみが鋒矢の陣を布き、袁紹自らが、顔良、文醜、呂布と共に率いているそうだ。その突破力は異常なまでに強力で、さすがの茴香も止めることが出来ないでいるそうだ。

 

「雪蓮! ここは危険よ! 貴女は下がって!」

 

「駄目よ。ここで退いたら、総崩れになってしまうわ」

 

「でも――」

 

「大丈夫よ。ここで総大将を逆に討ってみせるわ」

 

 そう言って、雪蓮は南海覇王を抜き去り、袁紹が来るのを待ち構えた。

 

 そしてしばらくすると、自軍を断ち割るようにして、四人の姿が現れた。兵士たちが飛びかかろうとするのを雪蓮が制止すると、袁紹とその場で睨み合った。

 

「あいつは……誰よ……?」

 

 雪蓮が眉に皺を寄せながら、吐き出すようにそう告げた。

 

 その言葉の真意に私も気付いた。あれは確かに袁紹だが、かつて会ったときとはまるで別人だった――いや、戦前に見せたあの言葉は確かにかつての袁紹のものだったのだが、それが私たちを誘き寄せるための演技であったようだ。

 

 先頭に立ち、誰よりも豪奢な具足を身に纏って、自らの存在感を示しているのは変わらないが、その表情に浮かべた穏やかで妖艶な微笑み、瞳に宿す薄氷の如き冷徹な眼差しは以前の袁紹にはないものだった。

 

「久しぶりですわね、孫策さん」

 

「総大将自らここに乗り込むなんて余裕ね。さぁ来なさい。すぐにその首落としてあげるから」

 

「あら嫌ですわ。そんな野蛮なことは仰らないで欲しいですわね」

 

 その余裕な態度に雪蓮の身体から怒気に満ちた覇気が放たれる。常人であれば、その圧に卒倒すらしかねないものだった。

 

「わたくしはお別れの挨拶をしに来ただけですの」

 

「どういう意味よ?」

 

「そのままの意味ですわ。この戦、わたくしたちの勝ちですもの」

 

「何言ってんのよ。勝負はまだ――」

 

 その言葉を遮るように袁紹はある方向を指し示しながら見つめた。

 

 その方向に視線を向けた雪蓮の表情が一瞬にして凍りついたのだ。

 

 すぐに私もそちらに目をやり、それが何を意味しているのか理解した。

 

 その方向――戦闘行為で随分離れていたが、遠くに見えるのは江陵城であった。そして、その城壁に掲げられているものは、 劉琮軍のものであるはずなのに、別の旗が風にはたむいていたのだ。

 

 それは袁紹の旗であった。

 

「な……ぜ……」

 

 言葉が出て来なかった。敵に別動隊がある可能性はなかった。それは念入りに放った斥候隊が証明している――城を落とすだけの規模の軍勢を見逃すことなんてあり得ない。

 

 ではどうして、あそこに袁紹の旗があるのだ。

 

「それだけではありませんわ。既に荊州南部の領土は益州軍が占領していますわ。それが嘘だと思うのなら、すぐにでも偵察部隊を向かわせるとよろしいですわ」

 

 その言葉に一瞬頭が白くなったが、軍師である私が不様に取り乱すわけにはいかないと、すぐに冷静な思考力を取り戻し、自分がとんでもない失策をしてしまったことに気付いた。

 

 敵がどうして四万という小勢で――しかも主力である将なしの状態で、荊州に侵攻したのか、その理由が分かったのだ。

 

 益州軍の国力を考えると、遠征軍は多くても八万程度が限界であるのだが、相手は敢えてそれを二分したのだ。本来であれば、そんな中途半端な兵力では江陵はおろか、荊州南群を制圧することすら不可能である。正に二兎を追うものは一兎をも得ず――である。

 

 だからこそ逆にそれを敢行したのだ。荊州南群を統治している者は軍事に疎い文官や、大した器のない者ばかりである。そこに益州軍の主力――劉備軍にいた関羽や張飛が向かえば、四万であっても攻略することは不可能ではない。それに諸葛亮がここにいないのなら、おそらくそちらに同行していることになるのだから、その可能性はさらに高まる。

 

 それを悟らせぬように、敢えて私たちの前に袁家という名を出して挑発し、しかもその戦いに呂布を投入することで勝利すら狙っていたのか。いや、既に手段は分からぬが、江陵を落としている以上――。

 

「……ッ!」

 

 呂布ですら切り札ではなかったということか。袁紹は我々を殲滅することではなく、領土の制圧を優先し、見事にそれを実現みせた。二重三重以上にも入念に練られた策――それにまんまと嵌まってしまったのだ。

 

「荊州南部がわたくしたちの手にある以上、自分たちがどのような立場にあるかお分かりですわね?」

 

 すぐにでも手を打たなければ、長江を伝って我々の領地まで攻め込むことが可能だ。実際のところ、大軍を有しているわけではないだろうから、限度はあるものの、攻め込めるという事実は本国にとっては脅威になるだろう。

 

「では、孫策さん、周瑜さん、改めてこの戦、わたくしの勝利を宣言させて頂きますわ。わたくしどもはここで失礼させて頂きますので、それでは御機嫌よう」

 

 袁紹は優雅に一礼すると、そのまま部下を率いて戦場から立ち去って行った。私たちはそれを追おうとも、また部下にそのように命令することも出来なかった。ただ袁紹の後姿を――姿は変わらなくとも、その内面に大きな変貌を遂げた彼女を見送ることしか出来なかったのだ。

 

七乃視点

 

 焔耶さんと三千の兵を率いて江陵を目指しています。このくらいの規模であれば、敵の斥候に見つからずに、江陵近辺に潜伏することは、私にとっては容易いことですからねー。

 

 既に曹操軍、孫策軍、そして江陵に駐屯している 劉琮軍の情報は粗方手に入れることは出来ています。私にとってもっとも大切なことは、どれだけ敵より多くの情報を正確に掴むかということですからねー。

 

 既に江陵には三万程度の兵力しかないことは調査済みですよ。

 

 かつて桃香さんがまだ劉表さんに養われていたとき、桃香さん――いいえ、朱里ちゃんの発案でしたが、益州と奪って曹操さんと対抗するという戦略を、劉表さんは本気にしていましたからねー。

 

 多くの兵士を襄陽まで輸送させた結果、江陵の防備は薄くなっていました。結局、あのまま桃香さんが益州入りを果たしてしまい、劉表さんの逝去、曹操軍の南下など、ごたごたがあったせいで、江陵はそのときの状態を維持しています。

 

 まぁ、周瑜さんもその情報があったからこそ、七万という軍勢でも荊州攻めを成功させられると踏んだのでしょうねー。

 

「では、焔耶さん、お願いしますねー」

 

「分かった!」

 

 大きく頷いた焔耶さんは鈍砕骨を片手に単身江陵城まで向かいました。

 

 焔耶さんを連れてきたのは私の独断です。ちなみに彼女が今まで何をしていたのかというと、彼女はずっと成都にいました。成都の復興作業――特にあの人は無用の長物になった、成都の巨大な城壁の破壊活動に専念してもらいました。

 

 成都を囲むあの巨大な城壁は、劉焉さんが統治していたときは、彼を守るために役立っていたようですが、一刀さんの治世では、逆に外に住む者を威圧してしまいますからねー。思い切って、成都を改築するとともに打ち壊すことが決まりました。 

 

 どうしてそれが焔耶さんと関係しているかというと、彼女は自分の非力さに失望して腐りかかっていましたからねー。これまで益州内では五本の指に入る実力を有していましたが、麗羽様や桃香さんたちの参入によって、自分が大陸で見ると大した力を持っていないことを改めて思い知らせてしまったんですもの。

 

 まぁ彼女はまだまだ若いですし、何よりも実戦経験が圧倒的に不足しているのですから、それは当然なんですけど、彼女はそれに自責の念に駆られ、自ら将軍職を別の人間に渡そうとしたんですよねー。

 

 私としては、そういう健気な姿に弱いので、ついつい救済したくなってしまって、彼女に近づいてしまったんですけどねー。

 

 確かに将才はお世辞にも愛紗さんや桔梗さんには及ばないですけど、個人の武はかなりのものですし、単純に腕力だけ見れば、益州でも上位に位置しているのですから、今はしっかり経験を積み、実績を残せばいい話なんですよねー。

 

 そんなわけで私は焔耶さんにある助言をさせて頂いたのです。

 

 ――誰にも出来ないことを習得してみませんか?

 

 焔耶さんの特徴でもあるあの馬鹿力――鍛錬でも基本的に腕力しか鍛えてないみたいですけど、それも極めてしまえば一つの大きな武器になります。そして、それを利用して人間離れしたことだって出来るんですよ。

 

 目の前を全力で駆ける焔耶さん。城壁からは弓矢が雨霰(あめあられ)と降り注ぐ中を城壁まで疾走して、鈍砕骨を思い切り振り上げ城壁に叩きつけました。

 

「はぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 轟音が響き、その音に一拍遅れて城壁にゆっくり亀裂が入りました。そして、地響きを引き起こしながら、そのまま城壁が崩れるのを見て、私は思わず口角を歪めてしまいました。

 

 かつて書物で見たことがあるんですけど、物には人体と同じように急所のようなものが存在するらしく、その一点を打ち抜けばどんなに巨大なものも破壊することが出来るそうですねー。

 

 焔耶さんはたった一人で成都の城壁に向き合い続け、ついには一撃で城壁を破壊する術を身に付けることが出来たみたいですねー。正直そんな化物みたいな業、恋さんくらいしか出来ないと思っていましたけど、人間もやれば出来るんですねー。

 

 城攻めのときに有効な兵器に衝車がありますけど、あれって意外と扱うの難しいんですよねー。動きが鈍いのでどうしても矢の的になりますし、狙いを付けるのも難しいので、何度も続けて打ち込まないといけないんですからー。

 

 焔耶さんはそれと同じだけの威力を持ちながら、俊敏に動くことが出来るのですから、今後城攻めには大いに重用されるでしょうねー。それが自信にでも繋がれば、もっと強くなれるんじゃないですかねー。

 

 それにしても、我ながら焔耶さんを成都に送ったのは成功でしたねー。将軍職を辞したとき――一刀さんはかなり反対していましたけど、それによって相手の記憶から焔耶さんの存在を一時的に忘れさせることが出来ましたからねー。だから焔耶さんを同行させても敵の警戒心を刺激することはありませんでした。

 

 孫策軍は優秀な隠密部隊を有していますからねー。こうやって情報を上手く乱してあげるのが一番精神的にくると思います。情報に精通しているからこそ、逆に攻めることが出来るわけですねー。

 

「さて、私たちも行きますよー。ぱっぱと江陵を落として、麗羽様たちを助けましょう」

 

 城内に侵入さえ出来てしまえば、三千であっても充分に江陵を攻略することが出来ますからねー。焔耶さんは既に城内で暴れているみたいですし、私たちもすぐに終わらせましょう。こんな面倒なこと、長続きさせたくありませんからねー。

 

 あちらでは恋さんの登場で、前線が混乱していてこちらには見向きもしていない。三千の兵士を十隊に分かち、城内を駆けさせながら、将校のみを狙わせた。 劉琮軍は戦の経験も少ないし、そうやって精神的に追い詰めればすぐに降伏するでしょう。

 

 焔耶さんもすぐに江陵を治めていた将を討ち取り、わたしたちは制圧を完了させた。城壁には袁の旗を多く掲げて、少しでも兵が多くいるように見せかけた。

 

「さぁ、これで私たちの勝利ですねー」

 

あとがき

 

 第五十一話の投稿です。

 言い訳のコーナーです。

 

 さて、今回が麗羽様の策のお披露目回になったわけですが、皆様の予想と共通するところもあったと思います。それだけではつまらないと思ったので、誰も予想出来ないであろう展開も盛り込んでみました。

 

 まずは予想できそうな点から、江陵の制圧ですね。孫策軍を倒すのではなく、先に領土を押さえてしまう。それが麗羽様の描く勝利だったわけです。

 

 しかし、実際にはそれにはある程度の兵力が必要なわけで、麗羽様は四万しか率いていない以上、正攻法ではそれは不可能です。

 

 そこで登場した切りその二が焔耶の登場です。今まで長い間焔耶は登場していなかったわけですが、それは別に作者が忘れていたわけではなく、皆さんに忘れてもらうためと言い換えてみます。

 

 彼女自体が何をしていたのかは本文中にある通りですが、焔耶視点の話はまた後日に焔耶の回のときにでも書きたいと思います。

 

 内容的には如何にも幼稚なものになってしまいましたが、この背景には焔耶の扱いが大きく関わってきます。これまでの話で、焔耶は将として未熟であると述べているのに、拠点のおかげで焔耶を書きたくて仕方ない衝動に駆られてきました。

 

 しかし、ヒロインが紫苑さんである以上、あまりにもフラグばかり建てる展開はどうなのだろうかと思い、何とか戦など別な場面で活躍する焔耶を書きたいと考えた結果がこの様です。御都合主義――素敵な言葉だと思います。

 

 ちなみにこの焔耶の投入は麗羽様の策ではなく、七乃の策ですね。七乃視点は書くのが難しいですが、いつもの笑顔で毒づいていると思うと少し興奮します。

 

 さてさて、さらに雪蓮たちを追い詰めたのが、桃香たちによる荊州南部――長江以南の地の制圧ですね。これは麗羽様の考えた二面作戦で、本来であればこちらが真の切り札でした。

 

 本来であれば軍略から大きく外れた戦略なのですが、それを敢行することで敵の意表を見事に突き、荊州を制圧することが出来ました。

 

 桃香たちの戦いはどのタイミングで入れるか迷った挙句、今回は全面カット。別の話で放り込むかどうかは未定です。一人称で書く話は、こういうときが非常に難しいですね。

 

 今回は説明描写が多過ぎて、ややテンポが悪くなってしまったかなと反省しつつ、後半は、特に焔耶の説明の場面などはグダグダになってしまいました。

 

 さてさてさて、今回の展開が読者の皆様に受け入れられることを切に願いつつ、今回は締めたいと思います。毎度変わらず碌な展開が書けずに申し訳ない限りですが……。

 

 次回以降も、もうしばらく荊州をを舞台の中心に据えて物語を展開させていきたいなと思います。孫策軍の逆襲が始まるか、曹操軍が介入するか、はたまたそれ以外の展開になるか、妄想して頂けたらと思います。

 

 相も変わらず駄作ですが、楽しんでくれた方は支援、あるいはコメントをして下さると幸いです。

 

 誰か一人でも面白いと思ってくれたら嬉しいです。


 
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