No.301964

two in one ハンターズムーン11「初陣」

泡蔵さん

何も解らぬまま戦いに赴く双葉。そこで月の使者の力を見せつけられる。しかし、その力はまだ完全と言う物ではなかった……
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2011-09-17 17:36:32 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:369   閲覧ユーザー数:369

   11 初陣

 

 八尺瓊勾玉の力を一旦解いた一葉達は、皆の後を追って拝殿を出た途端、恐怖のあまり動けなくなっていた。

 一葉の視線の先には、十数メートルもの大蜘蛛が鳥居を破ろうとしていたのだ。

「な、なんなのアレ……」

 常識では考えられぬ状況に頭が混乱している。双葉に至っては声を出すこともできない。元々、虫に弱い双葉がこんな巨大な蜘蛛を見てしまって気絶していないことの方が立派と言えよう。

「落ち着いて下さい。一葉さん。あれが鬼、魔物と呼ばれている者です」

「あ、あれが……敵……」

 考えが甘かった。瑞葉の為にも協力したいと思っていたのだが、信じられない現状に、足がすくんで動くこともできない。落ち着けと言われても頭がパニックを起こして、呼吸までおかしくなっている。普通の人間であれば当たり前の反応だが、一葉は選ばれし〈双心子〉なのだ。こんなことで驚いてはいられない。それをわかっていながらも体の震えは止まらなかった。

 そんな一葉の姿を見た高彦は、鋭い言葉で喝を入れる。

「しっかりしろ。貴様が危険にさらされることはない。よく見てみろ。結界で土蜘蛛は入ってこられない。破れぬ結界を破ろうとして自らの力を減らしていることにも気が付いていない愚かな化け物だ」

 確かによく見てみると鳥居には、なにか透明の壁があるように土蜘蛛の攻撃をはじき飛ばしている。いや、鳥居だけではない。月神神社の敷地全体が結界で守られているのだ。しかも、結界は三重になっており、今土蜘蛛が破ろうとしているのは、二つ目の結界だ。一つめは、外界との視界を閉ざし、外からは月神神社がひっそりと建っているように見せ、今のように魔物が攻め入っている時は人々を近づけさせないようになっている。

 二番目の結界は、今土蜘蛛が必死で破ろうとしている月神神社を守るための結界。そして、三番目の結界は、鬼と戦うためのバトルフィールドへの転移結界が張られており、第三の結界は、第二の結界が破れた時に発動するようになっていた。

 その結界の強さに、一葉は少しずつ冷静さを取り戻しつつあった。そして、単調な攻撃しかしてこない土蜘蛛の動きに何故か安心感を覚えるのだった。どういう訳か、なんともしがたい体の大きさを見ていても「勝てる」と思っていたのだ。どこにそんな根拠があるのかなどわかりはしない。しかし、結界の力で弱っていく土蜘蛛を見ていると何故か勝てるような気がしてきたのだ。

「大丈夫だ。双葉……あの化け物そんなに強くない。咲耶の兄貴なら簡単に倒せる」

 高彦と土蜘蛛の力の差を一葉はハッキリと認識していた。そして、双葉も別の感覚にとらわれていた。双葉は一葉とは対照的に、土蜘蛛の攻撃なら「防ぎきれる」と感じていたのだ。

《うん。もし結界が破れても、化け物の攻撃は瑞葉さんには通じない》

 これが〈月の繋人〉の力なのだろうか、〈月の巫女〉としての修行を積んでいないというのに、二人は、本能的に敵の力量を計り出しているのだった。

「そうです。私達には土蜘蛛の攻撃は通用しません。安心できましたか」

「ごめんなさい。ボク取り乱しちゃって……瑞葉さんを信用していたはずなのに」

「仕方ありませんよ。あんな化け物を見て慌てるなと言う方が酷なのですから。でも、やはりあなた方は茜様の子。優秀な〈月の巫女〉であらせられた茜様の血を継いでおられます。私など初めて鬼を見た時は震えてなにもできませんでした」

 瑞葉の笑顔が、寄り一層二人の心を穏やかにさせてくれた。

 その時、鳥居に閃光が走った。

「やはり月詠がいないと鬼共の力が強くなるらしいな。しかし、この位力を削れば充分だろう。姉上」

「そうですね。それでは結界を破ります」

「えっ、ちょっと結界を破るって」

 とんでもない言葉が聞こえてきた。せっかく結界に守られているというのに、その結界を自ら破るとはなにを考えているのだ。

「安心しろ、結界はもう一つある。まぁ、そこで戦うことになるのだが、お前は八尺瓊勾玉の力を引き出すことだけに専念していればいい」

「どういうこと……結界があるのに、戦うことになるの」

「当たり前だ。土蜘蛛をここまで弱らせておいて逃がしてどうする。ここで、奴を殲滅する」

 そう高彦が告げた時、大音響と共に大地が揺れた。慌てて鳥居を見ると土蜘蛛が体当たりをしていた空間に光の亀裂が走っている。

「咲耶、知流。一葉さんの周りに結界を……一葉さん。後は咲耶と知流が守ります。高彦の言うとおり八尺瓊勾玉を操ることだけに集中して下さい」

「土蜘蛛は結界を破ることでかなりの力を使い果たしている。三種の神器がなかろうと負けることはないが、お前にどれほどの力が出せるかも知っておきたい。ぬかるなよ」

「うん。頑張るよ」

 戦いが迫っていることで、高彦のきつい言葉も気にならなくなっている。むしろ力強い言葉が落ち着かせてくれていた。

 一葉は片膝を付いて八尺瓊勾玉を握る。先程のやり方は間違っていない。力をちゃんと引き出していた。今の二人には先程と同じことをするしかない。殆どぶっつけ本番だが、今はやるしかないのだ。

「本城さん。あなたのことは私達が命に代えてでもお守りします」

 弱々しい声で咲耶と知流が、同時に同じ台詞を言う。そして、袂から符呪を3枚ずつ取り出すと円を描くように地面に貼り付け、円の外に立った。

「そんなこと言わないでよ。ボクの命も咲耶達の命も大切なんだから。いざとなったら一緒に逃げよう。ねっ」

「本城さん……」

 一葉のその言葉が嬉しかった。双子として産まれてきた時から、咲耶達の命は〈月の繋人〉の為にあると教え込まれてきた。それが〈双心子〉として生まれ出てこられなかった宿命だと考えてきた。きっと〈月の繋人〉となる人もそう考えていると思っていた。しかし、一葉は咲耶達に優しく微笑んでくれる。まるで姉、瑞葉のように……それが嬉しくてたまらなかった。

「ありがとうございます。でも、絶対に私達が守りますから。知流」

 守るに値する人だと直感的に思った。咲耶と知流は「守らねば」ではなく「守りたい」と心から思ったのだ。

「はい」

 二人は同時に印を組むと陰陽道で常用される咒言「☆急急如律令【きゅうきゅうにょりつりょう】」と唱える。

 すると、五芒星の描かれた符呪が輝きだす。続いて二人は、呪詛返しの一つ「不動王精霊返し」の咒言を詠唱しはじめた。

「もえん不動明王 火炎不動王 波切不動王 大山不動王 吟伽羅不動王 吉祥妙不動王 天竺不動 天竺坂山不動 逆しに行ふぞ 逆しに行ひ下せば 向ふわ 血花にさかすぞ みぢんと 破れや 妙婆訶 もえ行け 多へ行け 枯れ行け 生霊 狗神 猿神 水官 長縄  飛火 変火 其の身の胸元 四方さんざら みぢんと乱れや 妙婆訶 向ふわ 青血 黒血 赤血 真血を吐け 血を吐け あわを吐け 息座味塵に まらべや 天竺七段国へ行なへば 七ツの石を集めて 七ツの墓を付き 七ツの石の外羽を建て 七ツの石の じょう鍵下して みぢん すいぞん あびらうんけん妙婆訶と行ふ 打ち式 返し式 まかだんごく 計反国と 七ツの ぢごくへ 打ちおとす うんあびらうんけんそばか」

 詠唱を始めると符呪の光が繋がり結界が完成する。そして、一葉達を守る結界が完成した時、土蜘蛛が第二の結界を突き破り境内の中へ進入してきたのだった。

 しかし、そこは月神神社の境内ではなかった。見た目は月神神社の境内に見えるのだが。本来の広さより空間をねじ曲げ10倍ほど広くなっている。これがもう一つの結界の成果だった。そのことに土蜘蛛はまだ気付いていない。

「ぐわはははっは、とうとう突き破ったぞ。後はお宝を貰い受けるだけだ」

 いったいどこから声を発しているのか、その地獄から沸き上がってくるような声が、境内中に響き渡る。

 そんな土蜘蛛の前に、高彦が静かに歩み出た。

「そんなに力を使っておいて、どこへ行こうというのだ」

 強大な土蜘蛛の姿を見ても、高彦はそよ風の吹く草原を歩いているかのように、穏やかな歩みを進めていく。

「ギヒィヒィヒィ! 貴様が〈狩人〉か。素直にお宝を渡せ。そうすれば今は生かしておいてやろう」

「土蜘蛛ごときが、なにを寝ぼけたことを言っているのだ」

「強がるなよ。貴様達が三種の神器を使えないことはわかっているんだ。だから、俺様が使ってやろうと言っているのだ。さっさと渡したほうが身のためだぞ」

 怨から三種の神器を使えないことを吹き込まれている土蜘蛛は自信たっぷりにそう言いはなった。しかし、もうそれは過去の話、状況が変わっていることを土蜘蛛は知らない。

「ほう、それはこれのことか、土蜘蛛よ」

 高彦は、立ち止まると天叢雲剣をかざした。それを土蜘蛛は、素直に渡すのだと勘違いをしているようだ。

「ほう、それが天叢雲剣か、他のも素直に渡せ」

「誰が渡すと言った」

 オッドアイの高彦の瞳が輝きだす。今まで、ダークグリーンとダークブルーだった瞳が、綺麗なグリーンとブルーに光る。それと同時に、気が放出されると大気を揺らし、天叢雲剣も輝きだした。

「なっ、なにぃぃ。話が違うじゃねぇか」

「いったい誰から、我等が神器を使えないなどと聞いたのだ。とんだ誤算だったな土蜘蛛よ」

 高彦は、細く笑みを浮かべながら天叢雲剣を横に払う。すると切っ先が届くはずもない距離にいたというのに、土蜘蛛の前足二本がいとも簡単に切断されていた。

「ぎゃあああぁぁぁぁ! なっ、何故、剣を使える。〈繋人〉はいないはずではなかったのか」

「お前は、仲間から嘘を吹き込まれたのだ。滅びよ」

 そう言って、地を蹴った高彦は、助走も付けずに十数メートルの高さまで体を持ち上げていた。この跳躍力、人間のなせる技じゃない。これも月の力のなせる技なのだろう。

 そして、剣を上段に構え一気に振り下ろすと剣筋が光となり土蜘蛛の体を突き抜けていく。土蜘蛛は二度目の悲鳴を上げる間もなく体を真っ二つに引き裂かれ、大音響と共に大地に崩れ落ちるのだった。

「見事です。高彦」

 賞賛の言葉を発すると、次に瑞葉が前に出て八咫鏡を頭の上にかざす。すると高彦と同じように瞳が輝きだした。高彦とは左右逆のオッドアイが美しくブルーとグリーンに……そして、八咫鏡が光を放ち真っ二つに引き裂かれた土蜘蛛を包んでいく。

 光は土蜘蛛の体を光の粒へ変えると鏡の中へ吸い込まれていった。

「凄い……」

 一部始終を見ていた一葉と双葉は、圧倒的な力にただ呆然と見つめていた。

 三種の神器の力、これが月の力……その強さを二人はまざまざと見せつけられるのだった。

 

   * * *

 

 輝きだした天叢雲剣を見て、怨は土蜘蛛以上に驚いていた。

「なにぃぃ。ど、どういうことだ」

 醜も、口をパクパクと開けながら驚いている。いや、脅えていると言ってもいい。

「な、なんだありゃ……彼奴等、神器を使えなかったんじゃねぇのかよ。なぁ、怨。彼奴等、俺達が聞いてたのを知ってて、いっぱい喰わせたんじゃねぇのか。今も、俺達がここにいるのも、ばれてるんじゃねぇだろうな…………おい、怨。なんとか言えよ」

「うるさいぞ、少し黙っていろ! 考えろ、奴らは確かに言っていた。神器を使えないと……あれが演技……いや、そんなはずはない。確かに奴らは『神器を使えない』と言っていたんだ。それじゃあ、いったいどういうことなんだ。急に使えるようになったとでも言うのか……」

 いくら考えても答えなど出てこない。そんな時、大地を裂くような土蜘蛛の悲鳴が聞こえてきた。

 その悲鳴に、慌てて怨は視線を境内へ戻す。

「なにぃぃ」

 そこには無惨な土蜘蛛の姿があった。土蜘蛛の二本の脚がいとも簡単に切断されていたのだ。しかも、〈月の狩人〉は攻撃を緩めず。高く飛び上がると剣を一閃して土蜘蛛の体を真っ二つに切り裂いてしまった。

 戦いはあっと言う間に終わりを告げた。無惨にも土蜘蛛は敗れ、〈月の狩人〉の圧倒的な力を見せつけられる形となった。

「凄ぇ……神器ってのは、あんなに凄ぇのかよ。これじゃ、話にならねぇじゃねぇか。怨、俺は降りるぜ、お前も止めた方がいい。彼奴等と戦ったら死んじまう」

 圧倒的な強さに醜は完全に怖じ気づいている。しかし、怨はなにか違和感を感じていた。あれが、神器であることは間違いないだろう。あの土蜘蛛の倒し方。確かに圧倒的な強さだったが、結界を破るために殆ど力を使い果たしていた土蜘蛛を一太刀で葬り去ることはできなかった。天叢雲剣の力は須佐之男の力と同じと聞いている。その力があの程度なのだろうか? そんなはずはない。圧倒的な強さを誇る須佐之男の力が、あれほどのものしかないなどあり得ない。あの程度の力であれば、もし土蜘蛛が力を使い果たしていなければ、簡単に倒れることはなかっただろう。

「なにぼさっとしてんだ。逃げるぞ怨」

 こんな危機的状況に陥っているのに、のんびり考え事をしている怨の耳を引っ張り逃げようとするが、怨は動こうとしなかった。

「いや、待て……なにかおかしい。奴ら俺達に気付いていないみたいだぞ」

「そんな訳ねぇだろ。俺達ははめられたんだよ」

 逃げだそうとする醜を怨は素早い動きで鷲掴みにした。

「まぁ待て、よく見て見ろ。奴ら後始末をしている。俺達に気付いているのなら、そんなことをする前に、攻撃してくるだろう」

「そんなこと知るか。俺達が中に入っていないからだろ」

「そうだ。そこだよ……確かに、この神社は神器を守る為の結界が張ってある。本当に神器の力を引き出せたのなら、結界の外でも俺達のかなう相手じゃない。もし、お前の言うとおり俺達が結界の中に入っていないせいで、攻撃を仕掛けてこないのなら、おかしいじゃないか。圧倒的な力を持っている奴らが鬼の俺達を見逃すわけないだろう」

「……そう言えば、そうだな。じゃあどうやって奴らは、神器を使えたんだ」

「まて、それを確かめるためにも、もう少し観察していこうじゃないか」

 予想であったが、怨は三種の神器を完全に使いこなしていないと読んだのだ。

 確かにその予想は的中している。しかも、冷静さを取り戻した怨は、双葉に気付こうとしていた。

──あの男が持っているのが天叢雲剣……それに、今土蜘蛛を葬っている女が持っているのが、八咫鏡か……それじゃあ、八尺瓊勾玉はどこだ……おや……

 怨は、咲耶と知流に守られた双葉を見つけてしまった。そして、鬼の目には手にした八尺瓊勾玉もしっかりと映っていた。

──なんだ。なんで、神器を持っている奴が結界で守られている。しかも、制服を着ているって……まさか……

 誰が見ても、結界に守られている双葉が修行を積んだ〈月の巫女〉と見る者はいない。しかも、怨は双葉の顔に見覚えがあった。

「そうか、そう言うことか」

「どうした。なんかわかったのか」

「ああ、大体予想はついた。彼奴等が神器の力を完全に使えていないのは間違いない。アレを見てみろ、二人の女に守られている女子高生がいるだろう。奴が〈月の繋人〉だ」

「お、おい、そうしたらちゃんと神器を使えるってことじゃねぇか」

「よく見ろ、あの女の格好を……どう見ても付け焼き刃って気がしないか」

 皆、神社に仕える者という格好をしている中、双葉の格好は確かに浮いている。しかし、そう言われても醜は、怨がなにを言おうとしているのか見当も付かないらしい。

「学生服着てるのが、なんだってんだ」

「醜よ。喰うことばかり考えていないで、少しは頭を使ってみたらどうなんだ」

 怨は完全にいつもの調子を取り戻していた。この予想が当たっていれば今の〈月の狩人〉達を怖れることはない。

「まぁ、いい。それは後でゆっくりと説明してやるから、もう少し奴らを観察してやろうじゃないか」

 余裕の出てきた怨は、不敵な笑みを浮かべると木に寄りかかるようにして結界の中を楽しそうに眺めるのだった。


 
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