No.300672

スティナ山賊団日誌 1話

今生康宏さん

TINAMIでのメインシリーズ予定、です
まだ世界観をあまり描けていませんが、それは2話以降、ということで

2011-09-15 19:10:20 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:274   閲覧ユーザー数:274

 人の人生は、人の人生によって左右される。

 自分一人で生きていると思っている人も、必ず誰かしらの行動の作用によって、今の生活を送っている。

 人は、一人では生きて行けない。誰もが無意識下に知っていて、普段は意識することのない人間社会の基本原理。

 私は、今日の分の「仕事」として日誌を記しながら、そのことを考えていた。

 本当に、私は素敵な出会いが出来たのだと思う。

 それは、今から六時間ほど前の出会い。

 私のこれからの人生を大きく左右する、運命的な出会い。

 一人の男が、山道を歩いている。

 彼が「団長」から与えられた指示は、食料を確保して来ることだ。

 山に登る前に用意していた糧食は、今日の昼に底を突いた。

 別に一食ぐらい抜いて、男の命に別状があるかといえば、そんなことは全くないが、夕食抜きなどと行ったら、団長がうるさい。

 とはいえ、中々に険しい岩山だ。植物も少なく、野菜系は望めない。

 動物は、鳥ぐらいはいるが、捕獲する装備がない。

「あー、馬鹿な鹿でもそこらに転がってねーかなー」

 駄目で元々。男は岩と岩の間や、背の低い木のあるところを探す。

 弱った獣は、こういう場所に身を隠すことが多い。

 死んでしまっていては、腐食が始まっている可能性があるので、焼いても食えるかどうかわからないが、生きているものが見つかったら最高だ。

 獣の目線。足元に近いところを見ながら、獲物を探していると、男の足にぶつかるものがあった。

 柔らかい様な、硬い様な、不思議な感触だ。

 視線を更に落とし、それを確認する。

「……女?」

 何故か疑問形になってしまったのは、ここがあまり人通りのない山道だった所為もあるが、地べたに倒れ込んでいた人間の容姿の特異性が決め手だ。

 足元の女の髪は、雪の様に真っ白だった。

 老人の白髪の様ではなく、元々は別な髪の色をしていて、それから人工的に色素を抜いた様な、純白。

 夜道であれば、男はそれが幽霊か鬼女の類であることを疑わなかっただろう。

 だが、もし生きている人間なら、これは俗にいう行き倒れだ。

 それを見捨てることは男の正義に反する。

 かといって、団長は食糧を持って来るどころか、生きた人間を連れて来たと知れば、怒り狂いかねない。

 まさか、この女を食おうなどと言い出すほど、おかしな神経をした人間ではないが……団長は大した力にはなってくれないだろう。

「……すまねぇな。ちょっと失敬するぜ」

 食糧を期待して、女の背負っている皮のリュックを開く。

 すると、むわっと古びた紙の臭いが広がった。

「うわっ、カビくせ……なんだこれ、古い本ばっかりじゃねぇか……」

 男にはその本の価値がわからないが、旅人が後生大事に鞄に詰め込んで持ち歩くということは、相当に価値があるものなのかもしれない。

 一冊を一冊を丁寧に取り出しながら、食べられそうなものを探すが、岩の様に硬くなった粗末なパンしか見つからなかった。それも小さいのがたった一個だ。

 この旅人も、相当に食べ物に苦労していたのだろう。だからこそ、こんなところで行き倒れた。

「流石にこれを、このままって訳にもいかないよな……」

 登山はもう、山頂近くの地点にまで差しかかっている。

 今更、下山は有り得ないのだから、このまま登り切り、山の向こうを目指すしかない。

 連れて行くしかない。

 男は腹を決め、女を背負おうとした。が、そのあまりの軽さに思わず転びそうになった。

 本当に幽霊なのかと思うぐらい、体重が軽い。自分が怪力な所為もあるだろうが、これはちょっと心配になってしまう。

 出来るだけ早足で、男は団長の元へと向かった。

 顔に一発の張り手はもらう覚悟で。

一話「自由への再誕」

 

 

 

「……団長!。団長は幽霊って信じるかー!?」

 白髪の少女を背負った男――シロウは、出来るだけ大声で、まだ姿の見えない団長に向かって呼びかけた。

「はぁー?そんな非科学的なこと、信じる訳なんでしょー!」

 すると、間髪入れずにきんきん声が返って来る。

 遠くで聞いていたら、うるさく鳴く鳥の声と間違いそうだが、この声の主こそ、シロウの所属する山賊団の団長だ。

「……よっと。んじゃあ、そういうことで行き倒れ一人、毎度ありぃ!まだ息はあるみたいだし、水飲ませてやってくれ」

 出来るだけ丁寧に少女を降ろし、シロウは団長に全てを丸投げした。

 叱られる前に、逃亡を謀る。

「行き倒れ?」

 続く言葉はわかっている。「このバカ!」か「このアホ!」か「このマヌケ!」だ。

 それだけならまだ良いが、確実に手か足は出る。

 体が小さく、ついでに胸も小さいこの団長は、暴力的であることで名を馳せている。……地元では。

 シロウはどんどん距離を離し、余計な肉のない所為で身軽な体から繰り出されるドロップキックの威力を和らげようと必死になった。

 体重も軽い団長だが、至近距離で全体重をかけた蹴りを喰らっては、意識を奪われかねない。

「ふーん……中々綺麗な子じゃない。ま、食べ物はあたしの方で確保しておいたし……って、何めちゃくちゃ逃げてるのよ」

「……馬鹿な。団長が俺を蹴らない未来なんて、存在し得るのか……?」

「散々な言われ様に、そっちの理由で蹴りたいんだけど?」

 団長――スティナ・ブローリンは少女の口に水筒を付けさせ、それをゆっくりと傾けた。

 水はここまで登って来る途中に湧いていた泉で新鮮なものを汲んである。冷たさもまだ保たれているので、直ぐに少女の意識は覚醒し、小さく喉を鳴らしながら水筒が空になるまで飲んでしまった。

「……明日の朝まで持たすつもりだったんだけど、それはまあ、彼女を拾って来たシロウに汲んで来てもらうとして……あんた、この辺りの村の子?名前言える?」

 水を飲むだけ飲み、多少体力が回復したのか、少女は目をこすりながら上体を持ち上げた。

 最初に、シロウ。それから、スティナの顔を認めて、慌ててちゃんと座り直す。

「え、えっと。リア・ベルグマンと申します。旅の途中で、倒れてしまっていたみたいで……お二人が助けてくださったのですか?」

「正確には、そこの男があんたを抱えて来たのよ。にしても、あなたが本当に旅人?荷物も少なめだし、服も長旅には適してなさそうだけど」

 リアの体を包むのは、薄手のワンピースの様な服だけで、旅人の必需品といえるコートも、マントも何もない。

 靴も、その辺りの町を歩くには適しているかもしれないが、登山にはおよそ向かない皮の張りの弱そうなものだ。

 しかも、荷物を開けてみれば本ばかりで、後はリュックに寝袋が縛り付けられているだけ。とても十分な装備とはいえない。

 旅なれた二人にしてみれば、こう言うことが出来る。

 山登りを舐めている、自殺行為だ――と。

「それは……その、適当に荷物をまとめて、とりあえずこの山を越えれば、働き口もあるかな、と……」

「出稼ぎの為の旅って言うのか?女の子が一人で?」

 スティナに暴力を振るう意識が見受けられないので、シロウも彼女の傍に腰を下ろした。

「なーんか、信憑性に欠けるのよね……いや、別にあんたが、あたし達を襲ってどうこう、とか考えてる訳じゃないんだけど。――一応、あたし達はあんたの“命の恩人”な訳だし、ちょっと詳しく話を聞かせなさいよ。それで心を動かされたら、助けてあげなくもないわ」

 旅の空、加えて貧乏暮らしをしているのにも関わらず、態度だけは女王様の様にスティナは足を組み直した。

 どう見ても自分より年上に見えるリアに対し、ここまで大きく出れるのも、一種の才能かもしれない。

 シロウはそう思いながら、弱冠十二歳の山賊団長と、謎の少女を見守る。

「こんだけ本……というか、何これ、文字読めないんだけど。もしかして古文書?そんな専門的な知識を持った人間が、働き口を探しに態々こんな山を越えるなんて、どういうこと?」

「それは、ただの趣味というか、どうしても路銀に困った時の、最終手段というか……。えっと、私は孤児で、今まで孤児院で生活をしていたのですが、最近その経営が厳しくて、私はもう一人立ちが出来る年なので、働いて孤児院に仕送りをして、少しでも恩を返したいな、と。シスターには、本当にお世話になりましたし……」

 ほとんどスティナに睨まれる様にされながら、おずおずとリアは語り出した。

 あまり喋るのが上手ではないらしく、歯切れが良くない。シロウは、スティナがキレ出すのではないか、と心配だったが、孤児という単語が出て安心した。

 十一の時に家を飛び出し、シロウを伴ってそこら中を旅して回る、しっかりし過ぎた山賊団長も、悲しい話に関しては年相応の反応を見せる。

 ――彼女はとても涙もろく、泣いている時ばかりは面子も気にせず、顔を泣き腫らしてしまうのだ。

「でも、なんで態々こんな所まで来るんだ?あんたの町がどこだか知らないが、その気になればそこでも仕事はあるだろうし、南に行けばもっとでかい街も……」

「……この髪、ですから。シスターは神に愛されている証拠だ、と慰めてくれましたが、ここ以南の地域では魔女扱いが普通です。中途半端に容姿が良いのも、やっかみの対象になるのでしょう」

 諦めた様に言い、リアはコバルトブルーの瞳を細めた。

 淡雪の様な白髪に、大海の波音を想起させる瞳。寒々しさを感じさせるその配色には、確かに魔術的なものを感じてしまってもおかしくはないのかもしれない。

「うっ……そんなの、非科学的よ……。たかだか髪の色が人と違うからって差別するなんて、よっぽど発想が貧困で、僻み性なのよ、そいつ等……」

 もうスティナの顔はぐずぐずだが、鼻を啜りながらも、必死にリアを擁護する。

 自分もまた、人から気味悪がられた人間として、強い同情を覚えたのだろう、とシロウまで涙を流しそうになった。

 理不尽な目に遭っている人間は、存外に多い。今まで、シロウの中ではスティナこそが世界一薄幸な人間だったが、それに勝るとも劣らぬ理不尽に打ちのめされた少女が居た。

 対して、自分はといえば、理不尽を作り出していた方の人間。スティナと共に旅に出たのは、その贖罪の意味があった。

 だから、彼は提案する。

「でも、この山の向こうで働けるって保証もないんだろ?だったら、俺達と一緒に来たら良いんじゃないか。金はそこまで稼げないかもしれねぇけど、最低限あんたの面倒は見れるぜ」

 今まで、何人か仲間に引き込めそうな人間は居たが、その度にスティナがそれを許可しなかった。

 だが、彼女の場合は違う。そうシロウは確信していた。

「良いだろ?団長」

「……う、うん」

 やたらと言葉を並べたがる彼女だが、今回ばかりは簡単な返事だ。

 泣いている所為で、小難しいことをべらべらと言うだけの余裕がないのだろう。

「でも、それだとお二人が……」

「なんで。一人ぐらい増えても、十分喰って行けるって。あんた、小食そうだし」

「そうじゃなくて、この髪が……」

「ったく。後ろ向きだなー。言っとくが、この団長は十歳で遺跡から見つかった訳のわからん道具を使いこなして見せて、気持ち悪がられたほどの天才だぞ。それに、傍から見りゃ俺は幼女を連れ回してる変質者だ。既に後ろ指さされる要素は揃ってるんだよ。今更一つ増えても、寧ろギャグになるぐらいだぜ」

 シロウは、リアの肩を抱いて立ち上がらせた。

「言っとくけど、断らせねぇぞ。だって俺、あんたに一目惚れしたからな」

「……はぁ?」

 スティナが、真顔で叫んだ。

 私の人生は、今まで人に翻弄されて来た。

 両親は、病気や事故で死んだのではない。人に殺された。

 明確な殺意の下、刃を向けられたのではなく、戦争に巻き込まれて。

 私の髪は、元は美しいブロンドだったのに、いつの間にかにその美しかった色は失われていた。

 村に何百年も昔から残る、悪い物質がそうさせたのだと聞かされた。

 やがて、村の人々は私の世話をするのが厄介になった。そのことは恨んでいない。だって、どこも同じように苦しかったから。

 そうして孤児院に預けられて、しばらくは幸せに暮らせた。

 子供は、魔女の伝説を知らないし、知っていても私と普通に接してくれた。

 だけど、大人たちはそうはいかなかった。

 町に出ると、露骨に嫌な目で見られて、裕福な人は孤児院の子供を引き取ってくれるのに、私の養い手が現れることは絶対になかった。

 ――別に良いんだ。

 悲しみは諦観に変わり、成長と共にそれは、強くなって行った。

 そうしていると、自分の存在を否定したくなって来る。自分を否定した後、自分の体を切り刻んでいたナイフは親への狂気の刃にすり替わる。

 だけど、そこで功を奏したのは、私の意気地のなさだった。

 自分はいくらでも否定出来ても、命のない親の死体に鞭を打つことは出来なかった。

 孤児院の教えが、死人への敬いの精神を定着させたのも作用したかもしれない。

 自分を空気の様な存在にしようと努めて、十五歳の誕生日を迎えた時、私は孤児であった生活に別れを告げた。

 罪重ねた自己嫌悪は、ここに来て大きく昇華されたといって良い。

 自分が孤児で、自分が愛されることのない存在なら、人の為に尽くそう。そうして、いつか自分を愛してくれる人に出会えたら、今度はその人だけに尽くそう。

 前向きなのか、後ろ向きなのか、ちょっと判断がつかなくて、笑ってしまう。

 でも、私なりの大きな飛翔。暗闇からの脱却。未来への逃避行。

 その先……まだ終着点ではないけど、その場所には、一条の光が射していた。

「えっと、リア。あんた、何か特技とかあるの?」

 スティナの勝気そうな赤い瞳が、すっとリアを見つめる。

 さっきまでは泣いていた所為もあり、しんみりとしていた彼女だが、基本的には上から目線で、物怖じも遠慮もしない。

「特技、ですか……文字を書くのは、好きですけど」

「文字?そういや、古文書も持ってたし、あんたよっぽど文字を読み書きするのが得意なんだな」

 この辺りでは、文盲であることは珍しくない。

 シロウは簡単な綴りしかわからないし、スティナもそこらの大人に毛の生えたレベルの識字力だ。二人ともまともな教育は受けていないし、習うだけの金もない。

「そういう訳では……ただ、孤児院ではずっとシスターに文字を習っていましたし、学者の方に昔の言語……といっても、一般的に使われていたであろうエングリッシュというものと、かつてニホンと呼ばれた島国のあった地域で使われていたものを習っていた程度ですが」

「……なんかよくわからんけど、すげぇな。文字をちゃんと読み書きできるやつが居るってだけで大進歩だぜ」

 中々他人を認めたがらないスティナも、首を縦に振る。

 正直、今まで文字がまともに読めなかった所為で苦労もして来た。

 危うく詐欺に遭いそうになることもしばしばあり、その度にスティナの勘で難を逃れて来たが、一人文字を読める仲間が居ると心強い。

「で、ウチは知っての通り、山賊団。といっても、略奪行為はしなくて、山を拠点に色々と旅して回ってるだけなんだけど、当然、戦闘の機会もあるのよね。賞金稼ぎみたいなこともやってるし。あんた、何か武器とか使える?」

「その手のものは、ちょっと……」

「だろうなぁ」

 ここは少しマイナスポイントだ。

 何分、今までは二人、そしてこれからは三人という少人数で団を回している。

 一人でも戦えない人間がいると、当然足手まといになってしまう。そして、彼女を守り、自分も守ることが出来るほど、二人は戦いに慣れてはいない。

「じゃあ、料理とかは?あたしも当然、天才美少女としてある程度は出来るんだけど、あんたなんか上手そうな感じするし」

「あまり、難しい調理は……文字の勉強の方が好きだったので……」

「俺の男の料理のが上手そうだな……」

 ちなみに、普段の料理担当はシロウだ。

 旅に出た当時は、まともに料理が出来なかった彼だが、スティナに無理矢理やらされている内にそれなりに様になって来た。

「んー……じゃあ、決まり。あんたは我がスティナ山賊団の、参謀兼、記録係兼、会計に任命するわ!ちなみにあたしは団長兼、会計監査で、シロウが副団長兼、斥候兼、調理師兼、雑用ね」

「……参謀で、記録係で、会計ですか」

「そう。簡単にいえば、参謀としてはあたしの知力を持ってしても解読不能な文字がある時の暗号解読役、記録係としては、毎日の団の日誌の作成、会計としては所持金の把握と、買い物の際の購入リストの作成を任せるわ。とりあえず今日は、日誌だけつけてて」

 ぺらぺらと、ついさっき思い付いた仕事を伝えてから、スティナは荷物の中から一冊の分厚い日記帳を取り出した。

 本来は航海日誌をつける時に使う、本格的なものだ。

「あ、それ団長が三日も続かないで投げ出したやつだな」

「う、うるさいわね……。リア、これをあんたに渡しておくわ。万年筆もほら、割としっかりしたのがあるから」

「すごい……ありがとうございます、スティナさん」

 スティナの手から日誌とペンを受け取ったリアは、目を輝かせてそれを見つめた。

 ここまで立派なものは、初めて見るかもしれない。

 早速、新しいページに今日の日付を書き込んでみると、ペン先は美しい黒インクを白紙の上に描き出し、日誌はそれ等を余すことなく受け止めた。

「たかが、日誌でそんな喜ばれても……。後、あたしのことはスティナさん、なんてよそよそしく呼ばないで。団長なんだから、そのまま“団長”って呼ぶか、“姐さん”って呼びなさい。それか、あたしの気に入るニックネームがあれば、それで呼ぶことも許可してあげるわ」

「ニックネーム、ですか……」

 意外にも器用に、ペンを三本の指で回しながら、リアがしばらく黙考する。

「ティナさん、なんてどうでしょうか」

「ふーん……悪くは、ないわね。でも、さんはなし。せめて、そうね……あたしとリアの仲だし、ティナちゃんって呼んで良いわ。あ、シロウはそう呼んだら血祭りに挙げるから」

「……ティーナちゃんっ」

 勇敢にも、シロウが面白半分に呼んでみる。

「処刑決定。あんたに明日の朝日は拝ませないわ」

 まず手始めに、スティナのたっぷりと助走をつけたドロップキックが飛ぶ。

 次に、連続してハイキックが繰り出され、フィニッシュとしてアッパーカットが放たれた。

 格闘技を習っていたかの様な、自然で、美しい怒涛のラッシュ。その全てをクリーンヒットでもらったシロウは、意識を失い、突っ伏してしまった。

「ふぅ……。じゃ、リア、日誌お願いね。ご飯はシロウのバカが起きてからだから、しばらく先になるけど、お腹は大丈夫?」

「は、はい。お水をいただけたので、もうしばらくは平気です」

「そう。今日は美味しそうな鳥が捕まえられたから、ちょっと豪勢になるわよ。丁度、あんたの歓迎会みたいな感じになるわね」

 スティナの頬が緩み、目が幸せげに細められる。

 夜明けの太陽の様に、燦々と光輝く笑みだ。

 初めて見た彼女のそれに、長らく笑顔を忘れていたリアも、少しだけ口元を緩める。

「ありがとうございます」

 自然と口をついて出た言葉は、スティナに、そして、シロウにも向けられていた。

 弱者の傷の舐め合い。

 そう人は言うかもしれない。

 でも、それでも、ここが初めて見つけた安息の場所だという気がした。

 孤児院は、きっとそうではなかった。私は無意識の内に皆に気を遣い、同時に劣等感と嫉妬を抱いていただろうから。

 私は、日誌とペンを握り締めながら、改めて私の出会った二人の姿を見つめた。

 シロウさん。シロウ・ヤマカワさんは美しいカラスの羽の様に、真っ黒な髪をした男性で、身長は百八十を超すぐらい高く、細身の割りには力が自慢らしい。

 二人は村育ちという話だが、シロウさんは私から見ればすごく今風の男性で、格好良く映る。

 ティナちゃんこと、スティナ・ブローリンさんは私よりも背が低く、百四十あるかないかぐらい。ちなみに私は百五十近くはあったと思う。

 この辺りでは多いけど、大多数のそれよりずっと綺麗で、鮮やかな金髪で、お尻の辺りまで届きそうなぐらい長いそれを、彼女から見て右側でリボンを使って束ねている。

 以前はツインテールにしていたそうだが、それではあんまり子供っぽい、ということで大人っぽさをアピールする為に髪型を変えたという。でも、今もティナちゃんはすごく可愛らしいし、私よりずっと華がある。

 無理に大人ぶらないで良い気もするけど、それを口に出そうとしたら、全力でシロウさんが止めた。

 その後、何故かシロウさんが殴られてしまい、本当に悪いことをしてしまった。

 それでも、少し勝気だけど優しくて、心遣いも出来る良い人だと思う。勿論、それはシロウさんも。

 見ず知らずの人間の世話を見る、だなんて言い出すのだから、彼の優しさは今更言葉にする必要はないけど、彼の優しさは本当に、私の心に染み入って行った。

 同じく痛みを抱える者としての、同情や共感からの優しさなのかもしれないけど、嬉しかった。

 ……それに、気になるのは、シロウさんが最後に言ったこと。

 彼は、私に一目惚れをした、そう言った。……のだと思う。

 でまかせかもしれない。彼は、私を放ってはおけないみたいだったから。

 けど、単純にそうだ、と決め付けるには、いささか彼の態度には、気になるところがあった。

 私の顔を、正面から見ようとしないのだ。

 うっかり視線を合わせてしまうと、全力で逸らされた後、赤面する。

 状況が状況なら、嫌われているのだと認識するが、その逆の様な気がしてならないのは、私の自惚れではないと思う。

 運命の出会い。

 そんな言葉が、頭を過ぎった。

 昔読んだ小説にも、古文書にもその言葉は出て来る。

 人類が好きな言葉なのかもしれない。私も、素敵だと思う。

 同時に、私にだけは縁がない言葉だとも思っていたが、こんなところで、それが訪れてしまってのでは。

 二人の注いでくれた水のお陰で、枯れかけていた心が、再び早鐘を打ち、少女らしい甘い夢を一瞬だけ、見せてくれる。

 間もなくして、正気に戻り、夢は欠片だけを残して、霧散した。

 音楽を生業にする人々が奏でる、恋のメロディー。詩人が詠む、想い人を描く恋愛詩。作家が理想する愛の形を紡ぐ、恋愛小説。

 その一節が想起されては、一握の虚しさを残して沈んで行く。

 そうしている内に、日誌のページは埋まった。

 記録半分、私の心情吐露半分。

 シロウさんにも届く様に、出来るだけやさしい表現を使ったつもりだ。

 二人にもっと、私のことを知って欲しい。口を使って伝えるのが、苦手な私だから、こうして伝えるしかない。

「――ティナちゃん。書けました」

「ん、ご苦労様。……うわー、すごい。あんた、字ぃキレイねー」

「そ、そうですか?」

 今まで、意識したこともなかった。シスターは私よりずっと綺麗で、後は似たり寄ったりだったから。

「そうよ。ほら、この辺りなんてほとんど活字みたい。うんうん。流石あたし、神がかった人選ね。これからもよろしくね、リア」

「はい。ティナちゃ……えっと、こういう時は“団長”とお呼びしても良いですか?」

「ん?何でも良いけど、どうしたの、突然」

「なんとなく、その方がこう、締まるかな、と」

「……あんた、面白い感性してるわね」

「そ、そうですか?」

 ティナちゃんはにひひ、と少し意地悪そうな笑みを見せて、私の背中をぱんと叩いた。

 私より小さく、短い手なのに、意外と痛くてびっくりしてしまう。

「あ、ごめん、痛かった?」

「い、いえ……大丈夫です。団長」

「……ふっ、あははっ!あんた、やっぱり結構天然ねぇ。不思議なのは、姿だけじゃないみたい」

 自分の感性なんて、気にしたことがなかった。外面をどれだけ飾っても、世間の私の認識は“魔女”で、内面をどれだけ魅力的にしても、私は“人さらい”なのだから。

 他人とここまで深く関わるのは、初めてだ。だから、今まで自分すら知らなかった自分の一面を、こうして知ることが出来ている。

 ティナちゃんはまだ馬鹿笑いをしていて、ちょっと複雑な気持ちだけど、嫌な嘲笑なんかでは決してなかった。

 そうじゃなくて、私の存在を認めてくれた上で、面白がってくれている。

 これで、私はようやく自分がここに居るのだ、という自覚を持てた気がした。

 “魔女”でも“幽霊”でもなく、確かな“人”。それにやっと、なれた気がした。


 
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