『スーザンのお人形』
むかしむかし、とある小さな村にスーザンという女の子がいました。スーザンは目が見えなかったので、他の子供と同じように遊ぶことができませんでした。そのためスーザンには友達がおらず、ずっと部屋で一人遊びをしていました。ところがある日、一人の優しい男の子がスーザンを外に連れ出し、広場まで連れて行って子供達の遊びに加えてあげました。スーザンはやはり上手に遊ぶことはできませんでしたが、それでも初めて友達ができたことに大変喜びを覚え、夕方になるまで広場を駆け回りました。優しい男の子は家からたくさんの杭を持ってきて、広場からスーザンの家まで順番に杭を立ててやりました。
「この杭は君のための目印だよ。僕達と遊びたい時は、家を出たあとにこの杭を順番に辿っていけばいいよ。そして家に帰るときは、また順番に杭を辿って帰るんだよ」
男の子の行ったとおり、スーザンはその日から毎日のように目印の杭を辿って広場での遊びに加わりました。ところが、村の子供達ははじめの頃はスーザンと一緒に遊ぶようにしていましたが、しだいにめんどうくさくなって仲間はずれにするようになりました。それどころか、スーザンの目が見えないことをいいことに、彼女に卑怯ないたずらをするようになったのです。みんなで一緒になってスーザンを取り囲んで、周りから木の枝でつついたり、小石を投げたりしてスーザンが困っているのを笑いました。優しい男の子は他の子供達がスーザンをいじめるのを必死に止めようとしましたが、子供達は数が多い上にスーザンの目が見えないことも手伝って、どうしても彼女を庇いきることができませんでした。
子供達にいじめられるたびに、スーザンは泣きながら両手で目印の杭を探って家に帰りました。家に着いたスーザンがいくら泣いても、スーザンの両親は相手にしませんでした。両親は、目が見えないスーザンが子供達の仲間に入れるわけがないと思っていたからです。むしろ、村の子供達は愛らしくはありましたがやんちゃでわんぱくなので、必ずいじめられるということも知っていました。子供達の親はスーザンとその家族のことを少なからず軽蔑していたので、子供達に良くない噂を吹き込んでもいました。実際に陰口で、貧しい暮らしが祟って目が見えなくなったのだとか、神様に愛されていないから厄介な子供を授かったのだとか、色々身勝手なことを言われているのを聞きました。スーザンの両親にとっても村の子供達はおそろしく、できることなら近付きたくありませんでした。
けれども、両親が子供達と遊ばないようにスーザンにいくら言い聞かせても、寂しがりやのスーザンは聞きませんでした。どれだけひどい目にあっても、翌日になると降り注ぐ朝日の暖かさと小鳥のさえずり、そして広場から聞こえる子供達のはしゃぎ声に誘われ家を出るのです。男の子が立ててくれた杭に触るたびに、スーザンは男の子の思いやりを感じて優しい気持ちになるのでした。ところが反対に子供達の方は、来る日も来る日もスーザンがやってくるので面白がってますますひどくいじめるようになりました。村の子供達のいたずらがだんだんひどくなってきたので、困ったスーザンの両親は、彼女にかわいい人形を与えました。もちろんスーザンに人形の姿は見えませんでしたが、人形を初めて与えられたスーザンは、その優しい手ざわりにすっかり気をよくしました。スーザンは人形に、彼女と同じスーザンという名前を付けました。
その日からスーザンは村の子供達とではなく、人形のスーザンだけと遊ぶようになりました。時折子供達の遊ぶ声が聞こえてきた時などはふと寂しい気持ちになりましたが、それでもいじめられるのが辛く、また、せっかく人形をくれた両親に責められるのも辛かったので、外に出ることはありませんでした。一方、子供達はそんなスーザンに腹を立てていました。残酷な子供達にとって、いつもいじめていたスーザンが来ないというのはたまらなく退屈だったのです。そしてある日、子供達はスーザンを懲らしめるために大変恐ろしい企みを実行しました。子供達はスーザンの家の庭に忍び込み、全ての目印の杭を引き抜いて、森の中に続くように杭を立て変えました。そのあとで、いつものように部屋で人形と遊んでいるスーザンを外に連れ出しました。スーザンをいじめたことをあやまり、一緒に遊ぶと嘘をついたのです。スーザンは大喜びで人形を持ったまま外へ出ると、いつものように手探りで杭を辿って歩きました。いつもとは違う道を歩いているので、スーザンはすぐにおかしなことに気が付きました。
「あら、どうしてこんなに涼しいのかしら。まるで森の中を歩いているようだわ」
スーザンがつぶやくと、子供達は言いました。
「さっきまで水遊びをしていたからだよ。水は乾いたけれど、地面が冷えたから涼しくなったんだよ」
次にスーザンがまたつぶやきました。
「あら、かさかさと葉っぱを踏んでいる気がする。まるで森の中を歩いているようだわ」
すると子供達は言いました。
「水遊びのあとに落ち葉遊びをしたからだよ。そこらじゅうにある落ち葉を集めてきたから、地面が森の小道のようになっているんだよ」
悪い子供達はしめしめと思いながらもスーザンに愛想を振りまき、とうとう彼女を森の奥深くまで誘い込んだのです。子供達は突然小鬼のようになり、スーザンを四方八方から押さえつけました。そして、森の奥深くで誰も人がいないことをいいことにスーザンを手篭めにしたのです。スーザンがどれだけ泣き叫び恨み言を言っても、子供達は幸せに満ちた笑顔を振り撒きけらけらと笑うのでした。スーザンはあの優しい男の子を必死に呼びましたが、そこに優しい男の子はいませんでした。日が暮れた頃になってようやく満足した子供達は、ついでと言ったようにスーザンから人形を取り上げると、人形の硝子の目玉をくり抜いて捨ててしまいました。そしてさらに、すばやく全ての杭を引き抜くと、残らず近くの川に流してしまったのです。哀れなスーザンは泣き叫びましたが、悪い子供達は笑いながら自分達の家に逃げていきました。
一人取り残されたスーザンは家に帰ることができず、何日も何日も手探りで森の中を彷徨いました。そのうち、飢えと寒さで死んでしまいそうになりました。ところが何日めかの夜にあの優しい男の子の声がして、スーザンに語り掛けてきました。
「かわいそうなスーザン、僕が助けてあげよう。この硝子の目玉をはめてごらん。君の人形にはめこまれていたものだよ。これを目にはめれば君は初めてこの世界を見ることができるだろう。ただし、僕がよしと言うまで目を開けてはいけないよ」
スーザンが戸惑いながらも両手を差し出すと、それぞれの手に冷たく小さな硝子の玉が置かれました。おそるおそる硝子の小玉を両方の目に入れてみると、まるで聖水を浴びたかのように全身が冴え渡っていくのを感じました。スーザンの全身はたちどころに泥が落ち、傷もみるみるうちに治ってしまいました。スーザンは男の子が言ったとおりに、目を閉じたまましばらくじっと立ちすくんでいました。すると、また男の子の声がしました。
「助けに来るのが遅くなってごめんね。子供達の一人から君のことを聞き出したんだ。あの恐ろしい子供達は、君にした仕打ちを実に楽しそうに話したよ。親達にもずっと内緒にしていて、君が死んだと思った頃に一斉に村の皆に打ち明けたんだ。可哀想に、君の両親は村の者どもを恨みながら家に火を放って死んでしまった。そんなことがあったのに、村の者どもは今ものうのうと朝を迎えようとしている。僕は、君のような優しい娘を追い詰めた村の者どもを許さない。どうせ僕たちに帰る場所なんて無いのだから、僕達で裁きを与えてやろう」
男の子の言葉に、スーザンは激しい悲しみに打ちひしがれました。そして、しだいに身を焼くほどの怒りが意識を染めていくのを感じたのです。しかし、ふと男の子の言葉が気にかかり尋ねました。
「あら、おかしいわ。あなたに帰る場所が無いだなんて。あなただって、村に住む子供のはずだわ」
「それは違うよスーザン。さあ、目を開けてごらん」
男の子の言葉に合わせて、スーザンはゆっくりと目を開けました。スーザンの硝子の目は月光を浴びて美しく光り輝きました。そしてスーザンは、生まれて初めて月と星々が煌く美しい夜空を見たのです。月明かりに照らされたスーザンの姿はこの世で最も美しいものでした。息を吐く間もなく、スーザンはすぐ傍らの木に一羽の梟が止まっているのを見つけました。そして、この梟こそが今までずっと自分を支えてくれた男の子の正体だと悟ったのです。梟が止まっている木には鮮やかな可愛らしい実がいくつも成っていました。
「さあ、これらを食べて渇きを癒しておくれ。それから川を下って、子供達が流してしまった杭を集めておいで。それをこの森から子供達の家に向かって順番に立てていくんだ。それで子供達に仕返しができる」
スーザンが木の実を食べてみると、甘酸っぱい味と共にみるみる渇きが満たされていくのを感じました。一粒食べるごとにスーザンの頬には赤みがさし、髪には艶が光っていくのでした。その後で、スーザンは森を流れる小川を辿っていき、川下に打ち上げられた杭の山を集めました。そして、一晩のうちに森の入り口から子供達の家に向けて順番に杭を打ち付けていったのです。全ての杭を打ち終えると、梟が口にスーザンの人形を咥えて飛んできました。
「この人形は、君が持っていたものだね。この人形は君に目玉を与えたので、代わりに目が見えなくなってしまったんだ。この人形もまた、子供達にむごい仕打ちを受けた恨みを持っている。僕がいくら宥めても言うことを聞かないほどに大変荒れ狂っている。僕にももうこの人形を止めることができない。だから、どこかへやってしまうしかない。この人形はかつて君がそうしたように、この杭をたどってどこまでも歩いていくだろう」
人形のスーザンは両手で目印の杭を探りながら、村の方へ歩いていきました。やがて最初の家に辿り着くと、小窓から家の中に入り込み、眠っている子供に襲い掛かったかと思うとあっという間に子供を食べてしまいました。
さて、朝を迎えた頃のこと。別の子供の男の子が目を覚ますと、自分の家の庭に水に濡れた杭が立っていました。その杭を辿っていくと、なんとスーザンが死んだ森へと続いているではありませんか。男の子は気味が悪くなって、その杭を全て引き抜きまた川に流しました。ところが、来る日も来る日も朝になるとまた水に濡れた杭が庭に立てられているのです。そしてとうとうある晩のこと、男の子はあのスーザンの人形が杭を辿って森から現れるのを見てしまいました。魔物になったスーザンの人形には目玉が無く、かつてのスーザンのように杭を辿りながらまっすぐこちらにやって来るのでした。男の子はそのままとうとうつかまり、森の中にさらわれ人形に食べられてしまいました。
そして、次の朝のこと。別の子供の女の子が目を覚ますと、部屋にスーザンの人形が飾ってあるのを見つけました。硝子の目玉がくり抜かれていたので、女の子はすぐに人形のスーザンだと気付いておそろしくなりました。女の子は臆病な性格だったので、別の熊のぬいぐるみを抱き締めながらひたすらスーザンに謝りました。ところがそのとたんに部屋に飾った全ての人形が動き出し、裁縫箱から待ち針や糸切鋏を取り出して女の子に襲い掛かりました。腕に抱いた熊のぬいぐるみも、いつの間にか本物の熊になっていて、女の子の首に噛み付きました。結局女の子は全ての人形達に殺されてしまいました。
こうしてスーザンの人形は次々に子供達を殺しては食べていき、そしてとうとう全ての子供達が食べられてしまいました。村人達は大いに恐れおののき、人形がやってくるのを怖れて杭を全て引き抜き、村の周りに立て直しました。大きく輪を描いた杭を辿って、スーザンの人形はいつまでも村の周りを歩き続けるのでした。これでは村を出ることができないので、村人の暮らしはみるみる貧しくなっていきました。一方、山を降りたスーザンと梟は、村を出て遠くの町にたどり着きいつまでも幸せに暮らしました。
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たった一人の女の子への、ちょっとした不公平が、村を永遠の呪いに縛り付けた。