~墓地~
多くの戦士が眠る、無数の十字架が建てられたこの場所に、
もう一人、勇敢な戦士が埋められようとしていた。
その戦士の周りには、仲間達が集まり、一人一人が一つの花を持っている。
花の中には、その戦士との思い出
そしてその戦士への想いが一つ一つ、濃く込められていた。
その戦士は今、冷たい身体のまま棺の中に入っていた。
まるで、その顔は眠っているかのようだ。
棺の前に、一人のシスターが聖書を読む。
そのシスターと、この戦士はとても顔馴染みだった。
シスターの顔は、とても優れていない。
俯いたまま、ただ聖書を見ているだけだった。
それは、目の前の現実を避けているようにも見えた。
『………神は人を生み、そして奪い去る。それは純粋な幼き子であろうとも。』
声にも生気が無く、ただ聖書を読んでいる様な気がした。
だが、声の奥からはドス黒い悲観が露出しており、目は虚ろであった。
最初にルカの遺体を見たとき、彼女は全くその現実を受け止めようとしなかった。
そしてエドが説得し、理解したとき、彼女は膝から崩れ落ちた。
その時の顔は、誰も初めて見る表情であった。
馴染みのある友人、仲の良い弟のような者が、亡くなってしまったのだ。
これ以上の悲しみは、無いのかもしれない。
『……彼は、とても頭が良く。そして誰にでも優しい性格で、ギルドの隊員達からは、とても好まれていました。』
全員の表情も、俯いている。
何人かは、感情を抑えられず、泣いてしまっている者も居た。
沢山のギルドの隊員の中、一人。一人だけが死んだだけなのに
この葬儀は、世界が終わるような悲しみに襲われていた。
『私たちは、神に彼の生命を授け、天の国へと無事召されるよう望みます。……アーメン』
そう言って、まずはアンジュが花を棺の中に入れた。
次にエド、その次にアル、エミル、エステル、リッド、リタ
ユーリ、レイヴン、アームストロング、………そして最後に、イリアが一つの花を置いた。
イリアの花は、誰の花よりも一層輝いて見えた。
『……ルカ』
イリアがそう呟くと、ルカに背を向け、離れていくように歩いて行った。
そして、棺の蓋は閉められ、掘られた穴の中へと入れられた。
地の下へと掘られた穴の底は、薄暗く、簡単には出られないだろう。
そして、棺が底にたどり着いた頃、上から土が被せられる。
その土が、ルカを入れていた棺をどんどん隠して行った。
それを見たエドは、そのまま立ち止まったまま、埋まっていく棺を見ていた
『………なぁ、アル』
エドが、アルに問いかける。
その問いに、アルは振り向くと
エドの顔は引きつって、拳は強く握られ、震えていた
『………悔しいなぁ…』
そう言った兄を見たアルは、
兄の顔をまともに見れなかった。そして、何も言えなかった。
ルカは、錬金術を使う際、自信の魂を賢者の石へと変化させ、
錬金術の触媒をその場で作り出し、スパーダの生命を繋ぎ合わせたのだ。
そんな事が、初めて錬金術を使う奴に可能なのだろうか。
だとしても、それを行おうと思うのだろうか。
だが、エドはたった一つの感情が心の内に大きく埋まっていた。
”錬金術をこの世界に持ち出した後悔”だ。
土を被せる作業が終了したとき、
その後から、喪失感がさらに増した。
喪失感に耐えられず、その場で泣く者が増えていった。
一気に、静寂が解き砕かれる。
仲間の死というのは、想像以上に苦しい物だった。
それを、このギルド全員は まともに受けているのだ。
苦しくないわけがない。
悲しくないわけがない。
その、地獄のような場所に、たった一人来ていない者が居た。
~バンエルティア号 ルカとイリアの部屋~
『……葬儀、終わったぞ』
エドは、ある部屋の扉を開けて、その場で立ち塞いだ。
だが、そいつは何も気にせず荷物をまとめていた
『……ああ、そうかよ』
そいつはそう言って、荷物を一つのカバンにまとめていた。
その様子を見たエドは、そいつに言葉を放った
『………スパーダ』
その言葉に、スパーダは後ろを振り向く。
その顔は、いつもの気楽に笑う苛めっ子の面では無かった。
『本当に良かったのかよ。葬儀……出なくて』
エドのその言葉に、スパーダは冷たく返した
『葬儀に出れば、ルカに会えるのか?……違うだろ。あれは死んだ友人を土に埋葬する為の儀式だ』
そう言って、荷物を肩に掛け、立ち上がる
『本当に、出て行くのか』
エドは、無表情を貫いていたが、
その無表情の下には、悲しみと寂しさがあった。
だが、それに気づかないフリをしたスパーダは、冷たく言い放った
『俺はルカを殺した奴を絶対許さねぇ』
そう言って、エドの方へと歩いた。
正しくは、出口の方向だ
『アンジュに伝えてくる。俺はもう、このギルドから出て行くってな』
『それで良いと思ってるのか?』
エドのそのしがみつくような言葉に、スパーダはイライラしていた。
そして、エドの方を振り向き、目を見た。
その目は、もういつもの苛めっ子の目では無い、
『俺はあいつをルカと同じように死なせねぇと絶対に気が済まねぇ。アンジュがそれを許してくれるはずもない。』
その表情は、復讐に燃える殺人鬼の目だった。
そして、エドの目を逸らした後、寂しそうな顔で答えた
『それに、あの野郎はカノンノそっくりだった。俺はいつか…カノンノを殺しちまうかもしれねぇ』
そう言って、エドを通り過ぎるように部屋から出て行った。
最後に、スパーダは呟いた
『……イリアに、一人にさせるけど悪いと言ってくれ』
そう言って、スパーダは一人、この船から出て行った。
彼はもう、このギルドに帰って来る事は無かった。
~バンエルティア号~
葬儀が終わった後、全員はそれぞれの部屋に付いた。
誰一人、何も語ろうとしなかった。
当然だ、人が死んだのだ。
しばらく、まともに依頼に手を付ける事は出来ないだろう。
一番心に深い傷を負っているのは、イリアだろう。
ルカが居なくなった上に、親友であるスパーダもこの船から出て行ったのだ。
彼女はこの船で、一人ぼっちになってしまった。
いつもの彼女とは考えられないようだった。
イリアは、広場のソファーで体育座りをして、膝に顔を埋らせ、何一つ動こうとしなかった。
群れから一人になった、鳥のように
大人しく、ただそこで座っているだけだった。
『………………』
その場に居る人達全員が、誰一人喋ろうとしなかった。
イリアに声をかける事が、出来そうになかったのだ。
アルも、イリアと同じように俯いたままソファに座り込んでいた。
その場に居るジーニアスが、何かを言いたそうにしているが、中々声に出せずにいた。
ジーニアスは、プレセアが連れ去られたままだと聞いたとき、肩をガクリと落とした。
だが、仲間が死んだと聞いた時は、固まったまま、現実を受け止められないでいたのだ。
今は、その複雑そうな心境で、全く声に出せずに居た。
エドの隣に居たカノンノも、仲間が死んだショックで俯いたまま、そのまま何も喋ろうとしなかった。
何も、声を掛ける言葉が見つからないのだ。
仲間が死んで、悲しいのは誰だって同じなのだ。
その時、その場にもう一人居たリタの口が開いた
『…………あのさ』
リタの言葉に、その場に居たイリア以外の人間が顔を上げた。
そして、注目されたまま、リタは声を出した。
『……チビの使う錬金術、あれって……原則は等価交換なんでしょ?』
『それがどうした』
リタの言葉に、エドは冷たく言い放った。
この状況では、冷たくなるのも当然なのかもしれない。それに。
現況である錬金術の話は聞きたくない。
だが、リタは話を続けた
『……その錬金術を使って、死者を生き返らせる事の等価を払えば……人も生き返らせるんじゃないかな……って思っただけよ』
リタの言葉に、最初に返答したのはイリアだった
『何よそれ……馬鹿馬鹿しい』
『だって、出来ない事も無いんじゃない?人間の材料って、子供のお小遣いでも買える。それに情報さえあれば、錬金術で人を生き返らせる事も……』
リタが説明をしている途中で、エドはスッパリと話を斬るように答えた。
『無理だ』
『それはアンタが出来ないだけじゃないの?』
リタが、返すようにそう言った。
『確かに、錬金術だけでは出来ないかもしれない。でも、この世界には魔術やドクメントがある。それさえ上手く使えれば、人を生き返らせることが本当に可能になるのかもしれないのよ。これは推測じゃないわ。確実な可能性が…』
『無理なもんは無理だ!諦めろ!!』
エドのそのすぐの諦めように、リタはイラついた。
そして、叫ぶように反論をした
『何!?アンタは人を生き返らせる事をした事があるって言うの!?何も知らないくせに勝手な事言わないでよ!!』
リタの言葉に、エドは目を見開かせ。リタを睨みつけた。
だが、リタは怯まずに発言を続けた
『それに、錬金術で人を生き返らせる事が出来るとすれば、無駄に死んだ人達をも生前に戻し、真っ当した生き方で充実にする事が出来るのよ!人を生き返らせれば……遅かった事も、やり直す事だって出来るの!!』
リタの説明の途中、エドはリタを殴りつけようとしたが、
その前に、イリアが立ち上がり、リタの襟首を掴んだ。
『……いい加減にしなさいよ』
その目は、本当に殺る気の目だった。
その目に、少しだけ怖気づいたリタは、そのまま大人しくなった。
『…わ……分かったわよ』
そう言って、リタはそのまま座り込んだ。
だが、エドは座り込まずに、リタに背を向けた。
そして、そのまま扉に向かった
『……俺、部屋に戻るわ』
そう言って、足取りを強く、扉をも強く閉め、そのまま部屋へと向かった。
その様子を見たリタは、そのまま溜息を吐いた
『………どうして、人を生き返らせる事にあんなに反対するのよ。』
それは、理解が出来ないような表情をしていた。
その表情を見ていたアルは、そのまま俯いた。
『…………』
アルの様子を見たリタは、何か疑問を抱いた。
拳を握り締め、何かを訴えようともしている。
『……アル?』
心配したカノンノは、アルを呼びかけたが、すぐにアルは意識を取り戻し、
首を横に振った
『う……ううん。なんでも無いよ。』
アルがそう言うと、カノンノは少し安心した息を吐いた。
だが、アルはまたすぐに俯いてしまった。
『人が生き返れば、確かに生態系が変わるかもしれないし、人で埋ってしまうかもしれないわよ。でも、生き返ったほうが良い時だってあるに決まってるわ。……それに』
リタは、そう言ってブツブツと呟いていた。
恐らく、ルカを生き返らせる方法、それを練っているのだろう。リタは計算式も一緒に呟いていた。
錬金術に関する構築式、そして情報。
その様子を見たアルは、俯いたまま言葉を発した。
『……兄さんは、人を生き返らせる事をしないんじゃない。本当に出来ないんだ。』
アルの言葉に、リタは固まった。
その言葉が、本当なのかと信じたくは無かったのだろう。
錬金術から見つけた、可能性を潰したくないかのような表情だった。
『……リタさん、兄さんの右手と左足が機械鎧の話、知ってる?』
『何よそれ……。知らないわよ』
リタがそう言うと、次にアルは自分の鎧に手を置いた。
『それはね……。僕がこの身体になったのと同じ理由なんだ。』
アルの言っている言葉が分からなかった。
首を傾げて、リタは考え出す。
カノンノも、アルの言っている事が分かっては居なかった。
そしてアルは、エドの機械鎧、そして自身の身体の理由を語った。
『……僕は、いや僕達は、10歳の時に母さんを失った。』
その言葉に、知らなかった真実を知ったリタ、カノンノ、イリアの目が丸くなった。
信じられない事を聞いたかのように、そして、壮大な嫌な予感がした。
『その時に言ったんだ。兄さんが…。”母さんを…生き返らせよう”って。』
僕達は、もう一度母さんの笑顔が見たかっただけなんだ。
~リゼンブール エルリックの家~
人間の材料、そして魂の情報である、僕達の血
それらを人体練成の陣の上に用意し、僕達兄弟は顔を合わせた
『いくぞ、アル』
『うん!』
その時は、何も知らなかったんだ。
過ちが、人を生き返らせるという事は、どれ程愚かな事なのか
そして僕と兄さんは、手を合わせ、錬金術を発動させた。
その時、大きな光が僕達を包んだ。
練成による反応の光、その光が僕達は希望の光に見えたんだ。
だけど、その光はすぐに闇へと変わった。
異変に気づいた僕達は、辺りを見渡した。
何かおかしい、どこか間違っている
分かっていた。でも逃げられなかった。
『!!』
そうだ、逃げられなかったんだ。
『兄さん!!兄さん!!』
僕の身体は、徐々に消えていって、引っ張られていた。
その時の兄さんの顔は、恐怖に歪んでいるのが分かる
『アル―――!!!』
そして、僕は扉へと引っ張られた
終わった時、兄さんは右腕を、そして左足を失っていた。
『……ごめんなアル、俺の右腕だけじゃ、お前の魂しか練成できなかった……。』
僕の身体は、全身の鎧に魂を定着させただけの身体になっていた
~バンエルティア号~
『……………』
ほとんどの者が、呆然とした表情をしていた。
そんな話、とても信じられないのだ。
そこまでして、エド達は母さんを生き返らせようとしたのだろうか。
いや、これは予期せぬ出来事だったのだろう。
カノンノは、ガタガタと震えていた。
改めて、人の死という恐怖を感じたのだ。
『……そんな、酷いよ……。』
カノンノが、涙ぐみながらアルの話に返答をする。
『これが現実だ。人を生き返らせようとした人間への罰。僕らはそれを背負ってるんだ。』
リタは、その話の後に、アルに恐る恐る質問をした。
『………ちょっと待って、それだけの事をしたのよね。だから……貴方達の母さん。その人は……生き返ってくれたのよね…?』
アルは再び俯いてしまう。
そして、躊躇いながらも、はっきりとリタの質問に答えた。
『人の形を……してなかったんだ………』
『!!!』
これ程のショックは、相当に無いだろう。
カノンノは、さらに涙を流し、泣いてしまっている。
リタは、自分が考えていた錬金術の蘇生方法を完全に崩れたと共に、それ程の残酷な現実に絶望をした。
『そんな……酷すぎるじゃない……!!!』
リタは、強く机を大きく叩いた。
『人を生き返らせようとする事が……そんなに悪いわけ!?そんな願い誰だって思うじゃない!!なのに……手足と身体を奪った上に、出来た物が……人間の形をしていないなんて……!!』
『違うんだ。そうじゃない』
アルは、リタの言葉を訂正するように答えた。
『人を生き返らせる事は、僕達の想像以上に悪い事なんだ。世界の流れに反しているからね。だから……それ程の罰を受ける事になってしまうんだ。』
アルは、自分の兜を取り、皆に見せた。
『僕達のようにね』
その説得力が、余りにも凄まじく、リタはそのまま大人しくなってしまった。
イリアも、前よりもさらに膝に顔を埋らせていた。
『……エド、そんな……酷い過去を背負ってたんだね。……私………。何も……知らなかった……』
カノンノの言葉に、アルは首を横に振った
『何も知らなくて良いんだよ』
そう言って、兜を頭に戻す。
そして、言葉を皆に送った。
『人を生き返らせるという事は絶対にしてはいけない。それさえ……知っていれば良いんだ。』
アルがそう言った後、リタとカノンノは黙りだした。
そして、扉越しに話を聞いていたエドは、そのまま黙って俯いていた
~倉庫~
錬金術の本を持ちながら、エステルは一つの練成陣を書いていた。
練成陣の真ん中には、ある物が置かれていた。
水35ℓ、炭素20kg、アンモニア4ℓ、石灰1.5Kg、リン800g、塩分250g、硝石100g、硫黄80g、フッ素7.5g、鉄5g、珪素3g、その他少量の15の元素
そして、もう一つ
『……もし成功したら、アンジュさんも、師匠も喜んでくれますよね。』
エステルはそう言って、葬儀中に一本抜いたルカの髪を持っていた。
魂の情報を手に入れ、エステルは材料の場所にルカの髪を置いた。
構築式も完璧だ。
人を生き返らせる錬金術、すなわち人体練成
それが何故禁止されているのか、エステルは理解していなかった。
エステルの顔は、期待と希望の微笑みで溢れていた。
『………師匠、イリア、アンジュさん……。』
エステルは、微笑みながら練成陣の前に立った。
今、エステルが立っている場所は、人を生き返らせる錬金術の前だ
これから先に、皆の笑顔が待っている。
それが、エステルには希望の光に見えた。
『待っていてくださいね。ルカさんは……きっと生き返ってくれます。』
そう言ってエステルは、練成陣の前に立った。
エステルの頭には、ルカと一緒に皆が笑いあっている情景が映っていた。
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エクリシア発売しましたね。みなさんはもう買いましたか?私はまだです、というかグレイセスfが終わらない……