どーせ今日もないんっだろうな…。
ハジメはポストを開けながらそう思った。
サトルはこのごろ1週間に1、2回しか
手紙をくれなくなった。
どうかすると丸1週間も空いてしまう。
前は毎日のようにくれたのに。
おかげで家に帰ると真っ先にポストをのぞくクセが
ついてしまった。
それなのに開けてみると
つまんない大売出しのチラシや車のDMだとか、
手紙があってもハジメ宛てではない……だから
開ける前に「ない」と言い聞かせているのだ。
なんだかカナシイけど。
もちろん(?)ハジメからは
向こうから来るまでは手紙を書かない。
だからおあいこなのだ?!
……と思うけど。
書くのはかなり好きな方だから
書かないでじっとがまんしている
とゆーのもこれでなかなか苦しいものがあるので、
ハジメはなんだか分が悪いよーな気がしてるのだった。
? ………!(サトルからだっ)
ハジメは特大の花丸が3つくらいつきそうな顔で
ポストの中に手を入れた。
何日ぶりかな、今回は長かったな…でもぶ厚いや。
サトルはきりきりっとした文を書くタイプで、
いつもは便箋に2、3枚。
短く締まった文章が得意っていうのは
短距離走が得意っていうのとなんか関係あるのかな、
と、ハジメはきれいに筋肉のついた体がゴールに入るさまを
思い出した。
ハジメはどちらかというとスタミナ勝負の長距離走の方が得意。
小説もいつも長くなってしまう。
サトルのようにびしっとした文章を書きたいと思っているけど
なかなかうまくいかない。
ハジメはサトルの文章を読むのが好きだ。
珍しい厚みにわくわくしながらポケットに仕舞った。
もしかすると新作短編が入っているのかもしれない!
部屋に入ってゆっくり読もうっと。
急転直下。
天国から地獄へ、とか、晴れてたのに突然暴風雨、とか……
そんな言い回し……なかったっけ。
こんなことって、あんのかな?
「そろそろぼくらも将来をかんがえるべき時節に至り」て?
「さしあたって学業に専心すべき」て、どういう意味だ?
「文学に全生涯をかける気持ちに変わりありませんが」
て、なんなんだよ?
らしくない歯切れの悪さ、長々と書き連ねて。
最初から「文通をやめる」って、
それだけ書けばいいんじゃないか!
チクショウ……明日、呼び出して、問いつめてやるっ
と、なんだか剣呑になってきたが、ちょっと待て。
文通相手をどうやって呼び出す?
と思われるかもしれない。
じつは……
サトルとハジメは2人ともリットー中学の2年生で
クラスなんか隣同士なのだ。
いまやマイナーな文学少年、作品の見せ合いも
人前でするにはちょっと勇気が必要。
というわけで、隣クラスの悪友(ツレ)のくせして
こそこそ文通なんかしてるのである。
まぁ、そんなそぶりも見せずに
普段はお互いフツーの友だちぶってる
っていうのが暗黙のルールって感じで、
それがまたなんだか
ヒミツっぽくておもしろかったのだけど……。
もうこーなったら暗黙のルールもくそもあるかっ
呼び出しだ、よびだしっ……と
ハジメはなんだか
すごくすごくトサカにきてるのだった。
……文通をやめるって言われたのがいやだって
いうんじゃないんだ、なんか違うんだ、こんな文章、
サトルじゃないよ……
ハジメは手紙を握り締めた。
目からあついものがぽたぽたっとジーンズに落ちた。
* * * * *
次の朝、サトルはよっぽど休もうかと思った。
冗談でなく体が重い。
頭もスッキリしないし、食欲がない。
なにもハジメみたく
小・中12年間の無遅刻無欠席記録を目指してる
わけでもないんだし、真剣に休んでしまおうかと思った。
けれど不調の原因はおとつい投函した手紙なのだ。
自分でわかっている。
そして本当の病気でもないのに休むなんてサトルには
できないのだった。がんばれ、サトル。
* * * * *
放課後の図書室。
ハジメが泣いている。
なんてきれいな涙なんだろう。きっと心がきれいだからだ。
夕映えの中、立ちすくむハジメを前に、
サトルはそっちを見ないふりして
鏡の中のハジメを見つめていた。
ハジメの方が目線ひとつ分くらい背が高いのに
泣きじゃくっているとまるで1歳くらい年下みたいだ。
なーんにもわかっちゃいない。
なーんにもしらないのに
俺をひきとめようとするんだ、無邪気なハジメ。
そーゆう顔して泣けば人がゆうこときくなんて、
思ってみもしないで泣けるんだな。
なぐさめるように手をのばしかけたのに気付いて
あわてて後ろの机に手を置く。
あっぶねー……手、動かしたらダメだ。
机にもたれてるふりしてよう。
「ぶ、文通、いやだったら、やめるのはいいんだ、
かまわないんなら、学校で交換してもいいって
言ってるじゃんか……いま書いてるはなし……
もうすぐ書き終わるから……見てほしいっていうのが、
なぜいけないんだ……説明になってないよ!」
問いつめるハジメにもう何を言えばいいのか、
サトルはことばに詰まってしまう。
「サトル! ……答えろよ、ちゃんと!」
ちゃんとなんて言えないんだ、ちゃんとは……
「サトル! ……お、おれの……どこがいけない?
……なにが、いやになったんだ? ……言ってくれよ!
……おれ、なおすから……なんか、悪いこと、したんなら
あやまるから……な、言ってくれよ! ……おれのどこが
だめなんだよ、サトル? ……教えてくれよ、サトルぅ……」
ハジメの長い指がサトルの肩に延びる。
思わず身を引くようなそぶりのサトルを
追い詰めるようにハジメが迫った。
「放せ、ちがう、ハジメは悪くないっ」
「じゃぁ、なんで文学続けるくせにおれはだめだよっ?
それっておれがなんか
いけないってことだろうっ?」
目前10cmに迫ったハジメの顔にたえかねて
サトルは叫んだ。
「ハジメじゃないっ、俺だよっ」
サトルの襟首をつかんだハジメが
ややあって、いいかえした。
「……ごまかすなっ」
その、きょとんとした顔が、こんなに、近い。
「ば、馬鹿だと思って……わけわかんないこと
言ってごまかして……」
息を吐く音が……聞こえる……。
「わからないのか……」
「わかんないよっ……馬鹿だからっ」
「説明してやる、よ……ハジメ……こっち向け…」
顔を上げたハジメのぼてっとしたあかい唇……に
そっとくちづけた。
深く。
夕陽は沈みかけていた。
残照が室内を赤くする。
「ごめん」
落ちたボタンを拾いながらサトルは言った。
終わったのだ、なにもかも。
これでほんとにさよならだ……そう思って、
きゅっと眉をしかめた。
「なにが? ……やっぱわかんないよおれは」
とハジメは乱れた髪をかきあげながらさらに続けて
「馬鹿だから」
と言って笑った。
「ハジメ……」
「わかんないけど、いいよ、サトルのこと好きだし」
と、くったくのない笑顔で手をのばすハジメ。
「他のヤツにはナイショだけど。いいだろ、それで」
それって幸せなのか不幸なのかよくわからないままサトルは
のばされた手をとった。
「かまわないのか、ハジメ」
「ん、あれ、さ、本当にあとすこしでできるんだ、
読んでくれるだろ?」
「見せてくれるんならな」
「見せるよ。うん。あ、でも枚数すごいからな、
こんどおれんち、来る?」
「いいのか?」
「土曜日、原稿用紙持って来いよ、親、でかけるからさ」
本当にわかってないのか、本当はわかっているのか……
逆光の中の笑顔は……ちょっとわかりにくい。
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中2少年が他人にヒミツで作品交換。ちょっとドキドキ…いつしか少し違うドキドキが。もう終わるしかないのか?
とても短いカタリモノ。