No.293249

慈善の話

氷菓さん

初投稿です。拙い文章ですが今後試行錯誤を繰り返して皆様に楽しんで読んでもらえるよう頑張ります。この話の内容としては、「キノの旅」という作品を参考に創ったオリジナルショートストーリーという感じにしたつもりです。

2011-09-04 21:26:30 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:530   閲覧ユーザー数:520

 

慈善の話

 

 ―正しいことが正しいとは限らない。正しくないことが正しくないとは思わない。あなたは正しい人ですか?―

 Is your world really correct?

 

 

 

 「おや、これは珍しい。旅のお方のようですね。ちょうど今からミサを執り行うところでしたので、もしよろしければあなたもご一緒にどうですか?」

 立派な作りの扉をくぐった先には、これまた立派な僧服(そうふく)を身に纏(まと)った神父と、何十人ものみすぼらしい恰好をした老若男女が、置かれた長椅子に隙間なく座っていた。

 この場で突っ立っていても邪魔になるので、神父に一礼した後、後方の隅にある石柱に背中を預け、目立たぬように立ち見することにした。

 「キリエ・エライズン クイ・トリス・ペッカタ・マンディ ドーナ・ノビス・ペイシィム アーメン……」 

 神父が聖書の文面をキリの良いところまで読み、それを礼拝者達が追いかけて言った。内容としては彼らの信奉する神への感謝の祝詞(のりと)、といったところではないかと思うが、如何せん、根無し草たる旅人の俺は無神教であるので、詳しいことはよくわからない。

 聖書の朗読を終えた後、神父はその聖書を脇にどけ、教壇の下から徐(おもむろ)に一冊の、随分と分厚い本を取り出して置いた。

 「せっかく旅人のお方が礼拝にお越し下さったのですから、我々の崇め奉る主にして、この国創生の起源となった『聖女』様のお話をすることに致しましょう。ああ、さすがにこの聖典一冊をお聞かせする時間は旅人のお方には無いでしょうから、特にこの国の建国に関わるお話を短く纏めてお話することと致しましょう」

 人々の視線が、先ほどまで空気と混ざり合うかのごとく気配を消していた俺へと注(そそ)がれる。こうなっては断ることなどできはしまい。まぁ、俺としてもこの話を聞くためにここを訪れたわけだから別に構わないわけではあるが。

 俺が頷き返すのを見て、民衆は神父の方へ向き直り、神父はというと「ゴホッ、ゴホン!」と風邪でもないのに豪快に咳き込み、聖典の該当箇所をパラパラと捲(めく)り、朗読し始めた。

 

 ―遥か昔、ここより彼方遠方の地にて、一人の女があった。

 女は何も望まず、得た物は全て他に施した。

 女は神より神託を与えられし者、故に他は女を「聖女」と呼ばん。

 聖女は何も望まず、ただ他を導き、他が望む物をあたえるのみ。

 他は民と成りて聖女に従う。聖女により全てを与えられ、民はその庇護(ひご)の下にて生き永らえん。

 聖女の慈悲に抱かれて、民にも慈愛が宿らん。

 民は願う、この安寧が永久のものであることを。

だが、ついにその日が訪れん。

 聖女も人の子。その命の灯火(ともしび)も只々(ただただ)儚(はかな)く消え逝(ゆ)かん。

 聖女は語る。我が身は神より賜りし物、我が身は神の御許(みもと)へ還りしも、我が魂は還らず。この地にとどまりて汝らが行く末を見守らん。わが身に代わりに宿りて還りし物は、汝らが罪。神の許(もと)にてそれは許さるる。これを「贖罪」というなり。

 罪許されし民に宿るは聖女の遺志、これを「慈善」と呼ぶなり。

 聖女に選ばれし民は創造す。彼らの理想郷、聖女の「慈善」に溢れし彼(か)の国を!―

 

 この場にいた俺以外の者たちは誰一人の例外もなく涙を流していた。

 そして聖典を朗読し終えた神父は、これまた徐(おもむろ)に教壇の下から絢爛豪華な箱を取り出して言った。

 「聖女の魂は今でも私たちの心の中にあります。『慈善』という素晴らしい物に姿を変えて。私たちはこの国の、聖女に選ばれし民としてこれを誇りに思い、そしてこれを知らぬものに広く伝えて行く義務があります。しかし、そのために必要となるものが確かに存在致します……。この箱の中に皆さんの持つ『慈善』の思いの丈を示していただきたいのです!」

 その言葉が合図だった。老若男女は我先にと神父の許へ駆け寄り、そのなけなしの金があの大きな箱の胃袋へと納まっていく。

 用事は済んだので、俺は特に寄付も謝辞も無しにさっさと外へ出た。辺りに人影は無い、いや、それどころか町から一斉に人が消えたような光景であった。おそらくこの国の至る処に乱立している豪奢な教会でもここと同じようなことが行われているのだろう。俺はすぐにこの国を出ることにした。なぜなら、俺のような流れ者が既存の調和の中で混ざり合わずにいることが、どれだけのリスクを生むのかを俺はよく知っているからだ。

 俺は丘の上まで登ってきた。ここからは周りが一望でき、先ほど出た国の全貌を見渡すことができる。

 近くにあった岩に腰を下ろし休憩を取る。そして暇つぶしに俺はポケットに忍ばせていた一枚の「手紙」に再度目を通すことにした。

 

 

 

 ―この手紙を見ているあなたへ、お願いがあります。―

 ―どうか、「私の国」の行きつく先を見届けて下さい。―

 ―私は奴隷の間に産れた子でした。だから産れた時から私は奴隷として扱われました。私の産れた国の大半は奴隷として扱われていましたので、このことは特に珍しいことではありませんでした。しかしその生活は非情なもので、朝早くから夜遅くまで休みなく働かされ、与えられる食事は必要最低限、給料など貰える筈もなく、風が吹き込むボロ小屋の中でロクな衣服も身に着けられずに、牛のエサ用の藁を幾重(いくえ)にも重ねて冬の寒さに震えて寝るのが当たり前でした。

 人はおろか、家畜以下の扱いでした。

 私は幼心(おさなごころ)に思いました。こんな生き方間違っている、と。

 この国を出よう。そして自由になろう、と。

 そう決心すると、私はすぐに亡命計画を達成するため、行動を起こしました。主の屋敷の見張りの行動を把握して頭に叩き込むと同時に、夜な夜な屋敷の中に忍び込んでは入念な探索をして蓄財や食料の在処(ありか)を見つけました。その後は気取られないようにこっそりと脱走の具体的な計画を立て、遂に実行に移しました。

 脱出は予想よりも遥かに簡単にいきました。というのも、今までほとんど前例がありませんでしたから。

 なぜなら、脱走した者の家族は、見せしめの為に殺されますから。

 私は逃げました。とにかく全力で、後ろを振り返ることなく走りました。やっと掴んだ自由、絶対に手放すものか、と。

 しかし、その後が問題でした。

 元々奴隷として生きていた身でしたから、旅に関する知識など持ち合わせてなどおらず、昼間は見たことの無い世界を延々と彷徨(さまよ)い、夜は獣や野盗に怯えながら、なけなしの食料と身に余る財宝を懐に抱えて寝る毎日でした。正直、毎日の安全だけは保障されていた奴隷生活の方がまだマシだと思えました。

 そんな不安と焦燥に駆られて苦悩する毎日の中で、私はふと思いました。

 どうして『私が逃げているんだろう』、と。

 私が何をしたというのだ?私はただ毎日を懸命に生きていただけだというのに、故郷を逃れ、家族を亡くし、何の予備知識も無しに無限に広がるこの世界を当て所なく彷徨っているだなんて……

 ……復讐してやる。

 先に断っておきますが、この感情は見せしめに殺された家族のためから来るものでは決してありません。何せ私は家族が殺されると知っていながら、それを何とも思わず、ただ自らの自由のためだけに国を逃れたのですから。只々、自分をこんな苦境へ追いやった奴らが憎い、殺してもまだ飽き足りない程に、それだけでした。

 しかし、思うことと実行することは全くの別物で、何の知識も技術も持たない痩せ細った我が身では、人一人とだって刺し違えることは難しいでしょう。それでは復讐どころか、一矢報いることさえできません。

 どうすればいい。どうすれば奴らに復讐ができる…… 

 私は小さな頭で来る日も来る日もそればかり考えていました。

 そして遂にある結論に至りました。

 そうだ、人を救えばいい、と。

 私のような惨めな生活を送っている人をたくさん助けて味方にし、私の代わりに奴らに復讐をしてもらおう、と。

 私はすぐに実行に移しました。屋敷で盗んだ金銀等を元手(もとで)にパンや水を買い、訪れた国の最下層の貧民に少しずつ配り歩きました。私の風貌もここでは一役買いました。食料等を受け取る者たちの目には、私が、我が身を顧みずに彼らを救っているように映ったのですから。

 程無く、彼らは私を「聖女」と崇めて付き従うようになりました。これを旅の途中で立ち寄る国々で繰り返し、その数を増やしていきました。

 復讐の準備は整いました。

 彼らは私の言葉を微塵も疑いもせずに、私の国を蹂躙(じゅうりん)しました。

 「聖戦」という名の下に。

 私の国は呆気無いほど簡単に滅びました。私の信徒の数は確かに少なくはありましたが、誰もが皆私のために命を惜しまず戦ったことと、それをきっかけとして、国の人口の大半を占めていた奴隷が反旗を翻したからです。

 これでやっと、長きに渡った復讐劇に幕が下ろされました。ですが、まだ一つやり残したことがあります。

 それは、奴隷の抹殺です。

 私の国は元来(がんらい)土があまり良くなく、作物の収穫があまり期待できない土地でした。しかし金や銀等の鉱山資源は豊富にありましたので、奴隷の口に入る食料を減らせば、国に出入りする行商人から食材を買い取ることでどうにか飢えをしのぐことはできていました。ですが、今回の内乱で元奴隷の者たちは一国民としての平等な地位を要求するでしょう。そしてこのことで国にはしばらく行商人は訪れなくなるでしょう。そうなればこの国は……

 私は信徒に命じて、元奴隷の者たちに配給する食料に毒を入れさせました。―

―慈愛無き者の奴隷に、どうして愛があるでしょうか。彼らが醜い感情を発露させてしまう前に、せめて楽にしてあげることが、我々の彼らに対するせめてもの「慈愛」というものです。―

―私がそう言えば信徒は疑いなどしませんでした。

元奴隷の者たちは次々と呻き声を上げて倒れていきました。選択肢として、彼らの内賄い(まかない)切れない者たちだけを国外追放にするというものがあったのかも知れません。ですが、奴隷というのは連帯感が強く、きっとその提案には応じなかったでしょう。何より追放された者の内、一体何人が私のように生き残れるというのでしょうか。これらを考えれば、せめて家族とともに逝(い)かせてあげるのが、私なりの、「聖女」としての「慈愛」なのです。―

 ―それから十数年が経ち、いよいよ私に天罰が下る時が来ました。医者でも手が付けられない程に、病が私を蝕んでいたのです。覚悟は出来ていました。元々産れた時から明日も知らぬ身でしたし、生き永らえるにはあまりに罪を重ねすぎていることも重々承知していましたから。―

―こうして達観してみて、ふと思うことがあります。―

―この世に善悪の片方だけしか持たぬ人間などいないのではないか、と。―

―「聖女」と呼ばれた私とて、被った皮を一枚剥(は)がせば悪の権化(ごんげ)となりましょう。ですが、そんな悪魔でも悪という感情のみを持ち続けることはできなくて、心のどこかで罪を罪だと認識して苛まれる自分が居りました。―

―世に謳われる聖人や神々でさえ、きっと底なしの善意を振りかざすと同時に、人知れぬ悪意をずっと抱いていたのでしょう。そう、思えるのです。―

 ―ふふっ、話が長くなってしまいましたね。端的に言って、この手紙は私の過去の過ちに対する「懺悔」であり、私の命と引き換えの「贖罪」であり、誰かも知らぬあなたへの私の「願い」なのです。―

 ―どうか、「私の国」の行きつく先を見届けて下さい。―

 ―私の与えた「偽善」によって、今、私の国は「慈善」に満ち溢れています。―

 ―しかし、私の死後はどうなるのでしょうか。―

 ―私の偽善を知って国は乱れるのでしょうか。それとも人の内に眠りし悪が目覚め、人の善意を利用するのでしょうか。それともずっと人の心は善意によって満たされ生きるのでしょうか。―

 ―死を目前にして望むことではないかも知れません。こんな私をあなたは笑うかも知れません。ですが、それでも気になるのです。―

 ―私が滅ぼし、私が創った、×××××の結末を―

 

 

 

 「旅人の御方、あの国の様子はどうでしたか?」

 ちょうど手紙を読み終えた処で、待ち合わせしていた若い男が来た。

 「今の時間は教会でミサを行っていて、通りには誰もいなかったよ。おかげで面倒な手続きも無しで簡単に出国できた。」

 俺は事実を淡々と述べた。

 「で、何であの国を攻めるわけ?」

 理由はなんとなく予想が付いたが、一応確認してみる。

 「……あなたには関係ありませんよ。ただ、端的に言えば、あの国、×××××に『恨みがあるだけ』です。」

 男は懐から袋を取り出し俺に差し出した。

 「報酬のお金です。これから私は信徒の方々とともにあの国を滅ぼします。あなたはこれ以上この件には……」

 「わかってる。俺はさっさと次の国へ行くだけさ。『お前たち』にもう興味はねぇよ。」

 「賢明な判断です。」

 聖人はそう言うと信徒の許(もと)へと戻って行った。

 

 俺はポケットの内からマッチを取り出して点けると、その火で手紙を焼いた。

 「質問は『国の結末』、だったっけか。そうだな、『歴史は繰り返す』ってのはどうだ?」

 燃えて細かな炭と化した手紙は、風に吹かれて空高く舞い散っていった。

 

              終

 

 

 
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