No.291075 黒猫さん海へ2011-09-02 12:05:33 投稿 / 全5ページ 総閲覧数:5752 閲覧ユーザー数:2904 |
「おめでとう~ございま~す。2等ご家族4名様、1泊2日の海旅行に当選です」
私は今の今まで自分では運が悪い方だと思っていた。
魔の眷属である私が神の祝福を受けるわけがない。
そう思っていた。
でも、今、目の前の現実は……。
「やったじゃん、ルリ姉。海だよ、海っ!」
「姉さま、すごいのですぅ」
尊敬の眼差しで私を見つめる2人の妹。
「九十九里浜1泊2日、交通費支給・超豪華ペンション宿泊券つき旅行券にご当選です。詳しいことはこの目録の中に書いてあるから楽しんで行ってきてください」
商店街の名前が印刷されたハッピを背負った中年男性に『目録』と書かれた大きな熨斗袋を渡される。
千葉県の住民に片道1時間ほどの千葉県海岸の宿泊旅行券を送る発想とか、交通費支給と言われても千葉駅から九十九里浜最寄の東金駅まで交通費が480円しか掛からないみみっちさとか、色々言いたいことはあるけれど、とにかく私は福引に当選してしまった。
こんなこと生まれて初めてだった。
「……この幸運は大きな不幸の前触れじゃないでしょうね?」
「ルリ姉……悲惨な人生を送ってきたんだね」
日向に涙を流されながら同情される。
幸福慣れしていないので、何でも疑って物事を見てしまう自分がちょっと嫌だった。
黒猫さん海へ
『生存戦略~っ!』
福引に当たった翌日の昼、私は妹共に昨夜撮っておいた深夜アニメを見ていた。
妹たちの生活リズム管理の為に深夜アニメの直見はやめたのだ。
ビッチはアニメ生中継を語る相手がいなくなったとかでビービー煩かった。けれど、妹が規則正しい生活を送る方が私には重要だった。
『イッマ~~ジ~~~ンっ!!』
ちょっとお洒落なペンギンの帽子をかぶった、黒いコルセットとスカート、そして白いレオタードを組み合わせたような魅惑のセクシー衣装を着た少女が右手を挙げながら叫ぶ。
最近見たアニメの中ではダントツに可愛らしい服装。今度先輩の前でこれと同じ服を作って着てみようかしら?
そうしたら、先輩もきっと私のことを……って、一体何を考えているのよ!?
浅ましい雄に衣装で媚を売ろうなんて千葉の駄天聖ともあろう者が何を考えているのかしら。
きっと暑さのせいね。節電のせいなのね。うち、元からクーラーないけれど。
『きっと何者にもなれないお前たちに告げるっ!』
ペンギン帽子に意識を乗っ取られた少女が、高校生の双子の兄たちに容赦ない言葉の攻撃を浴びせ掛ける。
突然異空間に連れてこられ、手錠まで嵌められ、豹変した妹に見下された2人の兄たちは全身で驚きを表現する。
そんな兄たちの動揺を気にせずに少女は自分の用件を冷淡に告げる。
『ピングドラムを手に入れるのだ』
『何言ってるんだよ、陽毬っ?』
兄は驚きの声を上げるも少女の一方的な要求は続く。
それにしてもあの陽毬って子の服は可愛いわね。私が着たらもっと似合うはず。絶対似合うに違いないわ。もうそう決まった。
「ねえ、ルリ姉?」
「何よ、日向? 今良い所なんだから話し掛けないで」
上の妹の言葉を無視してテレビに集中する。
『今この娘はわらわの力で一時的に余命を伸ばしている』
大げさに両手を広げながらモデルのようにセクシーに歩いて兄たちへと近付く陽毬。
やっぱりあの帽子、あの服装。本当にとても素敵なセンスをしているわ。
私にこそ相応しい。
神猫装束と同等のハイセンスよ。
「どうせルリ姉のことだから、あの陽毬って子の服装を自分で作って高坂くんに見せようとしているんだろうけど……」
さすがは日向は私の妹を11年間やっているだけのことはある。私が何を考えていたのか既に読まれている。
「あの格好で外を出歩いて会いに行ったら、高坂くんは間違いなくドン引きするからね。下手すればさよなら、バイバイされるよ」
「何でよっ!?」
あんなに可愛いのに何故先輩がドン引きすると言うのよ?
肌の露出が多いから? そうなのねっ! このセクシーな姉が羨ましいのねっ!
「ルリ姉はセンスが世間一般と思い切りずれているっていい加減に認識した方が良いよ。後、ビッチさんぐらいに胸が大きくなってからセクシーって名乗りなよ」
「うるさいわね……」
昔ビッチに同じようなことを言われてバカにされたことを思い出す。
「別に変な服装しなくても高坂くんは順調にルリ姉ルートに入りつつあるって」
「うっ、うるさいわね」
頬が急に熱を持つ。
まったく、先輩が私のルートに入っているなんて…………計画通り、じゃないの。
『生存戦略、しましょうか?』
服を脱ぎ去った陽毬がもう1人の兄の方へと近寄っていく。官能的なシーン。
けど、生存戦略、ね。
先輩が私を選んでくれた未来に待っているのは……交際、そして結婚?
一生涯先輩と共に生きるのが私の生存戦略、なのかしらね?
ま、まあそういう生き方もないわけではないわね。
独りきりで生きるよりは2人で生きた方が便利なことも多いのは事実なのだし。
可能性の一つとしては考えてみても良いわね。唯一無二の可能性として考えてみても。
「だけどルリ姉ルートに入る直前にアタシルートに入るのが高坂くんの運命だけどね」
日向は挑発的に私に向かって笑ってみせた。
「何でそうなるのよっ!?」
小学生の癖に色気づいちゃって。何て破廉恥な子に育ってしまったのかしら?
それにしても……私、妹に遊ばれてるの?
「ルリ姉で遊ぶのはこれぐらいにして3日後の九十九里浜の件なんだけど」
「わぁ~。海です~」
謎に満ちた、その内に絶対運命しそうなアニメの視聴を終えて妹たちとの会話に興じる。
最近ビッチの悪影響を受けている日向の不穏当な発言はこの際無視する。
「招待されたのが家族4人というのが問題なのよね」
父も母も仕事で忙しい。それだと旅行に出掛けるのは姉妹3人だけになる。
両親に都合を付けてもらうことも可能かもしれない。
けれど今度はそうすると5人になってしまう。
4人というのはまったく厄介な人数だった。子供2人が標準なんて誰が決めたのよ。
「ああ、それならもう大丈夫だよ。高坂くんに電話したら、泊り掛けで海に一緒に行ってくれるってさ」
「ちょっと日向っ!? あなたは何を勝手なことをしてくれるのよぉっ!?」
せ、先輩と一緒に海。しかも泊り掛けでなんて……雰囲気に流されて先輩と『生存戦略』な展開を迎えちゃったらどうするって言うのよっ!?
珠希に8歳で叔母さんになれと言うの!?
そんなのワカメちゃんだけで十分じゃないの!?
「ルリ姉、鼻血垂らし過ぎ。はい、ティッシュ」
「ありがとう」
ティッシュを鼻に詰めながら何とか平静を保つように心掛ける。
すると、裸の先輩に抱きしめられている裸の私の像が脳裏に思い浮かんだ。
「生存戦略っ!?」
今度は口から血が出た。
「まあルリ姉が驚くのも無理ないけどね」
日向は新聞紙を広げて私の吐血を避けていた。ケロッとした表情をしている。
この子は自分がしでかしたことの重要性を本当に理解しているのかしらね?
「高坂くんにとってみても、今回の海イベントは自分の一生を決める重大イベントになるかもしれないしね」
「ま、まあそうなるかもしれないわね」
先輩は今回の海で私という一生の伴侶を得ることになるかもしれない。
それは同時に私の一生が決定するイベントであるとも言える。
「この海イベントを通じて、高坂くんがアタシルートに入るか、ルリ姉ルートに入るか、珠希ルートに入るのか決定しそうだもんね。ルート分岐に関わる最重要イベントだよ」
「何でそうなるのよ?」
有り得ない余計なルートが2つも含まれている。
「だって美少女三姉妹ヒロインってギャルゲーやアニメでのお約束の設定じゃん。勿論メインヒロインは次女で後はお姉さんキャラと妹キャラ。高坂くんが一体誰を恋人に選ぶのか今からもぉドッキドキだよぉ~♪」
両手で自分を抱きしめながら体をくねらせる日向。
赤く染まった頬は自分が選ばれる気満々にしか見えない。
このガキ、まだランドセル背負っている癖によく言うわね。
「幼い妹たちの面倒を懸命に見る健気で家庭的なヒロイン。主人公はヒロインの恋人になると同時に幼い妹たちのお父さん役も兼ねる。そういう展開じゃないのかしら?」
「そんなの1970年代アニメの設定で今の流行じゃないよ」
激しい視線の火花を散らす私と日向。
「姦計を張り巡らせるヒロインたちの争いに疲れた主人公が一番幼くて純真無垢なヒロインに恋をするって展開もありますよぉ~♪」
「「!?!?!?」」
天使とも表現すべき愛らしい珠希に私は恐れを抱かざるを得なかった。
日向も珠希を見ながら冷や汗を垂らしている。
やはり幼くてもこの子も私たちの妹ということか……。
五更の女は先輩に弱いのだ。
「そういう訳で4人目の参加者は高坂くんに決定。だからみんな、高坂くんの気を惹けるように全力を尽くすように。話は以上よ」
「何で日向が仕切るのよ?」
長女としての立場がないじゃないのよ。
それにしても、よ。
「先輩が来るのでは気合を入れないわけにはいかないわね」
「ルリ姉は気合を入れれば入れるほど空回るお笑い芸人的な気質を持っているから自然体でいるのが一番良いと思うけどなあ」
燃え上がる私に日向の冷たいツッコミが入る。でも、負けない。
「フッ。私はだらしない雄を狩るにも全力を尽くすのよ」
「ルリ姉って期待を裏切らない面白い行動をいつも起こしてくれるよね。世間様に迷惑を掛けない程度なら期待しているよ」
私は3日後の一大決戦に向けて最善を尽くすように心に決めた。
「なあ、黒猫? その……アバンギャルド(前衛芸術的)な格好は一体何だ?」
「高坂くんごめん。ほんっとにごめん。アタシじゃルリ姉を止められなかった」
旅行出発当日、先輩は待ち合わせの公園に到着して私の姿を見るなり絶句していた。
そして日向は先輩に向かって何度も何度もひたすら頭を下げていた。
「貴方たちの反応の意味がわからないのだけど?」
何故2人はあんなにも遠い瞳で私を見ているのだろう?
精一杯のお洒落をして来たこの私を?
この陽毬・プリンセス・オブ・ザ・クリスタル仕様の服を着たとてもお洒落な私を。
あれね?
格好だけでなく台詞もポーズもつけないと満足できないってことなのね?
まったく、2人とも欲張りなんだから。
オタクという生物は本当に足ることを知らない欲にまみれた存在なのね。
わかったわよ。その望み叶えてあげるわ。
「きっと何者にもなれないお前たちに告げるっ!」
ポーズを取りながら最後に2人に向かってビシッと指を差す。
フッ。完璧だわ。
「……そういや黒猫って元々こんなヤツだったよな。最近女子高生後輩モードばかり見ていたからすっかり忘れていたけれど」
「……ルリ姉って元来こんな人だよ。最近は恋する乙女モードばかり見ていたからすっかり忘れていたけれど」
2人はますます遠い瞳で私を見る。
「わぁ~姉さま~。陽毬ちゃんそっくりですぅ~♪」
珠希だけは自分の心に素直になって私を賞賛してくれる。
こういう反応があってこそ頑張って2日で衣装を作り上げた甲斐があるというもの。
「さあ3人とも、九十九里浜に向かって出発よっ!」
気分も乗って来た所で本日の目的を宣言する。
「おぅ~なのです♪」
「帽子脱げば少しはマシに見えるか? 後は極力裏通りを歩くようにして人に会わずに行けば何とかなるか?」
「それよりも痛い系の紙袋を持たせてコミケの帰りを装った方がまだ社会的に許されるんじゃないかな? ダメな自分を誇示している人として」
張り切る珠希とは対照的に先輩と日向の表情は暗かった。
それから1時間半ほどが経って私たちは九十九里海岸へと到着した。
「わぁ~姉さま。海ですよ、海。大きいです~♪」
「ええ。ほんと、大きいわよね」
太平洋を見ているとそのスケールの大きさに感動を覚える。
海と空の青さに心が洗われる。
人間の悩みなんて本当にちっぽけなものに過ぎないように思えて来る。
「……ようやく、羞恥プレイの時間が終わったな。動けない電車の中、バスの中。辛かった。ほんと辛かった」
「……長かった。ほんと、長かったよぉ~」
先輩と日向は到着したばかりだというのにもうヘトヘトになっていた。
一体、どうしたと言うのかしら?
「海に着いただけで疲労困憊のようじゃ本当に貴方たち、将来何者にもなれないわよ」
「変態の称号なら嫌になるほど視線で貰いまくったから心配すんな」
「少なくとも変な人にはなれたから心配しないで、ルリ姉」
2人は一体何を言っているのかしら?
あれね。2人ともよく見ればちょっとずつ寝癖が付いている。
それを道中人々に見られ続けて磨耗したのね。納得だわ。
「まあ、何はともあれ海に着いたんだ。ひと泳ぎして気分転換するか」
先輩の一言により遂に海イベントが始まる。
私の今後の一生を左右するかもしれないイベントが。
「へっへ~ん。更衣室は人でいっぱいだろうと思って下に水着着て来たんだ~」
言いながら日向はおもむろに服を脱ぎだした。
「うぉっ!?」
突然脱ぎだした妹に先輩が焦る。焦り方が尋常じゃない。
先輩、まさか小学生もストライクゾーンに入っているんじゃ?
「……フッ。無防備を装って目の前で着替えることで高坂くんに性的なアピールをする。小学生には小学生の戦い方があるんだよ、ルリ姉」
日向が私にだけ聞こえるように小さく呟く。
そして服を脱ぎ終わった日向はライトグリーンの三角ビキニの水着姿になった。
小学生にしてはかなり大胆な水着。
うん? ちょっと待って。あの水着って……。
「これはねえ、ルリ姉が去年まで着ていた水着なんだよ♪」
「へ、へぇ~。か、可愛いな」
日向は自分の水着について先輩に説明を始める。
私のお古の水着を持ち出すなんて一体何を考えているの、日向?
「えへへ。これは、ルリ姉が中3の時まで使っていた水着なんだよ。その水着を小学5年生のアタシが着てぴったりということは、アタシが今のルリ姉と同じぐらいの年齢になった時は、ルリ姉より遥かにバインバインになっている可能性が高いよ。どう、高坂くん?」
水着グラビアのモデルよろしく体を折り曲げてポーズを取ってみせる日向。
この小娘、私を出汁にしてアピールするのが狙いだったのねっ!
「ま、まあ日向ちゃんは黒猫よりも将来ナイスボディーになるかもしれないな」
「フッフ~ン♪」
勝ち誇った顔で私を見る妹。ムカつくわね。
だけど先輩も先輩よ。
まだ私の裸を見たこともない癖に勝手に貧相な体扱いするなんて。
いいわ、見てらっしゃい!
私がどれだけナイスバディーの持ち主なのか、先輩に見せてあげるんだから!
「次は私の番ね」
2人に宣言してからおもむろに服を脱ぎだす。
正確には帽子を脱いで、腰の部分のコルセット、スカート、袖の部分を順に取って行く。
「って、黒猫、まさかお前……」
「ルリ姉、嘘だよね? ルリ姉は高校生なんだもんね。そんなこと、しないよね……」
先輩たちからよくわからない声が掛かるが無視して30秒で着替えが終わる。
「これが白猫、海バージョンよ」
肩紐なしノースリーブの白いワンピース型の水着姿を先輩に披露する。
先輩は白猫モードの私を大層お気に入りなのだし、これで先輩のハートは私のものね。
フフッ、勝ったわ。
「信じたくなかったが、今日黒猫は水着姿でずっと往来や交通機関を利用してたってことかよ……」
「16才にもなって水着姿で外を歩き回るなんて……アタシのお姉ちゃんがこんな暴挙をしでかすわけがないよ……」
けれど、何故か2人は顔を蒼ざめるばかりで賞賛の言葉を寄越してくれない。
熱中症にでも掛かってしまったのかしら?
「あの、先輩。女性が水着に着替えたんだから何か一言ぐらいあってしかるべきじゃないかしら?」
つい、私の方から水着の感想を直接求めてしまった。
でも、こうでもしないとあの朴念仁には私の思っていることはなかなか伝わらない。
「お、おう。良く似合ってるぞ、黒猫。いや、この場合はやっぱり白猫だよな」
「そ、そう。お気に召してくれたようで私も良かったわ」
尋ねておいて自分で恥ずかしくなる。
先輩に水着姿を誉めてもらって舞い上がっている自分がいた。
でも、これでやっとデートって感じがして来た。
は、初めてのお泊りデートなんだからやっぱりこれぐらいのドキドキは必要に決まっている。
来て良かった。
ようやくそう思える瞬間が訪れた。
「あれ、そういえば珠希ちゃんの姿が見えないぞ?」
先輩の一言にハッとする。
周囲を見回すと確かに珠希の姿がなかった。
「珠希、まっ、まさか、誘拐されたんじゃ?」
「ビッチみたいな変態犯罪者が珠希を見たらあっという間にお持ち帰りされてしまうじゃないの!」
珠希は世界で一番可愛いと言っても過言ではない小学1年生。
ビッチのような変態がこの海岸にいたらさらって行くに決まっている。
「先輩っ、ビッチは今どこに?」
「桐乃ならモデルの撮影とかであやせたちと一緒に泊り掛けで山に行っているぞ」
これで誘拐の最有力候補は消えた。
じゃあ、珠希は一体?
「姉さま、お兄ちゃん。お待たせしましたですぅ~♪」
と、私たちが妹の行方を心配していると、当の珠希が小さな足を懸命に動かしながらこちらへとやって来た。
フリルの付いた水玉のセパレート水着姿の妹は転びそうになりながらも何とか無事に私たちの元へと到着。
「珠希、貴方は一体どこに行っていたの? 心配したのよ」
妹の両肩を掴みながら尋ねる。
もう少しで私はビッチの指名手配書を全国に配らなければいけない所だった。
「えぅ。ごめんなさい。更衣室で着替えていたら遅くなってしまいました」
頭を下げて謝る珠希。
「「「………………っ」」」
珠希にそれ以上何も言えない私たちだった。
「行っくよぉ~、高坂く~ん」
「おぅっ、いつでも来いやっ!」
青い空、青い海、眩しい太陽の下にビーチボールに興じる先輩と日向。
「姉さまぁ~、お城が出来ましたよぉ」
「あらっ、凄い立派なお城が出来たものね」
砂遊びに興じる珠希とその妹を褒める私。
……果たして、これで良いのかしら?
恋人同士の海ってもっとロマンチックなものじゃないのかしら?
恋人どころか友達すらまともにいたことがほとんどない私には海での過ごし方がよくわからない。
でも、何だかこれは違う気がする。
これでは家族サービスに子供たちを海に連れてきたお父さんとお母さんみたいになっている。
お父さんとお母さん……先輩と私が。
いえ、やっぱりこれは正しい姿なのかもしれない。
数年後の私たちの姿を先取りしたものと思えば悪くないかもしれない。
そう、将来の私と先輩の姿を……。
「高坂く~ん。今度はアタシに日焼け止めクリームを塗ってよぉ」
「小学生が日焼けなんて気にしなくて良いんじゃないのか?」
「もぉ~わかってないなぁ、高坂くんは。日焼け止め塗りのスキンシップは恋人同士の海の定番イベントじゃん」
……夫婦になるのは私と先輩よっ! 貴方じゃないわよ、日向っ!
「ほらほらっ、女の子の生背中に触れるせっかくの機会だよ。据え膳食わないのは男じゃないよ、高坂くん」
「女の子って言ってもな。日向ちゃんはまだ小学生だからそんな対象としてはとても見えないっての」
「やましい気持ちにならないのなら塗ってくれても尚更構わないよね。じゃあ、ブラの紐外しちゃおうっと」
「って、日向ちゃん。その格好で顔上げちゃダメだって! 胸がみっ、見えてるって!」
「きゃぁ~♪ 私の胸見て興奮しちゃって、高坂くんのエッチぃ~♪」
日向、貴方はビッチの悪影響を受け過ぎよ。
姉として、女として頭が痛すぎる。
「と、とにかく日向ちゃんはまだ小学生なんだから日焼けしていた方が健康的で良いって。それじゃ~っ!」
「あっ、逃げられた。もうちょっとだったのにぃ……」
小学生相手に逃げ出したヘタレ男は私たちの元へと走ってきた。
だけど日向相手にしてやられるなんてこの男、本当に情けないわね。
何でこんな男好きになっちゃったのだか。
「よ、よぉ、黒猫」
「妹の胸を随分と堪能していたみたいね、このロリコン変態さん」
先輩をギロッと睨む。
「ご、誤解だって。俺は紳士っ! 加えて妹よりも年下の子供に欲情するわけがない。こ、高校生からじゃないと女としてはとても考えられないな」
「どうだか?」
先輩に疑いの瞳を向け続ける。
でも、でもだ。
「先輩にとって高校生から女として考えられるなら、貴方の瞳に私はどう映っているのかしら?」
先輩の言葉通りだとするなら、私がちゃんと女として映っているのか知りたい。
妹でも友達でもなく1人の女として見てくれているのか。
「そ、それは……」
「それは?」
先輩に詰め寄る。
先輩の瞳を覗き込んで離さない。
「お、俺は、その、泊まり掛けの旅行を誘われた時からずっと、く、黒猫のことを……」
先輩が私の両肩を掴む。凄い、力強さ。
両肩が折れちゃうんじゃないかと思うぐらい強い勢いで掴んでいる。
「俺は、俺はっ、黒猫のことがっ!」
先輩の顔が目前に迫ってきた。
これって、これってもしかしなくても!?
「ルリ姉のことをどう想っているのかなぁ、高坂くんは?」
「おわぁああああああぁっ!? ひ、日向ちゃんっ!? って、うわぁあああぁっ!」
日向が急に顔を出して来たので先輩が驚いてひっくり返り頭から砂浜に埋まる。
「日向、貴方……」
もう少しで先輩に愛の告白をしてもらえたのかも知れないのに。
後ろの部分の言葉を飲み込む。
「まだ勝負は終わらせないよ、ルリ姉」
先輩に問い掛けたニコニコ顔と違って、鋭い視線を送って寄越す日向。
なるほど。
小学生と侮っていたけれど、妹の先輩への想いは本物らしい。
なら、私も本気で対さなければならない。
「姉の結婚式のお祝いスピーチを今から考えておきなさい」
「ルリ姉こそ、妹の結婚式のお祝いスピーチを今から考えておいてね」
激しい視線の火花を散らす私と日向。
日向は今、妹ではなく1人の女として私の前に立っている。
ついこの間まで私の後ろを付いて回ってばかりだったのに大きくなったものね。
「わぁ~お兄ちゃん、面白い姿勢ですぅ~♪」
珠希はブリッジ姿勢で頭から砂に突っ込んでいる先輩をトンネルに見立てて周囲に砂山を作り始めた。
日向と先輩の所有権を巡って激しい激闘を繰り広げながらの海岸での遊びも終わった。
最後の方は日向と遠泳対決なんかしたりしてとても疲れた。
私はビッチと違って体育会系のキャラじゃ全然ないってのに。
「黒猫はやっぱりお姉さんだよな。日向ちゃんとあんなに一生懸命に遊んで」
ラノベ主人公並みの鈍感さを誇る朴念仁は呑気にそんな感想を述べてくれる。
「代わりに珠希はいっぱいっぱいお兄ちゃんに遊んでもらいました♪」
「ハッハッハ。ハブられた者同士、いっぱい遊んだもんな~」
……何か私、大きく選択を間違えた?
「高坂くんのストライクゾーンに珠希も含まれているのは十分わかったから、早く今日の宿に行こうよぉ。もう全身がクタクタだよぉ」
とても不穏当な発言を混ぜながら日向がペンション行きを提案する。
「そうね。今日の所はもう宿に引き上げましょう。私もクタクタだわ」
日向の案に同意する。
私ももう体力の限界だった。
「よしっ、じゃあ今日は宿に行って食事して風呂入って寝ることにしようぜ」
先輩の寝るという言葉の部分で日向と視線が交錯し火花が散る。
「は~い。珠希、今日はお兄ちゃんと一緒に寝ま~す♪」
「ハッハッハ。珠希ちゃんは可愛いな~」
先輩はどこまでも呑気だった。
宿泊先のペンションに辿り着く。
千葉県民に千葉県海岸旅行をプレゼントするような福引きだからあまり期待はしていなかったけど、予想より遥かに綺麗で広い所だった。
ちょっとラッキーだわねと心の中で思っていると、オーナーは先輩に宿帳に記入するように述べた。
「福引きに当選したのは黒猫だから俺が代表して書いて良いのかね。いや、それよりも」
先輩はブツブツと呟きながら記入を進めていき、自分の名前を書いた所で筆を止めた。
高坂 京介
先輩が何故記入を途中で止めたのか私にはよくわからなかった。
その意味にいち早く気付いたのは日向の方だった。
「じゃあ次はアタシが書くね~」
言うが早いか先輩からペンを奪い取る。
そして自分の名前を記入する。
高坂 京介
日向
それを見てようやく私は合点がいった。
「はい、どうぞ。五更のお姉ちゃん♪」
日向はわざわざ私のことを苗字で呼んだ。
やってくれるじゃないの。
勿論私も黙って引き下がるつもりはない。
高坂 京介
日向
瑠璃
妹の宣戦布告は受けて立つ。
「じゃあ~じゃあ~珠希もです~♪」
高坂 京介
日向
瑠璃
たまき
「今日はご兄妹で宿泊ですね?」
オーナーの問い掛けに私たちは全員無言で首を横に振った。
先輩だけはガタガタと小刻みに震えていた。
オーナーは私たちの反応を見ながら首をかしげていた。
ベッド数の関係で私たちは2部屋に分かれて宿泊することになった。
当然、誰が先輩の部屋で一緒に寝るかが大きな問題になった。
けれど、先輩が
「珠希ちゃんはまだ小さいし、お姉ちゃんたちと一緒でないと不安だろう」
姉妹3人と先輩に分かれて部屋割りを構成することを提案した。
それが一番妥当、というかそれしか選択肢がないことは私にもわかっている。
でも、それでも先輩には私を指名するぐらいの男の甲斐性を見せて欲しかった。
「夜中にこっそり高坂くんの部屋を訪ねるから鍵は掛けないでおいてね♪」
「おいっ、いや、それは……」
「日向、貴方はビッチじゃないのだから堂々と夜這い宣言するんじゃないわよ。それから先輩、小学生の戯言に何をそんなに焦った顔をしているのかしら?」
せっかくのお泊りイベントなのにロマンチックな雰囲気にいまいち成りきれない。
妹たち同伴なのだから仕方ないと言えばそれまでなのだけど。
せっかくの旅行なのにほんの少しだけ憂鬱になっている自分がいた。
予想と違い洋風で豪勢な食事が終わり入浴する時間となった。
海から上がる時に簡単にシャワーは浴びておいたけれど、やっぱりお風呂できちんと洗い流したかった。
ペンションなのでいわゆる大浴場と呼ぶような施設はない。
けれど、家庭用よりはかなり大きなお風呂が男女に分かれて存在していた。
「今日のお客さんはアタシたちだけらしいから、高坂くんも一緒に入る?」
「いや、でも、やっぱりそれは……」
「だから先輩は小学生の戯言に何をそんなに焦っているのよ?」
先輩の足を踏んづけながら非難の視線を浴びせる。
先輩が焦るのは私にそういう話を持ち掛けられた時だけで十分なのに。
ラノベのヘタレ主人公みたいなこの人は本当に何を考えているのかよくわからない。
ほんの偶にだけど物凄く格好良いのに……。
姉妹3人で一緒に入浴するのは久しぶりのことだった。
珠希は私がお風呂に入れて上げているけれど、五更家の浴室は3人で入れるほど広くはない。
日向と一緒にお風呂に入るのは数ヶ月ぶりのことだった。
「ルリ姉と一緒にお風呂入るのも久しぶりだよねぇ」
日向が体を洗いながらジッと私の胸を覗き込んで尋ねて来る。
「なっ、何よ?」
日向の視線に体を洗う手を止めて何となく引いてしまう。
「ルリ姉の胸がそんなだと高坂くんはあんまり嬉しくないだろうなあって」
「放っておいて頂戴っ!」
確かに私の胸は小さい。
同い年の沙織は元より年下のビッチよりも小さい。
それは私のコンプレックスにもなっている。
でも、でもだ。
「せ、先輩は別に胸の大きさで女の価値を決めたりしないわよ」
私の好きになった高坂京介は私の中身、即ち心をちゃんと見てくれる人だから。
「確かに高坂くんはロリコンの気もあるから、小さな胸から大きな胸まで何でもござれって感じだよね」
「貴方はそんなに私の幻想を壊したいの?」
心の中で泣けてくる。
「で、ルリ姉は今夜どうするの?」
「今夜って?」
妹の質問の意味がよく飲み込めない。
「だから高坂くんの部屋に行くのかってこと。何なら珠希はアタシが寝かせても全然構わないから」
「なっ!?」
妹の言葉に驚いて呼吸が止まってしまう。
全身が急激に赤みを帯びていく。
「今回の旅行はルリ姉が当てたんだし、ルリ姉にも何か役得がないといけないかなって思うし。夏の思い出に高坂くんと熱い夜を過ごしちゃえば?」
「しょ、小学生が何を言っているのよ……」
私が小学校5年生の時にはそんなこと微塵も考えたことがなかった。
末恐ろしいわね、最近の小学生は。
「それでルリ姉は高坂くんの部屋に泊まるの?」
「急にそんなことを尋ねられてもわからないわよ……」
妹の質問に全身が硬直する。
それから数十分の間、私の思考は真っ白になったままだった。
気が付くと日向も珠希も既に上がっていた。
「……い、妹の好意を無にするのは姉として良くないわよね」
そしてその10分後、私は先輩の寝室の前にパジャマ姿で立っていた。
心臓がバクバク高鳴って煩い。
運動したわけでもないのに呼吸が乱れて整わない。
明らかに緊張していた。
私は元々こういう性を意識させるシチュエーションにからっきし弱い。
今だってすぐにでも妹たちの部屋に引き返したい気持ちでいっぱい。
でも、それでも日向がせっかく私に機会をくれたのだし。
それに、私自身の願望だって……。
「先輩、入るわよ」
思い切ってドアノブを回す。
扉には鍵が掛かっておらず、すんなりと中へ入れた。
「あ、あの……」
心臓が爆発するのではないかと思うぐらいに大きな音を立てて、それが直接脳へと響いてくる。
それだけでも私が如何にとんでもないことをしているのか楽に理解できる。
でも、ここまで来てしまったのだし、後は野となれ山となれ状態だった。
「せ、先輩っ!」
震える体を必死に抑えながらベッドを見る。
先輩、高坂京介は寝ていた。
大の字となり、左右に日向と珠希を腕枕しながら。
「先輩……ハァ」
大きな溜息が漏れ出る。
それと同時に心臓の高鳴りも体の震えも収まる。
先輩は入浴を済ませるなり早々に寝てしまったに違いなかった。
そこに珠希がこの部屋で寝たいと言って日向と共にこの部屋に入って来たのだろう。
で、2人とも自分の特等席をみつけて寝てしまったと。
「これじゃあほんと恋人の旅行じゃなくて家族旅行よね」
言いながら私も先輩と日向の隙間に身を屈めながら潜り込む。
先輩と密着する形になるけれどスペースがここしか余っていないのだから仕方がない。
お風呂上がりの先輩の香りを鼻いっぱいに感じながら目を瞑る。
きっとこれからは日常になっていくに違いない匂いを感じながら。
眠気はすぐに襲ってきた。
「もうしばらくは先輩に日向と珠希のお父さん役をやってもらおうかしら……それが当分の間の私の生存戦略、かしら、ね」
妹たちも先輩も大事な私にとってそれはとても素敵な生存戦略だと思えるのだった。
今夜はとても良い夢が見られそうだった。
了
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pixivより転載。
向こうでのアンケート結果と夏の終わりということで黒猫さんの海を題材にした話です。
あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。
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