お題 「幽霊」「ポテチうすしお」「ひとりぼっち」
「幽霊ってさ、いると思うクチかね?」
アスファルトから立ち込める湯気。巷じゃ蜃気楼とか呼ぶらしい。
「ぼかぁね、きっといないと思うんだ」
寂れた路地裏、錆びた遊具、駆けるのは将来有望な未来諸君。
いずれにせよ、湿気った顔の専門学校生達にゃいささか眩しい。
「タイムマシンと同じでさ、もしいるのなら何故人前に出てこない? バラエティ番組にでも出れば一躍スターじゃないか!」
「そんな陽気なやつは化けるまでもないんじゃないの? あっちでも友達出来そうじゃない」
なんとなくいつもより低い空。入道雲に圧し潰されそう。一雨来るのかもしれない。
「……相変わらずお前とは今ひとつ話が噛み合わないな。何考えてるんだ?」
「少なくとも君よりは健全なことだよ」
木陰にふたつ並んだベンチ。一人にひとつ、二人でふたつ。日差しから守ってくれているこの木の名前は、昔は知っていた。
「死してなお家族の為に働くとか、健全なロマンじゃないか」
「健全かもね。ロマンは欠片も感じられないけれど」
そういえば、僕とこいつはあまり変わってない。二人ともまだ子供のまんま。
いや、赤いかばんと黒いかばんを押し付けあった頃よりかは、いくらかは成長しただろう。きっとそう。身長だって157センチで止まったし。
「ま、今更お前さんと価値観共有出来るとも思ってないからいいんだけどな。俺はまだうす塩派だし?」
「まだ言うか。ブラックペッパー味こそ至高であるとこの前たっぷり語ってあげたのに」
「むしろうす塩への愛が深まった一日だったさ。ただしコンソメは敵だろ同志?」
「同志じゃない、同盟さ。憎っくきコンソメを倒すまで」
そんな会話をしながら、僕らはそれぞれポテトチップスの袋を開けた。
いつだったか、あ、いや、いつものことだったか。僕らはいつもこんなんだった。
見慣れた景色、聞き慣れた声。落ち着く声。男女間の関係と考えれば、ヒドイものかもしれない。
中学まではほとんどいつも一緒だった、相棒。別々の高校を選んだときから何かが狂い始めていたのだろう。
僕は僕なりに望んで考えて選んで、悩んで戦って挫折して。一時は恋なんてものもしていたと思う。
きっとこいつだって、いろいろな思いをしてきたのだろう。いろいろなことを思って考えて味わって。恋はしたのだろうか。
でも結局僕らはまたここに戻ってきた。否、戻ってきてしまった。この木の下の居心地は、二人とも忘れられなかった。
幽霊、あるいは亡霊とも言える。過去の亡霊。僕らが過ごした時間の亡霊。
僕らの、夢の亡霊。
そんなことを漠然と考えていたから、僕が気付いたときには、隣の相棒は駆け出していた。
「おい! ポテチ濡れちまうぞ!」
「え?」
そう怒鳴られ、初めて気がついた異変。雨。土砂降り。ついさっきまで日差しから守ってくれていた木も、善戦虚しく青々とした木の葉から雨粒の侵入を許してしまっている。
肩掛けの鞄を掴み、僕にしては珍しく大慌てで駆ける先は、相棒もとい裏切り者が逃げ込んだ横倒しの土管の中。本当に無意識に潜り込んで気付いたのは、昔感じた以上の密着感とたぷんと鳴る手の中のポテチ。
「あ、ああああぁぁぁ……!」
「あーあー… 言わんこっちゃない…」
ぴったりとくっついた左半身のその向こう、裏切り者が呆れたように笑う。
無姓に蹴っ飛ばしてやりたくなったが、脚も伸ばせないこんな場所じゃ不可能だ。
だから僕は、あいつのうす塩を鷲掴みにし、投げつけてやった!
「うおっ!? おまっなにすんの!」
「やかましい! うす塩なんて除霊に使ってやる! このっ! このっ!」
「うわっちょっと止め…! うあああ! 目え! 目はダメだろっこのバカ!」
「悪霊退散! 悪霊退散! 過去の亡霊なんて消えてなくなれ!」
「何それ!? わけがわから… ちょっ! やめてぇ!!」
そうだ、消えてなくなれば良い。そうすれば僕は前に進める。こいつは前に進める。
わたしは、僕じゃなくなれる。
いつまでもこんな場所があるから、わたしの決断が鈍っちゃうんだ……!
「いい加減にしろこのど阿呆!!」
四年ぶりに食らった拳骨は、大きくて重くて、痛かった。
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三題噺「幽霊」「ポテチ(うす塩)」「一人ぼっち」