別に、たいしたことじゃない。
ただ「それ」を見つけたときに、ちょっと。
そうさ、ほんのちょっとだけだ。
腕力にそんな自信のない俺にも持てるかどうか試してみたくなっただけだ。
俺が使えない武器だなんてのは判りきってたけど、あえて持ってみたかった。
よく知らない武器を研究するのだって、侵入者対策の一環て奴さ。
──なんてな。
そんなん嘘だって判ってるっての、自分で。だからそんな目で見んなよイレンド。目は口ほどにものを言うんだぜ。
ああ、お前の思っている通りだよ、くそっ。
だってあの人があんまりにも軽々と扱っているのを見ていたから。その鮮やかさが目に焼きついて離れないから、俺も持ってみたくなって。
それに新しいカタールが増えたら、そいつを俺があげたらあの人は喜ぶのかなって、そう思った。
悪いか。
魔術師の割には日々肉体鍛錬を怠ることなく、そこそこの戦闘力を持つ相手なら体術で渡り合える程度には鍛えているつもりなのだがと、自室で一人ラウレルは苦笑を口の端に浮かべた。
彼の両手で抱えてなお、カタールはずっしりと重い。ベッドに座っているから、実際に立って装着したとき感じる重量は余裕でこの倍以上なのだろう。
「これを、こうやってはめて……ってやっぱ俺には無理」
装備が可能ではない職であっても、それは一般の話で。規格外の体を持つ自分ならば装備できるのではと思ったのだが、やはり無理があるらしい。
扱うとまではいかなくとも、装着してみたかっただけなのだが。
軽やかに風を翔るあの腕は一見華奢に見えるが、その実極限まで余計な肉をそぎ落としたうえで俊敏さも失わない、絶妙なバランスで体作られているのだろう。
想い人の姿を脳裏に想い描いたラウレルは、まるでこの世が終わりそうな勢いの大きなため息を吐いた。
数日前に侵入者が落としていったカタール。ちょっと持ってみたいだとか、侵入者対策に研究してみたいだとかもっともらしい御託を並べて、ラウレルはそれを自室へと持ち帰ることに成功した。
他の皆はラウレルの言を信じただろう──ただ一人、こちらに向けてどこか物言いたげな視線を寄越していたイレンドを除いて。
直接口に出したことはないし、相談したこともない。だがイレンドは確実に知っている。三階に住まう暗殺者エレメス=ガイルに対し、叶う望みの薄い恋心を抱いていることを。
望みが薄いのは、エレメスの心には既に自分以外の誰かが住んでいるからだ。
それはあくまでラウレルの推測、勘でしかない。確たる証拠もなければ、本人に聞いたところでおそらく否定するだろう。
だが。
悔しくてはらわたが煮えくり返る思いだけれど、ずっとエレメスを見つめてきたラウレルだからこそ判る。
判りたくもないのに、気づいてしまったのだ。
からかわれているのに対して怒って困っているはずなのに、本気で嫌がっていない声。表情。周囲に助けを求めていながらも、真剣に逃げていない。拒絶していない。
そしてあれは仲間として仕方なく行動を容赦し容認しているのではない。エレメス個人として受け入れているのだと。
もしも明日からそれらの一切がなくなったらきっとエレメスは──寂しいと思うに違いない。
それを思うと大きいため息の一つくらい出ても仕方ないだろうと独り言をこぼす。
「何が仕方ないって?」
「げ」
「ご挨拶だね、ラウレル。何度ドアをノックしても返事はないし、部屋にいるのは確かなはずだしで無遠慮かと心の中で謝罪しながら入ってみれば、いくらなんでも開口一番人の顔見て「げ」はないんじゃない?」
「……悪かったよ」
自身の想像世界に深く入り込んでいたのか、どうやらドアが開く音も気配も気づかなかったらしい。
明らかに呆れ果てた表情で佇むイレンドの格好はいつでも侵入者と戦うことのできる武装だった。そういえばそろそろ巡回の時間かと今になって気づく。確か今日は男女で分かれていくと決めたのではなかったか。
ラウレルが気まずそうな顔をしたことでイレンドも気づいたのだろう、表情にいつもの柔らかさが戻る。
「すぐ支度する」
「早めにね。もうすぐセニア達が戻ってくるから。カヴァクもとっくに準備済みだよ」
へいへい、とラウレルは立ち上がってチェストを開け、綺麗に並んだ中から気に入りの杖を一本取り出す。
「なあイレンド、今日の巡回ルートだけど前と同じにするか? カヴァクが前言ってたろ、土管側がやばいって。俺もそれは」
ローブの襟を正しながら振り返ったラウレルは、イレンドの視線がベッドへと釘付けになっているのに気づき、話している途中で言葉を失う。
そこには、後で片付けようと思っていた一振りのカタールが鈍い銀の光りを放っていた。
「ラウレル、これって」
「……そいつの研究してた。つい没頭してて返事が遅れた。悪い」
「研究、ね」
全てを了解したようにイレンドはカタールの横に腰掛けた。
お互い隠喩を含んだ会話をしているのが滑稽に思う。イレンドならば余計なことを口外しないだろうし、いっそ胸の内を包み隠さず打ち明けてしまえばいいのだが、何度もあったはずの機会をすべてスルーしてきてしまっている為、本当に今更なのだ。
なのでつい、お互い判っているけど知らないふりという茶番を、他人の目がない場所でも演じてしまう。
「さっさと三階に行っておいでよ」
「……煩いんだよ、このお節介」
「お褒めに預かり光栄だね」
「褒めてねえ」
「褒めてるよ」
「何でだよ」
大抵の場合イレンドの言いたいことが判るラウレルだったが、今日に限っては本当に理解ができない。
にこにこ笑顔を崩さないイレンドを軽く睨み付けてから、ラウレルは隣に腰掛ける。
「さあ。何でだろうね」
「お前なあ」
「いいからさっさと行っておいで。巡回の途中で抜け出してもいいから」
「優等生の台詞じゃないな」
「今日は侵入者は来ないよ。そんな気がするんだ」
ただの勘だろうと悪態をつくラウレルを無視して、「それに」とイレンドが続ける。
「使ってあげなきゃ。いつまでもここにいたらカタールも可哀想だから。ね?」
そう言って微笑んだイレンドがラウレルの背中を軽く二度叩く。
ラウレルが三階へ行く目的を判っていながら、あえて使われないままの武器への感傷に置き換えたイレンドに感謝しつつ、ラウレルはゆっくりと頷いた。
「……そうだな」
元来性急な気性をしているラウレルは、一度腹を決めた以上、速やかにこれを三階へ持って行きたいと心がはやる。
強力なライバルの前であの人が自分だけに笑顔を見せてくれたりしたなら、天にも昇る気持ちで幸せな想いでいっぱいになれる。そんなことはないかもしれないが、その想像はラウレルを十分に幸せにした。
ただ、何故か──。
「ん?」
こちらに微笑みかけるイレンドを見たラウレルは、何故だか今すぐ三階へ行く気になれなかった。
隣に腰掛けているイレンドに少しだけ寄りかかり、自分と々くらい細い肩へ頭を乗せる。
「……ラウレル?」
「ちょっとだけしたら、行く」
「カヴァクを待たせてるよ?」
少し困ったようなその言葉とは裏腹に、イレンドから拒絶は伝わってこない。
何故──その答えがわからないまま、ラウレルは無言で瞳を閉じた。
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ラグナロクオンラインの生体工学研究所のお話。前作の空色の傘(http://www.tinami.com/view/288719 )と繋がりがあったりなかったり。BL要素含みますのでご注意ください。