がさっ
真司の耳に微かに茂みの揺れる音が聞こえた。
音は小さく、遠くから聞こえてきた。
恵理佳が待っている方向から。
「恵理佳ッ!!」
「え・・・?」
瞬時に状況を把握し、すかさず恵理佳に叫ぶ。
茂みの音と真司の様子で予測できたのか、後ろを振り返る恵理佳。
そこには先ほど真司と雪菜が倒したばかりの災忌とは別の災忌が右腕を振り上げていた。
先ほど氷付けにされ、破壊された災忌は未だに真司の足元に転がっている。
二匹目だった。
長い間係りとして仕事をこなしてきた真司だったが、一度に二匹出現するなど遭遇したことも聞いたことも無かった。
それ故、一匹倒した時点で完全に油断、安心していた。
急いで駆け寄るが、今まさに無防備な恵理佳に災忌の豪腕が振り下ろされようとしていた。
ガシュッ・・・
「「!!」」
いつの間にか雪菜が恵理佳のすぐ傍まで駆け寄っていた。
そのまま恵理佳の両肩に手を付き、勢い良く回転力を付けた踵落としを災忌の脳天に振り下ろす。
刃物のように鋭く尖った氷を脚に纏っており、その威力は一撃で災忌の躯体を斬り裂いた。
予想外につぐ予想外のことで呆然とする従兄弟二人。
そんな二人を他所に、綺麗に着地を決め、二匹目の絶命を確認すると恵理佳に詰め寄る雪菜。
「ちょっと、恵理佳!何ぼーっとしてんのよ!?」
「え、あ・・・」
怒り奮闘で詰め寄る雪菜に反論の余地も無い恵理佳は戸惑うばかりだ。
「遊びで来てるんじゃないんだから、今のままじゃハッキリ言って足手まといなんだけど?」
「・・・ご、ごめん・・・」
珍しく正論の雪菜に見るからに猛省という言葉が似合う雰囲気を出している恵理佳。
「付いてくるならそれ相応の気持ちを持って来てほしいわね」
「その・・・ごめんなさい」
言いつつ今にも泣きそうな顔を隠すようにその場を走り去ってしまう恵理佳。
雪菜は追おうとはせず、その場で姿が消えるまで傍観していた。
「恵理佳!」
「大丈夫よ、もうこの辺には居ないと思うし」
恵理佳の後を追おうとする真司を制止する。
「居ない・・・ならいいが・・・あぁ、さっきはありがとな、助かったよ」
「いいってことよ~、途中から二匹目が近づいてくることは分かっていたしぃ」
「分かっていた?なら何で俺にも・・・」
一言お礼を言う真司に雪菜は予想外の返答をしてきた。
「んー・・・まずは真司から。一匹倒したからって油断しちゃ駄目よ~?」
「ぐ・・・わ、悪かった・・・次からは気をつける」
雪菜はやんわりと注意をしてくれるが、まさにその通り過ぎて胸が痛くなる。
最近は災忌の出現率が上がっているとは思っていたが、まさか二匹出てくるとは夢にも思わなかった。
完全な油断だった。
雪菜が居なければ今頃どうなっていたか分かったものではない。
「恵理佳はね、次も・・・ううん、これからもずっと付いてくると思うし。
今回は危険も少なくてよかったけど、次はどうなるか分からないでしょ?
だから丁度いい機会だと思ってね、最初から覚悟って言うか、心意気みたいなものを持って欲しいかなぁって」
恵理佳の去って行った方を見つめながら呟くその表情はさっきまでの怒鳴りつけていた面影などはなく、恵理佳のことを想っての言動だったことがすぐに分かった。
「・・・次も、来るか・・・?理由が理由だし、それに身の危険を感じてまで・・・」
雪菜の台詞に水を差すようだが、真司には正直俄かには信じがたいものがあった。
「・・・本当に真司は肝心なところで鈍感よねぇ・・・」
疑惑顔の真司を見つめながら深い深いため息を吐く。
「・・・どういうことだ・・・?」
そんな態度を取られる覚えなどまるで無い真司。
「ん~、だけどそんなところも好き好きぃ~♪」
「くっ付くな・・・」
真司の疑問はスルーしていつものように腕にしがみついてくる雪菜。
「ま、次からも恵理佳はきっと来るから。あの子、強いからね」
「・・・流石はお姉さんだな。改めて年期の違いを感じたぜ」
流石は三桁の年月を生きてきた妖怪だけあって、所々に深い思慮を思わせる言動があった。
普段はそんな感じは一切見せないだけに、稀にそんな言動が垣間見れると見直してしまう。
「んふ~♪それじゃ、今日は真司の奢りで夏のスィーツを食べに行こう~♪」
「・・・前言撤回だな・・・だが・・・今回ばかりは仕方ないか・・・」
呆れるような笑みをひとつ浮かべながら横に雪菜をくっ付けたまま二人は中村の下へと報告をしに行くことにした。
気がつけば夕暮れの時間も伸び、季節は夏本番へと向かっていた。
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