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リヴストライブ:第1話「囲われた世界の中で」part4

リヴストライブというタイトル、オリジナル作品です。 地球上でただ一つ孤立した居住区、海上都市アクアフロンティア。 そこで展開される海獣リヴスと迎撃部隊の攻防と青春を描く小説です。 青年、少女の葛藤と自立を是非是非ご覧ください。 リヴストライブはアニメ、マンガ、小説等々のメディアミックスコンテンツですが、主に小説を軸にして展開していく予定なので、ついてきてもらえたら幸いです。 公式サイトにおいて毎週金曜日に更新で、チナミには一週遅れで投下していこうと思います。
公式サイト→http://levstolive.com

2011-08-26 05:07:25 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:308   閲覧ユーザー数:306

リヴストライブ

→挿絵入りは公式サイトにて →公式サイトhttp://levstolive.comから一週遅れでチナミに掲載(公式サイトと同じく毎週金曜更新)

 

第1話「囲われた世界の中で」part4

 

 街灯に照らされながら帰路に着く栄児。

 今日一日で彼の運命がどれだけ変わったのかわからない。

 まさか自分が前線に立つことになろうとは。

(しかも隊長として隊を引っ張るだと?)

 あまり自分に向いているとは思えない仕事だ、と彼は空を仰いだ。

 だがそれも五年前に死んだ父親の死の真相に近付けるならと思えば力も入る。

 実験中の事故。五年前にアクアフロンティア政府から告げられた不可解な死因。

 遺体の引き取りはおろか、詳細な死因すら伝えられることもなかった。これは明らかな隠蔽である。

 警察からの死亡報告に、彼の母、青海はどこか悟った顔で毅然としていたのを彼は今でも覚えている。

 まるで起こるべくして起こった、とでも言いたげな彼女の表情に頼もしさを感じる一方で、乾いた寂しさを感じていた。

 夫の葬式には涙一つ見せなかった母親が何を思ったのか、栄児は知る由もなかったが、栄児は栄児で何か思うところがあったのだ。

 科学者でありながら、科学の万能性を出来る限り否定していた風変りな父、台場誠二。栄児は彼の研究していたものがリヴスに関するものだったということ以外、何を研究していたのかを知らず、知らされず、誠二も語ろうとはしなかったので今となっては誠二が何の研究をしていたのかはわからない。

 だからこそ上に行くことで、そのことについて何かわかるのではと考えた。

 結局彼はその一心で栄児は防衛学校で勤勉に訓練や勉学に励むことになる。

 出世することで政府が隠している何かがわかるのではないかと。

 だが、誰かに敷かれたレールの上を歩んでいるだけでは真実には到底辿りつけないことを、彼は歳を重ねるごとに思い知らされていった。

 その募る気持ち、焦る気持ちが先日の戦闘区域への強行侵入に走らせた。

 しかし、だからと言って先日の一件で何かを掴めたわけでもなく、愚行を愚行と理解させられ、己の限界をただ痛感させられただけであった。

 母、青海からの強烈な平手打ちと共に――。

 そこに現れた田和昭和という男。

 取引。取引というが、いっこうに、あの男が何を握っているのか窺い知ることができない。

 栄児は勢いで取引を了承してしまったが、今にして思えば、はったりをかまされた挙句に、それをダシにして扱いに困る隊のメンバーを押しつけられただけなのではと邪推する。

 あの個性の強いメンバーをどうまとめられるかだな、と栄児にとってはそれだけが懸念する材料であった。

(だが、勝機を見出すことはできている。今日、田和さんから語られた戦闘スタイルなら――)

 海の上を走るなんて、最初は馬鹿げた話だなんて思ったが、確かに新種に対応するなら理に適った装備だと言える。

 それは、今だから言えること。施術を受けた今だから。

 昭和の会話の直後、宮御前とリィを除いて、彼らは地下施設へと誘導された。

 そこは、何に使うのか分からない機械が空間中を埋め尽くし、大小様々なケーブルが横たわる研究室だった。

 その中心部に巨大なビーカーのようなものが床に埋め込まれている。

 辺りは薄暗く、ビーカー内から出るライトの光だけが青白く映えていた。

 白衣を着た研究者が何人かうろうろとしている。

 その場で栄児は、「こんな場所がアクアフロンティアの地下にあったなんて……」と、思わず呟いてしまった。

 栄児らは、研究者の言われるがままに、一人ずつその容器に入水し、上がっては身体の水気を切った。

 実は、その容器の中は人間の皮膚に強化皮膜というものを馴染ませる装置だった。

 その後、彼らは説明を受けて自分たちが三つの力を得たことを知った。

 その三つとは表面張力、人体強化、ヘビーデバイスという武器の使用である。

 その際、伸縮性のバンドをはめられた。それはバッテリーのアダプターだった。

(これから、全てが……)

 今日起きたことを振り返りながら、栄児は腕にはめられたバンドをさすった。

 何でもそれは、三〇〇年前に飛来した隕石から直に抽出された自然エネルギーを、身体に流す装置だというのだ。

 そのバッテリーでもって、先の三つの能力を可能とするのだと言う。

 実際その例を、若干面倒臭そうに、というのはある種の照れ隠しだったのかもしれないが、紋匁が丁寧にレクチャーしてくれた。

 早速、その実演に移った彼女は、まさかと思うかもしれないが、その足で水の上を歩いていたのだ。

 今は廃れた宗教の創始者のように、それは決して幻などではなかった。

「これぐらいで驚かれてもな……。これが表面張力だ」と彼女は眉を寄せた。

 そう言うと、彼女はそのまま水の上で人間離れした動きを見せつけた。

 一回の蹴り出しで軽く十数メートルを稼ぎ出したのだ。これが人体強化というものらしい。

 また、ヘビーデバイスと呼ばれる実弾ではなく、今までに見たこともない武器の扱いを披露された。

 身体の皮膜を通して、ヘビーデバイスに通電し、バッテリー内のエネルギーを放出するそうだ。

 この手のタイプには、近接武器にアレンジされたナイフの類も存在するらしい。

 その威力はすさまじく、厚さ一〇メートルはあろうかという鉄板を一瞬で貫通させた。

 目の前の光景に、栄児らは驚嘆の声を上げざる得ない。この時点で、栄児の中には言葉にしがたい、ある種の確信が生まれた。この装備なら、リヴスに勝利することができるかもしれない、と。

 だが使用上の注意として、バッテリーの残量が持って五分だということが伝えられた。これはまたヘビーデバイスの使用頻度によっても上下するそうなのだが、目安として覚えておくようにと、この部分は語気を強めて昭和から言いつけられた。

 最後に、何故栄児らのような若者が徴兵されたかという核心的な理由が昭和の口から語られた。

「原因はこの強化皮膜にある。こいつは、年齢によるミトコンドリアの活性具合に起因するんだ。強化皮膜はだいたい二〇歳を越える年齢では機能しない。というのも、回復が追いつかないと言った方が正しいい。それ以上、歳がいってしまうと人間離れした跳躍も一回蹴り出してしまえば、あとは使い物にならなくなってしまうのさ。ピンポイントで二〇歳ぐらいの兵隊をつかまえてきても、すぐに賞味期限が過ぎてしまうわけだ」

 要は、細胞の回復具合によって左右される、とのことだ。

 そして、一通りのレクチャーを受けて、今に至る。

(犠牲を強いられるのはいつの時代も若者だな)

 陽も落ち、暗がりの都市に重なるようにして、栄児の気分もやや陰鬱になった。

 それでも、誰かが戦わなければこの城は守れない。このアクアフロンティアと言う名の孤城を。

 栄児は、おもむろに都市上部のブラインドへ、届くはずのない手をかざし、僅かな光を遮ってみた。

 

 例えそれが、どんな犠牲を払っても、か――。

 

 これが、大人の考え方かと思うと、やるせない気持ちで胸がいっぱいになった。

       *

 それから彼らは毎日のように駐屯場に通い詰め、訓練の日々を送った。

 特殊武装による基本的な身体の使い方、ヘビーデバイスの扱いを徹底して叩き込まれ、バックアップバッテリーの交換タイミング等の反復練習の毎日だった。

 そして、一週間が経過した頃である。

 彼らは、今か今かと海の上でリヴスの群れを待っていた。

 栄児は海の上に揺れ立ちながら、招集時の昭和らとのやりとりを思い返す――。

 

「いいか、これが特装三課の初戦闘。そして今日は絶好の戦争日和だ。恵まれてるな、お前たち。南西からの追い風で、風力も安定してる。波も穏やかだ。視界が晴れていて、さぞ戦いやすいだろう。毎回こんなだといいんだけどな」

 警戒警報が鳴り響く中、駐屯場に集められた隊員の表情は引き締まる。

 そんな彼らとは対照的に、煙草をふかせ落ち着きを払った課長がそこにはいた。

「レーダーに映っている限りだと数に物を言わせるタイプのようだな。一体、一体の強さもそれほどではないだろうから、肩慣らしには丁度いいだろう。下手をこかなきゃ、まず劣勢になることもあるまい」

「作戦指示は?」と栄児が昭和に問うと、

「うーん、相手が相手だし好きにやっていいよ。つまり、台場、お前の戦場での指示次第ってことだ」

「俺の指示次第、ですか……」

「何だ、自信ないのか?」

「いえ、そんなことは!」

「頼むぜ、隊長さん」と鉄平が茶々を入れる。

「お前もな、余計なことはしてくれるなよ」

 紋匁が鉄平に釘を刺す。

「けっ、誰に物を言ってるんだか。お前こそ俺の足引っ張んなよ」

 鉄平がそう言うと、紋匁が勝ち誇るでもなく呟いた。

「剣の手合わせ、三十戦三十勝」

「うっ…………」

「私とお前、どちらがより多く敵を撃破できるか見物だな」

 紋匁が意地悪そうな笑みを浮かべた。

「紋匁さん、火を見るより明らか、という言葉がありますよ。でも、この場合は海を見るより、になるんですかね?」

 リィは当然のような顔をしてチクリと鉄平を突いた。

「お、お前、ちびすけぇ……」

 昭和は続ける。

「訓練でも教えた通り、その首に巻いたインカムで各自、状況を確認し合いながら戦え。どこの業界も大事なのは、報告、連絡、相談のホウレンソウだ。それだけわかっていれば社会に出ても通じる大人になれるだろうよ」

 と何だかわかったような、わからないようなことを言う昭和。栄児も伝え聞く〝智将〟と言われたような姿を、未だそこに見ることはできない。

「西堀、大丈夫か?」

「は、はい! 大丈夫です」

「お前の長距離射程は、前線の負担を軽くする。頑張れよ」

 そう言って、昭和は変に静かだった霞に声を掛けると、携帯灰皿に煙草を落とした。

 霞の表情は硬い。死との隣合わせ、当然だが初めての経験だったからだ。

「これは戦争だ。下手をすれば命を落とす。だがお前たちは、それを覚悟して臨むわけだ。だから無駄死にしないように決めておけ。自分自身が何のために戦っているのかをな。そうすれば、少しは気持ちの整理がつくだろうよ。まあ死なないに越したことはないし、俺もお前たちをみすみす死なせはしないよ。だから頑張って来い。お前らが自分自身で決めたことのために」

 そう言って彼は栄児らを見送ったのだが、

「台場」と、彼だけを呼び止めた。

「西堀のとこ、注意しとけ」

 栄児にしかわからないように、そっと言伝を告げた。

 

「西堀、注意か……」

(確かに彼女は、緊張で口数がいつもより少なかったが、それは初戦闘だし仕方のない部分もあるだろう)

 むしろ、緊張感のないコイツらの方が異常なんだけどな、と栄児は半ば隊の雰囲気に呆れた。

 昭和から言い渡された布陣は極めてオーソドックスな隊形である。

 先陣に紋匁と鉄平を配置、外壁と彼らの中間に栄児とリィのバディを組んで先陣の漏れを埋める。そして外壁から霞が標的を狙うという具合だ。

 戦いの時は近い――総員、高鳴る鼓動を押さえずにはいられない。

「こちら、栄児。みんな、用意はいいか?」

『こちら鉄平、いつでもかかって来いってんだ』

『こちら紋匁、問題ない』

『こちらリィ、同じく問題ありません』

『こ、こちら霞、大丈夫です。問題ありません』

『でもちょっと酔いそうだ、俺……』

『まったく、未熟者が……』

「よし、みんな落ち着いているな。訓練通りやれば問題ない。俺たちでこの防壁を死守するんだ」

『おうよ!』

『了解した』

『了解です』

『りょーかいです』

 と、声それぞれに足踏みが揃わない。

『あと四分で敵が先陣の視界に映るぞ』と、昭和からの一報が入った。

 霞はこの期に及んで、何か見落としているんじゃないかと落ち着かない。

「バッテリーの残量は大丈夫、ホルスターのバックアップバッテリーも問題ないよね。近接用の特殊タガーナイフもちゃんとある、あとは、あとは……」

『焦ることないぞ、西堀。いつも通りだ』

そう言って、栄児は霞を落ち着かせようと声を掛け、再度メンバーへの確認を行った。

『先陣はとにかく数を稼げ、傷を負わせる程度でも構わない。後方から、その余りものを叩いていくからそのつもりでいけ。そして西堀はその援護を頼んだぞ』

「了解です」

 霞は外壁部の射撃ポイントから、ヘビーデバイス仕様の対物ライフルを構える。

「先台は、二脚で安定させてあるから大丈夫。左手はストックに固定、肩を当てて銃身を不動にして頬をストックに当てる……」

 霞は、ぼそぼそと呟きながら今までのおさらいをして最後の点検を行う。コンクリートの隙間から生えた雑草の揺れから風向き、風力を計算に入れる。光学照準器のレンズに内蔵されている十字線で水平線を見定めた先には未だ何も見えない。

 照準器から目を離し、改めてその広大な海を見渡した。

 それは、どこまでも青くて、広くて、深遠で――同じ水でも都市の水路とは似ても似つかないものだったのだ。

「海、初めてちゃんと見るんだ、私。とても綺麗……」

「君、海は初めてかい?」

 と、お隣の狙撃ポイントで構える一般兵、二十代後半といった若者が霞に声をかけた。

「はい、外の世界はすごく広いんですね」

「そうだろ。アクアフロンティアに引き籠っていたら、まず見れない光景だよな」

 と若者は背後を親指で、ぐいぐいと指差した。

 海に映える日光が海藻のように揺れている。

 霞は、二度とない形を作っては消えるさざ波に、生まれた意味を

見出すようにして感動を重ねた。

「こんな綺麗な場所が戦場になるなんて信じられませんね」

「だが、それが現実だ。俺自身、仲間が死んでいくのを何人も見て来た。全て奴らに殺されたんだ。だから俺は奴らを絶対に許さない」

「……………」

「君は特殊部隊の人間なんだろう? 君たちには期待しているよ。この、先の見えない戦いを終わらせてくれるんじゃないか、とね」

「すいません。まだ私たちが特別な何かだ、なんて実感がないので、あの、私、その……」

「済まん、変なプレッシャーをかけてしまったようだね。でも期待しているのは本当だよ。お互い頑張ろう」

「はい!」

 と、言いながらも霞は、これからこんな煌びやかな海で戦闘が行われるなんて毛ほども想像することができない。そんな風にやや陶酔気味に慮っていたときである、

『来たぞ!』

 栄児の声で霞は現実に引き戻された。

 栄児はリィの重量級ヘビーデバイスを一回りサイズダウンさせたものである。

 リィの重量級兵器は言うなれば鉄の大砲を背負っているようなもので、彼女の背丈と同等の長さを誇り威力も相当

だが何分携帯しながら動き回るには不便なために所持する隊員はリ

ィだけであった。

 何故か彼女は軽々とそれを扱っている。一方で栄児は合理的な判

断で、自身の身の丈にあった武器をチョイスした。機動力を重視し

た結果だ。

たような武器でもって、海上で身構える。

 栄児の見据えたその先に、リヴスの大群が見えた。彼は、蠢く群れに一瞬気遅れしたが、気持ちを切り換えた。

 鉄平が減らず口を叩く。

『虫だな、ありゃ。アメンボにそっくりだ。あんなタイプもいるん

だな。俺はてっきり、魚介に模した奴らばっかりかと思ってたぜ。

ありゃ余裕だね』

「どうやらあっちも水面を移動するタイプらしい。晴海、抜かるなよ」と栄児が忠告すると、

『尻拭いは御免だぞ』と紋匁も呼応した。

『はああ。だからよー、お前ら、誰に物を言ってんだよー!』

 鉄平の覇気が戦闘開始の合図を告げた。

 次々に振って来るように襲いかかってくるリヴスに小回りの利くヘビーデバイス仕様のコンバットナイフ二刀流で応戦する鉄平と紋匁。

 敵の大きさは単体で三メートルといったとこだろうか。

 両者、順次、敵の細長い足を狙っては行動不能にさせて行く。リヴスはその度に金切り声を上げて海に沈んだ。

 リヴスは前足を鎌のようにして振り下ろし、彼らの体躯を狙う。

 鉄平や紋匁は身体を翻す度に、リヴスの攻撃を交わして斬りつけることを繰り返す。

「海だと余計に足場が悪いな。一振りに腰を入れようとすると中々に苦労する」

と紋匁が嘯く。

紋匁は、長髪を逆立てるように結っている。

 それ故に、普段あまり見えないうなじが、水しぶきが舞う度に艶やかに映えた。

 彼女は、跳躍でリヴスの攻撃を交わすと、ホルスターに差し込んであったバックアップをチャージバンドに差し替える。そして腰に差して置いたハンドガンタイプのヘビーデバイスをリヴスの顔面に向けて撃ち込んだ。

「今回はこっちの方が楽できそうだ。鉄平、コンバットナイフを使うより、ハンドガンを使え。数が稼げる」

「ああ? んなもん取り出してる余裕、こっちはねーっての! この数だぞ」

 ぐるりとアクアフロンティアを囲うリヴスは、その数一〇〇〇は下らないかもしれない。

 だが特装三課が守るのは三分割されたエリアの内の一つなので、全域を守る必要はない。

 加えて、一般兵も外壁からの狙撃、砲撃部隊として参戦しているために、その点に関しては若干助けられている面がある。

 それでも約三〇〇強の数を相手にするとなると、息切れも止むえないことだった。

 先陣と防壁の中間点では栄児とリィが跳ねる。前方の二人は数を稼ぐと言っても、スペース的に開けた陣を組まざる得ないので、必然的にリヴスの進軍に対応できず、漏れが発生してしまうのは致し方ないことだった。

 その漏れを栄児とリィがカバーする。

 リィは重量級を持ちながら戦っていることなど、微塵も感じさせない軽やかな動きで、次々と敵の頭部を吹き飛ばしている。

 まさに「容赦がない」と言った具合だ。ひとつひとつの動きに無駄がなく、まるで作業を淡々とこなす機械のようである。

 その光景を横目で見ながらに、

(こんな光景、どっかで見たような…………)

 瞬間的に栄児は思った。しかし、それを考えている余裕はない。

なにぶん栄児も実戦は初めてなので、やや不慣れな感じは否めないのだ。

「数が多すぎる。もう少し、前線で減らせないのか?」

『無茶言うぜ、この隊長さんは』

『そうだな、こっちはこれが限界だ。だがやれるとこまでやってみよう』

「ああ、頼んだ」

 そうして栄児が前線との連絡によって少し気を抜いたときだった。栄児の背後から前足を振り下ろそうとするリヴスが一体いたのだが、栄児はその存在に気付いていない。

 リヴスが前足を振り下ろす瞬間である。

 そのときになるまで、リヴスの存在を感知していなかった栄児を誰かが押し倒したのだ。

「リィ?」

栄児が声を発したときには、そのリヴスの頭部は吹き飛んでいた。

 霞による狙撃である。

「リィ、持ち場を離れるな! お前のスペースから奴らに入られるだろうが! 何でこっちへ来た!」

「守らないといけなかったから」

「守るべきは俺じゃない。お前が守るのは俺たちが背にするあの都市だろうが」

「でも栄児さんがやられていましたよ」

「俺はこの任務に就いたときから、自分の死を覚悟している。だから俺を守るなんて、あんな真似をするのは止めろ」

 リィは他に何を言うでもなく「りょーかい」とだけ告げると、さりげなく栄児に向かって、べーっ、と舌を出し、持場に戻っていった。

 戦闘に集中する栄児はそんなリィの仕草に目を遣れるほどのゆとりを持て余してはいない。

 そして後方の外壁部は、今の瞬間に開いたスペースからの侵入を許し、リヴスに接近されていた。

「対象を照準に捉えて打つ、打つ、打つ……」

 霞は照準器で敵に狙いを定めて、トリガーを引く動作を繰り返す。

 一度集中してしまえば、霞ほどの射撃の名手はいない。

 だが、精神状態が安定せず、状況の変化に弱いのが彼女の短所だった。

 前線は紋匁と鉄平(主に紋匁)の活躍で、だいぶ数が減っているのだが、接近されたリヴスの数は少なくとも四〇体はいる。

 霞は多すぎる標的に四苦八苦していると、隣の出っ張りの狙撃ポイントから、耳をつんざくような人の悲鳴が聞こえた。

 霞は、すぐさま照準器から目を離し、悲鳴が聞こえ方に視線を向けると、そこには外壁を這い上がって来たリヴスが、狙撃していた一般兵を今にも切り裂こうとしていたのだ。

 その一般兵とは先ほどまで霞と会話を交わした人物だった。

そしてそれは、霞の目の前で味気ない程にあっさりと四散し、一部は海に落下した。

「え?」

 つい先ほどまで隣の狙撃ポイントで共に戦っていた人間が、バターのように裂かれた現実に霞は言葉を失う。

「嘘……、なんでよ。だってさっきまで、一緒に頑張ろうって、そこで……。イヤだよ……、イヤ、来ないで……」

 リヴスは次の標的だと言わんばかりにギリギリと霞を睨みつけ、そして外壁を駆けて霞へと迫った。

 霞は近接用のタガーナイフを取り出して、かろうじてリヴスに向けるも、腰が抜けて立つことができない。

『西堀、どうした? 応答しろ、西堀!』

「リヴスが、め、目の前に……」

『何? 携帯している近接武器を使え。ダガーナイフで応戦するんだ!』

「ダ、ダメ、腰が抜けて……動けないんです」

 震える声から、霞の逼迫した状況がインカムを通じてメンバーに行き渡る。

『霞、こっちはもうあらかた片付いた! 今すぐそっちに向かうから待ってろ!』

 鉄平が息を切って叫ぶと、

『いや俺の方が近い! 晴海、お前はこのまま俺のスペースにシフトしろ! 西堀のとこには俺が行く!』

『晴海、栄児のスペースへシフトだ』と、昭和からも無線が入る。

『ちっ、わかったよ。隊長、絶対、間に合えよ! 霞を頼む』

 リヴスは、そんな人間側のやりとりなどお構いなしに霞の下へと急迫すると、すかさずその前足を振り上げた。

 死を予感させる恐怖――霞は涙を浮かべ悲鳴さえも上げることができない。

「だれか……たすけて…………」

『西堀ぃー!』

 全力で外壁を駆け上がる栄児。

 だが、無慈悲にもリヴスが振り下ろした足が止まることはなかった。

 

つづく


 
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