No.28410

Skylove 第5~7話

BlueGarudaさん

「俺は絶対に飛んでやる!あの大空を俺の力で・・・!」
ドライブは拳を天に突き上げ、心に強く誓ったのだった。
そんなドライブに従う一頭のドラゴン・ラグーン。
『食への欲求は本能だ。仕方あるまい』食欲(特に高級ジャーキー)に忠実で、心強いパートナー。
二人(+そのほか色んな人々)が織り成すコメディ&シリアスファンタジー。

2008-09-01 23:06:30 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:627   閲覧ユーザー数:597

第5話 食への欲求

 

「へぇー、こんなところあったんだー」

ラグーンとカシスは小さな池のほとりいにた。イグヌへの配達の仕事も終え、今から遅めの昼食だ。

『ルクレージュから離れておるのでな。この場所だったら誰にも迷惑がかからぬ。それに、ここには旨い葉が多くてな』

ラグーンは池の周囲をぐるりと見回した。

「いい加減町の人たちもラグーンの事認めてるんだし、こんなに遠い場所で食事しなくても良いんじゃない?」

ラグーンがやってきたばかりの頃、ドラゴンと言う存在は恐怖の的だった。

今でこそドラゴン本来の姿で町を行き来できるが、昔は森の奥深く、誰にも見られない場所限定でしかドラゴンに戻る事が許されなかったのだ。

『我の食事の音はうるさいしな。それに、一箇所で食事をするようでは、木を枯らしてしまう。様々な場所、広範囲でなければ森が持たぬ』

一箇所の木を食い尽くさないよう、ラグーンも気を使っているらしい。

「そっかぁ・・・」

『案ずることは無い。我にとっては当然の行為だ。むしろ、時が経ったとは言え、我を受け入れてくれたこの町に感謝しておるのだ。人間に蔑まされるのが当然だと思っておったのだから』

そう言ったラグーンの言葉に、カシスの胸が痛んだ。

ラグーンは人間の手によって撃ち落された経緯があるのだ。それがきっかけでドライブに会ったのだが・・・。

「それはラグーンが優しいからよ。皆それを知っているから・・・。皆、ラグーンの事を頼りにしているし、好いてるわ。ほら、学校の先生だって、参観日はラグーンご指名だったじゃない」

『参観日か・・・懐かしい響きだな』

笑っているのか、ラグーンの目が細くなる。

『さあ、昼食の時間にしよう。』

翼をたたみ、ラグーンは木のあるほうに歩き始めた。前足を木に掛け、口で枝を豪快に折った。

お気に入りの枝を手に入れると、カシスの傍にやってきた。

「じゃ、あたしもご飯食べようっと」

地面に座り、買ってきたサンドイッチを広げた。

ラグーンは早速食事を始めており、口の中に歯をたくさん詰め、美味しそうに食べている。

「ラグーンの分も買ってきたわ。高級ジャーキーには及ばないけど・・・」

カシスはジャーキーが大量に入った袋を取り出した。

『お・・・!すまぬな。後で戴くとしよう』

温かな日差しの下、二人は食事を始めた。

がさがさと、ラグーンが葉を食べる音が響く。

風が吹き、カシスのサンドイッチの包み紙がラグーンの足元に飛んでいってしまった。それを回収し、流れでラグーンの顔を見たカシスが首を傾げた。

「どうしたの?」

口に葉を詰めたまま、辺りを注意深く観察しているラグーン。

『いや・・・』

そうは言うが、ラグーンは何かを感じているようだった。のそりと立ち上がる。

『・・・少し気になることがあってな。カシス、ここで待ってもらっても?』

「うん、それはもちろんいいけど」

『すぐ戻る』

ラグーンは池の向こうに行ってしまった。森に入るにはドラゴンのままでは勝手が悪いのだろう。人化し、森に消えてしまった。

「どうしちゃったんだろう」

残されたカシスは、仕方なく一人で昼食を続けたのだった。

一方、ラグーンは森の中を探索するように歩いていた。

さっき昼食を取っている時、風の流れと共にやってきたもの。ラグーンはそれを察知していた。

間違いない。この近くに――――――

しかし、人の身では感知できるものも感知できない。ラグーンはうなり、森の中にスペースを探した。

「ここなら大丈夫でしょうか」

ようやくドラゴンが一頭座れるスペースを見つけ出した。その中心に立つと、ラグーンの体が発光し、ドラゴンの姿が現れた。

途端だった。

『!』

"探していたものの匂い"がラグーンを刺激した。

『やはり、間違っておらぬ!』

体を激しく木にぶつけながら、ラグーンは飛び出すように森を抜けた。

バシャッ!

川に足が派手に突っ込む。細い川にぶつかったところで、その匂いはさらに強くなる。

場所の特定をしようと、顔をめぐらせた時――――――

『む・・・?』

それはラグーンの腹のすぐ隣にいた。しりもちをつき、こちらを見上げている。

そして、その手には"匂い"の原因が。

『ドライブ?』

「ラ、ラグーン・・・?」

『何故おぬしがここに?』

顔を近づけ、ドライブの様子を窺っている。

「森を飛んでたらボードが落ちて・・・」

ラグーンが飛び出してきた衝撃が安心感を上回るのだろう。ドライブは呆けたようにそう言った。

『その枝、クルムの実だな?』

「え?・・・あ、ああ。途中で見つけたんだ。腹へってたから、枝を一本折って食べながら歩いてたんだけど。お前こそ、どうしてここに?もしかして――― 」

いち早く主人の危機を察し、探しに来てくれたのではないかと、一抹の期待がドライブによぎるが・・・

『配達の帰りにこの近くの池で食事を取っておったのだ。その時に、甘酸っぱい香りを感じてな。もしかして、クルムの実ではないかと探索していたのだが、間違いは無かったようだ』

と、ラグーンは嬉しそうに言い、口先で一粒実をつまんで食べた。

「俺じゃなくてこっちかよ・・・」

イラッとするドライブだが、この枝のおかげで捜索隊出動は免れたのだ。これ幸いと喜ぶほか無い。

ため息をつき、ラグーンに枝を差し出した。

『実だけ取って口の中に放り込んでくれぬか?』

と、ラグーンはドライブの危機も知らずに、のん気に口を開けている。

「・・・ったく」

ドライブは何粒かもぎ取り、口に放り込んだ。小さな実の味を堪能するように目を閉じて口を動かすラグーン。

『やはりこの実が一番美味いな』

ごくんと飲み込み、ドライブの手に残っている枝を凝視している。まだ実がたくさんついていた。

「・・・群生しているとこ、この辺りにあると思うけど。俺、その場所からここまで一時間くらい歩いたけど、そんなに遠くないと思う」

物欲しそうに枝を見ているラグーンにそう言う。

『ふむ。この辺りを捜索せねばなるまいな』

「まさかお前が飛び出てくるとは思わなかったよ。驚いて死ぬかと思った・・・」

ドライブは心境を語った。振り返ったと同時に巨体が飛び出してきたのだ。何が飛び出してきたのか分からなかったし、状況も理解できなかったのだ。

『いつまで腰を抜かしておる。早く背に乗るがいい。迷っておったのだろう?』

お見通しのラグーンに、ドライブはしぶしぶ背にまたがった。

森の上空に飛び出ると、自分がいた位置をすぐに把握できた。

どうやら、あの細い川を下っても町に着くことは出来なさそうだった。そもそも歩いていた方向は町への方向とは全然違っていた。

・・・危なかった・・・

ラグーンに会えて良かったと、ドライブは心底そう思った。

ラグーンは町の方角とは別へ飛んでいる。すぐに池が見えてきた。そのそばに見慣れた影が・・・

「げっ・・・!カシス!」

「ドライブ!?」

どこかに行ってしまったラグーンを心配に思っていたカシスだが、ドライブを連れて帰ってきた。どこから拾ってきたのかと驚いている。

ドライブはドライブで、なんとも格好悪い場面を見られたと恥ずかしい思いをしていた。

「ラグーン、もしかして、途中でどこかに行っちゃったのって、ドライブが近くにいるのが分かったから?」

『正確にはクルムの実の香りを感じて・・・だ。偶然ドライブがくっついておった』

「そのドライブはどうしてこんなところに?」

「そ、それは・・・」

まさか、遭難していましたなどと口が裂けても言えない。

口ごもっていると、ラグーンが先に口を開いた。

『ボードが落ち、町へ帰る途中だったそうだ。それが我と偶然出会わせたという事だ』

"遭難"というワードは出さず、ラグーンは言った。

「そうだったの?でも、良かったわね。森から町へ帰るなんて、すごく時間かかるから」

「あ、ああ・・・」

「もし、帰る方向もわからなかったら、こんな森でも遭難しちゃうし」

カシスの言葉がぐさりとドライブの胸を刺す。

「・・・お前こそどうしてここに?」

「ラグーンとデート中だったの。途中でラグーンどこか行っちゃうし」

『すまぬ。この件は後で埋め合わせさせて欲しい』

ラグーンが申し訳なさそうに頭を低くした。

「お前、クルムの実を食べたいが為にカシスを置き去りにしたのかよ・・・」

『食への欲求は本能だ。仕方あるまい。――― それにおぬしを見つけられたのだ。少しは我が嗅覚に感謝するがいい』

最後のほうは小さな声でラグーンは言った。どちらかというと、ラグーンは空気が読めるほうらしい。

「ねえ、夕方にも近いし、そろそろ町に帰らない?」

『うむ。そうした方がいいな・・・』

ラグーンが屈むと、カシスはドライブの後ろに乗った。

「カシス、落ちるなよ」

「それはこっちの台詞よ。気をつけてよね」

二人の体勢が整ったのを確認すると、ラグーンは翼を広げ、上昇を始めた。

ボードに乗って一人で空を楽しむのもいい。だが、ボードには無い、安心感のようなものをドライブは感じていた。

長年ラグーンの背に乗っていたのだ。体が落ち着くのは、この背中の上らしい。

「ねえ、ドライブ。そのエアウィング。なんだか新しくなってない?」

カシスがドライブが抱えているボードを指差している。

「ユンハカに壊されたからさ、修理してもらったんだ。色々いじったみたいだからテスト運転してたんだけど、バッテリー切れ起こしやがって・・・」

「それで森に不時着したの?」

おかしそうに言うカシスに、ドライブは不機嫌そうにうなずいた。

「また充電すれば良いじゃない。綺麗にしてもらったんだし、それに、博士の事だから何かすごい機能をつけてくれたんでしょ?」

「リンカーはつけてくれたみたいだけど、そのリンカーも電池切れだぞ?またどこか欠陥があるんじゃないかって、冷や冷やだよ、こっちは。・・・どんなシステム使ってんだよ、あれだけで落ちるなんて」

ボードをひっくり返し、パネルをこじ開けた。だが、四角い箱のようなものがはめ込まれ、道具無しには開けて見られない機密構造のようだ。

その箱になにか小さな文字で書かれてあった。途中から文字が削り取られて読み取れない。

修理前は"マキシマム"という製品名がでかでかと書かれていたはずだが。

「型番?・・・ヴェイ・・・なんだ?」

うまく発音できず、その文字を凝視していると、カシスに肩を叩かれた。

「降下するからつかまれって、ラグーンが」

視線を落とせば町が見えていた。さすがにラグーンの翼は速い。

町のすぐ外に着地地点を定めると、ラグーンは降下を始めた。背に乗っている二人を落とさないよう、慎重になっているのが伝わってくる。

ラグーンが翼を畳むと、二人は地面に足をつけた。

「有り難う、ラグーン。楽しかったわ」

「俺は全然楽しくなかったわ」

カシスの隣でまだ不機嫌そうにドライブが言う。

『うむ。また飛ぼうぞ。いつでも声を掛けるが良い』

「うん。じゃ、あたし用事あるからこれで。ドライブ、博士を責めたら駄目だからね」

そして、カシスは手を振り、町に中に消えてしまった。

『責めるなだそうだぞ』

「うるさいな!誰のせいで落ちたと思ってんだよ」

『そのボード、かなり綺麗になっておらぬか?新品同様だ。それにただの充電不足なのだろう?充電すればまた飛べる。少しは怒りを押さえ、ユンハカ殿に感謝するがいい』

「アイツを嫌ってるお前が言うなよ。さっさと人化しろよ。帰るぞ!」

飛ばないボードを抱え、ドライブが町の門をくぐる。

「・・・一日中イライラしてる人ですね、ほんとに」

姿を変えたラグーンは肩をすくめ、ドライブの後を追ったのだった。

 

 

次の日の朝。ドライブは早速ユンカースの家に向かっていた。

昨日、不時着したボードを携えて。

「心ばかりのお詫びは気に入ってくれたかい?私が贔屓にしている店の特製オードブルなんだけど」

ユンカースは第一声そう言った。

昨日、ドライブが帰宅すると、エルビアが大きなオードブルを持ってきたのだ。聞くと、ユンカースにお詫びの品だと渡されたのだという。

そこでピンと来たのだ。

「やっぱり、お前、俺が森に不時着したの分かってたんだな・・・!」

「いやいやいやいや。気付いたのは、最後の連絡があった大分後だ。悪かったよ、ドライブ」

笑いならが言うユンカース。

お詫びの品を持って行ったんだから許してねという意図がありありと汲み取れる。

「GPSでたまに位置を確認してたんだけど、時間経ってるのにほとんど移動していなかったから、まさかと思って」

「GPS?」

「飛行できなくても、GPS機能が動作するくらいの電気は十分残っているからね。それで確認したんだ」

腕を組んでユンカースは一人うなずいている。

「驚いたよー。もしかしてバッテリー切れのせいで立ち往生してるんじゃないかって思ったときは、ドライブ、森の真っ只中だったからね。これはやばいと思って、慌てて君の家にお詫びの品を持っていったんだ」

「その前に俺を助けに来いよ!!順番違うだろ!遭難するところだったんだぞ!」

「だからお詫びの品を送ったんじゃないか。大事な仕事があったんだ。手を離せなくてね。それに、派手にして救助隊でも送ったら、君は間違いなく怒るだろう?ドライブだったら、自力で戻ってこれるんじゃないかなーって思ってたし」

最もな話だ。

救助隊を送れば、余計な世話だと怒り心頭な様子は容易に推測できた。それに、実際戻ってこれたのだ。

自力ではないが。

「バッテリー交換しろ!大容量のやつ!」

話を方向転換させるように、ドライブはボードを突き出した。

「せっかく軽量化したのに?」

「だったら節電対策!限界までな」

その様子にため息をつくユンカース。

「ま、中途半端に仕上げてしまった私も悪いけどね・・・分かったよ」

しぶしぶボードの裏のパネルをはずした。

特殊な道具で中から箱のようなものを取り出し、作業台の上に置くと、ボードの中をミニライトで照らして点検を始めた。その作業の様子を見ていたドライブが、箱を手に取った。

「ユンハカ、パネルの中にあったこれだけど」

A4サイズほどの白い箱を掲げて見せた。

「ああ、メインシステムね。それがどうかしたかい?」

「文字かいてあるけど、どこのメーカー?ヴェイ・・・なんとか」

ドライブは文字が書いている場所をなぞった。その文字をじっと見つめるユンカース。

「・・・そうか・・・そうだったね」

心なしか低いトーンの声。

ユンカースは棚の中から同じ大きさの箱を取り出して見せた。

大きな文字で"マキシマム"と箱に書かれている。

「もともとこのボードには"マキシマム"と呼ばれるメインシステムが搭載されていたんだ。そのシステム名がそのままボードの製品名になったみたいだけど」

マキシマムと呼んだ箱を戻し、今度はドライブが持つ箱を取った。

「これは"ヴェイルフレイラ"。このボードの頭脳そのものだ。メーカーの名前じゃないよ」

「そうなの?初めて聞いた」

「それはそうだろうね。これが搭載されるのはこのボードで最初で最後だろうから」

ヴェイルフレイラと呼ぶ箱を置き、ユンカースはボードの中を探り始めた。

「・・・まさか、欠陥品で製品化できなかったとか・・・!?」

すると、ぴたりとユンカースの動きが止まった。

「ヴェイルフレイラは高度技術の塊だよ?欠陥はありえない」

再び手を進めるユンカース。

「ふーん・・・ヴェイルフレイラね・・・」

「そう。このボードはマキシマムなんて、どこにでもある名前じゃない。高度技術の粋、ヴェイルフレイラだよ」

ユンカースはボードから小さな何かを取り出し、他のものに付け替えると、ヴェイルフレイラ本体をボードに取り付けた。

「性能の悪いコンデンサーとか、その他もろもろの理由で電気の消費が悪かったらしいね。換えておいたから大分違うと思うよ」

パネルを閉じ、床に置いた。

「はい。もう飛べるよ。昨日充電しておいただろう?」

「一応な」

「少し飛んだらまた戻っておいで。今度はアビオニクス入れるから」

「何それ・・・」

「いわゆるブラックボックスってやつだよ。さ、行った行った!」

倉庫の扉を開け放ち、ユンカースは空を指差した。

「通信テストも兼ねよう。私の呼びかけに応えてくれよ」

返事もせず、ドライブは空に舞い上がった。

『ドライブ、聞こえるかい?』

すぐにリンカーからユンカースの声が聞こえた。

「・・・聞こえるよ」

『ならいい。乗ってまだ浅いと思うけど、何か要望とかある?要望に沿えるように努力するけど』

「じゃあ、早速なんだけどさ」

ドライブは足元にあるアクセルに視線を落とした。普通ならこの踏み具合を調節して速度を変えるのだ。

「リンカーで飛ぶんだったら、アクセルいらないんじゃ?間違って踏みそうなんだけど・・・」

リンカーを使用する限り、アクセルは必要ないものだ。

しかし、ユンカースは首を振った。

『何かの弾みでリンカーが壊れたり、落ちたらどうする?』

「え・・・?ボードを・・・操縦できない?」

『そう。だから、リンカーが壊れたり、リンカーが落ちてヴェイルフレイラへの指示が途絶えた時、システムは自動的にマニュアルモードに切り替わるよ』

「指示が途絶えるって・・・?」

訝しげに問うと、ユンカースのため息が聞こえた。

『操術士を目指すなら、リンカーの仕組みくらい覚えておかないとね、ドライブ』

最もな発言にドライブが気を害すと、ボードが急に加速した。怒りや恐怖など、気分が著しく不安定になった時、術の威力が増す事と同じように、このボードも加速するらしい。

気持ちを安定させ、ボードをコントロールさせなければならないのは術の扱いとまるで同じだ。

それに気付いたドライブは、気持ちを静めるように一つ深呼吸をした。予想通り、ボードの加速は弱まり、安定した走りを始めた。

『リンカーは君の意思を読み取り、それを解析して常にヴェイルフレイラに指示を送り続けているんだ。体からリンカーが外れると指示が途絶えてしまう。その状態が二秒以上続いた時、マニュアルモードに切り替わるようになってるんだよ』

「なるほど」

『その時はアクセルを使っていつものように飛べば良い。当然だけど、垂直上昇とかバックはできないから。アクセルの操作だけじゃそこまでの指示は出来なくてね』

「ふーん」

『それと、リンカーは手に持ってても動作はするけど、リンカーは必ず肌に密着させる事!特に耳の辺りなんかは意思とリンカーのアクセス状態が一番言い場所だと言われてるから、通常は耳につけるようにね。ああ、服のポケットなんかに入れて操縦しないように。薄い布でも、リンカーと体を隔てるものがあると雑音が入ってヴェイルフレイラに正しい指示がいかないから』

ユンカースの長い説明も耳には入ってくるが、どこか上の空でドライブは空を堪能している。

『それと!ボードとかマキシマムとか、そこら辺の俗物と一緒に括らないこと。それはヴェイルフレイラという正式名称があるんだからね』

「ヴェイルフレイラ・・・ね。オーケー、覚えた」

面倒そうに言い、ドライブは早々に地上に下りた。

「はい。じゃあ、頼むぞ。その・・・アビ・・・なんとかってやつ」

「頼まれるよ。夕方にはできるから。取りにおいで」

「ああ」

そして、ドライブはヴェイルフレイラを残して帰った。

それを手にしているユンカース。

「そうか・・・君だったのか・・・」

悲しいとも、嬉しいとも判断が付かない表情。その場に立ち尽くし、ヴェイルフレイラを見つめていたのだった。

第6話 得手勝手の代償

 

庭先で枯れた葉をちぎってはゴミ袋に入れ、綺麗な葉だけを残した枝を丁寧に並べているラグーンがいた。

明日の朝食の準備らしい。

「あ、ラグちゃんだ~」

「こんにちは、メル」

隣接する家とを隔てる低木の植え込みから、メルと呼ばれた小さな女の子が、一生懸命背を伸ばしてこちらを見ている。

「ねえ、お空を飛んで!」

「すみません、これから夕食の準備があって―――――― 」

「はい、これあげる」

メルはすかさずジャーキーを差し出した。

「街を一周しましょうか」

それを真顔で受け取るラグーン。

「お前にはドラゴンの威厳というものは無いのか」

いつの間に帰宅したのか、ヴェイルフレイラと大きな荷物を抱えたドライブが立っていた。

幼子から好物で買収されたラグーンを見て、ドライブが情けなさそうに言う。

「食欲には誰も勝てませんよ。これは生き物の本能ですから」

「さっき草食ってなかったか?」

ドライブがユンカースのところへ行く直前だ。ラグーンは食事だとかで森に出かけていたはずだが。

「こっちは別腹です」

ちゃっかり受け取ったジャーキーを振りながら当たり前のように言う。

クルムの実や、ジャーキーの件といい、ラグーンは食に関してはとても現金らしい。

「あら、ラグーンにドライブ」

家の中から出てきたのはメルの母親、シリアだ。ラグーンにせがむメルを抱き上げた。

「どうも~」

ラグーンが軽く頭を下げる。

「あれ、もう帰ってきてたの?」

シリアの登場に少し驚いたようにドライブが聞く。

「ええ、もうちょっと長く旅行したかったんだけど、イシスの仕事が急に入ってね。その埋め合わせにって、今からちょっと贅沢に食事なの」

シリアはいわゆるお隣さんで、ドライブと親しくしているのだ。

美人で知的で性格良しと、抜け目がない。シリアは数年前、近所に住むイシスと結婚したのだ。そのイシスもドライブの知り合いで、幼い頃は遊んでもらったり、勉強を教えてもらったりもしたのだった。

そんな二人は子供にも恵まれ、家と実家を行き来しているのだ。

「ごめんなさいね。この子がまたわがまま言っていたでしょう?」

「全然そんな事!良かったら一日こき使って!」

と、言ったのはドライブだ。ラグーンを嬉しそうに差し出している。

「ラグちゃんとお空を飛ぶの」

シリアの腕の中で、メルは空を指差す。

「今からお父さんと一緒にお食事でしょう?それに、ラグちゃんも忙しいの。困らせたら駄目よ」

「えぇー?」

「じゃあ、メル。今度一緒に空を飛びましょう。それまで、このジャーキーはメルが持っててください」

「・・・うん」

一度は貰ったジャーキーをメルの手に返した。頬を膨らませ、恨めしげな目で見上げるメル。

「じゃあ、二人ともまたね」

そして、二人は行ってしまった。

その姿が見えなくなるまで無言で目で追うドライブとラグーン。

「今から家族団欒なわけですね」

「何でイシスと一緒に・・・俺がもっと早くに生まれたら・・・なぁ・・・」

と、メルと手を繋いで遠ざかっていったシリアを見て残念そうにドライブはため息をついた。

シリアはドライブの憧れの女性像だった。憧れが淡い恋心に変わった頃、シリアは結婚してしまったのだが。

「イシスさんいい人じゃないですか。ドライブと違ってイケメンですし」

イシスがシリアと昔から仲良くしていたこともあり、いつ頃からかドライブはイシスを敵視していたのだ。

「それに、ドライブが早くに生まれていたとしても、シリアさんはイシスさんと一緒になっていますよ。運命とはそんなものです。誰にも捻じ曲げられません」

「いたいけな少年の夢を潰すな」

「痛い少年の痛い夢は夢であるうちに摘んでおくべきです」

「・・・誰が痛い少年だって?」

「あ!ドライブ!枝踏んでます!!」

ラグーンが声を上げてドライブの足元を指差している。

「また庭を葉っぱだらけにしやがって・・・」

「掃除しているのは僕です。それより、ボードは直して貰ったんですか?」

ドライブがヴェイルフレイラを指差している。

「多分な。ほら、ヴェイルフレイラ」

と、ラグーンに渡した。

「何ですって?」

うまく聞き取れなかったのか、ラグーンは困惑した表情で問う。

「ヴェイルフレイラ。このボードの新しい名前だってさ」

珍しく、ユンカースに言われた通りに名前を呼んでいる。

難しい名前だが、呼んでみると意外にかっこいいかもしれないと、ドライブはその名前を気に入ったらしい。

「ヴェイル・・・フレイラ・・・?」

何の事かさっぱり分からないラグーンは首を傾げている。

「高性能のシステム入ってるらしいから、乗って壊すなよ」

「残念ながら、僕には翼がありますから、飛び道具は無用です。・・・それにしても遅かったですね。もう夕方ですよ」

ドライブがユンカースのところに向かったのは昼過ぎだ。

「バッテリーの持ちを良くして貰ったついでに何か入れたいものがあるとかで、またこいつ預けてたんだよ。その間、町をふらついていただけだ」

「いいんですか?旅の準備しなくて」

ラグーンはドライブにヴェイルフレイラを返した。

それを受け取り、ドライブは真顔になってラグーンを見た。

「俺さ、できれば早いうちにここを出ようと思ってるんだけど」

「その方がいいでしょう。母殿の気が変わらないうちに」

ラグーンは再び葉の仕分け作業を始めた。ドライブが踏んでしまった葉をちぎってゴミ袋に入れている。

「お前はどうするんだ?」

「・・・どうと言いますと?」

「いや、だから、お前は着いてくるのかって事だよ」

ラグーンは手を止め、ドライブを見つめた。

「ここには母殿がいますし・・・。僕は町に残る事にします」

その答えにドライブは目を丸くした。

「・・・あ、そう」

ドライブはわざとらしく視線を逸らし、そのまま何も言わず玄関に向かう。その姿を同じように無言で視線で追うラグーン。

そして、ドライブは家に入った。

「――― 早いうちに出発・・・」

ラグーンは眉をひそめた。そのまま空を見上げ、地面を強く蹴った。

体がふわりと浮き、空に飛んだ。

翼で飛んだのではない、飛行術という術を使って飛んだのだ。修得が非常に難しい術の一つで、ラグーンが町中を移動する時はこの術を使用する事が多い。

いちいちドラゴンに戻るのは面倒らしい。

「間に合うでしょうか・・・」

不安そうにつぶやき、夕日に向かって飛んだのだった。

 

 

「ラグーン!」

次の日。

エルビアの頼まれもので、繁華街で買い物をしている途中だった。ラグーンは呼びかけられ、振り返った。

「ラグーン、ドライブの事なんだけど」

呼び止めたのはスポーツ用品店を営む主人だった。

「こんにちは。・・・ドライブがどうかしました?」

「ああ。昨日うちに来てさ、色々買ってもらったんだけど・・・」

どうやら、ドライブは昨日、ヴェイルフレイラを修理している間にこのスポーツ用品店で暇を潰していたらしい。

「キャンプにでも行くのかい、あいつ。小型ナイフとか寝袋とかテントとか買っていったけど」

もちろん、ラグーンはその理由を分かっている。

しかし、既にそんな準備をしていたとは・・・早めに出発するというのは嘘では無いのかもしれない。

「ええ、そうみたいですよ。慌てて準備しているみたいで・・・」

「それでなんだけどさ」

店主は言いにくそうにラグーンの顔を窺っている。

「代金後払いだって事で、金、貰ってないんだよ・・・」

と、衝撃の事実を伝えた。

それを聞くや否や、深いため息をつくラグーン。頭では拒否の信号が出ているにもかかわらず、手は財布を取り出していた。

「す、すまないな・・・!税込み四万二千クレジットきっかり!」

高額だが、財布の中にちゃんとあったようだ。ラグーンは落胆した表情で金を渡す。

「・・・ちょうどだな。――― 本当に悪いな、ラグーン。これからも頼むよ!」

用事を済ませると、そそくさと店主は店に戻ってしまった。

昨日、ヴェイルフレイラと一緒に抱えていた大きな荷物はテントや寝袋といった旅の必需品だったらしい。

旅に備えるのは感心するが、その支払いを後払いにするとは・・・。

ラグーンが支払ってくれると読み、ドライブは敢えてそうしたのだとラグーンは確信した。

「なんてあくどい・・・!!」

怒りを秘め、お買い得の卵パックを買うために歩き出したのだった。

そのドライブは、術の演習場にいた。

町に設置された術を訓練する特別な施設で、少し町から離れているが、大きな術を繰り出す事が出来るのだ。

「ふーん、じゃあ、本当に旅に出ちゃうんだ」

タオルで汗を丁寧に拭きながら、カシスはドライブに缶ジュースを渡した。そして、ベンチに座っているドライブの隣に身を落ち着けた。

「まあな。母さんの気が変わらないうちにって、慌てて準備してるところ。あれもこれも必要なんじゃないかって考え始めると止まらなくてさ。相当大きな荷物になりそうだって」

「ラグーンも一緒じゃないしね」

すると、どうしてその事を知っているんだと、ドライブがそんな目で見た。

「直接聞いたの。仕事があるからって言ってたと思うけど」

「別に、当てにしてないし。俺にはヴェイルフレイラがあるから移動には困らないよ」

本当に当てにしていないかどうかは定かではないが、金銭的にはかなり当てにしている事は間違いない。

「エレカーじゃないの?」

「エレカーなんて準備する金なんてないよ。免許だって取ってないし。・・・あー、免許取る暇も無いな・・・」

ドライブは空を仰ぎ、熱くなっている額に冷たい缶ジュースを押し付けた。

「それは大変ねぇ・・・」

「ところで、カシスはどうするんだ?なんだかんだ言って進路の事聞いてなかったけど」

すると、カシスは少し焦ったように首を振った。

「大した事ないもの。勉強を続けようと思ってるだけ」

「この町で?」

「う・・・それは・・・そうじゃないけど・・・。少し一人暮らしをして学んでみようかなとは思ってるけど」

しどろもどろになっているカシスの答えにドライブがくらいついてきた。

「へー!どこで?住所くらい教えろよな。押しかけるから」

「・・・う、うん・・・まだ住所覚えてないから、今は・・・。後でね」

「絶対だからな」

言い、ドライブは缶ジュースの蓋を開けて、一気に飲み干した。カシスは、手に持っている缶ジュースを慎重に口に運びつつ、ドライブの様子を窺っている。

・・・・・・良かった・・・あまり気にしてないみたい・・・

ドライブもマスターを目指しているとラグーンが言っていた。

そして、カシスもまたそのマスターを目指している。しかも、マスターとなるに一番近い学術院という場所で勉強するのだ。

それにどこか引け目を感じ、ドライブに全てを明かすことが出来なかったのだった。

「よっし!もう一汗かくか!いいよな、カシス」

ドライブは缶をゴミ箱に投げ捨てると、勢いよく立ち上がった。

「う、うん!」

いつもなら断っているところだが、カシスは返事をし慌てて立ちあがった。

そして、演習場のフィールドにドライブと距離を置いて立つ。すると、ドライブたちのほかに術の訓練をしていた術者達が休憩所に集まり始めた。

ドライブとカシスの二人を見守るように。

「俺と対等に渡り合えるのはカシスだけだからな。手加減するなよ」

「術に関してはドライブに負けたくないわ」

ダンッ!

地面を強く蹴り、最初に動いたのはドライブだった。見据えているカシスにまっすぐ突き進む。その手が赤い光に包まれ始めた。

カシスのすぐ前で振り上げたドライブの手から轟音と共に巨大な炎の塊が出現した。それを、勢いのままに地面に叩きつけると同時に、カシスの足元に赤い亀裂が走った!

「ジン・エクスプロード!!」

「発動までの時間が長すぎ。相手に手の内を見せてるのと同じよ!」

カシスの手が亀裂に触れるか触れないかで、その手の平から巨大な氷の柱が地面より突き出でた。

マグマでも噴出しそうな大地を静め、鋭い氷の支柱がドライブに向かって走る。

「そんなの当たり前だろ?相手に思い通りの術を使わせるための策なんだからな・・・!」

高く飛んだドライブは氷の支柱を蹴り・・・滑った。

「うおわっ!!!」

「ドライブ!!」

バランスを崩したドライブに、カシスが悲鳴を上げる。ドライブの体はバランスを崩したまま鋭い氷の谷へと落ち――― ようとしたところで、氷が一気に気化した。辺りに濃い霧が立ち込める。

「せ、正々堂々と戦いなさいよ!」

視界が悪い中、焦ったようにカシスが叫ぶ。

さっき滑ったのはわざとだったらしい。カシスがひるんだ隙に、ドライブは術を発動させ、氷を水蒸気に変えてしまったというわけだ。

「セイル・ウィンド!!」

カシスの風の術が霧を吹き飛ばす。同時に、半球型のシールドを展開した。

ガキンッ!!

硬い音が頭上に響き、カシスは見上げた。そこには、硬いシールドに叩きつけられた、ドライブの術が四散する場面が広がった。

硬い岩でもぶつけてきたのだろう。砕けた岩は埃と小さな石を撒き散らして崩れていく。

「・・・あたしこれでも女の子なのよ。ちょっとは手加減くらいしたっていいのに」

容赦ない攻撃に、カシスは眉をひそめた。

「こてんぱんにやられたいみたいね・・・それがお望みなら―――――― 」

カシスはシールドの術を解き、"空に舞い上がった"。

「エセ飛行術!!」

空に浮かぶカシスを見て、ドライブが喚くように言った。

「うるさいわね!これから修得するんだから!」

修得が非常に困難とされる飛行術。カシスは浮かぶ事だけしか出来ないらしい。

しかし、それでもどれだけすごい事か、ドライブの嫉妬の叫びが物語っている。

「散々攻撃してくれちゃって・・・覚悟なさい!!」

カシスは空に何かを掲げた。それは小さな石だった。

「術力強化版グランドスプリット!!」

「うわっ!卑怯!!」

カシスの手にある石が一瞬強い光を放つ。と、同時に、ドライブを中心に、大地が広範囲に光を放つ。

「ちょっ・・・まっ・・・!!!」

ドムッ!!

叫びむなしく、ドライブは粉塵に消えた。

「はぁ・・・はぁ・・・」

石を握り、カシスは深く息をしている。だが、油断していられない。

集中力が途切れば、地面へまっさかさまだ。それほどに、滞空する術というのは術力が要る。

ラグーンの特訓のおかげでここまで修得できたのだが、長い間、この次のステップに踏み込むことが出来ないでいたのだ。

「・・・・・・」

粉塵が大分治まったところで、カシスは地面に降り立った。その視線の向こう。棒立ちしている茶色いものがあった。

「か、カシス・・・」

土まみれで全身まっ茶色の、戦意喪失したドライブだった。

「戦闘において、一番効果的なのは相手を戦意喪失させること・・・だったわよね。どう?少しは反省した?」

「は、反省って、俺は何も悪いことしてないだろ!」

「卑怯な手を使ってあたしの気をそらしたじゃない。反省するには事足りる理由だわ」

カシスは当然のように言う。だが、それで納得のいくドライブではなかった。

「あれだって敵をひるませる立派な策だろ?引っかかったからって怒るのは筋違いだぜ」

「ドライブには誠意ってものが感じられないのよ。何もかもが卑怯に見えるわ」

「戦闘でいちいち誠意なんか見せてられるかよ。お前はひねてるからそう感じるんだ!」

「違うわよ。日ごろのドライブの行いのせいよ。たまには自分を省みてみたら?」

冷たく言われ、ドライブは唇を噛んだ。

そして、カシスのすぐ傍まで無言で歩いて来た。

「・・・何よ」

間近で見るドライブは、顔も土まみれだった。唯一色の違う目だけがやけに目立つ。

「お前も汚れろ!」

ドライブはカシスの頬にいきなり両手の平をなすりつけた!

「きゃあああっ!!」

カシスは驚いて後方に下がったが、ドライブは執拗に手を伸ばしてくる。

「誰のせいでこんなに汚れたと思って――― 」

「こ、来ないでーっ!!」

暴挙に出たドライブに、カシスは半ばパニック状態だ。

逃げようとするカシスを追おうと走り出すドライブ。

「待てっ!!」

汚れた手でカシスの腕をつかもうとした時だった。

『ドライブッ!!!』

怒号と共に、ドライブの頭上から大量の水が落ちてきた!

振ってきた水の圧力に耐えかね、ドライブは地面に手をつけた。

「ドライブ・・・?」

その様子を驚いた表情で見ているカシス。ドライブのすぐ目の前にいた彼女だが、誰かが展開したシールドのおかげで被害は全く無いらしい。

ドライブは水を滴らせたままゆっくりと立ち上がった。

大量に落ちてきた水はドライブの汚れを全て落とす事が出来ず、所々まだ髪や服にこびりついている。

この術が誰が放ったのかはわかっていた。

ドライブは鬼の形相で振り向いた。

「ラグーン・・・!!!!」

後ろに立っていたのはラグーンだった。腕を組み、冷たい目でドライブを見ている。

「一体何をやってるんです!女の子をいじめるなんて・・・男として最低の行為ですよ!」

ラグーンはドライブはカシスを追いかけているところを見ていたのだ。それでドライブに術をお見舞いしたらしい。

「お前が口出す事じゃないだろ!俺達の問題だ!」

「いや、何も問題になってないし!」

カシスが思わず突っ込む。

「俺が土まみれになったのが大問題なんだ!」

「それは勝負の中での出来事でしょう?負けたからって八つ当たりするなんてサイアクよ」

カシスは土で汚れた頬を触りながら言い返す。

「そんな理由で・・・!ドライブ!あなたって人は本当に成長しない人ですね。代金の事といい、どうして人を巻き込むんですか」

言うと、ドライブの表情が変わった。

「あ、もしかして、昨日の代金払ってくれたんだ?」

少し期待を込めた声で聞くと、ラグーンは難しい表情でうなずいた。

「わ、有り難う!」

「"有り難う"じゃないでしょう!ちゃんと返してもらいますからね。それと・・・、カシスにもちゃんと謝ってください!綺麗な顔がドライブのせいで汚れてしまってるじゃないですか」

「誰が綺麗な顔だって?」

すると、ラグーンはつかつかと歩き、ドライブの肩を力強くつかむと、無理やりカシスに向き直らせた。

「お、おい!」

ドライブの抵抗むなしく、ラグーンの強い力で頭が押さえつけられる。

「カシス、すみません。顔を汚してしまって」

と、ドライブに無理やり頭を押さえつけた状態で、ラグーンも頭を下げた。

「大丈夫だから・・・拭けば問題ないし・・・」

カシスは困惑した様子で答えた。

さ、さすがラグーンはドライブに容赦がないわ・・・おばさんより怖いかも・・・・・・

実は何度も見てきた光景だが、ラグーンはドライブの事となるとエルビア以上に厳しかったのだ。

こうされては、カシスも許すしかない。

ドライブは抵抗しているが、ラグーンの力が相当強いのだろう。もがくだけで逃れられない。

さすがに哀れに感じてくる。

「ラグーン、もういいから。本当に大した事ないし!」

ドライブも大きくうなずいた。

「ほら!カシスもそう言ってる事だし・・・!」

すると、押さえつけられていた力が急に弱まった。チャンスと、ドライブは顔を上げたが・・・

ガツンッ!!

「っ!!!」

ドライブの頭にラグーンの拳が炸裂した。

頭をさするドライブに、ラグーンの冷たい視線が注がれる。ラグーンが何を言いたいのか、その目を見るだけで分かる。

「ごめん・・・」

反抗する気も失せ、ドライブは肩を落としてカシスに謝った。

「あ・・・うん。・・・ドライブも大丈夫?服が汚れちゃって・・・」

「大丈夫ですよ。母殿に怒られるだけですから」

ニコニコ顔のラグーンとは対照的に憔悴した表情のドライブ。

土まみれにしてしまったのはやりすぎたかとカシスは内心後悔していた。

「カシスのせいじゃないですよ。ドライブの未熟な精神が招いた結果ですから。――― もっと鍛える必要があるようですね」

ラグーンの眼光が鋭く光る。ドライブは震え上がって首を振った。

「じゃあ、カシス。僕たちはこれで」

そして、ラグーンはドライブの首根っこをつかむように演習場を出て行ってしまった。

これからまたラグーンの説教が始まるのだろう。長い長い説教が。

昔、ドライブがカシスにいたずらをして泣かせてしまった時、ラグーンはドライブを一晩掛けて説教した事があった。

以降、長い説教は定番となっているのだが・・・

「後で高級ジャーキー持って行かなきゃ」

哀れなドライブを助けるべく、カシスはラグーンをなだめに行こうと、そうつぶやいたのだった。

第7話 そして、その日はやってきた

 

「ラグちゃん、そろそろいいんじゃないかしら?」

横でドライブを睨むラグーンにエルビアはそう言った。

ラグーンとエルビア、そして、対面しているドライブの三人はリビングで正座していた。

二人が帰宅してから既に二時間以上経過しているが、ずっとこの状態だ。

「いいえ。ドライブには反省が足りないんです。一体いつになったら成長するのか」

いつもなら反論するドライブも、今日は観念して黙っている。

ラグーンから事情を聞き、エルビアもドライブを説教する事となったのだが、エルビアでさえも許してやりたい気持ちが強くなっていた。

目の前のドライブはそれほどに疲れきっている様子だったのだ。

ピンポーン

呼び鈴が鳴り、エルビアは立ち上がった。

「ちょっと出るから。ラグちゃんそろそろ許してあげてね」

腕を組んで正座するラグーンとドライブを置き、エルビアは玄関に向かう。

「あら、カシスちゃん」

玄関のドアを開けるとカシスが立っていた。

「あの、ドライブとラグーンは・・・」

心配そうに尋ねる様子に、エルビアは少し苦笑してうなずいた。

「そ、お説教中よ。今回はラグちゃんがなかなか許してくれなくてね。延長戦というところかしら。さすがに私も疲れちゃって」

「いいですか?中に入っても」

もちろんエルビアは大歓迎だった。

カシスは"なだめ役"なのだ。

「こんにちは」

リビングのドアを開けると、案の定、二人は床に正座して沈黙していた。

ラグーンはカシスに気付いたが、ドライブは肩を落としてうつむいたままだ。

「カシス、大丈夫ですか?」

ラグーンは立ち上がり、カシスを按じた。カシスは笑顔でうなずいた。

「大した事ないもの。怪我したわけじゃないし。それより――― 」

カシスはバッグから袋を取り出した。

「ちょっとお散歩しない?ジャーキーも持ってきたし・・・この前の埋め合わせってことで」

「ですが、ドライブの事が・・・」

「いーから、いーから!行こう!」

ラグーンの腕を取り、引っ張っていくカシス。ラグーンが出て行ったところで、エルビアはリビングのドアを閉めた。

「ドライブ、大丈夫なの?」

エルビアが聞くと、ドライブは虚ろな目でうなずき、深いため息をついた。

「やることあるでしょう?さっさと準備なさい。だらだらしてると、旅の件は白紙にするわよ」

「うん」

ようやくここでドライブは声を出した。

エルビアにそんな事を言われるのは意外だったが、少なくともエルビアは旅をやめさせようとする意志はないようだ。

いつまでも落ち込んでいる暇は無い。ドライブは重い腰を上げると、自室に戻ったのだった。

家を出たラグーンとカシスは取り合えず中心街に向けて歩き始めた。ドライブが気になるラグーンは家の方を振り返っている。

「相変わらずラグーンは厳しいのね」

「あれほど怒っても、次の日にはけろっとしてますから。いいんですよ、あれくらいが」

とは言え、ドライブは数日間ラグーンを避ける傾向があるが。その期間は、ラグーンもドライブに文句を言われたり、嫌な事を押し付けられたりしない貴重な時間だったりする。

「あんな調子で大丈夫なんですかね、一人旅。僕は不安でしょうがないですよ」

「だったら着いて行けばいいのに。ラグーンも術のエキスパートなんだから、ドライブに色々教えたら?」

なんだかんだ言って心配性のラグーンに、カシスはおかしそうに言う。

「言ったって無駄です。今まで何度も教えても、全く聞く耳持たずですから。それに、ドライブは術のセンスはありますから、手助けはいらないでしょう」

「ラグーンの言う事聞いてたら、ドライブも飛行術修得できたかもなのにね」

飛行術を学びたいといってきたドライブとカシスに、ラグーンは一生懸命になって教えた。ところが、いつの間にかその対象はカシスだけになっていた。

カシスは努力のおかげで、空中浮遊程度はできるようになったのだ。

「僕はカシスだけにでも継承してもらえればいいんですよ。ちょっと女の子には酷かもしれませんが、修得すればとても便利ですから」

「期待に副えるよう、院で勉強するわ。―――――― それでね、ラグーン・・・」

カシスは少し困った表情を見せた。

「ドライブにはまだ言って無いの。・・・院に行く事」

声のトーンが少し落ちる。

せっかくの機会にカシスはドライブに院の事を言う事が出来なかった。自ら敢えてそうしたのだが、心に残る罪悪感のようなわだかまりに心を痛めていたのだ。

「僕からその事はさりげなく伝えますよ。大丈夫。カシスの気持ちをドライブだって理解できるでしょう。出来なかったら、僕が徹底的に指導しますから、安心してください」

言いながら、ラグーンは拳を硬く握った。

「有り難う。落ち着いたら二人をデルタに招待するから。待っててね」

「楽しみにしてます」

にこやかに答えるラグーン。

そう会話しているうちに、二人は町の中心部に来ていた。噴水のある公園を中心に様々な商店が軒を連ねている。

「やあ、お二人さん」

背後から声がかかり、カシスは振り返った。一方、ラグーンは前方を直視したまま振り返らない。

「こんにちは、博士」

二人に声を掛けたのはユンカースだった。いつもの汚い白衣はない。

「こんにちは、カシス。二人で買い物かい?」

と、ユンカースがラグーンに問うが、ラグーンは背を向けたまま何も答えなかった。

すると、ユンカースは、ラグーンの視界に入ろうと回り込んだ。と、同時に・・・

「ひぃぃっ!!」

ラグーンは悲鳴を上げ、カシスの後ろに逃げた。カシスを盾にし、怯えた表情でユンカースを見ている。

普段からあまりユンカースに近づきたくないラグーンなのだが、今回は様子が違っていた。

その拒否反応振りに、カシスは目を丸くしている。

「博士・・・もしかしてラグーンに何か嫌がらせをしたんですか?」

モンスター撃退のテストだと、ジャーキーでおびき出したドラゴンのラグーンを強烈な匂いのスプレーで鼻を刺激したり、電気ショックのテストでは、何も知らない無防備のラグーンに電流を流したりなどした事があった。

その度に、サンプルだとか言って、なんの断りもなくラグーンの皮膚に太い注射針を挿して血を抜いて去っていくのだ。

そんな経歴があるユンカースだが、カシスの言葉に悲しそうに首を振った。

「カシスまで・・・。私は動物に虐待したりしないよ。大丈夫、ラグ君。"約束"を果たすまで何もしないから」

ユンカースの満面の笑みに苦い顔のラグーン。

カシスはそんな二人を不思議そうに見比べている。

「では、私はこれで。ラグ君、夕方においで。例の物を渡すから」

そして、脅威は去っていった。

その姿が完全に見えなくなってから、ラグーンは息をついてカシスの背後から出てきた。

「博士に何かお願い事でもしたの?」

「ええ・・・ちょっと」

「珍しいー。・・・でも、どうしてあんなに避けたの?」

すると、ラグーンは厳しい表情のまま口を閉ざした。

「だ、大丈夫よ!博士優しいから解剖とかしたりしないって!さっき動物好きって言ってたし・・・その言葉に甘えて色々頼みごとしたらいいのよ。博士、喜んで引き受けてくれるわ」

慌ててフォローするのものの、ラグーンの様子は変わらない。

「・・・ちょっと落ち着こうか。夕方まで時間あるし・・・」

カシスは、ドライブに続き、ラグーンの面倒を見る羽目になってしまったのだった。

バッグからケータイを取り出し、時刻を確認する。と、メールが届いているのに気付いた。

その内容を確認し、カシスの表情がこわばった。

「カシス?」

呼びかけるラグーンに、カシスは曖昧に笑って見せた。

「アイスでも食べよ?美味しいお店が出来たんだよ」

言い、カシスはラグーンの腕を引っ張った。

 

 

カシスが訪ねて来てから二時間が経過していた。時は既に夕方。ドライブは自室で荷物の整理をしていた。

ピピピピピピッ!!

壊れて着信音量の調整が出来ないケータイがけたたましく鳴った。その音量に驚き、ドライブは慌てて着信を取った。

『ドライブ!』

カシスだった。少し急いているような口調だ。

『いつルクレージュを出発するの?』

「え・・・ああ、うん。あさってくらいには出発しようかなって」

昼間の事があり、カシスは怒っているものだと思っていたが、そんな雰囲気ではない様子に戸惑いつつ答える。

『だとしたら、西に向けて行くんでしょ?』

「そのつもりだけど?まあ、一応目的地をエンドレスのデルタにしておいて、そこで俺の術の程度を測ろうかと思ってるからさ」

すると、カシスのため息が聞こえてきた。

「・・・何か問題でもあるのか?」

『有りも大有りよ。今、大陸中部の国家争いが激化してるの知ってる?』

「うん、知ってる」

『それが戦争にまで発展しそうなんだって!しかも、数ヶ月中に!』

「げげっ!ウソだろ!?」

カシスは独自のニュースソースを持っている。一体どこから入手しているか定かではないが、その情報に狂いはなかった。

今回の件も、恐らく事実だろう。

「まずいな・・・」

『まずいわよ。ドライブ、危険だからやめたほうが――― 』

「カシス」

『なに?』

「母さんには絶対言うなよ」

と、ドライブは低い声で言った。

『え?』

「絶対に言うなよ!悪いけど、俺は絶対に行くからな。それに、その情報が本当なら、北か南の国に沿ってデルタを目指せばいい。問題ないさ」

『問題大有りで・・・!』

ブツッ

ドライブはケータイの着信を切った。

「大陸の中部か・・・エンガナとセレスタとの戦争って所か。たかが湖の領有化で戦争なんて起こすなよな」

エンガナ国とセレスタ国は、北と南に隣り合う国だ。その二つの国の国境に、大きな湖、アビシア湖があった。資源が豊富な湖で、長年、湖南のセレスタ国が管理してきたが、北のエンガナ国が湖の領有化を求めてきたのだ。

エンガナ国の隣には広大な砂漠地帯が広がっており、近年、特に水不足が深刻だった。そこで、湖の水を自国に引く措置を取った。

ところが、今度は湖の水が減る結果となったのだ。それで反発したのがセレスタ国だった。

そこから二つの国の争いが始まったのだ。

北は砂漠地帯が隣り合う水不足の国。南は豊かな水を抱える肥沃の国。

環境が対極する国はもともと仲が悪かった事もあり、ここ数年で治安が急激に悪化していた。

「術で水を作ればいいのに。それに、アビシア湖はセレスタが管理してきたんだからセレスタのもんだろ」

ドライブは分厚い地図を取り出して二つの国の位置を確認した。

「北回りで行くか・・・南回りで行くか・・・」

地図を凝視した。

北周りからデルタを目指すとなると、砂漠地帯や未開の地を通る事となる。南回りだと、エスタという国を通っていく事が出来る。

エスタ国とは、美しい海が絶景の観光地だ。

となれば、考えるまでもなかった。

「よし、南回り!」

そして、ケータイを見た。ぼろぼろのケータイだが、GPS機能はちゃんとある。

問題は、通話エリアがルクレージュのみと極端に限られるため、プランの変更は必須だった。メールとネット接続は基本的に場所は選ばないが、通話が出来ないのは痛い。

・・・・・・プラン変更するしかないか・・・

月額費用が極端に上がるが仕方がない。

「出費が痛い・・・」

旅に出る前に早くも資金が尽きそうな事態に、ドライブは深いため息を付いた。

地図をバッグに押し込みベッドに寝転がった。

「ドライブ」

ドアの向こうから呼びかけられ、ドライブは驚いて慌てて上半身を起こした。

「母さん?」

掃除以外はあまり部屋を訊ねてくる事のないエルビアがドアから顔を覗かせた。

「・・・準備は進んでいるようね」

部屋を覗き込み、床に散らばっている旅具一式を見てそう言った。

「ん・・・まぁ」

頭を掻いてドライブは短く答えた。

「買い込んだわね。全部持って行くつもり?」

折りたたみテントやら寝袋やら小型フライパンやら、とにかく持てるだけ持って行くつもりらしい。

「だって全部必要品だし。備えあれば憂いなしって言うし」

「荷物は小さくまとめた方がいいわよ。結局重いって捨てていくんだから」

エルビアは一際大きい寝袋を見た。

「分かってるけど・・・できるだけ出費は抑えたいから。野宿は必須だし」

すると、エルビアはドライブにカードを差し出した。

一体何かと、ドライブはエルビアを見上げる。

「有効に使いなさい。自己管理できないと駄目よ」

ドライブはそのカードを受け取った。そのカードを一目見て、ドライブの表情が変わった。

「ぎっ、銀行のカード!!」

「暗証番号は分かってるわよね。使うべき時に使いなさい」

そして、エルビアは部屋を出て行った。その後姿が何よりもかっこよく見えたドライブは、手を合わせて拝んだ。

「いやぁ・・・まさか・・・」

ドライブは財布にカードを差込みながら感嘆をもらした。

「豪遊できるなんて」

よからぬ考えが頭を支配しているドライブ。

「順風満帆ってのはこの事だよな~」

急に元気になったドライブは、うきうき気分で荷物をまとめ始めた。

順風満帆の旅が逆風に吹き荒れる大変なものになることも知らずに。

 

 

そして、出発の日はやってきた。

ヴェイルフレイラに乗り、調子を確かめているドライブ。その背には大きめのリュックがあった。

「ずいぶんダイエットしましたね、荷物」

その姿を見てラグーンが言った。

昨夜までは持ちきれないほどの量だったが、当日になって軽量化したのだ。

せっかく買った寝袋や簡易テントは置いていくらしい。

「これから夏だしさ。軽装でも良いかなって思って。何か必要になったら途中でそろえれば良いし」

――― それに、何より、俺には銀行カードという強力なサポートがあるんだからな・・・!

ドライブは心の中でほくそ笑んだ。

「本当に行っちゃうんだ。なんだかすごいね」

ラグーンの隣にいるカシスが感心した様に言う。

「まあな。こんなことできるのは今くらいしかないしさ。のんびりデルタを目指すよ」

「術の勉強も怠らないで下さいよ。道中、色んな危険が潜んでいますから、実践で鍛えてください」

「分かってるって。それが目的なんだから」

小言の多いラグーンに面倒そうな表情をした。

ドライブは一度は降りたヴェイルフレイラにもう一度乗った。リンカーを耳にセットする。

いよいよ出発だ。

すると、ラグーンはドライブに何かを差し出した。

一体なんだ?と、ドライブがラグーンを見る。

「僕からの餞別です」

四角いそれを渡した。

「え、これって―――――― 」

少し興奮した様子でその四角い物体の蓋を開けた。

「最新のケータイ!お前・・・」

ラグーンが渡したのは最新機種の携帯電話だった。科学を得意とするリディア大陸の影響もあり、ディオール大陸全土でも携帯の普及は急速だった。使い古された機種しか持っていなかったドライブにとって、高額な最新機種はお宝同然だ。

「時々連絡しますから、ちゃんと出てくださいね。ああ、それからそのケータイ、データカード入ってないので、古いケータイから差し替えてください。それ、すごいんですから失くさないように気をつけてくださいよ。ユンハカさんにちょっと"いじって"貰ったので、通信エリアは大陸と言わず、海の向こうも大丈夫だそうです」

一体どんないじり方をしたらそんな事が出来るのか分らないが、とりあえずすごい携帯らしい。

「それ、通話プラン変えなくて済むじゃん!お前みたいなドラゴンがいてくれて俺は嬉しいよ!サンキュッ!」

「あたしからはこれ。術強化に役立つでしょ?」

カシスは荒削りの石を渡した。手にしただけで分かる。術力強化の効果を持つ石だ。

「これ、お前が大事にしてた石だろ?」

見覚えのある石だった。キーホルダーにして、カシスが大事にしていたものだ。

そして、二日前、演習場で模擬戦闘をした際、カシスが術力増強に使った石だ。お守り代わりだと言っていたはずだが。

「旅には危険がつき物だしね。普通のお守りよりも、効果のある石の方がいいでしょう?失くさないでよ。大事なものなんだから」

ドライブはそれを遠慮なく受け取った。

「ドライブ!!」

玄関から慌ててやってきたのはエルビアだ。

「はい、これ。おなかが空いたら食べなさい。痛まないうちに食べるのよ」

可愛いハンカチに包まれた弁当を手渡した。

「・・・母さん、遠足じゃないんだけど」

「何言ってるの。旅なんて長期間な遠足じゃない。家に帰りつくまでが遠足なんだからね?気を抜いたら駄目よ」

「母殿、長期間な遠足は聞いた事ないです」

ラグーンが即座に突っ込む。

「ものは考えようよ、ラグちゃん。そういうわけだから、ドライブ、頑張りなさい。ちゃんと連絡するのよ」

「はぁ・・・分かってるよ、それくらい」

ドライブはこれ以上話を長くすまいと、ヴェイルフレイラのスイッチを入れた。

ドライブを乗せたヴェイルフレイラは音もなく浮いた。

「へえー!やっぱり博士はすごいのね。普通のボードならすごい音がするはずなんだけど」

歓声を上げるカシスに、少しドライブは得意げにうなずいた。

「ドライブ」

「ん?」

地面から少しずつ浮いていくドライブに、ラグーンが真顔で呼びかけた。

「僕はドライブに何かあっても駆けつけませんから、そこんとこ宜しくお願いします」

「ひでぇドラゴンだな、お前・・・」

「文句言ってないで早く行ってさっさと帰ってきなさい。ほらほら」

もしかして、数日で帰ってくるんじゃないかと勘違いしてるんじゃないだろうか?

エルビアの言動にそう思ってしまう。

もちろん、ドライブにはそんなつもりはないが。

「じゃ、俺行くから」

さらに上昇する。家の屋根まで上昇し、下を見ると、ラグーンたちが手を振っていた。

少し恥ずかしそうにドライブは手を振り返し――――――

フォンッ

風を切って出発した。

その姿を見送る三人。そして、姿が見えなくなると、エルビアが大きく伸びをした。

「あー、行っちゃったわねー」

「しばらくは静かになりますね」

「そうねえー・・・。あ!洗濯物干さなきゃ」

思い出したように言い、エルビアはそそくさと家に戻ってしまった。

「本当は寂しいんだろうね」

そんなエルビアを見て、カシスがそう言った。

「家の中で一番うるさかったのはドライブですしね。それにしても、本当に行っちゃいましたね。最初はただの思いつきだと思っていましたが」

「うん。ドライブにしては有言実行よね」

「僕はこれから毎日が日曜日になるわけですね・・・こき使われる事もなくて、自由気ままな時間を過ごせる・・・なんて素敵な事なんでしょう」

両手を絡ませ、ラグーンは心底嬉しそうに言う。

「ところで、ドライブに渡してたケータイだけど・・・」

「ええ、これですよね」

ラグーンはポケットから色違いの同機種を取り出して見せた。

「博士にいじってもらったって言ってたけど・・・もしかして、この前の頼み事って・・・」

ラグーンはうなずいた。

「僕のケータイは親機です。で、ドライブに渡したのは子機。実は、この二つのケータイは常にリンク状態にあって、GPS機能でドライブがどこにいて、どう進んでいったのかリアルタイムでわかるんですよ。しかも、リモート操作も可能で、僕のケータイからドライブのケータイのカメラ機能を動作させて、写真を送らせる事も可能なんです。盗聴も出来るんです」

「うわー・・・、ストーカーみたい・・・」

カシスは少し引いている。

「それくらいしないと、何かあった時困りますからね。不本意ながらユンハカさんに頼み込んで改造してもらったんです」

「ラグーンの頼みとあれば、ユンカース博士も断るわけにはいかないでしょうね。というか、絶対快諾するわね」

すると、ラグーンはげんなりとした表情で肩を落とした。

「――― 明日、早速生体実験です」

「・・・ドラゴンも大変ね」

同情するようにカシスはうなずいた。

 


 
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