【オレンジジュース】
なぁ・・・アンタは伝説とかって信じてる人・・・?
もしさ・・・!アンタの前に2人目が現れたら、どうする・・・?
王子でも、運命の人でもいいよ。
そんな男が・・・現れたら・・・
勢い良く玄関のドアを閉めすぎたせいか、また開いてしまったらしい。
部屋に入るなり母ちゃんの怒鳴り声が聞こえてきたけど、それどころじゃない。
―――なんでオレあんなこと聞いちゃったんだよ・・・マジありえねぇ!!
ポカーンとしてるあの人から逃げるようにまっすぐ家まで帰ってきちゃったし・・・
冬なのに何この汗。もうマジ最悪・・・!
どうしてオレがこんな目に合わなきゃなんねーの?
普通に女の子と遊んで、普通に成績キープして、普通に学園生活を楽しんで。
楽しくラクに。それがオレのモットーだったはずじゃん?
なんで柔道部で青春して、コンビニのバイト頑張って・・・
あの人の“親友”までやらなきゃいけねぇの?
マジハード過ぎ。それでも何とか涼しい顔して頑張ってきたのに・・・
もしかしたら今日、自分で壊しちゃったかもしんない。
頭を抱えながらベッドに倒れ込むと、固いマットレスのスプリングが嫌な音を立てた。
できれば今、「わー!」とか叫びたい気分。
―――自覚、しちゃった。
ここんとこずっと意識しないようにしてた事。
どうして好きでもなかった柔道を頑張れてんのか。
ダセェと思ってたコンビニのバイトを続けられてんのか。
あの人が、側で笑ってくれてたからだ。
本当はずっと前から気付いてたけど、わざとその想いを閉じ込めた。
仲の良かった先輩が“親友”になっただけ。
何も変わらない。そのはずだった。
―――腕、組んじゃおうか?ココだけのヒ・ミ・ツ♪
あの人がからかうようにオレの腕を握ってきたから、軽い気持ちでそう言ったんだ。
いつもみたいにもうっ!とか言って欲しかっただけなのに、あの人は・・・
照れくさそうに微笑んだ後、そうだね?なんて・・・
その瞬間、オレの体は全部が心臓になったみたいに脈打った。
イタズラにオレの腕にしがみ付いて、甘えるような声を出して。
寒い空気の中、じんわりと2人の体温が溶け込んでくみたいに
あまりにも自然にオレの心ん中にあの人が入ってきた。
無理だった。これ以上は。
それでもオレは明日からも親友の顔してアンタの前に立たなきゃいけない。
でも、今日のことであの人がオレの気持ちに気付いちゃってたら・・・?
―――怖い。どうしようもなく。
・
・
・
うん、心配して損した。
彼女はいつもと何も変わらない表情でオレの前に現れた。
ホッとしたようなちょっとガックリきたような・・・複雑だけど、バレるよりはずっといい。
オレの中にあるドロッドロの黒い部分をアンタに知られちゃうのは、・・・もう少し先でいい。
「ちょりーっす!今日も可愛いね美奈子さん♪」
「そう?やっぱり?わかってる!」
得意そうに“えっへん”とか・・・
えっへんてなに!古! 素直にそうツッこむと、彼女はちょっと口を膨らました後、笑った。
彼女のこんな笑顔が見れるならこのポジションも悪くない。
だって、好きなヤツの前ではそんな風に無防備に笑えたりしないだろ?多分。
この人のことだからきっと緊張とかしちゃって、変な笑い顔とかになっちゃったりしてるはず。
それを容易に想像できたオレは、思わず彼女を見ながら吹き出してしまった。
「あっ!何よー!」
「んーん、別に。アンタが古いこと言うからさ、年の差感じちゃってたの!」
「何だとコラー!上等だー!」
どこかで聞いたことのある、その言い回し。
オレは一瞬眉が吊り上ったけど、それを何とか抑えた。
でもすぐに、オレの頭の中で再生された声が後ろから響いてきたから
オレも美奈子さんも同時に体を跳ねさせた。
「オイ美奈子。」
低くて、男らしくて、しっかりした声。
振り向くと、鬼みたいな顔してるくせに、彼女の前でだけ妙に柔らかくなる1個上の先輩が居た。
美奈子さんを見ると、やっぱりちょっと可笑しな顔になってる。
また笑いそうになったけど、できるだけそれを我慢して彼女に囁いた。
「ほら、行きなよ!デートのお誘いかもよ?」
「うっ・・・うん!!」
彼女は小走りで駆け出すと、背の高いその先輩の元に歩み寄った。
ジロジロ見るのも何だし・・・てか見たくないし、さっさとその場から退散。
廊下を曲がる時一瞬だけ振り向くと、彼女の頭の上に当たり前のように彼の手が乗ってた。
何か、まるで最初からそこにあったみたいに。
ぐしゃぐしゃとキレイな髪を撫でられてる美奈子さんは、くすぐったそうに笑ってる。
心配して、損した。
ちゃんと・・・笑えてんじゃん。
・
・
・
彼女のあの眩しすぎる笑顔が、日に日に曇っていくことに気付いたのは
それから数日後のことだった。
期末テストが終わって、柔道部の練習試合も終わって。
週末にはクリスマスを控えた月曜の放課後、下駄箱で彼女に出くわした。
「よぉ、アンタも今帰り?」
「あ、ニーナ・・・うん。」
「一緒に帰ろ!オレに話したいこと、あるはずだぜ?」
「・・・ニーナの目はごまかせないか。」
力なくそう笑うと、またその顔はすぐに曇る。
練習試合までは鬼の主将の元にいたせいもあってか、それなりに頑張ってたみたいだけど
その試合が終わった途端、魂が抜けちゃったみたいになったこの人をオレは見逃さなかった。
いつも相談事につき合わされてる喫茶店にオレ達は足を運んだ。
予想通り、いやそれ以上に彼女は落ち込んでるみたいだ。
2分に1回くらい、深~い重た~いため息を吐いたかと思えば、何かをぶつぶつと呟く。
とりあえず明るい話題から入ろうと思って話してるオレの声に半分しか耳を傾けてない。
「アナスタシアの新作クリスマスケーキ!今年はアンタの好きなチョコだって!」
「うん、そうだね~・・・」
「今月の頭に公開された映画、マジパネェらしいよ!今度見に行く?」
「うん、そうだね~・・・」
「あ、昨日の試合、嵐さん絶好調じゃなかった?投げまくってたよなー?」
「うん、そうだね~・・・」
「琥一さんとケンカでもしちゃった?」
「うん、そ・・・・・・・・・・・」
彼女はハッ!と我に返ったのか、手に持っていたコーヒーカップをがちゃりとテーブルに落とした。
幸い、コーヒーは冷めてたみたいだし、テーブルに転がったカップも割れてないみたいだ。
その代わり、彼女の上には濃い目のブラックコーヒーがキッチリと撒き散らされていた。
「ちょ、拭いて拭いて!!」
「ごっごめ・・・」
彼女は咳を切ったかのように、涙をボロボロとこぼしはじめた。
“やっぱりこうなるか”って気持ちがあったせいか、それ程オレはおろおろせずに
店員さんを呼んで新しいおしぼりを持ってきてもらって、ベタベタになってる彼女の手を拭いてあげた。
鼻をすすりながら、彼女はオレにされるがままになり、それでもまだ目には涙を溜めている。
「アンタらしくねーな。そこまで溜め込むくらいならさ、発散した方がラクだぜ?」
「ううっ・・・」
「ほーら、服は自分で拭いてよ?」
「ニーナくん・・・拭いてくだしゃい・・・」
「甘えてもダメ!しっかりしてよマジで~~!」
美奈子さんは泣きながらチェッて舌打ちした後、だるそうに制服についたコーヒーのシミを拭き始めた。
オレはやっと安堵して席に戻ると、その様子を見つめながら聞いてみた。
「何があったの?アンタがそこまで追いつめられるなんてさ。」
「・・・・・・」
「琥一さんのことだろ?言っちゃいなよ、ラクになるぜ?」
「うん・・・」
彼女は制服を拭いていたおしぼりで、ぐしゃぐしゃに濡れた顔をゴシゴシと拭いた。
え・・・?オヤジ・・・?てか汚くね?
まぁいいや、とりあえず彼女からゆっくりと吐き出された言葉に耳を傾けた。
「え・・・?終わり?」
「うん。それでケンカしたの・・・。」
あの寡黙な琥一さんと、天真爛漫な美奈子さん、その2人のケンカ。
心配もしたけど、どんなケンカしたんだろうって興味もあった。
でも彼女が語った内容はと言えば・・・
先々週の日曜2人でショッピングモールに出かけて、
美奈子さんがフードコートの列に一緒に並ぼうって言ったら
琥一さんが照れちゃって、それをからかったら今度はキレちゃって?
・・・痴話ゲンカ?バカップルかよ。
「それだけじゃないんだよ!その後ね、さっき言ってた映画、観に行ったの!」
「ああ、“抱擁の季節”?どうだった?」
「すっっっごく良かったの!それなのに・・・!」
「あ~~~、あの人嫌いそうだね?」
「そうみたいなの・・・“クソツマンネー”とか言って・・・!その後勝手に帰っちゃったんだよ~!?」
そう言うなり美奈子さんの顔は、般若みたいな恐ろしい顔に変わった。
まぁ確かにちょっとヒデェのかもな・・・女の子を置いて帰っちゃうなんて。
「それで?その後、琥一さんからのフォローはなし?」
「一応その後、“悪かった”って、電話がかかってきたけど・・・」
「フォローがあったなら別にいいんじゃね?それとも、そんなに怒ってんの?」
「ううん!怒っては無いんだけど、あれから何となく気まずくなっちゃって・・・」
美奈子さんは今日一番の重苦しいため息を吐いて、まだ若干ベタベタしてるテーブルにうな垂れた。
窓の外に見える商店街のクリスマス用の飾り付けを見ながら、また鼻をすすってる。
内容が内容だけに、微妙な問題だ。
多分2人はお互いに怒ってるわけでもないし、ただなんとなくキッカケがつかめないだけなんだろうけど。
つい余計なこと言っちゃう天然美奈子さんと、寡黙なくせにキレやすい琥一さん。
“仲直り”は普通の人が思ってるよりは意外と難しいのかも。
「ねぇ!!!」
そんなことを頭の中で考えていたら目の前の彼女の急に出した大声にビックリしてしまった。
「わ!何!」
「“抱擁の季節”、観に行かない?」
「これから?オレは別にいいけど?」
「ほんと?じゃあもう1回確かめてやる・・・!クソツマンネーのかどうか・・・!」
美奈子さんの後ろに、炎が見えたような気がした。
ま、いっか。さっきよりは元気そうだし。
こういうマイナスな気分を器用にプラスに変えちゃうとこは、彼女のイイ所だ。
ただ今回はそのきっかけが忙しさも合わさって、中々見つからなかっただけなんだろう。
映画でも観て、甘~いスウィーツでも食って、最後にカラオケでも歌っちゃえば
きっといつものあの眩しい笑顔の美奈子さんに戻るはずだ、きっと。
・
・
・
「うっ・・・ううっ・・・ニーナ・・・ハンカチかして・・・」
「ううっ・・・自分の・・・使ってください・・・」
エンドロールが終わって、閉館の放送が流れた後もオレ達は席から動けなかった。
何この映画マジパネェ・・・!最高じゃん・・・!
辛い恋を繰り返した過去から、恋愛に対して臆病になる男女のラブロマンス。
2人とも自分に自信が持てずに何度もすれ違ってしまうけど、運命には逆らえない。
幾多の困難を乗り越えた末に2人が結ばれるシーンは、涙無しでは見ることなんてできない。絶対。
情けなくも涙を垂れ流すオレを見ながら、美奈子さんはなぜか得意気になっている。
「ね?ね?良かったでしょ?」
「ちょ~~良かった!オレ、パンフレット貰ってくる・・・」
「あ、私もっ!3枚くらい貰ってきて!」
「一緒に行くの!もうそろそろここ出ないと!」
「ちぇー!は~い。」
美奈子さんはまだ座ったままオレを見上げて、「引っぱって」と手を伸ばす。
年上なのに、彼女は時々年の離れた妹みたいな感じで甘えてくる。
それって多分、典型的なお兄ちゃん気性のあの人と一緒にいるせいでもあるんだろうな。
そういう風に考えてしまってからは、オレはあえてこの人を甘やかさないようにしてる。
「はいはい。さっさと立ち上がる。」
「ニーナのいじわるー!今日くらい優しくしてくれてもいいのにっ。」
「オレはいつでも優しいです。底抜けレベルでしょ。」
「そうかなー?最近厳しいよニーナは!」
口を膨らませた後、だるそうに立ち上がるとピンクのポンポンがついたマフラーを首に巻きつけた。
それで真っ赤になってる鼻を覆い、鞄をブラブラと振りながら歩いてるその姿は
まるでホントの子供みたいに見えた。
映画館から外に出ると、さっきよりも風が冷たくなってるような気がした。
美奈子さんはガッチガチに固まってしまい、なぜか手と足が一緒に出てる。ロボット?
「寒い・・・」
「寒いねー!これからどうする?何か食べに行く?」
「んー・・・」
「あれ?何か微妙な感じ?もう帰る?」
「どうしよっかな~~・・・」
オレはいくらでも付き合うぜ?そう明るく言ってあげると
美奈子さんは真っ白な息を吐きながら、ありがとうと呟いて、オレの頬を手袋をつけた手で撫でた。
「・・・何?」
「鼻、赤いよ?」
「そりゃー寒いし?さっきの映画でバカみたいに泣いちゃったし?」
「ふふっ。ニーナかわいい♪」
「ちょ・・・!あーもう!あっち向け!先輩!」
真っ赤になってしまったらしいオレをここぞとばかり美奈子さんはからかいまくる。
つい数時間前までボロボロ涙を流してたくせに、小悪魔みたいな悪い顔で、オレを羽交い絞めにする。
そんな色気のない抱きつき方をされるだけで、オレが胸を高鳴らせちゃうなんて微塵も思わないんだろう。
それでも、彼女に笑顔が戻ってきたオレは嬉しくて、彼女の肩に腕を回した。
「今日は何もかも忘れて、とことん遊んじゃおうぜ!」・・・本当にそんな気分だった。
そして彼女が「押忍!」と、浮かれた声を上げた、その瞬間だった。
「あれ?美奈子ちゃんじゃん。」
後ろから聞こえてきたのはバイクの音と、例の彼に近い存在の男の声。
振り向くと、オレ達に声をかけた人の後ろに殺気立った巨人の男が座っていた。
彼を見た途端、後ろめたい事は何もないはずなのに、美奈子さんは急にオロオロし始めた。
「琉夏くん!・・・と、コウちゃん!ど、どうしたの?バイトは?」
「ん?今日は2人とも休み。お前は?もしかして、デート?」
「ちっ、違うよ!!」
少し意地悪そうに微笑みながらオレ達2人を見るのは、美奈子さんの想い人の弟、琉夏さんだ。
この状況を知ってか知らずか、妙に危なげな質問ばかりを繰り返す。
「ふーん。あ、この映画観てきたんだ?コウも観たって言ってなかった?」
「・・・・・・」
「あ、うん!コウちゃんとも観に行ったよ?でももう1回観たくなっちゃって!!」
「ふ~ん・・・」
相変わらずニヤニヤと笑う琉夏さんの後ろで、琥一さんの殺気はますます膨れ上がる。
いくら鈍くて天然の美奈子さんでも、さすがに気付いてるだろう。てかマジ怖い。やめて。
「今から帰るの?それともデートの続き?」
「や、もう帰るよ!ね、ニーナ?」
「はい!もちろんっスよ。帰りま~す・・・」
「そっか。なぁコウ、美奈子ちゃん、送ってってやれよ。」
琥一さんは一瞬オレを睨みつけた後、低くてドスの聞いた声で言い放った。
「知るか、関係ねぇ。」
大きな体を乗り出したかと思えば、オレ達にひらひらと手を振る琉夏さんを掴み、後ろに乗せかえた。
バイクのエンジンをふかすと、そのまま結構なスピードを出しながら走り去って行った。
恐る恐る彼女の方に振り向くと・・・やっぱり。
美奈子さんは彼らの後姿を見ながらボロボロと涙を流し、その場に座りこんでしまった。
「あ~・・・ねっ、琥一さんのアレはヤキモチでしょ!絶対!」
「ううっ・・・でも、かんけい・・・ないって・・・」
「そんな訳ないじゃ~ん!見たでしょアレ?すっげぇ怒ってたじゃん!オレに!」
「違うよ絶対・・・私に怒ってたんだよ・・・」
―――どっちにしてもアンタを好きってことに変わりはないと思うけど?
そう言ってやりたいけど、言えない。
アンタをずっと天然でいさせたいオレには、どうしても言えない。
できるだけ明るい声で彼女を励ます。親友を演じる為に。
「ほら立って!とりあえず今日は帰ろ!」
「ううっ・・・・・・」
美奈子さんの手を握ると、それを引きながら彼女の家までの道を歩いた。
こんなに寒いのに、彼女の手はすげぇあったくて、それが余計に切なくて。
親友になるハメになったあの玄関先まで、オレは一度も振り向かずに
でも出来るだけ明るい声で喋りながら、彼女を送り届けた。
「大丈夫?家に入ったら顔と、あと制服も洗いなよ?コーヒーのシミ、まだ落ちきってないし。」
「うん・・・ありがとう・・・今日はごめんね?ニーナ・・・」
「そんな事気にすんなって!先輩達に振り回されるの、オレ慣れてるからさ。」
数日前、彼の手が乗ってた場所に自分のそれを添えると、ぐしゃぐしゃと撫でてみる。
彼女はあの時みたいにくすぐったそうに笑ってはくれないけど、少しだけ目尻を下げた。
アンタを泣かせるあの人が憎い。
アンタにここまで想われてるあの人なんて、消えてしまえばいい。
頭に置いた手を、頬に、唇になぞらせて・・・このまま奪ってしまいたい。
「・・・んじゃ、オレ帰るね!」
オレはまた、逃げるようにそこから立ち去った。
それしか脳が無いんだ。
12月23日、天皇誕生日、祝日。
オレは苦手なはずのジェットコースターに4回も乗るハメになった。
今にも吐きそうなオレの横で、数日前涙を流してたしおらしい女が、ギャーギャー叫んでる。
やっと開放されたかと思いきや、美奈子さんはオレの手を力いっぱい引いてずんずんと歩く。
「くはー!やっぱジェットコースター最高~!!」
「よ・・・良かったね・・・」
「よし!もう1回乗ろう!行くぞニーナ!」
「もう無理~~」
オレの心の底から出たギブアップ宣言にも全く耳を貸さず、列に並ぶ。
どうやらオレは今日、1度にジェットコースターに乗った最高記録を塗り替えてしまうようだ。
そこからの数時間の記憶は、あんまり無い。
「あーっ!今日は目いっぱい遊んだねー?」
「うん。アンタはしゃぎすぎ。疲れたんじゃね?」
「まぁねっ!でも楽しかったー!」
夕暮れ時、最後にセレクトした観覧車の中で、美奈子さんは思いっきり背伸びをした。
外の景色に目を移しながら、楽しそうに足をブラブラさせて。
遊びに行こうと提案したオレも、ここまで元気になってもらえたら本望だ。
「なぁ、ちょっとは元気出た?」
「・・・うん。ホントにありがと、ニーナ。」
オレンジ色の夕陽よりも、その下に広がる海よりもキラキラした笑顔で、美奈子さんはオレをまっすぐに見つめた。
思わず目を逸らした瞬間、観覧車はてっぺんに着いたみたいで、彼女はそこから見えるはばたき市の景色へと興味を移した。
オレが吐いた少しホッとしたようなため息には、気付かれなかったみたいだ。
・
・
・
「ねぇ、ニーナの家って次のバス停で降りたら近いんだよね?」
帰りのバスの中、隣に座ってる彼女が思い出したような声で問いかけた。
「うん、そうだよ?なんで?」
「この間の映画のパンフ、貰ってたよね?」
「あー、うん。そういや、アンタの分も預かってた気がする。」
「やっぱり!ね、今からそれ取りに行ってもいい?」
「えっ!!や・・・うんまぁ、取りに来るだけなら。」
「ホント?やった!」
美奈子さんは手で小さくガッツポーズを作ると、“次で降りますボタン”を押した。
何がそんなに嬉しいんだかわかんないけど、こっちはハッキリ言って微妙だ。
曲がりなりにも好きな子を、家に招待するんだから。
純粋に片思いしてる子ならともかく、親友ってレッテルを貼られた先輩。
―――失敗する訳にはいかない。玄関先でパンフを渡して、速攻帰らせよう。
・・・そう思っていたのに。
なんでオレの部屋に彼女がいるんだろう。
しかも毎日オレがこの人の事を考えながら眠ってるベッドの上で横たわり
スヤスヤと穏やかな寝息を立てて。・・・最悪だ。
玄関先で母ちゃんと出くわしてしまって、あれよあれよと言う間にこうなってた。
テンションの高いあの人に言われるがまま靴を脱ぎ、お茶を出され、オレの部屋に誘導される。
ボケッとしてる美奈子さんを流れに乗せるのは簡単だったろうな。
そんで自分は買い物があるからとそそくさと出かけてしまった。
うら若い男女を家に、しかも息子の部屋に2人っきりで置き去りにする母親ってどんなだよ!
・・・自分の母親ながら、マジありえない。
この人もこの人だ。
天然天然ばっかり言って申し訳ないけど、やっぱ天然だ。バカがつく程の。
何で初めて来た男の部屋で、そんな無防備に眠る事ができるんだろう?
まぁ・・・オレのこと信頼してくれてんだろうけど?
もうちょいこう・・・しっかりしてくんなきゃ困る。
簡単なんだぜ?ここまで来たら。
無理矢理アンタをオレのものにするくらい、どうってことない。
その気になれば片腕だけでアンタを押さえ込んで、毎晩夢の中でアンタにしちゃってることを
現実にしてしまうことくらい、ホントに簡単なんだ。
ま、どーせオレはいざという時は逃げるしかできないヘタレなんだけどさ。
・
・
・
「・・・・・・あれ?今・・・何時・・・?」
「19時22分ですよお姫様。」
「ん・・・なんでニーナが・・・・・・あれ!?」
慌てて飛び起きた美奈子さんの口にはヨダレの跡。
それを拭き取りながらキョロキョロするその姿は、小動物かなんかみたい。
「やっと起きたし。マジアンタはしゃぎすぎ!ガーガーイビキかいてたぜ?」
「うそー!恥ずかしい・・・てか、ごめんなさい寝ちゃって・・・」
「別にいいよ。帰らなくて大丈夫?それともメシ食ってく?」
「いやもう、ホントおかまいなく・・・」
美奈子さんはまだ寝ぼけてるのか、そう言った後、俯いて静かになった。
ボーッとしながら座り込んで、ベッドの足元に置いてあるラバライトの光を見つめてる。
何か、嫌な予感がする・・・
「・・・どうしたの?」
「コウちゃんの夢・・・見た・・・」
その名前を出した途端、またボロボロと涙をこぼしはじめる。涙腺崩壊してんじゃねーの?
慌ててティッシュを差し出すと、それで思いっきり鼻をかんだ。
あれからの数日間、美奈子さんは琥一さんに見事に避けられてたらしい。
最早抜け殻みたいにカラッカラになってたこの人を、無理矢理遊園地まで引っぱってきたんだ。
元気になって欲しかったから。でもやっぱオレには無理だった。
自分の無力さを思い知らされる。
頼りない後輩の親友は、アンタの恋に必要?
「はぁ・・・片思いって辛い・・・」
・・・何が片思いだ。どうして琥一さんが怒ってるのとか、考えないのかよ?
アンタがそんなふうに他の男の前で無防備に涙なんか流すからだろ?
彼女の好きな人のように、そう言って怒鳴りつけてやりたい。
でも、それを言っちゃったらこの関係は終わってしまう。
それだけは絶対に無理なんだ。どんな手を使ってでもいい、アンタの一番近くに居たい。
でも、うまく言葉が出てこない。
苦しそうに眉を歪め、嗚咽を吐きながら泣き出してしまった彼女を
どうやって慰めていいのか分からない。
「私・・・ニーナみたいな人を好きになればよかったんだよ・・・」
宥めてもくれない役立たずの親友の前で
美奈子さんは、とんでもないことを口走り始めた。
「オレ・・・みたいな人・・・?」
「優しくて、ノリが良くて、趣味も似てて・・・ニーナを好きになれば良かった・・・」
―――間に受けるな。
きっと、美奈子さんは今冷静じゃないし、第一まだ寝ぼけてる。
いつもみたいに冷静に言うんだ。“バカなこと言わないの”って・・・!
「・・・じゃあ、オレと付き合っちゃう・・・?」
―――何言っちゃってんのオレ・・・!バカか・・・!
胸が苦しい。ジェットコースターに乗った時の何倍もの早さで脈を打ってる。
今にも爆発してしまいそうなオレを、美奈子さんは真っ直ぐに見つめながら、静かに呟いた。
「うん・・・ニーナと付き合う・・・」
色んな物が崩壊していく音が聞こえた。
どうなってもいい。何もかもめちゃくちゃにしてしまいたかった。
オレは身を乗り出すと、彼女の細い体を抱きしめた。
一瞬だけそれは強張ったものの、すぐにオレに身を預けてきた。
息が届くくらい近くに、彼女の顔がある。
キレイに潤んだ瞳の中に、オレがいる。
この小さな唇を奪ってしまえば・・・もう絶対に止まらない。
目を閉じた彼女の顎に手を沿え、その禁断の果実に触れようとした、その時だった。
「!!」
彼女の鞄の中から、けたたましいメロディ。
一瞬の内に正気を取り戻した彼女は、慌ててそれを手に取り出して開いた。
「あ・・・メルマガだった・・・」
正気を取り戻したのは彼女だけじゃない。
一気に顔が熱くなったのを感じ取ったオレは、彼女に背を向けた。
―――もう少しで、アンタをめちゃくちゃに傷つけてしまうところだった。
でも、オレは?
オレのこの高ぶった気持ちは・・・?
「ごっ・・・ごめん・・・ニーナ・・・!!」
「大丈夫大丈夫・・・!オレもその・・・冗談だし?」
声が震えてる。泣きそうだ。
それでも何とかそう言わなきゃいけない。
ふうっと息を吐いて、喉の奥から沸き起こるものを飲み込んだ。
「顔、洗ってくる!アンタはもう帰る用意してなよ。送ってくから・・・」
そう言うと、オレは部屋からバスルームに駆け込んだ・・・ら徹平が居て。
「バカ!」と八つ当たりした後、トイレに入った。
もう限界・・・誰にも見られない小さな個室でトイレットペーパーで口を押さえながら
オレは子供みたいにわんわん泣いた。
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「メーリクリ!どうよ?調子は♪」
次の日、12月24日クリスマスイブ。
あの後、オレは無言で美奈子さんを家まで送り届けた。
自分の家に入る前に、彼女は何か言いたげに振り向いたけど、笑顔で彼女に手を振った。
人間ってよく出来てる。
トイレで流した涙は無駄じゃなかったみたいで、オレはあの後ほんの少し楽になった。
でもアンタはオレ以上に涙を出してんのに、それでも楽になれないんだから
オレがアンタを好きな以上に、琥一さんのことを想ってるんだろうな。
そう思えたら、不思議とぐちゃぐちゃした気持ちが和らいでいくのを感じたんだ。
でも、やっぱりアンタを好きなこの気持ちだけは流せなかった。
だから今日も頑張って親友をお勤めさせていただきます。
今日は学年全員が参加してる天之橋理事長の豪邸でのクリスマスパーティ。
目の前で相変わらず元気が無い美奈子さんは、・・・今日も綺麗。
ピンク×ブラックのまさに小悪魔なストライプドレスに、結い上げた髪、セクシーなうなじ。
でも誰もが放っておかない美少女は、会場のすみっこでオレンジジュースをちびちび飲んでた。
「こんなとこに突っ立ってないでさー!行けよ、あの人んとこ!」
「う・・・うん・・・」
さすがに昨日のことでバツが悪いのか、美奈子さんはオレから目を逸らして俯いたままだ。
そわそわとパーティストールを巻き直してみたり、グラスの中身を転がしてみたり。
まぁ、あんな事があった後だし、無理もないのかもしれないけど。
てかちょっと嬉しいし?初めてオレを意識してくれてんのかも?
でも、オレはしっかりと勤めあげるぜ?
・・・それがアンタの為だから。
「オレなんかにそんな気ぃ使う前にさ、行ってきなって!今日はクリスマスイブだぜ?」
「そう・・・だね・・・」
「ほら、あそこ!わかりやすいリーゼント発見!」
オレは美奈子さんからオレンジジュースを取り上げて、背中を押してあげた。
慣れないヒールにちょっとだけ躓きそうになってたけど、振り向くと、彼女は今日初めて俺の目を見た。
「うん、じゃあ・・・行ってくる・・・」
「うん!後で聞かせてよ?待ってるから!」
美奈子さんはしばらくオレの目を見つめた後、また何か言いかけたけど
小さなため息を吐いた後、ゆっくりと人ゴミの中、頭一つ出っ張ってる彼の元へと歩いて行った。
やれやれ・・・・・・
ホッとしたオレは彼女の飲んでいたオレンジジュースを顔の前で彼女と同じように転がしてみる。
すると、そのグラスの中には逆さまに映る美奈子さんが居た。
「あれ?何?行かないの?オレに気ぃ使うなって!」
「・・・違うの・・・その・・・!」
「ん?」
美奈子さんは昨日から何度もしてる、今にも泣き出しそうな変な顔で、オレの顔を見つめた。
そして―――
「私・・・その・・・もしかしたらニーナのこと・・・!」
ステージの方で歓声が上がった。
生徒会主催のクリスマスのイベントが始まったみたいだ。
大音量のBGMに、ヘッタクソなカラオケ。
「・・・・・・・・・ん?何?聞こえなかった。もっかい言って?」
「えっ?もう1回!?」
真っ赤になってしまった美奈子さんの元に、本物の王子様が現れた。
どっちかって言うと、ヤクザっぽいけど。
オレの視線に気付いた美奈子さんは、振り返るなりマヌケな声を上げた。
「え?あ・・・!コウちゃん・・・!?」
「あー・・・コイツ、ちっと貸りんぞ?」
「・・・もちろんっすよ琥一さん!あ、美奈子さん寂しがってましたよー?」
強面のヤクザ王子様は少しだけ申し訳なさそうにオレに目配せすると
美奈子さんの腕を強引に掴み、ズルズルと引っ張って行った。
一瞬だけオレを見た美奈子さんは、琥一さんが何かを話したのかすぐにその目を彼に向けた。
小さくなってく2人の後姿を見つめながら、オレはオレンジジュースを一気に飲み干した。
意外と酸味がキツイせいか、目尻が熱くなってきた。
これをまたすべて流してしまえば、この胸の痛みもまた和らぐのだろうか?
分からない。分からないけど飲まずにはいられない。
今日が終わったら、明日から冬休みだ。
何かを吐き出す時間は、いくらでもある。
きっと彼女も次に会う時にはいつもと変わらない天然さんに戻ってるはずだ。
―――大丈夫、聞き返されて、もう一度言えないくらいの想いなんて
単なる気の迷いだよ。
ステージから聴こえてくるのは、今月公開されたラブロマンス映画のテーマソングだ。
幾多の困難を乗り越えた末に運命の糸で繋がれた2人が結ばれるシーンで流れるその美しい曲は
今、世界中で大ヒットしてるらしい。
歌ってる男のヘッタクソな英語に、オレは苦笑しながら涙を流した。
★END★
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TINAMIテスト用に。去年のクリスマスに書いたお話です。