「あっ…」
咲夜が里から少し外れたところにある和菓子店を出ると、雨が降っていた。
「さっきはこんなに強く降って無かったのに。当分止みそうにないわね」
どんよりとした空からは雨がしとしと降っている。傘をささないで帰るのは避けたい。自分が濡れるのは仕方が無いにせよ、お嬢様の所望した鯛焼きが冷めてしまうのは何としても避けたい。
雨が降っていては時間を止めても意味が無い。行きは時間を止めて鯛焼き屋まで来た。帰り道も同様に時間を止めて雨が降らない内に買い物を済ませるつもりだった。
「こんなことなら門番に買いに行かせれば良かったかしら…」
ため息をつきつつ、鯛焼きが入ったバスケットに目を落とす。
じ~
見上げた空からは相変わらず雨が降り続けている。店の前の道も今は人通りが無い。同じ方向に行く人の傘に入れてもらうのは没だ。
店の人に傘を借りると言う手もあるが、返しに来る事を考えると億劫だ。
じ~
「……」
先程から誰かに見られている。店主だろうか?いや、雨で客足が遠のいている物の、まだ仕事が残っており忙しそうだったので、こちらを気にする余裕はないだろう。ではいったい誰が…?
「!」
咲夜が考え込んでいるうちに、視線を送っていた気配が消えた。
「近い!!」
右後ろ側から何かが近づいてきた。ナイフを構え振り向くと・・・
「うっらめしや~!!」
趣味の悪いナスみたいな色をした唐傘お化けが、恨みをあらわにする。
(何コレ・・・)
怖さというより、傘の趣味の悪さに思わず後ずさってしまった。
傘に恨まれる覚えは無いが、一体何の用なのか唐傘お化けの意図が掴めない。
「随分楽しそうに恨むのね?」
咲夜は呆れた様子でナイフを仕舞う。
「あれ、怖くないの?」
傘の下から、青いショートヘの女の子が姿を現した。
「怖くないわね。むしろ、そんな傘が存在する幻想郷が怖いわ」
「なんと!わちきより、幻想郷の方が怖いなんて!!」
一人ピントがずれたことを言っている妖怪にちょっと呆れた。
「あ、そうだわ」
気味の悪い傘を見て咲夜は思いついた。
「お、なになに?」
「その傘に入れて、館まで連れて行って貰えないかしら?」
「うんっいいよ~」
にっこり笑って女の子は答えた。
どんよりとした空からは変わらず雨が降り続け、森の中の道はぬかるんでいた。気色悪い傘は案外大きく、雨にぬれる事は無かった。だが気をつけて歩いても、どうしても泥が跳ねてしまう。その感触に咲夜は憂鬱になる。横を見ると、傘をさしてる女の子は楽しそうだ。
「あなた楽しそうね」
「ん~?そうかな~?」
咲夜を水溜りの無いところを歩かせるためか、女の子はわざわざ水溜りの中を歩いている。彼女の足元は素足に下駄で、水を流せばすぐ洗えるのがちょっと羨ましかった。
「そう言えば名前を聞いてなかったわね。私は十六夜咲夜。紅魔館でメイドをしていますわ」
先程よりちょっと洒落た仕草で女の子に挨拶する。
「あちきは小傘。多々良小傘っていうの。唐傘お化け…って呼ばれてるよ」
互いの紹介が済んでから、小傘は堰を切ったように喋り出した。おどろかすという目的のためか、こうして人と話す機会は無かったらしい。小傘の話す内容は正直どうでもいいものだった。
「昨夜雨の中墓場で人を驚かせようと待っていても誰も来なかった」とか「たまには正々堂々驚かそうと道の真ん中に仁王立ちしていたら、親切な小父さんが柏餅くれた」など、なにかがずれている武勇伝ばかりだ。
「小傘って、悩みなさそうね」
思わず咲夜の口から本音がこぼれた。
「なにおう!?あちきにだって悩み事はあるわよっ」
「そうなの?例えばどんな悩みかしら?」
疑わしそうな視線を向ける咲夜に対し、小傘は体つきの割には意外と大きい胸を張って小傘は答える。
「ズバリ、どうやったら人を驚かせられるか!」
ビシっと指を指し小傘は自分の悩みを声高らかに宣言するも、咲夜は呆れた顔をして即答する。
「諦めたら?」
「なんでさっ!?」
「何でって…あなた人を驚かせる事向いてないと思うわよ?」
小傘はショックのあまり固まってしまっているが、咲夜は構わず話を続ける。
「根本的に間違ってると思うわ。驚かせるにしても、相手の事を考えなさすぎよ。夜のお墓ってのはまぁいいにせよ道の真ん中に立って驚かせようって発想がいただけないわね。それから…」
少し前に出会ったばかりなのに、クドクドと自分のダメな点を突き付けられて、次第に小傘は涙目になっていく。
「…そもそも、人を驚かせてどうするのよ。驚いた顔を見て満足するのかしら?だったら…」
「あう…あうぅ~」
咲夜のお説教は止まらない。方向性はともかくとして、今まで唐傘お化けとして過ごしてきた自分を批判されているようで悲しくなってしまった。
「じゃ、じゃあメイドさんは人を驚かせたことあるの?驚かせるのがどれだけ大変か知ってるの!?」
耐えかねた小傘は人の気も知らないで、知った様な口をきくなととほえる。
「そうねぇ…種なし手品ならできるわよ」
「なにそれっ!?」
手品と聞いて今にもこぼれそうだった涙はどこへ行ったのか、小傘は興味津津の様子で咲夜に詰め寄る。
「じゃあコレを持っていて」
そう言うと、咲夜はスカートの中から愛用の銀ナイフを取り出し小傘に渡した。
「なにこれナイフ?刃物は危ないから扱いに気をつけなくちゃいけないんだよ?」
「あなた、ホントにいい子ね…」
親から注意叱られた子供のような反応をする小傘がかわいくて、咲夜は思わず小傘の頭を撫でた。
「ちょ、ちょっと~頭撫でてないで早く手品を見せてよ!」
小傘の言葉にハッとして咲夜は赤くなって手を引っ込める。
「あぁ、御免なさい。それじゃあ今から私が魔法をかけるわね。魔法をかけると、その銀ナイフが鯛焼きに変わるわ」
「ホントかな~」
小傘はじろじろと、疑わしそうにナイフを見回す。
「それじゃあ行くわよ。ちちんぷいの~」
咲夜は目をつぶり銀ナイフに指をかざして呪文を唱え始めた。
(それっ!)
呪文を唱えている途中に時を止める能力を使い、自分以外の時間を止めた。小傘が握っている銀ナイフを回収し、バスケットの中から先程買った鯛焼きを小傘の手に握らせる。美鈴の分が怪しくなったけど、多分大丈夫だろう。
小傘に鯛焼きを握らせ、先ほどと同じ呪文を唱えるポーズを取ると、時間の流れを元に戻した。
「ぷいっ!」
咲夜が小傘の手をビシっと指すと、小傘の表情が見る見るうちに興奮したものになる。
「わぁ凄い、本当にナイフが鯛焼きになっちゃった!」
「種も仕掛けもございません」
ピョンピョン飛び跳ねて喜ぶ小傘を見ると、咲夜の方まで嬉しくなってしまう。コホンと咳払いをして、話を本題に戻した。
「ね、すごいでしょう?私だって驚かせることぐらいできますわ」
その言葉に小傘は本来の目的を思い出した。
「お、驚いてなんかないもん!ただ、ナイフが鯛焼きに変わっちゃったのがすごいな~って思っただけだもんっ!」
「世間一般では、そういうのを驚いたって言うのよ」
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咲夜さんと小傘のある雨の日のお話です。現在、鋭意執筆中です。