「・・・お邪魔します」
「・・・どうぞ」
浴室の中は湯気で視界は悪かったが、それでも綾音の一糸纏わぬ後姿は確認できた。
目の前には大きめのガラスがある。
湯気で曇っていなければきっと綾音の裸体が拝めたであろう。
外の大雨の所為で湿気も高い。
(・・・残念だったな・・・)
「・・・早くあっち向いて座ってよ・・・」
「おーぅ」
綾音に急かされ、綾音とは逆の入り口のドアの方へ向き、椅子も無いので地べたに座り込む。
ぴとっ
「・・・」
「・・・」
大富豪の巨大浴室やラブホテルの浴室ではなく、マンションの浴室だ。
当然のように幼児でもない限り、人間が二人入ればキツイ。
これでも広い方だと思うが、流石に背中がくっ付くのは致し方がないことだった。
それは無言の綾音が物語っていた。
だが、問題は真司の方だった。
(・・・まぁ、落ち着けよ・・・)
大股開いてどっかり座っている、その下腹部。
その下腹部が大変なことになりそうだった。
(・・・くそぅ、委員長の体温がぁああぁ・・・ッ)
背中越しに確かに感じる綾音の体温。
そこから一糸纏わぬ綾音の肢体を妄想してしまう。
結果的に、こうなってしまったことは健全な男子であれば必然といえば必然だった。
「日比谷クン、これ」
「おぁッ!?」
妄想していた人物に話しかけられ、思わず変な声が出る。
「・・・?タオルと石鹸・・・いらないの?」
「あぁ・・・いります・・・」
怪訝な表情の綾音からタオルと石鹸を預かる。
(くそぅ・・・無心だ、無心!)
そう心に言い聞かせ、夢中で身体を洗い始める。
「・・・終わった」
「ん、じゃあ・・・はい」
身体を洗い終わり、石鹸とタオルを返し、綾音からシャワーを借り・・・シャワーを返すと同時にシャンプーとリンスを預かる。
無心で洗っていた効果もあり、大事に至る前に納まってくれた。
安心しつつ、髪を洗っていく真司。
がしがしがし・・・
特に会話をすることもなく黙々と髪を洗っていく。
そして、ほどなくして後は流すだけとなる。
「委員長、シャワーくれ」
「はい」
言いつつ綾音からシャワーを受け取ろうとした瞬間。
「お・・・!?」
「え・・・?」
瞬間、真司の身体が硬直した。
背中越しでもその変化がわかったのか、綾音も驚きの声をあげる。
「目に・・・入ったァッ・・・!!」
「・・・馬鹿ね・・・」
綾音のほうへ振り向こうとした時、思い切りシャンプーが目に入ったのだ。
地味ながら、とても辛かった。
「ほら、これで濯いで」
「うぉぁー」
目など開けられる状態ではなく、声を頼りにシャワーを探る。
ふにっ
柔らかい感触を掌に感じた。
それが何かは分からなかったが。
「ちょっとッ!!?何処触ってるの!!」
「待てッ!!何処も何も見えてないんだから仕方が無い・・・」
肩か腕か何処か・・・とりあえず綾音の身体には触ったらしい。
大騒ぎし始めてしまう綾音。
慌ててシャワーを取ろうとする真司。
「だ、だから!ちょっと離れて・・・!」
「馬鹿、暴れると危ない・・・」
シャワーを掴んだ頃にはシャワーのホースも絡んで大騒ぎだった。
そんな瞬間、真司の目には暴れてバランスを崩す綾音の姿が映った。
ごんっ
「・・・いっつぇー・・・」
「・・・ぇ?」
浴室に鈍い音が響いた。
自分が倒れかけたことは自覚した綾音だったが、身体の何処も衝撃を受けた感じはしなかった。
その理由は少し冷静に周りを見てから理解することになる。
「・・・」
「・・・」
しばしの沈黙。
綾音を庇った真司は綾音を抱きかかえるようにして下敷きと成っていた。
見れば頭は壁に当たっている。
「ふぇ・・・?」
「・・・いや、怪我はないか?」
「・・・ない。けど・・・」
「それじゃあ、悪いがどいてくれないか」
綾音は今の自分の状況が分かってくれば来るほど益々呆然としていく不思議な状態だった。
「ぁ、その、あ・・・ありがとう・・・」
「・・・いや、礼は後でいいから・・・」
こんな状況でも礼儀は優先されるのか、丁寧に御礼をする綾音。
だが、真司は焦っていた。
ぺとん
「「!!!」」
二人はそれぞれ違う部位に熱を感知。
真司は下腹部。
綾音は太股。
大事に至らないと思っていたが、そんなこともなかった。
こんな状況でならない男は健全とは言えない、そう思わずにはいられない真司だった。
「い・・・っ」
「いや、待て委員長!下に心は無くてだな・・・?これが本当の下ご・・・」
「いやぁあぁああぁああッ!!!」
その刹那、浴室に乾いた音が木霊した。
・・・・・・
「そ、それで・・・この後どうするの・・・?」
「・・・」
頬に綺麗な紅葉を咲かせた真司はバスタオルを腰に巻いたままの格好でリビングの椅子に座っていた。
向かい側には綾音がパジャマ姿で申し訳無さそうに小さくなって座っている。
結局あの後、綾音が落ち着いた頃合を見計らい、説明をし、髪を洗いさっさっと出てきたのだ。
「・・・どうするって?」
「・・・えぇと・・・と、泊まって・・・いく?」
「・・・」
膨れっ面だった真司の顔は見る見る驚きのものへと変貌して行く。
が、冷静に考えれば相手のことを思って風呂まで入らせてくれたのだ。
今更一泊する程度で変な期待もやましい考えも起こらなかった。
「まぁ・・・相変わらず大雨だしな・・・面倒くさいし泊まって良いなら」
「ん、じゃあ・・・夕飯用意するわね」
勉強道具は学校に置いてある。
着替えは未だに乾燥機。
時間も既に日付が変わる。
外は相変わらずの大雨。
わざわざ帰る理由がない。
「・・・料理とか出来るのか?」
「・・・で、出来るわよ・・・出来ることは・・・」
そう答える口調はたどたどしい。
とても怪しかった。
「そ、それでー・・・日比谷クンは好き嫌いとかある?」
「ないなぁ・・・とりあえずは委員長の手料理が食ってみたい」
「ぁあ、あ、味には期待しないでねっ?」
とてもまんざらではない表情で答える綾音。
いそいそとキッチンへと消えて行く。
・・・・・・
こうして真司は綾音の手料理を食べることが出来たのだった。
・・・本当に出来ることは出来る、味だった。
美味しいと褒めつつも頭の中はこの後の寝床探しでいっぱいだった。
(・・・ソファーか、地べたか・・・)
今の格好でも弱い暖房の所為で心地よい。
眠い目を擦りつつ、部屋の中を色々と見て回る真司だった。
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