「委員長の家ってここからどれくらいなんだ・・・?」
「歩いて三十分も掛からないわよ」
バイトの片付け中に交わした約束どおり真司は綾音と共に綾音の家へと向かって歩いていた。
既に時間は真夜中と言っても過言ではないほどに遅い。
そんな暗い夜道を二人で普段はしないような落ち着いた雰囲気で会話をしながら歩く。
「三十分って・・・今の時間じゃ人通りもないし、危なくないか?」
「子供じゃないんだし・・・足には自身があるから大丈夫よ」
綾音は強気に断言する。
その言葉どおり、綾音の運動神経は恵理佳程ではないにしろ、女子の中では秀でたモノを持っていた。
確かにそこら辺の酔っ払いや変質者が出ても軽く撃退、或いは逃げることが出来るだろう。
だが・・・
「そうは言ってもなぁ・・・自転車で通わないのか?」
「学校まで歩きだもの。わざわざ自転車を取りに帰りたくはないし」
「・・・まぁ・・・そりゃそうか・・・」
綾音も真司と同じく学校帰りにそのままバイトへ向かっていた。
そう考えれば確かに綾音の言う事は最もだった。
「凌空が休みのときはこうして送っていっても・・・」
「・・・そう?考えておくわ」
優しさ半分下心半分の申し出はあやふやにされてしまった。
そんな普段学校では話さないような他愛のないことを話しつつ夜道を歩いていた。
ぽつ・・・
「・・・ん・・・?」
「日比谷クン?どうかした・・・?」
歩き始めて十数分。頬に冷たいものを感じた真司。
そして・・・
ザァ・・・ッ
雨が降り始めた。
しかもかなりの本降りだった。
朝の天気予報では夜は雲り。
降水確率は二桁も無かったはずである。
「だぁーッ!!所詮予報は予報かよッ!!」
「走るわよ!」
二人揃って当然のように傘などは持っておらず、近くにこんな時間に空いている店も無く、急いで家へ向かうほか術は無かった。
「後どれくらいだ・・・?」
「このペースで行けば十分も掛からないわ」
「春とは言え、冷えるな・・・」
長距離走を走るほどのペースで夜道を走る二人。
春も本番、夏が見えてきたという今の季節でも夜は流石に涼しい。
雨の冷たさが火照った身体に今でこそ心地良いが、長時間は勘弁願いたかった。
「この部屋よ」
「はぁ・・・やっと着いたか・・・って、一人暮らしだったのか」
「言ってなかったかしら・・・?」
「・・・記憶にない」
走り続けること数分。
小奇麗なマンションへと走りついた二人はそのままエレベーターを使い三階まで上がり、桜瀬と書かれているプレートがある部屋の前までやって来た。
綾音は鍵を開け、急いで玄関、室内へと入っていく。
ずぶ濡れの真司は玄関先で様子見中である。
「これ、使って」
「お、有り難い」
綾音が持ってきてくれたバスタオルを使い、頭のてっぺんからつま先までずぶ濡れになっていた身体から水分をふき取る。
大きいバスタオルもすぐに水分を吸いきれないほどになる。
玄関の外でタオルを絞り、また身体を拭く。
そうこうして、何とかずぶ濡れとは言えないくらいにはなった。
「これ、ありがとな。悪いんだけど傘だけ貸してくれないか?」
同じく身体を拭き終わった綾音にバスタオルを返し、傘の催促をする。
「・・・良いけど、まだずぶ濡れじゃない・・・?」
「いや、そりゃそうだが・・・まぁ急いで帰って風呂にでも入るさ」
タオルで拭いたと言っても所詮は表面上だけのもの。
服が吸った水分は後から後からにじみ出る。
「・・・上がっていったら?」
「・・・は・・・?」
綾音の予想外の言葉に思わず素で聞き返す真司。
「・・・勘違いしないで欲しいんだけど・・・このまま帰して明日学校行ったら風邪で休みですなんて気分悪いでしょ?」
「・・・なるほど・・・」
綾音の表情は本当に仕方なく、と見える。
綾音の性格も考えれば確かに分からなくもない言動だった。
「ほら、靴脱いだらちゃんと足も拭いてね」
「・・・まぁ、それじゃ・・・お邪魔します」
異性の一人暮らしの部屋に入ったことが初めてというわけではなかったが、流石に緊張はする。
その相手が普段は色々と口煩く厳しい委員長であれば尚更だった。
「・・・そこがお風呂場だから、入っちゃって」
「・・・いや・・・マジで・・・?」
足を拭き、玄関先で棒立ちだった真司は呆然としてしまう。
確かにこんな場合は熱いシャワーでも浴びるのが一番ではあるが・・・
「早くしないと風邪ひいちゃうわよ・・・?」
「・・・分かった。入るのはいいとして、先に委員長が入るべきだろう」
家主が入って良いと言うのだからそこはお言葉に甘えるとしても、流石に数分では出てこれない。
その間綾音に冷たいまま待っていてもらうことは流石に出来なかった。
「・・・別に、私はなんともな・・・っしゅんッ」
小さいくしゃみひとつ。
綾音もまたずぶ濡れで帰ってきたのだ。
拭き取ったところで身体が温まったわけではない。
「・・・だから先に入れ・・・へっくしッ・・・」
我慢しようとしたが、あえなく真司もひとつ。
部屋の中は寒くは無かったが、確実に体温は下がっていた。
二人揃ってどっちもどっちというのが正解である。
「・・・ここは、アレだ。一緒に入ろうぜ?」
下心全開で、冗談8割程度で言ってみた。
「・・・仕方・・・ないわね・・・」
(・・・アレ・・・?)
冗談で言ったつもりが真に受けられたどころか、承諾されてしまった。
まさにバントでホームランが出たような気分だ。
・・・・・・
(・・・予想外のことになってきたな・・・)
予想外の綾音の返事から数分。
風呂場だと言われた場所からは布の擦れる音だけが聞こえてくる。
未だに玄関から先には入っていないので確証はないが、恐らく脱衣スペースで濡れた服を脱いでいるのだろう。
(・・・・・・聞かないようにするか・・・)
こんな状況でそんな音を聞いて興奮しない男子は健全とは言えない。
そんな馬鹿なことを考えて、急いで頭の中に適当な考え事を詰め込む真司。
(えぇと・・・確か・・・なんだっけか・・・)
二人で入るに当たって、綾音から厳しく注意事項がなされた。
ひとつ、綾音が先に入り、真司は後から入ること。
ひとつ、合図が出るまで決して入ってこないこと。
ひとつ、入ってからは背を向けて決して振り返らないこと。
ひとつ、出るときは真司が先に出ること。
(・・・まぁ、確かに見えはしないな・・・残念だが・・・)
真司が入る頃にはいいとこ背中が拝めるくらいだろう。
それだけでも十分といえば十分なのだが。
「日比谷クン・・・?いいわよ」
「・・・おーう・・・」
風呂場独特の響きを効かせて綾音の声が聞こえる。
何故か忍び足で風呂場へと向かう真司。
声のした方へ行くとそこにはちょっとした空間があり、脱衣所代わりになっているようだった。
見れば足元の篭に綾音の制服やら下着が入っている。
(・・・ハッ!?危ない危ない・・・)
思わず先ほどまで着ていたであろう衣服をまじまじと観察していた。
「・・・日比谷クン、濡れた制服なんかはそこの篭に入れておいてくれれば後で洗って乾燥機に入れるから」
「えッ!?一緒でいいのか・・・?」
「ちょ、違うわよ!!隣にもういっこあるでしょ?私の服は見ちゃ駄目よ!?」
「あー・・・あるある」
よく見れば確かに綾音の衣類が入った篭の横に同じようなサイズの篭があった。
だが、そんな篭を見つけても依然として目線は綾音の衣類の方へと向かうのだった。
「・・・ちょっと、入るなら早く入って来てよ」
「何だ?そんなに一緒に入りたいのか」
「馬鹿じゃないの?変なことされる前に、よ」
「・・・どんなヤツだと思われているんだ・・・」
からかうつもりで答えた真司だったが、手痛い傷を負ってしまった。
曇りガラス一枚隔てた向こうでは綺麗な金髪が見える。
普段は縛っている髪も風呂に入るときは解くようだ。
(・・・当たり前か・・・なんだ・・・緊張するとは情けない・・・)
その薄いガラス戸のドアノブを回す事に少なからず勇気がいる自分を不甲斐なく思いつつ、ドアノブへと手をかける。
「・・・じゃ、入るぞ?」
「・・・どうぞ」
そして、覚悟を決めてゆっくりとドアノブを回していく真司。
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