No.280268

真・恋姫無双~君を忘れない~ 四十三話

マスターさん

第四十三話の投稿です。
桃香たちが益州入りを果たした。覚悟を決めた桃香は、自分に出来ることを必死の思いでやり遂げようと努力し、それは多くの家臣へと影響を与えた。そんな中、一人の少女はその姿を複雑な眼差しで見つめているのだった。
劉備邂逅編の後話になります。あとがきの後に御相談がありますので、そちらにも目を通して頂けると有り難いです。それではどうぞ。

コメントしてくれた方、支援してくれた方、ありがとうございます!

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2011-08-21 00:10:04 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:10319   閲覧ユーザー数:7987

桃香視点

 

「ふぅ……」

 

 私は永安の広場の一角に座り、水筒から水を飲み下すと、思わずため息を吐いてしまった。私たち劉備軍が益州入りをしてから、数日が経過していた。それぞれが持ち場に配置され、自らの存在を認めてもらうべく働いている。

 

 私はまず民と触れ合うことにした。益州の将兵とは既に交流をしていて、それなりに受け入れられていると思う。北郷様――御主人様が私たちを一番に認めてくれたことが大きいようだ。

 

 しかし、民の心はなかなか動かなかった。勿論、益州の君主であった――現在も私と共同統治という形になっているが、御主人様が私を友として、隣に立つことを認めた以上、表立って拒絶はしない。

 

 それでもやはり私には余所余所しい態度を取るし、中には私に対して本音――私を受け入れられない理由を言ってくる人もいた。

 

 特にその傾向が強かったのが、兵士を家族に持つ人々だった。実際のところ、私たちと戦ったわけではないから、死傷者は出ていないが、それでも、その可能性があったのだから仕方ない。

 

 それは当然の反応で、私はこの街を襲おうとした侵略軍を率いていたのだから、そんなに簡単に受け入れられないことくらい覚悟していた。

 

「……覚悟はしていたんだけどなぁ」

 

 思わず苦笑が漏れてしまう。ここまで民に認められなかったことなんて、これまでに一度も経験したことがなかった。それがここまで精神的に辛いものとは思わなかったのだ。

 

「桃香様? 今日はもうここでお止めになったらどうでしょう?」

 

 私の隣に座る愛紗ちゃんが、私を心配してくれたのか、そう言ってくれた。

 

「んーん、大丈夫だよ。私はこんなことじゃへこたれないもん。さぁ、休憩終わり! まだまだ頑張るぞ!」

 

 私は力強く拳を手の前で握りしめて、気丈に振る舞ってみせる。愛紗ちゃんたちに心配ばかりかけさせるわけにはいかない。他人に甘えてばかりいては、皆に認めてもらうことなんて出来るわけない。

 

「愛紗ちゃんも、無理して私に付き添わなくても平気だよ。愛紗ちゃんにも兵士の調練とか仕事があるんでしょ?」

 

「自分の仕事はきちんとこなしていますよ。それに、桃香様にもしものことがあったらいけませんので」

 

「全く、愛紗ちゃんは心配性だなぁ」

 

 そう言いながらも、まだまだ私は頼りになる存在じゃないと言われている気がして――勿論、愛紗ちゃんにはそんなつもりは毛頭ないのは分かっているのだけれど、自嘲的な笑みを零してしまう。

 

 人はそんなに簡単に変わるものではない。他人に対する価値観はそんな簡単に覆されるものではない。それまで私が他人からどのように思われていたのかが、最近になってよく分かるようになった。

 

 覚悟を決めた。それは私にとって言い切れる事柄ではあるのだけれど、それが他人にとってどう映るかが大切なんだ。その覚悟を見せるために、あのとき劉表軍と対峙したのだけれど、まだまだ私は甘いんだろうなって痛切に感じる。

 

 けど、諦めない。

 

 これからだってたくさんたくさん、私が思っている以上に辛いことがある。今まで辛かったら人に甘えていた。他人に縋って、慰められて、他人がいなかったら私は何も出来ない人間だった。

 

 何も出来ない人間――それは確かに今だって大して変わりはない。愛紗ちゃんみたいに強いわけでも、朱里ちゃんみたいに頭が良いわけではないのだから。

 

 だけど、私はもう他人に甘えない。大変なときは頼りにするし、助けを求めるとは思うのだけど、そうなる前に自分で何とかで出来るようにはなりたい。今はまだ助けを求める場面じゃないし、それにこれは自分で為さなくちゃいけないことなんだから。

 

 そう思ったとき、一人の子供が視界に入った。彼女は指を咥えながら、広場で遊んでいる他の子供たちを羨望の眼差しで見つめていた。

 

「どうしたの?」

 

 私はついついその子に話しかけてしまった。

 

「…………」

 

 その子は私のことを見たことないからなのか、きょとんとした瞳で、何も言わないまま、私を見つめていた。

 

「そうか。皆と遊びたいんだね」

 

 私がそう言いながら微笑むと、恥ずかしそうにこくんと頷いた。この年頃の子供によくあることで、他の子供が遊んでいるところへ参加したいのだけど、どう言ってその輪に加われば良いのか分からずに、ただ見ていることしか出来ない子がいる。

 

「桃香様……、今はそんなことをしている場合じゃ――」

 

「愛紗ちゃん。勿論、民の皆に認めてもらうことは大事だけど、この子だって私の大切な民の一人だよ。だから、こうやって困っている子がいたら、助けてあげるのは当然だよ」

 

 そう言って、私はその子と手を繋いで、遊んでいる子供たちの許へと向かった。

 

 変わらないといけない部分もあるけれど、変わってはいけない部分だってある。私は自分の理想を叶える手段――話し合いという部分は変えてしまったけれど、民のことを一番に想うことだけは決して変えない。

 

 だって、それが劉玄徳にとっては何よりも大切なことなのだから。それを変えてしまったら、私は私じゃなくなってしまうのだから。

 

一刀視点

 

「すいません、待たせてしまいましたか?」

 

「いえいえ、御遣い様、儂らも来たばかりですわい」

 

 俺は永安のとある茶店に来ていた。そこで永安の民を纏めている長老たちとの会合を定期的に開いているのだ。兵の徴集からから税の話まで、多岐に渡って相談を持ちかけることが多い。

 

 まぁ俺がまだ紫苑さんの従者だった頃から、よく雑談などをする間柄ではあったから、お互いあまり堅苦しくしたくないという理由で、このように開けた環境で話し合うことにしているのだけど。

 

 今日の定例会は特に予め議題が決まっていたわけではなかったので、自分たちが日ごろから抱いていることから、他愛のない話まで様々なことを語らうことも、永安の民の暮らしをリアルに感じることが出来るので、俺にとっては有意義なことであった。

 

「それにしても……」

 

 俺は視界の先に広がる光景を眺めながら、軽く微笑みを漏らした。

 

「どうですか、桃香は? 上手く皆に受け入れられていますか?」

 

「そうですのぉ。最初はやはり受け入れ難い部分が多かったようですが、今は好意的に見ることも出来ておるようですじゃ」

 

 桃香が永安に来てから、既に二週間程度が経過している。最初はかなり苦戦していたようで、民からはあまり快く思われていないことで、結構落ち込むことも多かったようだ。

 

 俺も、そんな彼女の手助けがしたかったから、民と触れ合うときに同行しようかと提案はしたのだが、桃香は首を縦に振らなかった。出来るだけ自分の力で解決したいと思っているようだったのだ。

 

 確かに民が受け入れるかは民自身が決めることで、俺がその場にいれば、形上は良く振舞うかもしれないが、本心でそうしなくては意味がない以上、俺は出しゃばるべきではない。

 

 そんなこんなで一週間は毎日のように城下に出かけては、憔悴しきった表情で戻って来るのを、俺も心苦しく思っていた。他の面々もさすがに心配そうにしていたが、ただ見守ることしか出来なかったのだ。

 

「あ! 御主人様ー!」

 

 俺に気付いた桃香が元気よくこちらに向かって手を振った。俺もそれに応えて手を振り返した。

 

「あんな姿を見せられてしもうたら、皆も毒気を抜かれたというか、温かい気持ちになってしもうたんじゃろうなぁ」

 

 そういう長老たちの表情も柔和の微笑みを湛え、桃香が子供たちと触れ合っているのを見守っている。

 

 いつからか、桃香は民と触れ合いながら、広場でよく遊んでいる子供たちの輪の中に入ったようなのだ。すぐにその中に溶け込んだようで、今では子供たちの人気者になっている。

 

 そんな無邪気な桃香の姿を見て、どうやら民も彼女に対して好意を抱くようになったようだ。桃香の唯一持つ才能が人に好かれるというものだ。それは誰しもが多少は持っているようなものだが、桃香はその才能が誰よりも抜きんでている。

 

 人の上に立つ者として、勿論ある程度は武官や文官としての能力は必要になるのだけど、それは後天的に身に付けられるものである。しかし、自然と人の輪を作ることが出来る能力は先天的で、身につけようと思って出来るものではない。

 

 侵略軍としてこの街を襲おうとした事実はあるが、桃香と直に触れ合い、その人柄を目の当たりにした人間は自然とあの娘のことを慕うようになってしまうのだ。ある意味では恐るべき才能だろうな。

 

 それから桃香が永安に来てからよくやっているのが、調練などで怪我を負った兵士たちの手当てである。益州は桔梗さんたちを筆頭に苛烈な調練を課すことが多く、ときには死者すら出る。

 

 特に医療の技術を持っているわけではないのだが、包帯を巻くなどの簡単な作業を手伝いながら、彼らに対して労いの言葉をかけていたのだ。そのおかげで兵士たちも彼女を認めるようになった。

 

 どうやら劉備軍でも元々そうやっていたようで、だからあれだけ劉備軍は放浪したり、劉表の食客という立場に甘んじていたりした時期も、兵士たちが脱落することは少なく済んでいたようだ。

 

 おそらく自分では調練など出来ないが、何か少しでも皆のために役に立ちたいと思ってやり始めたのだろう。それが兵士の傷を癒すという発想になったのが、優しいあの娘らしい。

 

「本当だねぇ。あたしも倅に、劉備様の悪口を言ったら許さない、ってえらい剣幕で言われてねぇ。確かに良い娘であるのは認めるよ」

 

 話を聞いていたのか、兵士の息子を持つ茶店の女将も苦笑交じりに口を挟んできた。彼女が桃香を見つめる視線は、まるで母親の心地と言ったところだろうか。

 

 元々桃香のことを受け入れなかったのは、兵士を子息に持つ家族が多かったようだが、兵士の中で桃香を支援する動きが見られ、それがかなりの影響を与えているようだ。

 

 徐々にではあるが、桃香も永安の民に認められるようになっている。勿論、まだまだ絶対的な支持を得ているわけではないし、永安以外の場所では桃香のことを認めない人間もいるだろう。

 

 益州全体に認められるかどうか、それは桃香の今後の頑張りにかかっているのは桃香本人が十分に理解している。だから、もう何も心配しなくても、本人がそれだけの努力をするだろう。

 

「劉備様ぁ! 待ってよぉ!」

 

「お姉ちゃん、遊んでよぉ!」

 

 多くの子供たちに囲まれながら、揉みくちゃにされている桃香を見て、自然と俺の頬も緩んでしまう。彼女の分の仕事も、彼女に気付かれないように、俺の方へ回すように文官たちにお願いしているのは内緒だ。

 

 それよりも心配なのは……。

 

 俺は少し離れたところで、桃香のことを嬉しそうな悲しそうな、何やら複雑そうな表情で見つめている愛紗の方へと目を向けた。

 

愛紗視点

 

 桃香様は随分お変わりになったようだ。今までのように明るい部分はあるが、その中でしっかり自分の中に強い芯をお持ちになり、冷たい対応をされるのを御承知で民に触れ合おうと努力なさっている。

 

 ここまで積極的に物事に取り組む姿勢は今までにないものだった。それまでは出来ない事柄に対しては、私たちを頼りにすることが多かったのだが、今は自分で出来るところまでなさろうとしている。

 

 それだけ、あのとき御主人様に言われたことが響いているのであろう。それはとても良いことであると思う。桃香様自身が努力なさっているという事実は、他の将兵らを大きく刺激している。

 

 兵士たちは益州の兵に負けないように、日々調練に勤しんでいる――それは別に敵対心があるという訳ではなく、自分たちの働きが桃香様の評価を上げると思っているようで、益州の兵と切磋琢磨しているようだ。

 

 朱里や雛里は、特に自分たち軍師が出兵を止められなかった罪を深く悔んでいるようで、さすがに桃香様のように直接民と触れ合う訳にもいかないからと、自分たちが立案する政策で少しでも住みやすい国造りへと貢献している。

 

 更に、自らが役所へと赴いて住民から陳情を聞いて解決しようと役人たちを指導しているらしい。元来人見知りが激しいあの二人が、噛み噛みながらも懸命に他人の相談を受ける姿は、すぐに永安に広がり、一部ではそのあまりの可愛さに評判になっているそうだ。

 

 皆が桃香様のために頑張っている。これまでの自分の行為を恥じ、それを払拭せんがために、それぞれに出来ることを精一杯やっている。

 

 私はどうか?

 

 今回の件でもっとも罪深いのは私だ。きっと桃香様や他の者たちもそんなことはない、と否定してくれるかもしれないのだが、仮初にも桃香様の義妹でもある私が――もっとも桃香様の理想を理解しなくてはいけない私が、その理想を穢してしまったのだ。

 

 許されるはずがない。

 

 許されてはならない。

 

 本当ならば、桃香様のためにこの首を落とすことくらいはしなければならないとは思うのだが、それは御主人様から絶対にしてはならないと釘を刺されてしまった。それは桃香様のためにはならないと。

 

 では、私はどうしたら良いのだろう?

 

 今の私には何があるのだろう?

 

 分からない。

 

 どうしたら良いのか分からない。

 

「愛紗」

 

「あ、御主人様? どうなさったのですか?」

 

 急に後ろから御主人様に話しかけられて、私は驚きながらも、何とか先ほどまでの思考を断ち切り、強張りながらも笑顔を向けることが出来た。

 

「ふぅ……、今晩、少し付き合ってもらって良いかな?」

 

「今晩……ですか?」

 

「ああ、愛紗と話したいことがあってさ」

 

「……分かりました」

 

「じゃあ、東屋のところで待っているから」

 

 そう言って、御主人様は軽く手を振りながら去って行った。私の顔を見て溜息を吐いたことから察するに、とうとう私も用済みとなってしまったのだろうか。

 

 それも仕方のない話かもしれない。私は桃香様の理想を侮辱したのだから。それで何が桃香様一の家臣であろうか。そんなものが側にいれば、きっと桃香様の風評も上がらずに、逆にその邪魔になってしまうだろう。

 

 そうだ。やはり桃香様の許から去ろう。

 

 その後、私は日が暮れる頃に、御主人様の言われる通りに東屋に行った。

 

 御主人様は既にそこにいらっしゃって、一人でちびちびと酒を嗜んでいた。私に気付くと、ほんのり朱に染まった顔に柔和な笑顔を浮かべながら、私を手招いてくれた。

 

「ごめんな。わざわざこんなところに呼び出してしまって」

 

「いえ……」

 

「それで、話したいことなんだけど――」

 

「分かっております。すぐにでもここから去る準備をします」

 

「……はい?」

 

「私がいれば桃香様の覇道の邪魔になってしまう。そんな者、桃香様の側に――況してや義妹と名乗るなんて――」

 

「愛紗? もしそれを本気で言っているなら、俺だって偶には怒るぞ」

 

「え?」

 

 どうして御主人様がそれで怒るのか私には分からなかった。

 

一刀視点

 

 俺は東屋にて愛紗が来るのを待っていた。どうせ話すのならと酒を準備して、それを先に飲んでいると、愛紗が向こうから陰鬱な表情を浮かべながら来るのが見え、こちらへと手招いた。

 

「ごめんな。わざわざこんなところに呼び出してしまって」

 

「いえ……」

 

「それで、話したいことなんだけど――」

 

「分かっております。すぐにでもここから去る準備をします」

 

「……はい?」

 

「私がいれば桃香様の覇道の邪魔になってしまう。そんな者、桃香様の側に――況してや義妹と名乗るなんて……」

 

「愛紗? もしそれを本気で言っているなら、俺だって偶には怒るぞ」

 

「え?」

 

 愛紗はきょとんとした面持ちで俺のことを見つめていた。どうやら本当にそんな馬鹿げたことを考えていたようだ。本気で説教してやろうかとも思ったが、さすがにまだ彼女が俺たちの許に来るようになってから日も浅いことだし、穏便に済ますことにした。

 

「はぁ……まぁ立ち話もなんだから座りなよ。せっかく酒も用意したことだし」

 

 愛紗は変わらずに暗く沈んだ表情のまま座り、俺から盃を受け取ると、舐めるようにそれを飲み始めた。まだ俺がどうしてこの場に呼び出したのかを理解できていない――いや、誤解しているのだろうか。

 

「愛紗、最初に言っておくけど、俺は君のことを必要ないなんてこと、一度も思ったこともないよ。だから、金輪際、俺たちの許を去るだなんてこと言わないでくれ」

 

「……しかし、私は――」

 

「桃香の理想に反した行動をした。すなわち、桃香のことを裏切ったとでも思っているのだろう?」

 

 愛紗はこくりと静かに首肯した。

 

「それは確かに事実だ。君があのとき行った出兵は過ちであり、その事実は消えない」

 

「分かっております。だから――」

 

「だからその責任を負うっていうことかい? それこそもっと大きな過ちだよ。そんなことをすれば、君は本当の意味で桃香を裏切ることになる」

 

「…………」

 

「そうだね、例えばこいつに例えてみよう」

 

 俺は腰に佩いていた刀を取り出した。

 

「愛紗、君はこの刀だ。俺は師からね、刀は人を傷つけるものじゃない――人を助ける者なんだって言われた。昔は、俺だって刀だって人殺しのための武器じゃないかって思っていたんだけど、今は師の言うことがよく分かる」

 

「私が……その刀ですか?」

 

「君が刀――だったら、刀である君は使い手である桃香を守らなくちゃいけない」

 

「はい。私はずっと桃香様をお守りしようと思っていました」

 

「その通りだ。だけど、愛紗は気を張り過ぎていたんだよ。だから桃香の望まぬ戦を――暴走をしてしまったんだ」

 

「それは……」

 

「刀にはこんな風に鞘があるんだ――この世界では珍しいものだろうけど、これは刃が人を傷つけないようにするのと同時に、鞘自体が、刃が傷つかないように守っているんだよ。俺は愛紗みたいにそんなに強くないけれど、愛紗が傷つかないように守ってあげることくらいは出来るさ。この鞘のようにね」

 

 ――だから、と愛紗の瞳を見つめながら続けた。

 

「偶には桃香に甘えたって構わないし、俺にも愛紗を守らせて欲しい」

 

 刀の刀身は鋭く、それは容易に人を殺すだけの威力を有している。だけど、それは逆にもっとも繊細な部分でもあり、きちんと手入れをしてあげないと、すぐにボロボロになってしまう。

 

 愛紗はとても誇り高く、武人としての姿勢は、誰もが認めるほどに気高いだろう。その一方で、精神的に脆い部分も多く、あの出兵がそれまで精神的支柱であった桃香への裏切り行為となったと思い、とても不安定な状態になっているのだ。

 

「…………」

 

 愛紗は俺の言葉を聞いて俯いてしまった。おそらく俺の言葉の真意を理解しているものの、それでも自分の中に葛藤があるんだろう。

 

「よし……」

 

 俺は立ち上がると、愛紗の背後へと回り、肩に手を置いて揉み始めた。

 

「ひゃうっ! ご、御主人様、な、何を……」

 

「リラックス――気を楽にして。愛紗、もう一度だけ言うよ。義姉に――桃香にもっと甘えるんだ。桃香だって、君のことを誰よりも信頼しているし、桃園の誓いを立てた信頼は、こんなことでは崩れはしないだろう」

 

「……どうしてそのことを?」

 

「はは……天の御遣いには何でもお見通しさ。それにもう一つだけ、これはかなり個人的なことなんだけど、俺は愛紗がここに来てから、君の笑顔を一度も見たことがないんだ」

 

「笑顔……ですか?」

 

「そう。愛紗みたいな可愛い娘が笑わずに暗い表情ばかり浮かべているなんて、勿体ないよ。愛紗にはきっと笑顔が似合うよ」

 

「全く、あなたという御人は……」

 

 その瞬間、少しだけであったが、愛紗は笑ったような気がした。やっぱり俺が思った通り愛紗の笑顔はとても可憐で、きっと多くの男を虜にするような魅力的なものであった。

 

「……御主人様、ありがとうございます。」

 

 マッサージを終えた愛紗は晴れやかな表情を浮かべていた。そんな簡単に割り切れる問題ではないのかもしれないけど、愛紗だったら――俺の知る軍神関雲長だったら、きっと大丈夫だ。

 

愛紗視点

 

「偶には桃香に甘えたって構わないし、俺にも愛紗を守らせて欲しい」

 

 御主人様の話はとても嬉しかった。桃香様のことだけではなく、私のことまでもきちんと考えてくれ、こうして私を慰めてくれたことで、少しだけ心に巣食った靄が晴れたような気がした。

 

「…………」

 

 しかし、それでも私は自分のことが許せなかった。私が犯した罪は、決して許されないと思うし、こうやって他人に縋るなんて――他人に迷惑をかけるなんて、私がして良いのかと思ってしまう。

 

「よし……」

 

 御主人様は徐に私の後ろに立つと、私の肩に手を置いた。

 

「ひゃうっ! ご、御主人様、な、何を……」

 

 いきなり肩を揉まれてしまって思わず変な声を出してしまった。

 

「リラックス――気を楽にして。愛紗、もう一度だけ言うよ。義姉に――桃香にもっと甘えるんだ。桃香だって、君のことを誰よりも信頼しているし、桃園の誓いを立てた信頼は、こんなことでは崩れはしないだろう」

 

「……どうしてそのことを?」

 

「はは……天の御遣いには何でもお見通しさ。それにもう一つだけ、これはかなり個人的なことなんだけど、俺は愛紗がここに来てから、君の笑顔を一度も見たことがないんだ」

 

「笑顔……ですか?」

 

「そう。愛紗みたいな可愛い娘が笑わずに暗い表情ばかり浮かべているなんて、勿体ないよ。愛紗にはきっと笑顔が似合うよ」

 

 何故だろう。こうして御主人様に肩を揉まれていると、自然と心が穏やかになっていく。心の靄もそれに合わせて消えていき、心地良さだけが身体中を安心させる。

 

「全く、あなたという御人は……」

 

 そうだ。この人はこういう人なんだ。あのとき、桃香様を否定されたとき――私は何も言い返せず、そのときの姿に圧倒されていた。まるで心を見透かしたかのような言動に、私は畏怖さえ感じてしまった。

 

 だけど本当はとても温かい人なんだ。こんな風に掌から直にこの人の温もりを感じると、それだけで心が安らかになっていく。そうこれはまるで……。

 

 桃香様のようだ。

 

「……御主人様、ありがとうございます。」

 

 それからしばらくの間、肩を揉まれた後、私は御主人様にお礼を言い、ある場所へと向かっていた。しばらくの間、個人的な用事で赴くこともなかったのだが、今は無性に会いたくなった。

 

「あれぇ? 愛紗ちゃん? こんな時間にどうしたの?」

 

 私は桃香様の居室にいた。桃香様はお休みする直前だったのか、既に寝着へと着替えていた。それはとても無礼であることは承知だったが、無理を言って部屋へと通して頂いたのだ。

 

「あ……あの……」

 

 何を言えば分からなかった。何か口にしようとするが、結局何も言いだすことは出来なかった。

 

「……愛紗ちゃん。今日は一緒に寝ようか?」

 

「え?」

 

「ほらぁ、おいで」

 

 桃香様は強引に私の腕を引き、寝台へと誘った。桃香様の横で並んで寝ころぶと、桃香様は私の頭に手を添えて、ぎゅっと胸元へ押しつけるように抱きしめた。

 

「こうやって二人だけで眠るのは初めてだね?」

 

「は、はい……」

 

「いいんだよ。今日だけは、忠義も奉公も、何もかも忘れて、私の可愛い妹の愛紗ちゃんになったって」

 

 その言葉が胸に響き渡った。その優しい声音、柔らかい身体、温かい肌が私の心を癒すように、私の身体に沁み込むようにじっくりと行き渡ると、私の瞳から涙が溢れてきた。

 

「義姉上……ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

「うんうん」

 

 桃香様には何度も謝罪をした。それはもう数えることなんて出来ないくらい何度も。だけど、今、心から謝罪出来ている気がする。勿論、これまでだって誠意を込めてきたのだが、何故だか今日が初めてのようだった。

 

「ご……めんな……ひぐっ……さいっ。ごめ……うぅ」

 

 嗚咽で自分が何を言っているのか分からない。だけど桃香様は私の背中を優しく撫でながら、ずっと、うんうんって頷いてくれた。それがとても嬉しくて、涙が止まらなかった。

 

「全く、愛紗ちゃんは甘えん坊さんなんだからぁ。今日はお姉ちゃんがずっと側にいるからね」

 

「はい……」

 

 その夜、私はずっと桃香様に背中や頭を撫でられながら――まるで赤子のようにあやされながら、気付いたときには泣き疲れて眠ってしまったようだ。それが私が義姉上に初めて甘えた夜だった。

 

あとがき

 

 第四十三話の投稿です。

 言い訳のコーナーです。

 

 さて、今回は劉備邂逅編のその後、桃香と愛紗にスポットを向けて物語を綴りました。

 

 桃香は劉表軍と対峙することで、己の覚悟を示し、その心にはとても大きな進歩があったのでしょう。なかなか受け入れてくれない民と根気強く触れ合おうと頑張ります。

 

 前にコメントでもあったのですが、桃香の唯一の才能は人たらしなところだと思っています。我らが種馬一刀くんにも匹敵するとまではいきませんが、その才能はやはり一級品であると。

 

 彼女は民草出身で、民とは位置的にとても近く、民にとっても身近に感じる存在でしょう。だから、作者としてはあまり心配せずとも、桃香ならば必ず民から慕われると信じておりました。

 

 前回本文にも載せましたが、華琳様が天に愛された人物なら、桃香は人に愛された人物である、作者の視点には映ります。

 

 桃香よりもむしろ愛紗の方が問題なわけで。愛紗の行為は許されるものではない。それは愛紗自身が誰よりも思っていることで、それが原因で少しだけ精神的に病んでしまいます。

 

 愛紗は気丈な武人である半面、とても傷つきやすい心の持ち主ではないかと。多くの作品でヤンデレであるところが描写されますが、それは彼女の精神的弱さに起因しているのでは、と作者は思ってみたりしています。

 

 その救済処置として、今回はもっとも分かりやすい、一刀くんに任せるという方法を取りました。この作品では多少なりとも種馬設定は弱めになっておりますが、それでも彼の言動は多くの女性の傷を癒すでしょう。

 

 そして、彼が愛紗に言ったのが、義姉である桃香に甘えるということです。本来ならば、愛紗は自身が桃香を守らなくては、と強く己に課していますが、精神面で言えば桃香の方が大人かなと。

 

 そんな桃香に初めて甘えることで、愛紗は自身の弱さに気付き、また関雲長として劉備軍を影で支えるような存在へと戻ることでしょう。

 

 相変わらずシリアス成分が多いのですが、愛紗が可愛くて仕方なかったです。

 

 さてさて、次回からは少しだけ日常的なシーンを描きつつ、久しぶりに、いやそうでもないのかもしれませんが、紫苑さんと一刀くんのイチャラブを書きます。

 

 前にも書きましたが、誰か書いて欲しいキャラがいればコメントに残して下さると有り難いです。

 

 相も変わらず駄作ですが、楽しんでくれた方は支援、あるいはコメントをして下さると幸いです。

 

 誰か一人でも面白いと思ってくれたら嬉しいです

 

御相談

 

 さてさてさて、今回はあとがきの後に御相談事があるのでございますが、前回「第二回同人恋姫祭り」にて投稿した作者の駄作にて、結構な数の連載を希望する声が上がってしまいました。

 

 作者的には予想外過ぎて、少しばかり困惑すら覚えました。

 

 あとがきにも書きましたが、あれは作者の妄想をストレートに文章にしただけで、批判ならばともかく、連載して欲しいと言われるとは思ってもみませんでした。

 

 そこで皆様に相談したいのです。

 

 コメントを見る限り、普段の作品にはコメントをしていない方が多かったので、普段この作品を読んでいる皆様に忌憚ない意見を仰って頂きたいのですが。

 

 作者は物語を綴ることが大好きなので、美羽様√を書いて欲しいという要望があれば、まだまだプロットも練っていない段階ですが、何とか書けなくもないのですが。

 

 もしも二作連載となると、こちらの「君を忘れない」の更新頻度は下がってしまう訳で、この作品を楽しみにしている方には何だか申し訳ないなと。

 

 それに前回、耐えがたい批判があって処女作の連載を凍結してしまった件もありますので、ここは皆様の意見を採用したいなと。

 

 グダグダと言い訳を申しましたが、作者が訊きたいの以下の通りです。

 

 ・新たに美羽様√をすぐにでも執筆しても良いのか。

 

 ・「君を忘れない」の連載が終了してから、美羽様√に専念するべきなのか。

 

 作品の感想と共に、この質問にも答えて頂ければ幸いです。

 


 
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