「「 Trick or Treat!! 」」
「あはは。ふたりとも可愛い。リンちゃんが魔女で、レン君が使い魔の黒猫?」
真夜中の小さな訪問者にミクはこれといって驚いた様子もなく、ハロウィンの衣装に身を包んだリンとレンのふたりを、快く招き入れた。
「そう。お菓子をくれないとイタズラしちゃうよ?」
三角に尖った黒い帽子に、魔女と呼ぶにはいささか可愛らしい丈の短いウィッチドレス。手にはホウキとお菓子の入ったジャックランタンを摸したオレンジ色のバスケットを携えて、悪戯な笑みを浮かべたリンがお約束の言葉を口にする。
その隣では、黒い猫耳と尻尾をつけて、それ以外は黒のタートルネックにズボンという至ってシンプルな服装のレンが、あまり乗り気ではない様子で(それでもお菓子の詰まったジャックランタンのバスケットは抱えていたが)全力でハロウィンを楽しんでいる相方の少女に付き合っていた。
「はい。どうぞ」
ミクはそんなふたりを微笑ましそうに一通り眺めたあとで、この日のために用意してあったキャンディやチョコレートの包みを、バスケットの中がいっぱいになるまで詰めこんでいく。
「もうたくさん入ってるね。他のみんなのところにも行ったの?」
「うん! メイコ姉にカイト兄に……ルカちゃんのところに行ったときはなかなか帰してもらえなかったんだよ」
「あはは。ルカちゃんこういう可愛いのに弱いから……」
そんなとりとめのない会話を交わし、お菓子と一緒に用意してあったハチミツ入りの紅茶をご馳走になってから、ミクに「ありがとう」と「おやすみなさい」を告げて、電脳空間の中にある、ふたりで暮らしている場所に帰っていった。
「たくさんもらえたね」
自分たちの部屋に戻ってくるなり、リンは部屋の真ん中にあるふたり掛け用のソファの上に座って、満面の笑みを浮かべた。
「まあ、僕たち以外にはハロウィンだからってお菓子を貰いに回るような奴いなかったし……」
「あ、そっか。みんなも仮装すればいいのにね」
いやさすがにいい年こいてハロウィンに仮装なんて(ミク姉くらいの年ならともかく)恥ずかしくて出来ないだろ……、と無邪気にはしゃいでいるリンを横目に見て、ソファの空いているスペースにレンは腰を下ろす。
「つまんないの」
リンは退屈そうに呟いて、バスケットの中からカラフルなセロハンに包まれたキャンディをひとつだけ取り出すと、中に入っているミルク味のそれを口に放りこんだ。
「あんまり一気に食べるなよ?」
「はぁい」
舌の上でキャンディを転がしながら足を前後にブラブラと動かして、それからレンの頭の上に乗っているものにふと視線を止める。
「……ねぇ。ずっと気になってたんだけど」
「何?」
するとリンの言葉を聞き取るように、頭上の黒い猫耳がぴくりと反応した。
「それ、どうなってるの?」
最初は普通につけ耳なのかと思っていたけれど、内側へと絶妙に反った耳の形や柔らかい毛の質感まで見事に再現されたそれは、レンが何かに反応するたびに敏感に動いて、もはや生きているようにしか見えない。
「なんか実体化するときのプログラムに組み込んであるから、つけ耳とかじゃなくてちゃんと生えてるんだってさ。実際に痛覚もあるみたいだし……」
どうやら自分の意思でも動かすことのできるらしいそれを、レンは左右にパタパタと愛らしい擬音と一緒に動かしてみせる。そのたびにリンは瞳を輝かせて、左へ右へと目で追いかける。なんだかリンの方が猫みたいだと、レンはおかしい気持ちになった。
「ちなみに有料ダウンロードで三千円」
「たっか! なんでまたそんな」
「マスターの趣味」
「ああ…………」
そのひと言ですべてに納得がいったように頷いて、それ以上は深く言及しようとはしなかった。
「尻尾は?」
「こっちは飾りだって。両方セットだと倍以上の値段になるんだってさ」
「へー……」
自分たちにはよく分からない(分からないほうが幸せかもしれない)世界だと、ふたりは同時に黙りこんで、やはりそれ以上を言及する気にはなれなかった。
「んー…………」
それから大きく伸びをすると、リンはまだはしゃぎ足りない様子で貰ったお菓子をバスケットの中から取り出してはまた戻していた。
「レン、レンっ」
「ん?」
そして思い出したように、ソファに立てかけていたホウキの柄の部分を隣に座っているレンに向けると──。
「Trick or Treat!!」
もう今日になってから何度目になるのか分からない、お決まりの台詞を口にした。
「あっそ」
「もー、ノリ悪いっ!」
「リンが元気すぎるんだって」
「ちょっとくらい付き合ってくれてもいいじゃない。……あーあ、カイト兄だったら何度やっても「わあ可愛いね」くらい言ってくれるのに」
「カイト兄」という言葉に、レンはそれまで垂れ下がっていた猫耳を急にピンと立てて、どこか冷めた視線を隣に向ける。
「……じゃあもう一回言ってみて」
そしてさっきよりも若干低い声を喉から漏らした。声の調子が変わったことなど気付いた様子もなく、リンは再びその言葉を口にしようと、大きく息を吸った。
「うん! Trick or Trea……──きゃっ!?」
ぐい、と強く腕を引かれて、気付いたときにはソファの上に身体を倒されていた。
それから黒いウィッチドレスの少しだけ胸が開いた部分に、ポトリ、とまだセロハンに包まれたキャンディがひとつ落とされる。
「両方」
「へ?」
「お菓子とイタズラの両方」
「え、ちょっ! それ反則──…んんっ!」
抗議の言葉を遮るように唇を落とされる。それはやけに甘ったるいキスで、リンはしばらくしてからさっき口に入れたキャンディがまだ残っていたのだと気付いた。白い皮膚の上に落とされたキャンディの包みが、ガサガサと音を立てて服の中を滑り落ちていく。
「んん、ん、んっ…………!」
甘い。甘い。絡みつく舌に、キャンディと一緒に思考まで溶かされているようだと、リンは唇の隙間からときおり甘い息と声を漏らしながら、ぼんやりと考えていた。
「っ、はぁっ…………」
唇が離されたときにはキャンディは口の中から姿を消し、かわりにレンの口の中でパリン、と奥歯で噛み砕くような小さな音がした。
「……っていうか、あたしがイタズラするほうなんじゃないの?」
トリックオアトリートを言ったのは自分なのに。何でイタズラされる側に回っているんだろうと、リンは今さらすぎる疑問を口にする。
「まあ、どっちも似たようなもんだろ」
どうやらイタズラされる気などさらさらないらしい。
「うー……。せっかく可愛い格好してるのに、全然可愛くない……」
悔し紛れにそう呟くと、ちょうどウィッチドレスの裾に手を伸ばしていたレンは少しだけ動きを止めて、三角の耳を小さく揺らしながら──。
「にゃあ」
「…………う」
──…不覚にもちょっと可愛いとか思っちゃったじゃない。
そんなことを考えているうちにまた裾へと伸ばされる手を、今度は甘んじて受け入れた。
End.
どうせ仮装させるならふたつでセットになってるものがいいなあと思い立ち、魔女と黒猫にしてみました。完全に趣味です。
Tweet |
|
|
1
|
0
|
追加するフォルダを選択
ハロウィンに書いたレンリン小説です。時期外れですみません。けっこう際どい感じの表現が出てきますがギリギリ全年齢。