No.277955

【虎兎】君想うシプレ【C80】

夏コミ突発で出したタイバニの薄い本。■突発だったにもかかわらずお手に取ってくださった方がいて本当にありがとうございました。むしろよく見つけましたね…!■タイトルは斎賀みつきアルバム「Atmosphere」の「君想うシプレ」から

2011-08-18 23:01:23 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:833   閲覧ユーザー数:823

彼の部屋を訪ねるのは珍しいことでは無かった。少し前までならば彼はまた何をしに来たのかと胡散臭そうな目で見て小さくため息をついたのだろう。いつものように窓際の椅子に座っていた彼はドアが開いた音に僅かに体を起こしたけれど、その姿を確認してから再び椅子に体を預けた。

「おい、バニー」

虎徹は帽子を取ると頭を掻いた。部屋の中は窓の向こうに沈もうとする夕日で赤く染まっていていつもと違って見える。彼の横顔も、まるで肌の色素を変えてしまったかのように茜色に染まっていた。まるで映画のワンシーンのような色だ。映画の中ならば悲しみに暮れた主人公に合わせて降り注いだ雨の後に、ハッピーエンドと共に綺麗な夕日が浮かんでいるものだ。だがしかし、残念ながら虎徹もバーナビーもそんな気分ではなかった。相変わらずバーナビーは犯人の記憶が何人にも変わって頭の中を混乱させたままで、少しだけ憔悴してるように見えた。昨夜は眠れたのかと問えば、瞼を閉じるたびに犯人が色んな人物に変わって繰り返されるばかりなのだという。その中に自分の顔も含まれていることを聞いた時には、さすがに虎徹は顔を顰めた。もう二十一年も前のことなのに自分がいるはずがない。それは彼も分かっていた。だからこそ余計に自分の記憶が信じられなくなって苦しめる。

「もう何を信じればいいのかわからなくなりそうです」

彼はそう言ってひきつった笑みを浮かべた。それはどこか寂しそうにも見えた。自分以外に誰も答えられないことは分かっているのに彼の目は正解を導いてくれと言っているようだった。その期待に応えることはできない。虎徹は自分の帽子を彼の顔に被せた。

「ここにいるから、少し寝てろ」

しばらくの沈黙の後に、彼の肩が震えているのが分かった。虎徹は眉間に皺を寄せるが、帽子を乗せたまま床に座る。まだ彼が自分を信じてくれなかった頃は行儀が悪いといやな顔をされていたのに、今はその小言すら飛んでくる気配はない。天井を見上げると先程まで赤く染まっていた部屋はいつの間には紫色にその色を変えつつあった。窓の向こうに見えていた夕日はシュテルンビルトのビル街の隙間に身を隠して夜の訪れを告げようとしている。ふと彼に目を移せば、帽子で覆い切れなかった頬に細い筋が光っていた。虎徹は再び窓に目を移す。明かりをつけていない部屋はお互いの輪郭だけが分かる程度にしか見えなくなる。ビル街は徐々に人工的な明かりへと移り変わり、彼の涙の筋に反射した。

(…どうして、こうなっちゃうかな)

彼は自分に救いを求めているのに、応えることなどできない。虎徹は帽子を拾い上げると、代わりに自分の顔を近付けた。薄いレンズの奥の瞳が、涙と同じ色に光ったのが見えた。その目がゆっくりと閉じられるのに合わせるかのように唇を触れさせる。いつもなら気にもしない柔らかい感触がまだ小刻みに震えていて、それを打ち消すかのように角度を変えて深くする。バーナビーの手が背中に回されて、ベストを掴んだ。椅子に手をついて彼に体重を掛けると彼は少し逃げるように身を引いた。二人の間に僅かに隙間が出来て、虎徹はさらに彼の体を押して密着する。互いの口の中を生温い空気が占めて、絡めた舌がその熱さを増してくる。バーナビーが少しだけ苦しそうな顔をして再び互いの唇の間に隙間を作ると冷たい空気が入り込んだ。

「…ん、ぅ…」

部屋の中にくぐもった声が響いて、思わず虎徹が顔を赤くする。声を上げた本人はさも当然のような顔をしているのに聞いている方が恥ずかしくなるとは不思議な光景だが、いつまで経っても慣れなかった。背中にあったバーナビーの手が腕に絡まって袖を握りしめる。ああまたネイサン辺りに変な位置に皺が出来ていることを目ざとく見つけられてしまうのだろうと考えてしまったことが少し可笑しくて笑いそうになる。

「なにが、可笑しいんです…?」

唇を離すとすぐにバーナビーは怪訝な顔をした。誤魔化すように笑って、虎徹は彼の首筋に触れる。相変わらず不器用なせいできっと彼に妙な疑惑を持たせてしまっただろう。それでもバーナビーからのそれ以上の追及はなく、虎徹はその耳朶を軽く噛んだ。眼鏡のモダン部分が鼻に触れて、バーナビーは噛まれた際に閉じていた目を僅かに開いて眼鏡を外した。フレームを掴んだ指が、ゆっくりとサイドテーブルに眼鏡を置いて軽い音を立てた。その手を取って指先を口に含むとバーナビーは思わず目を細めた。こんなことでしか彼を救えないことに絶望しそうになる。虎徹はその細く骨ばった指に舌を這わせた。

「…そういうの、ずるいですよ」

少し掠れた声で言う方が反則だろうと、先ほどまでとは違う震え方をする指を先端まで嘗めた。バーナビーの背をむず痒いものが走り抜けて指先から力が抜ける。思わず顔を逸らすと、虎徹の手がシャツの下に滑り込んで皮膚に触れた。固くなった指の皮膚が白い肌を擦る。彼の顔を見ようと思ったけれど照明を付けていないせいで、虎徹の輪郭だけしか見えない。その手がベルトのバックルに触れて金属音が響く。薄い布の上から触れられて思わず息を詰めた。既に熱を持ったそこは虎徹が触れるだけで固くなる。熱い息を吐こうとすれば虎徹の唇がそれを塞いで、息苦しさから逃れようと首を振るたびに緩やかに跳ねた髪が揺れた。額に滲んだ汗が耳の近くを伝って椅子に落ちた。唇が粘着質な音を立てて、虎徹の欲情を掻き立てる。彼の塗れた指が虎徹の頬に触れて、それから耳を掴んだ。

「いててててて」

急に耳を引っ張られて虎徹は思わず声を上げた。暗闇の中でバーナビーが笑ったのが分かる。いきなり何をするんだと自分の耳を抑えると、バーナビーが手を離して少しだけ痛みが和らいだ。彼が椅子から体を起こすと、窓の外からの光で彼の瞳の色がいつもと違って見える。なんなんだよ、と聞くと彼は少しだけ不満そうに口の端を曲げた。それでもどこか子供のような表情に見えて、虎徹は少し強めに彼の体を押し倒した。バーナビーが驚いた顔になるのも構わずに少し乱暴に服を剥くと隠すような素振りを見せるよりも早く虎徹は彼の中心を掴んだ。

「やめっ…ぅ、あ」

抵抗する余裕もなくなってバーナビーは震える手で虎徹の肩を押そうとする。虎徹はさらに動きを増してバーナビーの中の熱を追いつめる。性急な動きに虎徹を押し退けようとした手は肩を離れて自分の顔を隠すように覆った。暗くて見えないことが分かっているのに、それを考える余裕も無く彼に自分の情けない顔を見せたくないと言う想いだけが頭を占める。それが余計に虎徹を愉しませると冷静に考えていればわかるのに、こういう時は自分の思い通りにならないのが悔しい。

「虎徹、さん…」

いつもの自信満々な声など出せるはずはなかった。震える声が何度か虎徹の名を呼んで、バーナビーは彼を受け入れた。短い間でも魘されていた悪夢から逃れるように意識を手放す。くらいしかいの向こうから何度も繰り返される記憶が、今は出てこなかった。

「…バニー?」

虎徹の手が汗で額に張り付いたバーナビーの前髪を掻きあげた。その顔はうなされていた時とは違って安らかな顔をしている。それが根本的な解決ではないことは分かっているけれども彼が壊れてしまうことを選びたくはなかった。何度か髪を撫でから、手を離す。

「約束守れなくてごめんな」

パートナーであることを先に主張したのは自分なのに、自分からそれを断とうとしていることを彼はまだ知らない。早く伝えなければいけないと分かっているのに、虎徹は眠っている彼にさえいいだせなかった。

「お前は、一人でも大丈夫だろ?」

見捨てるわけじゃないと自分に言い訳をしているようで、虎徹はそれ以上何も言えなくなった。きっと明日も彼はまた調査を始めるだろう。虎徹はもう一度彼に触れようとして、止めると帽子を被り直して部屋を後にした。

 

 

 

 

了   


 
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