No.277220

かごめかごめ

みかんさん

今回は童謡の「かごめかごめ」をモチーフにしました。童謡ってなんか怖いの多いですよね^^; 夜中に書いてて背後が気になって怖かったです;; 「かごめかごめ」には色々な俗説があって、今回私が書いたもののほかに、宗教説・囚人説・遊女説・埋蔵金の居場所の示唆説などがあります。また、歌詞に矛盾があるのもこの曲の不思議な所ですよね。「夜明けの晩」とか「後ろの正面」とか。まあこれの解釈は前述した説によって異なるので、気になった方は調べてみてください^^ あと犯人は最後らへんまではわからないようにしたかったので、怪しい人物を3人用意しました。

2011-08-18 03:45:45 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:557   閲覧ユーザー数:557

 

――――かごめかごめ

 

 

「……順調ですね。成長に遅れもないし、心拍の乱れもない。この分なら、問題ないでしょう」

 丸く大きな眼鏡の位置を直しながら、医者は静かに言った。私はその言葉に安堵し、自分のすっかり大きくなったお腹を撫でた。お腹の中の赤ちゃんがそれに応えるように腹を蹴った。少し痛かったが、その痛みすら愛おしい。この痛みも、あと数か月後には味わうことができなくなっているだろうから。

「何か注意すべきことはありますか?」

 どうか無事に産まれてほしい。万全の状態で出産したい、赤ちゃんへの負担が少しでも軽くなるように。

「そうですね、もうすぐ臨月を迎えるのでその時期は適度な運動をするよう心掛けてください。それからいつお産が始まってもいいように、入院の準備も済ませておいてください」

 医者はカルテを書く手を止めて、こちらに顔を向けた。まだ20代後半くらいだと思われる外見には不釣り合いの時代錯誤な丸眼鏡。その奥から覗く神経質そうに細められた目。白衣に包まれた、筋肉などほとんどなさそうなひょろ長い身体。この医者は医者としての能力は高いと思うが、どうしても好きになれない。「おしゃれにまったく興味がありません」と主張しているような外見のせいか、もしくは彼の全体的に神経質そうな雰囲気のせいか、いや――――。

 医者はペンを動かしつつ、私の方を見つめてくる。ときどき全身を舐め回すような目で見てくるので気持ち悪い。ちらちらと盗み見をするような視線も不快だ。

 医者の外見から想像すると、おそらく今まで誰かを好きになったことがないのだろうと思う。ふつう異性を好きになったら身なりを整えようとするものだ。彼は今までおしゃれをするきっかけがなかったのだろう。だから好きになった人にどう接したらいいかもわからず、目を合わせることすら難しい。その結果、先ほどのような盗み見になったのだろうが……正直気持ちが悪い。

 

「……ほかの男の子供、か」

 

「えっ?」

 医者が何か小さな声で呟いたが、よく聞き取れなかった。

「いえ、なんでもありません」

 医者が口元を笑みの形に歪める。目はまったく笑っていない、形だけのうそ寒い笑顔。

「では、また来週来てください。食生活にも気をつけて」

「……はい、ありがとうございました」

 込み上げる吐き気を抑えながら、私は診察室を出た。背後で、医者が笑ったような気がした。

 

 

 

――――籠の中の鳥は

 

 

 診察室を出ると、夫が緊張した面持ちで椅子に座って待っていた。

「お疲れ。検査どうだった?」

「うん、順調。この分なら問題ないって」

 私は夫の隣に腰をかけながら答えた。夫はほっとしたように笑い、私のお腹に手を当てて愛おしげに撫でた。

「よかった……。早く産まれないかな」

 夫は本当に嬉しそうに顔を綻ばせた。その様子がなんだか微笑ましくて、自然と笑みがこぼれてくる。

「そういえば、今日おふくろが来るって。たぶんもうすぐ来ると思うけど」

「え?お義母さんが?」

 夫の母親、つまり私の姑にあたる人。いつも背筋を伸ばし、綺麗な藤色の着物を着こなしている。私は夫と結婚する時お義母さんに反対されていた。夫は一人息子だったから、悪い虫がつくのが嫌だったのだろう。しかしお義母さんの反対を押し切る形で、私たちは結婚した。だからお義母さんは私のことをよく思っていないし、私もお義母さんが苦手だ。

「あ、おふくろだ」

 夫が私の後ろを見て呟いた。振り返ると数メートル先にお義母さんが歩いてきているのが見えた。今日は無地の藤色の着物に銀色の帯をしている。帯には毬や花が舞っており、臙脂色の帯揚げと帯締めが全体を引き締めていた。

 夫が手を振ると遠目にでも笑ったのがわかった。慌てて立ち上がり、会釈する。しばらくするとお義母さんは数歩先の所まで来た。気に障らないように慎重に言葉を選びながら、私は深々と頭を下げた。

「お久しぶりです、お義母さん。ご無沙汰してしまってすみません」

「いいえ。それよりあなた、ずいぶんお腹大きくなったのね。検査はどうだった?」

 お義母さんが上品でゆったりとした口調で問うてくる。彼女は私のことを「あなた」と呼ぶ。名前を呼ばれたことは一度もない。私のことを認めていないという意思表示なのだろう。

「おかげさまで順調です。この分なら問題ないそうです」

「そう……あ、言い忘れていたけど、お産が終わるまであなたたちの所に泊まらせてもらうわね」

「えっ?」

「どういうことだよ、おふくろ?」

 夫も初めて聞いたようで驚いた表情をしている。

「あなた、そんな大きなお腹で大変でしょう?臨月を過ぎたらいつ出産してもおかしくないし、家事でも手伝おうと思ってね」

 お義母さんは小さく微笑んだ。目じりに刻まれた皺が深くなる。相変わらず名前を呼んではくれないけれど、もしかしたらお義母さんなりに、私のことを認めていこうと思ってくれたのかもしれない。

「お気遣いありがとうございます。狭い所ですが、それでもよければ」

「ええ」

 お義母さんは静かに笑って言った。

 

「……赤ちゃん、無事に産まれるといいわね」

 

 お義母さんがそう言った瞬間、何故か肌が粟立った。凄まじいほどの寒気がし、全身に鳥肌がたったのがわかった。

「……ありがとうございます」

 私は笑顔が引きつらないよう顔に力を込めながら、いまだにおさまらない寒気を抑えようと腕をこすった。

 

 

 

――――いついつ出やる

 

 

 それから数日後、幼稚園の頃からの付き合いの友人から電話がかかってきた。彼女の声は涙で濡れており、散々泣いたのかかすれてしまっていた。私は彼女の家へと向かい、話を聞いた。

「え、流産?」

 友人はしゃくりあげながらうなずいた。彼女は最近妊娠したばかりで2か月目だったらしい。妊娠初期は流産しやすいと言われているため彼女も気をつけていたそうだが、結局彼女の赤ちゃんは光を見ることも叶わず逝ってしまった。

「……赤ちゃんできて、すごく、嬉しかったのに………」

 友人は涙に詰まりながら呟いた。目は真っ赤に腫れていて、目の端が涙で切れてしまっていた。その様子はとても痛々しくて、私は慰めの言葉をかけることすらできなかった。ただ彼女が泣きやむまで、無言で隣に寄り添うことしかできなかった。

 彼女は妊娠した時、そのことを私だけに教えてくれた。その時の彼女は本当に幸せそうで、見ているだけで自然と顔が綻んだのを覚えている。名前は何にしようかとか、男の子か女の子か早く知りたいとか、本当に嬉しそうに話していた彼女は、今涙も枯れ果てたのか焦点の定まっていない視線を床に落としていた。

「大丈夫?」

 私はそう問いかけながら、水の入ったコップを手渡した。彼女はやはり焦点の定まっていない視線を向けながら受け取る。彼女はコップの中の水を見ながら、静かに口を開いた。

「……わたし、ずっとあなたに劣等感を持ってた」

「えっ?」

 思わず友人の方を見る。友人はいまだに水を見つめていた。

「美人で、頭も要領もよくて……わたしは容姿に自信もないし、いつも失敗ばかり。ずっと……あなたが羨ましかった」

 友人は無表情で言葉を紡いでいた。その姿に何故か寒気がした。

「……赤ちゃんができて、本当に嬉しかった。なのに…………」

 友人は俯いてしまった。しばらく沈黙し、何て声をかけようかと悩んでいると、友人がこちらを向いた。

「……ねぇ………」

 小さくか細い声で、呟いた。

 

「なんでいつもあなたなの?」

 

虚ろな目。私の方を見ているはずなのに、その目には何も映っていなかった。

ドジでおとなしいとずっと思っていた友人に、私は初めて恐怖を抱いた。彼女の目は暗く沈んでいる。その目で、私を見つめている。恐怖に体がすくんだ。

そのあと私は友人から逃げるようにしてその場をあとにした。冷や汗が額を濡らし、心臓の音がやけに大きく聞こえる。友人の虚ろな目が、脳裏にこびりついて離れなかった。

 

 

 

――――夜明けの晩に

 

 

ある日の夜中、私は尿意をもよおし睡眠を中断した。この家は1階にしかトイレがないため、2階で寝ていた私は下に降りなければならなかった。

廊下の明かりをつけ、階段へ向かっていると窓から月明かりが差し込んでいた。見上げると空は白みがかっていて、朝とはまた違った明るさをしていた。

 

 

 

――――鶴と亀が滑った

 

 

 階段に着き、一段目を降りようと足を浮かせた時。

 

背中を強く押された。

 

 一瞬の浮遊感。空中に体が投げ出されたのがわかった。視界の端に、藤色の袂が映る。

背後で、狂ったように笑う声がした。

 

 

 

――――後ろの正面、だあれ?

 


 
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