夏の戯れ
ぱしゃ――――――
パシャ――――――
パシャ――――――
ぱしゃ――――――
晴れ渡った空。浮かぶは真円の光。その光の残滓はそれ以外の光を遮り、己を引き立たせている。漆黒の天幕も今宵限りはダークブルーへと彩られ、仄かに優しく、大地に覆いかぶさっていた。
「いいお月さんですねー」
「そうだな」
岩に座る俺の隣には、ターコイズブルーの外套を纏う金髪の少女。昼間は暑さに茹だっていたが、この場所なら涼しさすら感じられるのだろう。いつものように眠たそうな顔で、俺に身体を預けている。
「冷たくないか?」
「ん…気持ちいい………」
視線の先、俺達より少し低い位置に腰を降ろした恋は、腿まであるロングブーツを脱いで、涼を取っている。
パシャ――――――
ぱしゃ――――――
恋が伸ばした脚を交互に上げ下げする。その度に涼やかな音が風に乗って通り抜け、冷たさを俺達に錯覚させてくれる。
「たまには、こういう時間もいいのかもな」
「そですねー。でも風としては、おにーさんと2人きりでも全然かまいませんけどー」
にゅふふと笑う風に、恋が振り返り微笑みを返す。
「風…抜け駆け、禁止」
「冗談ですよ、恋ちゃん」
「ん…知ってる………」
「むむむ、軍師としての立場が………」
溜息を吐きながら、風は懐から棒のついた渦巻き飴を取り出し、恋に放る。
「風の策を見破ったご褒美です」
「…はいりょーする」
「え、俺の真似?」
ぱしゃ――――――
パシャ――――――
暗い海の天辺に名月。蒼い池の畔には、紅い髪の少女。隣に座る少女の髪は、月の光を受けてぼんやりと輝いている。
「―――そしておにーさんも、キラキラ輝いている、と」
「恥ずかしいから、独白を読むのはやめてくれ」
風が目を瞑ったまま聞き流す。
「だいじょぶ…」
「何がだ?」
飴を片手に、恋が見上げてきた。
「一刀は、いつも…輝いてる……」
「やめてくれ、恥ずかしい」
いつものように、邪気など感じられるはずもない瞳。その奥底の真意を見抜く術を、俺は持たない。だが、なんとなくわかる。感じられる。
「ん…頑張る……」
恋は何も考えていない。いや、様々な思考が浮かんでくるのだろうが、そのすべてを受け流す事が出来る。そんな表情をしている。
「恋ちゃんは純粋ですねー」
「風よりはな」
「むー」
パシャ――――――
パシャ――――――
ぱしゃ――――――
むくれる風の頭を撫でた。途端、その身体から力が抜ける。
「にゅふふ、おにーさんは優しいので大好きです」
「………」
「おっ?照れていますねー。にゅふふふにゅっ!?」
ここぞとばかりにつついてくる風の両頬を手で摘まむ。
「ほひーはん、はふかひーへふぅ」
「『おにーさん、春がいいです』か?そうか、風は夏より春が好きだって言っていたもんな」
「にゅふー」
アヒルのような唇から、なんとも気の抜けた音が漏れ出た。
「くっくっく……そうむくれるな」
「みゅふぅ、おにーさんは相変わらずのイジメっ子なのです。風は怒りました」
「悪かったって」
「つーん、です」
パシャ――――――
ぱしゃ………
断続的に届いていた音が止まる。気配に顔を上げれば、スラリと伸びた恋の素足がわずかに雫を纏わせている。その上には刺青の彫られたくびれに、白と黒の上着と、緩やかな風に揺れる赤紫の襟巻。さらに視線を上げてみると、葡萄酒色に透き通った瞳が俺をじっと捉えている。
「どうした?」
「一刀…イジワル、だめ」
「恋ちゃん恋ちゃん、おにーさんが苛めます。お助けをー」
「ん……」
風が袖で目元を隠しながら恋に訴える。恋は頷き、俺の襟を掴みあげた。
「え?ちょ、恋!?」
「……乙女心を、一刀はもっと考えた方がいい」
「いつの間にそんな繊細な心をぉっ―――!?」
宙空に俺は投げ飛ばされる。天地の入れ替わった視界の中で、俺は見た。恋の背によじ登った風が、その耳元に口を寄せているのを。
「そういう事―――」
最後まで呟き切る事なく、昏く冷たい空間に頭から飛び込んだ。
「(………夏でよかった)」
底へ底へと沈みゆく俺の身体を、大小さまざまな気泡が撫でていく。しばらく脱力したまま、暗い水の中から水面を見上げた。そこに映るは歪んだ月。されど、その光は俺のもとまで届いている。
「(元の――こっち―――今頃――――恋に風――――――――)」
理由はわからない。何もなく、ただぼんやりと浮かんだまま、俺はふと郷愁に駆られた。別の世界を想い、置いてきてしまったものを想う。目尻から涙が滲むのがわかる。
「(これ以上は―――)」
意味のない事だ。そう思い込もうとするよりも早く、涙は止まる。
「(………まったく、バカだな)」
水中でありながら、思わず笑みが零れる。自嘲ではない。新たな気泡の群れと共に現れた、2人の少女へのものだった。
ゆっくりと水底に背をぶつけた俺は、身体を起こす。砂を蹴って上昇し、こちらに真っ直ぐ伸ばされた2つの手を握る。そのまま2人の身体の上下を入れ替え、腰に手を回し、光射す揺らいだ天幕を目指した。
「―――ぷはぁっ!」
「ぷふぅ、服を着ているから泳ぎ難いですねー」
「ぷひゅー…」
久しぶりの空気を味わう俺の首に風が腕を回し、恋は口から水のアーチを作っている。
「何やってるんだよ、お前達は…」
「にゅふふ、おにーさんを助けに行ったのですよー」
「みんなで、水浴び……」
風はまったく悪びれず、恋に至っては見当違いの事を言っている。だが――――――
「そうだな。もう少し、このまま涼んでいくか」
――――――これが俺達だ。俺たちの、いつもの光景。
「でも風は泳げないので、このままでお願いしますー」
「はいはい」
首にしがみついた風が肩から顔を覗かせる。恋は仰向けに水面に浮かんでいた。
「恋」
「なに…?」
上を向いたままの恋まで泳いでいくと、視線だけこちらに向けて返事をする。邑を出た頃とはまったく別の、安心しきった瞳。思えば遠くまできたものだ。
「恋…」
右腕で恋の背を支え、左手で頭を軽く持ち上げる。
「ん――」
その濡れた頬に、そっと唇を落とす。片目を瞑ってそれを受け入れる恋の顔が、視界の端に映る。
「むー」
「わかってるよ」
背中で不満の声を洩らす風を身体の前まで持ってきて、その頬にも口づけた。
「おにーさんは………おにーさんは相変わらずの女たらしなのです」
「嫌だったか?」
「そんな訳ありませんよー」
この薄暗がりのなかでも分かるほどに頬を赤く染める風。
「風…恥ずかしい………?」
「そんな事ないです」
気付けば、恋も風の背を手で支えて、その顔を覗きこんでいた。
「おにーさんはいつも突然で、驚いただけです」
「ん……」
照れた風の言葉に、恋も笑みを零す。その優しげな瞳に、俺もつられて微笑んだ。
見上げれば満天の星空などない。あるのは暗く碧い天幕と、俺達を照らす真円の月。水面は透明な青に染まり、そこに反射する光が俺達の顔を照らす。
「もう少し………」
「どしました?」
「……?」
ふと口から出てきた言葉に、恋と風が反応する。俺は月から2人に視線を移して答えた。
「もう少しだけ……こうしていたいな」
「………」
「………………ん」
俺の言葉と表情に何を読み取ったのだろう。風は慈母のような瞳で俺を見つめ、恋は数瞬の沈黙の後、頷く。
「………………ありがとな」
俺は微笑みを返し、再び水底を目指して無重力へと飛び込んだ。
あとがき
ということで、『第2回恋姫同人祭り』に投稿させて頂きました。
ずっと暑い、というか熱い日が続くので、涼む意味でもこんな作品に仕上がりました。
本編を読んで下さっている方々はご存知と思いますが、香ちゃんはいません。カワイソスwww
副題にもある通り、『外々伝』なので、本編に関係あるようでありません。
エ〇ゲで言うと、関連イベントがあったのにフラグが立っていない、みたいな。
そんな感じで、また次回。
バイバイ。
追伸:『御遣いと天子』とどっちを書こうか迷ったのは内緒だぜ。
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ただいま『第2回同人恋姫祭り』が開催中という事で、一郎太も書いてみました。
まったく本編と関係ないもので書いても良かったけど、一郎太の作品もより多くのユーザーの方に知って頂きたかったので、本編と絡めたキャラの性格と内容に致しました。
まぁ、本編読んでなくても楽しめると思います。
という事で、参加条件をチェック。
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