No.274443

真・恋姫無双~君を忘れない~ 四十二話

マスターさん

第四十二話の投稿です。
一刀の言葉に己の覚悟を決めた桃香は、それを示すために一人で戦場へと赴く。自らの過ちを認めながらも、彼女は王としての一歩を歩んでいくのだ。
劉備邂逅編もこれで終了です。本当に申し訳ありませんでした。それでは、どうぞ。

コメントしてくれた方、支援してくれた方、ありがとうございます!

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2011-08-15 21:01:12 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:11948   閲覧ユーザー数:9212

一刀視点

 

 ――劉表軍を皆殺しにしろ。

 

 その台詞に劉備陣営の誰もが驚きを隠せない中で、劉備一人だけが冷静な面持ちで俺を見つめていた。俺が告げる次の言葉を待っていた。感情で即座に否定でもすれば、即刻この話し合いはなかったことにするつもりだったが、どうやら杞憂のようであった。

 

「劉表軍は内密にあなたを殺そうとしている」

 

 その言葉に劉備以外の人間はさらに声を失った。劉備自身も俺のこの唐突な告発に動揺はしているようだが、それを押し殺して、俺に続きを無言で促してくる。

 

「これが昨夜、劉表軍から密かに俺の陣営に送られた密書です」

 

 俺は懐から一枚の書簡を取りだした。それを劉備陣営に見えるように掲げた。

 

 俺が趙雲さんから劉備陣営の経緯を聞く中で、もっとも違和感を抱いたのが、劉表軍の参戦であった。劉表自身は劉備にある程度信頼を寄せていたはずだが、劉備の存在を疎ましく思っている存在がいたはずだ。

 

 劉表の側近として重用されていた蔡瑁である。趙雲さんの話を聞く限りだと、今回の出兵における劉表軍の借用に口を挟んでいないという。しかし、確かにこれまで劉備を貶めるように画策をしていたという。

 

 その蔡瑁が今回の派兵に異議を唱えないはずがない。確かに曹操さんの南下を考えれば、いま益州を手中に納めることは、曹操さんとも互角に渡り合えることを可能にする以上、反対はしないかもしれない。

 

 しかし、それが成功してしまえば、劉備は劉表から更なる信頼を寄せられることになり、自身の失脚は目に見えている。その状況で、自身の保身を捨ててまで、劉備に兵を貸し出すとは考えられなかった。

 

 更に俺の疑惑を決定づけたのが、その劉表軍に監軍として蔡瑁の身内である蔡和と蔡中が同行していたのだ。蔡瑁が何か企んでいることへの、俺の疑惑は確信へと変わっていった。

 

 その時点で俺は劉備にまだ会っていなかったのだけど、もしものときのことを考えて、その証拠をきちんと押さえておきたかった。

 

 そこで俺は麗羽さんに相談したのだ。俺の話を聞くと、麗羽さんは優雅に笑いながら、それを確かめてみますわ、と軽く言った。

 

 麗羽さんは秘密裏に蔡和と蔡中とコンタクトを取ったようだ。彼女は相手の腹の内を探るのが得意のようで、すぐに二人が蔡瑁から戦闘中に密かに劉備を暗殺するように命令を受けていることを聞きだした。

 

 彼女の驚くべきところは、それを逆手にとって俺たちと劉表軍の同盟を提案したのだ。劉備を暗殺した暁には、益州と荊州で合力して曹操軍を撃退する。曹操軍を恐れている劉表陣営からすれば、それは願ってもない申し出であったであろう。

 

 そして、その返事が昨夜に麗羽さんの許に届いたという。勿論、麗羽さんからの提案を快く受けるという旨が書かれていた。決定的な証拠を俺たちは手にすることが出来たのだ。

 

「劉備殿、劉表はあなたを亡き者にしようとしている。あなたに与えられる選択肢は二つ。自分たちの将兵を守り、理想の国を造り上げるために劉表と絶縁し、宣戦布告の意を込めて、この場で劉表軍を殲滅するか。あるいは、この場で俺たちと刃を交えるか。どちらかを選んでもらおう」

 

 劉表軍を殲滅することはそれまで彼女が掲げていた理想――話し合いによる解決という手段とは真逆の行為である。その行為が、彼女をこれまで慕っていた者にとってどう捉えられるのか。

 

 失望されるかもしれない。非難されるかもしれない。しかし、彼女はその汚名を敢えて被らなくてはいけないのだ。自身がこれから覇道を歩む者であると、曹操さんたち各国の王と肩を並べると、それを大陸中に告げるために。

 

 ――王になるにはそれだけの覚悟がいる。

 

 俺は劉備に目でそう告げた。

 

 相手がこちらを殺そうとするなら、民を守るため、自分を支えてくれる仲間を守るために、殺される前に相手を仕留めなくてはいけない。話し合いなんて綺麗事、乱世においては通用しない。

 

「私は……劉表軍と戦います」

 

「わかった。しかしその戦い、誰の力を借りることは許さない。劉備殿、あなたが一人で兵を率いて、劉表軍を殲滅するのだ」

 

「そんな! 無茶だ! 兵を率いるのなら、私が――」

 

「駄目だ。これまで家臣に甘え続け、本来ならば器であるあなたが負うべき業を、全て家臣が代わりに負ってきた。その罪を償うために、誰の助力を請うことは許さない」

 

 関羽の言葉を遮ってそう言い放つ。その言葉に唇を噛み締める。劉備軍は二万、劉表軍は三万、その差はあれど、兵の錬度を考えれば勝てない戦ではない。

 

 しかし、それは関羽や張飛といった猛将が兵を率い、諸葛亮、鳳統といった軍師が戦を万全の状態に導いてこそ成り立つことである。これまで先陣を切って戦に参加してきたわけではない劉備だけが兵を率いるということは、それだけ敗北の可能性が高まるということを意味している。

 

「駄目だ! そんな危険な戦に桃香様だけを背負わせるなど――」

 

「愛紗ちゃん……」

 

 尚も食い下がろうとする関羽の肩に、そっと劉備が手を置いた。

 

「大丈夫だから。これは私一人がやらなくちゃいけないことなの。これまで私だけが甘えてきた罰を受けなくちゃいけないの」

 

 慈愛に満ちた表情であるが、瞳だけは確固とした意志が秘められていた。

 

「宜しい。劉備殿、その覚悟をこの目で見させてもらう」

 

桃香視点

 

 私の目の前には麾下の二万の軍勢が広がっていた。あれからすぐに本陣に戻り、自軍の兵のみを連れて元の場所まで戻ったのだ。蔡中さんと蔡和さんに北郷さんから渡された密書を示し、決戦を申し込んだのだ。

 

 二人は焦った表情でそれは敵方の罠であると言い募ったが、私はそれを聞き入れなかった。北郷さんは嘘なんて吐いていない。あの人はそんな小策を弄するような人じゃない。会って間もないというのに、それだけは確信していた。

 

 目の前の兵士の顔じっくり見ながら深呼吸をした。これから私がやろうとしていることは、私が嫌いだった戦争なのだ。三万もの大軍とこれから殺し合いをするのだ。

 

 これまで戦に参加したこともあるのに、私の足は不様に震えていた。すぐにもここから逃げ出したい衝動が湧き起こるのを必死に抑えながら、皆に語り出すべく一歩前に出た。

 

「皆、聞いてください。これまで私は話し合いで物事を解決しようと思っていました。争いなんてせずとも、皆が笑って幸せになれると信じていました。だけど、それじゃ駄目なんだってやっと分かりました」

 

 曹操さんが教えてくれて、北郷さんが叱ってくれた。私は自分がこれまで抱いていた理想を捨て去らなくちゃいけない。私が縋りついていた理想は、民を守るものではなかった。それは自身を守るためのものだったんだ。

 

「夢を叶えるためには、自分を犠牲にして、皆を犠牲にして、それでも前に進まないといけないんです。私はこれより乱世に身を投じ、何が起ころうとも歩みを止めません。皆は今までの私の理想に共感したから、ここにいるんだと思います。もし、私に幻滅した人がいるのなら、この場から今すぐに逃げてください」

 

 私の甘えに皆を巻き込むわけにはいかない。本来であれば、ここで犠牲が出ることさえ許されないこと。だけど、私はそれも全て呑み込まなくちゃいけない。どんな非難も甘んじて受け入れなくてはいけない。

 

 少しの間だけ沈黙が流れた。しかし誰一人としてその場から立ち去るものは現れず、皆が私の瞳を凝視している。その表情に爛々と闘志を滾らせて、私の命令を待っている。

 

「ありがとう。どうか死なないで下さい。私と共に戦い、生き残ってください」

 

 兵士に向かって深々と頭を下げた。皆がこんな私を信じてくれていることに落涙しそうになったが、戦の前にそのような姿を見せるわけにはいかない。私の夢への道は今日から始まる。

 

 もう逃げない。

 

 もう甘えない。

 

 もう負けない。

 

 私が皆を守るんだ。

 

 私は静かに腰から靖王伝家を抜き、それを頭上に翳した。

 

「劉備軍はこれより劉表軍と袂を分かちます。我らが目指すは唯一つ。皆の笑顔を守るために、誰もが笑いあえる理想の国を造り上げます――」

 

 一つ深呼吸をする。

 

「全軍、出陣っ!」

 

 兵士の雄叫びと共に全軍が劉表軍に向かって突撃した。

 

 敵は既に鶴翼の陣を組んでいる。数の利を活用してこちらを包囲、殲滅する考えのようだった。

 

「二段に陣を組みます! 前衛は左右に別れて、両翼を押さえて下さい! 後衛はその間隙を縫って、敵の中央を貫きます!」

 

「はっ!」

 

 私の側にいた副官が速やかに命令を全軍に行き届かせるべく伝令を放った。

 

 心臓の鼓動が大きくなって自分がきちんと話せているのかも分からない。敵が近付くにつれて、自分の呼吸が荒くなっていることに気付く。

 

 これが戦――これまで後方で皆に守られていた私にはこんな恐怖を知らなかった。死が常に隣り合わせのこの環境に身を置くことなんてなかったのだから。

 

 前衛が左右に分かれて、敵の両翼の突撃を正面から受け止めた。数の差はあっても、相手は陣を広げているから、しばらくの間は保つはず。その間に中央の本陣を突き崩す。

 

 私が後衛を率いている。後衛は騎馬隊三千を先頭に、まずは相手の陣を切り裂く。そして、後ろに控える歩兵隊がその間を喰い広げるように、隙間に割って入る。

 

 これまで何度も戦を見てきた。だからそれが、私が出来る最善の手だと分かっていた。だけど、脳裏に広がるのは敗北する光景。

 

 考えない。

 

 ただ前に進む。

 

 勝利を掴む。

 

 後ろを振り向かない。

 

「劉備隊、突撃します! 目標、敵軍中央の本陣!」

 

 声を嗄らして兵士に檄を飛ばした。前衛が展開した先に本陣が見えた。馬腹を蹴ってそこに向かう。剣を抜いてただひたすら駆けた。

 

「総大将を守れぇぇぇ!」

 

「劉備様に指一本触れさせるなぁぁぁ!」

 

 私の後に多くの兵士が続いた。頭の中が真っ白になって何も考えられない。身体中が炎を上げるように熱くなっている。

 

 衝突の瞬間、敵の槍が私の頬を掠めた。痺れるような痛みがあったが、そんなものを構っていられない。自分でも何を言っているか分からないが、口からは雄叫びが勝手に上がる。

 

 私のすぐ横にいた兵士が落馬した。彼は確か義勇軍を立ち上げた当初からいた青年だった。黄巾賊に家族を殺された恨みを果たすべく、私たちの仲間に加わったのだ。

 

 唇を噛み締める。すぐに皮が破れ口の中に嫌な味が広がった。立ち止まってはいけない。彼の死を無駄にしないためにも、この戦に勝利するのだ。

 

 その刹那、何かが脇腹を打ち、私も馬から吹き飛ばされてしまった。何とか後方から来る馬に踏み潰されずに済んだが、私の目の前に槍を構えた蔡和さんの姿が映った。

 

「劉備、その首もらったぁぁぁ!」

 

 馬上から槍を私の身体目掛けて突き放った。

 

 死ぬの?

 

 負けるの?

 

 夢も潰えるの?

 

 いや、死ねない。負けられない。夢も潰させない。生き残って、勝って、夢を掴み取るんだ。もう逃げない。もう目を背けない。もう誰も死なせない。

 

「やあぁぁぁぁぁぁ!」

 

 靖王伝家の柄を強く握りしめ、闇雲にそれを前に突きだした。

 

 どのくらいその体勢を続けていたのか分からない。それは一瞬だったのかもしれないし、永遠とも思えた。

 

 目を開くと、私の剣が相手の喉を貫くのが見えた。そこから大量の血液が噴出し、私の髪も服も肌も濡らした。むっとする悪臭が漂い、思わず吐きそうになるが、口を押さえてでも体内に留める。

 

「敵将蔡和、劉玄徳が討ち取ったぁぁぁぁ!」

 

桔梗視点

 

 劉備の口上は決して良いものだとは言えんだろう。本来、口上は開戦前に味方の士気を大きく上げるためにするものだ。その場で兵士に向かって謝罪するなど――君主が簡単に頭を下げるなど、誉められるべき行為ではない。

 

 しかし劉備軍の士気は一気に上がった。それは儂らの軍と比べても遜色ないほどであった。それだけあの言葉が兵士たちの心に響いたのだ。

 

 兵はおよそ一万の差があった。部隊の布陣を見る限り、劉表軍を率いているものはかなり戦下手のようだ。これだけの兵数差で部隊をあのように広げては、鶴翼の陣を布いたところで、すぐに突き破られてしまうだろう。

 

 劉備にとってそれは幸運だったのだろう。劉備自身も戦上手なわけではない。常に関羽や諸葛亮の指揮を見ていたとはいえ、実際にそれをするのは全くの別物だ。

 

 だが劉備の鬼気迫る表情はその穴埋めをするように、兵士たちの闘争心に火を付けていた。誰もがあの娘を守ろうと、自分の身を盾にするようにひたすら前進したのだ。

 

 劉備が敵将の一人である蔡和を討ったという報告に、敵軍は大きく取り乱し、陣形を崩してしまった。両翼も完全に動きが止まってしまい、すぐに潰走を始めてしまったのだ。

 

 よく調練された軍なら将がいなくとも、ここまで算を乱すことはなかっただろう。相手が劉表軍であったことが再び劉備に勝利を近づけたのだ。

 

 劉備は自ら追撃部隊を率いて、敵を追い散らした。劉備軍はまるで竜巻のように敵を追い詰め、殲滅していった。その動きには一切の迷いが見られなかった。

 

 追撃は日暮れ近くまで続いた。徹底的に何の容赦もなく行われた。その行為は、それまで話し合いで解決しようなんて言っていた人物が率いている軍とは思えないくらい、凄惨で惨いものであった。

 

 北郷は諷陵に逗留していた全軍を終結させて劉備軍を迎えた。

 

 先頭を劉備が歩いて来た。その姿は全身を血と汗で汚し、それまでの気弱そうな少女の面影を一切残していなかった。

 

「北郷さん、約束を守りました」

 

 劉備はそれでも笑っていた。最初に会ったときと同じような柔和の微笑みを顔に浮かべたまま北郷にそう言った。

 

 いや違う。

 

 劉備は無理矢理に笑顔を作っているのだ。足はガクガク震えており、表情もよく見れば強張り、今にも泣きそうなくらいであった。それでも劉備は微笑んだのだ。

 

 兵の前で泣くわけにはいかない。それを貫くために身体から湧き起こる恐怖を、痛みを、悲しみを、ただひたすら呑み込んで、必死に表情を作っているのだ。

 

 この娘はもう弱いだけの小娘ではない。

 

「劉備殿、見事でした」

 

 北郷はただ一言そう告げた。しかし、その表情には、声音には、先ほどまで劉備を否定していた北郷の姿はなく、いつも通りの優しい北郷に戻っていた。北郷は劉備を認めたのだ。

 

「劉備殿、今回の戦にてお主の覚悟は確かに見届けた。だが、儂らはお館様の意志を尊重したに過ぎませぬぞ」

 

 儂の言葉に劉備はニコリと微笑んでみせた。

 

「はい、わかっています。きっと今のままじゃ、益州の将兵も民も、私たちのことを認めてくれませんよね。ですけど、私は北郷さんと約束したんです。王になるために、自分の理想を実現させるために、自分の全てを懸けて戦うって。だから、私は頑張りますよ」

 

 胸の前でぐっと拳を握りしめる姿には、まだまだ少女としてのあどけなさが残り、何やら微笑ましさすら感じるものがあった。しかし、彼女は自分が置かれた身分を誰よりも理解しているのだ。

 

 いくら北郷が彼女を認めようと、おそらく彼女と会っていない益州の将兵は、彼女が王であると認めはしないだろう。たとえ漢中王という名があったところで、それが浸透するまでの間、多くの人間が彼女に反発する。

 

 その意を込めて儂はさっきの言葉を告げたのだが、それはどうやら無駄であったようだな。

 

 彼女はどんな汚名も批判も全てその器で呑み込むつもりなのだ。微笑みの中に楽観的な考えなど微塵も見られなかった。

 

 どうやら儂が心配するまでもないようだ。彼女はもう人に甘えない。自分の力だけであっても、自身が認められるまで必死に足掻くだろう。

 

 この娘にこのような強かな面があるとは驚いた。北郷はそれを最初から見抜いていたのであろうか。それを承知した上で、彼女に覚悟を決めさせるために、あのようなことを言ったのであろうか。

 

 まぁ、そんなことはどちらでも構わない。ただ儂らは劉備たちを見守るだけだ。こやつが本当に漢中王と称するだけの器があるか、彼女はそれを示すために、もう逃げるなんて選択肢は残されていないのだから。

 

北郷視点

 

「北郷さん、約束を守りました」

 

 劉備の表情には晴れやかさがあった。おそらく自らが先頭に立って敵陣に斬り込むなんてことは、これまでしてこなかったはずだ。その恐怖を感じながらも、その恐怖に震えながらも、彼女は自らの手で勝利を掴んだのだ。

 

「劉備殿、見事でした」

 

 俺はそれだけを告げた。今の彼女にどんなに言葉を並べたてて誉めちぎったところで、大した意味はないだろう。その一言だけで、彼女には俺の気持ちが十分伝わったはずだ。

 

「劉備殿、今回の戦にてお主の覚悟は確かに見届けた。だが、儂らはお館様の意志を尊重したに過ぎませぬぞ」

 

 桔梗さんの言葉は益州の将兵を代表したものだ。今回の件を俺は誰にも相談せずに実行に移してしまった。後できっと桔梗さんにも苦言を呈されるだろうな。

 

「はい、わかっています。きっと今のままじゃ、益州の将兵も民も、私たちのことを認めてくれませんよね。ですけど、私は北郷さんと約束したんです。王になるために、自分の理想を実現させるために、自分の全てを懸けて戦うって。だから、私は頑張りますよ」

 

 劉備は桔梗さんの言葉に何の迷いもなくそう答えた。

 

 彼女の勝負はこれからなんだ。これまでの未熟であった事実はもう消せない。しかし、それを払拭するために努力することは出来る。いや、王を称するのなら、そうしなくちゃいけないんだ。

 

「北郷さん――いいえ、北郷様。私は未熟者で、一人では何も出来ません。どうか私たちを助けて下さい。私たちの理想を叶えるためにはあなたの力が必要です」

 

 劉備は俺に頭を下げた。それは甘えなどではなかった。また俺たちに臣下の礼をとっているわけではない。俺たちと肩を並べて共に天下を取ろうと誘っているのだ。俺たちもその器に納めようとしているのだ。

 

「劉備殿、これまでの数々の御無礼をお許しください。益州を統べる者として、あなたを受け入れます。これより、天の御遣いはあなたの横に立ち、友としてあなたを支えましょう」

 

「ありがとうございます。あなたに私の真名を預けます。私の真名は桃香、これより桃香とお呼び……くだ……さ……い」

 

 そこで安心感が一気に押し寄せてしまったのか、劉備――桃香はその場で気を失ってしまい、俺は彼女が倒れないように彼女の身体を支えた。

 

「桔梗さん、すいません。また勝手なことをしてしまって……」

 

「何を仰りますか、お館様。儂はお館様の為すとこなら異存はありませんぞ」

 

 そう言う桔梗さんの目は笑っていなかった。今夜は紫苑さんも交えて延々と説教されることが決定した。

 

「ほ、北郷殿……」

 

「ん?」

 

 そこで劉備陣営の将が不安そうな目でこちらを見つめていた。

 

「関羽殿、あなたたちの王を侮辱したことを謝罪します。先ほど申したように、あなたたちさえ良ければ、俺たちと共に来て欲しい」

 

「はい! 私は固より、我ら全員、桃香様の側で力を尽くす所存です!」

 

 ――しかし、と伏し目がちに続けた。

 

「私は桃香様を傷つけてしまった。私は誰よりも桃香様の力にならなくていけないのに、私は……私は……」

 

 既に瞳からは涙が零れんとしていた。この娘もまた自分の主君のために今回の出兵もしたはずだった。ただ、少しだけ間違っていただけなんだ。それは誰かが一言注意してあげれば良かったようなことなのかもしれないが、誰もそれに気付くことが出来なかった。

 

「関羽殿、あなたの義侠心、主への忠誠心、それはとても美しい」

 

「う、美しい!?」

 

「ただ、少しだけ瞳が曇っていただけなんです。澄んだ瞳のあなたは誰よりも頼りになる。それに、義妹であるあなたが義姉を支えずに、誰が彼女を助けることが出来るんだ」

 

「し、しかし!」

 

「関羽殿! 俺もあなたを必要としているんだ! どうか力になってくれ!」

 

 俺は関羽の手をぎゅっと握ってお願いした。彼女は劉備軍を一人で背負っていた。それだけの実力の持つ彼女は、桃香にとって不可欠な人なんだ。

 

「わ、分かりました! わ、我が真名は愛紗、これより我が武をあなたと桃香様に捧げます……」

 

「ありがとうございます!」

 

 良かった、と思っていると、何故か桔梗さんが誰にも見えないように俺の足を蹴ってくるんだけど。しかも、結構な強さで……。

 

「お館様、それよりも戦の終結を宣言なされ」

 

 何も言わせぬという口調で俺にそう告げる桔梗さん。どうして彼女はここまで不機嫌になってしまったのでしょうか。そして、痛いので蹴るのはもう勘弁して下さい。

 

「益州の兵よ、そして劉備軍の兵よ! これよりは我らは共に乱世を駆け抜ける同士となる! 劉玄徳という王と、天の御遣い――北郷一刀は盟友として支え合い、必ずや大陸に平和をもたらすであろう! この戦、我ら全員の勝利とする! 全員、勝鬨を上げよ!」

 

 兵たちの声と共にこの戦は終結した。俺たちは新たに桃香達を仲間に加えて、これより曹操さんたち諸王と剣戟を交えることになるだろう。それが如何に厳しい道であっても、俺たちは歩みを止めるわけにはいかないのだ。

 

あとがき

 

 第四十二話の投稿です。

 言い訳のコーナーです。

 

 さて、やっとのことで劉備邂逅編を終えることが出来ました。

 

 皆様がこの展開をどう受け取るのか、作者は相変わらず不安で一杯です。胃が痛くなりました。何度も申していますが、作者は駄作製造機なのです。これでも必死に考えた展開なのですよ。

 

 前回最後の一刀くんの台詞はこんな感じに繋がりました。星の話に彼が抱いた「違和感」の正体こそ、劉表軍の参戦だったわけですね。御存知の通り、蔡瑁は劉備を暗殺しようとしていて、演義でも的盧で何とか逃げ去るエピソードが有名だとは思いますが、この物語でもそれは同じでした。

 

 少しでも成程な、と思って頂ければ嬉しい限りですね。

 

 前回のコメントで一刀くんも覚醒した、というものを頂きましたが、半分は正解です。そもそも彼の成長には目覚ましいものがあり、桔梗さんですら彼のことを完璧に認めています。

 

 更に今回、桃香と出会うことで、過去の自分と対峙したことになります。それは彼に更なる成長を促し、今回のような発言も出来るようになりました。

 

 さてさて、今回は桃香の覚醒回であったわけなのですが、如何だったでしょうか。かなり原作とは異なり、弱者ではない桃香になっていると思います。

 

 兵を鼓舞しながら自ら先陣を駆けるシーンなど、脳裏に浮かべながら御覧になると尚良いと思います。キャラ崩壊だと非難されればそれまでの話なのですが……。

 

 しかし、自らの過ちに気付き、死にゆく兵士たちの側で剣を振るう姿は、正しく己の覚悟を決めた人物ではないかと。

 

 本文中にもありますが、これは彼女の王としての最終形ではなく、むしろ始まりに過ぎないのです。おそらくこれから彼女は様々な苦難に遭うことでしょう。しかし、そこから逃げず、誰にも甘えることなく自らの手で道を切り開いてくれると作者は信じています。

 

 さてさてさて、やっとのことでここまで物語を進めることが出来ました。これも皆様の声援があるおかげでございます。

 

 次回は時期的に「第二回同人恋姫祭り」が開催されると思いますので、そちらに向けて執筆しようかなと思っております。本編をお待ちの皆様には大変申し訳ないです。

 

 一応テーマが自由という、何を書いて良いのやらという、むしろ不自由なテーマなのですが、作者としては「シリアス」という場違いなテーマで書こうかなと思っております。

 

 ギャグセンスも、読者様をニヤニヤさせるセンスも欠如している作者が唯一書ける分野でありますので、番外編で書いているようなシリアス一辺倒な作品にしようかなと思っております。

 

 まぁ、そんな作品、どこに需要があるんだよ、という突っ込みは置いておいて、一人でも楽しんでもらえればなと思っています。

 

 相も変わらず駄作ですが、楽しんでくれた方は支援、あるいはコメントをして下さると幸いです。

 

 誰か一人でも面白いと思ってくれたら嬉しいです

 


 
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