六月二十七日、高校に入って三度目の部活動である。小学生の時から数えて百十一回目、なんとゾロ目だ。記念日だ。
この日の部活動を、神介は非常に楽しみにしていた。
楽しみにしすぎていたせいで、午後のけだるい感じの教室に、グオオオンという獣じみた咆哮が轟いた。
「……くっ」
神介は腹を押さえ、内部の獣の要求を抑えた。
──今は耐えるんだ! まだその時じゃない!
授業終了まであと三十分以上もある。
部活動に備えて昼食を抜いたのがいけなかったのか……。
今や神介の胃は炎上を通り越して空焚き状態だった──空腹という名の炎によって。
午前中には一時間に二、三度。午後に入ってからは急激に増えて十分に二桁、記録更新ペースで腹に住まう獣が吠えている。
六時間目の古典担当教師、そして神介たちA組の担任でもある澄川吉郎が、音の発生源である神介をじろりと睨むが、普段は厳しい澄川も、さすがに生理現象までは叱れないようで、今日ばかりは睨むだけに留まっている。
雑音にはノーコメントのまま白衣をひるがえし、授業が続けられる。
「──まあ、寺よりも桜餅が有名だな。知っている奴も多いだろう」
授業をよく聞いていなかったため、不意打ちだった。
さきほど鳴ってから一分も経たないうちに、桜餅という単語に反応して、また神介の腹が鳴った。
澄川がもう何度目か、神介を見た。
「……」
相変わらずの厳しい視線(元からそういう顔つきなのは置いといて)だが、どこか遣る瀬無いように眉尻が下がっていた。
澄川は眼鏡のつるを押さえて思案顔になり、
「インド君」
普段生徒に敬称を付けることのない澄川が、一人の生徒の名を呼んだ。曰く、彼はA組のマスコットらしいので、『君』までが名前とのことだ。誰も呼ばないが。
「あんだよ」
窓際で、机にだらしなく肘をついて頭を支えている男子生徒が不愛想に応じた。
彼は入学後二日目までいた『ナントカ洋介』との交換留学生で、まだ日本に慣れていないため、態度や言葉遣いが多少荒いという設定だ。顔つきはどう見ても日本人だし、額のティラカと呼ばれる装飾も何かの痕に似ているが、ナントカ洋介が染髪したり喫煙したりした事件とはなんら関わりがないはずだ。彼は精神修行でインドに行ったのだ……。
雲間から太陽が覗き、インドの頭に反射して教室を少し明るくした。
「カレーを新城に」
「ねえよ」
「放課後職員室に来い」
ふてぶてしいインドの顔が悲壮の色に塗りつぶされた。
彼は犠牲となったのである。
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これが世にも珍しいオスシリンダーなのだ。
気が向いた時にだけ続きを書くおすし小説ですしおすし。