No.271951 葉月とのぞきと強化合宿2011-08-13 12:08:59 投稿 / 全7ページ 総閲覧数:4063 閲覧ユーザー数:3710 |
葉月とのぞきと強化合宿
葉月は文月学園の強化合宿に行く準備をしているお姉ちゃんに尋ねたのです。
「お姉ちゃんはメインヒロインの座を何に使うのですか?」
お姉ちゃんはバッグに荷物を入れながら顔を葉月に向けずに答えました。
「フッ。知れたことだわ。ウチ自身の為よ」
お姉ちゃんの声に戸惑いは見られません。
「お姉ちゃん自身の為ですか? それで何を目指すのですか?」
お姉ちゃんは荷物を入れる手を止め、代わりに自分の部屋の窓に向かって指差しました。
「天よっ!!」
お姉ちゃんの声はいつになく力強いものでした。
葉月はそれを聞いて驚いてしまったのです。
「それは天、つまりバカなお兄ちゃんの恋人の座に座るということなのですか? ゆくゆくはバカなお兄ちゃんのお嫁さんになるということですか!?」
「この世に生を受けたからにはウチはアキの全てをこの手に握るのよ!」
お姉ちゃんが力強く拳を握り締めます。
「そんなことは葉月が許さないのですよっ!!」
キツイ表情でお姉ちゃんを睨みます。
「ならば葉月とも戦うまでよっ!!」
お姉ちゃんは悠然としていました。
それは以前のお姉ちゃんからは考えられないほどに強気の態度でした。
お姉ちゃんはメインヒロインの魔力にとり憑かれてしまったのです。
「後悔、することになるかもなのですよ」
人はメインヒロインの野望にとり憑かれてしまうと、最悪の場合『死』へと導かれてしまうのです。
サブキャラがメインヒロインっぽい行動を取ろうとすると死亡したり退場したりします。それは古今東西物語のお約束なのです。
そして、葉月のお姉ちゃんは……。
「ウチは一生アキのお友達で終わるぐらいなら、短時間でもアキと結ばれてその胸の中で愛を囁かれながら死んだ方がマシだわ。いつまでもサブキャラのままじゃ嫌なの!」
真剣な瞳で語るお姉ちゃん。
お姉ちゃんは自分のポジションを悟った上で覚悟を決めていたのです。
でも、それはとても悲しい決意にしか葉月には思えませんでした。
「お姉ちゃんは……驚き役でいるのは嫌ですか? 女性FFF団のみんなと一緒に楽しく遊んでいるのは嫌ですか? 葉月に遊ばれるのは嫌なのですか?」
葉月の質問を聞いて、お姉ちゃんは顔を俯かせました。
「嫌よ」
小さな小さな答えでした。
とても悔しそうにお姉ちゃんは答えました。
「女性FFF団のみんなと一緒にいるととても楽しいのよ。木下さんの奇妙な提案に激しく驚いているととても幸せな気分になれるの。葉月にけちょんけちょんに負けると日常を、安心を感じてホッとするの。……だから、嫌なの」
「何が、嫌なのですか?」
葉月にはお姉ちゃんが何を嫌がっているのかよくわからないのです。
とても幸せな生活を送っていたように思うのに。
「充実し過ぎているのが嫌なのよっ! 向上心を失ってしまいそうな自分が嫌なのっ! アキと結ばれなくても満足してしまいそうな自分が怖いのっ! だから、だからっ、ウチはみんなを捨ててでもアキの正妻を目指すかつての自分を取り戻すことに決めたのっ!」
お姉ちゃんはほとんど泣き出してしまいそうな瞳でそう叫んだのでした。
「……でも、お姉ちゃん。最近とてもとても辛そうな表情ばかり浮かべているのです」
去年、日本に引っ越してきたばかりの時のお姉ちゃんは毎日とても寂しそうな表情を浮かべてばかりでした。
お姉ちゃんは寂しがり屋さんなのです。
独りでいることに耐えられない人なのです。
なのに、なのに……。
「ウチはアキと結ばれて永遠の幸せを掴む為に目の前の幸せはもういらないの!」
「そうなの、ですか……」
もうこれ以上お姉ちゃんとお話しする余地はなさそうでした。
「この世界で一番上手に驚けるのはお姉ちゃんだと葉月は思うのですよ。ナンバーワンでオンリーワンの驚き方なのです……」
お姉ちゃんの部屋からゆっくりと出て行きます。
「……ごめんね、葉月。悪いお姉ちゃんで」
日本に来たばかりの時、日本語が全くわからなかったお姉ちゃんと葉月はいつも2人っきりでした。葉月の隣にはいつもお姉ちゃんがいてくれました。
でも、今は、今は……。
「うっうっ。アキくんは、アキくんは~姉さんを捨ててこの家を出て行ってしまいましたぁ~っ!」
お姉ちゃんが強化合宿に出掛けた日のお昼頃、葉月はバカなお兄ちゃんのお姉ちゃん、つまり葉月のお義姉ちゃんに電話で呼ばれたのです。
ちなみに小学校は葉月の提案で今日から1ヶ月の間、創立記念日強化月間となりお休み中なので何の心配もないのです。
そしてバカなお兄ちゃんの家、つまり将来の葉月の家に着いて待っていたのは滝の涙を流すお義姉ちゃんの姿でした。
「バカなお兄ちゃんは文月学園の強化合宿に出掛けただけなのですよ。お姉ちゃんたちも一緒だから何の心配もないのです」
バカなお兄ちゃんはただの学校行事に出掛けただけなのです。
一緒に行けないのは寂しいですが、葉月はそこまで聞き分けのない子供ではないのです。
それに勝手な行動を取ろうとすれば後でお姉ちゃんにお尻ペンペンされてしまうかもしれないのです。
「島田さんと一緒……ということはアキくんは泊り掛けで異性不純交遊をぉっ!? アキくんの不潔キングぅ~~っ!」
お義姉ちゃんはまたまた滝の涙を流しながら泣き出してしまったのです。
「バカなお兄ちゃんがお姉ちゃんと同じ屋根の下で眠っても何も起きないのです」
だってバカなお兄ちゃんのお嫁さんはこの葉月なのですから。葉月以外と間違いが起きる筈はないのです。
「でも、でも、高校生は性欲に満ちたケダモノだって言いますし、力尽くで無理やりってことも……」
自分の言葉に怯えて震えるお義姉ちゃん。
「確かにケダモノな高校生は存在するのです」
葉月はケダモノと化した高校生たちが己の欲望を最悪な形で満たそうとする場面を思い浮かべます。
『吉井くん。アタシのことを愛していると言ってみなさい!』
『明久ぁっ! 姉上の言うことなど聞く必要はないのじゃぁっ!』
『優子さんっ! それ以上僕の秀吉を傷付けないでくれぇえええぇっ!』
拳王のお姉ちゃんが淫キュベーダーのお姉ちゃんを人質に取り、バカなお兄ちゃんに告白を強要しています。
『へっへっへぇ。明久くん。ついでに私たちにも愛の告白をお願いします』
『そうよそうよ。ウチらだって告白してくれなきゃ木下をボコボコにしちゃうんだから』
驚き役の2人も何か調子に乗っています。でもこっちは小物なので無視するのです。
『ほ~ら。何本目に死ぬかしら?』
拳王のお姉ちゃんの指がQBのお姉ちゃんの身体に突き刺さっていきます。
『ぎぃやぁあああああああああぁっ!』
『やっ、止めてくれぇええええぇっ! 秀吉の綺麗な身体をこれ以上穢さないでくれぇ!』
悲鳴を聞いてバカなお兄ちゃんが堪らずに涙を流して懇願します。
『あ、愛してるよ……』
そしてバカなお兄ちゃんは悲鳴に耐えかねて拳王のお姉ちゃんを愛していると言ったのです。
『なぁに~? 聞こえないわよぉ。その程度でアタシの心が動くと思っているの?』
なのに、拳王のお姉ちゃんはそれを認めずに言い直すことを要求したのです。
『あっ、愛してるよっ! 一生どこにでもついて行くよっ!』
『はっはっはっはっは。男の子の心は移ろいやすいものね。吉井くんはアタシのことを愛していると。これで吉井くんは一生アタシのものよ。はっはっはっはっは』
拳王のお姉ちゃんはバカなお兄ちゃんを連れ去りながら高笑いを奏でるのでした。
「こ、このままではアキくんが性犯罪者にぃ~~っ!」
「確かにバカなお兄ちゃんは法廷に行かないといけない状態になりかねないのです」
被害者としてどんな目に遭ったのかバカなお兄ちゃんは報告しないといけないのです。
でも、バカなお兄ちゃんがどんなに穢れきっても葉月は温かく迎え入れるのですよ。
「私は決めましたよ、葉月ちゃんっ!」
「何をですか、お義姉ちゃん?」
葉月はとても嫌な予感がしました。
でも、同時にとてもドキドキして来たのです。
何か楽しいことが起きる。
葉月にはそう思えたのです。
「アキくんが犯罪者になるのを防ぐために私たちも強化合宿所に乗り込みましょう!」
お義姉ちゃんは力強くそう言いましたのです。
でも、葉月は考えました。
「合宿の邪魔をしたらお姉ちゃんが怖いのです」
「大丈夫です! 島田さんには私の方から事情を説明しますから!」
お義姉ちゃんは熱く燃えています。
そのお義姉ちゃんの熱い心は葉月の心を大きく動かしたのです。
「わかったのです。葉月も一緒に行って拳王のお姉ちゃんの野望を阻止するのですよ」
驚き役は別にどうでも良いのです。でも、やはり拳王のお姉ちゃんが力技で出て来る可能性は否定できないのです。
葉月が行かないとバカなお兄ちゃんが泣き叫ぶ展開になるかもしれないのです。
「それでは葉月ちゃん! 合宿所に向けて早速出発しましょう」
「えいえいおーなのです!」
お義姉ちゃんと2人で拳を振り上げます。
偶々偶然にも4泊5日分のお泊りセットを持ってバカなお兄ちゃんの家に訪ねたので今すぐにでも葉月は出発できるのです。
「葉月さまが動かれるぞぉ~っ!」
「真のラスボスが動いたと拳王さまと秀吉さまに早速お知らせしなければぁ~っ!」
家の外から男たちの野太い声が聞こえ、駆け足で去っていく足音がしました。
「今のは蟲の鳴き声でしょうか?」
「夏だから仕方ないのですぅ」
拳王のお姉ちゃん姉妹は葉月たちを妨害して来るに違いないのです。
この辺の周到さが、目の前のイベントに集中してばかりの驚き役との違いなのです。
やはり拳王のお姉ちゃん姉妹は葉月の強敵(とも)なのです。
「でも葉月はライバルが強いほど燃えて楽しいのです。だから、負けないのです」
今回の葉月は完全にアウェイに乗り込んでいく挑戦者。とっても不利な状況なのです。
でも、そんなハンデがあるからこそとってもとっても楽しめそうなのです♪
さあお姉ちゃんたち、葉月と遊ばれて欲しいのです♪
「それで、アキくんたちは一体どこに強化合宿に行ったのでしょうか?」
「お姉ちゃんがしおりを見せてくれなかったので葉月は場所を知らないのですぅ」
旅立ちは最初から大ピンチでした。
お義姉ちゃんが借りて来たボックスワゴンに乗ったまでは良かったのですが、目的地がわからないのです。
「困りましたね。どうしましょうか?」
お義姉ちゃんが首を傾げているのです。
だから、葉月はとっておきの解決策を提案したのです。
「そんな時はこの魔法のストラップの出番なのです」
葉月は後部座席からバカなお兄ちゃん(+α)にプレゼントしてもらったノエルちゃんストラップを取り出します。
「このストラップが一体?」
「このストラップからは不思議な声が聞こえて来るのですぅ」
葉月はノエルちゃんストラップの頭を1回撫でました。
すると、不思議なことにノエルちゃんが喋り出したのです。
『美波、何読んでるの?』
『心理テストの本』
『へぇ、面白そうだね。問題出してよ』
『いいわよ。それじゃあ、次の色でイメージする異性は誰か挙げてください。1、緑。2、オレンジ。3、青』
『緑とオレンジと青かぁ。……えっとぉ……オレンジは秀吉で、青は姫路さん、緑が美波、かな?』
『どうして瑞希が青でウチが緑なのか説明してもらえる?』
『えっ?』
『怒らないから正直に言ってみて?』
『前に下着が緑だったから』
『坂本ぉ~窓開けてぇ~』
『はいよ』
『捨てる気っ!? 僕を窓から捨てる気ぃっ!?』
「本当に世の中には不思議なことがあるのですねぇ。アキくんたちの会話が鮮明に聞こえましたよ。このノエルちゃんは神の預言者か何かなのでしょうか?」
「……あの売女(大好きなお姉ちゃん)。バカなお兄ちゃんにパンツを見せて誘惑していたのですね。これじゃあ驚き役じゃなくて、汚れ驚き役なのです」
心を掴めないならせめて体だけでもなんて脇キャラの考え方なのです。メインヒロインにあるまじき考え方なのです!
だから、お姉ちゃんは……。
「確かにこの神のお告げのおかげでアキくんたちが何をしているのかわかりました。島田さんと話すなんて不純異性交遊の真っ最中だって……」
お義姉ちゃんは冷静に、でも青い怒りの炎を吹き上げています。
「アキくんは後でお仕置き決定ですが、残念ながらどこにいるのかわからないままです」
「じゃあもう1度お告げを聞いてみるのです」
葉月はノエルちゃんストラップの頭を今度は2度撫でてみました。
『Aクラスの皆さんは全員揃ったようですね。それでは文月高原学力強化合宿の日程について改めて説明したいと思います』
『ハァ~。吉井くんは電車移動だからまだ到着していないのよね。今頃坂本くんと絡み合って一線を越えちゃってたりするのかしらね? そうに決まってるわよね。若いんだし』
『あぁ~吉井くん。吉井くんと一つ屋根の下だなんて僕は胸がトキメキ過ぎてどうにかなってしまいそうだよ』
『……雄二はやっぱり私よりも吉井が好きなの? 私じゃ雄二の一番になれないの?』
「やっぱりアキくんのお相手は坂本くんだったのですね。姉さんは不純同性交遊は大歓迎ですからホッとしましたぁ」
「大事なのはそこではないのですっ!」
バカなお兄ちゃんは葉月との結婚生活に支障をきたさないように早く昔の男との関係を清算して欲しいのです。
でも、それより大事な問題があるのです。
「合宿場所がわかったのですよ。文月高原なのです」
「なるほど文月高原ですか。ちょっと距離はありますが、今から向かっても夕方には十分到着しますね」
「そう簡単にはいかないと思うのです」
「えっ?」
葉月はもう一度ノエルちゃんの頭を2度撫でましたのです。
『ちょっと、それは本当なの? 葉月ちゃんがこの合宿所に向けて動き出したって?』
『今回の強化合宿は以前の海とは違って意義が大きな宿泊イベントだ。葉月ちゃんが動いたとしてもおかしくはないな』
『久保くんっ! 真(チェンジッ!!)・FFF団のみんなに至急連絡を取って。真のラスボスに今回のイベントを食われてしまうのを何としてでも防ぐのよ!』
『そうだね。清水さんも玉野さんも秀吉くんも、そして木下さんや僕もみな目的は違えど大望をもってこの強化合宿に参加している。僕とて今回は本懐を成し遂げさせてもらう』
『葉月ちゃんには悪いけれど今回はアタシたちも本気で行くわよ』
「やはり今回の強化合宿に賭けるみんなの意気込みは普段と違うのです」
今回は拳王のお姉ちゃんたちがやたらと燃えているのです。
葉月も無事ではすまないかもしれません。ドキドキワクワクなのです。
「私たちは文月高原に行って大丈夫でしょうか?」
「せっかく手厚い歓迎をしてくれるのですから行かないわけにはいかないのです。それに、葉月たちが行かなければバカなお兄ちゃんは……」
驚き役は大して怖くありません。
どうせビビリなのでバカなお兄ちゃんに素直に愛を打ち明けるなんてできないのです。
でも、真(チェンジッ!!)・FFF団のみんなからただならぬ覚悟を感じるのです。
たとえ死んででも叶えたい野望がある。
そんな熱い魂をノエルちゃん越しにでも感じるのです。
「そうですね。私たちが行かなければアキくんは性犯罪者になってしまいます! アキくんが性犯罪に走らない為にはその若さに任せた破廉恥な欲望を姉さんに全てぶつけてもらうしかありません。行きますよ、葉月ちゃん!」
「えいえいおーなのですっ!」
待っていてください、バカなお兄ちゃん。葉月が必ず助けに行くのですよ!
出発してから2時間半ぐらいが経ちました。
お義姉ちゃんの話によると半分ぐらいまで来たらしいのです。
ここまでは順調に来ました。
でも、他の車が走っていない人気のない山沿いの道を走るようになってから葉月は不穏な空気を感じ取ったのです。
「快調ですね。この調子なら後2時間ちょっとで到着すると思いますよ」
「そうはいかないみたいなのですよ」
前の方から20台ほどのバイクの集団が近付いてきたのです。
確かハーレーという名前のバイクに乗ったお兄ちゃんたちは全員が裸にピンクのハッピを着ていました。そしてとてもプヨンプヨンの体型で汗臭そうな感じがしました。
「あれは一体、どういう集会なのでしょうか?」
「敵、なのです」
バイク集団の先頭には原付の座席の上に仁王立ちする髭ボーボーのおじちゃんがいました。
あのおじちゃんがこの集団のボスに違いないのです。
おじちゃんは原付の上に立ったまま葉月たちに向かって指を突き刺しました。
「我が名は清水美春の父。愛しきマイ・ドーター美春のお願いにより豚の旅団を率いて貴様らの足止めに参上した!」
縦ロールのお姉ちゃんのお父さんと名乗るおじちゃんの言葉に従って豚の旅団は一斉にバイクを止めたのです。
道を塞ぐように沢山のバイクが止まったので葉月たちの車はこれ以上進めなくなってしまったのです。
「どうしましょう、葉月ちゃん?」
お義姉ちゃんが困惑しています。
確かにこのままだといつまで経っても進めないのです。
「あうっ。葉月が出て行っておじちゃんたちを説得してくるのです♪」
「えっ? でも、車の外に出たら危ないんじゃ」
「大丈夫なのです♪」
シートベルトを外して助手席を降ります。
外に出ると、道路の中央にはおじちゃん、その後ろにはいつかの夏祭りで見た縦ロールのお姉ちゃんのファンの豚のお兄ちゃんたちが葉月たちを囲むように立っていました。
「美春タンハァハァ。美春タンの為なら何でもやるぅ~ブヒーン♪」×20
汗を垂れ流しながらブヒブヒ啼いているお兄ちゃんたち。
あのお兄ちゃんたちはあの祭りで葉月のファンになった筈。
なのにまた縦ロールのお姉ちゃんのファンに戻った所を見ると、洗脳されたに違いないのです。
そんな真似を平然とできるのは拳王のお姉ちゃんか、淫キュベーダーのお姉ちゃんか。
どちらにしても木下姉妹はやはり強敵なのです。
「おぉ~愛しき我が娘ぇ美春ぅ~。マイラヴ~~っ!」
……このおじちゃんは昔からこうに違いないのです。きっと昔からこんなので、奥さんに愛想尽かされて家出されたりしているに違いないのです。
「あぅっ。おじちゃんたち、葉月の邪魔をしないで欲しいのです。道路を封鎖しては他の人にも迷惑なのですよ」
「フッ。この道は現在通行止めになってしまってな。他の車が通ることはない。だが心配することはない。何、来た道を戻れば良いだけのこと」
この用意周到で大掛かりな仕掛け。
拳で突き進むことが信条の拳王のお姉ちゃんだけの策略とは思えないのです。
やはり、メガネのお兄ちゃんの知恵と淫キュベーダーのお姉ちゃんの宇宙力が絡んでいるに違いないのです。
やはり、本気なのですね真(チェンジッ!!)・FFF団。
でも、葉月は負けないのです。
「葉月はこの道を通りたいのです」
「ならばワシらを倒して力尽くで進むしかないぞ」
おじちゃんが怪しげな拳法の構えを取って体をクネクネ動かします。
「我が拳は親ばかを友とし空中に娘ラブを撒き散らす」
「高校生の娘にあんまりベタベタすると却って嫌われてしまうのですよ」
「ワシが常々気にしていることを堂々と言ってくれおって許せ~~んっ!」
おじちゃんが急に殺気立ちました。
そして──
「ワシと娘が仲良くなる為に貴様には消えてもらうぞ真のラスボスッ! 行くぞっ、五車豚裂拳(マイ・ドーター・インフィニット・ラブ)ッ!!」
おじちゃんは葉月に向かって飛び掛って来たのです。
「はっ、はっ、葉月ちゃ~~んっ!」
車内のお義姉ちゃんから悲鳴が聞こえました。
それに対して葉月は……
「へっくしょん! なのです」
鼻がムズムズしてくしゃみをしてしまいました。
「ばっ、バカなっ!? くしゃみして揺れたツインテールの房がワシの体よりも巨大な拳の形に変わって襲ってく……ぎゃぁああああああああああぁっ!」
下を向いている間に人間の全身の骨が砕ける音がしました。
一体、何があったのでしょうか?
「へっくしょんっ! へっくしょんっ! なのです」
「「ぎゃぁあああああああああぁっ!?」」
また、骨が砕け肉が裂ける音がしました。
でも葉月には何が起きたのかわかりませんでした。
くしゃみが止まらなくて顔を上げることができなかったのです。
くしゃみは21回連続するまで止まらなかったのです。
「あうっ? おじちゃんや豚のお兄ちゃんたちは一体どこに消えたのですか?」
葉月が顔を上げるとおじちゃんや豚のお兄ちゃんはいなくなっていました。
バイクもなくなっています。
帰ってしまったのでしょうか?
道路の下の斜面から黙々と煙が巻き上がっているのが見えます。
山火事が発生しているのかもしれません。
こ、怖いのですぅ。
葉月は慌てて車に乗りました。
「はっ、葉月ちゃん大丈夫だったのですか? 私、葉月ちゃんがあの髭の中年に襲われているのを見て怖くなって気絶してしまっていました」
「あぅ。大丈夫だったのです。きっと正義の味方さんが葉月たちを守ってくれたんです」
「そうですよね。葉月ちゃんみたいに良い子なら、正義の味方だって率先して守ってくれますよね」
こうして葉月たちはまた道を進み始めたのです。
おじちゃんの襲撃から30分ほどが経ちました。
自動車は文月高原に向けて順調に進んでいます。
でも、葉月にはそれが嵐の前の静けさに思えてならないのです。
「あぅ。またノエルちゃんにお告げがないか聞いてみるのです」
ノエルちゃんの頭を1度撫でてみます。
『ああ~神様ごめんなさい。僕は前世ではナメクジだったのにもかかわらず、殻をかぶってカタツムリのフリをして一生を過ごしました。一戸建てを持っているという見栄を女の子たちに見せたかったんです。ごめんなさぃ~』
「……バカなお兄ちゃんは一体、何を喋っているのですか?」
「お仕置きでもされて臨死体験中に前世の罪を懺悔しているのではないでしょうか?」
さすがはバカのお兄ちゃん。
葉月の想像を斜め上に越える行動をやってくれるのです。
でも、普段と変わりがないようなのでちょっと安心なのです。
葉月は続いてノエルちゃんの頭を2度撫でたのです。
『姉上っ! 豚の旅団が敗れたそうじゃ』
『まあ、あんなキモ豚と親ばかおっさんには元々期待していなかったけど、しばらく足止めすることには成功したの?』
『残念ながら、遭遇時にしばらく時間を稼げただけで、戦闘そのものは1分も掛からずに全滅したそうじゃ』
『葉月ちゃんも本気ってわけね。まあ良いわ、第二陣を差し向けるように久保くんに言って。それから秀吉に個人的に頼みたいことがあるのよ』
『何じゃ改まって?』
『アタシはね、吉井くんのお風呂が覗きたいの。吉井くんのお尻が見たいの。前も見たいの。男同士で開放的な雰囲気になって、坂本くんと乳繰り合う吉井くんが見たいの』
『何を真顔でアホなことを言っておるのじゃ姉上は?』
『秀吉だって、入浴を吉井くんたちと別にされてしまって鬱憤が溜まっているんじゃないの?』
『確かにワシは2年になってから明久や雄二と裸の付き合いをできなくなってしまった。ワシの中の野獣はもう我慢の限界に来ておる。いつ明久を襲ってしまうか自信がない』
『じゃあ、アタシと手を組みなさい。そして2人で吉井くんを覗くのよ』
『しかし、明久自身が今盗撮と脅迫被害で警戒しておるからのぅ。下手をすればワシらの行動がバレかねん』
『……まあ、彼女には彼女の思惑があるのでしょ。でも、そのシチュは使えるわね』
『使えるとは?』
『秀吉っ、あんたスパイをやりなさい。吉井くんたちと一緒に行動しながら男同士が固まる状況、そう、男子と女子が対立する状況ができるように煽りなさい』
『明久と雄二を陥れている犯人は女子だというし、できなくはないじゃろうが……』
『男同士が固い絆で固まれば固まるほど、その後に訪れるお風呂は無防備かつ淫ら極まりないものになるに違いないわ。最高の覗き環境の出来上がりよ』
『明久たちを煽ると一切風呂に入らず覗きに熱中しそうで一抹の不安を感じるのじゃが。が、まあ良かろう。ワシはワシで明久たちを惹き付けることにするぞい』
葉月はノエルちゃんの声を切りました。
「覗きなんかせずにバカなお兄ちゃんと一緒にお風呂に入れば良いのです」
そう言えばバカなお兄ちゃんとこの間の学園祭で勝負に勝ったご褒美に一緒にお風呂に入ってお背中流してあげる約束をしたのにまだ守っていないことを思い出したのです。
葉月は嘘つきの悪い子にならない為に約束を守らないといけないのです。
「そうですよねぇ。私は家族なんですからアキくんと一緒にお風呂に入る権利を当然行使できるはずです」
葉月に同意するお義姉ちゃん。
拳王のお姉ちゃんの考えていることは謎なのです。
でも、それはともかく……。
「あぅ。新たな敵がまたやって来たのです」
通行止めになっている筈のこの道路の前方から1台の観光バスがやって来ました。
そして観光バスは道を塞ぐようにして葉月たちの前で止まったのです。
そして、バスから降りて来たのは……
「全員、メガネ、ですか!?」
お義姉ちゃんの言う通り、全員メガネを掛けた痩せ型体型のお兄ちゃんたちでした。
「あれは、メガネのお兄ちゃんが女装してメガネのお姉ちゃんになっていた時のファンクラブ、メガネの軍団に間違いないのですっ!」
メガネの軍団はフレームを指で持ってメガネをキラキラ光らせているのです。
「メガネ メガネ メガ~ネ~」×40
葉月の予想通りだとすると、あれはちょっとまずい体勢なのです。
「はっはっは。我が愛しの太陽、木下秀吉の命により真のラスボスの行軍を1分1秒でも止めてみせるぞっ!」
メガネの軍団の先頭に立って高笑いを奏でるソフトモヒカン頭のお兄ちゃん。
あのお兄ちゃんは確か……
「あの人がメガネの軍団のリーダーでしょうか? メガネじゃありませんけれど」
「あぅっ! あのお兄ちゃんは学園祭の時にバカなお兄ちゃんにいっぱい意地悪した2人組の内の1人なのですよ」
つまり、遠慮はいらないということなのです。葉月のお婿さんを苦しめた罰、たっぷりと償ってもらうのです♪
「はっはっは。メガネの威力をお前らに今、たっぷりと思い知らせてくれるっ!」
「メガネ・レーザーっ!」×40
メガネの軍団のお兄ちゃんたちのメガネに光が集まって……っ!
「お義姉ちゃんっ! 車の位置を動かすのですっ!」
「えっ?」
叫ぶと同時にお姉ちゃんに体当たりしてハンドルを握り、アクセルを踏みながらハンドルを右に切りました。
その直後、車のすぐ脇を幾つもの重なったレーザー光線が通り抜けていったのです。
レーザー光線はそのまま直進して行き、やがて道路端の標識を一瞬にして融解し、蒸発させてしまったのです。
「今のはほんの脅しだが威力は十分に理解してもらえただろう。さあ、痛い目を見たくなければ大人しく降参して引き返せ」
モヒカンのお兄ちゃんは偉そうに降伏を勧めてきます。
でも、葉月はそんな脅しに屈してはいられないのです。
「葉月ちゃん、どこへ?」
「あぅっ! あのモヒカンのお兄ちゃんとメガネ軍団のお兄ちゃんを説得してくるのです」
「えっ? でも、車の外に出たら危ないんじゃ」
「大丈夫なのです♪」
シートベルトを外して助手席を降ります。
コピペだけど気にしちゃいけないのです。
小説書かない人にはわからないだろうけど、割とどうでも良い部分の描写が一番面倒なのです。
「ようやく降伏する気になったのか、真のラスボスのお嬢ちゃんよぉ」
「あぅ。バカなお兄ちゃんをいじめたお兄ちゃんに降伏なんか絶対しないのです」
モヒカンのお兄ちゃんと喋りながら周囲を警戒します。
するとメガネ軍団が2発目のメガネ・レーザーを撃つべくメガネのフレームを擦ってメガネをテカテカさせているのです。
メガネ・レーザーを次に撃たれる前に何とかしないと葉月たちがやられてしまうのです。
こうなったら、葉月は全力で平和を望むしかないのですっ!
「葉月スマイルっ、なのです♪」
葉月にできる精一杯の笑顔を見せて平和の歌を奏でるのです。
「なっ、何だこの太陽クラスに眩しい光はっ!? これが、幼女の持つ奇跡の力なのか?」
「メガネが吸収できる最大光量を遥かに超える光が……こ、このままではメガネが、メガネがぁっ!!」
「メガネばり~んっ!!」×40
葉月が微笑むと何故かメガネのお兄ちゃんたちのメガネが一斉に砕け散ってしまったのです。
そしてメガネを失ったメガネはもう何者でもない存在となるので、元メガネのお兄ちゃんたちは存在理由を失って光の中へと消え去ったのです。
それはメガネキャラ故の宿命。葉月ではどうにもならないことなのです。
「えっと、今のはニフラム、なのでしょうか? 私はこの不思議展開についていけません。……ガクッ」
お義姉ちゃんは気絶してしまいました。
「ヘッ。メガネ軍団を倒すとはやるな。だが、俺は秀吉ラブで同性愛者だから幼女には萌えないし、メガネでもないからさっきの笑みも利かないぜ」
モヒカンのお兄ちゃんはさっきのおじちゃんと同様に怪しげな型を構えながら体をクネクネ動かしているのです。こういうのが流行っているのですか?
「あうっ、葉月はモヒカンのお兄ちゃんにだけは負けないのです」
葉月のお婿さんの仇、討たせてもらうのです。
「よく言った。ならば俺の全力を見せてやろうっ! 俺の太陽、木下秀吉っ! 燃え盛れマイ・ラッヴッ!!」
淫キュベーダーのお姉ちゃんの名前を叫んだ途端、モヒカンのお兄ちゃんの全身が燃え始めたのです。
「これこそが俺の秘奥義、五車眼鏡炎情拳(俺の太陽木下秀吉が俺の全身を焼け焦がす)っ!! 俺の身に触れるものは怒りの炎に包まれるっ! 真のラスボス、貴様もだぁっ!」
全身を炎に包まれたモヒカンのお兄ちゃんが葉月に向かって飛び込んできます。
「へっくっしょん! なのです」
葉月はまたくしゃみをしてしまいました。
「こ、この衝撃は……全身の骨を砕かれたようだぁっ!? だが、まだ負けない。俺の太陽木下秀吉の為にっ!」
モヒカンのお兄ちゃんはまだ立っていました。
あぅ。葉月としたことが加減を間違えてしまったみたいなのです。
「真のラスボスよっ! 貴様はここで俺と共に焼け死ぬのだぁっ!」
そしてモヒカンのお兄ちゃんは残りの体力を全て投げ打って葉月に抱きついてきたのです。
熱い。熱いのです。
熱冷まシートがなければ不快指数が1上がってしまいそうなほどの熱さなのです。
「あぅ? モヒカンのお兄ちゃん、お兄ちゃんは何故これほどまでの執念を見せるのですか?」
「木下秀吉の……俺の太陽の永遠の光の為っ! 真のラスボスっ! 貴様が吉井明久の前に立てば俺の太陽の星は涙に濡れる」
「なるほどなのです。でも、その程度の炎では葉月の夢を灰にすることはできないのです」
モヒカンのお兄ちゃんの抱きつき攻撃は続きますが、熱冷まシートのおかげで葉月の体は何の異常もないのです。
でも、でもなのです……。
「葉月のことを抱きしめていい男の人はバカなお兄ちゃんだけなのです」
葉月は拒絶の意味で頭を横に振りました。
「ぐっはぁああああああぁっ!?」
すると、モヒカンのお兄ちゃんは葉月の体を離して空中を飛び、道路の下の渓谷へと落ちていったのです。
葉月に抱きついていることが恥ずかしくなったのかもしれません。
ついでに観光バスも何故か空中を飛んで道路の下へと落ちていきました。
「あぅ。まさに炎の男の子だったのです」
葉月もあんな胸の焦げるような恋をバカなお兄ちゃんとしたいのです。
葉月は急いで車に戻ってお義姉ちゃんを慌てて揺り起こします。
「お義姉ちゃん。気絶していないで先を急ぐのです!」
「はっ、そうでした。こんな所で立ち往生していたらますます敵に狙われてしまいますね」
車が慌てて発進を開始します。
葉月は慎重になりながらノエルちゃんの頭を2度撫でます。
『ああっ、もうっ! 吉井くんたちが女子と仲違いしたのは良かったけれど、女子風呂覗きに夢中になって男子風呂に入ってくれないんじゃ本末転倒じゃないのよ!』
『姉上大変じゃっ! 豚の旅団に続いてメガネの軍団まで島田の妹に敗れ去ったとのことじゃ! 詳細はまだ入っておらぬが』
『……ハゲ先、ここに来なさい』
『うっす』
『姉上、相手はバカテスで最も人気がない常夏コンビの片割れとはいえ、先輩は先輩じゃ。もう少し口の聞き方を考えてはどうじゃ?』
『じゃあハゲ。葉月ちゃんの進攻を何としてでも食い止めなさい。拳王配下の最強部隊を差し向けるのよ!』
『御意っ!』
『姉上、おなご、しかも童相手に長槍騎兵を差し向けるのは幾らなんでもやり過ぎではないかの?』
『秀吉こそいい加減に現実と正面から向き合いなさい。アタシたちが何と戦っているのか。相手は真のラスボス、新世紀救世主よ』
『姉上?』
『そして、私の予感が確かなら…………あの子にも出撃の準備を整えさせておいて。男パラダイスの実現はあんたの双肩に掛かっていると告げて』
『姉上、本気なのじゃな』
拳王のお姉ちゃんは本当に本気、なのです。
バカなお兄ちゃんのお風呂を覗く為に全てを賭けているのです。
バカなお兄ちゃんも女湯を覗く為に全てを賭けています。
流石は前後編なのです。
これはどうやら葉月も覚悟を決めないといけないみたいなのです。
30分が経ちました。
葉月たちは両側が切り立った崖になっている、谷の底のような地形の道路を進んでいます。進路も退路も容易に封じられてしまう場所なのです。
おそらく、ここで拳王のお姉ちゃんたちは仕掛けて来るに違いないのです。
葉月は拳王軍がどこから仕掛けて来るか前後左右一生懸命見回しました。
そして敵は意外な所から攻めて来たのです。
「はっ、葉月ちゃんっ! 崖の上に長い槍を持ったライダーたちが沢山っ!」
前方の崖を見上げると、40~50名のバイクに乗った筋肉ムキムキのお兄ちゃんたちが葉月の身長の倍ぐらいはありそうな大きな槍を構えてこっちを見ているのです。
「あれが拳王軍の最強部隊に間違いないのです」
「ど、どうしましょう、葉月ちゃん?」
あの腕っ節の太さを見ると、あのお兄ちゃんたちは今までの豚の旅団、メガネの軍団とは段違いの強さであることが見て取れます。
もう、誤魔化しは通じそうにないのです。
「あぅ。お義姉ちゃんはこのまま車を直進させて欲しいのです」
言いながら葉月はシートベルトを外して後部座席へと移り、サンルーフの戸を開けて、車の屋根へと出て行くルートを作ります。
「葉月ちゃん、一体何を?」
「あのお兄ちゃんたちは葉月が相手をするのです♪」
「そんな、無茶ですよ! か弱い葉月ちゃんじゃ1人だって相手することは無理です。残念ですが、ここで引き返しましょう」
お義姉ちゃんの葉月を想った切羽詰った声が聞こえます。
でも、葉月は引く訳にはいかないのです。
拳王のお姉ちゃんの本気の挑戦を逃げるわけにはいかないのです。
「大丈夫なのです♪」
「何が大丈夫なんですか?」
「葉月が妹だからなのです♪」
「えっと、それはどういう?」
「拳王のお姉ちゃんが決戦を避けている、文月学園のもう1人の武神島田美波の妹。それが、葉月なのです♪」
お義姉ちゃんにニッコリと笑ってから車の屋根へと出ます。
すると、ちょうどタイミングバッチリで崖上にも変化が生じていました。
「拳王配下の最強部隊、長槍騎兵特攻の威力っ、その目でとくと確かめるが良いわっ!」
先頭にいたハゲた下衆顔のお兄ちゃんが自転車ごと崖下の葉月たちに向かって特攻を仕掛けてきました。
更にハゲたお兄ちゃんに続いて無数のバイクが槍を抱えて急降下特攻を仕掛けてきます。
あのハゲのお兄ちゃんは、学園祭の時にバカなお兄ちゃんを苛めた2人組のもう一方なのです。
だったら遠慮はいらないのです。
「葉月が、島田美波の妹であることを、今、ここで、証明してあげるのです」
葉月は特攻を仕掛けて来るバイク軍団をキッと睨みました。
「戦いはいつも虚しいのです。何も生まないのです」
30分後、全滅した拳王軍を見ながら葉月はそう感想を述べました。
炎上するバイクが、倒れ伏す血だらけの人々が、立ち込める気持ちの悪い臭いが葉月にそう感じさせるのです。
「葉月は天真爛漫な妹系幼な妻キャラなのに、腹黒とか暴力魔とか誤解されたイメージが付いたら嫌なのです」
両手の拳に付いてしまった赤い液体をフキフキしながら現状を憂うのです。
お姉ちゃんが最強部隊と呼んだだけあって拳王軍は強かったのです。
ツインテールだけでは対応できなかったのです。お姉ちゃんに使用を固く戒められていた両拳を使うしかありませんでした。
それでようやく戦いには勝利したものの、葉月たちも無傷とはいきませんでした。
「ダメですね。タイヤもエンジンも完全にやられてしまっています。もう動かせませんね」
お義姉ちゃんは壊れてしまった自動車を見ながら大きな溜め息を吐きました。
葉月を実力で倒せないと悟った拳王軍は別働隊がワゴンカーを奇襲、動けなくしてしまったのです。
葉月にもお義姉ちゃんにも身体には傷1つありませんが、足を奪われてしまったのは痛かったのです。
ちなみに車の修理費はハゲたお兄ちゃんに回しておくので安心なのです。ハゲのお兄ちゃんの名義で怖いおじちゃんにお金も借りて修理会社に電話しておきました。
「自動車であれば後1時間ほどですが、徒歩で行くとなるとまだ50km以上。まる1日掛かってしまう距離ですね」
お義姉ちゃんはもう1度大きな溜め息を吐きました。
でも、葉月にはこんな状況にも備えて秘密兵器を用意していたのです。
「大丈夫なのです。こんなこともあろうかと葉月は乗り物をこのワゴンに積んでおいたのです♪」
後部扉を開けて葉月が普段愛用している乗り物を下ろしてお義姉ちゃんに見せます。
「これこそが葉月の愛車、餐凛奢(さんりんしゃ)の黒王号なのです!」
民明書房に拠れば、餐凛奢(さんりんしゃ)とは古代中国の皇帝のみが騎乗することができたという伝説の乗り物なのです。
葉月はお出掛けする時はよくこの餐凛奢を使って移動しているのです。
「わぁ~懐かしいですね~。でも、この三輪車で50km移動するのはちょっと難しいのではないかと……」
「葉月が漕げば大丈夫なのです。さあ早く、お義姉ちゃんは葉月の肩に捕まって後部に立ち乗って欲しいのです」
「わ、わかりました」
葉月とお姉ちゃんは黒王号に乗り込みます。
「それじゃあ黒王号、葉月とお義姉ちゃんをバカなお兄ちゃんの下へと連れていって欲しいのですっ!」
最高で120kmまで出したことがある黒王号に乗って葉月たちは改めて出発したのです。
「葉月ちゃん、やっぱり安全運転で行きましょう……ね?」
「あぅっ。でも、このスピードだと到着までに後1時間以上掛かってしまうのですよ」
「安全運転してくれないと……到着前に死んでしまいます」
葉月は最初黒王号を全速力で進めました。
ところがお義姉ちゃんが悲鳴を上げて嫌がったのでゆっくり行くことになったのです。
「あぅ。もう拳王のお姉ちゃんの部隊も倒したので、これ以上出て来ないとは思うのですが……」
真(チェンジッ!!)・FFF団のメンバーは6名。
1人は葉月なので、残るメンバーは5人。
拳王のお姉ちゃん、メガネのお兄ちゃん、縦ロールのお姉ちゃんの部隊は倒したのです。
残る2人は淫キュベーダーのお姉ちゃんと腐のお姉ちゃん。
でも2人に配下の軍団があるとは聞いたことがないのでもう襲って来ることはない筈です。
まさか強化合宿の最中に本人が抜け出して来るような真似はできないはずなのです。
次回はバカテス2年生が総登場する気がするので抜けることなど不可能な筈なのです。
そう、名前のあるキャラならみんな……。
「待ってください、葉月ちゃん。道路の中央に何か落ちています」
お義姉ちゃんの言葉通りに道路の中央にはバラの花がデザインされた風呂敷がおいてありました。
怪しさ全開なのです。
きっと、拳王のお姉ちゃんたちの罠に違いないのです。
「あっ、風呂敷に吉井明久の名札が貼ってあります。ということはあの風呂敷はアキくんの荷物でしょうか?」
「あぅ。荷物は本物の可能性はあるのです」
罠なのは100%間違いないのです。
でも、本物のバカなお兄ちゃんの荷物だった場合、合宿所まで持っていかないといけないのです。
「私がアキくんの私物か調べます」
お義姉ちゃんが慎重に風呂敷を拾い上げて恐る恐るその包みを解きます。
「こっ、これは!?」
風呂敷の中から出て来たのは沢山の薄い本でした。
しかも表紙にはバカなお兄ちゃんとツンツン頭のお兄ちゃんが2人仲良く描かれているものばかりなのです。
あれは一体何なのですか?
「これは文月学園漫画研究会発行の『雄二×明久』本。しかも去年発行された激レア本の数々っ! 一体、誰がこんな本をっ!?」
お義姉ちゃんは本を開きながら全身をガクガクと震わせています。
「あぅ? それは一体どんな本なのですか?」
黒王号を降りてお義姉ちゃんに近付きます。
だけど……
「葉月ちゃんは見ちゃいけませんっ!」
お義姉ちゃんは凄い剣幕で葉月が近付くのを制したのです。
「あぅ。でも、そんな風に言われると却って気になってしまうのです」
「これは葉月ちゃんには刺激が強すぎます! 子供は絶対に見ちゃダメです!」
お義姉ちゃんは必死に首を振って葉月が近付くのを拒否するのです。
「葉月も見たいのですぅ」
お義姉ちゃんに向かって近付いたその瞬間でした。
「真のラスボス葉月ちゃんっ! 男パラダイスの実現の為に覚悟してくださいっ!」
道路脇の植え込みから人が飛び込んで来たのです。
文月学園の女子制服を着たその女の人は高く跳躍しながら葉月に急接近して来たのです。
「あぅ。空中から葉月に挑むのは賢くないのですよ」
葉月はツインテールで迎撃態勢を取ります。
でもそこで腐のお姉ちゃんは葉月が考えなかった行動に出たのです。
「空中からなんか挑みませんよ」
腐のお姉ちゃんは葉月の手前2mほどの地点に着地すると、攻撃態勢にも入らないまま突っ込んで来たのです。
その無防備とも言える行動に葉月は驚きました。
そして腐のお姉ちゃんは葉月に密着して来たのです。
これでは葉月から攻撃できない代わりにお姉ちゃんも動けない筈なのです。
一体、何を?
「掛かりましたね、葉月ちゃん。腐の玉野美紀の我流の腐拳、受けてくださいねっ!」
「!?」
腐のお姉ちゃんにただならぬ気迫を感じ、距離を取ろうとした瞬間でした。
「撃壁背腐掌(無垢な小学生少女に発禁処分成人『雄二×明久』やおい同人誌直見せ攻撃)っ!!」
「ブハッ!?」
目の前でバッと開かれた薄い本。
そこには葉月の知らない世界がありました。
バカなお兄ちゃんとツンツン頭のお兄ちゃんが裸で、裸で……あんなことやそんなことをっ!
そのあまりにもヤック・デ・カルチャーな体験に葉月の身体は耐えられませんでした。
堪らずに口から血を吐いてしまいました。
こんなこと、お姉ちゃんと共に“島田の武”を学んでいたドイツでの日々以来の体験なのです。
もう葉月は戻れないのです。
薄い本の次のページが気になりつつも腐のお姉ちゃんの様子を見ます。
すると今度はお姉ちゃんは追撃もせずに葉月から離れていきます。
一体、何を狙っているのですか?
「黒王号はしばらく借りていきますよっ!」
腐のお姉ちゃんは葉月の愛車に飛び乗るとペダルに足を掛けました。
「それでは、さようならです葉月ちゃんっ! はいやぁっ!」
そして気合を入れると、ペダルを漕いで葉月たちの前を走り去って行ったのです。
それはまさに一瞬の出来事で葉月たちは腐のお姉ちゃんを追うことができませんでした。
「腐のお姉ちゃんに、まんまとしてやられたのです」
星が煌々と輝く夜空を見上げながら葉月は先ほどの一幕を省みます。
配下の軍団がいないからと油断していた葉月がおバカさんでした。
“にっ”でキャストの中に名を連ねていない腐のお姉ちゃんにとって、合宿所を抜け出すのは不可能なことではなかったのです。
「これじゃあバカなお兄ちゃんのことをバカって言えないのです」
本当のバカは葉月の方だったのです。
「ですが、黒王号を奪われてしまったのは痛いですね。足がなくなってしまいました。まだ目的地までは30kmほどあるのに……」
お義姉ちゃんが沈んだ顔を見せます。
「大丈夫なのです。腐のお姉ちゃんは必ずここに戻って来るのです」
お義姉ちゃんに微笑んでみせます。腐のお姉ちゃんもしばらく借りるだけと言っていたので戻って来るに違いないのです。
「だからそれまでのんびりお泊りしながら待てば良いのです♪」
偶然持って来ていたお泊りセットと、やっぱり偶然に持っていたテントを持って来て道路の上に広げます。テントはボタン1つで簡単にセット完了になったのです。
「あうっ。お義姉ちゃんも早く中に入ると良いのです」
「え~と。これで良いのでしょうか?」
「葉月が背を預けられるのは黒王号だけなのです。腐のお姉ちゃんが戻って来るまで待つしかないのです」
ノエルちゃんのストラップを取り出して頭を3回撫でます。
『美紀、首尾はどう?』
『葉月ちゃんの乗り物を奪うことには成功しました』
『大戦果じゃないっ! やったわね、美紀』
『……ねえ、優子。私は後、何日真のラスボスを足止めすれば良いの?』
『そうねえ。吉井くんたちは明日も懲りずに女湯を覗こうとするでしょうから、それを諦めさせるまでの時間を考えると……3日は必要かしらね』
『3日……やはりこの命、捨てなければならないみたいですね』
『ちょっと、一体どうしたの美紀?』
『実はさっき、葉月ちゃんに奇襲を仕掛けた際に反撃をもらってしまったの』
『反撃?』
『私が18禁無修正やおい同人誌を見せた瞬間、葉月ちゃんは私に向かって、高校生男子×ツインテール女子小学生18禁無修正エッチ同人誌を見せ付けて来たんです。その衝撃で今でも口から血が止まりません』
『BLに魂を売った者にとって、ノーマルカップリング、しかも幼女を下衆な欲望の対象とする本なんて耐えられる筈がないものね』
『それでも、男パラダイスの対価が私の命なら安いものです。次回は男の友情がテーマですからアキちゃんと坂本くんが激しく絡み合う筈。それを葉月ちゃんに邪魔はさせません』
『美紀……』
『優子、私のいる場所からだと北斗七星も、その脇の蒼星もよく見えるよ……』
『美紀、それって死兆……』
「腐のお姉ちゃんは必ず戻って来るのですよ。だから、それまで気長に待つのです♪」
文月は夜空を眺めながらお義姉ちゃんにそう答えました。
空のキャンバスには北斗七星が一際輝いて見えました。
でも、葉月にはその脇の蒼星をみることはできなかったのです。
続く
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"にっ"5話の派生作品。
”にっ”初の前後編ということで、次回以降のネタバレに抵触しないように気を付けたら
2年生キャラが全然使えなくなりましたとさ。
そして、第6話を見ると、まさかの前中後編の三部作であったことが判明。
大沼監督め。まんまとたばかられたわっ!
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