地下で起こっていることを考えてか否か、地上の郁と老人はのんびりしたものである。
境内に咲く桜で花見を満喫していた。
そんな時だった。
ズッ・・・
「!・・・先生、今のは・・・」
「・・・あの坊主、やってくれたのぅ・・・」
瞬間地震が起きたのかと思うほどの強力な力が大地から突き抜けて来た。
のんびりとした雰囲気は一変して、緊迫した雰囲気になる。
「言い伝えでは今から数百年前に先代の退魔師たちが数人掛かりでやっと封じた程の妖怪があそこには眠っておった筈じゃ」
「・・・応援要請は・・・?」
「現状では限りなく黒に近いことは近いがのぅ・・・この目で確認してからじゃな」
飲みかけの茶や茶菓子をそのままに、二人はすぐさま地下空洞へと早足で向かう。
・・・・・・
森の獣道を突きぬけ、祠の後にある扉を開け、薄暗い洞窟を進み、また扉を開ける。
「万が一のときはわしと郁だけになるでの。頼りにしておるよ」
「久しぶりに先生の戦いを見られれば光栄ですわ」
「・・・よぅ言うわ」
視界の悪い急な階段を駆け下りていく。
地下深くへ向かえば向かうほど感じる威圧感は比例して強くなっていく。
そして、いよいよ最後の扉を開ける。
ギッ・・・
「あれは・・・」
「どうやらあそこにおるようじゃの」
空洞の中に入った二人の眼前には見慣れた景色とは違ったモノが映っていた。
あの巨大百足が森の中央付近でまるで塔の様に凍り付いていた。
強大な霊力もそこから感じる。
二人は急ぎ階段を駆け下り、森を抜ける。
途中途中に出会う低級妖怪たちを出会い頭に潰しつつ、目標地点へ急行する。
そして、走ること数十分・・・遂に空洞の中央、開けた空き地へ辿り着いた。
「お・・・?まだ時間にはだいぶ早いと思うんだが・・・何かあったのか?」
「「・・・・・・」」
目の前には凍りついた巨大百足の前に真司と見知らぬ少女が座って楽しそうに談笑していた。
間違いなくこの強大な威圧感と霊力はこの少女から発せられているものである。
「真司、封印を・・・!」
「あー、そうらしいな・・・雪菜から聞いたよ」
郁が説教を始めようとした矢先、真司から思いもがけない答えが返って来た。
「何?あんたたちも退魔師・・・?私をまた封印しようとか思ってるの?」
「お主、雪女じゃの・・・?」
真司と談笑していた雪菜と呼ばれていた少女は二人の方を睨みつける。
「その通りよ。悪いけどお前のような危険な妖怪を野放しには出来ないわ」
そこいらの退魔師ならば睨まれただけでもどうにかなってしまいそうな程の圧迫感を感じつつも臆することなく郁はキッパリと言い切る。
「あー、そのことなんだけど、ちょっといいかな?」
「・・・何?そもそも、何でそんな」
そう、退魔師である真司が何故妖怪である雪女とこうして仲睦まじく談笑していたのか。
この光景を見た当初から疑問に思っていたことだ。
「いや、本当はコイツにずっと追っかけまわされてたんだけどさ。雪菜が助けてくれてな」
真司は後で氷漬けにされている巨大百足を横目で見る。
「そうそう、何か困ってるみたいだったし。百足の癖に我が物顔してるのが気に入らなかったし~」
「・・・嘘、じゃあないらしいわね・・・」
昔はどうだったか知らないが、最近では妖怪が人間を助けるなんて聞いたことがない。
だが、目の前では実際に二人は仲良くまるで友達のように接している。
「それでさ、こいつのことなんだけど・・・また封印するとか勘弁してくれないか?」
「・・・真司、馬鹿も休み休み言いなさい」
真司の戯言を郁は一蹴する。
郁の表情は険しく、それこそ今にも取って食べられそうな程の威圧感だ。
「馬鹿でも冗談でもないさ。妖怪だから悪者ってのは、短絡的過ぎだと思わないか?」
「・・・ふむ、その根拠を述べてみてくれんかの?」
ピリピリしている郁に代わり、老人がやんわりと真司に問う。
「私は封印される前も人間を襲ったりなんてしてなかったわよ。
何だか今の人間たちは勝手に妄想しちゃっているらしいけど。
確かに人間を襲って食べるヤツも居るには居たけどね。
私は脂っこいモノとか苦手だし、どっちかって言うと獣肉よりも魚肉派ね。」
真司の代わりに雪女、雪菜が饒舌に答える。
「・・・仮にお前の話が本当だとして、それなら何故お前は封印されたのかしら?」
「あのねぇ・・・あんた達が勝手に私の家まで土足で入ってきたから悪いのよ・・・?
私は別に人間を憎んでもいないし、殺したいとも思わないから、穏便に悪戯程度で追っ払ってあげたけどね」
ご機嫌斜めの郁とは対照的に雪菜はやれやれと言った具合でまったりとしたものである。
「それなのに、あんた達が勝手に妖怪だ、襲われただの騒いじゃってさぁ・・・被害妄想甚だしいわよ」
「・・・ま、それで悪者扱いされた雪菜はここに封印されて今に至る、ってことらしいんだ」
真司は一通り話を聞いていたらしく、最後を締めくくった。
「・・・それが本当ならば、確かに非があったのは人間の方だけど・・・果たして本当の話なのかしら?」
「なんと言うか・・・昔も今も人間は変わっていないわねぇ・・・私はあんた達みたいにつまらない嘘なんて吐かないわよ」
郁の威嚇とも取れる言動にも動ずることなく平然と答える雪菜。
「師匠、こいつの話は本当だと思うよ。今までずっと話聞いてたけどさ、嘘を吐いているようには見えなかったし」
真司は郁の気持ちを知ってか知らずかへらっといつもの笑顔で諭してくる。
「坊主、こやつが強大な力を持つ妖怪だということは分かるの?それでも封印はせぬ方が良いと思うか?」
「はい、思います」
老人の問いかけにも迷うことなく即答だった。
「俺はむしろ・・・雪菜を外へ出してやりたいと思います」
「「!!」」
真司の提案は二人に予想出来るはずもない、予想外もいいところの提案だった。
「私も真司といっしょにいた~い♪」
雪菜は真司の発言を聞き、嬉しそうに腕に絡みつく。
どう見ても凶悪な妖怪には見えない。
「師匠が以前言っていたように、ここ最近は益々災忌の活動が目立つようになった。
だけど退魔師の数は特別増えたわけでは無いし・・・雪菜が仲間になってくれるなら頼もしい限りだろ?
それに今までの人間が持っていた妖怪に対する偏見も無くせるかもしれない」
いつもの絞まりの無い顔ではなく、至って真面目に、真剣な表情だった。
「仲間・・・仲間のぅ・・・確かにこやつ程の妖怪ならばまさに百人力というやつじゃのぅ」
老人は可笑しそうに笑い始める。
そして・・・
「坊主、今一度だけ尋ねる。この雪女が邪な存在ではなく、我らが力になる存在だと言い切れるか?」
雰囲気を一変させ、郁以上に威圧的に、それこそ睨み付けられただけで失神してしまいそうな眼力で真司に問いかける。
「はい、雪菜は人を好きで傷つけるような妖怪ではありません。それだけははっきりと言い切れます」
「しーんじぃー♪」
臆することなく、真司は断言した。
よほど嬉しかったのかそんな真司に抱きつく雪菜。
「ほっほっほ、面白ことになってきたのぅ~」
「せ、先生!?まさか・・・」
「あの坊主のこと、郁が1番信用しているのじゃろう?」
「・・・た、確かに、真司は人を見る目はある方だとは思いますが・・・」
老人が踵を返し、帰路に着こうとする。
後追おう郁。
「あれ・・・?もう帰って良いのか?」
いきなり現れ、いきなり去っていく二人に問い掛ける。
「ほっほっ、このままここに居ても修行にならぬしのぅ。ほれ、あの扉は坊主では開けられん。置いていってしまうぞぃ?」
老人は笑いながら郁を連れ空洞の入り口へと歩いていった。
そう、この空洞の主である巨大百足を容易く氷付けにしてしまった時点で雪菜が新しい主になったのだ。
その雪菜がべったりとくっ付いている真司に襲ってくる妖怪などここには存在しない。
これ以上の滞在は全くの無意味だった。
「よし、じゃあ行くか」
「・・・本当に、いいの?」
笑顔で立ち上がる真司に少しだけ不安そうに尋ねる雪菜。
過去があるだけに幾ら封印を解き、自分を信じてくれている真司と言えども流石に完全に信用はしきれていなかった。
或いは真司が二人に問われ、攻められていたことに対する心配か。
「良いも悪いも、雪奈だってこんなとこにずっと居たいわけないだろ?」
言いつつ雪菜の腕を引き、無理矢理立たせる。
「・・・真司みたいな人間にもっと前に会いたかった・・・」
「まぁ、そうだなぁー・・・俺が居れば封印なんてさせなかったのにな」
本人は意図していないが、妖怪といえども思考は少女の雪菜の心を掴むには十分すぎる言葉だった。
「ま、これからは俺が居るさ」
決定打が打ち込まれた瞬間だった。
「しぃ~んじぃ~、好き好き~♪」
だきぃっ
こうして真司の修行の筈が、いつの間にか頼もしい仲間を見つけたイベントになっていたのだった。
これから始まる退魔師と妖怪との生活。
後にコレが真司に壮絶なる地獄を見せる結果になることを本人は知る由もなかった。
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