「待っていてね。今、そのスペンサーって言う男が、昨日のサングラスの男じゃあないかどうか
って、調べているところだから」
『グリーン・カバー』本社から、100メートルほど離れた場所に停車したバンの中にいるセリア
は、目の前で展開する、身元照合ソフトに眼をやっていた。
リーが眼鏡に付けられた画像から送られてきた、スペンサーという男の写真が、立体的に3
D映像として起こされ、そこに、昨日のサングラスをかけた男の顔が立体に起こされて重ねあ
わされる。
「画質が悪いのはどうしようもないのですが、イメージを増大させて、あっという間ですよ、ほら」
セリアと共に乗り込んでいる技師が、何の造作もなく、身元を照合してしまった。顔骨格は、
昨日のサングラスの男と完全に一致した。
すかさずセリアはリーに連絡を入れる。
「リー。そこにいるスペンサーと言う男だけれども、昨日のサングラスの男よ。間違いないわ!
さっさと!」
マイクに向って叫んだセリアだったが、帰って来たリーの言葉は、
(人事部へは、こちらで良いのか?さっきからエレベーターでずっと降りていくままだぞ)
(ご安心を)
(私を、どこへと…、連れて行く気だ…?)
リーの声に雑音が混じり、音が非常に聞えにくくなってしまう。セリアは焦った。
「リー?どこへと行こうとしているの?ねえ!ちょっと、通信が悪くなって来ているわよ!」
技師に向って声を上げるセリア。彼女の耳の中にはついに雑音だけになってしまっていた。
「ビルの地下に防護壁が仕掛けられています。外部からの通信を遮断するように、なっていま
す」
「どうにかできないの?これ!」
セリアが、技師が見ているモニターを覗き込んで言った。
「物理的な電波の遮断で、ファイヤーウォールとは違います!こちらからはどうしようもありませ
ん。あのビルの地下はまるで要塞のようになっている」
技師のお手上げと言った様子を見て、セリアはすぐに決断した。
「突入よ」
「は?」
技師は呆気に取られたような様子を見せる。
「テロリストが、この会社の中で、平気で“人事部”なんてやっている事が判明したのよ!さっさ
と捕えないとね!あんたは、リーと連絡が取ろうとしなさい。ああ、あと、あの若い男、デールズ
だっけ?あいつと連絡を取らせなさい!」
「チャンネルを切り替えれば、繋がりますよ、2です」
セリアはすかさず、イヤホン式通信機のチャンネルを切り替えた。
「デールズ!デールズ!応答しなさい!」
オットーのオフィスにいるデールズは、耳元に聞えて来るセリアの大声に耳を傷めそうになっ
た。
「はい?いかがなさいましたか?」
デールズが、耳の通信機に手をあてがいそう答えると、オットーが不審げに顔を上げた。
(リーとの通信が不能になった。あんたも気付いているだろうけど、さっきの人事係は、昨日、
ジョニー達が会っていた連中の一人と顔が一致したのよ)
セリアの声が、耳のイヤホンから漏れやしないかと、デールズは少し不安になった。
「それは、本当で?」
オットーの目の前にいる以上、相手に不審に思われないよう、デールズは口に出す言葉を選
ぶ必要がある。
(ええ、だから、そこにオットーもグルね。リーを連れ戻す必要がある。あと、地下に何があるの
かも聞き出す必要があるわ)
「はい、分かりました」
セリアの声に、デールズはチラリとオットーを見やった。さっきからどうも忙しない様子を見せ
ている。明らかに挙動不審だ。
(今、全隊を突入させる。あなたは、オットーを抑えておきなさい。リーがどこへ行ったのかも聞
き出すように!)
「承知しました」
セリアの声に、デールズはそう答えるしかなかった。軍に従事しているとは言え、“何かを聞
き出す”、というのはデールズのような若い捜査官にとっては少し辛いものになる。
だが、オットーのような男なら、すぐに吐くだろうな、とデールズは思い、彼は腰に吊るしてあ
る、黒いものを手に取った。
「ベンジャミン・オットーさん?」
デールズは、腰に吊るしたものをスーツで隠したまま、オットーに近付いていく。
「な、何だ?どうかしたのか?」
デールズは身長も190cmあるし、褐色肌で口数を少なくしていれば迫力もある。ただリー達
の前では彼らの迫力に負けていただけだ。
一般人相手ではデールズも変わる。オットーはそれに気押しされているようだ。
「トルーマン少佐がどこへ行ったのか教えてもらおう」
「わ、私は知らん!そ、そうだ。私は、急用を思い出したのだ」
と、オフィスの扉から外へと出て行こうとするオットーを、デールズは自らが立ち塞がる事で防
いだ。
「いいえ、駄目です。あなたを拘束するように命令が出ています」
オットーは、デールズに圧倒されて入るものの、無理して凄んでくる。
「私を、拘束だと!貴様、何様のつもりだ!」
「そのように命令が出ています。あなたが、テロリストに加担している危険分子の一人であると
…」
デールズがはっきりと言った途端。オットーは顔の色を変えて、デールズから後ずさる。そし
て、どこへと行くのかと思えば、デールズのいる場所とは部屋の反対側に走っていこうとするで
はないか。
オットーは突然壁へと体当たりする。するとその壁は奥側に沈み込み、そこには隠し扉が現
れた。
だがデールズは動じず、すかさず腰に吊るしてあった、あるものを手に取った。
デールズはその手に収まるほどの黒い塊を手に取り、デールズへと向ける。するとそこから
は、2本の電極が射出され、オットーの背中に命中した。
彼は、痙攣するかのように隠し扉の前で身を震わせ、あっという間にその場に倒れた。
彼の背中に命中した電極からは、白い光が点滅する。
「やれやれ、オフィスにわざわざ隠し扉を作っているなんて、たっぷりと絞らなきゃあな」
倒れたオットーの姿を見下ろし、デールズはそう呟いた。
「突入!」
セリアが通信機越しに叫びかけると、『グリーン・カバー』を包囲していた『タレス公国軍』の一
個中隊が、一斉に建物内へと突入していった。
『グリーン・カバー』はあくまで企業ビルであり、戦場ではない。だが、突入していく兵士達は
物々しい姿であり、マシンガンを構え、次々と正面玄関から、すでに把握されていた裏口から
突入して行った。
「何だ!何事だ!」
パニック状態になっている社員達。正面ロビーの奥から、警備員らしき白いシャツを着た人
物が現れる。
「我々は、『タレス公国軍』だ!」
マシンガンを向け、最前線で突入した兵士が言った。だが、相手は両手を挙げており、抵抗
する意志はない。
だから、部隊員が突入することはあっても、発砲は行なわれなかった。
「分かっている!何の用で来たのか」
「我々は、ベンジャミン・オットーを捕えに来た!既に、軍の捜査官が一緒だ!」
と言って、黒ずくめの装備の部隊員の中であまりに目立つ、白いスーツを着たセリアがやっ
て来た。彼女は、軍から仮に与えられた身分証を示しながら、警備員達に示している。
「ベンジャミン・オットーを拘束させてもらうわ!彼は、テロリストに加担していた男と繋がりがあ
る!この男はどこにいるの?」
と言って、セリアは、警備員に近付いてくるなり、あの人事部の男の顔を携帯モニターで表示
した。
「こ、このような社員は存じておりません」
「地下室に私の上司が連れて行かれたの!ここの地下室の監視モニターを見せなさい!」
セリアは警備員に接近し、言い放つ。警備員の男は、身長が2メートルくらいあったが、セリ
アの迫力は相手を上回っていた。
「いや、しかし」
「さっさとすんのよ!」
相手の男がどうしていいかも分からないまま、セリアは、相手に指を突き出し、そのように命
じた。警備員は困った様子で、
「ここの地下室といっても、メンテナンス室だけですよ」
その警備員の言葉に、セリアは疑問に思った。
「地下何階?」
「地下1階ですが」
「監視モニターを見せなさい!」
セリアは声を上げ、警備員を警備室にまで連れて行くように案内させた。
リーは、『グリーン・カバー』の地下深くへと潜っていくエレベーターの中で、じっと構えていた。
エレベーター内は閉じられた密室で、その中には、リーと、人事部の人間を名乗った男しか
乗っていない。
とっくに1階には着いているはずだった。人事部はおそらく『グリーン・カバー』の高層ビル内
の下層に位置しているのだろうと思っていたが、エレベーターはまったく止まろうとはしなかっ
た。
この男は、自分を別の場所に連れて行こうとしている。
リーは分かっていた。いや、一緒にエレベーターに乗った段階から、それを知っていた。
だが、リーはあえてこの状況飛び込んでみることにしたのだ。この男は、一体何を見せようと
しているのだろう、と。
エレベーターが軽いコール音を立てて停止する。リーは、耳の中にかすかな圧迫感を感じ
た。
気圧が地上とは違うせいだろう。あまりに地下が深すぎるのか、もしくは何らかの装置で、気
圧が一定に保たれているのか。
「付きましたよ。お降り下さい」
ダークスーツの男、スペンサーがそのように言い、リーをエレベーターから降ろした。一体ど
のくらいエレベーターに乗っていたのか。1階から、オットーのオフィスに登るまでの倍近い時間
が掛かっていたようだ。
「ここは、“人事部”ではないようだな?」
リーは周囲を見回して言った。周囲は白いで覆われており、ずっと一直線で通路が延びてい
た。
「いいえ、“人事部”です。ただし『グリーン・カバー』の、地下の人事部になりますけれどもね」
スペンサーは、エレベーターの降口から一直線に延びている廊下を歩き始めた。
リーは、その男と共に歩き出す。だが油断はしていない。この男がもしかしたら、自分を処刑
するための場所に連れて行こうとしているのだと思うくらいの警戒心で付いていく。
だからリーは、エレベーターの扉の脇に、ある細工を施していた。それは、スペンサーには気
付かれないような、ある細工だった。
「リー・トルーマンさん。あなたをさっき見たたとき、どこかで見たことがあると思ったんです」
スペンサーは、歩きながら話し出した。
「ほう?どこで?」
「3年前。《カルメン》で、お会いしましたね?」
スペンサーは。そこでリーを振り返って見た。
「誰だ?お前は?」
だが、リーにとっては相手の男が誰であるのか、分からない。
「そう。あなたは、リー・トルーマンと名乗っていなかったし、『タレス公国軍』の少佐としての身
分も持っていなかった。だが、あなたは私の前に現れました」
スペンサーは、通路の中の一つの扉の前で脚を止めた。
「3年前、《カルメン》、忘れてしまいましたか?」
リーは口を噤んだ。相手に嘘をついているという素振りも見せていないし、口を噤んでいる事
に対しても動揺はしていない。
「やはり、忘れていませんね。その表情は?」
スペンサーはそのように指摘してきた。
「では、お前は誰だ?名乗ってもらおうじゃあないか?」
「いえ、それはこの扉の中の“もの”をご覧になってからで構わないでしょう?」
そう言った、スペンサーは扉を開き、その中にリーを招きいれようとしていた。
扉の先で何が待っているのか。リーにとっては見当もつかなかったが、引き返すようなつもり
も無かった。
むしろそれを知る目的でここにやって来たのだ。男の方から、それを明かそうとしているの
は、少し意外ではあったのだが。
リーは部屋の中に入った。
そこは、広い空間が広がっていた。がらんとした室内になっており、幾つかのコンピュータが
稼動している。
空間に画面が広がっていて、それは何かしらのデータを示していた。
リーは、周囲で画面が表示しているデータを読み取ろうとしたが、それよりも前に、背後から
男が言葉を投げかけた。
「これは、あなた達がやっていた研究を、われわれが引き継いだものですよ。リー・トルーマン
さん。『グリーン・カバー』は、あなた達がやって来た事を、より我々に適した方法で行っている」
リーは背後の男を振り返った。男は自信を持ったような目でリーを見つめてきている。まる
で、この部屋で行なわれていることが、彼にとって誇りであるかのように。
「我々、がやって来た、だと?我々『タレス公国軍』がやって来た事と言うのか?」
と、リーは言ったが、
「いえいえ、違います」
そう言って男はリーの脇を通り、画面が数多く並んでいる部屋を歩いていく。その室内には、
所々に白衣を着た者達がおり、コンピュータを操作していた。
何かの研究施設であるらしい。比較的若い研究者がここには数多くいた。
「『グリーン・カバー』は、ここでの研究を、我々軍に報告しているのか?」
室内を奥の方へと歩いていく、スペンサーの背後からリーは言った。周囲にいる研究者達
は、リー達の事などまるで構っていないのか、コンピュータの操作に没頭している。
「いえ、報告はしておりません。ここで行なわれているのは、独自の研究です」
スーツ姿の男は、それだけ答え、更に奥へと歩いていく。
「それで、ここが、本当に“人事部”なのか…?」
リーがそのように尋ねると、そこに少し間が開いた。ダークスーツの男は背中をリーに向けた
まま少しの間黙っている。
「ええ、ここが、“人事部”です」
そして彼が足を止めたのは、また一つの扉の前だった。
ダークスーツの男が足を止めたのは、丸窓がつけられた両開き扉の前だった。奥に何があ
るのかは、リーにも見当が付かないが、冷気が漏れてきている。扉の向こうは低い温度に保た
れているに違いない。
スペンサーはその扉を開いた。
「トルーマン少佐が、どこに連れて行かれたのか、教えてもらいましょうか?」
デールズは、先ほどのテイザー銃による電撃で弱っているオットーを椅子に座らせ、そう尋ね
た。
オットーは、まだ電撃の衝撃によって意識が朦朧としているようだ。だが、デールズにとって
は彼をさっさと起こす必要があった。
「さあ、目を覚ましてください。オットーさん。あなたには色々と答えてもらわなきゃあいけない事
がある。」
そう言って、デールズは彼の肩を揺すった。
「うむ…、う…」
ようやく薄目を開いてくるオットー。目の前にデールズがいるという事を自覚し始めている。
「良いでしょう。オットーさん。これから幾つかの簡単な質問をしますから、答えてください。もし
答えない場合、嘘を付いていると分かった場合は」
そこで、デールズは耳を澄ませ、耳に装着したイヤホンから聞えて来る声に耳を傾けた。
(痛い目に合わせてあげるって、言ってあげなさい)
と、漏れてくるセリアの声。デールズはどう答えたら良いか迷う。自分の発そうとしている言葉
が、脅しの文句でしか無い事が分かると、非常に口にしにくい。
「あなたにとっても不愉快な事になるでしょう」
「わたしは、何も、知らん」
とオットーは言ってくる。だがデールズはその言葉には耳を貸さなかった。
「オットーさん。質問は簡単です。私の上官である、リー・トルーマン少佐がどこへ行ったのか、
それを答えてくれるだけでいい」
「だから、知らん」
先ほどの電撃で弱っているオットーの両腕には、デールズの持つテイザー銃の電極がつけら
れている。椅子に座らされているオットーは、電気椅子に座らされているも同然だった。
ただ、そこに流される電流の電圧は、電気椅子ほどのものではなかったのだが。
オットーの体が痙攣したように何度も脈打つ。デールズがテイザー銃を通して電圧をかけた
めだ。
「答えてください。オットーさん」
痙攣しているオットーの体を見下ろし、デールズは静かに言った。彼自身でも拷問にかける
のはいやだった。例え相手が、テロリストに加担し、国に脅威を与える存在であっても、拷問と
いう行為が野蛮なことは、デールズ自身でもはっきりと分かっている。
「私は、何もしていない。悪いことは何も」
再びテイザー銃から電圧がかけられる。
「もう一度聞きます。オットーさん。リー・トルーマン少佐はどこに連れて行かれたのです? こ
のビルの中である事は間違いないと思いますが?」
電流のショックで体が小刻みに震えている、オットーを見下ろし、デールズは静かに言った。
「知らん。あの男が勝手に連れていっただけだ!多分、地下!そう地下だ!」
「多分では困りますが?」
デールズは再び、テイザー銃のトリガーを引こうとしていた。彼の持つテイザー銃は、スタンガ
ンのようにいつでも電極から電流を流すことが出来る。
「しゃ、社員専用の施設があるんだ。特別なエレベーターを使う事でしかそこには行くことがで
きない!」
「本当に?」
「ああ、本当だ!当たり前だろうか!こんな事をこの私にしてただで済むと!」
だがデールズは、オットーのそんな言葉など聞いてもいなかった。
「聞きましたか?セリアさん。少佐はどうやら地下に向かったようです。今、彼に地下へと案内
させようと思います」
通信機に向ってデールズが言うと、
(ええ、地下、地下ね。私も部隊を引き連れて、そこを制圧しに行くつもりよ。あんたはオットー
と一緒に先へと向っていなさい。彼と一緒なら、例えどんなものが待ち受けていようとも、相手
は手出しができないでしょうから)
「了解」
セリアの声を通信機で確認し、デールズははっきりと答える。そして、まだ弱っているオットー
を、椅子から立ち上がらせた。
スペンサーに案内され、リーは、地下施設の奥の部屋へと入った。
そこは、先ほどの研究室のような所と同じほどの規模を持つ部屋だったが、人一人がはいれ
るほどのカプセルが10個ほど設置されているだけで、実に殺風景な部屋だった。
それぞれのカプセルの上には、幾つかの画面が出現している。それが生体モニターの表示
であるという事は、リーにはすぐに分かった。
「これは?」
部屋の中へと歩いていくスペンサーの背中に、リーは尋ねた。
「ここで、我々は、“人事管理”を行っています。“人事管理”というのは、そもそも不適切でしょう
か?我々はあくまで仲介業務を行なっているだけですから」
何の動揺も、ためらいも見せないような声でスペンサーは言ってきた。下品過ぎないにこや
かな表情は、相手を苛立たせない。
「このカプセルのようなものの中にいるのは、人間なのだろう?」
リーは、部屋に等間隔で設置されているカプセルを見下ろした。完全に密閉されているカプ
セルだが、人1人が十分に入ることが出来る大きさになっている。
「さすが、よくお察しだ。いや、むしろ、あなたは初めからそれを知っていたのではありません
か?リー・トルーマンさん」
スペンサーがリーに尋ねて来る。だがリーは、
「どうだろうな?」
とだけ答え、自分の表情を相手に見せないようにした。スペンサーは構わず話を続けてくる。
「あなたが、『タレス公国軍』少佐などという階級をどのようにして手に入れたかは分かりません
が、恐らくそれは、“組織”の力によるものでしょう?
あなたは、“組織”の命令で、軍に入り込み、『グリーン・カバー』を、そして、私達を追い詰め
ようとしている。“組織”にとって、私達は、そんなに邪魔者なのでしょうか?」
「お前は、何を言っている?“組織”など、私は知らない。どこかのテロ組織の事を言っている
のか?」
リーの答えに、スペンサーは苦笑した。
「いいえ、私はあなたの顔を覚えているのですから、隠しようがありませんよ」
「ふん。ではお前も『グリーン・カバー』の人間ではないな。人事部などというのももちろん嘘だ」
リーは部屋に並んでいるカプセルを腕で指し示し、言い放つ。
「いえいえ、私は嘘などついていません。わたしはこの『グリーン・カバー』の人事部の人間で
す」
「なぜ、“人事部”などと言い張る?何かのコードネームの事か?」
スペンサーはリーの前に立ち、彼の眼をしっかりと見据えて言った。
「さてね。あなたの“組織”ではそんな呼び方をしなかったのでしょう。だから知らない。それに、
あなたをこの場へと案内したのは、何も、洗いざらい『グリーン・カバー』が行なってきた計画の
事を話すためではありません」
スペンサーの目の色が変わった。それはリーにも手に取るように分かった。
それは攻撃的な目であり、リーを正確に狙っていた。
リーはすかさず、相手がどのような攻撃か何かを仕掛けてくる前に精神的に身構えた。銃を
抜き取る用意もできている。
「あなたを、この場へと連れてきたのは、あなたを試すためなのですよ。わが社にとって使える
かどうか」
そうスペンサーが言ったとき、室内のリー達が入ってきた扉とは反対側から、一人のダークス
ーツに身を包んだ女が現れた。
昨晩、スペンサーと共にジョニー達の前に現れた、あの女だった。
「遅いぞ」
スペンサーはそのように言ったが、女は何も答えない。どんどんリーの方へと迫ってくる。何
のためらいも見せない。
すかさずリーは銃を抜き、それを女へと突きつけようとした。だが、その時彼は、腰の銃が無
い事に気が付いた。
「お探しのものはこちらですか?」
スペンサーが手でもてあそんでいるもの。それはリーの銃だった。紛れもない、リーの銃がス
ペンサーの手の上にある。警戒していたのに、いつの間にスペンサーに抜き取られていたの
だろうか?
スペンサーはその銃をリーへと向けた。
「無駄だ。銃が私に通用しない事くらい、お前にも分かっているはずだ」
リーは動じない。
「ああそう?確かにそうかもしれませんね。でも、あなたはこの銃を我々へと向けようとしたでし
ょう?同じ理由を知っていながら?」
そう言って、続いてスペンサーは自分の銃を取り出した。こちらはオートマチックタイプの銃
だ。
「銃で脅す?そんなものは私には通用せん」
「知っていますよ。あなたも、我々と同じ『能力者』だからでしょう?あなたの『能力』の正体
は?」
「知るか。私をここから出してもらうぞ。そろそろ上の部下が不審がり、部隊を突入させてくるは
ずだ」
リーは、スペンサーと女から一定の距離を保ちつつ、ゆっくりと扉の方へと向おうとした。
「ですが、幾らあなたが『能力者』であっても、彼女には、対応できるでしょうかね?」
とスペンサーは言い、一緒にいる女を指し示した。
彼女はリーに向って手を伸ばし、まるで遠距離から彼の頭をわしづかみにするような仕草を
見せる。
すると、リーは頭を本当に掴まれたかのように突然背後に仰け反り、床に倒れた。
「テストは不合格ですよ。リー・トルーマンさん」
スペンサーの落ち着いた声が、室内に響き渡った。
エレベーターで降りていこうとするのは、デールズと、オットーだった。デールズはテイザー銃
の電極を、オットーの両腕に接着させたまま、彼を前へと立たせている。
「いいか? こんな事をしてただで済むと思うなよ…。訴えてやる。軍が一般市民に横暴を働い
たと言って…!」
降下中のエレベーターの中で、オットーは吐き捨てた。
反論してやろうかとも思ったデールズだったが、無駄な事を言う必要は無かった。
エレベーターはとっくに一階を過ぎ、更に地下へと潜って行っていた。
「全く! 今度は、デールズとも連絡が取れなくなったわよ!」
セリアは、机を激しく叩き、周囲で見つめている突入部隊の注目を集めた。
セリアのヘッドセットの中からは、ずっとバンの中で控えている軍の技師の声が聞えて来る。
「デールズの通信機も、地下へと潜った直後に、その通信が途絶えました。地上からでは現在
位置を確認することは不可能です」
「地下へ行くエレベーターはないの!?」
セリアは、声を上げ、通信機越しに技師に、そして『グリーン・カバー』の警備員に尋ねてい
た。
「こちらにある4機だけしかありません。ほかにエレベーターはありません」
「この建物の図面を見せなさいよ!全く、このままじゃあ、あいつらが、孤立無援になって、何
をされるか分かったものじゃあないわ!」
「只今、図面をお見せします」
警備員が、セリアが入っている受付ブースの中で、コンピュータを操作し出し、図面を呼び出
そうとしていた。
リーは、どこかの部屋で眼を覚ましていた。
一定のリズムがどこからか聞えてきている。この音は、一体何なのであろうか? 空調システ
ムの一種だろうか。
耳ざわりな音ではないが、心の奥底へ響き渡ってくるほど静かな音だった。
「リー・トルーマン。軍人だ。一応、今はだがな。並大抵のことでは情報を聞き出すことはできな
いほど、意志が強いと思って差し支えないだろう。お前の『能力』でやることができるか…?」
聞えてきたのは、さっきのスペンサーの声だった。誰かと会話をしているらしい。
だが、聞えてきたのはスペンサーの質問だけで、話しかけている相手の声は一切聞えてこな
かった。
リーは目を開き、その場の様子を知ろうとした。
「お目覚めですか?」
リーの顔を覗き込み、スペンサーは言ってきた。ここがどこの部屋であるかは分からない。だ
が、さっきリー達が訪れた部屋と内装は変わっていなかった。依然として地下にいる。
だったら、リーにもまだ望みはあった。両腕をプラスチックバンドで縛られている事を除けば、
だったが。
「何を、する気だ?」
リーはあくまで冷静になってそのように答えた。
「我々が何故、あなたをこの場所へ連れてきたのかは、しっかりと教えましたね? ですがあな
たは我々に対して、非協力的だという事が分かりました」
スペンサーは口調を崩さず、まだ目覚めたばかりのリーにとっても、はっきりと分かる言葉で
話してきている。
「だから、どうする気なんだ?」
「うちの極めて優秀な、情報操作員に任せて、あなたを無害な存在にします」
と、スペンサーが言うと、彼の背後からさっきの女が姿を見せた。女は何も言わず、椅子に
縛られているリーのすぐ側にしゃがんだ。
リーと目線を合わせるその女は無表情で、全く口を開くことが無い。一体何者であるかという
事さえ、リーには分からなかった。
「何をする気だ?拷問か?無駄だぞ…」
と、リーは言ったが、スペンサーはそのリーの言葉に苦笑した。
「拷問なんて、野蛮なことは我々はしませんよ。ですが、もっと確実な方法です」
スペンサーがそのように言ったのが合図だったのか、リーの目の前にいる女が突然立ち上
がり、彼の頭のこめかみの部分を両手で掴んだ。
彼女は何も言葉を発することなく、しっかりとリーのこめかみを掴む。
リーは頭を激しく振ることによって、その手を振りほどこうとしたが、あっという間に力が抜け
てしまい、全くの無抵抗になった。
リーは、肉体ではなく、頭の中へと直接響き渡ってきた、雷鳴のような響きに襲われていた。
この響きは一体どこからくるのか、彼には全く分からない。頭を激しく振り、その音から逃れ
たかったが駄目だった。体自体は、拒否反応を示しているというのに、頭を振ろうとする肉体
と、精神が分け隔てられてしまったかのように、音を振り払えない。
まるで、自分の最も無防備な場所を見透かされているかのように、その音は迫って来た。
そして、自分でも思ってもいないような記憶が、その音の強弱にあわせ、次々と頭の中から
引き出されていく。
それは映像として、そして音としても現れてきていた。
この『グリーン・カバー』で見てきた事、あのオットーの不自然な姿、そして、過去の事が次々
と頭の中から湧き出してくる。
一体、どのようにしてこの記憶を呼び覚まされているのか、リーには全く理解できなかった。
これが、目の前の女が発揮している『能力』なのか?
『能力者』は時として、常人の理解を超えたような『能力』を有している事がある。常人の身体
能力を遥かに上回った『能力』を有している場合も危険ではあるが、精神的に働きかける『能
力』を有している場合も十分に危険だった。
このまま記憶を呼び起こされるとどのようになるのだろうか? 何の為に。自分に全てを思い
出させるためにか。そうではない。
リーは直感した。自分の頭の中に呼び起こされている記憶は、明らかに相手の女も見てい
る。だから、このような事をされているのだと。
隠すべき、自分の記憶が、相手にどんどん呼び起こされ、それを読み取られている。リーにと
っては危険であり、しかもあってはならない事だ。
「おい、ブレイン・ウォッシャー。何も廃人にはするなよ? こいつに今、そのような事をすると、
あの方が黙っていないからな…」
スペンサーの声が聞えてきた。女に頭を押さえられている状態であっても、外で何が起こって
いるのか、その音だけははっきりと聞えてきていた。
「どうした?ブレイン・ウォッシャー?」
スペンサーが尋ねた。多分、“ブレイン・ウォッシャー”などと言われているのは、目の前にい
る女なのだろう。
彼女はリーの頭から手を離した。すかさずリーは、その頭を振って、女の手から逃れようとし
た。
目を開いたとき、女は、自分の目の前にディスプレイを表示させ、何やらそこに文字を表示さ
せていた。
リーはそのディスプレイが、ろう者会話用の機器の画面だとすぐに理解した。記憶を次々と読
み取られた後で、頭が朦朧としていたが、それを必死に回転させて理解する。
ブレイン・ウォッシャーと呼ばれている女が表示させている画面には、リーが隠して来たある
事について、文字として表示させられていた。半透明の画面は、その反対側に立つスペンサー
の方からも読み取れるようになっており、ろう者と会話するときには欠かせないツールだ。
ろう者は、ただ口を動かせば良い。人間が読唇術を使う必要は無く、コンピュータがより正確
にその動きを解析し、文字化するのだ。その際、機器に内蔵されたソフトが、適切な文章と文
節に分ける。
「何?データを読み取られている?メモリーを持っている…、だと?」
バレた。リーはそう思った。だが不思議だった。どんどん、目の前で起こっている光景が、ま
るで現実味を帯びていないことのように思えてくるのだから。
だがリーは、最後の意識の中で、自分の両腕を拘束しているプラスチックの縄から抜け出し
ていた。
この場から脱出する。その強い意志だけがリーを動かそうとしていた。
「本当にここで良いのですか?もし間違っていたら、どうなるかは分かっていますね?」
丁寧な口調とは裏腹に、デールズはオットーを強制的にエレベーターから降ろしていた。目の
前には殺風景な白い廊下が広がっている。ここは、『グリーン・カバー』の地下施設なのだろう
か?
「おい、連れてきてやったんだから、これを離せ! もう私が案内する必要などないだろう
…!」
オットーは腹立たしく言い放つ。だがデールズはそんなオットーを、壁に押し付けた。
「いいえ、トルーマン少佐を見つけ、彼を地上へと連れ出します。そして、この場を軍が制圧す
るまでです。それまであなたはここにいてもらいます」
と、デールズが言ったときだった。地下施設で突然警報装置が鳴り響いた。
それは突然やって来た、けたたましいまでの音で、デールズは思わず耳を押さえずにはいら
れないほどのものだった。
同時に通路の先からは、白衣を着た者達が現れ、デールズがいる方向とは逆の方を目指し
て走っていく。
「おい!あんた達!どこへ行くんだ!そこで止まれ!」
デールズは叫ぶが、白衣を着た者達は、一斉に廊下を奥の方へと駆けて行ってしまう。まる
で自分から逃げ出していくかのようだ。
「一体、何が起こっている…?」
突然起こった警報に周囲を見回し、デールズは言った。突然、彼の目の前に広がった地下
施設で鳴り響く警報。何が起こっているのか理解するまで、時間がかかりそうだった。
「お、おのれ…。こうなったのも、全部貴様のせいだ。我々の行なってきたビジネスが、全て…」
オットーはデールズに向って吐き捨てるかのように言い放つ。
「あんたは、トルーマン少佐の元へと案内してくれればそれでいい!黙っていて!」
と、デールズは彼を壁に押し付ける。
「あと、この場で何が起こっているのか、も教えてもらいましょうか…?」
そのようにオットーに向っていったデールズ。ちょうどそこへ、警報の鳴る地下通路を歩い
て、一人の男が姿を見せていた。
よろよろとふらつきながら、通路を歩いてくる。どうも激しく疲弊してしまっているようだ。
「トルーマン少佐!大丈夫ですか?」
デールズは、オットーを押さえつけたままリーに言った。
「私に構うな…、オットーを!」
リーは、そんな彼の気遣いを振り払うかのようにして近付いてきた。手には何かを握り締めて
いるようだった。
「ええ、ここに拘束しています。それよりも、あなたを連れていった奴は…?」
だが、リーは、
「ここから脱出するぞ、奴を追うのはそれからだ。どうせ、軍が制圧しているのだからな…」
とだけ言って、リーは、自分だけ先にエレベーターの方へと歩いていった。
「光の能力?レーザーを使ってものを焼き切るだけではなく、データ通信もできるだと…?」
スペンサーは、一緒に隠された通路から逃げようとしている女から、情報を与えられていた。
女はろう者用の会話装置を使って、スペンサーへとその情報を文字として伝えてきている。
「リーは、データメモリーを持っていた。奴はそれを、私が案内した部屋のデッキに奴自身の
『能力』で接続をし、まるで無線通信をするかのようにデータをコピーしていたのか…」
それはスペンサーにとっても予想外の事だった。リーが怪しい行動をしないように目は光らせ
ていたのだが、彼自身の『能力』を知らない以上は、どうしようもなかったのだ。
「しかも、そのレーザーを今度は、プラスチックワイヤーを焼き切るときにも使ったのか…」
苦虫を噛み潰すかのような表情をするスペンサー。共に走るブレイン・ウォッシャーが、相手
の表情を伺うかのようにしてそれを見つめる。
だがスペンサーの表情は、すぐにこの状況を楽しんでいるかのような微笑に変わった。
「まあ、いいさ。奴らが、我々の情報を手に入れたところで、もはやどうしようもあるまい。逆に
こっちは、お前のお陰で有益な情報を数多く入手することが出来た。お前のお陰だぞ」
スペンサーと女は一機のエレベーターにまで辿り着き、それに乗り込んだ。そして二人は、
『グリーン・カバー』の地下施設を後にするのだった。
「ねえ?あんた、大丈夫なの?」
セリアは軍のトラックに乗り込むリーが、あまりに疲弊している様子を見て言っていた。
「ああ、何とかな。それよりも気をつけておけ、私自身も何をされたか分からないからな」
リーは顔を上げ、セリアに言った。見上げたリーの顔はセリアが始めて出会った時から、全く
変わってしまっており、相当に疲弊していた。今のリーであったら、セリアも簡単に言い負かす
ことができてしまいそうだった。今まで言いなりになっていた分、言い負かしてやろうか、ともセ
リアは思ったが、
セリアにそんな気は無かった。
「何をされたか分からない?」
セリアはリーの目を見て尋ねた。今のリーは、何らかの影響で疲れ切っており、隙だらけだっ
たが、嘘をついているような様子は無い。
「ああ、このビルに入ってからの記憶が無い」
リーは搾り出すような声で答えた。彼に外傷は無かったが、酷く疲弊している。それはとても
演技には見えない。
「それは本当なの?」
「ああ、私はオットーに会ったのか?そして、このビルの中で何をした?気が付いたら、デール
ズに連れられ、ビルの外へと出ていた」
「オットーを逮捕したわ。ただ優秀な弁護士が付くかもしれない。軍に拘束されているなんて知
れたら、弁護士だけじゃあなく、人権保護団体が黙っていないわよ」
「そうか。オットーと『グリーン・カバー』が、昨晩起きた事件に関与している証拠を突き止めた
んだな」
リーは少しほっとしたような様子を見せた。
「ええ、オットーは、昨日、ジョニーと一緒にいた奴らと一緒のビルで働いていたのよ。面識もあ
るようだったわ。あんた達の前に堂々と姿を見せたのよ?信じられる?名前はスペンサーって
言うらしいけれども、そいつは逃がしてしまったけどね。今、付近一帯を捜索中なんだけれど
も」
セリアは、リーに向って、たった今さっき彼の目の前で起こった出来事を説明した。
彼が記憶が無いと言って、いちいち目の前で起きた出来事をセリアに説明させるだろうか。
そんな回りくどい事をこの男はしないはずだ。
「何故、そのスペンサーと言う奴は、昨日の今日で、堂々とこの『グリーン・カバー』にやって来
て、私の前に姿を見せたのだ?」
「最初から、罠だったとか?」
と、セリア。
「かもな?」
「それと、さっきから、あなたがずっと握り締めているそれは何?」
セリアは気になっていた、リーの右手が握り締めている何かを指差して指摘した。
「メモリーだ。私がこのビルに入る前は、スーツケースの中に入れておいたはずだがな。ケース
は紛失していたが、メモリーは残った」
リーは右手を広げ、掌に収まる指ほどのサイズのメモリースティックを見つめた。
「そのメモリーに、あんたの記憶が無いうちに何が記録されたのか?調べてみる価値はありそ
うね」
そのメモリースティック自体は大した重さは無いはずだったが、リーはまるで重いものを握り
締めているかのように、メモリースティックを手の中に収めた。
3:22P.M.
リー・トルーマンは、《プロタゴラス空軍基地》に戻り、『グリーン・カバー』の潜入捜査報告、オ
ットーの身柄の引渡しをした後、その足で、《プロタゴラス》市内へと戻っていた。
リーが報告しなければならないのは、軍の上層部相手だけではない、必ず報告しなければな
らない相手がいた。
今日起きたことだけは、その人物にリーが直接会って話す必要があったのだ。
《プロタゴラス》市内の河にかけられた橋桁の下。その高級車は停まっていた。黒服のガード
マンが一人達。そこへとやって来たリーを不動の姿勢で待ち構えている。
まだずきずきと痛む頭を押さえつつ、リーはその高級車に近付いてきた。まるで政府要人
か、企業の重役が乗っていそうな黒塗りの車だった。
「お待ちです」
黒服の男はそのように言った。そして高級車の後部座席の扉を開く。
リーは中に乗り込み、後部座席に乗っている一人の男と対面した。車の中は薄暗い上に橋
桁の下にあったから、ますます暗く、車の中に乗っている者達の顔は伺えない。
「あいつらと接触する事ができたようだが?」
後部座席に座っている男は、真っ先にリーに向って口を開いた。
「ああ、だが奴らの中に、私の記憶を消去することが出来る『能力者』がいてね」
リーはそう答えた。特に自分の非を認めるつもりもない声でだった。
「それは、恐らく“ブレイン・ウォッシャー”だ。元は我々が管理していた『能力者』だったが、いつ
しか、向こう側につかれてしまったようだ」
男は、ほぼ完璧なタレス語を話してくるが、訛りが目立つ。明らかに『タレス公国』の人間では
なかった。
「恐らく、“組織”の関与も奴らに知れ渡っている。早急に対処をしなければ」
リーは相手の男に静かに言った。すると、相手の男は、リーの言った言葉を全て理解してい
るかのように返してきた。
「ああ、間違いなく知れ渡っている。“ブレイン・ウォッシャー”は君の頭に入り込んだとき、同時
に君が我々“組織”側の人間であるという事を知ったのだからな」
「すぐにも奴らは行動する。どうするつもりだ?」
リーは見えない相手の顔を伺おうとした。
しばし考慮した後、その男は答えた。
「私はすぐにも現地へと向う。そして、奴らに対処するつもりだ」
「では、私は?」
後部座席にいる男はリーへと顔を近づけた。少しだけその男の顔の姿が明らかになり、NK
系の中年の男であるという事だけが分かる。
「君は、なすべき対処をしろ。そして、必要になれば、私の元に来い」
「はい」
リーは男の方は向かず、ただそう答えた。
「今、我々が動かなければ、この世界を救うことはできないだろう」
車の中の男が発したその言葉が、リーにとっては大きな重みとしてのしかかるのだった。
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―Ep#.04 『罠の連鎖』―
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テロリストと繋がるギャング、ジョニーを逃してしまったセリア達。セリアはどうも自分を呼び寄せた軍の男、リー・トルーマンが怪しいとのことで、彼に探りを入れます。