女性と男性、陰と陽、プラスとマイナス。
世界上に在る対となる存在同士は、常にバランス良く存在しているものです。
どちらか一方だけでは成立できませんからね。
人はどちらか片方に寄りがちですが、どちらの特性を持つことだって可能です。
理想と現実の双方を両立させる力は、既に人間は発揮する準備を整えていますよ。
男卑女尊社会になりつつあると云われますが、
“どちらも持てる”ことに気付けた時、その比較も脆く崩れ去るでしょう。
―2019年 とある天使を模した高次意識存在の小話
ルミとシャボン玉の魔法使いたち Season1
Chapter3「二極の境界」
キャリーバッグの回りにくいキャスターを引きずりながら学校裏山の公園へ辿り着くと、既にそこには先客がいた。
「ん?」
が、その女の子はベンチの近くでシャボン玉の中でふわふわ浮かんで、気持ちよさそうに眠っていた。ということは、留美ちゃんの友達だろうか?
身長は私よりも低めで、美しいまでに健康的な長髪は腰のあたりまで伸びており、かなり長い。白のブラウスらしき上衣は第一ボタンを外し、対にステッチの刺繍された裾を出した上から、シザーバッグを腰に下げている。スカートは強すぎない桃色で、見た目の年齢の割には子供っぽく見える。
ベンチの上に、恐らく女の子のものと思われる荷物がなんとも無防備に置かれており、あまり女性らしくないもので、ビジネス用途な印象を持つ。なかなかギャップが大きい。
私はそのまま女の子を包み込むシャボン玉の前へ近づいてみた。
寝顔をそっと覗き込んでみる。……かわいい。例のごとく、シャボン玉の中での重力は無く、赤ちゃんのように丸くなって眠りにつく女の子。これを私に置き換えて想像するだけでも、その心地よさはたまらない。
「あ、もう着いてたんですね」
「ひゃっ!?」
見蕩れている私の後ろから突然声を掛けられ、私は驚き飛び上がってしまった。
振り向くと、留美ちゃんがキャリーバッグを引いて目の前にいた。音も聞こえかったし、いつの間に来たんだろう。
「い、いつの間に…?」
「いやぁ、路面が悪いのでこうやって持ってきたんですよ」
そう言って、留美ちゃんは指をパチンと鳴らし、キャリーバッグをシャボン玉で包み込んで浮かばせる。なるほど、そりゃキャスターの音は聞こえないわけだ。
「で、この子はお友達?」
「ふふ、後で分かりますよ」
軽く笑顔で答えた留美ちゃんは、女の子が眠るシャボン玉の前に立ち、彼女を起こす。
「あとりさんが来ましたよ、そろそろ行きましょうっ」
そう言うと、女の子はゆっくりと目を開き、ふわふわ浮かぶ泡の中で全身を伸ばす。重力の無い空間だからこそ出来ることだ。その後数回首を動かして、彼女の目は私を捉えた。
「お、揃ったか」
「はい、”シャボン玉のベッド”はどうでしたか?」
「ああ、最高に気持ち良い。普通のには戻れなくなりそう」
「よかったです!やっぱり気に入って貰えると思いましたっ」
ああ、やっぱり”シャボン玉のベッド”だったんだ。
結奈さんが始めに考案して、留美ちゃんと二人で改良を重ねた”シャボン玉の魔法”の一つで、シャボン玉の中の環境を調整することで、いつでも快適な睡眠が取れるよう考えられたものだ。もちろん私も、夏休みのショートステイ中はそれで寝ていたから、気持ち良さは格別なのが実によく分かる。この女の子の感想を述べる時の表情は嬉しそうで、とても幸せそうだ。
「今度教えて欲しいな。自分でも使えるようになっておきたい」
「もちろんそのつもりですよ。それでは行きましょうっ」
「OK」
留美ちゃんが、女の子を包むシャボン玉を人差し指で突くと、ぱっとシャボンの膜が光の粒になって飛散した。彼女に再び重心が生まれ、広がる長髪は重さを取り戻す。身体は落下し、地面へ着地した時の動きは可愛らしい女の子のものとは思えず、体操選手かアニメのヒーローのような、様になった体勢の取り方だった。
「よし、そんじゃ行くか」
「はいっ」
「え、あ、はい!」
そう言って、留美ちゃんは私と女の子の荷物をまとめてシャボン玉で包み込み、糸を引くように手を翳して、それを歩きながら移動させていく。なるほど、こういう事もできるんだ。
さて、今回留美ちゃんと一緒に行く先は、定山渓温泉にある知り合いが経営するホテルらしく、金土日の二泊三日で集中トレーニングをすることになっている。
夏休みのショートステイでは、そこまで目立つようなトレーニングはしておらず、”シャボン玉の魔法”に慣れ親しむための期間だったみたいで、ここからが本格的な練習になるのだという。確かにもう留美ちゃんや結奈さんがシャボン玉を幾ら生み出そうとも、そこまで驚くことは無くなったし、私自身も戸惑うことなく割れないシャボン玉で一緒に遊べるようになった。まあ、まだ自分では作れないんだけど……。
「さあ着いたぞ」
何故車を運転できるのか分からないけど、女の子は目的地に着いたことを告げ、私と留美ちゃんは車から降り、トランクの荷物を一緒に下ろす。立体駐車場なので、従業員の誘導に従って、女の子は車をリフトへ乗せ停車させて、鍵を預けて私達の前に戻ってきた。
ホント何者なんだろう…?
私と留美ちゃんは、女の子に連れられホテルの入口へと向かう。ホテルの規模自体はそこまで大きいわけではなく、定山渓の中では中規模の部類に入る。とはいえ僻地に立っている上にピーク時期があまり重なっていないので、人もそこまで多いわけではない。
女の子が入口の自動ドアを通過していく。私はホテルの外観を歩きながら眺めていて、結構最近に作られた建物なのか、結構新しい印象を持つ感じを抱いて、前を向き直す。
「…んっ!?」
いつの間にか女の子の姿が消えている!何処へ!?
「いらっしゃいませ」
「予約してた輝鳴(てるなり)ですが、オーナーはいますか」
「あ、今丁度裏にいますのでお呼び致します」
女の子がいたと思われる場所には、いつも留美ちゃんのマネージメントやアシスタントをしている紅葉さんがいた。
あれ?ど、どこに……ホント何処へ?てか紅葉さんはいつの間に?
「お、紅葉来たか!」
「おっすおっす」
オーナーと思われる男性の方がカウンター越しに現れ、紅葉さんとハイタッチする。
「あの子は」
「ああ、ルミの友達」
「へぇ。なかなか良い子じゃないか」
「女子高生趣味かお前は」
「まだおっさんじゃないし良いだろ?んじゃ、ちょっと仕事がまだあるから後でな。日向さん、V1で待遇してください」
そうオーナーの人が言ってバックの事務室へ戻ると、ロビーのスタッフが、私達を部屋へと案内するためにカウンターから出てきて、手荷物をカートに乗せてくれた。
部屋は3〜4人用の和室で、みんなで泊まる分には十分広めな部屋だ。窓の外は、山に囲まれた定山渓温泉街が一望できる。それ以外はテーブルに32インチほどのテレビ、有料冷蔵庫など、ごく普通の客室だ。
「ここで二日間のトレーニングになります。私はちょっと離れることもありますが、とりあえず二人メインで頑張ってくださいねっ」
「え、あ、うん。分かった」
紅葉さんと…二人で?男と女のツーマン?
「それじゃあ早速、ちょっと会議通話してくるので離れますね。あとりさん、ファイトですっ」
「お、おすっ!」
とりあえず気合を入れてみた。
留美ちゃんが部屋を出て、紅葉さんと私の二人だけが残された。
男の人と二人っきりって初めてだから、どうやって接すれば良いんだろうというのが、先程の動揺の理由だけど、果たして・・・。
「そ、それではよろしくおねg……おぅぁ!?」
私は紅葉さんのいる方向を向くとその姿は無く、代わりにさっきの女の子が隣に立っていた。な、何事!?
「ハハ、驚いたろ?」
女の子は笑いながら私に話しかける。
「俺は男と女の、二つの身体をいつでも切り替えられるんだ。厳密に言えば違うだろうけど、簡単に言えばTS…Trance Sexualってやつだよ」
「てことは…紅葉さんです…か?」
「そゆこと」
驚いた。紅葉さんって、男でもあって女でもあるって事なんだ。
…つまり。
「さっきシャボン玉の中で寝ていたのも」
「もちろん。いや〜、流石ルミだよな。あのふわふわが気持ち良くって…ふぁ…♪」
紅葉さんの表情が蕩けていき、気持ち良さそうに溜め息を漏らす。な、何この男女間のギャップは…!
「あ、あのー…」
「…ああ分かってる。付いて行けないだろ」
「……はい」
要するに、紅葉さんもシャボン玉フェチなわけだ。夏休み中はそこまで話ができなかったけど、何だか仲良くなれそう。体質はまあ別として。
とりあえず、紅葉さんがテーブル上に置かれていたお茶葉の入ったティーバッグを二つの湯呑みに入れ、お湯を注いで一つを私のほうへ手渡した。私と紅葉さんがテーブルの対に座り、一服して落ち着きを取り戻す。私は正座に慣れていないけど、紅葉さんは綺麗に正座し、背筋がしっかり整っている。
「もう始めて良いか?」
「え?」
「あーいや、せっかくだしちょっと色々話しておこうかなと」
「あ、はい。勿論です」
「んじゃ、呼び方も敬語もそこまで意識しなくて良いよ。周りの”神”どもから二重敬語とかバリバリ使われて、結構面倒なんだ。フランクに行こう」
神?
「はい…あいや、わかった」
「OK、じゃあまずはルミがよく使う”シャボン玉の魔法”の根本についてだ」
紅葉さんは、留美ちゃんの使う”魔法”について話を始める。が、喋り方が男性っぽいのに外見が可愛い女の子。何と言うか、本当に自在に性転換出来るんだなぁ。
「どちらかというと、俺達の扱う能力ってのは魔法というよりは、過去一時期名付けられていた”超能力”とかいうものなんだ。人間の脳や心の力を最大限に発揮して、手を触れずに物を動かしたり物理的な力を加えたり、果ては空を飛んだり……。あとりの年代でも、多分その言葉はまだあったはず」
「うん、確かに子供の頃にテレビでそんな番組やってたような」
超能力特集みたいなテレビ番組で、実在するのか否かを検証する内容だったと思う。でも結局結論は出ないままで終わり、納得の行かないものだった記憶がある。
「それを本格的に科学しようと、日本のとある技師出の科学者が研究を始めたんだ。俺達も一応の協力をして2014年、いよいよその超能力を定義することができた」
「てことは、留美ちゃんの”魔法”って科学的なものだったの?」
「完全には解明されてないけど、一応そんなもんだな。定義上の名前を『Spiritual Factor』現象。略してS.Fって呼んでる。でもルミのS.F能力のジャンルは統一されてるようなものだから、俺達の家族もみんな”シャボン玉の魔法”で統一してるし、呼び方に支障は無いよ」
な、何だろうか、ものすごく難しい内容へ発展しそうな予感…!
「うーん、まあ要するにファンタジーで出てくる魔法を現代に則したようなもんだな。呪文も要らないし、道具とかも必要無い。大事なのは、自分の想像力と心の二つだよ」
良かった、打ち切ってくれた!
「そういえば、初めて留美ちゃんと遊んだときも、”想像力とワクワクする気持ち”の二つがあれば何でもできるって」
「そうだな。ルミの言う通り、この二つがS.F能力の中核となるものなんだ」
そう言って、紅葉さんは両手を前へ出し、ゆっくりと合わせていく。一度息を吐き、意識を集中させるように再び息を吸い込む。そして、同じようにゆっくりと合わせた両手を開いていく。すると、留美ちゃんが私に初めて”シャボン玉の魔法”を見せてくれた時と同じように、掌からシャボン玉が生み出される。そのまま掌を水平にし、生まれたシャボン玉を手の上に乗せた。
「ふぅ…こんなもんかな」
「おぉっ」
「いや、実際に自分でルミの真似をしたのは初めてなんだよ。だから成功するか心配だったけど、どうにか上手く”描けた”な」
紅葉さんはそのままシャボン玉を宙へ浮かばせ、テーブルの真上で滞空させる。
「“シャボン玉の魔法”の仕様を理解できていない俺でも、想像力と作ろうとする意志、そして成功したときのイメージをしっかり持てば、これぐらいは可能って事だな」
「へぇ。そんなに単純なものなの?」
「実はそうでもない」
やっぱり、そう上手い話にはならないか。
「想像するためには脳の助けが必要なんだ。右脳左脳両方をフル回転させて、起こしたい事象を繊細にイメージすることが必要って事」
「フル回転ってことは、結構考える事になるのかな?」
「そんなレベルじゃないよ。もっともっと上の段階さ。人間の脳の大半は完全に活動していないから、それを必要な時に活性化させることができるようになって、初めて究極の想像力を持つことができるようになる」
じゃあ、留美ちゃんってそんな驚異的な想像をあんな一瞬でやっていたんだろうか。
「脳をフル回転させるためには、継続的な訓練が必要になる。例えば瞑想や催眠とかの変性意識状態を作ってフル回転状態を引き起こし、それを最終的には平常時でも発生できるように訓練していく。なかなか時間は掛かるけど、あとりの努力次第でどうとでもなる」
「ほへー……」
全く理解できん!
「…とはいえど、そうすぐに理解できるもんじゃないよな」
「理解するのに時間がかかりそうな気がしてきた」
そう言うと、紅葉さんはバッグの中から薄型のポータブルオーディオプレーヤーを取り出した。そして高そうなヘッドフォンのジャックをプレーヤーに差し込み、私に差し出した。
「だろうと思ったから、これをやろう。ロックが掛かっているから、データの変更はできないけどな」
「え、良いの?」
「ああ。ただこれは俺のじゃなくて、あとりに興味を持っている俺の家族からのプレゼントさ」
私に興味がある?どんな人なんだろうか。
「そんじゃ、その音声を聴いてトレーニングに励んでくれ。俺はちょい寝る」
「へ?」
そう言って、紅葉さんは部屋の押し入れから枕を取り出し、その場で横になってしまった。
「ちょ……ええっ?」
……あっけない!
仕方ないので、とりあえずヘッドフォンを耳に当て、プレーヤーの再生ボタンを押す。ヘッドフォンは密閉型で、レコーディングスタジオでアーティストが付けていそうなものだ。初めて生で見た。
『初めまして、あとりさん。このトレーニングツールを聴いて頂き、誠にありがとうございます』
ヘッドフォンから、とても丁寧で優しい口調で喋る女性の声が聞こえる。声質から思ったよりも幼げだけど、口調がとても大人らしく、年齢があまりわからない。
『このツールは、S.Fの基礎を整えるための音声データが全て収録されていて、私のガイダンスが一緒に収録されております。このトラックでは、音声データの仕様について説明しますね』
な、何やらこれもまた凄まじい内容になりそうな……。
「誰もいないな?」
私は大浴場を覗き、中に人が一人もいないことを確認する。
「OK、大丈夫。…でも何で?」
「よし」
紅葉さんは更衣室の入口に看板らしきものを置いた。そこに書かれているのは、『清掃中』。
「……まさか」
「貸し切りってやつだよ」
なんとも大胆な行動に出る紅葉さんは、女湯の更衣室へと入って行った。
……ん?
「ちょ、ちょっと!どうして女湯」
「別に女の身体なんて見て興奮しないよ。自分も同じ性なんだし」
あ、そういえばそうだった。
「二つの性を一緒に持てると、変な所で性的に興奮することなんて無くなるもんだよ。両性の気持ちが分かるんだからな」
そう言って、紅葉さんは掛け湯で身体を慣らしたあと、そのまま露天風呂へと出て行く。私も一緒に付いていき、紅葉さんの隣で湯煙の立ちこめる温泉に身を沈める。
「ふぃー。やっぱり良いもんだ」
紅葉さんは女の子の身体なのに、年の入った中年のような発言をする。なんというか、これもギャップが激しい。
私は紅葉さんについて、少し聞いてみることにした。
「男性にも女性にもなれると、やっぱり恋愛とかって興味無くなるものなの?」
「そうだな。元々俺は、恋をするほど年期は浅くないからな。でも、普通の人間が俺みたいに性別をスイッチングできるようになれば、多分恋愛の意味が大きく変わるんじゃないかな」
「痴漢とかも減ったりしてっ」
「ハハハ、かもしれんな」
続けて私は質問を投げかける。
「じゃあ、どうして男女切り替えができるように?」
「それは、色々と複雑な事情があるんだよ」
む、これは質問すべきじゃなかったんだろうか。結構シリアスなムードになってきた。
「ずっと男でいる時、時折”愛する”だけじゃなく”愛されたい”と感じることもあるんだ。男は誰でもそう感じる時がある。でも俺はその”愛されたい”と感じる割合が多いんだよ」
「それが影響して、女の子になれるようになったの?」
「俺がこの宇宙を創る前の話になるから端折るけど、その時はまだ普通の人間だった。家庭の宗教やら環境やらもあって、男であっても女性に対しては、恋愛の意識以上に母性愛を求める気持ちのほうが強かったんだ。優しくされたいとか甘えたいとか…。ただ、それを立派な成人の男性がそんなことを求めては、世間体の雲行きが怪しくなるだろう?そんな気持ちを抑制していく内に、甘えることができるようになるために、女の幼子になる力が欲しいって、それを求めていくようになったんだ」
ああ、これってもしかして最近問題になってる『男卑女尊社会』のことなんだろうか。
近年社会問題になっている男卑女尊は、21世紀初めあたりから女性の社会進出が顕著になりだして以来、まるで昔の社会体系を逆転したかのように、女性が男性に対して大きく差別をするようになりだしたというもので、男性の人は社会的地位に大きく傷を付けられモチベーションの低下が問題視されているという感じだ。一時期は”草食系男子”だとかいう言葉も流行り、女性に対して怯える人も増えていたというのを、中学校の公民の教科書で見た覚えがある。
私は別に差別をするとか、そんな気は持たないけど、今の時代の男性って本当に大変そう。今の紅葉さんの話を聞いていると、そんな気になってきた。
「まあその後諸々あって、色んな悟りを開いた結果が、今の俺になるんだけどな。男にも女にもなれるのはその名残みたいなやつだよ。今でも女の状態だと甘えん坊になることは変わりないんだけど、それはそれで楽しいもんだよ」
「へぇ、女の子の時は心も微妙に変わるんだ」
「ああ、男の時と女の時は物事の感じ方は結構変わるもんだよ。男の時よりも女の時のほうが気持ち良いことが好きになるし、それを敏感に感じ取れるようにもなる。俺の性格やら嗜好もあるんだろうけど、二つの性をいつでも切り替えられるのは、人間を卒業した”大神”の遊びみたいなものと思えば良いな」
「なるほどなるほど」
……ん?
「ねえ、大神って」
「つまり、俺の名前を長くすると”輝鳴紅葉大神(てるなりのもみじのおおみかみ)”だから、神の中の神ってこと。ほら、天照大神(あまてらすおおみかみ)とかと似たような分類」
……え?
これって、紅葉さんは神様ってことなの?宇宙を創ったとか、そういうのも?
「それってホントの話?」
私は半笑いで真偽を聞いた。
「さあ?」
「さあって…、自分で話してたじゃん」
「自分で本当かどうか判断しろって事だよ。俺が言ったって、すぐに信用できる話じゃないだろ?あとりが”シャボン玉の魔法”を使えるようになってから、改めて真偽を考えてみてくれ」
むぅ。一体何なのかよくわからないなぁ。
「あ」
紅葉さんが何か閃いたように声を上げると、湯船から手を出し、宙に目線を向けたまま指をパチンと鳴らした。
するとどうだろう。紅葉さんの目線の先にこぽっ、と音を上げてシャボン玉が生まれた。しかも今度は結構大きめだ。
「何か分かったような気がする」
「え?」
「こりゃ行けるぞ」
紅葉さんは立ち上がり、露天風呂の先に向かってビシっと指をさす。すると今度は、湯船の上に沢山のシャボン玉が次々と生まれていく。最初に留美ちゃんと遊んだ時と同じような感じで、露天風呂は大小様々のシャボン玉で埋め尽くされた。
「ちょ、これは出し過ぎじゃない!?」
「まあまあ良いだろ、ちょっとだけ遊ぼうじゃないか」
「…確かに、それも良いっかっ」
私と紅葉さんはシャボン玉をよじ登り、白い湯気の中で浮かぶシャボン玉の海で、いつも通り飛んだり跳ねたり、挟まれたり取り込まれたり、色々な遊びに夢中になった。
シャボン玉で遊んでいる時の紅葉さんは、やっぱり留美ちゃんと同じようにとても楽しそうで、それを見て改めて感じる。留美ちゃんも紅葉さんも、お互いシャボン玉が大好きなんだな、と。
と、ここまでは良い話なんだけど、留美ちゃんがこの遊びに混ざれなかったことを悔しがり、私と紅葉さんはシャボン玉で包まれ拘束されてしまい、中で感情や感覚を強制的に刺激されたりするなどの、不可思議なお仕置きを受けてしまうことになる。
こんな事もできるのか!と関心しながら、私は目まぐるしく変化する感覚や気持ちに翻弄され続けていた。気持ちよかったり絶頂したり、身体の感覚が融けたり膨らんだり、奇妙すぎて気疲れさせられたのである。
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秋も深まり始める頃、あとりは"シャボン玉の魔法"を習得するための本格的な訓練を始めることになる。
ルミの提案で、あとりはルミと一緒に定山渓温泉のとある温泉宿の一室を借りて、二泊三日の集中トレーニングを実施することになったが、待ち合わせ場所にいたのは、シャボン玉に包まれ眠りにつく、見覚えのない少女だった。
陰と陽、男と女、プラスとマイナス、そして夢と現。
あとりの中の非現実の世界が、現実の世界と少しずつ混ざり合っていく。
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