一刀視点
劉備の進軍に対して俺たちは速やかに兵を発した。正直言えば、この劉備の襲来は誰もが予想できないことであったので、満足な準備を整える暇などなかったのだが、それでも詠が三万の軍勢を率いるだけの手は尽くしてくれた。
俺たちは諷陵に入城して劉備軍を迎え撃つことにした。永安からも程良く離れているし、伏兵を配置できるような場所もない平原が多い地――迎撃するには適した場所である。
今回、部隊を率いているのは、俺、桔梗さん、紫苑さん、麗羽さん、猪々子、斗詩、詠である。さすがにそれ以上の将を同行させるわけにもいかず、残りの者には念のため、永安と漢中の守備を任せてある。
そもそもこの戦いにおいて、優先させる事柄は永安を守ることであって、劉備軍を殲滅させることではない。攻撃的な布陣ではなく、どちらかと言えば、守りに適した配置をさせた。
桔梗さんが言っていたように、雅からの報告では劉備軍の詳細を知ることは出来なった。細作を放つのは中原を中心になってしまうので、荊州にばかり細作を集中させるわけにはいかない。
「麗羽さん、劉備について何か御存知ですか?」
「ええ……、反董卓連合の際に話したことある程度ですから、詳しい人物像までは分かりませんが、義妹の関羽さんと張飛さんは正に一騎当千の猛将ですわ。それに加えて、諸葛亮さんと鳳統さんの神算鬼謀、容易に勝てる相手ではありませんの。劉備さん本人は大した印象は残っていませんわね。善人そう、としか言えませんわ」
麗羽さんだけが俺の陣営では劉備と面識があったが、その頃の麗羽さんの瞳は濁っていたから、あまり信用しないで欲しいとのこと。でも、麗羽さんの言うことはおそらく正解だろう。
さすがに他にどんな将がいるかまでは分からないそうだ。俺にも見当がつくのは趙雲くらいだろう。いずれにしろ、油断ならない相手である。守りの戦とはいえ、少しでも気を抜けばあっという間に敗れてしまう。
それに俺は劉備をそのまま受け入れるつもりなんてない。確かに俺が消滅してしまうかもしれないから、劉備に蜀の地を明け渡した方が良いのかもしれない。
でも、この地は紫苑さんと桔梗さんが何年も苦悩に耐えた末に、やっと平和な地にしようとしているのだ。それを、俺の知る歴史上では英雄なのかもしれないが、まだどのような人物像なのか分からない劉備に簡単には渡せない。
そんなこと二人は納得出来るはずもないし、民も認めはしないだろう。もし、劉備が俺の信頼に足る人物でなかった場合、俺は文字通り命を懸けて劉備を撃退しなくてはならない。
それが益州を治める者としての責任であり――俺が天の御遣いを自称する上で、皆の期待に応える上での覚悟だ。
「敵軍は五万。かなり兵力差があるけど、詠、何か良い策はあるかな?」
「今回は小細工不要ね。攻城戦では通常三倍の兵力差が必要と言われるし、ボクたちが討って出てもおそらく五分の戦いは出来るはずよ」
詠が今回この地を戦場に選んだ理由は、諷陵という地の立地条件に起因していた。この地は、劉備の侵攻線から多少外れているものの、俺たちを無視すれば後方から襲われる可能性が極めて高いため、俺たちを必ず攻撃してくる。兵を二分して一方で永安を攻撃することも、兵力の関係で不可能だ。
この地は城の正面は平野だが、東側には森が存在している。この森は桔梗さんたち、益州の将が兵の鍛錬の場として有用する場所でもあり、地の利は完全にこちらが掌握している。
野戦で敗走した場合、森の中に逃げてしまえば確実に追撃から逃れられるし、逆に追撃部隊に奇襲をかけることすら可能だという。
「まぁ、野戦でも滅多なことがない限り、ボクたちが負けるなんてことはありえないけどね」
「どうしてさ? 油断は禁物だぞ?」
「ふん、そんなこと分かってるわよ。相手が純粋に劉備軍だけだったら、ボクだってもっと慎重になるけど。一介の客将風情が、五万なんて大軍を保有しているわけないでしょ」
「……なるほど」
「今ので分かったの? あんたもやるようになったじゃない」
「ははは……、普段から詠に厳しく指導してもらっている賜物さ」
相手方の五万の内、数万かは劉表の部隊が混ざった混成軍。軍神と恐れられる関羽や張飛が鍛錬した兵士と、劉表軍の兵士の錬度は正しく天と地ほどの差があるだろう。
それに特にこれまで合同演習を入念に重ねてきたわけでもない以上、部隊同士の息は合わず、整然とした動きが乱れる可能性が高い。
俺たちの率いている軍勢は、数こそ少ないが、永安に常駐している精兵――反乱を成功させるために桔梗さんたちが鍛えた軍である。兵士の質ではこちらの方が勝っているか。
「それでも油断はするなよ? 相手は猛将揃いの上に、伏竜、鳳雛と称される――どちらか一人でも得れば天下を取れると言われた人物がいるんだからな」
「油断なんかしないわよ。でもね、ボクだって董卓軍を支えた誇りはあるわ。そんな簡単に相手の術中に嵌まるようなことなんかしない」
詠の瞳には激しくも怜悧な闘争心が燃えていた。詠は益州の筆頭軍師、そのプライドにかけても、自軍を敗北に導くような愚策を弄することは出来ないのだ。
「大丈夫。信じているよ、詠のこと。詠がいるから俺たちは安心して戦うことが出来るんだから」
「ふ、ふん! あんたなんかに信じてもらわなくたって平気よ!」
「あらあら素直でないんですのね、師匠は。ですけど、わたくしも師匠から教えられた身ですもの、微力ならが一刀さんの勝利に貢献させていただきますわ」
「そうだよ、兄貴! アタイがいれば負けはねぇ! 誰であろうと、突撃して吹き飛ばしてやるよ!」
「文ちゃん、ただ突っ込んだんじゃ、負けちゃうよぉ。でも、文ちゃんも麗羽様も御主人様も私がお守りしますね」
そうだ。相手が誰であろうと、俺には信頼できる仲間たちが大勢いる。俺たち死力を尽くした地を、簡単に譲ることなんてしない。
「よし、じゃあ俺たちもいつでも戦闘に突入してもいいように準備をしよう」
劉玄徳――天下の大徳と呼ばれた人物。その器をしっかり見定めさせてもらう。この地は――永安の地は俺たちの家なんだ。この地が欲しければそれに見合う賃金を払ってもらうぞ。
雛里視点
行軍中に、益州軍が諷陵に入城したという知らせが舞い込んで来ました。敵勢は三万の兵を率いているそうです。こちらの進軍はどうやら予想以上に早く伝わってしまったみたいですね。
それは敵方が安定した情報を得ていることを意味しています。特に誰の目も曹操さんに向いている現在、荊州の地にも細作を放っているということは、益州軍は油断ならない相手です。
「ふむ、敵は三万か。朱里よ、お主はどう見る」
「そうですね。数はこちらの方が有利ですけど、もしも籠城なんてされたら厳しいですね。五万の兵では三万の兵が籠る城を攻略するのは難しいですし。ですがそれ程心配は必要ないかと」
愛紗さんの質問に的確に応える朱里ちゃんに油断はありません。それに相手が籠城する可能性が低いことも看破しているでしょう。益州軍はまだ反乱が成功して、天の御遣い――北郷一刀さんが統治してから日が浅い。
その情報は各地に伝わっていると思いますが、その彼が本当の天の御遣いかどうかの真偽は未だ定かならず、おそらく益州軍が求めているものは風評ではなく、確固とした実績のはずです。
ここで倍近く有する私たちの軍勢を正面から撃破すれば、天の御遣いは唯の名ではなく、確かな腕を持つ名君であると認められ、さらに自領内の民の信望もますます上がるでしょう。
私たちは諷陵を正面に据えて布陣を展開しました。数の利をもっとも活かせる鶴翼の陣、私たち直属の騎馬隊で敵を分断し、各個撃破出来る錐行の陣――どちらにもすぐに展開できる形でした。
軍略の底に基本をしっかり据える朱里ちゃんらしい布陣です。これならば敵の動きを正確に見定めてから行動しても、勝敗に影響もしません。その余裕を布陣させた位置に持たせてあります。
こちらは劉表さんの兵士も混在していますが、相手は生粋の益州兵――何倍も有する劉璋軍を討った正しく精兵です。残念ながら錬度はこちらが劣っている考えた方が良いでしょう。
「愛紗よ、私は雛里と共に敵の視察に行きたいのだが、許可をもらえるか?」
軍議で粗方の方針が決まったところで、星さんが愛紗さんにそう告げました。
「お主だけならともかく、どうして雛里も必要なのだ? あまり危険な目に合わせるわけにもいかんだろう」
「私だけでは戦術的に物事を見ることは出来ないから。なに、我が部隊を少数率いるだけであるし、危険な目には私が合わせんさ」
「そういうことなら致し方あるまい。だが、深入りはするなよ。危険を察知したら必ず逃げるのだ」
「分かっているさ。では、私は早速出発するとしよう。雛里も……いいな?」
「あわわ……分かりました」
星さんは目でこちらに合図を送りました。どうやら例の話を始動させるみたいです。私にどこまで出来るか分かりませんが、星さんの動きに貢献できるように、桃香様の目を覚まさせるために、努力しようと思います。
諷陵は見晴らしが良い地に建てられていますが、東側に森があります。そこを通過して、城内の様子を探れる位置まで潜り込むことが出来れば問題ない、と愛紗さんに説明しました。
それからすぐに星さんの部隊を少しだけ率いて森に向かいました。森の入り口付近で、星さんは何かに気付いたように立ち止りました。
「おそらくこの森に入れば、敵の懐に入る等しいだろう。正しくここからは死地に入ることになる。お主たちはここで私が戻るまで待て」
「し、しかし、将軍!」
「雛里を危険な目に合わせないと約束したことだし、森で囲まれたら私でも守りながらの戦いは厳しい」
「分かりました。では、御武運を」
「うむ」
星さんは単身で森の中へと消えていきました。星さんのことですから、おそらく大丈夫であるとは思いますが、それでもやはり心配です。
それからしばらくの間待っていましたが、星さんが戻って来ることはありませんでした。兵士たちが動揺するのを抑えながら、私たちは本陣まで戻りました。
「何! 星が戻らないだと! くっ、あやつめ、だから危険を察したら逃げろとあれ程言ったのに……」
愛紗さんは歯を噛み締めながら怒鳴りました。
「星の命も危ない。すぐにでも諷陵を陥落させて、星を救出せねば」
「そうなのだ! 鈴々が星を助けるのだ!」
「あわわ……待って下さい! まだ星さんが捕まったかどうかもわかりませんし、闇雲に攻めるのは危険です。すこし様子を見ながら、待った方が得策です」
「ふむ……、朱里よ、お主はどう思う?」
「そうですね……」
顎に手を添えながら考え込む朱里ちゃん。
「雛里ちゃんの言う通り、勝利を目指すのならきちんと相手の動向を見定めた方が良いと思います。相手も捕虜にしたからといって、すぐに星さんに危害を加えるとは思えませんし」
朱里ちゃんの言葉にズキリと胸が痛んだ。星さんはとても強い人ですけど、敵に囲まれた状態では抵抗は出来ません。もしも、星さんの身に何かあったらと思うと、私は泣きそうな気持になってしまいました。
「雛里よ、これはお主の責任ではない。星も武人だ。己の責任は己で果たすさ」
愛紗さんのその見当違いの言葉に、少しでしたが怒りを覚えました。ですけど、ここで私が果たさなければならない役割は、星さんが無事に事を終えるまで、兵を向けるのを防ぐことです。
星さんは大好きな皆さんのために、自分の危険を顧みずに行動しているのです。それは私も同様なのです。また桃香様を中心にした、皆が笑いあえる陣営にするために、私も頑張ります。
兵が発せられることはありませんでした。戦略通り、まずは諷陵を攻略するために敵兵が城外に出るまで現状を維持することになりました。
私は諷陵の方へ眼を向けました。おそらくそこにいるであろう星さんの無事を祈りつつ、また星さんの努力が水泡に帰さないためにも、私は私に出来ることをしたいと思います。
星視点
森の中に入ると背筋に脂汗が流れるのを感じた。本能的にここに踏みこんではいけないことが分かった。この森には、おそらく益州兵が罠を張っているのだろう。
経験的にその罠から発せられる悪意を感知しているのだ。やはり雛里たちをここまで連れて行かないで正解であったな。この条件下では私とて雛里を完璧に守りきるのは不可能そうだ。
罠に細心の注意を払いながら森の中を進んだ。かなり入り組んだ構造しているようで、迷いこそしてはいないが、気を抜けば抜け出せなく可能性すら感じた。
「諷陵はあっちの方角か……」
辺り一面を大木が囲んでいるため、私の方向感覚も狂っているのかもしれない。それでも自分を信じながら歩を進めた。
――そのときであった。
微かに草木が擦れ合う音が聞こえた思った瞬間には、既に私は十数名の兵士たちに囲まれていた。全員が私に槍を突き付けている。
「森に侵入者が入ったって報告を受けて来てみれば、あんた、白蓮様の許にいた人じゃん」
兵の隙間から現れたのは、確か袁紹軍にいた少女――文醜だった。肩に大剣を背負いながら、私を警戒している。はて、この少女はこのような静かな闘気を纏えるほどの器量だったか。
「文ちゃぁん。私を置いて行かないでよぅ。まだこの森に慣れてないんだからぁ」
彼女の後を追うようにしてもう一人の少女――顔良も現れた。何故、袁紹軍に在籍していた二人がこの場にいるのか疑問に感じたが、今は置いておこう。
「文醜将軍、この者は?」
「あん? 確か名前は……」
「某の名は趙雲、字を子竜と申す。今は劉備軍で将をしている」
「あ、そうそう。確かそんな名前だったはず。そうか、今は劉備のところにいるんだな」
「将軍、この者をどうしますか? この場で斬って捨てますか?」
「あいや、待たれよ。某はお主らの主君である天の御遣い――北郷一刀殿にお会いしたいだけだ。そこまで案内してくれるのなら抵抗はしないが、もし、この場で斬ると主張するのなら、私も無抵抗で斬られるつもりはない」
手に持つ得物を静かに兵士に突き付けた。さすがの兵士たちもその動きに後ずさりしてしまったが、文醜はニヤリと不敵に微笑んだ。
「あんた強そうだから、アタイは戦いんだけど、兵士を巻き込むと桔梗さんに怒られるからなぁ。斗詩? どうする?」
「え? 私に訊くの? んーと、御主人様に会いたいって言うんなら、捕虜として連れて行った方がいいんじゃないかな? ただでさえ、私たちは兵力が少ないんだから、ここで一人でも減らすのは良くないと思うよ」
分かったぁ、と軽く返事をすると、兵士たちに向けて手を上げた。すると、兵士たちは私に向けていた槍を逸らした。それに呼応して私も槍を下げた。
「あ、でも、御主人様を危険な目に合わせるわけにはいかないから、その槍は預からせて下さいね」
顔良がニコリと微笑みながら躊躇なく私に近寄った。傍から見れば、警戒心を抱かないその動きは、もし私が槍を向ければ殺されると思われる無遠慮な行為だが、私はこの者がいつでも戦闘状態になれるよう身構えていることを瞬時に悟った。
反董卓連合で会ったときに感じた印象は誤りであったな。この二人はおそらく単体であれば私より格下だが、二人で合力すれば私と同等の力を発揮するだろう。
私は素直に槍を手渡し、兵士たちに囲まれながら二人の案内の許、諷陵に到着した。二人が道筋を事細かく兵士たちに確認していたところを見ると、あの森は相当危険なのだろう。
将軍と呼ばれる二人ですら、確実な安全性を固めた上でここまで戻ることは困難だということだ。もし、追撃戦でこの森に逃げられたところを深追いすれば、敗れるのは私たちの方であろう。
「御主人様、只今戻りました」
「アニキー、今帰ったぜー」
二人を柔和な笑顔を浮かべた青年が出迎えた。
「二人ともお帰り。侵入者は……その人だけかな?」
「んー、何かこの人がアニキに会いたいって言うから、連れてきたんだよ。アタイは戦いたかったんだけどなー」
うがー、と不機嫌を主張する文醜の頭をその青年は優しく撫でた。
「さて、俺が北郷一刀だけど……えーと、あなたは……」
「某は劉備軍が将、趙雲、字を子竜と申します。天の御遣い――北郷一刀殿、貴方にお願いがあって参りました」
本来、戦時である今、敵方の将がお願いのためにここに来ることなんてあり得る話ではない。通常なら敵の罠であると考え、こちらを警戒するのが当然の反応である。
「あぁ、そうなんですか。分かりました。その願いを叶えられるかどうかは分からないけど、とりあえず話は聞きますよ。斗詩、猪々子、趙雲さんを玉座の間まで案内してあげて。あ、分かってると思うけど、手荒なことはしちゃ駄目だからね」
しかし、この青年は私に屈託のない笑顔を向けた。まるでこちらのこと訝しがることもなく、二人の少女も言われるがままに私を案内した。
どうやら、あの人は私の想像を遥かに超える人なのかもしれない。だとするならば、きっと私の願いを叶えてくれるはずだ。そう私は確信めいた気持を胸に、再びあの人が現れるのを待ったのだ。
一刀視点
「お館様! 聞きましたぞ! 趙雲が森に侵入して捕まり、お館様に願い事があると言ったそうではないですか! まさか、それを聞くのではありませんな!」
「え? 聞くって言いましたけど……」
趙雲さんの許へ向かおうとしていたところへ、桔梗さんが血相を変えてやって来た。
「な! 全く……これが敵の罠だとは――お館様を暗殺するために放たれた刺客だとはお思いにならないのですか!」
「ええ。趙雲さんはそんな人には見えませんでしたよ。それに俺を暗殺するのに、あんな堂々とここには来ないでしょう?」
「むぅ、それは確かに……。ともかく、趙雲にお会いになるのなら、儂も同席させていただきますぞ。お館様を守るのは我が使命ですからな」
「分かりました。俺も誰かに相談したかったんで丁度良かったです」
文句を言う桔梗さんと共に趙雲さんが待っている玉座の間へと向かった。趙雲さんは俺を見ると、丁寧にお辞儀をして出迎えてくれた。
桔梗さんはかなり趙雲さんを警戒しているみたいで、いつでも俺の前に立てるような状態にしている。
「それで、趙雲さん。俺に頼みたいことって言うのは何ですか?」
「はい……ですが、その前に貴方にお訊きしたい事が一点。どうして某を警戒なさらないのですかな?」
「え? だって俺の知る趙雲さんは清廉な人物で有名だし、ここまで来て俺を暗殺するような手を肯じる人じゃないって思ったから」
「ほう……某の名前もここまで伝わっているとは、少しばかり驚きましたぞ」
「あぁ、御免なさい。俺の言っている趙雲さんは、あなたではない趙雲さんで、でもあなたを一目見た瞬間に、俺の知る趙雲さんの人物像と一致して――」
「申し訳ないが、何を仰っているのかよく分かりませぬ」
眉を顰めて言う趙雲さん。
「あ、ごめんなさい。分かるわけないですよね? まぁでも趙雲さんが小策を弄する人物でも、それを受け入れる人物でもないのは知っています。それで本題についてなんですけど……」
「あいや、くだらない問いかけをしてしまい申し訳ありませぬ。それで本題なのですが……」
趙雲さんは彼女のお願いを打ち明けた。桔梗さんはその話を相当怪しい目で聞いていたが、俺はそれが本心であると感じた。
三国志演義における趙子竜――説明する必要すらない程有名な人物。関雲長、張翼徳と同等の武勇を誇り、義兄弟の二人に負けない程の忠義を劉玄徳に誓っている。
特に有名なのは長坂坡の戦いにおいて、劉備の息子――阿斗君を命懸けで救ったエピソードで、それは彼の武と忠を示す良い例だろう。
劉備軍の状況は俺には詳細まで分からないが、これは俺が劉備と会う良い機会でもある。そして争うことなくこの戦いを終わらせることが出来るかもしれない。
俺は劉備の器を見定めることが出来れば兵士たちを死地へと送りたくなんてない。しかも、それが無益な戦いであった場合、彼らに報いることすら出来ないのだ。
「分かりました。趙雲さんの頼みごと、叶えてみましょう」
「本当ですか!」
「お館様!」
桔梗さんと趙雲さんが驚きの声を同時に上げた。
「ただし、それは劉備を助けるわけじゃない。俺にも事情がありましてね。もし劉備が俺の見込み違いだった場合、俺はこの戦を止めることはありませんし、劉備をその場で斬ります」
俺は決然としてそう言い放った。俺がこの地を守る責任があるように、劉備にもこの地を攻めた責任がある。もしもそんなことすら分からない愚かな人間であれば、俺は彼女を認めるわけにも、許すわけにもいかない。
「……分かりました。そのときは某も全力で当たらせていただきます」
「はい。そのときは正々堂々戦いましょう」
俺は兵士に命じて彼女を部屋に軟禁してもらった。と言っても、縄で縛ったり拘束するつもりはないけれど、城内を自由に歩かせるわけにもいかないから当然の処置だろう。
「お館様、儂は反対ですぞ。まだこれが敵の罠ではないと分かったわけではないのですからな」
――それに、と桔梗さんは続けた。
「お主を失いたくないのは分かっておるであろう、北郷。あまり無茶をしないでくれ。心臓に悪いではないか」
兵の目もあるから、普段とは違う言葉遣いをする桔梗さんが、俺だけに聞こえるように耳元に口を寄せてそう言った。
「大丈夫ですよ。俺は益州を守る義務がありますから。それに、桔梗さんが俺を守ってくれるでしょう。だから安心して無茶をします」
そう冗談交じりに告げながら、続いて劉備に軍使を送る手筈を整えた。劉玄徳――彼女の邂逅の時が迫っている。俺は期待と不安を抱きながら、それを待つことにした。
あとがき
第四十話の投稿です。
言い訳のコーナーです。
まずは前回のコメント欄でも謝罪しましたが、今回もこの場で再び謝罪したいと思います。
前回のあとがきにおいて、この物語はアンチ桃香ではないと強調したいがために、皆様には桃香を善とするように思わせてしまいました。それを過剰擁護と言われても仕方ありませんでしたね。
物書きとして、こちらの意図を皆様に字面で伝えられなかったのは、致命的なことです。ここで深くお詫び申し上げます。
皆様のご指摘通り、現段階で申し上げるなら、桃香は未熟で愚かな行動をしています。愛紗たちの行動を諌められないのは、君主として致命的でしょう。
ですが、この後の展開にて彼女は一刀くんと出会い、いろいろとするわけです。ネタバレになってしまいますから、前回は言えませんでした。作者の浅慮を御理解下さいませ。
さて、今回の話ですが、星の策についてのお話でした。彼女は劉備に忠義を尽くしています。従って、自らがどうなろうとも、彼女を助けたいという一心で今回の行動を起こしました。
この行動は本来であれば、非難されてもおかしくはないと認めながらも、星にはこれしかなかったのでしょう。詳細については次回にて説明いたします。
今回も少しばかり淡々とした描写が多くなってしまいましたが、一刀くんが桃香と出会い、どのように感じるのか、それを妄想して頂ければ成功かなと。
今回は次回への繋ぎですので、展開はおそらく皆様が思っているものと同じだと思います。超展開はありません。
既に作者は皆様の期待を裏切るのではないかと、不安と恐怖と不安と恐怖で一杯です。この劉備邂逅編は、もしかしたらとんでもない駄作なのではないかと思いながらも、暇を見つけては執筆していこうと思います。
作者は異常なまでにメンタルが弱い人種です。今まで見ていたけど、この流れはつまらない、そうお思いになった方は黙って作者をお見捨てになってください。非難されると、おそらく筆を取る気力を失ってしまいます。
駄作であることは自認していますが、せめてこの物語を終端まで導くことができるのを願っております。
次回は一刀くんと桃香が直接対面します。
そこで一刀くんは何を思うのか?
星は一刀くんに何を願ったのか?
この戦の結末も近いです。
相も変わらず駄作ですが、楽しんでくれた方は支援、あるいはコメントをして下さると幸いです。
誰か一人でも面白いと思ってくれたら嬉しいです
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第四十話の投稿です。
軍を発した益州軍と劉備軍。そんな中、劉備に忠誠を誓う星がある行動を起こすことに。それが果たしてどのような結末を導くのか……。
もういくら謝罪しても足りません。では、どうぞ。
コメントしてくれた方、支援してくれた方、ありがとうございます!
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