No.267642

ルミとシャボン玉の魔法使いたち Season1-1

輝鳴さん

自称シャボン玉好きの高校生、牧あとり。
学校の帰りに、携帯で眺めていたシャボン玉愛好家達の集まるコミュニティを覗いていると、近くの公園で二人の男と少女が、沢山の道具を構え(臨時の割には)美しいシャボン玉ショーを開催していた。
色とりどりのシャボン玉を生み出す彼女とあとりの邂逅。
彼女の名前は、楢崎留美。
通称、”元祖シャボン玉の魔法使い”。

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2011-08-10 00:02:58 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1011   閲覧ユーザー数:1007

 

 

 夢とは、シャボン玉のようなものである。

 儚くも美しいその様は、人間の純粋な願いを見事に表しているようだ。

 しかし、その夢を現実へ映すことは、そう簡単なことではない。

 すぐにシャボン玉の膜は裂け、飛散してしまうものだ。

 現実に映すことのできる、”割れない”シャボン玉を生み出すことは、

 人間にとってとても困難な業でもあり、それもまた純粋な願いの一つでもあるだろう。

 

 ―2019年 とある八百万の若神の随想より

 

 

 

 

 

   ルミとシャボン玉の魔法使いたち Season1

   Chapter1「はじまりの邂逅」

 

 

 

 

 

 北海道の夏は、思ったより遅く訪れる。

 7月に入ってからも、猛暑日が来ることは少なく、本州に比べれば快適な環境なんだと思う。そんな夏の札幌の風景を映す窓は、爽やかな風を教室の中に取り入れ、私達の思考を明晰にさせる。

 

 教壇に立つ先生に指名され、指示された英文を訳し、音読する。

 私の名前は、牧あとり。

 特にこれといって目立つところも無い、ごく普通の高校生。でも、一つだけ自覚できる、ちょっとだけおかしな趣向がある。

 ノートに書いた訳文を読み終え、ふと窓の外を覗くと、そこに見えたのは一つのシャボン玉だった。私は小さく「あ…」と呟き、そのシャボン玉に見蕩れる。

 そう、私は何故かシャボン玉や泡を見ていると、言葉では表せないような、すごく不思議な気持ちを抱く。ふわふわと浮かぶ虹色の玉を見ているだけで、私の心までふわふわと浮かび上がる、そんな気持ち。

 どうしてだろうか、自分では分からない。

 

「ん?もう良いぞ?」

 

 先生が不思議に思い、起立したまま窓の外を見てぼーっとする私に声をかけた。

 

「えっ、あ、はいっ!」

 

 私は慌てて席に着いた。

 ……ほんとに不思議だ。

 

 

 

「んあーっ…今週からテスト期間かぁ」

「そうだねぇ」

 

 大きく伸びをしながら、私と並んで帰路に着くのは、この学校に通い始めて以来の友達である”あき”。

 走るのが好きで、入部した陸上部では期待の新人として囁かれている。

 

「練習できんのは痛いなぁ……。んま、あとりにゃ関係ないか。帰宅部だし……ん」

 

 「聞いてないし」と言わんばかりに、あきは口を尖らせながら私の携帯電話の画面を覗き込む。

 有機EL液晶のディスプレイ上に表示されているのは、ネット上の掲示板への投稿確認画面。私は迷うことなく”確認”ボタンをタップし、投稿を完了させる。

 

「ああ…相変わらずそこのサイト好きだよなぁ」

「まぁね」

「あたしにゃ良くわからんよ。えーっと、確かシャボン玉好きが集まって語り合うサイトなんだっけ」

「大体そんな感じだね」

 

 私は、さっきの授業中に見た一際綺麗なシャボン玉の話を、今丁度その掲示板へ書き込んでいた。

 ネット上では、私と同じ感覚を持つ人が結構いる。

 シャボン玉総合コミュニティ『ルミナスアーツ』では、一般のシャボン玉好きからバブルアーティストを名乗る人まで、シャボン玉に関わる色々な話や情報が飛び交っている。このサイトを見つけて以来、私は毎日携帯で確認する程の常連となっていた。

 

「まあメルヘンなのは、女の子にゃ良いことなんだろうけど、やっぱ向かんなぁ」

「ふふっ、人それぞれだもんね」

「あたしも昔は見てて騒いでた気もするけどなぁ。記憶は定かじゃないけど」

 

 そうぼやくあきを傍目に、私が投稿した後の掲示板のレスを続けて読んでいると、

最近はこの札幌周辺で、突発的なシャボン玉を目撃する人が多いようだ。その特徴としては、なかなか割れず宙に浮かび続けていることが多いのと、普通に飛ばすものとは違ってとても綺麗な色合いを保ち続けていることの二つだという。詳しい人のレスによると、プロが使うような特殊なシャボン玉の液を使っているんじゃないかと説明してくれている人も出てきている。

 確かに、シャボン玉アーティストが使う液は、一般のものとは違うと聞く。普通の石けん水だけじゃなく、グリセリンやゼラチン、PVA洗濯のりとかを使って、液の粘度や保湿性を上げて割れにくくするらしい。そのおかげで、巨大なシャボン玉を作ることができたり、造形をすることもできるのだという。

 

「なるほどなるほど……。そういえば、あきは最近シャボン玉を見かけない?」

「へ?」

 

 あきは突然の質問に、きょとんとした顔で私を見る。

 

「うーん、確か一昨日の部活中に見たような気がするなぁ」

「やっぱり?」

「それがどうかした?」

「さっきの授業中、あきが見たようなシャボン玉を私も見たんだ」

「へぇ、最近多いよな。あたしの先輩も見かけたらしいし」

 

 もう一度携帯電話の画面に目を向けると、新しい投稿が出てきた。

 これは……私に向けたレスだ。

 

 

    投稿者:YU-NA さん 19/07/15

     >海月さん

     札幌の人かな?

     もし藤野の近くだったら、藤野公園でシャボン玉ショーやってるよ!

     突発みたいだけど、楽しそうだから見においで〜

 

 

 藤野公園……これって。

 

「…近所じゃん」

 

 というか、すぐ目の前じゃん。

 そうとなると、私の欲求は一気に爆発する。

 

「…ん?どうしたー?」

 

 私は意を決した。

 

「ごめん、あき。先帰ってていいよ」

「はい?」

 

 左足に力を込め、地面を蹴るようにダッシュする。

 

「また明日っ!!」

「ちょ、待てぇい!!」

 

 あきの制止を振り切り、私は藤野公園の中へ駆け込むのだった。

 

 

 

 あった、人集りができてる。

 私は急いでその場に駆け寄り、人混みが注目している人物に目をやる。そこには、様々な道具を構える二人の姿。一人は、後ろで髪を結うTシャツにジーンズの男の人。もう一人は、ブレザー制服のような格好の女の子。

 

「突発的でしたが、如何でしたか?札幌発のバブルアーティスト、楢崎留美(ならさきるみ)のパフォーマンスショー練習編は、次のフリースタイルで締めさせて頂きます」

 

 

 男の人が「OK、行こう」と、楢崎留美と思われる女の子に、用意したバブルリングを二本手渡す。

 楢崎……留美?

 どこかで聞いたことがあっただろうか。テレビでは出演しないタイプの子なんだろうか。

 

「はいっ」

 

 彼女はそう言って、リングを左右の手に一つずつ掴み、受け皿にたっぷり入れられたシャボン玉液に浸け、膜を張らせる。両手を左右に伸ばし、そのまま絶妙なスピードで一回転。彼女の周りに、大きめなシャボン玉が幾つも作り出され、そのフリースタイルショーが始まった。

 縦横無尽に動くリングから、綺麗なシャボン玉が生み出されては、ギャラリーを魅了しているのが分かる。なかなかシャボン玉は割れず、その場に留まり続けるため、小さい子がそれを手にしようとはしゃいでいる。

 まるで踊るように、次々とシャボン玉を作る彼女。

 

 そう、これが私とこの子の、初めての出会いだった。

 

 彼女の舞踊に魅入っていると、いつの間にかパフォーマンスは終わりを告げていた。

 

「ありがとうございました、またの機会がございましたら是非、お立ち寄り下さい」

 

 二人の一礼に、ギャラリーは拍手を上げる。もちろん私も揃って、盛大な拍手を送る。

 その時、彼女と私の目が合った。

 

「あ…」

 

 私の視線に気付いた彼女は、とても優しい笑顔で応えてくれた。

 これは、周りに向けたものではなく、私に向けてくれたものだ……。

 この不思議な気持ち…なんだろう。

 

 私はまたぼーっとしていた。

 既に人集りは解散していて、男の人と女の子、そして私の三人だけが残されていた。二人は撤収の準備を終え、路肩に停めた車に荷物を搬入しようとしている。

 惚ける私に気付いたのか、男の人が私に声を掛けてきた。

 

「ん、お嬢ちゃんもう終わりだよ」

 

 でも、私の頭がまだふわふわしっぱなしだ。

 

「どこか具合でも悪」

「はっ、い、いえ何でも…!」

 

 と、私と男の人の間に、女の子が割り込んできた。

 

「紅葉(こうよう)さん、私はちょっと用事があるので後で帰ります。先に行ってて良いですよ」

「ん、ああそういう事か。分かったよ」

 

 そう言って、紅葉さんと呼ばれた男の人は車へと戻る。

 

「あまり遅くならんようにな」

「はーい、大丈夫ですよっ」

 

 女の子は彼を見送り、「さて、と」と一息置いて、私の目を再び見つめ直す。

 

「やっと二人になれましたね」

 

 女の子は私に向けて話を始める。いきなりなのでビクっと驚いてしまう。

 

「ずっと私のことを見てたので、ちょっと気になってましたよ」

 

 照れる彼女を見て思った。

 あんな遠くからなのに、私の視線に気付いていたんだ。

 

「え、ええっと、こういうショーは初めてだったんで……」

「敬語じゃなくて良いですよ。楢崎留美っていいます」

「あ、私は牧あとり。よ、よろしく、留美ちゃん」

「はい、こちらこそよろしくお願いします、あとりさんっ」

 

 留美ちゃんは私の手を取り、互いに握手を交わす。その手はほんのりと温かくて、優しい感じがした。

 

「で…」

 

 そして留美ちゃんは話を続ける。

 

「いきなりで申し訳ないんですが、ちょっと一緒に付き合ってもらえませんか?」

「え?い、いいけど…」

 

 

 

 確かに付き合うとは言ったけど、一体ここは……どこ!?

 

「ねぇ留美ちゃん、どこまで行くの〜…?」

 

 もう既に、通学路の2倍は多く歩いている気がする。辺りは既に学校の裏山にある山林に囲まれ、自然道を道なりに登っている状態だった。

 

「まぁまぁ、あと少しですよっ」

 

 だれる私を、留美ちゃんが宥める。

 そろそろ休みたいと思い始めたところで、丁度良く視界が開けた。

 

「さあ、着きましたよっ」

 

 ここは……初めて見た。学校の裏にこんな場所があったんだ。

 市営の公園らしく、人工の川が敷かれていて、丁寧に整えられた芝と、遠くの中心街が一望できる展望台が設置されていた。でも人気は全く無く、私達の独占状態と言ってもおかしくない。

 

「ところで」

 

 留美ちゃんが、私のほうへ振り返る。

 

「あとりさんは、シャボン玉遊びとかしますか?」

 

 え?

 

「例えばそうですね…、学校の屋上や」

 

 ええ?

 

「お家の庭で遊んだり」

 

 えええ?

 

「あとお風呂とかっ♪」

 

 な…なんで……知ってる…の!?

 

「何で知ってるの、という感じですよね。私もよく遊ぶんですよ」

「そ、そうなんだ……」

「それに、眼を見るだけで分かっちゃいます。シャボン玉を見る”眼”です」

 

 シャボン玉を見る”眼”……。

 確かに、普通の人よりも注目することは多いけど……。

 

「何だか嬉しいです。こんなに沢山の夢を込めてもらえて。ほら、あまり居ないじゃないですか…えーっと、その……」

 

 留美ちゃんは言葉を詰まらせ、もじもじと言いにくそうに目をチラチラと逸らす。

 あ、これはもしかして。

 私はこのタイミングで思いついた言葉を、留美ちゃんに向けて投げかける。

 

「「シャボン玉フェチ!」」

 

 声が揃った。

 

「やっぱり…あとりさんもそうなんですかっ!?」

「…留美ちゃんもなんだ……」

 

 同じだ。

 私はただのシャボン玉好きじゃないと思っている。それこそ想像でしかないけど、普通に遊ぶだけじゃ物足りなくなっている私は、現実にはできないようなシャボン玉遊びを夢想し続けていた。

 

「わぁ…本当に嬉しいです。共感してくれる人がホントに少ないので」

「そうだよね、こんなふわふわで気持ち良さそうなのに」

「シャボン玉の中に入ってみたり、上に乗ってみたいと思った事は」

「あるある!」

「他にも沢山のシャボン玉の中に埋もれてみたりとか、楽しそうですよね!」

 

 留美ちゃんって、私と同じような事考えてるんだ。何か親近感を感じる。

 

「うんうん、全部私の夢見てたのとおんなじだぁ」

 

 私の頬が緩む。想像するだけで良い気分になってくる感じ。

 

「ですよねっ。では、実際にやっちゃいましょうっ!」

「よーしっ……って、え?」

 

 今なんと?

 

「その夢、現実にしちゃい(かなえ)ましょうっ!」

「え、叶えるって…ちょ、留美ちゃん!?」

 

 私の声を無視して、留美ちゃんは眼を閉じ少しの集中を始める。その後両手を合わせ、ゆっくりとそれを離していくと、両手のひらの間から……これはシャボン玉!?

 ある程度離すと、そのシャボンの膜は留美ちゃんの手から離れ、ぽよんと宙に浮かび上がった。

 私は愕然とした。

 これは一体何なのか、整理が上手くつかない。何も無い場所からシャボン玉が生まれた…!

 

「触ってみても良いですよ」

 

 そう言われ、私はおそるおそる生み出されたシャボン玉に指を近づける。

 まずは人差し指でつん、と突っつく。シャボン玉は形を変え、私の指を軽く押し戻そうとする弾力を伝える。……割れない。

 続いて両手で押さえ、ぽよぽよと挟み込んでみる。これもまた軽やかな弾力で、まるで薄ゴムの膜で張ったボールのように、私がかける圧力を押し返そうとする。……やっぱり割れない。

 最後に、そのシャボン玉をぎゅうっと抱きしめてみる。まるでスライムを抱きしめているように、むにゅっという感触が伝わってくる。密着するシャボン玉は私の身体にぴったりフィットするように形を変える。

 

「……割れない」

 

 気持ちよかった。何よりも、冷たくもなく熱くもない、人肌のような温かさを持っていて、触るたびに私の身体と一つになっているような錯覚に感じられる。それにこのぽよぽよ感。こんなボール見かけた事無いし、抱きしめたことも無い。ビーチボールでもなければ、バランスボールでもない、絶妙な硬さと弾力。……正直、たまらない。

 ……この現象については、何が何だかよく分からない。

 でも、ただ一つ言えるのは、

 

「ほわぁ…やっぱり良いですねぇ」

 

 私はシャボン玉を見て蕩ける留美ちゃんの行動を見て、完全に理解する。

 この子、ドが付く程のシャボン玉フェチだ……!!

 

 

「あ、そうだ」

 

 そう言って、留美ちゃんは懐からまるで魔法少女のようなステッキを取り出す。先端に透き通る紫色の宝石みたいなものが付いていて、天使の羽のような飾りが括り付けられている。

 …やっぱり?

 

「さっきのは、やっぱり魔法?」

「そんな感じのものですね。まあ、このワンドは気分で作ったものですが」

 

 てへっ、と言わんばかりにあっさりと言ってしまった。なんだ、無くても良いんかい。

 

「では、行きますよっ」

 

 留美ちゃんはそう宣言してステッキを振ると、その先から大小様々な大量のシャボン玉が一瞬にして生み出された。それは本当に瞬く間で、ぶわっという擬音が正しいぐらいの勢いだった。

 数秒も経たない内に、公園が大量の”割れない”シャボン玉で埋め尽くされてしまった。

 

「す…すごい。本当にありったけの泡……!」

 

 私が感嘆と感動の混じる声を上げて呆然としていると、留美ちゃんはそのままシャボン玉の海に走り飛び込む。その身体を巨大なシャボン玉が受け止め、ぽよんと弾き返して留美ちゃんを宙へと送り出す。

 

「あとりさーんっ!楽しいですよー!」

「え、あっ」

 

 私は留美ちゃんに誘われるがままに、シャボン玉の海へと入る…というよりよじ登る感じだけど、なかなか上手く上にあがれない。

 

「ま、待って…きゃっ!?」

 

 やっと上に登れたと思ったら、バランスを崩してそのまま倒れ込んでしまった。が、身体はシャボン玉によって受け止められ、包まれるように大きく沈み込んでから、そのまま弾き返されてしまう。

 

「わ、わわわっ!」

 

 そのまま宙に投げ出される私の身体を、空中で留美ちゃんが受け止める。

 

「さあ、一緒に遊びましょうっ」

「…うんっ!て、きゃぁっ!?」

 

 再びシャボン玉の海に落下し、ぽよんぽよんと跳ねる私と留美ちゃん。

 姿勢さえ何とかすれば、落ちた時の衝撃は全くと言って良いほどキツくないし、むしろ受け止めてくれるシャボン玉の膜が妙に心地よい。トランポリンとは全く違う、アクロバティックな跳躍を決めては、体勢を間違えて頭から落下してしまいそうになっても、留美ちゃんがしっかり再びシャボン玉を生み出して押さえてくれる。しっかり見ていらっしゃる。

 他にも、留美ちゃんは大きなシャボン玉を抱えて飛び上がり、私に向かって飛びかかっては押しつぶしてくる。シャボン玉同士の間に挟まれる私は一瞬だけ密着してくるシャボンの膜に包まれては解放される。この感覚は面白い快感だ。

 

「もっかいお願い!」

「りょうかいっ、いきますよーっ!」

 

 そう頼み込む位楽しい。

 これが、私の夢想していたシャボン玉遊び。まるで夢のようで、本当に現実なのか分からなくなってくる。

 

 

 

「そういえば私……、どうしてシャボン玉が好きになったんだろう」

 

 巨大なシャボン玉の上で大の字で仰向けになり、私はぼそっと呟く。

 確かに、私はいつから、どうして、こんなにもシャボン玉に惹かれるようになったのか。あまり考えたことが無かった。

 しばらく考えながら、自分の頬をつねってみる。やっぱり痛い。現実だ。もう5回は確認しているけど、それでもまだ現実なのか信じられない面がある。

 

「あとりさーんっ」

 

 留美ちゃんが呼んでる……。

 私は身体を起こし、声の聞こえるほうへ向こうとしたとの時、こぽっ、というような音が聞こえたと思ったら、自分の体重が突然”消えた”。

 いきなり何が起きたのだろう。私は周囲を見渡して状況に気付く。そうか、これは留美ちゃんのシャボン玉の中だ。このシャボン玉の中は重力が無いんだ。姿勢を上手く整え、シャボン玉と一緒になってふわふわ浮かぶ自分の身体を、改めて感じてみる。

 何だろう…この感覚。少し懐かしくて、愛おしい…。無重力のふわふわも相まって、蕩けるような心地よさが生まれてくる。

 

「あとりさん、大丈夫でしたか?」

 

 そう言って、留美ちゃんが私を包み込むシャボン玉の中に入ってくる。少し心配そうにしていたので、微笑んで返した。

 

「ねえ留美ちゃん」

「はい」

「シャボン玉の中って……、こんなにふわふわで気持ち良いんだね」

 

 私は向かってくる留美ちゃんを受け止め、二人で抱き合う。

 

「ずっと疑問だったけど……やっと好きになった理由が分かった気がする」

 

 その言葉を聞いたとき、留美ちゃんは本当に嬉しそうに微笑んでくれた。

 

「シャボン玉には、普段の人々の生活のあちこちに在る”夢”や”愛”を、その内側に取り込んでくれる性質があるんです」

「へぇ…」

「ちょっと説明が難しいんですけど…、安心感や充足感、幸福感みたいな気持ちを、シャボン玉が記憶して集めてくるんですよ。私のが特別なのかもしれませんが…、あとりさんが今そういう気持ちなのも、この中がそういう記憶で満たされているからなんですよ」

 

 幸せな気持ち…。

 なるほど、合点した。やっぱり、そう言う事なんだね。

 

「ふふっ、まるでお母さんのお腹の中みたい」

「あ、それ一番近いかもしれませんっ」

 

 ふと、胎内記憶みたいなものを思い出した気がする。生まれる前は、もしかするとそんな気持ちで一杯だったのかなぁ。

 

「ふわぁ……そう考えると、何だか眠くなってきちゃった」

「そうですね。ちょっと休みましょうか」

「うん……」

 

 留美ちゃんの作ったシャボン玉の中は、改めて感じてみると、あったかい。温度がどうとかではなく、心がほわっと広がるような、そんな温かさ。胎内という表現は、あながち間違ってないのかもしれない。

 

「ねぇ…」

「はい」

「私も、留美ちゃんみたくなれるかなぁ…?」

「なれますよっ。想像力とワクワクするような気持ち、これがあればどんなものでも作り出せますっ!」

 

 留美ちゃんの声が少しずつ遠くなっていく。

 でも、私の中では確かな期待と夢が、まさにシャボン玉のように膨らんでいくのを、確かに感じていた。それを胸に、私は意識を手放した。

 

 

 

「いや〜、すっかり遅くなっちゃった!」

 

 目を醒ましたら、時計は既に21時を過ぎていた。留美ちゃんは私が自然に目覚めるまで、ずっと私の身体を抱きとめていてくれたのだけど、時間的に起こしてくれても良かったんじゃないかと思ってしまう。

 いそいそと帰路に着く私達。

 ふと後ろを振り返ると、留美ちゃんは携帯電話を操作して、何かをやっている。

 

「ん?さっきから何してるの?」

「ああ、これですか?」

 

 留美ちゃんは携帯の画面を私に見せる。

 

「あとりさんはルミナスアーツというサイトをご存知ですか?」

「あ、あのシャボン玉コミュニティの」

「はい、私はそこの管理人もやっているんですよ」

 

 え。

 

「えぇぇぇぇぇっ!!?」

「結構楽しいと思いますよ。日本国内のアーティストの人達も情報提供しているので、私としても結構タメになるんです。研究チームみたいな事もやっているんですよ」

 

 そ、それは知らなかった。

 ってことは、単純に語り合うサイトだけじゃなくて、本格的にシャボン玉の技を研究したり、液の配合比率の実験とかをやってたりするって事かな。

 

「そうだ、今度私の師匠達に会ってみませんか?」

「ほんと?…あー、でも来週は中間試験だからなぁ」

「それに私でも良ければ、色々教えてあげますよ!後でアドレスでも…っ」

「あ、良いよ!……にしても留美ちゃん、いくつなの?」

「ふふっ…いずれ分かりますよっ♪」

 

 こうして、私の”シャボン玉の魔法使い”への道のりが示された。

 私の知らない、不思議な世界への扉が、遂に開かれる。

 

 

 

 
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